説明

水系潤滑剤組成物

【課題】基油を含む非水系潤滑剤と同等あるいはそれ以上の潤滑性を示すとともに所定の使用温度で凍結防止効果を発揮する新規の水系潤滑剤組成物を提供する。
【解決手段】本発明の水系潤滑剤組成物は、モリブデン酸塩およびタングステン酸塩からなる群から選ばれた少なくとも一種である水溶性無機塩を20質量%以上含む水溶液からなる。さらに、吸湿剤、増粘剤、界面活性剤および固体潤滑剤からなる群から選ばれた少なくとも一種を上記の水溶液に溶解または分散させることで、本発明の水系潤滑剤組成物にさらなる潤滑性が付与される。また、これらの添加剤を単独あるいは適切な組み合わせで水溶液に適量添加することで、基油を含む非水系潤滑剤組成物では実現できないほどの低摩擦係数を示しうる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水を含有し、各種装置の摺動面の潤滑性向上に寄与する水系潤滑剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、金属加工に用いられる工具や金型、各種装置の摺動部品などは、低摩擦性、耐摩耗性、耐焼付き性などを向上させるために、潤滑剤の存在下で使用されることが多い。最も多く用いられるのは、鉱油、合成油、油脂などの基油を含む非水系潤滑剤であって、固体間に薄い油膜を生じて全荷重を支えるとともに摺接する両面を分離して潤滑作用を示す。たとえば、作動油、切削油、金属加工油、エンジン油などの一般的な非水系潤滑剤は、基油に各種添加剤を添加することにより、減摩作用などの所望の潤滑性が発現する。ところがこれらの基油は、高い温度で使用すると煤が発生したり、非水系潤滑剤が供給される部材の材質によっては酸化変質することで腐食性を示したり、といった問題がある。そして近年、環境負荷の観点からも、基油のかわりに水を含む水系潤滑剤が求められている。
【0003】
特許文献1には、水溶性無機塩、脂肪酸の金属塩、ワックスおよび界面活性剤を水に分散させた潤滑剤処理液が開示されている。金属材料に潤滑剤処理液を付着させてから乾燥させて金属材料の表面に被膜を形成することで、金属材料の表面に潤滑性を付与する。また、特許文献2には、水−グリコール系作動油などの水系潤滑剤に対して、10重量%以下のモリブデン酸塩を配合してなる潤滑剤組成物が開示されている。この潤滑剤組成物は、軸受の潤滑に用いられる。また、実施例では、水−グリコール系作動油(水:グリコール=40:60)に1.5重量%以下のモリブデン酸塩を配合している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000−309793号公報
【特許文献2】特開2005−29622号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、水系潤滑剤は、水を含有するため、氷点下で使用すると凝固して潤滑剤としてはたらかなくなってしまう。そのため、現在使用されている水系潤滑剤は、主として、室温あるいはそれよりも若干高い温度での使用が想定されており、たとえば、冬季に氷点下となるような自然環境においての使用は考慮されていない。特許文献1に記載の潤滑剤処理液は、金属材料の表面に付着させた後に乾燥させて被膜を形成する。したがって、使用時には水が含まれないため、使用時の温度が低くなっても特に問題はない。一方、特許文献2では、水に対するモリブデン酸塩の割合は明確にされていないが、実施例のうちでモリブデン酸塩を最も多く含む実施例5であっても、グリコールを除いたKMoO水溶液としての濃度は、4重量%にも満たない。溶質が溶媒に溶けこむことによって溶媒の凝固点が降下すること(凝固点降下)は知られているが、この程度の濃度では、氷点下数℃で凍結して潤滑剤としての役割を果たさなくなる。つまり、特許文献2に記載の潤滑油組成物は、低温での使用を想定していない。
【0006】
本発明者等は上記問題点に鑑み、非水系潤滑剤と同等あるいはそれ以上の潤滑性を示すとともに所定の使用温度で凍結防止効果を発揮する新規の水系潤滑剤組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
一般に、モリブデン酸塩などの水溶性無機塩は、潤滑剤に適量添加されることで潤滑剤の潤滑性が向上することが知られているが、過剰(たとえば10質量%以上)に添加すると、かえって潤滑性を損なうと言われている。ところが、本発明者等は、水溶性無機塩として特定の塩を用いることで、所定の凍結防止効果を発揮する程度の高濃度の水溶液であっても潤滑性を示すことを新たに見出した。すなわち、本発明の水系潤滑剤組成物は、モリブデン酸塩およびタングステン酸塩からなる群から選ばれた少なくとも一種である水溶性無機塩を20質量%以上含む水溶液からなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明の水系潤滑剤組成物は、水溶性無機塩を20質量%以上含む高濃度な水溶液からなるため、所定の凍結防止効果を示す。そして、水溶性無機塩としてモリブデン酸塩およびタングステン酸塩からなる群から選ばれた少なくとも一種を用いることで、水溶性無機塩を高濃度で含有する水溶液であっても優れた潤滑性を示す。また、モリブデン酸塩およびタングステン酸塩は、弱い酸化作用を有するため、金属の不動態化剤として知られている。そのため、本発明の水系潤滑剤組成物は、その存在下で使用される金属に対して、所定の腐食防止性能を発揮し、金属材料を腐食させない性質を有している。すなわち、本発明の水系潤滑剤組成物は、基油を含む非水系潤滑剤の代替潤滑剤として好適である。
【0009】
さらに、吸湿剤、増粘剤、界面活性剤および固体潤滑剤からなる群から選ばれた少なくとも一種を上記の水溶液に溶解または分散させることで、本発明の水系潤滑剤組成物にさらなる潤滑性が付与される。また、これらの添加剤を単独あるいは適切な組み合わせで水溶液に適量添加することで、基油を含む非水系潤滑剤組成物では実現できないほどの低摩擦係数を示しうる。
【0010】
なお、所定の凍結防止効果を発揮しうるとは、使用環境において、水溶性無機塩による凍結防止(凝固点降下)効果により、本発明の水系潤滑剤組成物の凍結温度を、該組成物が使用される可能性のある環境の温度(使用温度)として想定される温度範囲よりも十分に低い温度にすることができることである。すなわち、水溶性無機塩を含むことによる凍結防止効果により、本発明の水系潤滑剤組成物が使用中に凍結することを確実に防止することができることをいう。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】モリブデン酸リチウム(LiMoO)およびモリブデン酸カリウム(KWO)の溶解度曲線を示す。
【図2】摩擦試験装置を模式的に示す断面図である。
【図3】イオン交換水を用いた摩擦試験の結果を示すグラフであって、試験時間に対する摩擦係数の変化を示す。
【図4】水系潤滑剤組成物#01を用いた摩擦試験の結果を示すグラフであって、試験時間に対する摩擦係数の変化を示す。
【図5】水系潤滑剤組成物#02を用いた摩擦試験の結果を示すグラフであって、試験時間に対する摩擦係数の変化を示す。
【図6】水系潤滑剤組成物#03を用いた摩擦試験の結果を示すグラフであって、試験時間に対する摩擦係数の変化を示す。
【図7】水系潤滑剤組成物#04を用いた摩擦試験の結果を示すグラフであって、試験時間に対する摩擦係数の変化を示す。
【図8】水系潤滑剤組成物#05を用いた摩擦試験の結果を示すグラフであって、試験時間に対する摩擦係数の変化を示す。
【図9】水系潤滑剤組成物#06を用いた摩擦試験の結果を示すグラフであって、試験時間に対する摩擦係数の変化を示す。
【図10】水系潤滑剤組成物#06を用いて行った摩擦試験後に、摩耗痕の表面粗さを測定した結果である。
【図11】水系潤滑剤組成物#07を用いた摩擦試験の結果を示すグラフであって、試験時間に対する摩擦係数の変化を示す。
【図12】水系潤滑剤組成物#07を用いて行った摩擦試験後に、摩耗痕の表面粗さを測定した結果である。
【図13】水系潤滑剤組成物#08を用いた摩擦試験の結果を示すグラフであって、試験時間に対する摩擦係数の変化を示す。
【図14】水系潤滑剤組成物#08を用いて行った摩擦試験後に、摩耗痕の表面粗さを測定した結果である。
【図15】水系潤滑剤組成物#09を用いた摩擦試験の結果を示すグラフであって、試験時間に対する摩擦係数の変化を示す。
【図16】水系潤滑剤組成物#09を用いて行った摩擦試験後に、摩耗痕の表面粗さを測定した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、本発明の水系潤滑剤組成物を実施するための最良の形態を説明する。
【0013】
本発明の水系潤滑剤組成物は、水溶性無機塩を含む水溶液からなる。すなわち、鉱油、合成油、油脂などの基油を含まない。水溶性無機塩は、モリブデン酸塩およびタングステン酸塩からなる群から選ばれた少なくとも一種である。
【0014】
モリブデン酸塩は、モリブデン酸のアルカリ金属塩であるのが好ましい。また、タングステン酸塩は、タングステン酸のアルカリ金属塩であることが好ましい。アルカリ金属塩としては、リチウム塩、カリウム塩およびセシウム塩のうちの一種であることが好ましい。また、水溶性無機塩として、モリブデン酸のナトリウム塩および/またはタングステン酸のナトリウム塩を用いることも可能ではある。しかし、ナトリウム塩は、リチウム塩、カリウム塩およびセシウム塩と比較して低温での溶解度が低い。このため、本発明の水系潤滑剤組成物において水溶性無機塩にナトリウム塩を採用した場合は、低温で不溶解物が生成してしまう。その結果、凍結防止効果が不足して、本発明の水系潤滑剤組成物を使用することのできる環境温度の範囲が高温側に移行するため、使用可能な温度領域が制限される。したがって、好適な水溶性無機塩として、モリブデン酸リチウム(LiMoO)、モリブデン酸カリウム(KMoO)、モリブデン酸セシウム(CsMoO)、タングステン酸リチウム(LiWO)、タングステン酸カリウム(KWO)およびタングステン酸セシウム(CsWO)を挙げることができる。これらの水溶性無機塩は、単独で用いてもよいし、または二種以上を同時に用いてもよい。これらのうち、モリブデン酸リチウム(LiMoO)が特に好ましい。LiMoOは、氷点下であっても水に十分な量で溶解するとともに、その水溶液は優れた潤滑作用を示すからである。
【0015】
そして、本発明の水系潤滑剤組成物は、モリブデン酸塩およびタングステン酸塩からなる群から選ばれた少なくとも一種の水溶性無機塩を、通常よりも多い、20質量%以上含む水溶液(以下、単に「水溶液」と記載することもある)からなる。なお、本明細書において、水溶液に含まれる水溶性無機塩の量は、水溶液全体を100質量%としたときの割合で示す。水溶性無機塩の配合割合が20質量%未満であると、十分な凍結防止効果が得られない。好ましい水溶性無機塩の含有量は、35質量%以上さらに好ましくは、40質量%以上である。水溶性無機塩が、モリブデン酸塩およびタングステン酸塩からなる群から選ばれた少なくとも一種であれば、低温であっても水への溶解度が高く、20質量%以上の濃度の水溶液が得られる。たとえば、図1は、上記の水溶性無機塩の一種であるモリブデン酸リチウム(LiMoO)およびモリブデン酸カリウム(KMoO)の溶解度曲線である。KMoO水溶液では、0℃を下回る低温であっても62質量%まで溶解することが知られている。そして、KMoO水溶液の最低凝固温度は約−38℃であることが知られている。一方、LiMoO水溶液では、0℃以下の溶解度データは公になっていないが、本発明者らの調査では、0℃を下回る低温であっても少なくとも44質量%が溶解することを確認しており、その時の凝固温度は−45℃以下と推定される。
【0016】
なお、本発明の水系潤滑剤組成物は、温度等の使用環境によっては必要に応じて水で希釈して使用に供することもできる。このため、実際の使用に供される際の水系潤滑剤組成物において、上記の水溶性無機塩の配合割合とされていることが好ましい。すなわち、本発明の水系潤滑剤組成物は、水溶性無機塩を20質量%以上の配合割合で含む濃度で使用に供されることが好ましい。また、水溶性無機塩は、含有量が多いほど凍結防止効果は向上する傾向にあるが、使用する際の温度の低下に伴って不溶解物が生成される。この不溶解物は、潤滑性によい影響を与えないため、水溶性無機塩の含有量を、使用温度において水に溶解可能な量を超えないよう(すなわち溶解度以下)にするのがよい。
【0017】
本発明の水系潤滑剤組成物は、水溶性無機塩による凍結防止効果により、その凍結温度を−15℃以下より好ましくは−35℃以下とすることができる。なお、凍結温度が−35℃以下であれば、基油を含む非水系潤滑剤組成物と同等の凍結防止効果があると言える。たとえば、水溶性無機塩としてモリブデン酸リチウム(LiMoO)を採用した場合は、LiMoOの配合割合を40質量%以上さらには42質量%以上とすることにより、本発明の水系潤滑剤組成物の凍結温度を−35℃以下とすることができる。
【0018】
さらに、本発明の水系潤滑剤組成物は、pH6〜8さらにはpH6.5〜7.5で使用されることが好ましい。上記水溶性無機塩を含む水溶液は、理論的にはpH11付近のアルカリ性を示す。pHの値は、金属材料に対する腐食防止性能に影響するため、水溶液にpH調整剤を添加して使用に適したpH値に調整するとよい。水溶液のpHが過剰にアルカリに傾いている場合には、pH調整剤として、酸化モリブデンおよび/または酸化タングステンを用いるとよい。たとえば、モリブデン酸リチウム(LiMoO)は、モリブデン酸(HMoOもしくはMoO・HO)と水酸化リチウム(LiOH・HO)とが中和してなる塩である。モリブデン酸が弱酸であるのに対し、水酸化リチウムが強アルカリであるため、両者のモル比が1.0の塩であるモリブデン酸リチウム(LiMoO)は、pHが11.5程度のアルカリ性を示す。そこで、pH調整剤として、たとえば酸化モリブデン(MoO:モリブデン酸の無水物)を添加し、水溶液のpHをpH6〜8に調整するとよい。
【0019】
pH調整剤の添加量に特に限定はなく、特に、酸化モリブデンおよび/または酸化タングステンを用いる場合には、過剰に添加してもpH6を下回って大きく酸性側に傾くことはない。それどころか、使用中に水溶液のpHがアルカリ側へ傾くこともあるため、上記の酸化物を過剰に添加した方が、長期にわたって水溶液のpH調整効果が持続するため好ましい。これらの観点から、pH調整剤の添加量は、水溶液を100質量部としたときに、0.5質量部以上25質量部以下さらには15質量部以上20質量部以下含むとよい。0.5質量部未満では、使用前の水溶液を中性にする効果は発揮され難い。また、25質量部を超えると、水溶性無機塩が晶出しやすくなるため好ましくない。ここで、pH調整剤の添加後の水溶液の濃度は、モリブデン酸塩あるいはタングステン酸塩として上記の所定の濃度となるように水溶液に配合および調製される必要がある。
【0020】
本発明の水系潤滑剤組成物は、pH調整剤の他、吸湿剤、増粘剤、界面活性剤および固体潤滑剤からなる群から選ばれた少なくとも一種を水溶液に溶解または分散させてもよい。
【0021】
吸湿剤は、大気中の水分を吸収して水の蒸発を低減し、水溶液中の水分量の低下に伴う水溶性無機塩などの晶出を抑制する。吸湿剤としては、水溶液に可溶であれば、公知のものを使用することができるが、特に、分子中に2個以上のヒドロキシ基をもつアルコールである多価アルコールを用いるのがよい。また、水への溶解性および凍結防止効果の観点から、分子量が30〜400さらには90〜200であるのが好ましい。たとえば、グリセリン、ジグリセリン、ポリグリセリン、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール等が好適に使用できる。これらの多価アルコールは、単独で用いてもよいし、または二種以上を同時に用いてもよい。中でもエチレングリコールおよびグリセリンが好ましく、特にグリセリンは、少量の添加で吸湿作用が得られるとともに人体にとって無害であるためさらに好ましい。
【0022】
吸湿剤の添加量に特に限定はないが、水溶液を100質量部としたときに、吸湿剤を30質量部以下さらには20質量部以下含むとよい。また、吸湿剤の添加量の下限は5質量部であって、5質量部未満では、吸湿剤を添加しても、水分の蒸発を低減する効果が十分に発揮されないため好ましくない。なお、多価アルコールの添加量が過多であると凍結防止効果が低下する虞があるが、多価アルコールの種類によっては凝固温度が0℃を大きく下回るものもあるため、多量に添加しても本発明の水系潤滑剤組成物の凍結防止効果に大きな影響はない。しかし、使用環境が−35℃以下の極低温である場合には、水溶液100質量部に対して、吸湿剤の添加量を20質量部以下さらには15質量部以下とするとよい。また、水溶液中の水分に対する質量比で規定するのであれば、水:吸湿剤が9:1〜7.5:2.5であるとよい。なお、通常の水−グリコール系作動油では、水:グリコールが5:5〜3:7でグリコールリッチである。
【0023】
増粘剤は、水溶液の粘度を高めて潤滑すべき部材の表面に形成される液膜を厚くし、すべり面の荷重を支える力を大きくする。つまり、増粘剤の添加により、本発明の水系潤滑剤組成物の耐荷重性能は向上する。一方、潤滑剤の粘度を高めることは液膜の内部摩擦を大きくすることに繋がる。そのため、増粘剤として、すべり速度が低い場合に高粘度となるチキソトロピー性を有するチキソトロピック増粘剤を用いるとよい。このチキソトロピック増粘剤としては、水溶性であれば、公知のものを使用することができる。具体的には、ベントナイト、ラポナイト、モンモリロナイトなどの無機系増粘剤、キサンタンガム、グアーガム、カラギーナン、ローカストビーンガム、ダイユータンガム、ウエランガム等の有機系増粘剤を使用することができる。これらのチキソトロピック増粘剤は、単独で用いてもよいし、または二種以上を同時に用いてもよい。特に、キサンタンガムは、水溶液に少量添加するだけで大きな増粘効果が得られ、さらに、水溶液のpHが変化しても高いチキソトロピー性を安定的に付与できるため、好ましい。
【0024】
チキソトロピック増粘剤には多種多様のものがあり、水溶液への添加量は一概には決まらないが、水溶液を100質量部としたときに、増粘剤を0.5質量部以下、0.3質量部以下さらには0.25質量部以下含むのが好ましい。また、水溶液を100質量部としたときに、増粘剤を0.01質量部以上さらには0.1質量部以上含むのが好ましい。0.01質量部未満では、水溶液にチキソトロピー性が十分に付与されないため、好ましくない。添加量が多いほど、チキソトロピー性は発揮されるが、添加量が0.5質量部を超えると、粘性が過大となり潤滑性に悪影響を及ぼすため好ましくない。
【0025】
特に、既に説明した吸湿剤と増粘剤とをともに添加した本発明の水系潤滑剤組成物は、その存在下で、10−2オーダーの低摩擦係数を示すとともに、そのような低摩擦係数が安定して発現する。これは、摩擦面に荷重が加わった場合でも、界面を隔てる流体潤滑膜である水膜が安定して形成されるためであると考えられる。
【0026】
界面活性剤は、潤滑すべき部材の表面に吸着膜を形成し、部材同士の直接接触を抑制する。そのため、本発明の水系潤滑剤組成物は、さらに、界面活性剤として水溶性シラン化合物を含むとよい。水溶性シラン化合物としては、3−アミノプロピルトリエトキシシラン、3−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−2(アミノエチル)3−アミノプロピルトリエトキシシラン、N−2(アミノエチル)3−アミノプロピルトリメトキシシラン等が好適に使用できる。これらの水溶性シラン化合物は、単独で用いてもよいし、または二種以上を同時に用いてもよい。
【0027】
水溶性シラン化合物の添加量に特に限定はないが、水溶液を100質量部としたときに、水溶性シラン化合物を5質量部以下、3質量部以下さらには1.5質量部以下含むとよい。また、水溶液を100質量部としたときに、水溶性シラン化合物を0.1質量部以上さらには0.5質量部以上含むが好ましい。0.1質量部未満では、水溶性シラン化合物を添加したことによる吸着膜の形成効果が十分に発揮されないため、好ましくない。水溶性シラン化合物の添加量が多いほど、吸着膜は形成されやすくなるが、5質量部を超えると、それ以上の形成効果は望めない。
【0028】
また、本発明の水系潤滑剤組成物は、固体潤滑剤を含んでもよい。たとえば、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、グラファイト、窒化ホウ素、四フッ化エチレン、四フッ化グラファイト、フラーレン、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸リチウム、メラミンシアヌレートなどの公知の固体潤滑剤を使用できる。水に不溶の固体潤滑剤は、水溶液に分散させて用いられる。水溶液と比重が近い固体潤滑剤を用いることにより、固体潤滑剤を水溶液中に均一に分散させることができる。メラミンシアヌレートは、比重が水溶液に近いため、特に好ましい。固体潤滑剤は、平均粒径が0.1〜3μm程度の粉末状のものを用いるのが好ましい。
【0029】
固体潤滑剤の添加量に特に限定はないが、水溶液を100質量部としたときに、固体潤滑剤を5質量部以下、3質量部以下さらには1.5質量部以下含むとよい。また、水溶液を100質量部としたときに、固体潤滑剤を0.1質量部以上さらには0.5質量部以上含むのが好ましい。0.1質量部未満では、固体潤滑剤を添加したことによる潤滑性能の改良効果が十分に発揮されないため、好ましくない。しかし、5質量部を超えると、固体潤滑剤の粒子が凝集しやすくなり、潤滑性能が低下するため好ましくない。
【0030】
本発明の水系潤滑剤組成物は、低温下で用いられる各種装置の摺動部品に好適である。摺動部品の具体例としては、エンジン用部品、モータ用部品、各種アクチュエータのギヤ、歯車、カム、軸受け等が挙げられる。摺動部品は、金属製が好ましい。本発明の水系潤滑剤組成物であれば、鋼、アルミニウム合金、銅合金などの金属材料であっても腐食が抑制される。
【0031】
以上、本発明の水系潤滑剤組成物の実施形態を説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。
【実施例】
【0032】
以下に、本発明の水系潤滑剤組成物の実施例を挙げて、本発明を具体的に説明する。
【0033】
[水系潤滑剤組成物の調製]
水溶性無機塩として、市販のKWOおよびLiMoOを準備した。そして、これらのうちのいずれか一方を、イオン交換水に所定量、溶解してKWO水溶液およびLiMoO水溶液を得た。いずれの水溶液も、pH11.5であった。
【0034】
また、添加剤として、吸湿剤(グリセリンおよびエチレングリコール)、増粘剤(キサンタンガム)、固体潤滑剤(メラミンシアヌレート粉末、平均粒径1.5μm)、界面活性剤(アルコキシシラン)およびpH調整剤(MoO)を準備した。これらのうちの一種以上を、LiMoO水溶液に所定量、溶解または分散させて#01〜#09の水系潤滑剤組成物を得た。
【0035】
#01〜#09の水系潤滑剤組成物の配合割合を表1に示す。なお、表1において、水溶液および添加剤の欄の数値の単位は全てグラム(g)である。また、#01〜#09の水系潤滑剤組成物のpHを測定した。測定結果を表1に併せて示す。
【0036】
ここで、#01では、KWO水溶液に0.8gのMoOを添加することでpHが11.5から7.3となった。つまり、添加したMoOは、KWO水溶液において水溶性無機塩(KWO)の一部としてはたらく。仮に、0.8gのMoOが全て水溶性無機塩として機能すると考えると、#01の水系潤滑剤組成物は、実質的には、62.8gの水溶性無機塩を38gのイオン交換水に溶解して得られた100.8gのKWO(一部HMoO)水溶液(濃度は62.3質量%)である。同様に、#02のLiMoO水溶液は、実質的には、42.8gのLiMoOを58gのイオン交換水に溶解して得られた100.8gのLiMoO水溶液(濃度は42.5質量%)である。すなわち、添加したMoOの量を考慮して水溶液の濃度を算出しても、MoOを添加する前の水溶液の濃度と大きく違わない。つまり、MoOは考慮に入れず、イオン交換水にはじめに溶解したKWOまたはLiMoOの量を、各水系潤滑剤組成物に含まれる水溶性無機塩の量と考えて差し支えない。また、添加剤についても、同様である。
【0037】
[潤滑性の評価]
#01〜#09の水系潤滑剤組成物を用いて摩擦試験を行い、これらの水系潤滑剤組成物の潤滑性を、摩擦係数と摩耗痕形状とで評価した。評価に用いた摩擦試験装置を図2に示す。摩擦試験装置2は、主として、回転するディスク21と、ディスク21の表面と当接して載置されたボール22とから構成される。さらに、ディスク21の回転中心付近には、潤滑剤を所定の流量で供給する供給ノズル23を備える。ディスク21には、厚さ3mmのSUS440Cステンレス鋼板(焼入・焼き戻し(ロックウェル硬度(HRC):58〜62、表面粗さ:十点平均高さRz(JIS)で0.1μm以下))を用いた。また、ボール22には、直径6.35mmのボール・ベアリング用のSUJ2鋼球(並級)を用いた。ボール22は、棒状の支持具24の一端部に固定されている。支持具24は金属製で、図示しないひずみゲージが取り付けられている。摩擦試験では、支持具24の他端部に錘をのせて荷重(図2において白い矢印で示す)とし、ひずみゲージにより摩擦によって支持具24に発生する接線方向の応力を検出する。
【0038】
摩擦試験は、#01〜#09の水系潤滑剤組成物のいずれか(以下「潤滑剤#01」等と記載)を供給ノズル23より毎分5ccの流量で滴下するとともに、回転するディスク21にボール22(静止状態)を押しつけて行った。このとき、荷重は3kg(一定)とした。また、摩擦半径rは5.1mm、回転数は380rpm(一定)とし、60分間の試験を行った。すなわち、摩擦速度は毎秒0.2m、摩擦距離は731mと算出される。試験中の応力の時間変化をペンレコーダーで記録し、『摩擦係数=摩擦応力/荷重』の関係により、摩擦係数の時間変化を得た。さらに、摩擦試験後、ディスク21表面の凹凸状態を、摩耗痕の内周側から外周側に向かって表面粗さ測定機で測定した。結果を図3〜図16に示す。
【0039】
はじめに、比較例として、イオン交換水のみからなる潤滑剤#C1を用い、上記の手順で摩擦係数を測定した。図3は、試験時間に対する摩擦係数の変化を示すグラフである。試験開始から10分後から50分後までの間の摩擦係数は、ほぼ0.5であった。
【0040】
潤滑剤#01は、KWO水溶液である。潤滑剤#01を用いた摩擦試験の結果を図4に示す。また、潤滑剤#02は、LiMoO水溶液である。潤滑剤#02を用いた摩擦試験の結果を図5に示す。いずれの潤滑剤の存在下においても、摩擦係数は0.1付近を示した。つまり、KWOまたはLiMoOを通常よりも多量に含む潤滑剤であっても、摩擦係数が低減された。なお、潤滑剤#01および#02は、水溶液中に水溶性無機塩を溶解できる限界量に近い高濃度で含む。しかし、100gの水溶液に含まれるKWOおよびLiMoOを20g程度に低減しても、図4および図5と同様の結果が得られた。また、LiMoO水溶液からなる潤滑剤#02は、潤滑剤#01よりも摩擦係数の縦軸方向への変動が安定しており、時間の経過とともに摩擦係数は低下する傾向にあった。
【0041】
潤滑剤#03では、LiMoO水溶液からなる潤滑剤#02に、増粘剤としてキサンタンガムを溶解した。潤滑剤#03を用いた摩擦試験の結果を図6に示す。また、潤滑剤#04では、潤滑剤#03に、さらに固体潤滑剤としてメラミンシアヌレート粉末を混合し、分散させた。なお、潤滑剤#04では、メラミンシアヌレート粉末が均一に分散した様子が、目視で確認できた。潤滑剤#04を用いた摩擦試験の結果を図7に示す。LiMoO水溶液からなる潤滑剤#02(図5)の存在下において摩擦係数が0.1付近を示したのに対して、潤滑剤#03および潤滑剤#04の存在下では、さらに低摩擦係数を示した。
【0042】
潤滑剤#05では、LiMoO水溶液からなる潤滑剤#02に、吸湿剤としてエチレングリコールを溶解した。潤滑剤#05を用いた摩擦試験の結果を図8に示す。LiMoO水溶液からなる潤滑剤#02(図5)の存在下での摩擦係数が0.1付近であったのに対して、潤滑剤#05の存在下では、ほぼ0.1以下を示し、さらなる低摩擦係数を示した。つまり、LiMoO水溶液へのチレングリコールの添加は、潤滑性能を低下させることはなく、むしろ向上させることが確認できた。
【0043】
また、潤滑剤#06では、LiMoO水溶液からなる潤滑剤#02に、吸湿剤としてグリセリンを溶解させた。潤滑剤#06を用いた摩擦試験の結果を図9に示す。LiMoO水溶液からなる潤滑剤#02(図5)の存在下での摩擦係数が0.1付近であったのに対して、潤滑剤#06の存在下では、ほぼ0.1以下を示した。そして、潤滑剤#06は、潤滑剤#05を用いた場合よりも、さらに低摩擦係数を示した。
【0044】
なお、図10は、潤滑剤#06を用いて行った摩擦試験後に、摩耗痕の表面粗さを測定した結果である。表面粗さは、最大高さRmaxで0.25μmであった。
【0045】
潤滑剤#07では、潤滑剤#06に、界面活性剤として3−アミノプロピルトリエトキシシランを溶解させた。潤滑剤#07を用いた摩擦試験の結果を図11に示す。また、図12は、潤滑剤#07を用いて行った摩擦試験後に、摩耗痕の表面粗さを測定した結果である。表面粗さは、最大高さRmaxで0.20μmであった。潤滑剤#06と潤滑剤#07とを比較すると、どちらの存在下においても同程度に低い摩擦係数を示したが、界面活性剤を含む潤滑剤#07の存在下では、ディスク21の表面の摩耗が低減された。
【0046】
潤滑剤#08では、潤滑剤#06に、pH調整剤としてMoOを過剰に添加した。MoOを過剰に添加しても、溶液のpHは6.9でほぼ中性を維持した。潤滑剤#08を用いた摩擦試験の結果を図13に示す。以上説明した潤滑剤#02〜#07の存在下では、いずれも、低摩擦係数を示すものの、摩擦係数の縦軸方向への変動が激しかった。一方、潤滑剤#08の存在下では、摩擦係数が安定し、さらに、試験開始後30分以降には0.003という極低い摩擦係数に達する結果が得られた。また、図14は、潤滑剤#08を用いて行った摩擦試験後に、摩耗痕の表面粗さを測定した結果である。表面粗さは、最大高さRmaxで0.23μmであった。
【0047】
潤滑剤#09では、潤滑剤#06に、増粘剤としてキサンタンガムを添加した。潤滑剤#09を用いた摩擦試験の結果を図15に示す。潤滑剤#09の存在下では、潤滑剤#08と同様に摩擦係数が安定するとともに、摩擦係数は0.02以下を示した。また、図16は、潤滑剤#09を用いて行った摩擦試験後に、摩耗痕の表面粗さを測定した結果である。表面粗さは、最大高さRmaxで0.14μmであり、摩耗の低減効果が非常に高かった。
【0048】
[凍結防止性能の評価]
凝固点を測定し、#01〜#09の水系潤滑剤組成物の凍結防止性能を評価した。結果を表1に示す。いずれの潤滑剤も、凝固温度が−15℃以下であった。
【0049】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
モリブデン酸塩およびタングステン酸塩からなる群から選ばれた少なくとも一種である水溶性無機塩を20質量%以上含む水溶液からなることを特徴とする水系潤滑剤組成物。
【請求項2】
前記水溶性無機塩を40質量%以上含む請求項1記載の水系潤滑剤組成物。
【請求項3】
さらに、前記水溶液に溶解する多価アルコールからなる吸湿剤を含む請求項1または2記載の水系潤滑剤組成物。
【請求項4】
前記水溶液を100質量部としたときに、前記吸湿剤を20質量部以下含む請求項3記載の水系潤滑剤組成物。
【請求項5】
さらに、チキソトロピー性を付与する増粘剤を含む請求項1〜4のいずれかに記載の水系潤滑剤組成物。
【請求項6】
前記水溶液を100質量部としたときに、前記増粘剤を0.5質量部以下含む請求項5記載の水系潤滑剤組成物。
【請求項7】
さらに、水溶性シラン化合物からなる界面活性剤を含む請求項1〜6のいずれかに記載の水系潤滑剤組成物。
【請求項8】
前記水溶液を100質量部としたときに、前記界面活性剤を5質量部以下含む請求項7記載の水系潤滑剤組成物。
【請求項9】
さらに、固体潤滑剤を含む請求項1〜8のいずれかに記載の水系潤滑剤組成物。
【請求項10】
前記水溶液を100質量部としたときに、前記固体潤滑剤を5質量部以下含む請求項9記載の水系潤滑剤組成物。
【請求項11】
前記モリブデン酸塩はモリブデン酸のアルカリ金属塩であり、前記タングステン酸塩はタングステン酸のアルカリ金属塩である請求項1〜10のいずれかに記載の水系潤滑剤組成物。
【請求項12】
前記アルカリ金属塩は、リチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩またはセシウム塩である請求項11記載の水系潤滑剤組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2010−196020(P2010−196020A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−45947(P2009−45947)
【出願日】平成21年2月27日(2009.2.27)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】