説明

水素化物複合体及び水素貯蔵材料

【課題】200℃以下の温度においても水素を取り出すことが可能な新規な水素化物複合体、及び、このような水素化物複合体から水素を放出することにより得られる水素貯蔵材料を提供すること。
【解決手段】金属ボロハイドライドM(BH4)n(Mは第1の金属元素、nはMの酸化数)と、水素化アルミ金属化合物M'(AlH4)n'(M'は第2の金属元素、n'はM'の酸化数)との混合物を混合粉砕することにより得られる水素化物複合体、及び、この水素化物複合体に含まれる水素の全部又は一部を放出させることにより得られる水素貯蔵材料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素化物複合体及び水素貯蔵材料に関し、さらに詳しくは、200℃以下の温度において水素ガスを発生させることが可能な水素化物複合体、及び、このような水素化物複合体から水素を放出することにより得られる水素貯蔵材料に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、二酸化炭素の排出による地球の温暖化等の環境問題や、石油資源の枯渇等のエネルギー問題から、クリーンな代替エネルギーとして水素エネルギーが注目されている。水素エネルギーの実用化に向けて、水素を安全、かつ、効率的に貯蔵、輸送する技術の開発が重要となる。水素の貯蔵方法にはいくつかの候補があるが、中でも可逆的に水素を貯蔵・放出することのできる水素貯蔵材料を用いる方法は、最も安全に水素を貯蔵・輸送する手段と考えられており、燃料電池車に搭載する水素貯蔵媒体として期待されている。
【0003】
水素貯蔵材料としては、活性炭、フラーレン、ナノチューブ等の炭素材料や、LaNi、TiFe等の水素吸蔵合金が知られている。これらの内、水素吸蔵合金は、炭素材料に比べて単位体積当たりの水素密度が高いので、水素を貯蔵・輸送するための水素貯蔵材料として有望視されている。
しかしながら、LaNi5、TiFe等の水素吸蔵合金は、La、Ni、Ti等の希少金属を含んでいるため、その資源確保が困難であり、コストも高いという問題がある。また、従来の水素吸蔵合金は、合金自体の重量が大きいために、単位重量当たりの水素密度が小さい、すなわち、大量の水素を貯蔵するためには極めて重い合金を必要とするという問題がある。
【0004】
そこでこの問題を解決するために、軽元素を含む水素貯蔵材料の開発が試みられている。これまでに開発されている軽元素を含む水素貯蔵材料としては、
(1) LiNH2、LiBH4等のリチウム(Li)を含む錯体水素化物(例えば、特許文献1、非特許文献1等参照)、
(2) NaAlH4等のナトリウム(Na)を含む錯体水素化物、
(3) Mg(NH2)2等のマグネシウム(Mg)を含む錯体水素化物、
などが知られている。
【0005】
また、単相の金属間化合物ではなく、複数の相を複合化させることによって、水素吸蔵量を増大させたり、あるいは、水素の吸蔵・放出温度を低下させる試みがなされている。軽元素を含み、かつ、複数の相の複合体からなる水素貯蔵材料としては、LiNH2+LiH、LiBH4+MgH2などが知られている。
また、非特許文献2には、LiNH2+0.5LiAlH4からなる水素貯蔵材料が開示されている。同文献には、この材料の水素放出温度は100℃であり、水素量は4mass%である点が記載されている。
さらに、非特許文献3には、LiAl(NH2)4+4LiHからなる水素貯蔵材料が開示されている。同文献には、この材料の水素放出温度は130℃であり、水素量は6mass%である点が記載されている。
【0006】
軽元素を含む錯体水素化物は、相対的に重量が軽く、資源確保も比較的容易であり、相対的に低コストである。しかしながら、従来の錯体水素化物は、水素を放出させるためには200℃を超える高温での加熱が必要であるものが多い。200℃以下の温度において相対的に多量の水素を放出することが可能な材料は、限られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2002−526658号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】P.Chen、他4名、"Interaction of hydrogen with metal nitrides and imides"、「Nature」、2002年、vol.420/21、p.302-304
【非特許文献2】J.Phys.Chem.C111(2007)2335-2340
【非特許文献3】J.Power Source 155(2006)447-455
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、200℃以下の温度においても水素を取り出すことが可能な新規な水素化物複合体、及び、このような水素化物複合体から水素を放出することにより得られる水素貯蔵材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために本発明に係る水素化物複合体は、
金属ボロハイドライドM(BH4)n(Mは第1の金属元素、nはMの酸化数)と、水素化アルミ金属化合物M'(AlH4)n'(M'は第2の金属元素、n'はM'の酸化数)との混合物を混合粉砕することにより得られる。
本発明に係る水素貯蔵材料は、本発明に係る水素化物複合体に含まれる水素の全部又は一部を放出させることにより得られる。
【発明の効果】
【0011】
金属ボロハイドライドM(BH4)nと、水素化アルミ金属化合物M'(AlH4)n'との混合物を混合粉砕することにより得られる水素化物複合体は、約150℃という比較的低温から水素を取り出すことができる。これは、両者を混合粉砕することによって、一般式:M(BH4)a(AlH4)b(但し、a≧0、b>0、a+b=n)で表される新規化合物が形成されるためと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】Ca(BH4)2(図1(a))、LiAlH4(図1(b))、及び、Ca(BH4)2+2LiH(図1(c))の水素の昇温脱離スペクトルである。
【図2】Ca(BH4)2+0.5LiAlH4(図2(a))、Ca(BH4)2+LiAlH4(図2(b))、Ca(BH4)2+2LiAlH4(図2(c))、及び、Ca(BH4)2+3LiAlH4(図2(d))の水素の昇温脱離スペクトルである。
【図3】Li/Ca比と水素放出ピーク強度との関係を示す図である。
【図4】Ca(BH4)2及びCa(BH4)2−2LiAlH4のX線回折パターンである。
【図5】Ca(BH4)2、LiAlH4、及び、Ca(BH4)2−2LiAlH4のIRスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 水素化物複合体]
本発明に係る水素化物複合体は、金属ボロハイドライドと、水素化アルミ金属化合物との混合物を混合粉砕することにより得られる。
【0014】
[1.1. 金属ボロハイドライド]
「金属ボロハイドライド」とは、一般式:M(BH4)nで表される化合物をいう。Mは、金属ボロハイドライドを構成する第1の金属元素を表す。nは、第1の金属元素Mの酸化数を表す。
金属ボロハイドライドは、1種類の第1の金属元素Mを含む単一の化合物でも良く、あるいは、2種以上の第1の金属元素Mを含む混合物又は固溶体であっても良い。金属ボロハイドライドに複数の第1の金属元素Mが含まれる場合、nは、第1の金属元素Mの平均価数を表す。
【0015】
第1の金属元素Mの種類は、特に限定されるものではなく、種々の金属元素を用いることができる。第1の金属元素Mとしては、具体的には、Ca、Mg、Li、Na、Kなどがある。特に、Caは、低温において多量の水素を放出することができるので、第1の金属元素Mとして好適である。
【0016】
[1.2. 水素化アルミ金属化合物]
「水素化アルミ金属化合物」とは、一般式:M'(AlH4)n'で表される化合物をいう。M'は、水素化アルミ金属化合物を構成する第2の金属元素を表す。n'は、第2の金属元素M'の酸化数を表す。
水素化アルミ金属化合物は、1種類の第2の金属元素M'を含む単一の化合物でも良く、あるいは、2種以上の第2の金属元素M'を含む混合物又は固溶体であっても良い。水素化アルミ金属化合物物に複数の第2の金属元素M'が含まれる場合、n'は、第2の金属元素M'の平均価数を表す。
【0017】
第2の金属元素M’は、特に限定されるものではなく、種々の金属元素を用いることができる。第2の金属元素M'は、第1の金属元素Mと同一であっても良く、あるいは、異なっていても良い。さらに、第2の金属元素M'の酸化数n'は、第1の金属元素Mの酸化数nと同一であっても良く、あるいは、異なっていても良い。
第2の金属元素M'としては、具体的には、Li、Na、Kなどがある。特に、Liは、低温において多量の水素を放出することができるので、第2の金属元素M'として好適である。
【0018】
[1.3. 混合物の組成]
金属ボロハイドライドと水素化アルミ金属化合物の組み合わせは、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な組み合わせを選択することができる。
低温において多量の水素を放出することが可能な金属ボロハイドライドと水素化アルミ金属化合物の組み合わせとしては、
(1)Ca(BH4)2+LiAlH4
(2)Ca(BH4)2+NaAlH4
などがある。
【0019】
第1の金属元素Mに対する第2の金属元素M'の比(=M'/M比)は、第1の金属元素M及び第2の金属元素M'の種類に応じて最適なものを選択する。M'/M比を最適化すると、より低温においてより多量の水素を放出することができる。一般に、M’/M比が化学量論比に近づくほど、低温における水素放出量が増大する。ここで、「化学量論比」とは、次の(1)式で表される反応が生ずるときの原料比(=n/n')をいう。
M(BH4)n+(n/n')M'(AlH4)n'
M(BH4)a(AlH4)b+(n/n')M'(BH4)c(AlH4)d ・・・(1)
但し、a+b=n、c=n'(n−a)/n、
c+d=n'、d=n'(n−b)/n
例えば、第1の金属元素MがCaであり、第2の金属元素M'がLiである場合、Li/Caが大きくなるほど、低温における水素放出量が増大する。Li/Caは、1以上が好ましく、さらに好ましくは1.5以上、さらに好ましくは1.8以上である。。
一方、Li/Ca比が大きくなりすぎると、かえって低温における水素放出量が低下する。従って、Li/Ca比は、3以下が好ましく、さらに好ましくは2.5以下、さらに好ましくは2.3以下である。
【0020】
[1.4. 混合粉砕]
「混合粉砕」とは、出発原料に機械的応力を与え、粉砕しながら均一に混合するプロセスをいう。水素化物複合体は、出発原料が十分に粉砕され、均一に混合されていれば良い。そのため、粉砕方法、粉砕時間、粉砕雰囲気などの調製条件に関し、細かい制約を受けない。
例えば、ボールミル粉砕を行う場合、粉砕時間は、2時間程度で良い。試料調製雰囲気は、不活性ガス雰囲気又は水素雰囲気(9気圧程度)が好ましいが、これに限られない。
【0021】
[2. 水素貯蔵材料]
本発明に係る水素貯蔵材料は、本発明に係る水素化物複合体に含まれる水素の全部又は一部を放出させることにより得られる。得られた水素貯蔵材料と水素とを接触させる場合において、条件を最適化すると、水素貯蔵材料材料と水素とが反応し、水素化物複合体となる。
【0022】
[3. 水素化物複合体及び水素貯蔵材料の作用]
金属ボロハイドライドの一種であるCa(BH4)2は、加熱により水素を放出することが知られている。しかしながら、Ca(BH4)2から水素を放出させるためには、300℃以上に加熱する必要がある。
これに対し、金属ボロハイドライドM(BH4)nと、水素化アルミ金属化合物M'(AlH4)n'との混合物を混合粉砕することにより得られる水素化物複合体は、約150℃という比較的低温から水素を取り出すことができる。これは、両者を混合粉砕することによって、各陽イオン及び/又は各陰イオンの全部又は一部が交換され、より不安定化された相又は化合物が生成したためと考えられる。
具体的には、両者を混合粉砕することによって、一般式:M(BH4)a(AlH4)b(但し、a≧0、b>0、a+b=n)で表される新規化合物が形成されると考えられる。例えば、Ca(BH4)2とLiAlH4の組み合わせの場合、混合粉砕によってCa(BH4)(AlH4)、Ca(AlH4)2などの化合物が生成していると考えられる。
【実施例】
【0023】
(実施例1〜5(試料#4〜8)、比較例1〜5(試料#1〜3、9〜10))
[1. 試料の作製]
内容積80mLのボールミルポットに、原料及び粉砕用ボールを充填した。原料には、Ca(BH4)2、LiAlH4、及び、LiHを用いた。粉砕用ボールには、φ=9.5mmのボール27個を用いた。原料の充填量は、粉砕用ボール100gに対して1g以下とした。ポット内の雰囲気をAr(1気圧)又はH2(9気圧)とし、2〜12時間粉砕した。表1に、各試料の混合比、粉砕時間、組成比を示す。
【0024】
【表1】

【0025】
[2. 評価]
[2.1. 昇温脱離スペクトル]
出発原料及び混合粉砕した試料の水素の昇温脱離スペクトルを測定した。
[2.2. X線回折]
出発原料及び混合粉砕した試料のX線回折パターンを測定した。
[2.3. IRスペクトル]
出発原料及び混合粉砕した試料のIRスペクトルを測定した。
【0026】
[3. 結果]
[3.1. 昇温脱離スペクトル]
図1に、試料#1〜3(比較例1〜3)の水素の昇温脱離スペクトルを示す。
図1より、
(1)純Ca(BH4)2(試料#1)の水素放出温度は、非常に高い(394℃)、
(2)純LiAlH4(試料#2)の分解は、168℃にてわずかに起こるが、大部分は200℃以上で分解する、
(3)LiHをCa(BH4)2に添加しても、水素放出温度は下がらない(試料#3)、
ことがわかる。
【0027】
図2に、試料#5〜8(実施例2〜5)の水素の昇温脱離スペクトルを示す。
図2より、
(1)Ca(BH4)2にLiAlH4を加えると、純LiAlH4より低温(150℃付近)で水素の放出が可能になる、
(2)過剰にLiAlH4を加えた場合、LiAlH4に由来するピークが現れる(試料#8)、
ことがわかる。
試料#4の水素の昇温脱離スペクトルについては、図示はしないが、試料#6と比べて大きな変化はなかった。この結果は、長時間の混合粉砕が必要でないことを示す。
【0028】
水素放出ピークを低温側から、第1ピーク(156℃)、第2ピーク(183℃)、第3ピーク(198℃、試料#8でのみ観測)、及び、Ca(BH4)2由来のピークに分類し、そのピーク強度を求めた。表2に、その結果を示す。また、図3に、Li/Ca比と各水素放出ピークの強度との関係を示す。
表2及び図3より、
(1)最も低温で水素を放出する第1ピークの強度は、Li/Ca比が2(化学量論比)付近で極大となる、
(2)低温において多量の水素を放出するためには、Li/Ca比は、1〜3が好ましく、さらに好ましくは1.5〜2.5、さらに好ましくは1.8〜2.3である、
ことがわかる。
【0029】
【表2】

【0030】
[3.2. X線回折パターン及びIRスペクトル]
図4に、Ca(BH4)2とCa(BH4)2−2LiAlH4混合物のX線回折パターンを示す。図4より、混合物には原料に帰属できない新たなピークが出現しており、新規化学種の生成が示唆される。
図5に、Ca(BH4)2、LiAlH4、及び、Ca(BH4)2−2LiAlH4混合物のIRスペクトルを示す。図5より、混合物のIRでは、[AlH4]-に由来するピーク(図5中、「★」で表示)が大きく移動しており、新規化学種の生成が示唆される。
Ca(BH4)2とLiAlH4とを混合粉砕することによって水素放出温度が低下したのは、混合粉砕によって陽イオン又は陰イオンの全部又は一部の交換が起こり、より不安定化された相又は化合物(例えば、Ca(BH4)(AlH4)、あるいは、Ca(AlH4)2など)が生成したためと考えられる。
【0031】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明に係る水素化物複合体は、燃料電池システム用の水素貯蔵手段、超高純度水素製造装置、ケミカル式ヒートポンプ、アクチュエータ、金属−水素蓄電池用の水素貯蔵体等に用いられる水素貯蔵媒体として使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属ボロハイドライドM(BH4)n(Mは第1の金属元素、nはMの酸化数)と、水素化アルミ金属化合物M'(AlH4)n'(M'は第2の金属元素、n'はM'の酸化数)との混合物を混合粉砕することにより得られる水素化物複合体。
【請求項2】
前記第1の金属元素MはCaであり、
前記第2の金属元素M'はLiである
請求項1に記載の水素化物複合体。
【請求項3】
Li/Ca比は、1〜3である請求項2に記載の水素化物複合体。
【請求項4】
請求項1から3までのいずれかに記載の水素化物複合体に含まれる水素の全部又は一部を放出させることにより得られる水素貯蔵材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−11936(P2011−11936A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−156394(P2009−156394)
【出願日】平成21年6月30日(2009.6.30)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、水素製造・輸送・貯蔵システム等技術開発/水素貯蔵材料 貯蔵・輸送機器要素技術に関する研究開発の委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】