説明

水素製造装置

【課題】水の分解反応を効率よく進行させることができる水素製造装置を提供する。
【解決手段】酸素発生用電極、水素発生用電極および非導電性の多孔質構造体を有する電極部、該電極部に電解質水溶液を供給する電解質水溶液供給機構、ならびに、電極表面へ光を導入する採光部を備えてなる光水分解反応を利用した水素製造装置において、電極が空間中に存在するものとし、装置の運転時に、電解質水溶液供給機構により、電極に電解質水溶液を供給し、電極表面に電解質溶液の液膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、太陽光を利用した水分解反応を行うことにより水素を製造する水素製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
太陽エネルギーなどの再生可能エネルギーを利用した高性能な光エネルギー変換システムを実用化することは、地球温暖化の抑制、および枯渇しつつある化石資源依存からの脱却を目指す観点から、近年になって急激にその重要性が増している。中でも、太陽エネルギーを用いて水を分解し、水素を製造する技術は、現行の石油精製、アンモニア製造、メタノール製造等への原料供給技術としてのみならず、燃料電池をベースとした来たる水素エネルギー社会において必須とされる技術である。
【0003】
光触媒による水分解反応は、1970年代から広く研究されている(非特許文献1)。光触媒の多くはその大きなバンドギャップのため、紫外光領域の光によれば水分解を進行させることができるが、可視光領域の光では水分解を進行できなかったり、可視光領域の光でも水分解を進行可能であったとしても、光触媒自体が水中で不安定であったりするという欠点があった。近年になって可視光領域の光エネルギーで水を分解することができ、かつ水中で安定である光触媒が発表されるようになった(非特許文献2、3、4)。
【0004】
粉体状の光触媒を用いて懸濁液の中で水分解反応を行う場合、水分解反応による水素生成サイトと酸素生成サイトは懸濁された光触媒粒子上にあって不可分なため、生成ガスは混合気体として回収せざるを得ず、後に分離操作が必要になるという欠点がある。
【0005】
この問題を解決するために、光触媒電極とその対極とをイオン交換膜又は塩橋で仕切ると共に、光触媒電極とその対極を導通させた2電極系の光水電解装置が開発されている(例えば、特許文献1)。具体的には、図1に模式図を示したが、この装置は、水槽の透過窓を通じて入射した太陽光を光触媒電極92に当てることにより、光触媒の価電子帯に存在する電子を伝導帯に励起し、価電子帯に正孔を生成する。そして、価電子帯に生成された正孔は、水を酸化し、酸素分子とプロトンとを生成する。酸素分子は気液分離によって上部の気体回収口より回収され、プロトンはナフィオン(登録商標 Nafion)等のプロトン透過膜等94を介して対極96側へ輸送される。一方、伝導帯に励起された電子は、導体98中を伝導して対極96に移動する。そして、対極96に移動してきた電子とプロトンは白金等の水素発生触媒によって反応し、水素分子が生成される。従って、このような光水電解装置によれば、水素と酸素はイオン交換膜等94によって仕切られた2つの水電解槽においてそれぞれ発生するために、水素と酸素を分離する必要がなくなる。
【0006】
しかしながら、これら2電極系の装置では、電極全体が電解質水溶液99中に浸漬しているために生成気体(酸素および水素)がそれぞれの触媒表面上に気泡として吸着してしまい反応を阻害することが多い。これは、生成した気体は、ある程度の大きさのサイズの気泡にならなければ脱離することができないため、該吸着した気泡が触媒の活性サイトを被覆し、溶液抵抗が増大してしまうためである。
【0007】
このような生成ガスの付着を防ぐため、例えば、電気分解反応装置においては、電極表面の形状を木の葉状とし、電極の比表面積を高めると共に生じた気泡を抜けやすくすることが提案されている(特許文献2)。あるいは水分解反応で生じた生成ガスが速やかに電極表面から脱離するように超音波処理をする(例えば、特許文献3)ことも提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2001−286749号公報
【特許文献2】特開2009−144214号公報
【特許文献3】特開2005−103351号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Chem. Soc. Rev., 2009, 38, 253-278
【非特許文献2】J. Am. Chem. Soc., 2005, 127, 4150-4151
【非特許文献3】J. Am. Chem. Soc., 2005, 127, 8286-8287
【非特許文献4】J. Phys. Chem. C, 2009, 113, 6156-6162
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
一方、気相系で反応を行えば、気泡が触媒表面に吸着することにより反応が阻害される問題はない。しかしながら水の分解反応は、
【0011】
【化1】

の式に表されるように、非常に大きな正の自由エネルギー変化量(すなわち非常に小さな平衡定数)を持つエネルギー蓄積型の反応であり、Ptなどの触媒の存在下では正反応に比べて圧倒的に逆反応が進行してしまう。
【0012】
2電極系ではなく粉体状の光触媒により気相で水分解を行う系であるが、前記問題を解決する手段の一つとして、触媒表面にごく少量の液体状の水を存在させることが古くから知られている(J. Catal., (1981, 69, pp128-139))。これは触媒表面に形成された水の薄い層が気相中の生成ガスの吸着および逆反応を抑制しながらも、生成ガスが容易に水相中を拡散して気相中に放出されるためとされている。
【0013】
すなわち2電極系においても、光触媒電極表面が常に水の薄い層で覆われることで、生成気体の吸着による逆反応を抑制しながらも、水分解反応で生じた生成ガスの拡散による気相への放出を容易にし、高い反応効率が期待できる。しかしながら、従来型の反応槽に電極を浸漬する反応方式では、このような給水制御は不可能であった。
【0014】
一方、太陽光を装置に入射して水分解を行う場合、太陽光の全てを反応に利用できるわけではない。水の分解反応においては、
【0015】
【化2】

であるので、水を分解するのに必要な一電子あたりのエネルギーから、利用できる光の限界波長を計算すると、
【0016】
【数1】

である。すなわち、紫外から赤外まである太陽光のうち、1000nmよりも短い波長の光しか反応には利用できない。
【0017】
標準的な地表の太陽光スペクトルである、AM1.5(1000W/m)を基準にして考えると(以下、太陽光について特に指定がなければ、AM1.5(1000W/m)を基準にすることとする。)、λ<1000nm領域のエネルギーは全太陽光エネルギーの約80%であり、残り20%は理論的に反応に利用できない熱として装置内に入射されることになる。
【0018】
更に、光触媒の量子効率を考慮すると、反応に利用できる太陽光は更に少なくなり、利用できない分の光は熱として装置内に蓄積されてしまう。例えば、太陽光の変換効率がη=10%である光触媒を利用し、太陽光が全て装置へ入射されたとすると、そのうち水分解で消費される太陽光エネルギーは100W/mであり、残りの900W/mは熱として光触媒および装置全体を加熱することになる。長波長側の光をカットするフィルターを使用し、例えば700nm以上の光をカットしても、なお500W/m程度の太陽光が入射され、400W/mが熱として装置内に蓄積されてしまう。
【0019】
光触媒は基本的に光半導体であるので、温度の上昇は再結合を促進するため好ましくない。従って太陽光を利用する水分解装置では積極的に触媒を冷却することが必要であるが、従来の装置では、触媒の温度コントロールは考慮されていなかった。
【0020】
また、上記の2電極系装置では、一般的にパンチングメタル状もしくはメッシュ状の電極を使用するが、その場合には電極面積に対する開口率が重要となる。開口率が高ければ電極表面における溶液抵抗は低くなり、電圧降下を抑制できるが、その分太陽光の有効受光面積が小さくなり設置可能な光触媒量が少なくなるため、単位面積当たりの変換効率が低下してしまう。これまでのところ、開口率は最適化されていなかった。
【0021】
本発明は、前記従来の課題を解決するもので、主として、
(1)導電性支持体の開口率は、トレードオフとなる溶液抵抗による電圧降下と、有効受光面積増大による単位面積あたりの変換効率の増大に関わっているが、この導電性支持体の開口率を最適化する、
(2)反応に利用できない余剰の太陽光エネルギーによる光触媒および装置の温度上昇を抑制する、
(3)水分解反応による生成ガスの光触媒電極表面への吸着および逆反応を抑制しながらも、光触媒電極表面に気泡を生じさせないような液膜厚さを保つことで溶液抵抗を低減させる、
の3点により水の分解反応を効率よく進行させること、またその成果として、化石資源を使用することなく水素を製造する、効率的で工業的に有利な水素製造装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
以下、本発明の理解を容易にするために添付図面の参照符号を括弧書きにて付記するが、それにより本発明が図示の形態に限定されるものではない。
本発明の水素製造装置(100)は、2枚の電極すなわち水素発生用電極(20)および酸素発生用電極(10)と、非導電性の多孔質構造体(30)と、採光窓(42、44)と、採光窓(42、44)および電極(10、20)の間の電解質溶液(60)が満たされていない空間(52、54)とを備え、電解質水溶液供給機構によって電極(10、20)表面に電解質水溶液(60)を供給することを要旨とする。
【0023】
前記非導電性の多孔質構造体(30)は、2枚の電極(10、20)の間に位置し、反応物質である電解質水溶液(60)はこの多孔質構造体(30)内を通過することで電極表面へ供給され、かつその電極表面への供給速度は、電極表面に電解質水溶液(60)の薄い層が形成される程度に制御することを要旨とする。
【0024】
電極表面に到達する電解質水溶液(60)の量を制御することによって、生成物の吸着による逆反応を抑制しながらも、電極全体を電解質水溶液に浸漬した場合に電極表面に生じる気泡の形成を抑制することができる。
【0025】
それと同時に、多孔質構造体(30)内を通過する電解質水溶液(60)の量を制御することによって、電極表面に入射された太陽光のうち、反応に利用されずに熱となってしまうエネルギーを放熱および水の顕熱を利用して反応装置外へ排出し、電極(10、20)の温度上昇を抑制することができる。
【0026】
本発明の2枚の電極(10、20)は、水素発生用電極と酸素発生用電極のいずれか1枚、もしくは2枚両方が太陽光により水分解反応を触媒する光触媒が堆積された電極であって、それぞれの電極(10、20)は、電極内部を水およびイオンが通過できるように貫通した多数のチャンネル(16、26)が設けられた電極であることを要旨とする。なお、ここでいう「光触媒」とは、光のもとで水分解反応を触媒することのできる化合物(光増感剤等)と、光半導体に水分解触媒を担持した化合物の双方を指す。なお、採光窓(42、44)は、光触媒が堆積された電極表面に光を導入できるように、該光触媒が堆積された電極側に設ければよい。
【0027】
なお、水素発生用電極と酸素発生用電極の2枚両方に光触媒を堆積する場合、いずれか1枚に光触媒を堆積する場合に比べて2倍の太陽光受光面積が必要になる(すなわち同じ量子効率の触媒を使用しても変換効率は半分になる)。一方で適当な組み合わせ(片方の価電子帯ともう片方の伝導帯の準位が互いに近接して重なり、触媒活性が互いに同等である)の2種の光触媒を用いれば、いずれか1枚が光触媒である場合に比べて水分解に必要な印加電圧を下げることが可能になる。従って用いる光触媒の特性に応じて、どちらの構造にするかを選択することができる。
【0028】
電極(10、20)は、電極表面の溶液抵抗による電圧降下と、有効受光面積すなわち触媒塗布可能面積とのバランスを最適化した開口率を有する電極であることを要旨とする。
【0029】
具体的には、以上の要旨を備えた以下の発明を提供する。
本発明は、光水分解反応を利用した水素製造装置(100)であって、
酸素発生用電極(10)、水素発生用電極(20)および連続した空隙を有する非導電性の多孔質構造体(30)を有する電極部(120)、該電極部(120)に電解質水溶液(60)を供給する電解質水溶液供給機構、ならびに、電極表面へ光を導入する採光部(42、44)を備えてなり、酸素発生用電極(10)または水素発生用電極(20)の少なくとも一方が光触媒を備えており、該光触媒を備えた電極側には該光触媒を備えた電極表面に光を導入するための採光部(42、44)が備えられており、
酸素発生用電極(10)が、酸素および水蒸気を含む雰囲気の空間(52)にあり、
水素発生用電極(20)が、水素および水蒸気を含む雰囲気の空間(54)にあり、
多孔質構造体(30)が、酸素発生用電極(10)および水素発生用電極(20)の間に存在して、各電極の存在する空間(52、54)を分離しており、
装置の運転時に、電解質水溶液供給機構により、酸素発生用電極(10)および水素発生用電極(20)に電解質水溶液(60)を供給し、該電極表面に電解質水溶液(60)の液膜を形成する、水素製造装置である。
図示した形態では、酸素発生用電極(10)側および水素発生用電極(20)側の両方に、採光部(42、44)を備えたものであるが、該採光部(42、44)は少なくとも光触媒を備えた電極表面に光を導入できるように、該光触媒を備えた電極側に設ければよい。
【0030】
本発明において、電解質水溶液供給機構は、運転時に、多孔質構造体(30)を電解質水溶液(60)に浸漬し、酸素発生用電極(10)および水素発生用電極(20)に電解質水溶液(60)を供給する機構とすることができる。
【0031】
本発明において、酸素発生用電極(10)および/または水素発生用電極(20)は、貫通した細孔を有する導電性支持体(14、24)、および、該導電性支持体(14、24)表面に堆積された触媒(12、22)、を備えた構造とすることができる。
【0032】
本発明において、導電性支持体(14、24)は、パンチングメタル状、メッシュ状、格子状、エキスパンドメタル状、繊維状、海綿状のいずれかであることが好ましい。
【0033】
本発明において、導電性支持体(14、24)の開孔率は、特に限定されるものではないが、通常5%以上、好ましくは10%以上、通常70%以下、好ましくは50%以下の範囲である。前記上限超過では触媒の担持量が減るとともに、導電性支持体の強度が保てない場合があり、前記下限未満では溶液抵抗が増大する傾向がある。
【0034】
本発明において、導電性支持体(14、24)は、金属単体、合金、または、これらの積層体で形成されていることが好ましい。また、導電性支持体(14、24)は、合金の表面に金属単体薄膜を形成したものであることが好ましい。
【0035】
本発明において、多孔質構造体(30)の厚みは、特に限定されるものではないが、電極間のイオン濃度が均一に調整されるため薄い方が好ましく、通常0.01mm以上、10mm以下であり、好ましくは1mm以下である。
【0036】
本発明において、電解質水溶液(60)を供給することにより、酸素発生用電極(10)および水素発生用電極(20)の表面温度を下げることが好ましい。各電極表面の温度は限定されるものではないが、通常20℃以上、95℃以下、好ましくは80℃以下の範囲に調節することが好ましい。
【0037】
本発明において、電解質水溶液(60)の供給速度は、特に限定されるものではないが、通常、太陽光のエネルギー密度当たり、通常4.22×10−8mol/sec・W以上、好ましくは1.0×10−5mol/sec以上であり、通常2.0×10−3mol/sec・W以下、好ましくは1.4×10−3mol/sec・W以下、より好ましくは1.30×10−3mol/sec以下である。
【0038】
本発明において、電極表面の電解質水溶液(60)の液膜の厚みは、特に限定されるものではないが、通常0.1μm以上、500μm以下、好ましくは100μm以下である。厚すぎると電極近傍の水素濃度が過飽和を超え、気泡を発生し、電極表面での溶液抵抗を生じ、反応速度が低下する。
【発明の効果】
【0039】
本発明によれば、太陽光をエネルギー源とし、水を原料とした水素製造装置において、逆反応を抑制し、かつ生成気体による気泡の発生を抑制することで溶液抵抗を著しく低減し、光電変換効率を向上させることができる。
また、本発明によれば、反応に利用できない太陽エネルギーが熱として電極および触媒を加熱してしまうことを抑制し、光電変換効率を向上させることができる。
さらに、本発明によれば、導電性支持体の開口率を最適化することにより、電極表面の溶液抵抗による電圧降下と、有効受光面積すなわち触媒塗布可能面積とのバランスを最適化し、光電変換効率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】従来の一般的な光触媒による水分解装置の概念図である。
【図2】本発明の一実施形態である水素製造装置100の断面の概念図である。
【図3】本発明の水素製造装置100の電極部120の断面の概念図である。
【図4】本発明の一実施形態である水素製造装置100の断面の概念図である。
【図5】本発明の一実施形態である水素製造装置100の断面の概念図である。
【図6】硫酸ナトリウム水溶液の溶液抵抗をその濃度に対してプロットした図である。
【図7】電極表面における溶液抵抗を推定するにあたり、規定したパラメーターを説明した図である。
【図8】電極の開口率と溶液抵抗による電圧降下の関係を示すグラフである。
【図9】電解質溶液60として酸性溶液を使用した場合の動作状態を示した水素製造装置100の概念図である。
【図10】本発明の一実施形態の水素製造装置における、電解質水溶液の出口温度に対して、電解質水溶液の供給速度をプロットした図である。
【図11】電極表面を拡大して示した模式図である。
【図12】電極において形成される電解質水溶液の液膜と、そこに溶解する水素の量を模式的に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0041】
本発明の実施の形態にかかわる水素製造装置100について説明する。
本発明の水素製造装置100は、図2に概念図を示すように、酸素発生用電極10、水素発生用電極20、および、多孔質構造体30を備えた電極部、採光部42、44、および、電解質溶液供給機構を備えてなる。図示した形態では、採光部42、44が、酸素発生用電極10および水素発生用電極20の両側に形成されているが、該採光部は、光触媒を備えた電極側に形成すればよい。
<電極部120>
図3に、本発明の実施の形態にかかわる水素発生用電極20、多孔質構造体30、酸素発生用電極10より構成される電極部120を拡大した断面図を模式的に示す。水素発生用電極20および酸素発生用電極10は、多孔質構造体30により、それぞれの存在空間が仕切られている。
酸素発生用電極10および水素発生用電極20は、それぞれ導電性支持体14、24上に触媒12、22を堆積させて形成される。導電性支持体14、24は、貫通した細孔を有しており、該細孔(チャンネル)16、26を通じて、プロトンが一方の電極側から他方の電極側へと移動する。
【0042】
(水素発生用電極20)
水素発生用電極20は、水素発生用触媒22を導電性支持体24上に堆積させて構成される。
水素発生用触媒22は、次の条件を満たしていればいかなる化合物でもよい。(1)光照射によって生成する電子の電位が水素イオンもしくは水分子を水素分子に還元できる電位よりも負である光触媒(以下、水素発生用光触媒という)、もしくは、光照射によらず水素イオンもしくは水分子を水素分子に還元できる触媒(以下、水素発生用一般触媒という)であること。(2)光触媒もしくは一般触媒が水溶液中で光照射され、水分解反応が進行しても安定であること。
【0043】
水素イオンもしくは水を還元する、水素発生用光触媒に用いる光半導体としては、Cr,Sb,Ta,Rh等をドープしたSrTiO;Cr,Fe等をドープしたLaTi,SnNbなどの酸化物や、CuInS,AgGaS,AgIn,NaInS,AgInZn,CuInGaS,CuInGaSe,CuZnSnSなどのカルコゲナイド化合物、光増感剤を担持したTiO,ZnO,HNb17,HTiなどを挙げることができるが、例示した材料に限定されるものではない。また前記光増感剤としては具体的には例えば、Ru(bpy)2+、 エリスロシン、亜鉛ポルフィリン、CdS などが挙げられるが、例示した材料に限定されるものではない。
【0044】
水素イオンもしくは水を還元する、水素発生用一般触媒としては、Au,Cr,Fe,Pd,Pt,Ni,Ru,Rhなどの金属単体、もしくはNiO,RuOをはじめとするこれら金属の酸化物および複合酸化物、もしくはこれら金属の合金および混合物等を挙げることができるが、例示した材料に限定されるものではない。
【0045】
水素発生用触媒22(水素発生用光触媒、水素発生用一般触媒)は、導電性支持体24の上に堆積させる。その手法は特に限定されないが、具体的には真空蒸着法やスパッタリング法などの気相成長法、ゾルゲル法、塗布法、電気泳動電着法などを使用することができる。
【0046】
水素発生用触媒22の導電性支持体24上へ堆積する層の厚さは、特に限定されないが、0.001μm〜100μmが好ましく、0.01μm〜10μmがより好ましい。
【0047】
(酸素発生用電極10)
酸素発生用電極10は、酸素発生用触媒12を導電性支持体14上に堆積させて構成される。
酸素発生用触媒12は、次の条件を満たしていればいかなる化合物でもよい。(1)光照射によって生成する正孔の電位が水もしくは水酸化物イオンを酸素分子に酸化できる電位よりも正である光触媒(以下、酸素発生用光触媒)、もしくは、光照射によらず水もしくは水酸化物イオンを酸素分子に酸化できる触媒(酸素発生用一般触媒)であること。(2)光触媒もしくは一般触媒が水溶液中で光照射され、水分解反応が進行しても安定であること。
【0048】
水分子もしくは水酸化物イオンを酸素分子に酸化する、酸素発生用光触媒に用いる光半導体としては、Cr,Ni,Sb,Nb,Th,Sb等をドープしたTiOやWO,BiWO,BiMoO,In(ZnO),PbBiNb,BiVO,AgVO,AgLi1/3Ti2/3,AgLi1/3Sn2/3などの酸化物のほか、LaTiON,CaNbON,TaON,Ta,CaTaON,SrTaON,BaTaON,LaTaON,YTa,GaN,MgをドープしたGaN,Ge,Ga0.88Zn0.120.880.12などのオキシナイトライドもしくはナイトライド化合物やSmTiなどのオキシサルファイド化合物を用いることができるが、例示した材料に限定されるものではない。
【0049】
水分子もしくは水酸化物イオンを酸素分子に酸化する、酸素発生用一般触媒としては、
IrO,RuO,RhO,MnO,Mn,Mn,CoO,Co等の金属酸化物、Ir,Pt,Co,Fe,C,Ni,Agおよびこれら金属の合金、混合物等を挙げることができるが、例示した材料に限定されるものではない。
【0050】
酸素発生用触媒12(酸素発生用光触媒、酸素発生用一般触媒)は、導電性支持体34の上に堆積させる。その手法は特に限定しないが、具体的には真空蒸着法やスパッタリング法などの気相成長法、ゾルゲル法、塗布法、電気泳動電着法などを使用することができる。
【0051】
酸素発生用触媒12の導電性支持体14上へ堆積する層の厚さは、特に限定されないが、0.001μm〜100μmが好ましく、0.01μm〜10μmがより好ましい。
【0052】
水素発生用光触媒および酸素発生用光触媒には、必要に応じて助触媒を使用することができる。水素発生用光触媒の助触媒としては、Pt,Pd,Rh,Ru,Ni,Au,Fe,NiO,RuO,および、Cr−Rh酸化物等を挙げることができる。酸素発生用光触媒の助触媒としては、IrO,RuO,RhO、MnO,Mn
Mn,CoO,Co,Pt,Co,Fe,C,Ni,Ag等を挙げることができるが、例示した材料に限定されるものではない。
【0053】
前記助触媒は、光触媒の光吸収を阻害せず、それでいて十分な量を担持することが好ましい。具体的には、光触媒の堆積量の0.01質量%〜20質量%とすることが好ましく、0.1質量%〜5質量%とすることがより好ましい。
【0054】
水素発生用触媒22および酸素発生用触媒12の上部および表面には、必要に応じて濡れ性を高めるための親水性物質を堆積することができる。該親水性物質は、可視光を吸収せず、かつ触媒22、12と接触しても安定である物質であればどのような化合物でもよい。具体的には、TiO,SiO,Al,ZrOなどの酸化物、およびZrO/Y,SiO/Al,SiO/TiOなどの複合酸化物等が挙げられるが、例示した材料に限定されるものではない。
【0055】
導電性支持体24、14としては、良好な電気伝導性を示す元素の単体、合金、もしくはそれらの積層体を用いることができる。元素の単体とは、具体的には、Ag,Al,Au,C,Cu,Ir,In,Mo,Ni,Pb,Ru,Rh,Sn,Pd,Pt,Ti,Wなどを挙げることができる。一方合金とは、具体的には、ステンレス鋼、炭素鋼、チタン合金、アルミニウム合金、はんだ、などを挙げることができる。積層体とは、合金の表面に金属単体薄膜を形成したものが挙げられ、例えば、SUS316の上にチタン薄膜を形成させたものなどが挙げられるが、例示した材料に限定されるものではない。
【0056】
導電性支持体24、14の形状は特に限定されないが、パンチングメタル状、メッシュ状、格子状、エキスパンドメタル状、繊維状、海綿状、または、貫通した細孔を持つ多孔体状など、イオンの移動が可能である構造とする必要がある。
【0057】
導電性支持体24、14の開口率は、特に限定されるものではないが、通常5%以上、好ましくは10%以上であり、通常70%以下であり、好ましくは50%以下である。ここで、「開口率」とは、導電性支持体14、24における触媒12、22を堆積する面における「(開口部の面積)/(開口部の面積+触媒堆積面の面積)×100(%)」で求められる値である。開口率が前記下限未満では溶液抵抗が増大することがあり、前記上限超過では触媒担持量が減少し、また導電性支持体の強度が低下することがある。以下において説明する図8において、開口率と電圧降下との関係を示すが、電圧降下を100mV以内に収めるためには、開口率は10%以上であることが好ましいことがわかる。また触媒塗布可能面積が少なすぎると光電変換効率が下がることから、開口率は50%以下であることが好ましい。また、各々近接する孔同士の距離は、好ましくは0.05mm〜2mmである。ここで、孔同士の距離とは、隣合った孔の外周から外周までの距離をいう。
【0058】
(多孔質構造体30)
多孔質構造体30は、電極部120において、水素発生用電極20および酸素発生用電極10の間に位置し、これら電極の存在空間を二分している。
多孔質構造体30は良好な非導電性を示し、両極で発生する酸素と水素ガスの混合を防止しながらもイオンの移行に関しては自由である多孔質材料を使用することができる。材料として具体的には、シリカ、アルミナなどのセラミックスや、ポリプロピレン、塩化ビニル、ポリエステル、フッ素樹脂等の有機隔膜材料が挙げられるが、例示した材料に限定されるものではない。
【0059】
多孔質構造体30の微孔径は、本発明の効果を奏すれば特に限定されるものではないが、多孔質構造体30内で毛細現象を起こすのに適した微孔径であることが好ましい。
多孔質構造体30の空隙率は、特に限定されるものではないが、通常50%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、更に好ましくは90%以上であり、通常96%以下、好ましくは94%以下である。
多孔質構造体30の厚みは、特に限定されるものではないが、電極間のイオン濃度が均一に調整されるため薄い方が好ましく、通常0.01mm以上、10mm以下であり、好ましくは1mm以下である。
【0060】
多孔質構造体30は、水素と酸素のクロスオーバーを抑制する目的で、水素ガスや酸素ガスは透過しないが、水およびプロトンは透過する各種ろ過材およびイオン伝導膜と複合化することができる。ろ過材とは、具体的には、セルロース、アセチルセルロース、ポリアクリロニトリル、テフロン(登録商標)、ポリスルフォンなどである。イオン伝導膜とは、具体的には、ナフィオン(登録商標、デュポン社製)に代表されるパーフルオロスルホン酸膜が挙げられる。複合化の方法は特に限定はされないが、たとえば多孔質構造体30をナフィオン溶液に浸漬してチャンネルをナフィオンで満たす、あるいは多孔質構造体30とナフィオン膜とを積層するなどの方法をとることができる。
【0061】
<電解質水溶液供給機構>
本発明においては、電極10、20が、電解質水溶液60中に浸っているのではなく、電極10、20は、空間52、54中に存在している。電解質水溶液60は、電解質水溶液供給機構によって、電極10、20の表面に供給され、電極10、20の表面には、電解質水溶液60の所定厚の液膜が形成される。これにより、電極10、20表面に気泡が発生して、触媒反応が阻害されることおよび逆反応が防止される。また、電解質水溶液60は、電極10、20および触媒12、22の冷媒としての役割も兼ねている。
なお、電極10、20の両方が、空間52、54中に存在することが好ましいが、いずれか一方が空間中に存在し、他方が従来の形態のように常に電解質溶液に浸漬された状態であってもよい。
【0062】
(電解質水溶液60の供給方式)
電解質水溶液60の電極10、20への供給方法は、所定の膜厚の電解質水溶液60の液膜を、電極表面に形成できるのであれば、特に限定されないが、例えば、揚水方式、上部からの供給方式、および、スプレーノズルによる供給方式を挙げることができる。
【0063】
揚水方式とは、図2に矢印にて電解質水溶液60の移動方向を示したように、電解質水溶液60が、多孔質構造体30の微細孔内部を毛管現象によって揚水され、各電極10、20の導電性支持体14、24の各チャンネル16、26を通って水素発生用触媒22および酸素発生用触媒12の表面に供給される方式である。
【0064】
上部からの供給方式とは、図4の概念図に矢印にて電解質水溶液60の移動方向を示したように、電解質水溶液60が上部から供給され多孔質構造体30を通って、各チャンネル16、26から触媒12、22表面に供給される方式である。
【0065】
スプレーノズルによる供給方式とは、図5の概念図に矢印にて電解質水溶液60の移動方向を示したように、スプレーノズル72、74から各電極10、20の触媒12、22表面に対して、電解質水溶液60がスプレー供給される方式である。スプレーノズルの形態は、各触媒12、22表面に所定量の電解質水溶液60を供給できるものであれば、特に限定されない。少なくとも各空間52、54に一つのスプレーノズルを設置することにより電解質水溶液60を供給することができ、場合によっては、ひとつの空間に複数のスプレーノズルを設置してもよい。また、上記した、揚水方式、または、上部からの供給方式とスプレーノズルを組み合わせることもできる。
【0066】
(電解質水溶液60の供給速度)
背景技術の項でも述べたように、標準的な太陽光の20%は理論的に反応に利用できない熱として装置内に入射されるうえ、光触媒の量子効率を考慮すると、反応に利用できる太陽光は更に少なくなり、利用できない分の光は熱として装置内に蓄積されてしまう。
【0067】
太陽光の変換効率η=x%である光触媒を使用した場合、水素生成速度はAM1.5(1000W/m)のもとでは、ΔG=237kJ/molより、
【0068】
【数2】

である。1molの水から1molの水素が発生するので反応物である電解質水溶液60の供給速度は、水素発生速度に等しいかより大である必要がある。従って、電解質水溶液60の供給速度は、通常利用する太陽光の照射エネルギー密度(W/m)あたり4.2x10−8mol/sec・W以上であり、好ましくは1.0×10−5mol/sec・W以上である。これはそれぞれη=1%、η=10%を想定した値を意味する。
【0069】
電解質水溶液60は、反応物であると同時に、触媒12、22の温度の上昇を抑制する冷媒としての役割も兼ねており、水の顕熱を利用して電極10、20および触媒12、22の冷却を行う。電解質水溶液60の電極10、20への供給速度は、通常利用する太陽光の照射エネルギー密度(W/m)あたり、1.4×10−3mol/sec・W以下であり、1.3×10−3mol/sec・W以下であることが望ましい(図10および後記<電極の冷却>の検討結果より)。
【0070】
上記の供給速度にて電解質水溶液60を供給することにより、酸素発生用電極10および水素発生用電極20の表面温度を調節することができる。各電極表面の温度は特に限定されるものではないが、通常20℃以上、好ましくは40℃以上であり、通常95℃以下、好ましくは80℃以下である。前記範囲に電極表面の温度を調整することにより、触媒の温度が、触媒における再結合を防ぐために適した温度に調節できる。
【0071】
電解質溶液60の液膜の厚みは、特に限定されるものではないが、太陽光の変換効率がη=10%であるとき、通常0.1μm以上、500μm以下の範囲であればよく、好ましくは100μm以下である。前記上限超過では電極近傍の水素濃度が過飽和を超え、気泡を発生し、電極表面での溶液抵抗を生じ、反応速度の低下を引き起こす傾向がある。
【0072】
電解質水溶液60は、塩を水に溶解させて製造される。電解質水溶液を構成する塩は、特に限定されないが、電解質水溶液が中性付近にあり、塩素ガス等の副生成物を生成しない観点からNaSOを用いることが好ましい。また、その濃度は、溶液抵抗を考慮し、また、一方で溶液の粘性を上げないようにする観点から、0.2mol/L以上2mol/L以下の範囲であることが好ましい。
【0073】
<採光部42、44>
本発明の水素製造装置は、光水分解反応を利用しているため、光を装置内に取り入れ、電極10、20に光を照射させるための採光部42、44が設けられている。図2においては、図示側面が、採光部42、44となっており、それぞれの採光部から光を取り入れ電極10、20に光が照射されるようになっているが、製造装置の箱体である反応槽40の形態(例えば、形状、大きさ)は特に限定されず、採光部42、44をわざわざ設けないで、反応槽40の全面を光透過材料で構成してもよい。採光部の材料は特に限定されず、光を透過できる材料であって、所定の強度を備えたものであればよく、例えば、プラスチック、ガラスが挙げられる。
本発明の水素製造装置に適用する光源としては、太陽光には限定されず、本発明の効果を奏する光源であれば、人工光も好適に使用することができる。
【0074】
電極への太陽光の取り込み方法については、太陽光が直接電極に照射されるようにする他、装置100の外側に反射鏡を設け、反射光が電極に照射されるようにしても良い。また、装置100と太陽との間にレンズを設けたり、反射鏡を利用して太陽光を集中させる集光方式としても良い。
【0075】
水素発生用電極20または酸素発生用電極10のいずれか一方に光触媒を使用しない場合には、採光部は光触媒を使用した電極側にのみに設置し、他方には設置しなくても良い。あるいは、2つの反応器の光触媒を使用しない電極側同士を対向させ、光触媒を使用した電極側のみに光が当たるようにしても良い。
【0076】
光触媒が利用できない波長範囲の太陽光をカットするため、電極10、20と太陽との間に波長選択性材料を設置しても良い。波長選択性材料の設置方法は特に限定されないが、反応槽40の壁面、採光部42、44に設置してもよいし、触媒12、22表面に波長選択性材料を塗布するなどの方法をとることもできる。また、波長選択性材料は反射鏡と太陽との間に設置しても良い。
【0077】
波長選択性材料は、一般的なグレージング材料を使用することができる。具体的には、Ag,Au,Cuなどの金属薄膜、TiN,Bi,SnO,TiO,ZnO,ZnS,Alなどの金属化合物薄膜、In:Sn,SnO:F,SnO:Sb,ZnO:Al,TiO:Nbなどドープされた酸化物半導体薄膜、およびこれら化合物の積層膜を挙げることができるが、例示した材料に限定されるものではない。
【実施例】
【0078】
<電解質水溶液の好適な濃度の検討>
例として、太陽エネルギー変換効率が10%の場合を取り上げる。太陽エネルギーはAM1.5では1000W/mであるから、この10%が水分解に使用された場合に生じる単位時間当たりの電子数(電流)は、ΔG=237kJ/mol,F=96,500C/molより
【0079】
【数3】

単位面積当たりの電流値が高いため、リアクターの効率を10%程度に保つためには溶液抵抗による電圧降下を抑制することが肝要である。ここで電圧降下限界値の目標は水分解に必要な理論電解電圧1.23Vの約10%程度の100mVとする。
【0080】
溶液抵抗による電圧降下が生じる場所としては、電極間、電極表面、電極孔内部、多孔質体内部があげられる。
はじめに、電極間の溶液抵抗について考察する。一般に、電極面積をA[m]、電極間距離をl[m]としたときの電極間にある電解液の溶液抵抗は一般的に以下の式によって表される。
【0081】
【数4】

【0082】
ここで、ρは抵抗率、κは導電率である。硫酸ナトリウム水溶液の導電率κは表1のように濃度によって変化する。ここで電極間距離lを1mm、電極面積を1mとした場合の溶液抵抗をプロットすると、図6のようになる。このことから、電圧降下を100mV以内に収めるためには、電解質水溶液の濃度は0.2〜2mol/Lの範囲であることが望ましいことがわかる。
【0083】
【表1】

【0084】
<電極の開口率と電圧降下との関係>
次に、1mol/LのNaSO水溶液を使用し、電極間距離をlmm,電極の厚さをt(e)mm,多孔質体の厚さをt(p)mm、隔膜の空隙率を50%、電流値IAとすると、電極間の電圧降下は
【0085】
【数5】

電極孔の電圧降下は、電極の開口率x%の電極面積A´=A×x/100より
【0086】
【数6】

隔膜の電圧降下は、
【0087】
【数7】

で表される。
【0088】
また、図7は、電極表面における溶液抵抗を推定するにあたり、規定したパラメーターを説明する図であり、Lは電極の開口部の半径、Kは隣接する開口部との中心間距離×1/2、rはLからKまでのいずれかの値をとる半径である。
電極表面の抵抗は、図7のように電極孔の中心からの距離rについての微小区間の断面積が(半径rm)×(水膜厚さhm)であり、微小区間の長さをΔrとすると、微小区間の抵抗は、
【0089】
【数8】

である。一方電流は、
【0090】
【数9】

と求まるので、これより、微小区間の電圧降下は
【0091】
【数10】

となる。これをLからKまで積分すると、
【0092】
【数11】

と求まる。ここで、簡単のため開口率x%の電極について
【0093】
【数12】

と考えると、式は、
【0094】
【数13】

となる。ここで、合計の電圧降下Vは、
【0095】
【数14】

であるので、x[%]と電圧降下の関係は図8のようになる。これより、電圧降下を100mV以内に収めるためには、開口率は10%以上であることが好ましいことがわかる。また触媒塗布可能面積が少なすぎると光電変換効率が下がることから、開口率は50%以下であることが好ましい。
【0096】
<水素製造装置の具体的形態>
図9を用いて、本発明の水素製造装置100の具体的形態について説明する。
図9に示される水素製造装置100は、採光部42、44を備えた反応槽40の内部に、電極10、20、多孔質構造体30、および、電解質水溶液60を備えており、各電極内の導電性支持体14および導電性支持体24が、導体82により接続されている。
【0097】
電解質溶液60は、反応槽40内部の下部に溜まっている状態となっているが、このとき電極10、20の触媒12、14が塗布されている部分が電解質水溶液60の液面に全く接触しないか、あるいは、接触していても液面下への浸漬が10mm以内であるようにする。このようにして、水素発生用電極20と採光部44、ならびに、酸素発生用電極10と採光部42との間に、それぞれ空間52および54ができるようにする。
【0098】
電極10および電極20は、必要に応じて外部バイアス回路84を通じて両電極に電圧が印加される。印加電圧は自由に選ぶことができるが、好ましくは0V〜2V、より好ましくは0V〜1Vである。
【0099】
次に、水素製造装置100の動作原理について説明する。
光が照射された際、それぞれの触媒12、14上で起きる反応は、酸性溶液中では、
【0100】
(酸素発生側)HO+2h→1/2O+2H
(水素発生側)2H+2e→H
(h:正孔,e:電子)
中性溶液中では、
【0101】
(酸素発生側)HO+2h→1/2O+2H
(水素発生側)2HO+2e→H+2OH
塩基性溶液中では、
【0102】
(酸素発生側)2OH+2h→1/2O+H
(水素発生側)2HO+2e→H+2OH
である。
【0103】
図9では、電解質水溶液60として酸性溶液を使用した場合の動作状態が示されているが、酸素発生用触媒12によって水が酸化され、酸素ガスが生成する。このとき生成した電子は導体82を通じて酸素発生側の電極10から水素発生側の電極20へ移動する。同時にプロトンは多孔質構造体30内部の細孔を通過して水素発生側電極20の水素発生用触媒22の表面へ到達し、移動してきた電子で還元されて水素ガスが生成する。生成した酸素ガスおよび水素ガスは、それぞれ水素回収口78、酸素回収口76より回収される。
【0104】
水素回収口78、酸素回収口76より回収された水素ガスおよび酸素ガスは水蒸気を含んでいるので、水素回収口78、酸素回収口76に空冷管もしくは冷却装置を接続させ、凝縮した水のみを反応槽40に戻す機構としてもよい。または、飽和水蒸気水素および飽和水蒸気酸素を圧縮し、2.5〜3MPaまで昇圧する過程で水蒸気を凝縮させ、それらを回収して利用してもよい。
【0105】
<電極の冷却>
電極と反応槽外壁との距離をdgasmmとし、反応槽外壁として厚さ5mmポリカーボネート樹脂を使用すると仮定した。このとき、太陽エネルギーは最初に電極を加熱し、加熱された電極が電解質水溶液を加熱するものと仮定し、ポリカーボネート樹脂や水素ガスおよび飽和水蒸気による光吸収の影響は無視した。
太陽エネルギーによって加熱された電極は、電解質溶液の顕熱、伝導伝熱、放射熱により冷却されるとして以下の計算を行った。
【0106】
【数15】

なお、本来ガス層を通じた伝熱は対流伝熱であるが、水素の生成速度が低いため、気相に大きな流れはないものとみなし、伝導伝熱で近似した。また電解質溶液の蒸発熱は、生成する水素ガスの発生速度が低く、それに飽和する水蒸気の量も非常に小さいと考えられることから、蒸発熱による冷却は無視した。
はじめに、伝導伝熱による冷却における電極と反応槽外壁の距離dgasmmの影響を見積もった。伝導伝熱モデルの計算式は、
【0107】
【数16】

ただし、
【0108】
【数17】

【0109】
ここで、U: 総括伝熱係数[W/mK]
A:伝熱面積[m
water:水の温度[K]
:外気の温度[K]
gas:ガス層厚み(電極と反応槽外壁までの距離)[m]
PC:ポリカーボネート外壁厚み[m]
λgas:飽和水蒸気水素ガスの熱伝導率[W/m・K]
λPC:ポリカーボネート樹脂の熱伝導率[W/m・K]
であり、電極と反応槽外壁の距離dgasmmは狭いほど冷却に有利である。また、放射熱は、
【0110】
【数18】

【0111】
ここで、σ:ステファン・ボルツマン定数5.67×10−8[W/m・K
e:熱放射率
である。
【0112】
ここで、電極と反応槽外壁までの距離を2mmとし、蓄積される熱量Qから伝導伝熱(Qconduction)と放射熱(Qradiant)を差し引いた余剰熱を顕熱(Qsensible)によって冷却するのに必要な水供給速度を見積もった。なお、このとき電解質溶液の温度上昇分(入口での温度Tinと出口での温度Toutの温度差ΔT)を10℃にとどめるとし、ポリカーボネート外壁の平均温度TPCが電解質溶液の平均温度に等しいと仮定、更に外気温を50℃とした。必要な水供給速度を計算した結果を、図10に示す(図10では、太陽光の変換効率η=10%を想定している)。図10より、好ましい電解質水溶液の供給速度を、酸素発生用電極10および水素発生用電極20の単位面積(触媒が堆積している表面の面積)当たり0.01mol/sec・m以上14mol/sec・m以下であると導き出した。
これを電極単位面積から太陽エネルギー密度(W/m)あたりに換算して、1.0×10−5mol/sec・W以上、1.5×10−3mol/sec・W以下であると導きだした。なお、図10中のsunとは、集光倍率を意味する。
【0113】
<電極表面の電解質水溶液の液膜の厚さ>
図11は前記反応における電極表面を拡大して模式的に示したものである。生成する水素ガスおよび酸素ガスは、電解質水溶液60で形成された液膜62および64を拡散して空間52および54へ放出される。
【0114】
生成ガスが気泡を作らずに水相中を拡散して気相中へ放出されるためには、生成ガス(水素および酸素)の生成速度よりも、それぞれの生成ガスの水相中における拡散速度が大きければよい。ここで拡散速度は、Fickの法則より、
【0115】
【数19】

【0116】
J:拡散速度(mol/m・sec)
D:生成ガスの水中における拡散係数(m/sec)
dC:濃度勾配(生成ガスの過飽和溶解度−生成ガスの飽和溶解度)(mol/m
dx:水層厚さ(m)
である。この速度Jが、生成ガスの生成速度よりも大となるように、十分に液膜厚さを小さくすれば良いと考えられる。
【0117】
電解質溶液60の液膜62、64の厚さは、太陽光の変換効率がη=10%であるとき、0.001μm〜3000μmの範囲であればよく、好ましくは0.01μm〜1000μm、さらに好ましくは0.1μm〜500μmである。
【0118】
図12は光触媒表面に水膜が形成されている様子を模式的に示している。水素が一定の速度で発生しているとすると、発生した水素が気泡を作らないようにするためには、発生した水素の濃度が過飽和度を超えなければよいと考えられる。つまり、水素の発生速度よりも濃度勾配による拡散速度が大きければよい。変換効率がη=10%のときの水素生成速度は式(1)より、
【0119】
【数20】

【0120】
水素の拡散速度は、濃度勾配が時間によらず一定であると仮定すると、前述の式(3)および水素の拡散係数D=9.0x10−9[m/sec],水素の水への溶解度c=7.81x10−1[mol/m]からJ=2.39x10−9[mol/sec・m]/dxである。
従って、
【0121】
【数21】

であり、上記条件で許容される水膜の最大厚さは約5〜6μmと推定される。
ここで気相の圧力を増大させた場合、水素の水に対する溶解度の変化より(化学便覧 改定3版 基礎編II,丸善に記載のデータを使用)、それぞれの圧力における水膜の最大厚さは表2のように推定される。
【0122】
【表2】

【0123】
太陽光を集光した場合には、単位面積当たりの水素生成速度が増大する。気泡を生じない水膜の限界厚さは、同様の考察で同じく変換効率がη=10%であるとき、表3のように推定される。
【0124】
【表3】

なお、ここで推定したのは静止した水における過飽和濃度であるが、実際には水流は動いているため水膜の最大厚さは更に小さくなると推定される。
【0125】
以上本発明の詳細について述べてきたが、本発明の思想に合致するものであれば、これらの構成および文言に限定されるものではない。
【0126】
以上、現時点において、もっとも、実践的であり、かつ、好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は、本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲および明細書全体から読み取れる発明の要旨或いは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う水素製造装置もまた本発明の技術的範囲に包含されるものとして理解されなければならない。
【産業上の利用可能性】
【0127】
本発明により、太陽光を利用した光触媒電極による水素製造において、生成気体による気泡の発生を抑制することで溶液抵抗を著しく低減し、効率的に水分解を進行させるためのシステムを構築できる。さらに、本発明によれば、水分解による水素製造のみならず、太陽光を利用した液体状化合物の分解反応においても同じく光触媒電極を用いた効果的な分解技術が確立できる。
【符号の説明】
【0128】
100 水素製造装置
10 酸素発生用電極
12 酸素発生用触媒
14 導電性支持体
20 水素発生用電極
22 水素発生用触媒
24 導電性支持体
16、26 チャンネル
30 多孔質構造体
40 反応槽
42、44 採光部
52、54 空間
60 電解質水溶液
72、74 スプレーノズル
82 導体
84 バイアス回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光水分解反応を利用した水素製造装置であって、
酸素発生用電極、水素発生用電極および連続した空隙を有する非導電性の多孔質構造体を有する電極部、該電極部に電解質水溶液を供給する電解質水溶液供給機構、ならびに、電極表面へ光を導入する採光部を備えてなり、
前記酸素発生用電極または前記水素発生用電極の少なくとも一方が光触媒を備えており、該光触媒を備えた電極側には該光触媒を備えた電極表面に光を導入するための採光部が備えられており、
前記酸素発生用電極が、酸素および水蒸気を含む雰囲気の空間にあり、
前記水素発生用電極が、水素および水蒸気を含む雰囲気の空間にあり、
前記多孔質構造体が、前記酸素発生用電極および前記水素発生用電極の間に存在して、各電極の存在する空間を分離しており、
前記装置の運転時に、前記電解質水溶液供給機構により、前記酸素発生用電極および前記水素発生用電極に電解質水溶液を供給し、該電極表面に電解質水溶液の液膜を形成する、
水素製造装置。
【請求項2】
前記電解質水溶液供給機構が、運転時に、前記多孔質構造体を前記電解質水溶液に浸漬し、前記酸素発生用電極および前記水素発生用電極に前記電解質水溶液を供給する機構である、請求項1に記載の水素製造装置。
【請求項3】
前記酸素発生用電極および/または前記水素発生用電極が、貫通した細孔を有する導電性支持体、および、該導電性支持体表面に堆積された触媒、を備えてなる、請求項1または2に記載の水素製造装置。
【請求項4】
前記導電性支持体が、パンチングメタル状、メッシュ状、格子状、エキスパンドメタル状、繊維状、海綿状のいずれかである請求項3に記載の水素製造装置。
【請求項5】
前記導電性支持体の開孔率が、5%以上70%以下の範囲である、請求項3または4に記載の水素製造装置。
【請求項6】
前記導電性支持体が、金属単体、合金、または、これらの積層体で形成される、請求項3〜5のいずれかに記載の水素製造装置。
【請求項7】
前記導電性支持体が、合金の表面に金属単体薄膜を形成したものである、請求項3〜6のいずれかに記載の水素製造装置。
【請求項8】
前記多孔質構造体の厚みが0.01mm以上10mm以下である、請求項1〜7のいずれかに記載の水素製造装置。
【請求項9】
前記電解質水溶液を供給することにより、前記酸素発生用電極および前記水素発生用電極の表面温度が20℃以上95℃以下の範囲に調節されている、請求項1〜8のいずれかに記載の水素製造装置。
【請求項10】
前記電解質水溶液の供給速度が、太陽光のエネルギー密度当たり4.22×10−8mol/sec・W以上、2.0×10−3mol/sec・W以下である、請求項1〜9のいずれかに記載の水素製造装置。
【請求項11】
前記電極表面の前記電解質水溶液の液膜の厚みが、0.1μm以上500μm以下である、請求項1〜10のいずれかに記載の水素製造装置。

【図6】
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【図8】
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【図12】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−213553(P2011−213553A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−83880(P2010−83880)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【上記1名の代理人】
【識別番号】100129838
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 典輝
【Fターム(参考)】