説明

水素貯蔵材料およびその製造方法

【課題】室温近傍での水素吸蔵速度が速い水素貯蔵材料およびその製造方法を提供する。
【解決手段】水素貯蔵材料は、水素化マグネシウムとニオブ酸化物とを所定割合でメカニカルミリング処理によりナノ構造化、複合化されてなり、ニオブ酸化物中のニオブのK吸収端のX線吸収端構造スペクトルを微分した微分スペクトルにおける主ピークのエネルギー値と、ニオブ標準物質である金属ニオブ中のニオブのK吸収端のX線吸収端構造スペクトルを微分した微分スペクトルにおける第1ピークのエネルギー値との差が9.6eV以上15.4eV以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池等の燃料として用いられる水素を発生させる水素貯蔵材料と、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
NOやSO等の有害物質やCO等の温室効果ガスを出さないクリーンなエネルギー源として燃料電池の開発が盛んに行われており、既に幾つかの分野で実用化されている。この燃料電池技術を支える重要な技術として、燃料電池の燃料となる水素を貯蔵する技術がある。水素の貯蔵形態としては、高圧ボンベによる圧縮貯蔵や液体水素化させる冷却貯蔵、水素貯蔵物質による貯蔵等が知られている。
【0003】
このような水素貯蔵形態の中で、水素貯蔵物質による貯蔵は、分散貯蔵や輸送の点で有利である。水素貯蔵物質としては、水素貯蔵効率の高い材料、つまり水素貯蔵物質の単位重量または単位体積あたりの水素貯蔵量が高い材料、低い温度で水素の吸収/放出を行うことができる材料、良好な耐久性を有する材料が望まれる。
【0004】
公知の水素貯蔵物質としては、希土類系、チタン系、バナジウム系、マグネシウム系等を中心とする金属材料や、金属アラネード(例えば、NaAlHやLiAlH)等の軽量無機化合物、カーボン等が知られている(例えば、非特許文献1参照)。このうち、金属マグネシウム(金属Mg)は水素の授受を通して水素化マグネシウム(MgH)と可逆的に変化する。金属マグネシウムは、軽量であり、資源埋蔵量が豊富で安価であり、水素ガスと反応し7.6重量%と水素貯蔵容量が大きいことから水素を吸蔵する材料として有望な材料である。
【0005】
しかしながら、水素貯蔵物質の実用化の観点からは、金属マグネシウムは水素吸蔵速度が遅いという問題がある。また、水素吸蔵処理は実用面からできるだけ低い温度で行えることが好ましいが、金属マグネシウムへの水素吸蔵処理は200℃以上という高温で行う必要があり、そのため、より低温で水素吸蔵処理を行うことができる材料が求められている。
【非特許文献1】R&D News Kansai 2002.7, p38〜40
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであり、室温近傍での水素吸蔵速度が速い水素貯蔵材料およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の観点に係る水素貯蔵材料は、水素化マグネシウムとニオブ酸化物とが所定割合で複合化されてなる水素貯蔵材料であって、前記ニオブ酸化物中のニオブのK吸収端のX線吸収端構造スペクトルを微分した微分スペクトルにおける主ピークのエネルギー値と、ニオブ標準物質中のニオブのK吸収端のX線吸収端構造スペクトルを微分した微分スペクトルにおける第1ピークのエネルギー値との差が9.6eV以上15.4eV以下であることを特徴とする水素貯蔵材料である。
【0008】
本発明の第2の観点に係る水素貯蔵材料は、水素化マグネシウムとバナジウム酸化物とが所定割合で複合化されてなる水素貯蔵材料であって、前記バナジウム酸化物中のバナジウムのK吸収端のX線吸収端構造スペクトルを微分した微分スペクトルにおける主ピークのエネルギー値と、バナジウム標準物質中のバナジウムのK吸収端のX線吸収端構造スペクトルを微分した微分スペクトルにおける第1ピークのエネルギー値との差が12.6eV以上18.2eV以下であることを特徴とする水素貯蔵材料である。
【0009】
本発明の第3の観点に係る水素貯蔵材料は、水素化マグネシウムにチタン酸化物が所定割合で複合化されてなる水素貯蔵材料であって、前記チタン酸化物中のチタンのK吸収端のX線吸収端構造スペクトルを微分した微分スペクトルにおける主ピークのエネルギー値と、チタン標準物質中のチタンのK吸収端のX線吸収端構造スペクトルを微分した微分スペクトルにおける第1ピークのエネルギー値との差が9.1eV以上18.4eV以下であることを特徴とする水素貯蔵材料である。
【0010】
本発明によれば、上記第1から第3の観点に係る水素貯蔵材料の製造方法として、水素化マグネシウムに、ニオブ,バナジウム,チタンから選択される1種または2種以上の金属酸化物を所定の割合で添加した試料に対して、不活性ガスまたは水素ガスまたはこれらの混合ガス雰囲気下においてメカニカルミリング処理を施し、前記金属酸化物を前記水素化マグネシウムによって還元させてその金属の価数が元の金属酸化物における価数よりも低い金属酸化物へ変化させることを特徴とする水素貯蔵材料の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0011】
本発明の水素貯蔵材料およびその製造方法によれば、室温において良好な水素吸蔵速度を示す水素貯蔵材料を得ることできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明に係る水素貯蔵材料は、水素化マグネシウム(MgH)に、ニオブ酸化物,バナジウム酸化物,チタン酸化物から選ばれる1または複数の金属酸化物が所定割合で添加、複合化されてなる水素貯蔵材料である。
【0013】
この水素貯蔵材料は、ニオブ酸化物を含む場合には、ニオブ酸化物中のニオブのK吸収端のX線吸収端構造(XANES;X-ray-absorption near-edge structure)スペクトル(以下、「XANESスペクトル」と記す)を微分した微分スペクトルにおける主ピークのエネルギー値と、ニオブ標準物質である金属ニオブ中のニオブのK吸収端のXANESスペクトルを微分した微分スペクトルにおける第1ピークのエネルギー値との差が9.6eV以上15.4eV以下であり、バナジウム酸化物を含む場合には、バナジウム酸化物中のバナジウムのK吸収端のXANESスペクトルを微分した微分スペクトルにおける主ピークのエネルギー値と、バナジウム標準物質である金属バナジウム中のバナジウムのK吸収端のXANESスペクトルを微分した微分スペクトルにおける第1ピークのエネルギー値との差が12.6eV以上18.2eV以下であり、チタン酸化物を含む場合には、チタン酸化物中のチタンのK吸収端のXANESスペクトルを微分した微分スペクトルにおけるチタンの主ピークのエネルギー値と、チタン標準物質である金属チタン中のチタンのK吸収端のXANESスペクトルを微分した微分スペクトルにおける第1ピークのエネルギー値との差が9.1eV以上18.4eV以下となっている。
【0014】
なお、「水素貯蔵材料」は、水素を吸蔵したもの(つまり、水素放出能を有するもの)と水素を吸蔵することができるもの(つまり、水素吸蔵能を有するもの)の両方を指すものとする。
【0015】
このように金属酸化物を構成する金属元素のK吸収端のXANESスペクトルを微分した微分スペクトルにおける主ピークのエネルギー値と、その金属元素の標準物質(=その金属元素の金属)中の金属元素のK吸収端のXANESスペクトルを微分した微分スペクトルにおける第1ピークのエネルギー値との差が上記所定の範囲にある水素貯蔵材料は、後述する実施例に示すように、例えば200℃〜300℃に加熱されて水素放出処理された後に、室温で水素ガス雰囲気(または水素ガスと不活性ガスからなる混合ガス雰囲気で、水素分圧が0.1MPa以上)にさらされると、100秒以内に3mass%(質量%)以上の水素を吸蔵する、という極めて速い水素吸蔵速度を示し、特に水素吸蔵速度の速いものでは、30秒以内に3.5mass%以上の水素を吸蔵するという優れた水素吸蔵性能を示す。
【0016】
この水素貯蔵材料では、水素化マグネシウムに対する金属酸化物の添加量が少なすぎると水素吸蔵速度を速めるという効果を得ることができず、一方、多く添加し過ぎると、水素と金属マグネシウムの吸蔵反応を阻害する問題や単位質量あたりの水素放出率が目減りするという問題が生じるので、適宜、良好な水素吸蔵速度が得られるように、その添加量は決定される。具体的には、ニオブ酸化物のみを添加した場合には、ニオブ酸化物中のニオブとマグネシウムとの原子比が、外比でNb/Mg=0.002〜0.02、バナジウム酸化物のみを添加した場合には、バナジウム酸化物中のバナジウムとマグネシウムとの原子比が、外比でV/Mg=0.002〜0.02、チタン酸化物のみを添加した場合には、マグチタン酸化物中のチタンとマグネシウムとの原子比が外比でTi/Mg=0.002〜0.02、これらの金属酸化物を複数含む場合には、酸化物中のニオブ、バナジウムおよびチタンのトータルとマグネシウムとの原子比が、0.002〜0.02とすることが好ましい。
【0017】
この水素貯蔵材料は、原料たる水素化マグネシウムと金属酸化物の混合物にメカニカルミリング処理を施すことにより製造することができる。メカニカルミリング処理とは、所定の粉砕媒体に対して微視的な衝突を繰り返させることで、原料を粉砕し、混合し、複合化する処理である。
【0018】
メカニカルミリング処理を行うときの金属酸化物原料としては、五酸化ニオブ(Nb),五酸化バナジウム(V),酸化チタン(TiO)が好適である。また、一酸化ニオブ(NbO)、一酸化バナジウム(VO)、三酸化二チタン(Ti)を用いることもできる。
【0019】
メカニカルミリング処理中に水素化マグネシウムが金属酸化物を還元することにより、金属マグネシウムおよび酸化マグネシウムが生成する。逆に言えば、金属酸化物(酸化マグネシウムを除く)を構成する金属は水素化マグネシウムによって還元されるので、金属酸化物における金属の価数は、メカニカルミリング処理後にはメカニカルミリング処理前よりも低い価数へと変化している。したがって、水素貯蔵材料は、より詳しくは、水素化マグネシウムと金属マグネシウムと金属酸化物と酸化マグネシウムとから構成されている。
【0020】
なお、ニオブ酸化物、バナジウム酸化物、チタン酸化物と水素化マグネシウムとを所定のメカニカルミリング処理した試料のX線回折パターンを測定すれば、酸化マグネシウムが生成していることを確認できる。
【0021】
この水素貯蔵材料においては、水素化マグネシウムと金属酸化物とが複合化された構造を有するものと、金属マグネシウムと金属酸化物とが複合化された構造を有するものとが、水素の授受を介して相互に変化する。酸化マグネシウムは安定な物質であり、かつ、生成量も微量であるので、実質的に、水素の授受には関与しないものと考えられる。
【0022】
水素貯蔵材料を構成する各成分はメカニカルミリング処理によりナノ構造化・組織化されていること、つまり、各成分がナノオーダーレベルで極めて微細にかつ均一に分散した微構造となっていることが好ましい。
【0023】
このようなナノ構造化・組織化された水素貯蔵材料を得るために、メカニカルミリング処理は、不活性ガス(例えば、窒素ガス,アルゴンガス,ヘリウムガス等)雰囲気または水素ガス雰囲気あるいはこれらの混合ガス雰囲気において行う。これにより水素化マグネシウムの酸化を防止することができる。また、この雰囲気圧力は大気圧以上とすることがより好ましい。これにより、混合/粉砕処理後に水素吸蔵速度の速い水素貯蔵材料を得ることができる。
【0024】
なお、メカニカルミリング処理中は、通常、被処理物である粉体試料の温度が上昇するが、上述の通りにメカニカルミリング処理を非酸化性雰囲気において行うことにより、水素化マグネシウムの一部または全部が金属マグネシウムに変化し、水素が脱離することを抑制することもできる。
【0025】
メカニカルミリング処理を行うための具体的な装置としては、水素貯蔵材料を少量生産する場合には、遊星型ボールミル等が好適に用いられ、水素貯蔵材料を大量生産する場合には、特開2004−306016号公報に開示されているような発明者らの提案によるローラーミルや内外筒回転型ミル,アトライターミル,インナーピース型ミル,気流粉砕型ミル等が好適に用いられる。
【実施例】
【0026】
(試料作製)
水素貯蔵材料の製造に用いた出発原料を表1に示す。表1に示されている2種類の五酸化ニオブについては、以下および後に示す表2において“Nb(1)”、“Nb(2)”と、2種類の二酸化チタンについては、以下および後に示す表4において“TiO(1)”、“TiO(2)”とそれぞれ記すこととする。
【表1】

【0027】
表2〜表4に実施例および比較例に係る各試料の組成および作製条件を示す。これら各試料のメカニカルミリング処理には、ドイツ国フリッチュ社(Fritsch)製のP−7型遊星型ボールミル装置を用いた。
【0028】
各試料の調製にあたっては、まず、高純度Arグローブボックス中で、鋼鉄製のミル容器(内容積:30cm)の中に、MgHと所定の遷移金属酸化物を表2〜4に示した通りの組成で全重量が300mgとなるように秤量して充填し、さらにこれに20個の鋼鉄製のボール(直径:7mmφ)を装入し、このミル容器内が1.0MPaの水素ガス雰囲気となるようにガス置換した。次に、このミル容器を遊星型ボールミル装置に装着し、表2〜表4に示す所定の回転数および時間にて公転させ、粉砕/混合を行った。この粉砕/混合処理により得られた試料を、真空中、200℃で8時間保持することにより、脱水素化した。
【0029】
表2〜表4に示す実施例1A,2,3A,4,5,6Aは、この脱水素化処理を行った試料である。実施例1B,3B,6Bはそれぞれ、実施例1A,3A,6Aの試料に次に説明する水素吸蔵試験を施した後に得られる試料である。実施例1C,3C,6Cはそれぞれ、実施例1B,3B,6Bにさらに脱水素化処理を施して得られる試料である。
【表2】

【表3】

【表4】

【0030】
(水素吸蔵特性の評価)
実施例1A,1C,2,3A,3C,4,5,6A,6Cおよび比較例1〜6の試料の水素吸蔵特性を、鈴木商館社(製)のPCT特性測定装置を用いて、室温(25℃)において調べた。このPCT特性測定装置は、吸蔵させる水素を貯めておくリザーバーと、試料を入れる試料セルとを備えており、これらの間にバルブおよび精密圧力センサーが設けられた構造を有している。使用した試料セルの体積は24.850cm、リザーバーの体積は25.978cmである。
【0031】
この水素吸蔵特性の評価では、より詳しくは、最初に高純度アルゴングローブボックス内で、脱水素化した試料を100mg計り取って試料セルに入れ、この試料セルを装置にセットし、その後に試料セル内を真空引きした。一方、リザーバーに2MPaの水素を充填した。続いて、試料セルとリザーバーとの間にあるバルブを開き、時間に対する圧力変化を測定した。一方、予め試料が充填されていない空の試料セルについて、この圧力の経時変化が事前に測定されている(ブランク測定)。これらの圧力差から水素量を計算し、算出した水素量と試料重量から各時間での水素吸蔵量を算出した。なお、この測定において、バルブを開いた後の試料セル内の水素圧力は、ブランク測定によって1MPaとなるように調整した。
【0032】
(水素吸蔵特性の評価結果)
表5〜表7に各試料の100秒後の水素吸蔵率を示す。なお、実施例1A,1C,2,3A,3C,4,5,6A,6Cおよび比較例1については、30秒後の水素吸蔵率を併記している。また、図1に実施例1Aおよび比較例1に係る試料の水素吸蔵時間と水素吸蔵率との関係を示す。
【0033】
図1から、実施例1Aに係る試料の水素吸蔵速度は室温で十分に速く、水素吸蔵開始とともに急激に水素を吸収し、10秒前後でほぼ一定値となっていることが確認された。また実施例1A,1Cでは、水素吸蔵開始から30秒後には水素吸蔵率が4mass%を超えている。実施例2,3A,3C,4,5,6Aでも30秒後の水素吸蔵率は3mass%を超え、実施例6Cでも100秒後の水素吸蔵率は3mass%を超えた。これに対して比較例1〜6では、100秒後の水素吸蔵率が大きくても2.5%であった。このように、これらの実施例1A,1C,2,3A,3C,4,5,6A,6Cは、比較例1〜6に比べて極めて速い水素吸蔵速度を示した。
【表5】

【表6】

【表7】

【0034】
(XAFS法によるMgH中の遷移金属酸化物の状態評価)
XAFS(X線吸収微細構造:X-ray-absorption fine structure)による評価は、X線吸収端構造(XANES;X-ray-absorption near-edge structure)と広域X線吸収微細構造(EXAFS;Extended X-ray-absorption fine structure)を測定し、評価した。
【0035】
XANES測定では、吸収原子の価数によってXANESスペクトルの吸収の立ち上がりエネルギーが変化することから、試料中の特定の元素の価数が判別できる。すなわち,酸化数が大きくなるにつれて吸収の立ち上がりが高いエネルギー方向にシフトする。一方、EXAFS測定からは、吸収端より大きなエネルギー領域での吸収スペクトルの微細な波打ち、吸収強度の微細な変動を解析することで、注目する原子から隣接する原子の種類および距離を具体的に知ることができる。
【0036】
すなわち、XAFS測定は試料によるX線の吸収から得られる信号であり、放射光を光源として用いる場合は、試料に入射したX線強度(I)と試料を透過したX線強度(I)からln(I/I)として吸収係数μ×t(μ:試料の線吸収係数、t:試料厚さ)を求めている。高次光によってスペクトルが歪むことを防ぐために、吸収係数μ×tの最大値が4以下になるように試料を調製する必要があり、そのための対処法として、必要に応じて試料に窒化ホウ素を混ぜ込んで希釈する方法を用いた。また、吸収端の立ち上がり(E)でのΔμ×tが1以下になるように試料中の測定元素の添加割合を調製した。
【0037】
このような条件になるように測定試料の調製を行った。調製した試料は酸化を防ぐために、グローブボックス内で加圧成形器を用い、直径φ10mmの試料ペレットを作製し、カプトンシートで密閉した。測定は財団法人高輝度光科学研究センターが管理・運営しているSPring−8の放射光を用いて行った。なお、XAFSによる構造解析については、例えば、“太田俊明編集、「X線吸収分光法−XAFSとその応用−」(アイビーシー発行)”に説明がある。
【0038】
(NbのK吸収端XANESスペクトル)
図2にNb系試料におけるNbのK吸収端XANESスペクトルを示す。リファレンス(参照試料)として、Nbが0価の金属Nb、2価のNbO、5価のNb(表1中のNb(2))についてK吸収端XANESスペクトルの測定を行っている。また、MgHにNb(2)を添加して20時間ミリングした試料、つまり、実施例1Aに係る試料の作製途中の試料(図2中に“実施例1A前駆”と記す)と、この実施例1A前駆試料に対して脱水素化処理を行った試料(つまり、実施例1A)と、実施例1A試料に水素吸蔵処理を施した試料(つまり、実施例1B)について、K吸収端XANESスペクトルの測定を行っている。
【0039】
図2より、実施例1A前駆試料におけるNbのK吸収端XANESスペクトルはリファレンスであるNbとNbのK吸収端XANESスペクトル中間に位置しており、NbOとほぼ一致している。このことより、Nb(2)はMgHとのメカニカルミリング処理においてMgHによって還元され、Nbの価数が低いNbOの状態になることが分かった。また、実施例1A試料と実施例1B試料においても、実施例1A前駆試料とほぼ同様なK吸収端XANESスペクトルが得られており、熱処理等によって大きな変化はみられなかった。つまり、ミリング処理後の水素放出処理/水素吸蔵処理によっても、Nbの価数は変化しないことが確認された。
【0040】
(VのK吸収端XANESスペクトル)
図3にV系試料におけるVのK吸収端XANESスペクトルを示す。リファレンスとして、Vが0価の金属V、2価のVO、3価のV、5価のVについてK吸収端XANESスペクトルの測定を行っている。また、実施例3A試料の作製途中(ミリング処理後、水素放出処理前)の試料である実施例3A前駆試料、実施例3A試料、実施例3B試料におけるVのK吸収端XANESスペクトルの測定を行っている。
【0041】
図3より、Nbの場合と同様に、VはMgHとのメカニカルミリング処理においてMgHによって還元され、Vの価数が低いVOの状態になること、および、ミリング処理後の水素放出処理/水素吸蔵処理によってもVの価数は変化しないことが確認された。
【0042】
(TiのK吸収端XANESスペクトル)
図4にTi系試料におけるTiのK吸収端XANESスペクトルを示す。リファレンスとして、Tiが0価の金属Ti、−2価のTiH、3価のTi、4価のTiO(表1中のTiO(2))についてK吸収端XANESスペクトルの測定を行っている。また、実施例6A試料の作製途中(ミリング処理後、水素放出処理前)の試料である実施例6A前駆試料、実施例6A試料、実施例6B試料におけるTiのK吸収端XANESスペクトルの測定を行っている。
【0043】
図4より、Nbの場合と同様に、TiOはMgHとのメカニカルミリング処理においてMgHによって還元され、Tiの価数が低いTiの状態になることおよびミリング処理後の水素放出処理/水素吸蔵処理によっても、Tiの価数は変化しないことが確認された。
【0044】
(NbのK吸収端EXAFSスペクトルのフーリエ変換結果)
図5AにNb系試料におけるNbのK吸収端EXAFSスペクトルのフーリエ変換結果を示す。実施例1A前駆試料では、0.1〜0.3nm付近にブロードなピークが見られる。これに対して実施例1Aと実施例1Bでは、0.15nmと0.25nm付近に2つのピークが見られ、熱処理により明確な構造が形成されていることがわかる。
【0045】
図5Bは実施例1A試料のスペクトルをリファレンス(金属Nb,NbH FEFF,NbO)のスペクトルと対比させて示したものである。なお、“NbH FEFF”は、FEFF(EXAFSスペクトルのフーリエ変換シミュレーションプログラム・ワシントン州立大学が開発)を用いて水素化ニオブ(NbH)のNbのK吸収端EXAFSスペクトルのフーリエ変換のシミュレーションを行った結果である。
【0046】
これらの結果より、実施例1A試料のフーリエ変換スペクトルは、XANESの場合と同様に、2つのピークを持つNbOと類似であり、0.15nm付近のピークはNb−O原子間距離に起因するピーク、0.25nm付近のピークはNb−Nb原子間距離に起因するピークと同定することができた。
【0047】
(VのK吸収端EXAFSスペクトルのフーリエ変換結果)
図6AにV系試料におけるVのK吸収端EXAFSスペクトルのフーリエ変換結果を示す。実施例3A前駆試料と実施例3A試料と実施例3B試料とでスペクトルに大きな差は見られず、0.15nmと0.25nm付近にそれぞれピークが存在する。
【0048】
図6Bに実施例3A前駆試料のスペクトルをリファレンス(金属V,VH0.8,VO)のスペクトルと対比させて示す。その結果、実施例3A前駆試料のスペクトルはVOのスペクトルと類似しており、XANESの結果と一致した。
【0049】
(TiのK吸収端EXAFSスペクトルのフーリエ変換結果)
図7に実施例6A前駆試料におけるTiのK吸収端EXAFSのフーリエ変換結果を示すスペクトルをリファレンス(金属Ti,TiH,Ti)の同スペクトルと対比させて示す。この実施例6A前駆試料のスペクトルには、0.15nm付近と0.25nm付近にピークが現れており、Tiのスペクトルと一致していることが確認された。
【0050】
(各試料の微分スペクトルにおける第1ピークと主ピークとのエネルギー差の算出方法)
図8Aに、標準物質となるNb(金属)のK吸収端のXANESスペクトルを、図8BにNb(2)におけるNbのXANESスペクトルを、図8Cに実施例1AにおけるNbのXANESスペクトルを、図8Dに比較例1におけるNbのXANESスペクトルをそれぞれ示す。また、図8A〜図8Dの各XANESスペクトルを微分して得られるスペクトルをそれぞれ図9A〜図9Dに示す。
【0051】
図9A〜図9Dの微分スペクトルより、第1ピークと主ピークのエネルギー値(単位:eV)を読み取る。次に、各々の主ピークのエネルギー値(eV)と標準物質となる金属Nbの第1ピークのエネルギー値(eV)との差を計算する。これと同様の処理を、実施例1C,実施例2および比較例2についても同様に行った。なお、このようなデータ処理方法については、例えば、J. Wong, F. W. Lytle, R. P. Messmer and D. H. Maylotte, K-edge absorption spectra of selected vanadium compounds, Physical Review B, 30(No.10)5596-5610(1984)に記載がある。
【0052】
表5にNb系試料のピーク読み取り値およびエネルギー差の計算結果を併記する。この表5から、大凡、Nb系試料の場合には、このエネルギー差が9.6eV以上15.4eV以下の範囲にある場合(実施例1A,1C,2)に良好な水素吸蔵特性を示し、一方、この範囲外(比較例1,2)になると水素吸蔵特性が著しく低下することがわかる。なお、主ピークと第1ピークのエネルギー値の測定は0.35eVごとに行っているので、この値を測定誤差範囲として考慮し、前記エネルギー差の範囲を定めている。
【0053】
同様の計算をV系試料について行った結果を表6に併記する。表6から、大凡、V系試料の場合には、このエネルギー差が12.6eV以上18.2eV以下の範囲にある場合(実施例3A,3C,4)に良好な水素吸蔵特性を示し、一方、この範囲外(比較例3,4)になると水素吸蔵特性が著しく低下することがわかる。
【0054】
さらに同様の計算をTi系試料について行った結果を表7に併記する。表7から、大凡、Ti系試料の場合には、このエネルギー差が9.1V以上18.4eV以下の範囲にある場合(実施例5,6A,6C)に良好な水素吸蔵特性を示し、一方、この範囲外(比較例5,6)になると水素吸蔵特性が著しく低下することがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明は、低温で高い水素吸蔵速度を求められる用途に好適であり、例えば、水素と酸素を燃料として発電する燃料電池およびその運転等に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】実施例1Aと比較例1の各水素貯蔵材料の水素吸蔵率と水素吸蔵時間との関係を示すグラフ。
【図2】Nb系試料でのNbのK吸収端XANESスペクトル。
【図3】V系試料でのVのK吸収端XANESスペクトル。
【図4】Ti系試料でのTiのK吸収端XANESスペクトル。
【図5A】Nb系試料でのNbのK吸収端EXAFSスペクトルのフーリエ変換結果。
【図5B】Nb系試料でのNbのK吸収端EXAFSスペクトルの別のフーリエ変換結果。
【図6A】V系試料でのVのK吸収端EXAFSスペクトルのフーリエ変換結果。
【図6B】V系試料でのVのK吸収端EXAFSスペクトルの別のフーリエ変換結果。
【図7】Ti系試料でのTiのK吸収端EXAFSスペクトルのフーリエ変換結果。
【図8A】金属NbのK吸収端のXANESスペクトル。
【図8B】Nb(2)におけるNbのK吸収端のXANESスペクトル。
【図8C】実施例1AにおけるNbのK吸収端のXANESスペクトル。
【図8D】比較例1におけるNbのK吸収端のXANESスペクトル。
【図9A】図8AのXANESスペクトルを微分して得られるスペクトル。
【図9B】図8BのXANESスペクトルを微分して得られるスペクトル。
【図9C】図8CのXANESスペクトルを微分して得られるスペクトル。
【図9D】図8DのXANESスペクトルを微分して得られるスペクトル。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素化マグネシウムとニオブ酸化物とが所定割合で複合化されてなる水素貯蔵材料であって、
前記ニオブ酸化物中のニオブのK吸収端のX線吸収端構造スペクトルを微分した微分スペクトルにおける主ピークのエネルギー値と、ニオブ標準物質中のニオブのK吸収端のX線吸収端構造スペクトルを微分した微分スペクトルにおける第1ピークのエネルギー値との差が9.6eV以上15.4eV以下であることを特徴とする水素貯蔵材料。
【請求項2】
さらにバナジウム酸化物が所定割合で複合化されており、
前記バナジウム酸化物中のバナジウムのK吸収端のX線吸収端構造スペクトルを微分した微分スペクトルにおける主ピークのエネルギー値と、バナジウム標準物質中のバナジウムのK吸収端のX線吸収端構造スペクトルを微分した微分スペクトルにおける第1ピークのエネルギー値との差が12.6eV以上18.2eV以下であることを特徴とする請求項1に記載の水素貯蔵材料。
【請求項3】
さらにチタン酸化物が所定割合で複合化されており、
前記チタン酸化物中のチタンのK吸収端のX線吸収端構造スペクトルを微分した微分スペクトルにおける主ピークのエネルギー値と、チタン標準物質中のチタンのK吸収端のX線吸収端構造スペクトルを微分した微分スペクトルにおける第1ピークのエネルギー値との差が9.1eV以上18.4eV以下であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の水素貯蔵材料。
【請求項4】
水素化マグネシウムとバナジウム酸化物とが所定割合で複合化されてなる水素貯蔵材料であって、
前記バナジウム酸化物中のバナジウムのK吸収端のX線吸収端構造スペクトルを微分した微分スペクトルにおける主ピークのエネルギー値と、バナジウム標準物質中のバナジウムのK吸収端のX線吸収端構造スペクトルを微分した微分スペクトルにおける第1ピークのエネルギー値との差が12.6eV以上18.2eV以下であることを特徴とする水素貯蔵材料。
【請求項5】
さらにチタン酸化物が所定割合で複合化されており、
前記チタン酸化物中のチタンのK吸収端のX線吸収端構造スペクトルを微分した微分スペクトルにおける主ピークのエネルギー値と、チタン標準物質中のチタンのK吸収端のX線吸収端構造スペクトルを微分した微分スペクトルにおける第1ピークのエネルギー値との差が9.1eV以上18.4eV以下であることを特徴とする請求項4に記載の水素貯蔵材料。
【請求項6】
水素化マグネシウムにチタン酸化物が所定割合で複合化されてなる水素貯蔵材料であって、
前記チタン酸化物中のチタンのK吸収端のX線吸収端構造スペクトルを微分した微分スペクトルにおける主ピークのエネルギー値と、チタン標準物質中のチタンのK吸収端のX線吸収端構造スペクトルを微分した微分スペクトルにおける第1ピークのエネルギー値との差が9.1eV以上18.4eV以下であることを特徴とする水素貯蔵材料。
【請求項7】
水素化マグネシウムに、ニオブ,バナジウム,チタンから選択される1種または2種以上の金属酸化物を所定の割合で添加した試料に対して、不活性ガスまたは水素ガスまたはこれらの混合ガス雰囲気下においてメカニカルミリング処理を施し、前記金属酸化物を前記水素化マグネシウムによって還元させてその金属の価数が元の金属酸化物における価数よりも低い金属酸化物へ変化させることを特徴とする水素貯蔵材料の製造方法。
【請求項8】
前記メカニカルミリング処理により、前記水素化マグネシウムと前記金属酸化物とをナノ構造化・複合化することを特徴とする請求項7に記載の水素貯蔵材料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6A】
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【図6B】
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【図7】
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【図8A】
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【図8B】
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【図8C】
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【図8D】
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【図9A】
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【図9B】
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【図9C】
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【図9D】
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【公開番号】特開2007−330877(P2007−330877A)
【公開日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−164848(P2006−164848)
【出願日】平成18年6月14日(2006.6.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年3月21日 社団法人 日本金属学会発行の「日本金属学会講演概要 2006年春季(第138回)大会」に発表
【出願人】(000000240)太平洋セメント株式会社 (1,449)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】