説明

油脂含有物質の処理方法

【課題】油脂分解効果の高い微生物を用いた油脂含有物質の処理方法を提供する。
【解決手段】ロドトルラ パシフィカ(Rhodotorula pacifica)を用いて油脂を分解させる。窒素およびリンの含有量が低くても、また、グリーストラップの平均水温である20℃から25℃という低い温度でも、油脂分解率を著しく向上させることができる。また、様々な種類の油脂について良好な結果が得られるので、広く用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物を用いた油脂含有物質の処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
油脂分を含む廃水は、工業的には、加圧浮上装置,自然浮上装置(オイルピット)あるいは油分分離槽(グリーストラップ)などの処理設備で処理されている。
【0003】
これらの処理設備では、油脂の蓄積により機能の低下や、排水管の閉塞、腐敗による悪臭の発生、蓄積油脂の除去、あるいは油脂分の流出などが問題となっていた。
【0004】
そこで、油脂分解性を有する微生物を用いることにより油脂の蓄積を抑制することが検討されており、既に数種類の微生物が報告されている。例えば、特許文献1には、Acinetobacter sp.strain SOD−1が記載されており、また、特許文献2には、バークホルデリア セパシア TPI21が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−24051号公報
【特許文献2】特開2004−242553号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、これらの微生物では、窒素あるいはリンを多く含む環境下でなければ高い油脂分解率を得ることができず、また、グリーストラップの平均水温である20℃から25℃という低温においては油脂分解率が低下してしまうなどの問題があり、更なる改善が求められていた。
【0007】
本発明は、このような問題に基づきなされたものであり、油脂分解効果の高い微生物を用いた油脂含有物質の処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の油脂含有物質の処理方法は、受託番号FERM P−21121で表されるロドトルラ パシフィカ(Rhodotorula pacifica)により、油脂を分解させるものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明の油脂含有物質の処理方法によれば、受託番号FERM P−21121で表されるロドトルラ パシフィカ(Rhodotorula pacifica)を用いるようにしたので、窒素およびリンの含有量が低くても、各種油脂について高い油脂分解率を得ることができると共に、30℃以下の低い温度でも、高い油脂分解効果を得ることができる。よって、窒素あるいはリンなどを多量に添加しなくても、また、加熱しなくても各種油脂について高い油脂分解率を得ることができる。従って、処理に必要な費用を低減することができると共に、処理時の管理も簡素化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】油脂分解時の温度と油脂分解率との関係を表す特性図である。
【図2】油脂分解初期のpHと油脂分解率との関係を表す特性図である。
【図3】油脂連続投与実験の結果を表す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0012】
本発明の一実施の形態に係る混合微生物は、担子菌系アナモルフ酵母のロドトルラ パシフィカ(Rhodotorula pacifica)と、担子菌系アナモルフ酵母のクリプトコッカス ローレンティ(Cryptococcus laurentii)とを含んでいる。これらは、各々油脂分解能力を有しているが、共に存在することにより、より高い油脂分解能力が発揮されるようになっている。なお、これらの他に他の微生物を含んでいてもよい。
【0013】
ロドトルラ パシフィカ(Rhodotorula pacifica)のコロニーは周縁部が全縁であり、色調はピンクからオレンジ色を呈する。栄養細胞は長楕円形であり、増殖は多極出芽による。生理性状試験の結果は、例えば、表1に示した通りである。表1において「+」は反応が陽性、「−」は反応が陰性、「W」は弱い陽性反応、「S」は試験開始後に2週間から3週間以上かけて徐々に陽性反応が認められたことを、「L」は試験開始2週間以降に急速に陽性反応が認められたことを示す。試験方法はBarnett et al.(2000)およびKurtzman and Fell(1998)に準拠した。
【0014】
【表1】

【0015】
ロドトルラ パシフィカ(Rhodotorula pacifica)の菌株としては、例えば、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに平成18年12月1日に受領された受託番号FERM P−21121(受領番号FERM AP−21121)で示されるものが挙げられる。受託番号FERM P−21121(受領番号FERM AP−21121)菌株の28SrDNA−D1/D2領域における塩基配列は配列表の配列番号1に示した通りである。
【0016】
クリプトコッカス ローレンティ(Cryptococcus laurentii)のコロニーは周縁部が全縁であり、色調はクリーム色から白色を呈する。栄養細胞は球形であり、増殖は多極出芽による。生理性状試験の結果は、例えば、表2に示した通りである。表2における「+」、「−」、「W」、「S」、「L」の表記、および試験方法は表1と同様である。
【0017】
【表2】

【0018】
クリプトコッカス ローレンティ(Cryptococcus laurentii)の菌株としては、例えば、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに平成18年12月1日に受領された受託番号FERM P−21122(受領番号FERM AP−21122)で示されるものが挙げられる。受託番号FERM P−21122(受領番号FERM AP−21122)菌株の28SrDNA−D1/D2領域における塩基配列は配列表の配列番号2に示したとおりである。
【0019】
本発明の一実施の形態に係る製剤は、上述した混合微生物を例えば担体に固定化して含んでいる。製剤化する方法としては、具体的には、1993年培風館発行、村尾澤夫氏他1名編「応用微生物学改訂版」、1995年丸善発行、上島孝之著、「産業用酵素」または1993年講談社発行、微生物研究法懇談会編、「微生物学実験法」などに記載されている方法を用いることができる。
【0020】
例えば、液状製剤とする場合であれば下記の方法が挙げられる。
(1)肉汁培地などの一般栄養培地で上述した混合微生物を12時間から36時間程度培養し、必要に応じてこれにpH調整剤などを加えて製剤とする。
(2)上記(1)の培養物から菌体を遠心分離などで回収し、生理食塩水などの媒体に適当な濃度となるように懸濁し、必要に応じてこれにpH調整剤などを加えて製剤とする。
(3)上記(1)の培養物を凍結乾燥などにより適度に濃縮し、必要に応じてこれにpH調整剤などを加えて製剤とする。
(4)上記(1)の培養物から菌体を遠心分離などで回収し、新鮮な肉汁培地などの培地に懸濁し、必要に応じてこれにpH調整剤などを加えて製剤とする。
(5)上記(4)をさらに凍結乾燥などにより適度に濃縮して製剤とする。
【0021】
粉末製剤とする場合であれば下記の方法が挙げられる。
(a)肉汁培地などの一般栄養培地で上述した混合微生物を12時間から36時間程度培養し、必要に応じてこれにpH調整剤などを加え、凍結乾燥などにより乾燥し製剤とする。
(b)上記(a)の培養物から菌体を遠心分離などで回収し、生理食塩水あるいはスキムミルクとグルタミン酸ナトリウムなどからなる溶液などの媒体に適当な濃度なるように懸濁し、必要に応じてこれにpH調整剤などを加え、凍結乾燥などにより乾燥し製剤とする。
(c)上記(a)の培養物から菌体を遠心分離などで回収し、新鮮な肉汁培地などの培地に懸濁し、必要に応じてこれにpH調整剤などを加え、凍結乾燥などにより乾燥し製剤とする。
(d)上記(a)から(c)のものに、繊維くず、おがくずなどの微粉体を適度に加えて製剤とする。
(e)上記(a)から(d)と同様にして調製した菌体懸濁液をプリム顆粒、マルム顆粒、フィルムコーティングしたマルム顆粒、セルロース繊維配合のT顆粒などの顆粒状とし製剤とする。
【0022】
また、上述した方法以外にも、担体結合法、架橋法、包括法、複合法などの公知技術により、混合微生物を種々の固定化用材料を用いて固定化してもよい。さらに、他の公知の錠剤化技術により錠剤化するようにしてもよい。
【0023】
本発明の一実施の形態に係る油脂含有物質の処理方法は、上述した混合微生物により油脂を分解させるものである。具体的には、工場あるいは外食店などから排出される廃水などの油脂含有物質に上述した混合微生物を含む製剤を添加して、混合微生物により油脂を分解させる。なお、油脂というのは、主として動植物由来のものであるが、必ずしもそれに限定するものではなく、合成法により得られた油脂類やその誘導体およびその他の種々の炭化水素等を含むものである。
【0024】
油脂含有物質を処理する際には、必要に応じて温度、pH、または混合微生物の添加量などを調節することが好ましい。例えば、温度は15℃から35℃、さらには20℃から30℃においてより高い分解率を得ることができるので好ましい。pHは6.5から8.5、さらには7.5から8においてより高い分解率を得ることができるので好ましい。また、微生物の高い活性を維持するためにエアレーションなどを用いて油脂含有物質に空気を吹き込むようにしてもよい。
【実施例】
【0025】
さらに、実施例に基づいて具体的に説明する。
【0026】
(実施例1)
微生物の混合による効果を調べた。まず、表3に示した無機酵母エキス培地に混合油脂(サラダ油/ラード/牛脂=1:1:1)を40000質量ppm添加したものを試験管に5ml採取した。次いで、これにロドトルラ パシフィカ FERM AP−21121菌株を1体積%接種し、20℃、170ストークス/分で48時間にわたって往復振とう培養を行い、ロドトルラ パシフィカ前培養液とした。また、同様の無機酵母エキス培地に混合油脂を添加したものを試験管に5ml採取し、これにクリプトコッカス ローレンティ FERM AP−21122菌株を1体積%接種し、20℃、170ストークス/分で48時間にわたって往復振とう培養を行い、クリプトコッカス ローレンティ前培養液とした。
【0027】
【表3】

【0028】
続いて、表3に示した無機酵母エキス培地に混合油脂(サラダ油/ラード/牛脂=1:1:1)を3000質量ppm添加したものをフラスコに100ml採取した。そののち、これにロドトルラ パシフィカ前培養液と、クリプトコッカス ローレンティ前培養液とを各0.5体積%ずつ接種し、20℃、130回転/分で24時間にわたって旋回振とう培養を行い、油脂を分解させた。次いで、オートクレーブ処理をした後、JIS公定法(JIS K0102)に基づき油脂分解率を求めた。なお、油脂分解率は微生物を接種しない対照実験に基づき算出した。その結果を表4に示す。
【0029】
また、実施例1に対する実施例1−1または実施例1−2として、ロドトルラ パシフィカ前培養液のみ、または、クリプトコッカス ローレンティ前培養液のみを1体積%接種したことを除き、他は実施例1と同様にして油脂分解率を求めた。さらに、比較例1−3として土壌より採取した未分析の微生物を培養して前培養液を調製し、この前培養液を1体積%接種したことを除き、他は実施例1と同様にして油脂分解率を求めた。加えて、実施例1−4または実施例1−5として、比較例1−3で調製した未分析微生物の前培養液と、ロドトルラ パシフィカ前培養液またはクリプトコッカス ローレンティ前培養液とを各0.5体積%ずつ接種したことを除き、他は実施例1と同様にして油脂分解率を求めた。
【0030】
また、比較例1−6,1−7として、特許文献1に記載されているAcinetobacter sp.strain SOD−1菌株、または、Acinetobacter sp.strain CL3菌株をそれぞれ培養して前培養液を調製し、この前培養液を1体積%接種したことを除き、他は実施例1と同様にして油脂分解率を求めた。これらの結果も表4に合わせて示す。
【0031】
【表4】

【0032】
表4に示したように、ロドトルラ パシフィカ FERM AP−21121菌株とクリプトコッカス ローレンティ FERM AP−21122菌株とを共に含む実施例1によれば、いずれか一方のみを用いた実施例1−1または実施例1−2よりも油脂分解率が大幅に向上した。これに対して、ロドトルラ パシフィカ FERM AP−21121菌株またはクリプトコッカス ローレンティ FERM AP−21122菌株と、他の微生物とを混合した実施例1−4または実施例1−5では、混合しても油脂分解率の大幅な向上は見られなかった。また、実施例1によれば、従来の微生物を用いた比較例1−6,1−7に比べて約7倍もの油脂分解率が得られた。
【0033】
すなわち、ロドトルラ パシフィカとクリプトコッカス ローレンティとを共に含む混合微生物を用いるようにすれば、窒素およびリンの含有量が低くても、高い油脂分解率を得ることができることがわかった。
【0034】
(実施例2−1〜2−5)
油脂の種類と油脂分解率との関係を調べた。分解させる油脂には、実施例2−1ではサラダ油と牛脂とラードとの混合油脂を用い、実施例2−2ではサラダ油を用い、実施例2−3ではラードを用い、実施例2−4では牛脂を用い、実施例2−5では下水オイルボールを用いた。他は実施例1と同様にして混合微生物を用い油脂分解率を求めた。それらの結果を表5に示す。
【0035】
【表5】

【0036】
表5に示したように、いずれの油脂についても良好な油脂分解率が得られた。すなわち、本実施例の混合微生物は、種々の油脂含有物質について広く用いることができることがわかった。
【0037】
(実施例3−1〜3−7)
油脂分解時の温度と油脂分解率との関係を調べた。油脂分解時の温度は、実施例3−1から実施例3−7で10℃から40℃まで5℃ずつ変化させた。他は実施例1と同様にして混合微生物を用い油脂分解率を求めた。それらの結果を表6および図1に示す。なお、表6および図1に示した油脂分解率は、20℃における油脂分解率を100とした場合の相対値で表している。
【0038】
【表6】

【0039】
表6および図1に示したように、15℃から35℃の範囲、さらには20℃から30℃の範囲においてより高い油脂分解率が得られた。廃水の温度は通常この範囲であることが多いので、温度調節をしなくても油脂含有物質を処理することができ、好ましいことがわかった。
【0040】
(実施例4−1〜4−7)
油脂分解初期のpHと油脂分解率との関係を調べた。油脂分解初期のpHは、実施例4−1から実施例4−7でpH4.0からpH10の範囲で変化させた。他は実施例1と同様にして混合微生物を用い油脂分解率を求めた。それらの結果を表7および図2に示す。なお、表7および図2に示した油脂分解率は、pH8.0における油脂分解率を100とした場合の相対値で表している。
【0041】
【表7】

【0042】
表7および図2に示したように、pHは6.5から8.5、さらには7.5から8においてより高い油脂分解率を得ることができ、好ましいことがわかった。
【0043】
(実施例5)
油脂を連続的に添加した場合の油脂分解率を調べた。まず、10L水槽に、表3に示した無機酵母エキス培地にサラダ油を1000質量ppm添加したものを8L入れ、実施例1と同様にして調製したロドトルラ パシフィカとクリプトコッカス ローレンティとの混合培養液を100ml接種し油脂を分解させた。油脂分解時の温度は20℃、初期pH7とし、エアレーションにより約5L/分の空気を吹き込みながら行った。処理開始後に処理液を100ml採取し、オートクレーブ処理を行った後、JIS公定法(JIS K0102)に基づき油脂量を求めた。次いで、24時間後に処理液を100ml採取し、同様にして油脂量を求めると共に、サラダ油を1000質量ppm添加し、同様にして油脂量を求めた。以降、24時間または48時間ごとに油脂量の測定とサラダ油の添加を繰り返した。得られた結果を図3に示す。
【0044】
図3に示したように、油脂を添加した直後は油脂量が多くなるものの、混合微生物の働きにより時間の経過と共に油脂量は十分に低下し、油脂を何回添加しても同様の結果が得られた。すなわち、油脂を連続して添加しても良好な油脂分解能力を得られることがわかった。
【0045】
以上、実施例の結果より、ロドトルラ パシフィカ(Rhodotorula pacifica)と、クリプトコッカス ローレンティ(Cryptococcus laurentii)とを含む混合微生物を用いるようにすれば、窒素およびリンの含有量が低くても、各種油脂について高い油脂分解率を得ることができると共に、グリーストラップの平均水温である20℃から25℃という低い温度でも、高い油脂分解率を得ることができ、好ましいことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0046】
工場あるいは外食店などから排出される廃水などの油脂含有物質の処理に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
受託番号FERM P−21121で表されるロドトルラ パシフィカ(Rhodotorula pacifica)により、油脂を分解させることを特徴とする油脂含有物質の処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−178748(P2010−178748A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−65259(P2010−65259)
【出願日】平成22年3月19日(2010.3.19)
【分割の表示】特願2006−335149(P2006−335149)の分割
【原出願日】平成18年12月12日(2006.12.12)
【出願人】(505089614)国立大学法人福島大学 (34)
【出願人】(500428520)桜乳業株式会社 (3)
【Fターム(参考)】