説明

治療用移植材料及びその利用方法

【課題】治療用細胞を肝臓組織内へ効率良く移植させ、治療用細胞自身が持つ機能を移植先で十分に発現させること。
【解決手段】細胞培養支持体や臓器・組織から単離され、肝静脈側から肝臓内へ注入される治療用細胞を含む、治療用移植材料を利用すること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医学、生物、創薬、薬学等の分野において有用な治療用移植材料及びその利用方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在臨床で実施されている再生医療の中で、肝臓は細胞生着の標的臓器として頻繁に対象とされ、例えばI型糖尿病に対する膵ラ島移植や肝疾患に対する肝細胞移植等が挙げられる。また、最近では肝硬変や慢性肝炎に対し、線維化の改善や肝機能の改善を目的に、骨髄細胞や脂肪由来細胞を肝臓へ注入移植する例も挙げられる。ES細胞やiPS細胞からの細胞分化の研究が活発に行われていることからも、それら分化細胞を肝臓へ移植することによる再生医療の臨床試験が実施される日も近いものと推測される。
【0003】
肝臓とは、糖新生、グリコーゲン貯蔵、脂質代謝、血漿タンパク質の産生、ビリルビン代謝、ホルモン代謝、ビタミン代謝等といった代謝機能の中心的な器官であり、その他にも胆汁の産生、さまざまな酵素による解毒作用、異物に対する生体防御までも行う複雑な機能を有する臓器である。その臓器にひとたび肝炎、肝硬変、肝癌等の疾患が発症すると、前述の機能が損なわれ生体に著しく悪影響をもたらす。そして、疾患が進行するとその機能を代行するような措置を講じなくてはならなくなる。そのような背景のもと、以前より生体外で肝機能を代行しようとする技術が考えられてきた。そして、その多くは平膜や中空子膜を介して血液中の毒性物質を濾過するという肝機能の一部の機能を代行するだけに過ぎなかった(特許文献1、2参照)。最近になって、複雑な肝機能を少しでも多く代行できるように、前述した濾過装置内に肝細胞を封じ込め、そこへ血液を環流させることで肝機能を代行させようとするハイブリット型人工肝臓の開発が進められている(特許文献3、4参照)。しかしながら、ここでの技術は、体外に循環された血液を介して行われるため効率が悪く、また体外循環可能な時間的な制約により必ずしも満足できる技術ではなかった。また、生体外に取り出された肝細胞の安定性が悪く、使用中に肝細胞の機能が顕著に減衰する問題点があった。これら肝臓を標的とした細胞再生医療として、門脈という肝臓への流入血管にカテーテルを挿入して細胞を注入し、門脈血流にのせて肝臓へ運ぶという順行性(経門脈的)移植の方法も実施されている(非特許文献1参照)。この方法によれば、一つの肝臓から採取した細胞を複数の肝疾患患者へ利用することができるようになり、また凍結保存した細胞を必要時に利用できるようになる。さらに、採取した細胞へ遺伝子導入できるようにもなる。この経門脈的移植のためのカテーテルを挿入するためには、皮膚を経由して肝臓を穿刺して門脈内に挿入する方法または、下腹部小切開を加え、腸管膜静脈の末梢をカットダウンして挿入する方法のどちらかが必要である。これらの方法は、肝臓穿刺や腹部切開を行うことで侵襲的な手技である。また、これらの方法により移植した細胞は、門脈周囲(いわゆるzone1)または門脈枝末梢に有意に存在する(非特許文献2、3参照)。いいかえると、中心静脈周囲(いわゆるzone3)や中心静脈枝末梢に細胞を生着配置させる手法が存在しなかった。
【0004】
一方、膵臓はアミラーゼ等の消化酵素を十二指腸内へ分泌する外分泌腺と膵島からなる生体内の重要な臓器の一つである。膵臓の90%以上は外分泌線が占め、その中に、内分泌細胞の塊である膵島が島のように浮かんだように存在している。膵島は、動物の臓器の一つである膵臓の中でグルカゴンを分泌するα細胞(A細胞)、血糖量を低下させるホルモンであるインスリンを分泌するβ細胞(B細胞)、ソマトスタチンを分泌するδ細胞および膵ポリペプチドを分泌するPP細胞の4種の内分泌細胞からなる。その中でβ細胞とは、多くの脊椎動物の膵臓内に散在する球形の内分泌腺組織で、主にインスリンを分泌し血糖の調節を行う。膵島の直径は100〜300μmであり、ヒトの場合、膵臓1mgにつき10〜20個あり、膵臓全体で100万個以上存在すると言われている。齧歯類では、膵島の中心部にβ細胞が位置し、α、δ、PP細胞が周辺部に位置するが、ヒトにおいては、この分布は齧歯類ほどは明確ではない。
【0005】
この膵島の機能に障害がおこると深刻な疾患を引き起こす。例えば、β細胞によるインスリン分泌が廃絶すると重症糖尿病となる。この重症糖尿病症例においては、血糖コントロールが非常に困難であることが多く、糖尿病関連の合併症に加え、インスリン投与後の低血糖発作を生じることも多く、生活の質(QOL)はきわめて不良となる。このような重症糖尿病患者に対し、これまでにさまざまな治療がなされてきた。その中で、膵島移植は安定したインスリンの供給を目的とした治療法であり、膵臓という臓器そのものを移植したときと比べ低侵襲であることから、最近、注目を浴びるようになってきた。膵島移植関運技術は多くの開発者らによって検討されているが、ここで利用される細胞は膵島、もしくは膵島様の塊であり、それらを移植するとなると、その塊の内部の細胞まで栄養分や酸素を供給するために、門脈等の血管の中や肝臓組織等の血流の豊富な部位へ行わざるを得ないのが現状である。近年、移植方法に関するプロトコールが確立され治療成績が向上してきたが、それでも糖尿病患者の1年後のインスリン投与離脱率は45%程度に過ぎないと言われている(非特許文献4参照)。この手技の問題点として、即時型血液媒介性炎症反応(IBMIR)と、膵島による塞栓門脈域の虚血に伴う炎症反応が挙げられる。その結果、移植された膵島の半数以上が失われることとなる(非特許文献5、6、7参照)。これらの問題を解決すべく、膵島にさらなる有効な治療法の確立が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特願平6−101775号公報
【特許文献2】特願2004−155864号公報
【特許文献3】特願平8−511686号公報
【特許文献4】特願2002−204967号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Transplantation,63(4),559−569(1997)
【非特許文献2】Hepatology,29(2),509−519(1999)
【非特許文献3】Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol(American Journal of Physiology.Gastrointestinal and Liver Physiology),279(3),G631−G640(2000)
【非特許文献4】The New England Journal of Medicine,355,1318−1330(2006)
【非特許文献5】Xenotransplantation,14(4),288−297(2007)
【非特許文献6】Journal of Leukocyte Biology,77(5),587−597(2005)
【非特許文献7】Pharmacological Reviews,58,194−243(2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上述したような治療用細胞の肝臓内移植技術に関する問題点を解決することを意図してなされたものである。すなわち、本発明は、従来技術と全く異なった発想からの新規な肝静脈側から肝臓内へ注入される治療用細胞を含む、治療用移植材料及びその利用方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために、種々の角度から検討を加えて研究開発を行ってきた。本発明は、肝臓の流出血管である肝静脈から逆行性に細胞を移植するアイデアを始めて考案し、肝細胞を用いて実証したものである。発明から導き得た結果は、逆行性に細胞を移植することにより、これまで生着させ得なかった中心静脈周囲(いはゆるzone3)に多数の細胞を生着し得ることが明らかとなった。この結果から、膵ラ島移植に本手法を応用すれば、これまで生着させ得なかった中心静脈枝末梢内に移植膵ラ島を生着配置させることが可能であることが十分推測できる。さらに、本発明を臨床応用する際には、カテーテルを局所麻酔下で頸静脈から刺入して肝静脈内まで挿入することで実施できる。この方法であれば、従来行われている門脈を経由する方法で問題となる肝臓穿刺や腹部切開という侵襲的手技を必要としない。本発明は、臓器流出血流から逆行性に細胞を注入し、臓器内で生着配置させるという世界に類のない新規な発想による再生医療の今後の発展に重要となる発明と考える。本発明はかかる知見に基づいて完成されたものである。
【0010】
すなわち、本発明は、細胞培養支持体から単離され、肝静脈側から肝臓内へ注入される治療用細胞を含む、治療用移植材料を提供するものである。また、本発明は、治療用細胞を含有する治療用移植材料を製造する方法を提供するものである。本発明は、治療用移植材料を肝静脈側から肝臓内へ注入するという世界に類のない新規な発想による細胞構造物を使ってはじめて実現する極めて重要な発明と考えている。
【発明の効果】
【0011】
本発明に示される治療用移植材料であれば、治療用細胞を肝臓組織内へ効率良く移植でき治療用細胞自身が持つ機能を移植された生体内で十分に発現させられるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】 実施例1におけるラット(F344/DUCrlCrlj)を用いた移植実験の方法を示す図である。
【図2】 実施例1におけるZone1,Zone2,Zone3を示す図である。
【図3】 実施例1の移植1週間後に取り出した肝組織の切片DPPIV染色した結果を示す図である。
【図4】 実施例1の移植8週間後に取り出した肝組織の切片DPPIV染色した結果を示す図である。
【図5】 実施例1のDPPIV染色した切片から移植細胞の数を計測、ならびに移植細胞が生着した位置(Zone)の分布を検討した結果を示す図である。
【図6】 実施例1の肝細胞移植後2週間後における移植した肝細胞のCYP活性の発現程度を検討した結果を示す図である。
【図7】 実施例1の移植24週間後に取り出した肝組織の切片DPPIV染色した結果を示す図である。
【図8】 実施例1のDPPIV染色した切片から移植細胞の数を計測、ならびに移植細胞が生着した位置(Zone)の分布を検討した結果を示す図である。
【図9】 実施例1のzone1とzone3との間で移植肝細胞のCYP2E1の発現能の違いを検討した結果を示す図である。
【図10】 実施例2のzone1とzone3との間で移植肝細胞のCYP2E1の発現能の違いを検討した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明では治療用細胞が使われる。その治療用細胞とは、細胞自身から治療効果のある物質を産生すれば特に限定されるものではないが、例えば、肝組織細胞、肝実質細胞、膵ラ島細胞、膵細胞、骨髄由来細胞、脂肪由来細胞、幹細胞由来細胞のいずれか1つ、もしくは2つ以上の組み合わせたものが挙げられる。その一例を示すと、肝組織細胞とは肝臓組織より回収した細胞であり、その中に肝機能を発現する肝実質細胞が含まれている。その他の細胞として、肝臓組織内の類洞内皮細胞、クッパー細胞、星細胞、ピット細胞、胆管上皮細胞、血管内皮細胞、線維芽細胞、間葉系幹細胞等が挙げられるが、特に制約されるものではない。また膵ラ島細胞は膵臓より回収した細胞である。本発明では、その中にインスリン産生機能を発現するβ細胞が含まれていれば良く、そのβ細胞の含有比率は何ら制約されるものではないが、本発明の膵島細胞の本来の目的がインスリンの産生であることを考えると、好ましくはβ細胞の含有比率は40%以上、さらに好ましくは50%以上、より好ましくは60%以上である方が好都合である。β細胞以外の細胞の種類、比率についても何ら制約されるものではなく、膵島に含まれるα細胞、δ細胞、PP細胞が含まれていても良い。本発明の膵島細胞内にα細胞が含まれればグルカゴンも産生する膵島細胞となり、PP細胞が含まれれば膵ポリペプチドを分泌する膵島細胞となり、より膵島様の機能を発現するという意味で好ましい。本発明の膵島細胞であれば、膵島細胞周囲の糖濃度を感知し、その濃度に応じてインスリン、及び/または膵島が産生するその他の生理活性物質を産生することとなる。本発明では、さらに、本来、膵島に含まれている細胞以外のものが含まれていても良く、その種類については何ら制約されるものではないが、例えば、セルトリ細胞、膵管細胞、血管内皮細胞、血管内皮前駆細胞、肝実質細胞、骨髄由来細胞、脂肪由来細胞のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合したものが挙げられる。また、それらの細胞のそれぞれの含有比率についても特に限定されるものではない。
【0014】
治療用細胞が肝実質細胞、およびまたは骨髄由来細胞、脂肪由来細胞、幹細胞由来細胞であるとき、その細胞が有する機能は特に限定されるものではないが、例えばアルブミン産生・分泌機能、アンチトリプシン産生・分泌機能、薬物代謝酵素産生機能、血液凝固因子産生・分泌機能、マトリックスメタロプロテナーゼ、線維芽細胞増殖因子、或いはそれら2種以上が組み合わされた機能が挙げられる。その際、血液凝固因子としては特に限定されないが、例えば血液凝固因子II、血液凝固因子VII、血液凝固因子VIII、血液凝固因子IX、血液凝固因子XI、及びそれらの組み合わされたものが挙げられる。また、肝線維化疾患、例えば慢性肝炎、肝硬変も挙げられる
【0015】
また、治療用細胞が膵ラ島細胞、および/または膵細胞であるとき、それらの細胞が有する機能は特に限定されるものではないが、例えばインスリン産生機能、血糖応答性インスリン分泌機能、グリカゴン産生機能或いはそれら2種以上が組み合わされた機能が挙げられる。
【0016】
本発明で使われる治療用細胞の由来は特に限定されるものではないが、注入された細胞が移植される側の生体から拒絶反応を受けないようにするために移植される生体から採取された細胞を治療用細胞として利用することが望ましい。その際、治療用細胞として、ES細胞、iPS細胞、間葉系幹細胞、小型肝細胞等の細胞を分化誘導したものであっても良い。さらに、本発明では注入される治療用細胞懸濁液は、治療用細胞が活性化されるような物質、細胞が混合されていても良く、その一例として内皮細胞、HGF、抗凝固剤、EGF、インスリン、或いはそれらの2種以上が組み合わされたものが挙げられるが特にその種類は限定されるものではない。
【0017】
本発明で用いられる細胞は、生体組織から直接採取した細胞、直接採取し培養系等で分化させた細胞、或いは細胞株が挙げられるがその種類は、何ら制約されるものではない。これらの細胞の由来は特に制約されるものではないが、例えば、ヒト、或いはラット、マウス、モルモット、マーモセット、ウサギ、イヌ、ネコ、ヒツジ、ブタ、チンパンジーあるいはそれらの免疫不全動物等が挙げられるが、本発明の治療用細胞をヒトの治療に用いる場合はヒト、ブタ、チンパンジー由来の細胞を用いる方が望ましい。本発明における細胞培養のための培地は培養される細胞に対し通常用いられるものを用いれば特に制約されるものではない。
【0018】
本発明では、治療したい組織の細胞を酵素処理することで個々の状態とする必要がある。その際の処理方法については常法に従えば良く、何ら制約されるものではない。また、培養時に播種する細胞数は使用細胞の動物種によって異なるが、一般的に0.4×10〜2.5×10個/cmが良く、好ましくは0.5×10〜2.1×10個/cmが良く、さらに好ましくは0.6×10〜1.7×10個/cnが良い。播種濃度が0.4×10個/cm以下の場合、膵島細胞の増殖が悪く、得られる膵島細胞の機能の発現程度が悪化し、本発明を実施する点において好ましくない。
【0019】
本発明においては、上記細胞を0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーを表面に被覆した細胞培養支持体上で、ポリマーの水和力の弱い温度域で培養しても良い。その温度とは通常、細胞を培養する温度である37℃が好ましい。本発明に用いる温度応答性高分子はホモポリマー、コポリマーのいずれであってもよい。このような高分子としては、例えば、特開平2−211865号公報に記載されているポリマーが挙げられる。具体的には、例えば、以下のモノマーの単独重合または共重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、またはビニルエーテル誘導体が挙げられ、コポリマーの場合は、これらの中で任意の2種以上を使用することができる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、ポリマー同士のグラフトまたは共重合、あるいはポリマー、コポリマーの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質を損なわない範囲で架橋することも可能である。その際、培養、剥離されるものが細胞であることから、分離が5℃〜50℃の範囲で行われるため、温度応答性ポリマーとしては、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド(単独重合体の下限臨界溶解温度21℃)、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド(同27℃)、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(同32℃)、ポリ−N−イソプロピルメタクリルアミド(同43℃)、ポリ−N−シクロプロピルアクリルアミド(同45℃)、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド(同約35℃)、ポリ−N−エトキシエチルメタクリルアミド(同約45℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(同約28℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(同約35℃)、ポリ−N,N−エチルメチルアクリルアミド(同56℃)、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド(同32℃)などが挙げられる。本発明に用いられる共重合のためのモノマーとしては、ポリアクリルアミド、ポリ−N、N−ジエチルアクリルアミド、ポリ−N、N−ジメチルアクリルアミド、ポリエチレンオキシド、ポリアクリル酸及びその塩、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、ポリヒドロキシエチルアクリレート、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、セルロース、カルボキシメチルセルロースなどの含水ポリマーなどが挙げられるが、特に制約されるものではない。
【0020】
本発明で用いられる、上述の各ポリマーの基材表面への被覆方法は、特に制限されないが、例えば、基材と上記モノマーまたはポリマーを、電子線照射(EB)、γ線照射、紫外線照射、プラズマ処理、コロナ処理、有機重合反応のいずれかにより、または塗布、混練等の物理的吸着等により行うことができる。培養基材表面への温度応答性ポリマーの被覆量は、1.1〜2.3μg/cmの範囲が良く、好ましくは1.4〜1.9μg/cmであり、さらに好ましくは1.5〜1.8μg/cmである。1.1μg/cmより少ない被覆量のとき、刺激を与えても当該ポリマー上の細胞は剥離し難く、作業効率が著しく悪くなり好ましくない。逆に2.3μg/cm以上であると、その領域に細胞が付着し難く、細胞を十分に付着させることが困難となる。このような場合、温度応答性ポリマー被覆層の上にさらに細胞接着性タンパク質を被覆すれば、基材表面の温度応答性ポリマー被覆量は2.3μg/cm以上であっても良く、その際の温度応答性ポリマーの被覆量は9.0μg/cm以下が良く、好ましくは8.0μg/cm以下が良く、7.0μg/cn以下が好都合である。温度応答性ポリマーの被覆量が9.0μg/cm以上であると温度応答性ポリマー被覆層の上にさらに細胞接着性タンパク質を被覆しても細胞が付着し難くなり好ましくない。そのような細胞接着性タンパク質の種類は何ら限定されるものではないが、例えば、コラーゲン、ラミニン、ラミニン5、フィブロネクチン、マトリゲル等の単独、もしくは2種以上の混合物が挙げられる。また、これらの細胞接着性タンパク質の被覆方法は常法に従えば良く、通常、細胞接着性タンパク質の水溶液を基材表面に塗布し、その後その水溶液を除去しリンスする方法がとられている。本発明は、温度応答性培養皿を利用したなるべく細胞シートそのものを利用しようとする技術である。従って、温度応答性ポリマー層上の細胞接着性タンパク質の被覆量が極度に多くなっては好ましくない。温度応答性ポリマーの被覆量、並びに細胞接着性タンパク質の被覆量の測定は常法に従えば良く、例えばFT−IR−ATRを用いて細胞付着部を直接測る方法、あらかじめラベル化したポリマーを同様な方法で固定化し細胞付着部に固定化されたラベル化ポリマー量より推測する方法などが挙げられるがいずれの方法を用いても良い。
【0021】
本発明の方法において、培養した細胞を温度応答性基材から剥離回収するには、培養された細胞の付着した培養基材の温度を培養基材上の被覆ポリマーの上限臨界溶解温度以上若しくは下限臨界溶解温度以下にすることによって剥離させることができる。その際、培養液中において行うことも、その他の等張液中において行うことも可能であり、目的に合わせて選択することができる。細胞をより早く、より高効率に剥離、回収する目的で、基材を軽くたたいたり、ゆらしたりする方法、更にはピペットを用いて培地を撹拌する方法等を単独で、あるいは併用して用いてもよい。温度以外の培養条件は、常法に従えばよく、特に制限されるものではない。例えば、使用する培地については、公知のウシ胎児血清(FCS)等の血清が添加されている培地でもよく、また、このような血清が添加されていない無血清培地でもよい。
【0022】
本発明においては、上述した0〜80℃の温度範囲で水和力が変化するポリマーが細胞培養支持体上でパターン状に被覆されている細胞培養用基材を用いるのでも良い。その際、パターンの形状は特に限定されるものではなく、円形、四角形、その他の多角形、ライン状のもので良く、それらを組み合わせたものでも良い。また、そのパターンの大きさも特に限定されるものではなく、例えば、治療用細胞が1個、2個、3個、4個、或いは5個分が付着する程度の大きさ、或いは5個以上の細胞が付着する大きさが良く、それらの組みわされたもので良い。本発明では、細胞培養支持体から単離され、肝静脈側から肝臓内へ注入される治療用細胞を含む、治療用移植材料を提供するものである。従って、注入される治療用細胞は7個以下の細胞が付着し合ったものが良く、好ましくは6個以下の細胞からなるものが良く、さらに好ましくは3個以下の細胞からなるものが良い。
【0023】
以上のことを温度応答性ポリマーとしてポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)を例にとり説明する。ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)は31℃に下限臨界溶解温度を有するポリマーとして知られ、遊離状態であれば、水中で31℃以上の温度で脱水和を起こしポリマー鎖が凝集し、白濁する。逆に31℃以下の温度ではポリマー鎖は水和し、水に溶解した状態となる。本発明では、このポリマーがシャーレなどの基材表面に被覆、固定されたものである。したがって、31℃以上の温度であれば、基材表面のポリマーも同じように脱水和するが、ポリマー鎖が基材表面に被覆、固定されているため、基材表面が疎水性を示すようになる。逆に、31℃以下の温度では、基材表面のポリマーは水和するが、ポリマー鎖が基材表面に被覆、固定されているため、基材表面が親水性を示すようになる。このときの疎水的な表面は細胞が付着、増殖できる適度な表面であり、また、親水的な表面は細胞が付着できないほどの表面となり、培養中の細胞、もしくは細胞シートも冷却するだけで剥離させられることになる。
【0024】
被覆を施される基材としては、通常細胞培養に用いられるガラス、改質ガラス、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート等の化合物を初めとして、一般に形態付与が可能である物質、例えば、上記以外のポリマー化合物、セラミックス類など全て用いることができる。
【0025】
本発明における培養基材の形状は特に制約されるものではないが、例えばディッシュ、マルチプレート、フラスコ、セルインサートのような形態のもの、或いは平膜状のものなどが挙げられる。被覆を施される基材としては、通常細胞培養に用いられるガラス、改質ガラス、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート等の化合物を初めとして、一般に形態付与が可能である物質、例えば、上記以外の高分子化合物、セラミックス類など全て用いられる。
【0026】
本発明における治療用細胞は培養時にディスパーゼ、トリプシン等で代表される蛋白質分解酵素による損傷を受けていないものである。そのため、基材から剥離された治療用細胞は接着性蛋白質を有する。このことにより、移植時において患部組織と良好に接着することができ、効率良い移植を実施することができるようになる。
【0027】
かくして、本発明における治療用細胞が得られる。本発明では、その細胞を肝臓の流出血管である肝静脈から逆行性に細胞を移植することを特徴とする。逆行性に細胞を移植することにより、これまで生着させ得なかった中心静脈周囲(いはゆるzone3)に多数の細胞を生着し得ることが明らかとなった。その際、治療用細胞が肝実質細胞であれば、zone3に付着することで、注入された肝実質細胞の機能がzone3付近にもともと存在する高活性な肝実質細胞に刺激され、より効果的に活性化されることが分かった。そして、膵ラ島移植に本手法を応用すれば、これまで生着させ得なかった中心静脈枝末梢内に移植膵ラ島を生着配置させることが可能である。その注入する手段は特に限定されるものではないが、例えば、カテーテルを局所麻酔下で頸静脈から刺入して肝静脈内まで挿入する方法、腹腔内内視鏡を利用して肝静脈内へ挿入する方法、開腹することでカテーテルを局所麻酔下で頸静脈から刺入して肝静脈内まで挿入する方法等が挙げられる。
【0028】
ヒトに対し、本発明で示すところの治療用細胞を利用すれば、移植された治療用細胞はヒトの生体内で機能を長期間発現することとなり、そのまま人工臓器となる。剥離された治療用細胞の大きさや形状、もしくは両者で機能の発現量を制御できる。治療用細胞として肝実質細胞を用いれば人工肝臓としての役割を示し、例えば肝酵素欠損症、血友病、凝固異常症、肝不全症、劇症肝炎、慢性肝炎、肝硬変、肝切除患者の治療、感染症等で挙げられる各疾患の本質的な治療、もしくは肝機能の補佐を目的に使用されるが、特に限定されるものではない。ここで血友病について説明すると、血友病の本質的な発病の原因であるヒト血液凝固第VIII因子、及び/またはヒト血液凝固第IX因子の欠如を本発明で示すところの人工肝臓がそれらの因子を産生し補えることとなる。その際、例えばその産生能を高めるために、従来技術であるヒト血液凝固第VIII因子、及び/またはヒト血液凝固第IX因子産生に有効な遺伝子を本発明の肝組織細胞シートに導入していても良く、特に限定されるものではない。また、治療用細胞として膵ラ島細胞、および/または膵細胞を用いれば人工膵臓としての役割を示し、例えばI型糖尿病、II型糖尿病、慢性膵炎等のような各疾患の本質的な治療、或いは膵臓全摘出後の治療、もしくは膵機能補佐を目的に使用されるが、特に限定されるものではない。
【0029】
動物に対し、本発明で示すところの治療用細胞を移植されれば、治療用細胞移植動物となる。剥離された治療用細胞大きさや形状で機能の発現量を制御できる。ここで使用される動物はラット、マウス、モルモット、マーモセット、ウサギ、イヌ、ブタ、チンパンジーあるいはそれらの免疫不全動物等が挙げられるが特に限定されるものではない。このような膵島移植動物は、例えば、被検物質をこの膵島移植動物に投与し、当該被検物質の膵機能への影響を判定する膵機能評価システム等を目的に使用されるが、特に限定されるものではない。
【実施例】
【0030】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【実施例1】
【0031】
図1にラット(F344/DUCrlCrlj)を用いた移植実験を示す。
図1A)今回の移植方法のシェーマに示すように、まず下大静脈にカテーテル(図中のCatheter)を挿入した。また同時に肝臓からの血液の排出路である肝静脈の出口を上下で一時的に血流遮断を行った。その時点で逆行性に細胞懸濁液を注入し、細胞移植を行った。
図1B)実際にラットで行う場合、開腹の後、横隔膜・肝臓間の下大静脈の周囲を剥離した。下大静脈を十分に露出させた上で、血行遮断の準備として輪ゴムを通した。
図1C)次いで肝臓と右腎静脈との間の部分の下大静脈周囲を十分に剥離した。B)同様、同血管の背側に輪ゴムを通し、遮断の準備を行った。
図1D)右腎静脈より足側の下大静脈よりカテーテル(サーフ口留置針18G)を挿入した。カテーテルの外筒を残し、内筒(針の部分)を途中まで引き抜き、血液の逆流(外筒内へ)を確認した。その後、上のB)、C)でかけた輪ゴムを引っ張りつつ、モスキートペアンを用いて血行遮断を行った。
図1E)全ての準備が整った段階で、細胞懸濁液を注入した(1.0×10の7乗個/500μL)。その後、フラッシュのため生理食塩水2mLを注入した。すると肝全体が軽度腫脹した。生食注入後、輪ゴムによる血流遮断を解除し、カテーテルを引き抜き止血した。
【0032】
ラットの肝葉は大きく6葉に分けられる。そして、その肝組織内に図2に示されるように小葉間門脈と中心静脈が存在し、一般に小葉間門脈領域をZone1と言われ、中心静脈領域をZone3と言われている。そしてその間の領域をZone2と呼ばれている。移植1週間、8週間、24週間後のそれぞれでラット肝を取り出し、最も大きい代表的な3葉の凍結切片を作製する。
【0033】
移植1週間後に取り出した肝組織の切片DPPIV染色した結果を図3に示す。門脈から注入した群(経門脈群)と肝静脈から注入した群(経肝静脈群)のそれぞれにつき、Zone1〜3が視野に入るような切片の写真(上段の写真)、並びに注入されたそれぞれの血管付近の切片の写真(下段の写真)を示す。注入された血管付近に注入した細胞が密に存在していることが分かる(写真上では矢印部分、および範囲を持って黒く着色している部分が該当する。)。同様に、移植8週間後に取り出した肝組織の切片DPPIV染色した結果を図4に示す。注入された血管付近に注入した細胞がさらに広範囲に存在していることが分かる(写真上では矢印部分、および範囲を持って黒く着色している部分が該当する。)。
【0034】
上記DPPIV染色した切片から移植細胞の数を計測、ならびに移植細胞が生着した位置(Zone)の分布を検討した。細胞数の計測は肝一葉あたり10視野、つまりラット1匹あたり30視野のドナーならびにレシピエント肝細胞数を計測し算出した(図5)。
図5A)肝細胞移植後、1週間における移植細胞の生着率を示すグラフである。生着率とはレシピエントラット(F344/DuCrlCrlj)の全肝細胞のうち、移植細胞(ドナーラットF344/NSlc由来)がどの位の割合を占めているかどうかを%で表した。門脈群の生着率(白抜きのグラフ):0.28±0.11%、経肝静脈群の生着率(黒のグラフ):0.30±0.13%であり統計学的に有意差は認められなかった。このことから、本発明の注入方法によっても従来技術と同等な細胞が組織内に存在していることが分かり、期待通りの結果が得られた。
図5B)肝細胞移植後、8週間における生着率を示すグラフである。門脈群の生着率(白抜きのグラフ):0.26±0.05%、経肝静脈群の生着率(黒のグラフ):0.35±0.15%であり、統計学的有意差は認められなかった。この結果からも、本発明の注入方法によっても従来技術と同等な細胞が組織内に存在していることが分かり、期待通りの結果が得られた。
図5C)肝細胞移植後1週間において、移植肝細胞が肝組織内のどの部分(zone)に生着していたかの割合を示したグラフである。門脈群においては移植肝細胞の75.8%が他のzoneに比べてzone1に有意に生着するという結果であった。一方、経肝静脈群においては移植肝細胞のうち69.0%がzone3に有意に生着するという結果が得られた。
図5D)肝細胞移植後8週間において、移植肝細胞が肝組織内のどの部分(zone)に生着していたかの割合を示したグラフである。1週間後の結果同様、門脈群においてはzone1に有意に生着するという結果であり、一方、経肝静脈群においてはzone3に有意に生着するという結果であった。
以上の結果より、移植法により、移植肝細胞の生着部位が異なるということが示された。また、本発明の注入方法によっても従来技術と同等な細胞が組織内に存在していることが分かった。
【0035】
移植肝細胞はその生着した部位の環境に応じた代謝能を発現するとされている。CYPとよばれる薬剤代謝酵素は特にzone3に存在するため、肝細胞移植後2週間後において移植した肝細胞がCYPを発現しているかどうかを確認した(図6)。具体的には、肝細胞移植後12日目のラットの腹腔内にCYP2E1の誘導剤であるIsosafroleを投与(3日間)し、最終投与から24時間後に肝臓を摘出し、組織切片の免疫染色を行って、zone1とzone3との間で移植肝細胞のCYP2E1の発現能の違いを検討した。写真中の色の薄い部分(カラー写真の場合は緑)はDPPIV陽性細胞、つまり移植肝細胞を示し、右列の写真(B、D、F)の背景の色の濃淡(カラー写真の場合は、赤の発色の濃淡に相当する。)はCYP2E1の発現能の強弱を示している。
図6A、B)門脈法を用いて肝細胞移植を行い、薬物投与なしに移植2週間後にラット肝臓を摘出し免疫染色を行った。門脈周囲領域はCYP2E1の発現が非常に弱く、移植肝細胞の細胞質を見ても周囲の細胞同様、CYP2E1の発現が非常に弱いことが分かった。
図6C、D)経肝静脈法を用いて肝細胞の移植を行い、薬物投与なしに移植2週間後にラット肝臓を摘出し免疫染色を行った。中心静脈周囲領域はCYP2E1の発現が強く、移植肝細胞の細胞質を見ても周囲の細胞同様、CYP2E1の発現が門脈周囲に生着したものと比べて(B)明らかに強いことが分かった。
図6E、F)経肝静脈法を用いて肝細胞の移植を行い、移植後11日目からIsosafroleを3日間投与し、Isosafrole最終投与翌日(移植2週間後)にラット肝臓を摘出し免疫染色を行った。中心静脈周囲領域はCYP2E1の発現が非常に強く、移植肝細胞の細胞質を見ても周囲の細胞同様、CYP2E1の発現が明らかに強いことが分かった。薬物誘導なしのC)D)と比較しても、移植肝細胞の細胞質のCYP2E1の発現が周囲の肝細胞同様に非常に強いことが明確に示された。
【0036】
移植24週間後に取り出した肝組織の切片DPPIV染色した結果を図7に示す。門脈から注入した群(経門脈群)と肝静脈から注入した群(経肝静脈群)のそれぞれにつき、血管付近の切片写真を示す。注入された血管付近に注入した細胞が密に存在していることが分かる(写真上では矢印部分、および範囲を持って黒く着色している部分が該当する。)。経肝静脈群の方が優位に注入された細胞が増えていることが分かった。
【0037】
上記DPPIV染色した切片から移植細胞の数を計測、ならびに移植細胞が生着した位置(Zone)の分布を検討した(図8)。
図8<置換率>肝細胞移植後、24週間における移植細胞の生着率を示すグラフである。生着率とはレシピエントラット(F344/DuCrlCrlj)の全肝細胞のうち、移植細胞(ドナーラットF344/NSlc由来)がどの位の割合を占めているかどうかを%で表した。門脈群の生着率(白抜きのグラフ)に対し、経肝静脈群の生着率(黒のグラフ)が統計学的に有意に高くなっていることが分かった。このことから、本発明の注入方法によれば従来以上に治療細胞を肝臓内へ存在させられることが示唆された。
図8<移植細胞のZonen別の割合>肝細胞移植後24週間において、移植肝細胞が肝組織内のどの部分(zone)に生着していたかの割合を示した。門脈群においては移植肝細胞が他のzoneに比べてzone1に有意に生着するという結果であった。一方、経肝静脈群においては移植肝細胞がzone3に有意に生着するという結果が得られた。
以上の結果より、移植法により、移植肝細胞の生着部位が異なるということが示された。また、本発明の注入方法によっても従来技術以上の細胞が組織内に存在していることが分かり本発明の優位性が明確に示された。
【0038】
上記方法に従って、肝細胞移植後24週後のラットの腹腔内にCYP2E1の誘導剤であるIsosafroleを投与(3日間)し、最終投与から24時間後に肝臓を摘出し、組織切片の免疫染色を行って、zone1とzone3との間で移植肝細胞のCYP2E1の発現能の違いを検討した(図9)。写真中の色の薄い部分(カラー写真の場合は緑)はDPPIV陽性細胞、つまり移植肝細胞を示し、右列の写真(の背景の色の濃淡(カラー写真の場合は、赤の発色の濃淡に相当する。)はCYP2E1の発現能の強弱を示している。
図9(門脈群)門脈法を用いて肝細胞移植を行い、薬物投与なしに移植24週間後にラット肝臓を摘出し免疫染色を行った。門脈周囲領域はCYP2E1の発現が非常に弱く、移植吁細胞の細胞質を見ても周囲の細胞同様、CYP2E1の発現が非常に弱いことが分かった。
図9(肝静脈群)経肝静脈法を用いて肝細胞の移植を行い、薬物投与なしに移植2週間後にラット肝臓を摘出し免疫染色を行った。中心静脈周囲領域はCYP2E1の発現が強く、移植肝細胞の細胞質を見ても周囲の細胞同様、CYP2E1の発現が門脈周囲に生着したものと比べて明らかに強いことが分かった。
【実施例2】
【0039】
実施例1と同様な方法に従って、ラット分離肝細胞を同系ラットに経門脈的(Antegrade)または経肝静脈的(Retrograde)に移植後12日目の生着肝細胞における薬剤代謝酵素CYP2E1の酵素活性をCYP2E1抗体を用いた免疫染色とScion Imagingによる数値化を行って評価した。得られた結果を図10に示す。ここで図中の白棒は自己肝細胞を示し、黒棒はZone1の生着肝細胞(Antegrade移植群)、斜線棒はZone3の生着肝細胞(Retrograde移植群)を示す。Antegrade移植群、Retrograde移植群ともに、薬剤を投与しない群(Oil)とCYP2E1の誘導薬剤であるIsosafrole(ISO)を投与する群を作製した。5匹/群、評価細胞10個/匹とした。その結果、Isosafroleを投与しない通常状態であっても、Retrograde移植によりZone3に生着した肝細胞は、Antegrade移植によりZone1に生着した肝細胞と比較して、有意に高いCYP3E1活性を示した。さらに、このZone3生着肝細胞のCYP2E1活性は、Isosafrole投与により誘導がかかり、さらに高いCYP2E1活性を発現した。この結果は、同じ肝細胞を用いても、経肝静脈的移植法(Retrograde)においては、生体内でより高い薬剤酵素活性を発揮させ得る細胞移植法であることを意味している。
【実施例3】
【0040】
常法に従って、糖尿病化SCIDマウスを作製した。具体的には、SCIDマウスの体重を測定した後、ストレプトゾトシン(シグマ社製)を220mg/kg体重の投与量で腹腔内投与することで作製した。また、ストレプトゾトシン投与後、尾静脈より全血を採取し、小型血糖値測定器グルコカード(日本ヘキストマリオンルセル社製)を用いて血糖値を測定し、血糖値が350mg/dL以上のマウスを糖尿病発症とみなした。この糖尿病化SCIDマウスの肝臓のZONE3部へ、実施例1と同様な操作で、別のマウスの膵ラ島細胞を移植した。糖尿病化SCIDマウスでは血中グルコース量が下がらないが、膵ラ島細胞を移植したものは移植後から速やかに血中グルコース量が下がっていることを確認できた。以上より、本発明の方法は膵ラ島細胞の移植によるは糖尿病治療に有効なものであると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明に示される治療用移植材料であれば、治療用細胞を肝臓組織内へ効率良く移植できるようになる。そして、その移植先において治療用細胞自身が持つ機能を十分に発現させられ、移植された生体内の疾患の治療ができるようになる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞培養支持体や臓器・組織から単離され、肝静脈側から肝臓内へ注入される治療用細胞を含む、治療用移植材料。
【請求項2】
治療用細胞を肝臓内の中心静脈周囲に滞留させた、請求項1記載の治療用移植材料。
【請求項3】
治療用細胞が、肝実質細胞、膵ラ島細胞、膵細胞、骨髄由来細胞、幹細胞由来細胞、脂肪由来細胞のいずれか1つ、もしくは2つ以上の組み合わせたものである、請求項1、2のいずれか1項記載の治療用移植材料。
【請求項4】
治療用細胞が、アルブミン産生・分泌機能、アンチトリプシン産生・分泌機能、薬物代謝酵素産生機能および血液凝固因子産生・分泌機能からなる群より選択される少なくとも1種の機能を有する肝実質細胞である、請求項3記載の治療用移植材料。
【請求項5】
治療用細胞が、インスリン産生機能、血糖応答性インスリン分泌機能からなる群より選択される少なくとも1種の機能を有する膵ラ島細胞、および/または膵細胞である、請求項3記載の治療用移植材料。
【請求項6】
治療用細胞が、マトリックスメタロプロテナーゼ、線維芽細胞増殖因子の産生・分泌機能からなる群より選択される少なくとも1種の機能を有する骨髄細胞、および/または脂肪由来細胞である、請求項3記載の治療用移植材料。
【請求項7】
治療用細胞が由来する個体に対して適用される、請求項1〜6のいずれか1項に記載の治療用移植材料。
【請求項8】
治療用細胞が、iPS細胞、ES細胞、間葉系幹細胞を分化誘導したものである、請求項1〜7のいずれか1項記載の治療用移植材料。
【請求項9】
細胞培養支持体から単離された治療用細胞が細胞シートである、請求項1〜8のいずれか1項に記載の治療用移植材料。
【請求項10】
細胞シートが3個以上の細胞からなるコロニーである、請求項9記載の治療用移植材料。
【請求項11】
さらに内皮細胞、HGFまたは抗凝固剤を含む、請求項1〜10のいずれか1項に記載の治療用移植材料。
【請求項12】
肝酵素欠損症、血友病、凝固異常症、肝不全症、劇症肝炎、慢性肝炎、肝硬変、I型糖尿病、II型糖尿病、慢性膵炎の治療、肝臓摘出後の治療、膵臓摘出後の治療、感染症もしくは肝機能補佐、および/または膵機能補佐を目的とすることを特徴とする、請求項1〜11のいずれか1項に記載の治療用移植材料。
【請求項13】
治療用細胞を含有する治療用移植材料を製造する方法であって、
a)水に対する上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が0〜80℃である温度応答性高分子が被覆された細胞培養支持体上で、脂肪細胞を含有する細胞群を培養液中で培養する工程;
b)培養液の温度を、該上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下とする工程;
および
c)細胞群を、細胞培養支持体から細胞シートとして剥離する工程;
を包含する、方法。
【請求項14】
工程c)の前に、
d)培養液にHGF、抗凝固剤を加える工程
をさらに含む、請求項13記載の方法。
【請求項15】
タンパク質分解酵素で処理する工程を含まない、請求項13、14のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
前記温度応答性高分子が、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)である、請求項13〜15のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−224334(P2011−224334A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−225202(P2010−225202)
【出願日】平成22年9月14日(2010.9.14)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2010年3月15日 財団法人 日本消化器病学会発行の「日本消化器病学会雑誌 第107巻臨時増刊号(総会)」に発表 平成22年6月18日 第17回肝細胞研究会 事務局発行の「第17回 肝細胞研究会 プログラム・抄録集」に発表 2010年8月15日 The Transplantation Society発行の「XXII International Congress of The Transplantation Society ON−SITE PROGRAM」に発表
【出願人】(591173198)学校法人東京女子医科大学 (48)
【Fターム(参考)】