説明

活性物質の投与量の決定方法

本発明は、遺伝子解析に基づき少なくとも1つの活性物質の投与量を決定する方法に関する。本方法は、以下の工程を含む:
a) 遺伝子配列特異的解析装置、特に配列特異的センサー、による特定の遺伝子配列の解析 (101)、または定量的RNA特異的検出法によるRNA転写もしくはタンパク質解析装置によるタンパク質発現の直接的測定のいずれかを介するタンパク質の発現の測定、
b)ヒトまたは動物の体の生理学的機能、特に体内における活性物質の代謝、吸収、排泄または分布に影響する生理学的機能、への該遺伝子配列の割り当て、
c)生理学に基づく薬物動態モデル (PBPKモデル) (108)への遺伝子データおよび割り当てデータの送達、
d)活性物質特異的データのPBPKモデル(108)への入力、
e)特徴的患者データ、所望により体の直接測定により得られる該データ、の入力、
f)知識データベースに含まれる情報を用いる、PBPKモデルに必要とされる生理学的影響パラメータの該患者データからの計算、および該パラメータのPBPKモデル(108)への送達、
g) PBPKモデル(108)を用いる、工程c)、d)およびf)のデータからの個人投与量の計算。

【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】
【0001】
本発明は、効果が患者の個人的因子に依存する薬物動態学および/または薬力学に影響されることが知られている医薬の個人投与量を決定する方法に関する。本発明の方法は、その態様に応じて、治療法の重要な部分として臨床または医療業務において直接、あるいは医学的検査の分野の特別な方法として、用いることができる。
【0002】
薬物療法の治療効果は、生物学的ターゲット分子に対する直接的な活性物質固有の生化学的効果によって、およびその作用部位における濃度によって決定される。作用部位における濃度は、様々な因子、例えば経口投与において吸収される割合、体内の分布、および代謝的分解および排泄の速度、によって順次影響される。これらのプロセスは、処置を受ける患者の体の生理学的および解剖学的性質に大きく依存する。具体的には、以下が挙げられる:
−個々の臓器の容積および脂肪量、または組み合わせるパラメータとして、体重および体脂肪量。
−個々の臓器における血流速度。
−胃腸管の機能。
−排泄臓器、例えば腎臓または胆道、の機能。
−分解酵素の、特に肝臓および腸における、発現および機能。
−細胞膜を介する分子の能動輸送のためのタンパク質の発現および機能。
【0003】
これらの性質は全て、遺伝的素因、健康状態、または他の薬物療法の影響により、それゆえまた体内の活性物質の濃度により、個人間で異なりうるので、薬物療法の効果もまた個人差がある。これらは、活性物質の性質に依存して程度が異なりうる。ほとんどの活性物質について、適用の50%において治療効果が達成できないことが知られている。現在の手法では、治療開始時、標準投与量が投与しその後患者を観察する。治療結果が生じなかった場合、それを達成するため投与量を段階的に増加させることが試みられうる。この手法は有効でなく、患者を危険にさらす可能性がある。後者は特に、個人的因子のために体内濃度が通常の場合よりもかなり高くなり、望ましくない副作用が起こる場合にあてはまる。
【0004】
個人の体質と医薬活性物質の挙動との間の関係は、多くの場合少なくとも定性的には知られている。多数の影響因子、例えば体重または血流速度、の詳細は、主治医が容易に診断することができ(体重)、あるいは医学的知識により、例えば疾患が存在する場合の血流の変化を通して、推測することができる。体重の影響は、多くの場合、体重特異的な投与量を投与することによって補正することができる。しかしながら、原則として現在の方法は、個人の状況に対する定性的適合を可能にするのみである。
【0005】
能動的生化学プロセスの影響に関する場合は、より一層複雑である。ここで、そのプロセスの有効性は、遺伝的素因、疾患、または他の活性物質のような外的影響のため関連タンパク質が異なる量にて存在すれば変化しうる。たとえ発現が同じであっても、タンパク質の機能はまた、例えば遺伝的に誘導されたタンパク質構造の変化によって、または他の物質との相互作用によって影響されうる (cf.: J. Licinio, M. Wong (Eds.), ”Pharmacogenomics”. Wiley-VCH, Weinheim 2002; A. D. Rodrigues, ”Drug-Drug Interactions”, Marcel Dekker, 2002)。
【0006】
他の物質、特に同時に投与された他の活性物質または食品成分、との相互作用は、原則として物質依存的であり、物質が十分に特徴決定されれば、少なくとも定性的には予測可能である。非常に重要なタンパク質については、直接的に、または発現の誘導または阻害により、その機能に影響する物質のリストが存在する (cf.: A. Schinkel, J. W. Jonker ”Mammalian drug efflux transporters of the ATP binding cassette (ABC) family: an overview), Advanced Drug Delivery Reviews 55, 3 - 29 (2003); 1 Cytochrome P450 Drug Interaction Table: http://medicine.iupui.edu/flockhart)。通常、問題とする活性物質に対する影響が研究され、製品情報中に禁忌の形式で注記される。
【0007】
治療時の特定の患者の各種臓器における、構造および量に関して相違するタンパク質の組成による効果は、より扱いが難しい。そのため、原則として、問題の臓器における特定のタンパク質の発現を決定する必要があるが、適切な組織サンプルが得られないためにそれは通常不可能である。しかしながら今日、発現量およびタンパク質構造の両方に関する発現の相違が、とりわけ、点変異 (ゲノムDNAにおける個々のヌクレオチドの置換、すなわち一塩基多型「SNP」)に起因することが知られている。SNPは、タンパク質をコードするDNA配列に、あるいはRNA転写を調節し、結果としてタンパク質の発現を調節するDNA配列に見られうる。タンパク質の発現を変化させうる他のタイプの変異 (例えば挿入、欠失) もまた知られている。さらに、ゲノムDNA上に付加されたメチル化パターンが転写/発現を変化させうることが知られている。そのような遺伝子マーカー、例えばSNPは、血液その他の体液においてDNAレベルで検出することができる。様々な場合において、この検出のために特別に設計された方法がすでに開発され、あるいは市場において利用可能であり、それは例えばバイオチップまたはPCRに基づく検出方法である。このことは、医療業務において直接、あるいは実験方法として、対応するDNA検査に基づくふさわしい投薬の機会を広げる。多くのADME関連タンパク質について、ヒトに存在する関連遺伝子配列についての情報およびその改変が、利用可能である (cf.: インターネットにおいて利用可能なSNP データベース: http://www.ncbi.nlm.nih.gov/SNP/)。大部分について、ADME関連機能に対する個々の改変の効果もまた知られている(cf.: R. G. Tirona, R. B. Kim ”Pharmacogenomics of Drug Transporters” in J. Licinio, M. Wong (Eds.), ”Pharmacogenomics”. Wiley-VCH, Weinheim 2002)。
【0008】
最適個人投与量の決定における重大な問題の1つは、体内濃度が各種影響因子に対して同時かつ複雑な依存性を有することである。個々の依存性はまだ実験的に決定可能であり、例えば投与量決定のため表形式にて使用可能であるが、互いに影響する複数の依存性が存在する場合は通常定性的に可能なだけに過ぎない。しかしながらこの問題は、濃度を計算するためのコンピュータ補助シミュレーションを用いて解決することができる。これに適する方法の1つは、いわゆる生理学に基づく薬物動態シミュレーション (PBPKシミュレーション)であり、それにより生理学的推測に基づき哺乳類の体における生体異物の吸収、分布、代謝および排泄 (ADME)を詳細に説明することができる。体内における受動的分布プロセスのみを考慮する単純な問題については、この方法は長い間知られており、頻繁に記載されている (cf.: G. E. Blakey, I. A. Nestorov, P. A. Arundel, L. A. Aarons, M. Rowland ”Quantitative Structure-Pharmacokinetics Relationships: 1. Development of a Whole Body Physiologically Based Model to Characterize Changes in Pharmacokinetics Across a homologous Series of Barbiturates in the Rat”, J. Pharmacokin. and Biopharm. 25, 277 - 312 (1997); R. Kawai, M. Lemaire, J.-L. Steiner, A. Bruelisauer, W. Niederberger, M. Rowland, ”Physiologically Based Pharmacokinetic Study on a Cyclosporin Derivative, SDZ IMM 125”, J. Pharmacokin. and Biopharm. 22, 327 - 365 (1994))。少数の既知のモデルは、可飽和非投与量線形プロセス(saturable non-dose-linear process)として各種臓器における代謝だけでなく能動輸送についても説明している。体の全ての関連臓器において全体としてそのようなプロセスの説明を考慮したシミュレーションモデルが、PBPKシミュレーションソフトウェア PK-Sim (Bayer Technology Services GmbH)において使用されている。
【0009】
ここに記載される発明は、投与量との関係において個人の体内濃度を計算すること、およびその結果から最適な個人投与量を提案することに適する、患者のADME関連遺伝的素因を測定するための検出システム、PBPK/PDシミュレーション、および物質特性のためのデータベースの組み合わせを含むシステム(図1)に関する。
【0010】
本発明は、以下の工程を含む、遺伝子解析に基づき少なくとも1つの活性物質の投与量を決定する方法に関する:
a) 遺伝子配列特異的解析装置、特に配列特異的センサー、による特定の遺伝子配列の解析 (101)、または定量的RNA特異的検出法によるRNA転写もしくはタンパク質解析装置によるタンパク質発現の直接的測定のいずれかを介するタンパク質の発現の測定、
b)ヒトまたは動物の体の生理学的機能、特に体内における活性物質の代謝、吸収、排泄または分布に影響する生理学的機能、への該遺伝子配列の割り当て、
c)生理学に基づく薬物動態モデル (PBPKモデル) (108)への遺伝子データおよび割り当てデータの送達、
d)活性物質特異的データのPBPKモデル(108)への入力、
e)特徴的患者データ、所望により体の直接測定により得られる該データ、のコンピュータシステム(104)への入力、
f)知識データベースに含まれる情報を用いる、PBPKモデルに必要とされる生理学的影響パラメータの該患者データからの計算、および該パラメータのPBPKモデル(108)への送達、
g) PBPKモデル(108)を用いる、工程c)、d)およびf)のデータからの個人投与量の計算。
【0011】
活性物質のADME挙動に重要な遺伝子またはタンパク質に関する患者の遺伝的素因は、遺伝子検査法 (101)により決定される。
【0012】
好ましい方法は、遺伝子配列が以下のリストのタンパク質に関する配列から選択されるものである:代謝酵素、特にシトクロムP 450ファミリーのモノオキシゲナーゼ、排泄されるべき分子に極性基を連結するフェーズII酵素、能動輸送体、特に多剤耐性タンパク質、例えばP-糖タンパク質ファミリーもしくは多剤耐性関連タンパク質 (MRP) もしくは有機アニオン輸送ポリペプチドファミリー (OATP) もしくは有機アニオン輸送体ファミリー (OAT) もしくは有機カチオン輸送体ファミリー (OCT) もしくは新規有機カチオン輸送体ファミリー (OCTN) もしくはペプチド輸送体ファミリー (PepT)、または血漿結合タンパク質、特に血清アルブミンおよび糖タンパク質。
【0013】
活性物質特異的データは、以下のリストから選択されるものが特に好ましい:臓器/血液分布係数、膜透過性、代謝プロセスおよび/または能動輸送プロセスの速度定数。
【0014】
工程e)の特徴的患者データは、以下のリストから選択されるものが特に好ましい:体重、体表面積、体脂肪量、年齢または性別、(例えば疾患のため)正常状態から逸脱した生理学的機能、例えば腎機能不全または肝機能不全、併用薬物療法。
【0015】
工程f)の生理学的影響パラメータは、以下のリストから選択されるものが特に好ましい:臓器 Xからの血流速度 Qx、臓器 Xの容積 Vx、または臓器 Xについての透過性と表面積の積(PxSAx)。
【0016】
PBPKモデルは、好ましくは少なくとも以下の機能をシュミレートするシミュレーションプログラムである:腸管吸収血液輸送、透過または能動輸送による臓器における分布、代謝、尿または胆汁を介する排泄。
【0017】
本発明はまた、活性物質の投与量を決定するためのデバイス、特に前述の本発明の方法を用いる該デバイスであって、少なくとも1つの遺伝子配列特異的解析装置 (101)、該装置に接続した薬物動態モデル (108)を含むプログラムを伴うコンピュータユニット、患者データのための知識データベース (105)および入力モジュール (104)を有し、PBPKモデル (108)が薬物動態モデル (108)として使用されることを特徴とするデバイスに関する。
【0018】
非常に重要なADME関連タンパク質は以下である:
−代謝酵素: シトクロムP 450ファミリーのモノオキシゲナーゼ、排泄されるべき分子に極性基を連結するフェーズII酵素。
−能動輸送体: 多剤耐性 (P-糖タンパク質ファミリー) (MDR)、多剤耐性関連タンパク質(MRP)、有機アニオン輸送ポリペプチドファミリー (OATP)、有機アニオン輸送体ファミリー (OAT)、有機カチオン輸送体ファミリー (OCT)、新規有機カチオン輸送体ファミリー (OCTN)またはペプチド輸送体ファミリー (PepT)。
−血漿結合タンパク質: 特に、血清アルブミンおよび糖タンパク質。
【0019】
これらタンパク質の多くについて、様々な頻度で起こり、かつタンパク質の機能に、結果として活性物質のADME挙動に、多様な強い影響を有する遺伝コードにおける変異が知られている。
【0020】
しかしながら、ADME関連タンパク質を介する直接的影響に加えて、ADME挙動に重要なプロセスに間接的に影響する遺伝的に誘導される病理学的状態を通しても影響が生じる場合がある。そのような遺伝的素因もまた、活性物質の挙動との関係が研究されてPBPK/PDモデルにおいて説明可能な場合、遺伝子研究に含まれうる。
【0021】
遺伝子検査法 (101) 自体は、例えば、臓器組織における関連タンパク質の発現、関連RNA分子の転写を直接測定する方法であっても、あるいは体液サンプル由来のDNAのSNPを検出する方法であってもよい。バイオチップまたはPCRに基づく応用がここに関与することが好ましい。
【0022】
遺伝子検査の結果は、ADME関連プロセスに対する影響について必要な情報を得るため、検査特異的方法を用いて評価(102)される。例えば、タンパク質の発現レベルは直接測定されるが、DNA解析の場合は対応するタンパク質の機能または発現に対する効果が既知の関係を通して適宜測定される。遺伝子マーカー、例えばSNPもまた、患者を特定の群、例えば代謝の早い患者または遅い患者、に分類するために使用することができる。現在、患者を応答者/無応答者に、あるいは特定の薬物療法または薬物療法の群に関して副作用が予想される患者または予想されない患者に分類することを可能にする遺伝子マーカーを発見するための試みも行われている。このようにして得られるデータレコード (103)は、入力データとしてPBPK/PDモデル (108)に送られる。
【0023】
投与量計算に関連するさらなる患者特異的データ(104)は、手動で入力されるべきである。これらデータには、測定、調査または既往歴により発見されうる情報が含まれる。以下は幾つかの例である:体重または体表面積、体脂肪量、年齢、性別。これらのデータに基づき得られるPBPK/PDモデルのパラメータ値は、次の工程 (106)において、知識データベース (105)を用いて基本的関係から計算される。この知識データベースはまた、例えば、特定の疾患のADME関連プロセスに対する影響についての情報を含んでもよい。
【0024】
患者データの手動入力のためのモジュールの可能性ある態様の1つは、入力された情報に応じて動的に適合された方法にて他の必要な情報について訪ねるメニュー方式のユーザーインターフェースを有する入力デバイスでありうる。
【0025】
施すべき薬物療法のための活性物質特異的データは、ADME挙動のシミュレーションに必要とされ、別のデータベース (107)に保存される。これらのデータは、活性物質の生理学的および生化学的性質に依存する、PBPK/PDモデルに含まれるパラメータ値を含む。これらは、実験により直接、またはシミュレーションモデルを薬物動態学的および/または薬力学的データに適合させることにより、事前に決定される。これらデータの例は、臓器/血液分布係数、膜透過性、並びに代謝プロセスおよび能動輸送プロセスの速度定数である。
【0026】
システムの中央ユニットはPBPK/PDシミュレーションモデルであり、それにより体内濃度の実際の計算が行われる。PBPK/PDモデルの典型的構造を図2に示す。基本的手法は、体を個々のコンパートメントに細分すること、およびこれらコンパートメント間の活性物質の交換を質量保存方程式により説明することである。個々の臓器が便宜上コンパートメントとして選択される。それらの間の物質輸送が制限される場合、または濃度についての情報を別々に得る必要がある場合、おそらく臓器の一部もまたサブコンパートメントとして規定する必要があろう。
【0027】
これらの質量保存方程式は、一般的な微分方程式である。それらは典型的には以下の形式を有する:
【数1】

(式1)
Vx = 臓器 Xの容積
Cx = 臓器 Xにおける物質の濃度
Qx = 臓器 Xを通過する血流速度
Car = 動脈血を介して臓器に到達する物質の濃度
Kx = 平衡状態における血液と臓器 Xとの間の物質の分布計数
【0028】
これは、血流 Qxにより臓器に輸送される量、分布計数 Kxにより決定される血液と臓器組織との間の分布、および血流により再び臓器から外へ輸送される量により、臓器 Xにおける濃度変化を説明する。
【0029】
多くの医薬活性物質では、それらが血液を介して臓器に輸送されるよりも細胞膜を透過する方が遅いために、個々の臓器への分布が制限される。この場合、臓器は互いに膜で分離された各種のサブコンパートメントに分割されるべきであり、図3に対応するモデルが得られる。考慮すべきサブコンパートメントは、血漿容積 (301)、赤血球 (302)、臓器組織の間隙容積 (304)および臓器組織の細胞容積 (306)である。赤血球および臓器組織の細胞はそれぞれ膜(303)および(305)で閉じられており、活性物質分子はそれらを透過しなければならない。膜で閉じられたコンパートメントについては、Fickの第2法則による透過の項が物質輸送のための質量保存方程式に含まれなければならない。これらは通常以下の形式を有する:
【数2】

(式2)

【0030】
代謝および能動輸送の能動プロセスは、例えば、生化学反応の反応速度を説明するミカエリス・メンテン式と呼ばれる式によって説明されうる。能動輸送の包含は、前述のように透過制限モデルを前提とする。能動プロセスを包含する詳細な臓器モデルを図4に示す。1以上の代謝プロセス (401) が、元の物質の濃度の減少をもたらす。能動輸送プロセス (402)、(403)は、受動的透過プロセスと平行して、細胞膜を横切る活性物質分子の輸送をもたらすものとして説明される。これらプロセスについて、内部への流入(402)および外部への流出(403)が区別されなければならないことに注意する。式2は、図4に従い以下のように改変される。
【数3】

(式3)
(式中:

【0031】
より特化した機能を有する臓器、例えば胃腸管、腎臓または胆道もまた、同じ原理に従い説明される。通常このために、特異的な生理学的機能を説明するさらなるパラメータが考慮される必要がある。腸の場合、PxSAのような量の部位間での変動および腸内容物のpHもまた考慮する必要がある。
【0032】
個々のコンパートメントおよびサブコンパートメントについての式1から3により例示される質量保存方程式は、図2に示すダイアグラムにしたがい濃度 Cxを介して相互に連結される。これにより、既定の初期値について数的に解くことができる時間依存的微分方程式のシステムが生じる。この式のシステムの解は、モデルに含まれるすべてのコンパートメントについて濃度と時間の関係を与える。
【0033】
薬理効果を説明するため、活性物質の生物学的ターゲットを含むコンパートメントにおける濃度と時間の関係を、さらに薬力学的効果と結び付けることができる。典型的な効果関数(effect function)は、例えば以下である:
・双曲線またはシグモイドEmaxモデル:

Effect = 薬理効果パラメータ (時間依存的)
E0 = 薬理効果パラメータの基準値
Emax = 薬理効果の最大値
EC50 = 最大効果の50%が達成される濃度
Cx = 作用部位における濃度 (時間依存的)
γ = 形式パラメータ(form parameter)
・指数関数:

または対数線形モデル:

Effect = 薬理効果パラメータ (時間依存的)
E0 = 薬理効果パラメータの基準値
β = 濃度に応じて効果を増大させるためのパラメータ
Cx = 作用部位における濃度 (時間依存的)
γ = 形式パラメータ
・活性物質相互作用モデル、例えば、部分的または完全な拮抗作用など
・例えば複数の作用中心または受容体-伝達物質相互作用が説明されうる、前述のモデルの組み合わせ。
【0034】
次に、個人投与量の計算のためのシステム全体の操作の様式は以下の通りである。第1に、生理学または解剖学に依存するPBPK/PDモデルのパラメータの個人値を決定する必要がある。そのために、遺伝子検査 (101)の結果を評価し、発現または機能に関して正常集団からの逸脱が予測されるタンパク質を同定する (102)。続いて、これらタンパク質に関して、既知の保存された関係を用いて関連臓器について発現または効果を計算し、同様にvmaxおよびkm 値を計算する。入力された他の患者データ、例えば体重、体脂肪量、性別、年齢および所望により臨床像から、パラメータ V、Q、K、PxSA、および胃腸管、腎臓のような特定の臓器を説明するのに必要な他のパラメータを、知識データベース(105)に保存された関連関係を用いて決定する。このために、活性物質データベース (107)に保存された活性物質特異的パラメータの標準値を考慮し、続いてこれらを個人の状況に応じて改変する。細胞膜の組成や個々のコンパートメントのpH値のような性質に対する遺伝学的効果または病理学的に誘導される効果が透過性、PxSAおよび分布計数 Kにも影響しうる場合には、それらも考慮する必要がありうる。
【0035】
個人のパラメータのセットを決定した後、投与すべき活性物質の薬物動態のシミュレーションを、投薬スタンダードを用いて実行する。続いて、同じく知識データベースに保存されている活性物質および治療効果に依存するルールにしたがい、計算した濃度プロファイルおよび所望によりそこから得られる薬力学的効果を用いて、投与量の適合が必要か否かについて決定する。適合が必要な場合、より適する投与量を提案する。これは、薬物動態学または薬力学の投与量線形レジーム(dose-linear regime)が適用可能ならば、体内で達成されるべき最適投与量についての線形外挿法により決定される。そうでなければ、投与量をシミュレーションにおいて自動で段階的に変化せしめることにより最適投与量に合わせる。これらの最適化の結果はシステムから出力され、続いて投与量を確定するために使用可能である。
【0036】
図および表の記載
図1:個人投与量を決定するためのシステム全体の基本構造
図2:生理学に基づく薬物動態 (PBPK)シミュレーションモデルの構造のフローチャート
図3:PBPKモデルにおける臓器の構成
図4:PBPKモデルにおける能動輸送体および代謝プロセスの説明の原理
図5:エクソン26 (C3435T)にCC多型を有する患者の血漿における、シュミレーションによる濃度時間曲線 (線) と実験により決定された値(点)との比較
図6:エクソン26 (C3435T)にTT多型を有する患者についての濃度曲線(灰色の線)を図5に加えたもの
【0037】
表1:エクソン26 (C3435T)にCC多型を有する患者およびTT多型を有する患者における、ジゴキシン0.25 mgの投与についての実験Cmax値およびシミュレーションにより決定されたCmax値
表2:臓器容積および血流速度
表3:図3による臓器の構成
表4:ジゴキシンについての物質依存パラメータ
表5:ジゴキシンについての臓器特異的物質依存パラメータ
表6:腸壁におけるP-gpについてのミカエリス・メンテン定数
【0038】
実施例
活性物質の薬物動態に対する能動輸送体に関する遺伝的素因の影響がシミュレーションによりどのように説明できるかについて、以下に例を示す。
【0039】
最も広く研究され、文献に記載されている輸送タンパク質は、p-糖タンパク質 (P-Gp)であり、それは他の臓器に加えて、経口投与された活性物質の吸収に影響しうる消化管に特に発現する。関連遺伝子は、通常MDR1として特定される。MDR1には様々なアレルが存在し得、これらはその関連タンパク質に異なる活性をもたらすことが知られている ( Martin F. Fromm, The influence of MDR1 polymorphisms on P-glycoprotein expression and function in humans, Advanced Drug Delivery Reviews 54, 1295 (2002)参照)。 P-Gpについて、その基質である医薬活性物質の表が公開されている (例えば、 C. J. Matheny et al., Pharmacokinetic and Phaemacodynamic Implications of P-glycoprotein Modulation, Pharmacotherapy, 21, 778 (2001)参照)。そのような基質の一例がジゴキシンである。ジゴキシンについては、その経口吸収がMDR1遺伝子のいずれのアレルが存在するかに依存することが知られている( S. Hoffmeyer et al., Proc. Of the National Academy of Science USA, 97, 3473 (2000)参照)。
【0040】
正常に機能するMDR1配列を有する患者の血漿におけるジゴキシンの濃度時間曲線は、A. Johne et al., Clinical Pharmacology & Therapeutics, 66, 339 (1999)に開示されている。
【0041】
この濃度曲線をシミュレーションにより描く、図2に対応するPBPKモデルを構築した。このモデルでは、腸管壁の受動的透過性に加えて、腸管内腔の方向への能動輸送プロセスもまた腸からの物質の吸収に含まれる。表2から6に挙げるパラメータ値を用いると、シミュレーションモデルは実験により決定した血漿濃度曲線をほぼ正確に表示する (図5)。
【0042】
該当する場合、表2から6に与えられるパラメータセットが活性物質情報のデータベース (107)に保存される。例えば異なるMDR1配列の影響は、これにより影響されるシミュレーションモデルのパラメータを、それに相応するように変化させることによって評価することができる。この変化は、「パラメータ決定」工程(106)において発現データ (103)を考慮する際になされる。
【0043】
腸壁におけるP-Gpの発現レベルがMDR1多型に応じて測定されたデータレコードの例は、S. Hoffmeyer (2000)に見られる。発現レベルは後に、輸送プロセスの最大速度Vmaxを決定する。それ故、該当する場合、知識データベース (105)には各種多型の遺伝子配列への相対Vmax値の割り当てが含まれ、それは活性物質情報のデータベース(107)からの物質特異的絶対Vmax値を用いてPBPKモデル (108)にて使用されるパラメータに変換される。
【0044】
S. Hoffmeyer et al., (2000) には、ジゴキシンの薬物動態に対する各種多型の影響についてのさらなるデータが含まれる。例えば、表1に挙げるCmax値 (最大血漿濃度)は、エクソン26 (C3435T)における多型について与えられる。
【0045】
「野生型」(C3435T)について示した上記シミュレーションに基づきホモ接合型TTをシュミレートすることができ、これはより低い発現レベルにしたがいVmaxを51%まで減少させることによってなされる。対応する結果を図6に示す。シミュレーションにおいて得られたCmaxの45%の増加は、実験により観察された30%の増加によく一致する(表1参照)。
【0046】
該当する場合、TT型のシミュレーションの結果得られるCmax値を活性物質情報のデータベース (107)に含まれる安全性臨界値(safety-critical value)と比較し、減少させた投与量を適宜提案した。例えば、薬物動態特性が安全な範囲に入るまで投与量を繰り返し変化させてシミュレーションを行う。投与量に対する線形依存性が確実に存在する場合、投与量の提案は線形外挿法によっても決定することができる。
【0047】
【表1】

【0048】
【表2】

【0049】
【表3】

【0050】
【表4】

【0051】
【表5】

【0052】
【表6】

【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】個人投与量を決定するためのシステム全体の基本構造。
【図2】生理学に基づく薬物動態 (PBPK)シミュレーションモデルの構造のフローチャート。
【図3】PBPKモデルにおける臓器の構成。
【図4】PBPKモデルにおける能動輸送体および代謝プロセスの説明の原理。
【図5】エクソン26 (C3435T)にCC多型を有する患者の血漿における、シュミレーションによる濃度時間曲線 (線) と実験により決定された値(点)との比較。
【図6】エクソン26 (C3435T)にTT多型を有する患者についての濃度曲線(灰色の線)を図5に加えたもの。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
遺伝子解析に基づき少なくとも1つの活性物質の投与量を決定する方法であって、以下の工程を含む方法:
a) 遺伝子配列特異的解析装置、特に配列特異的センサー、による特定の遺伝子配列の解析 (101)、または定量的RNA特異的検出法によるRNA転写もしくはタンパク質解析装置によるタンパク質発現の直接的測定のいずれかを介するタンパク質の発現の測定、
b)ヒトまたは動物の体の生理学的機能、特に体内における活性物質の代謝、吸収、排泄または分布に影響する生理学的機能、への該遺伝子配列の割り当て、
c)生理学に基づく薬物動態モデル (PBPKモデル) (108)への遺伝子データおよび割り当てデータの送達、
d)活性物質特異的データのPBPKモデル(108)への入力、
e)特徴的患者データ、所望により体の直接測定により得られる該データ、の入力、
f)知識データベースに含まれる情報を用いる、PBPKモデルに必要とされる生理学的影響パラメータの該患者データからの計算、および該パラメータのPBPKモデル(108)への送達、
g) PBPKモデル(108)を用いる、工程c)、d)およびf)のデータからの個人投与量の計算。
【請求項2】
遺伝子配列が以下のリストのタンパク質に関する配列から選択されることを特徴とする、請求項1記載の方法:代謝酵素、特にシトクロムP 450ファミリーのモノオキシゲナーゼ、排泄されるべき分子に極性基を連結するフェーズII酵素、能動輸送体、特に多剤耐性タンパク質、例えばP-糖タンパク質ファミリーもしくは多剤耐性関連タンパク質 (MRP) もしくは有機アニオン輸送ポリペプチドファミリー (OATP) もしくは有機アニオン輸送体ファミリー (OAT) もしくは有機カチオン輸送体ファミリー (OCT) もしくは新規有機カチオン輸送体ファミリー (OCTN) もしくはペプチド輸送体ファミリー (PepT)、または血漿結合タンパク質、特に血清アルブミンおよび糖タンパク質。
【請求項3】
活性物質特異的データが以下のリストから選択される、請求項1または2に記載の方法:臓器/血液分布係数、膜透過性、代謝プロセスおよび/または能動輸送プロセスの速度定数。
【請求項4】
工程e)の特徴的患者データが以下のリストから選択される、請求項1から3のいずれかに記載の方法:体重、体表面積、体脂肪量、年齢または性別。
【請求項5】
工程f)の生理学的影響パラメータが以下のリストから選択される、請求項1から4のいずれかに記載の方法:臓器 Xからの血流速度 Qx、臓器 Xの容積 Vx、または臓器 Xについての透過性と表面積の積(PxSAx)。
【請求項6】
PBPKモデルが少なくとも以下の機能をシュミレートするシミュレーションプログラムである、請求項1から5のいずれかに記載の方法:腸管吸収血液輸送、透過または能動輸送による臓器における分布、代謝、尿または胆汁を介する排泄。
【請求項7】
活性物質の投与量を決定するためのデバイス、特に請求項1から6のいずれかに記載の方法を用いる該デバイスであって、少なくとも1つの遺伝子配列特異的解析装置 (101)、該装置に接続した薬物動態モデル (108)を含むプログラムを伴うコンピュータユニット、患者データのための知識データベース (105)、および入力モジュール (104)を有し、PBPKモデル (108)が薬物動態モデル (108)として使用されることを特徴とするデバイス。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2007−510970(P2007−510970A)
【公表日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−529998(P2006−529998)
【出願日】平成16年9月21日(2004.9.21)
【国際出願番号】PCT/EP2004/010560
【国際公開番号】WO2005/033334
【国際公開日】平成17年4月14日(2005.4.14)
【出願人】(504109610)バイエル・テクノロジー・サービシーズ・ゲゼルシャフト・ミット・ベシュレンクテル・ハフツング (75)
【氏名又は名称原語表記】Bayer Technology Services GmbH
【Fターム(参考)】