説明

流体測定方法および装置

【課題】感圧塗料による圧力場の測定と可視性の粒子による速度場の測定を、それぞれの測定の精度を損なうことなく同時に行うことを可能とし、同一事象における複数時刻の時間方向に相関のある圧力場と速度場の情報を取得し、その因果関係を明確にすることを可能とすること。
【解決手段】流体に接する物体表面の圧力分布を感圧塗料によって光学的に測定する圧力場測定工程と、流体内に可視性の粒子を散布して流体の空間挙動を光学的に測定する速度場測定工程とを同時に行い、同一事象に対する圧力場と速度場の情報を時間方向で相関した情報として取得すること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、流体の動的特性を測定する方法および装置に関するものであり、特に、自動車や鉄道等の陸上輸送機および航空宇宙分野の風洞実験に適した流体測定方法および装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、流体の動的特性を測定するものとして、流体に接する物体表面の圧力分布を測定することで流体によりもたらされる圧力場を測定したり、流体内に光学的に発光または散乱光を観察可能な粒子(可視性の粒子)を散布して可視化し、流速や流れ方向等の空間挙動を測定するものが知られている。
例えば、圧力場の測定に関し、流体の圧力に応じた酸素濃度の変化で発光強度が変化する感圧塗料(Pressure-Sensitive paint: PSP)を用いた気流中の非定常圧力場測定が、自動車や鉄道等の陸上輸送機および航空宇宙分野の風洞実験において注目されている。
この測定技術は、感圧塗料に含まれた色素の発光強度が酸素により消光する現象を利用したものである。
高速応答型の感圧塗料と、高速度カメラと高強度レーザ光源を組み合わせることにより、数kHzのサンプリングレートでの非定常圧力場測定が可能となってきている(例えば特許文献1等参照。)。
【0003】
また、空間挙動の測定に関しても、数10kHzのサンプリングレートによる時系列空間流速場の測定が、時系列粒子画像流速測定法(Time-Resolved Particle Image Velocimetry)等により可能となってきている。
この測定技術は、気流中に散布した粒子をレーザとカメラにより可視化し、その移動速度を画像から算出することで気流速度を求める手法である。
この手法も、自動車や鉄道等の陸上輸送機および航空宇宙分野の風洞実験において注目されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−28650号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記のような公知の流体の動的特性の測定技術は、個々に精緻に測定することは可能であるが、圧力場と速度場の両方を測定する場合、感圧塗料により圧力場を測定し、その後に粒子画像流速測定法により速度場を測定するというように、圧力場と速度場を各々別々の試験において測定していた。
すなわち、それぞれの測定は、それぞれ最適化された環境と独自の測定装置で行なう必要があり、同一事象に対して同時に行うことは困難であった。
具体的には、速度場の測定で使用される粒子は、アルコール粒子、油滴粒子、アルミナや二酸化チタンなどの固体粒子に大別されるが、アルコール粒子は感圧塗料を溶かし、油滴粒子は感圧塗料表面に付着し酸素透過性を阻害し、固体粒子は静電気等により感圧塗料に付着し励起光および発光測定を妨げるとともに、感圧塗装面を物理的に破壊するため、これらの粒子の存在下では感圧塗料による圧力場の測定を精度良く行うことはできず、各々別々の試験において測定せざるを得なかった。
【0006】
また、可視性の粒子の散布による速度場の測定で使用するレーザ等の光源の投射光および粒子からの散乱光または発光と、感圧塗料による圧力場の測定で使用する感圧塗料に投射する励起光および感圧塗料からの発光がそれぞれ干渉する虞があり、感圧塗料による圧力場の測定と可視性の粒子の散布による速度場の測定の両者で精度が確保できず、同時に行うことが困難な要因となっていた。
そして、別々の試験で得られた圧力場と速度場の測定結果では、時間方向の圧力場と速度場の相関情報を付加情報なしに直接的には得られないことから、特に時間的に変動する現象の流体の動的特性の測定において、圧力場と速度場の因果関係を明確にすることは困難であった。
【0007】
そこで、本発明は、感圧塗料による圧力場の測定と可視性の粒子による速度場の測定を、それぞれの測定の精度を損なうことなく同時に行うことを可能とし、時間的に変動する現象であっても、同一事象における複数時刻の時間方向に相関のある圧力場と速度場の情報を取得し、その因果関係を明確にすることを可能とする流体測定方法および装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本請求項1に係る発明は、流体の動的特性を測定する流体測定方法であって、流体に接する物体表面の圧力分布を感圧塗料によって光学的に測定する圧力場測定工程と、流体内に可視性の粒子を散布して流体の空間挙動を光学的に測定する速度場測定工程とを有し、前記感圧塗料を流体の圧力に応じた酸素濃度の変化で発光強度が変化するものとし、前記可視性の粒子を昇華性粒子とし、前記圧力場測定工程および速度場測定工程を同時に行い、同一事象に対する圧力場と速度場の情報を時間方向で相関した情報として取得することにより、前記課題を解決するものである。
【0009】
本請求項2に係る発明は、請求項1に係る流体測定方法の構成に加え、前記速度場測定工程における粒子の可視化のための光源の投射光、粒子からの散乱光または発光、前記圧力場測定工程における感圧塗料の励起のための光源の投射光および感圧塗料の発光の、それぞれの光学的干渉の影響を排除する干渉排除工程を有することにより、前記課題を解決するものである。
【0010】
本請求項3に係る発明は、請求項2に係る流体測定方法の構成に加え、前記干渉排除工程が、光学フィルタにより行われることにより、前記課題を解決するものである。
【0011】
本請求項4に係る発明は、請求項2または請求項3に係る流体測定方法の構成に加え、前記干渉排除工程が、前記圧力場測定工程および速度場測定工程の演算処理により行われることにより、前記課題を解決するものである。
【0012】
本請求項5に係る発明は、流体の動的特性を測定する流体測定装置であって、流体に接する物体表面に設けられ、流体の圧力に応じた酸素濃度の変化で発光強度が変化する感圧塗料と、流体内に可視性の昇華性粒子を散布する粒子散布手段と、前記感圧塗料に励起用の光を投射する励起光源と、前記感圧塗料の発光を測定する圧力場測定手段と、前記昇華性粒子を可視化するための光を投射する可視化光源と、前記昇華性粒子からの散乱光または発光を測定する速度場測定手段と、前記圧力場測定手段および速度場測定手段の同一事象に対する測定情報を時間方向で相関した情報として取得する情報取得手段とを有することにより、前記課題を解決するものである。
【0013】
本請求項6に係る発明は、請求項5に係る流体測定装置の構成に加え、前記圧力場測定手段が、前記可視化光源の投射光を直接受光せず、前記速度場測定手段が、前記励起光源の投射光を直接受光しないよう、それぞれ配置され、前記速度場測定手段および圧力場測定手段が、それぞれ観察すべき光以外を低減する光学フィルタを備えていることにより、前記課題を解決するものである。
【発明の効果】
【0014】
本請求項1に係る流体測定方法および本請求項5に係る流体測定装置によれば、可視性の粒子を昇華性粒子として圧力場測定および速度場測定を同時に行うことによって、昇華性粒子が感圧塗料に接触すると即座に昇華して気体となるため、感圧塗料を溶かすことがなく、付着することもなく、また、物理的に破壊することもない。
このことで、感圧塗料による圧力場の測定と可視性の粒子による速度場の測定を、それぞれの測定の精度を損なうことなく同時に行うことが可能となり、かつ、時間的に変動する現象であっても、同一事象における複数時刻の時間方向に相関のある圧力場と速度場の情報を取得し、その因果関係を明確にすることができる。
【0015】
本請求項2および本請求項6に記載の構成によれば、光学的干渉の影響を排除することで、圧力場測定と速度場測定の両者の精度をさらに向上させて同時に行うことが可能となり、時間的に変動する現象であっても、同一事象における複数時刻の時間方向に相関のある圧力場と速度場の情報を取得し、その因果関係をさらに明確にすることができる。
本請求項3および本請求項6に記載の構成によれば、光学フィルタによって、測定時の干渉排除工程の処理負担を軽くし、正確に光学的干渉の影響を排除することができる。
本請求項4に記載の構成によれば、光学フィルタがない状態あるいは光学フィルタによって排除し切れない光学的干渉の影響を演算処理によって排除することが可能となり、圧力場測定と速度場測定の両者の精度がさらに向上する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の1実施態様である流体測定装置の(a)側方から見た概略説明図、(b)矩形ダクト部近傍を上方から見た概略説明図。
【図2】本発明の1実施例で測定した擬似衝撃波の模式図。
【図3】本発明の1実施例の粒子散布ノズルの説明図。
【図4】本発明の1実施例の同期システムの概略図。
【図5】本発明の1実施例の同期システムの同期タイミングの説明図。
【図6】本発明の1実施例の感圧塗料測定校正の工程説明図。
【図7】本発明の1実施例の粒子の散乱光画像。
【図8】本発明の1実施例で測定した圧力場の分布画像および速度場のベクトル画像。
【図9】非定常圧力センサと感圧塗料測定の圧力分布の比較図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の流体測定方法は、流体の動的特性を測定する流体測定方法であって、流体に接する物体表面の圧力分布を感圧塗料によって光学的に測定する圧力場測定工程と、流体内に可視性の粒子を散布して流体の空間挙動を光学的に測定する速度場測定工程とを有し、前記感圧塗料を流体の圧力に応じた酸素濃度の変化で発光強度が変化するものとし、前記可視性の粒子を昇華性粒子とし、前記圧力場測定工程および速度場測定工程を同時に行い、同一事象に対する圧力場と速度場の情報を時間方向で相関した情報として取得するものであって、感圧塗料による圧力場の測定と可視性の粒子による速度場の測定を、それぞれの測定の精度を損なうことなく同時に行うことを可能とし、時間的に変動する現象であっても、同一事象における複数時刻の時間方向に相関のある圧力場と速度場の情報を取得し、その因果関係を明確にすることを可能とするものであれば、その具体的な実施態様はいかなるものであっても良い。
【0018】
本発明の流体測定装置は、流体の動的特性を測定する流体測定装置であって、流体に接する物体表面に設けられ、流体の圧力に応じた酸素濃度の変化で発光強度が変化する感圧塗料と、流体内に可視性の昇華性粒子を散布する粒子散布手段と、前記感圧塗料に励起用の光を投射する励起光源と、前記感圧塗料の発光を測定する圧力場測定手段と、前記昇華性粒子を可視化するための光を投射する可視化光源と、前記昇華性粒子からの散乱光または発光を測定する速度場測定手段と、前記圧力場測定手段および速度場測定手段の同一事象に対する測定情報を時間方向で相関した情報として取得する情報取得手段とを有するものであって、感圧塗料による圧力場の測定と可視性の粒子による速度場の測定を、それぞれの測定の精度を損なうことなく同時に行うことを可能とし、時間的に変動する現象であっても、同一事象における複数時刻の時間方向に相関のある圧力場と速度場の情報を取得し、その因果関係を明確にすることを可能とするものであれば、その具体的な実施態様はいかなるものであっても良い。
【0019】
本発明に係る流体測定方法および流体測定装置の一実施態様を説明する。
流体測定装置100は、図1に概略的に示すように、矩形ダクト101の一方の端部にバルブ103を介して吸引手段102を接続し、他方の端部に粒子供給容器108を介して気流形成ノズル104を接続して、矩形ダクト101内を測定すべき流体の圧力場と速度場を形成する風洞とするように構成されている。
気流形成ノズル104には気体供給手段105から測定すべき流体となる気体が供給されるとともに、気流形成ノズル104の上流に設けられた粒子供給容器108には粒子散布ノズル107が設けられ、通過する気体に速度場を光学的に測定するための昇華性粒子131が散布される。散布される昇華性粒子131は、粒子供給タンク106から供給される。
【0020】
矩形ダクト101は、少なくとも隣接する2面がアクリル樹脂等の透明の材質で形成され、少なくとも対向面と隣接面が透明である面の内面側には感圧塗料111が塗布されている。
矩形ダクト101の外部周囲には、感圧塗料111に励起用の光を矩形ダクト101内に投射する励起光源113、感圧塗料111の発光を測定する圧力場測定手段である高速度カメラ112、昇華性粒子131を可視化するための光を矩形ダクト101内に投射する可視化光源121、昇華性粒子131からの散乱光または発光を測定する速度場測定手段である高速度カメラ122が配されている。
励起光源113、圧力場測定手段である高速度カメラ112および速度場測定手段である高速度カメラ122は、図1(b)に示すように、感圧塗料111が塗布された面と対向する透明な面の外側に配置され、可視化光源121は、図1(a)に示すように、感圧塗料111が塗布された面と隣接する透明な面の外側に配置されている。
【0021】
圧力場測定工程は、測定対象に想定される非定常現象の周波数よりも十分に高速応答かつ十分な発光量を生じさせうる感圧塗料111と、十分な空間解像度を持ち時系列に連続に多数の画像を取得することが可能な高速度カメラ112からなる圧力場測定手段と、高速応答型の感圧塗料111に含まれる感圧色素の吸収線波長を含む十分に励起光量の大きい励起光源113とを用いる。
感圧塗料111の発光と励起光源113が投射する感圧塗料111の励起光は、それぞれ光学的に分離可能な光とし、かつ、後述する速度場測定工程で使用する可視化光源121の投射光と昇華性粒子131からの散乱光または発光とも光学的に分離可能な光とする。
高速度カメラ112には、感圧塗料111からの発光以外の光を除去する光学フィルタ114を設置し、感圧塗料111の発光を選択的に取得するとともに、速度場測定工程に起因する光の影響を除去する。
【0022】
これらの手段を用いて、静的かつ既知の圧力場の複数条件について、感圧塗料111を施した測定対象発光画像を取得し、既知の圧力情報と、取得した発光画像の関係を使用することで、測定対象とする感圧塗料111の圧力測定のための校正式を得る。
感圧塗料111の吸収する波長域に、速度場測定工程の可視化光源121または粒子131からの散乱光または発光の波長が存在する場合は、これらの光を測定時と同一または可能な範囲で類似の条件で発生させ、測定対象とする感圧塗料111の圧力測定のための校正式および基準画像を得る。
【0023】
速度場測定工程は、流体現象が変化しないと仮定できる程度に極短時間の時間間隔で連続的に2発以上の照射が可能であり、かつ測定対象に想定される非定常現象の周波数よりも十分に高周波でその2発一組のレーザ照射を連続的に可能で、かつ十分な輝度を有する高繰り返しレーザ照射によってシート状のレーザ照射光を形成可能なレーザ発振手段からなる可視化光源121を用い、投射されるレーザ照射光により測定対象領域を気流と共に通過する昇華性粒子131を照射する。
照射されたレーザ照射光の粒子131からの散乱光または発光は、十分な空間解像度を持ち、時系列に連続に多数の画像を取得でき、かつ高繰り返しレーザと同期を取ることが可能な高速度カメラ122からなる速度場測定手段を用いて撮影する。
粒子131を照射するレーザ光および昇華性粒子131からの散乱光または発光は、励起光源113が投射する感圧塗料111の励起光および感圧塗料111の発光と光学的に分離可能なものとする。
【0024】
高速度カメラ122には、昇華性粒子131の散乱光または発光以外を除去する光学フィルタ123を設置し、昇華性粒子131の散乱光または発光を選択的に取得する。
気流中に散布される昇華性粒子131は、感圧塗料111の表面を汚染せず、圧力場測定工程を妨げないドライアイス等の粒子を用いる。
昇華性粒子131の供給および散布においては、単一系統または複数系統の供給系を使用する。粒子散布ノズル107は、昇華性粒子131の直径を変更可能とし、かつ一様な昇華性粒子131の散布を可能とする単一孔または多孔を有するものとする。
【0025】
昇華性粒子131の一部が気流中で昇華し、測定対象とする気流の物理条件が変化する場合に備えて、気流の総温、総圧、組成、音速などの物理量を測定可能とする測定系を設置し、これらの物理量を測定し、気流条件の変化量を測定後に補正可能とする。
測定対象となる気流は、昇華性粒子131を使用することによる気流変化の影響をあらかじめ予測でき、かつ、その影響を最小とするように水分の凝縮の影響を抑制できる乾燥気体を使用する。
この乾燥気体は、組成変化による流体物理量の影響を考慮し、レイノルズ数およびマッハ数等の目的とする流体現象を支配する無次元数を目的の条件と同一または類似とする気体組成、総温および総圧を有する混合気体であり、気体供給手段105に蓄えられ、あるいは生成される。
【実施例】
【0026】
次に、本発明に係る流体測定方法および流体測定装置の具体的な一実施例について以下に説明する。
<測定対象>
図2に示すような擬似衝撃波と呼ばれる超音速流中の衝撃波群を対象として、壁面圧力場と空間速度場を測定した。矩形ダクト101の一面を感圧塗料111にて塗装し、圧力場を測定した。圧力場を測定した壁面と平行であり、かつ、矩形ダクト101の中央を通る断面を対象として速度場を測定した。
【0027】
<実験装置>
本実施例の、非定常感圧塗料測定と時系列粒子画像流速測定を同時に行ったシステムにおいては、図1に示す上述した一実施態様の流体測定装置100の、気体供給手段105としてエアーバック、気流形成ノズル104として超音速ノズル、吸引手段102として真空タンクを用いた。
粒子供給タンク106を二酸化炭素ボンベとし、粒子散布ノズル107から散布される昇華性粒子131をドライアイスの微粉末とした。
最上流のエアーバックは、乾燥空気を充填するためのものである。湿り空気を使用する場合、ドライアイス供給時に、湿り空気中の水分が凝縮し測定の妨げとなることから、乾燥空気を使用した。粒子供給容器108には、2系統の粒子供給系を設置した。超音速ノズルは設計マッハ数が2.0である。
【0028】
測定部の矩形ダクト101の上板は金属製であり、底板と2枚の側板のうちカメラ側の1枚は透明アクリル製である。残りの側板は金属製とし、内面側に高速応答型の多孔質タイプの感圧塗料111を塗装した。
下流のバルブ103は手動式のバタフライバルブである。このバルブ103を開けることで、エアーバック中の乾燥空気および供給したドライアイスが超音速ノズルを通過して加速される。加速された気流は、測定部の矩形ダクト101を通過して真空タンクに吸い込まれる。
【0029】
<感圧塗料測定系>
感圧塗料測定系は、上述の感圧塗料111の塗装面に加え、励起光源113と圧力場測定手段である高速度カメラ112より構成される。
感圧塗料111の塗装面は、以下のように製作した。使用した板材はAl−Mg合金(A5052)である。この板材を陽極として、酸性電解液(硫酸、シュウ酸、リン酸)中で通電した。このようにして、表面をアルマイト加工することで、板材表面に陽極酸化アルミニウム皮膜を形成した。陽極酸化処理後、模型表面の水和物を除去するために、板材をリン酸溶液中に浸漬した。さらに、リン酸を取り除くために、蒸留水への浸漬を数度行った。感圧塗料色素には、[Ru(dpp)2+を使用し、ジクロロメタンを溶媒として、感圧塗料色素を含む溶液を作成した。上記の処理を施した板材をこの感圧塗料色素を含む溶液に浸漬することで、感圧塗料色素を板材に吸着させた。乾燥させた後、ステアリン酸をヘキサンに溶かした溶液に、感圧色素を吸着させた板材を浸漬することで疎水化処理を施した。
【0030】
励起光源113には、後述する粒子画像流速測定法で使用する光源とは異なる波長の光を使用した。感圧塗料測定用の励起光源113は、発光波長が450から455nmである半導体レーザを使用した。リキッドライトガイドに接続された照射器から、測定部である矩形ダクト101の側壁の透明アクリル窓を通して感圧塗料111の塗装された壁面を照射した。
感圧塗料111からの発光を測定する高速度カメラ112は、レンズ(Nikkor 50 mm f/1.2、Nikon)を装着したCMOS高速度カメラ(Phantom V7.3、 Vision research)を用い、感圧塗料111の発光以外の光を除去するための光学フィルタ114として、バンドパスフィルタ(O58フィルタ)をレンズ前面に取り付けた。
【0031】
<粒子画像流速測定系>
粒子画像流速測定系は、昇華性粒子131としてドライアイス粒子をトレーサ粒子とする粒子供給系、トレーサ粒子を可視化するためのシート状のレーザ照射光を投射するレーザシート系、トレーサ粒子からの散乱光または発光を測定する速度場測定手段である高速度カメラ122より構成される。
粒子供給系は、粒子供給タンク106である液化二酸化炭素ボンベ、粒子供給容器108、粒子散布ノズル107より構成した。
粒子散布ノズル107は、図3に示すように、微小孔134を有する噴射器132および該噴射器132下流部の金属管133より構成される。本実施例では、液化二酸化炭素を直径1mmの微小孔134より噴射させることでドライアイス粒子を供給した。直径1mmの微小孔134の下流には、多数の側孔135を有する金属管133を設置した。この金属管133を設置することにより、ドライアイス粒子の成長を促すことができ、また、気流へ一様に散布することも可能となる。
【0032】
レーザシート系の可視化光源121には、感圧塗料111の発光波長とは異なる532nmの高繰り返しダブルパルスネオジムヤグ(Nd:YAG)レーザ(10kHz時の定格出力10mJ/pulse、LDP-200MQG DUAL DIODE PUMPED LASER、LEE LASER)を使用した。本可視化光源121は、2つのレーザヘッドを有し、それぞれのレーザヘッドより短い時間間隔でレーザ光を照射することで、短い時間間隔で2発のレーザ光を照射することができる。シリンドリカルレンズを含むレンズ系によりシート状のレーザ照射光を形成し、透明アクリルである矩形ダクト101の底板より照射した。
シート状のレーザ照射光によって照射されるドライアイス粒子からの散乱光を測定する高速度カメラ122は、レンズ(Nikkor 105mm f/2、 Nikon)を装着したCMOS高速度カメラ(Phantom V710、 Vision research)を用いた。
レンズ前面に、感圧塗料111測定の励起光および発光を除去するための光学フィルタ123として、干渉フィルタ(532nm透過)を装着しドライアイス粒子からの散乱光を選択的に高速度カメラ122にて撮影した。
【0033】
<同期システム>
図4に、感圧塗料測定系(PSP)と粒子画像流速測定系(PIV)の同期システムの概略図を示す。
粒子画像流速測定法は、その方式が複数存在し、方式ごとに、カメラとレーザの同期方法が異なるが、本実施例では、1フレームに1露光となる連続した2フレームを撮影する方式で粒子画像を撮影した。信号発生器である高速度カメラ同期信号装置(High speed controller)より、4系統の信号を発生する。
1系統目は、粒子画像流速測定システムの1時刻目のレーザに向かう信号(Q1)である。この信号は、途中遅延信号発生器(DG535)において2系統に分岐される。遅延発生器より分岐された1系統は遅延されることなくLaser1に入力される。残りの1系統には、遅延信号発生器により遅延された信号を出力する。この遅延された信号は、感圧塗料測定用のカメラの同期信号として入力される。
高速度カメラ同期信号装置より出力される2系統目(Q2)は、直接Laser2に入力される。高速度カメラ同期信号装置より出力される2系統(Q1、Q2)により、2発で一組のレーザの発振間隔は設定される。
【0034】
高速度カメラ同期信号装置より出力される3系統目(cam1)は、粒子画像流速測定法用カメラの同期信号として入力される。この3系統(Q1、 Q2、 cam1)により、粒子画像流速測定法用カメラとレーザの同期が取られる。また、遅延発生器より分岐した感圧塗料測定用カメラに向かう遅延信号とこれら3系統(Q1、 Q2、 cam1)により、粒子画像流速測定系と感圧塗料測定系の同期が取られる。
高速度カメラ同期信号装置より出力される4系統目(Trigger)は、測定開始のタイミングを入力する信号である。実施例では、試験部の圧力値をトリガーとするために、圧力測定系の電圧信号を基準として信号発生器(Pulse Generator)よりトリガー信号を発生させ、その信号と元に、高速度カメラ同期信号装置より測定開始のトリガー信号を発生した。これらの信号は3分岐され、1系統は粒子画像流速測定用カメラに、1系統は感圧塗料測定用カメラに、最後の1系統は記録用としてデータ記録用ロガー(WE7000)に送られる。
【0035】
感圧塗料測定用カメラと粒子画像流速測定用カメラの撮影画像は、イーサネット(登録商標)ケーブルを介してそれぞれの測定用PCに送られる。
図5は、上述の同期システムによって実現した感圧塗料測定カメラ(PSP CAMERA)と粒子画像流速測定用カメラ(PIV CAMERA)と2台のレーザ(LASER1、LASER2)の同期タイミングを示している。線の立ち上がっている時間が、カメラに関しては露光時間を表し、レーザに関しては発光している時間を表す。
【0036】
<感圧塗料測定校正方法およびデータ処理方法>
感圧塗料測定の校正係数の導出は以下の手順で行った。まず、励起光および照明のない状態にて感圧塗料塗装面の画像を撮影する。これをダーク画像と呼ぶ。その後、測定部の圧力を10kPa間隔で真空ポンプおよび乾燥空気により変化させる。それぞれの圧力条件下において、励起光源を照射し、感圧塗料塗装面の発光画像を撮影する。これを10kPaから大気圧までの約10点について行う。
撮影した発光画像から、ダーク画像を減じ、ノイズ成分の除去を行う。ダーク画像を減じた各圧力下の発光画像群を平均化処理する。これら平均発光画像の大気圧状態(Pref)の発光強度画像を基準発光強度画像(Iref)とする。各圧力時の平均の発光強度画像(I)で基準発光強度画像(Iref)を除し、両者の強度比画像(Iref/I)を得る。得られた感圧塗料発光強度画像と測定時の圧力データを利用し、校正係数の算出を行う。各発光強度画像とダーク画像は、200枚の画像を取得し平均化することで得た。発光強度比と圧力の関係は、スタン−ボルマー(Stern−Volmer)式で表される。校正においては、スタン−ボルマー式を圧力について変形した式の係数部を校正時の既知の圧力と発光強度比から求めた。測定においては、発光強度比を測定し、発行強度比から変形した式に基づき圧力場を求めた。
校正式を得る行程を図6に示す。本実施例においては、測定部内での校正係数のばらつきも考慮し、図6の行程に基づき、一定領域ごとに校正係数を求めた。
【0037】
測定においては、まず、大気圧下で、ダーク画像、基準発光強度画像(Iref)を撮影した。粒子画像流速測定で使用するレーザ光が、感圧塗料の吸収帯域に入ることから、基準発光強度画像を撮影する際には、感圧塗料測定の励起光に加え、粒子画像流速測定のシート状のレーザ照射光も照射して基準発光強度画像(Iref)を撮影した。その後、風洞を始動させ、通風画像(I)を撮影した。ダーク画像を基準発光強度画像(Iref)と通風画像(I)から減じた後、基準発光強度画像(Iref)と通風画像(I)の強度比(Iref/I)を求めた。この強度比から圧力を算出した。
【0038】
<粒子画像流速測定データ処理方法>
粒子画像流速測定では、図7のような粒子の散乱光画像を取得した。トレーサ粒子を流さず、シート状のレーザ照射光のみを照射した状態で測定部を撮影した画像を背景画像とした。粒子の散乱光画像から、この背景画像を減じたものを対象に処理を行った。1時刻目の画像から64pixel×64pixelの領域を切り出し、2時刻目の同領域の画像と相関法によりパターンマッチングを行った。最も相関値が高くなる移動量を粒子の移動距離とした。この移動距離を1時刻目と2時刻目のレーザ照射の時間間隔で割ることにより、粒子の移動速度を算出した。
【0039】
<結果>
図8に、感圧塗料測定系と粒子画像流速測定系の複合システムによって測定した圧力場と速度場を時刻順に図8(a)から図8(d)に示す。上段の分布図は圧力場を表し、下段のベクトル図は速度場を表す。測定開始時刻を0sとして、圧力場と速度場の測定時刻を図の左上に示す。気流は左から右に流れている。圧力分布は、実際はカラー画像であり、色が赤に近い(右よりの濃度の色)ほど圧力が高く、青に近い(左よりの濃度の色)ほど圧力が低いことを示す。時間の経過と共に、下流側から圧力が上昇していることが分かる。また、圧力変化の切り替わりは明瞭であり、衝撃波によって圧力が変化していることがうかがわれる。
下段の速度ベクトル図は、実際はカラー画像であり、色が赤に近いほど高速であることを表し、青に近いほど低速であることを示す(図8(a)の中心付近の濃い色が赤、図8(d)の上下端付近の濃い色が青である。)。T=1.0000sにおいては、ほぼ全領域において、ベクトルの色は赤であり、超音速気流であることが分かる。同時刻の圧力分布では、同位置においても、圧力上昇を見られる。
速度ベクトルのデータから、壁面において圧力上昇があっても、ダクト中央部は高速気流が流れており、衝撃波はダクト中央部の速度場測定領域には達していないことが分かる。T=1.565sに達すると、速度ベクトル図においても、図中右側の下流に衝撃波が存在し、衝撃波と干渉した壁面近傍の境界層がはがれ、低速領域が存在していることが分かる。さらに時刻が進むと、図8(c)や図8(d)のように、ベクトルの色は緑色(中心付近の明るい色)に切り替わり、気流速度は圧力とは反対に低下することが分かる。
【0040】
感圧塗料測定の応答特性が、ドライアイス粒子によって失われていないことを示すために、図9に非定常圧力センサ(Kulite社製)と感圧塗料測定の圧力分布の比較を示す。図9において縦軸は、大気圧で無次元化した壁面圧力を表し、横軸は、測定時刻を表す。濃い線(上方側で遷移する)は非定常圧力センサの測定結果であり、薄い線(下方側で遷移する)は感圧塗料測定の結果である。一部拡大した下段の図に示すように、両者の変動の形は良く一致しており、バイアス誤差を一定量含むものの、非定常感圧塗料測定の応答特性がドライアイス粒子によって失われていないことが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明に係る流体測定方法および流体測定装置は、航空宇宙分野をはじめとし、鉄道、自動車などの輸送機械、空調機、ファン、風車などの流体機械、エンジン、医療分野および化学プラント等で使用される管内流れなどの広い分野にわたり、非定常圧力場と非定常速度場の相関する振動や騒音、金属疲労などの問題を生じさせる流れ場の測定に対して利用可能である。
これらの分野において、非定常圧力場を生じさせる非定常流れの空間情報を速度場から取得することは、その原因となるメカニズム、形状を特定することを容易にする。結果として、これらの分野における機械の設計や効率の改善、騒音や振動の低減など多様な目的で用いることができる基本的な技術である。
【符号の説明】
【0042】
100 ・・・ 流体測定装置
101 ・・・ 矩形ダクト
102 ・・・ 吸引手段
103 ・・・ バルブ
104 ・・・ 気流形成ノズル
105 ・・・ 気体供給手段
106 ・・・ 粒子供給タンク
107 ・・・ 粒子散布ノズル
108 ・・・ 粒子供給容器
111 ・・・ 感圧塗料
112 ・・・ 高速度カメラ
113 ・・・ 励起光源
114 ・・・ 光学フィルタ
121 ・・・ 可視化光源
122 ・・・ 高速度カメラ
123 ・・・ 光学フィルタ
131 ・・・ 昇華性粒子
132 ・・・ 噴射器
133 ・・・ 金属管
134 ・・・ 微小孔
135 ・・・ 側孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
流体の動的特性を測定する流体測定方法であって、
流体に接する物体表面の圧力分布を感圧塗料によって光学的に測定する圧力場測定工程と、流体内に可視性の粒子を散布して流体の空間挙動を光学的に測定する速度場測定工程とを有し、
前記感圧塗料を流体の圧力に応じた酸素濃度の変化で発光強度が変化するものとし、前記可視性の粒子を昇華性粒子とし、
前記圧力場測定工程および速度場測定工程を同時に行い、同一事象に対する圧力場と速度場の情報を時間方向で相関した情報として取得することを特徴とする流体測定方法。
【請求項2】
前記速度場測定工程における粒子の可視化のための光源の投射光、粒子からの散乱光または発光、前記圧力場測定工程における感圧塗料の励起のための光源の投射光および感圧塗料の発光の、それぞれの光学的干渉の影響を排除する干渉排除工程を有することを特徴とする流体測定方法。
【請求項3】
前記干渉排除工程が、光学フィルタにより行われることを特徴とする請求項2に記載の流体測定方法。
【請求項4】
前記干渉排除工程が、前記圧力場測定工程および速度場測定工程の演算処理により行われることを特徴とする請求項2または請求項3に記載の流体測定方法。
【請求項5】
流体の動的特性を測定する流体測定装置であって、
流体に接する物体表面に設けられ、流体の圧力に応じた酸素濃度の変化で発光強度が変化する感圧塗料と、
流体内に可視性の昇華性粒子を散布する粒子散布手段と、
前記感圧塗料に励起用の光を投射する励起光源と、
前記感圧塗料の発光を測定する圧力場測定手段と、
前記昇華性粒子を可視化するための光を投射する可視化光源と、
前記昇華性粒子からの散乱光または発光を測定する速度場測定手段と、
前記圧力場測定手段および速度場測定手段の同一事象に対する測定情報を時間方向で相関した情報として取得する情報取得手段とを有することを特徴とする流体測定装置。
【請求項6】
前記圧力場測定手段が、前記可視化光源の投射光を直接受光せず、前記速度場測定手段が、前記励起光源の投射光を直接受光しないよう、それぞれ配置され、
前記速度場測定手段および圧力場測定手段が、それぞれ観察すべき光以外を低減する光学フィルタを備えていることを特徴とする請求項5に記載の流体測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−79878(P2013−79878A)
【公開日】平成25年5月2日(2013.5.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−220314(P2011−220314)
【出願日】平成23年10月4日(2011.10.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成23年9月13日一般社団法人可視化情報学会発行の「可視化情報全国講演会(富山2011)講演論文集 2011 vol.31 Suppl.No.2」に発表、平成23年9月27日一般社団法人可視化情報学会主催の「可視化情報学会全国講演会(富山2011)」において文書をもって発表
【出願人】(503361400)独立行政法人 宇宙航空研究開発機構 (453)
【Fターム(参考)】