説明

流動点の測定方法

【課題】流動点測定用の専用装置ではなく汎用の装置を用い、短時間で簡便に正確な流動点を測定する方法を提供すること。
【解決手段】回転式粘度計を用い、測定に必要な温度領域において降温速度3℃/min以下、好ましくは0.5〜2℃/minで粘度を動的に測定を行い、粘度が増大した時の温度を測定評価することを特徴とする流動点の測定方法。粘度が増大したときの温度評価は、温度と粘度をプロットしたグラフから直接読み取って流動点とすることもできるし、また粘度が増大した温度の前後の温度領域それぞれについて、温度と粘度との関係から回帰関数を求め、この2つの回帰関数の交点における温度を算出し流動点とすることもできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原油、石油製品などの流動体の流動点を簡便かつ正確に測定するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
原油及び石油製品などの流動体の性質の指標の一つとして流動点があり、その測定は、日本工業規格(JIS)、国際標準化機構(ISO)、米国材料試験協会(ASTM)でそれぞれの方法が規定されている。
【0003】
JISでは、流動点を「試料を45℃に加熱した後、試料をかき混ぜないで規定の方法で冷却したとき、試料が流動する最低低温をいい、0℃を基点とし2.5℃の整数倍で表す。」(JIS K2269)と定義している。ISO、ASTMでは3℃の整数倍で表される(ISO 3016, ASTM D97)。
【0004】
規定の方法では試料45mlを試験管に入れ、45℃に加温した後、所定の方法で冷却し、試料の温度が2.5℃下がるごとに試験管を速やかに動揺させないように取り出して静かに傾け、試料が流動するのか調べる。このような操作を繰り返し、試料が5秒間全く動かなくなった時の温度を読み取り、その温度値に2.5℃を加え流動点とする。ISOおよびASTMにおいても、試料を約76ml(内径30〜32.4mmの試験管に底面から54mmまで試料を入れる。)使用し、JISとほぼ同様な操作を行なうことで流動点を測定する。これらの方法では、ある程度の量の試料が必要な上、非常に手間および時間がかかり、人為的な操作および判断が必要で、安定して流動点を測定するのは困難である。
【0005】
人為的な部分をなくべく省き安定して測定するために、幾つかの自動測定装置が考案されている。
特許文献1には、JISの測定方法を自動化した傾斜方式を利用した流動点の測定方法が記載されている。これによれば、作業に人為的な操作および判断がほとんど介在しないため、JISに対応した流動点を安定的に測定することが可能となるが、2.5℃毎に測定評価を行なう必要があり、測定には手動で行なうのと同程度の時間を要する。また、それ専用の測定装置が必要となり、簡便に行える方法とは言い難い。
特許文献2には、加圧時の表面変位を検出する差圧式を利用した流動点の測定方法が記載されている。また、ASTM D5949には加圧法による流動点の自動測定法について規定されている。しかし、これらの方法で測定するには、専用の測定装置が必要であり、簡便に行える方法とは言い難い。
特許文献3には、加振機など身近な装置を利用し、流動点を測定していることが記載されている。しかし、この方法では、流動点の定義がJIS規格などとは異なり、新たに定義されているため、JIS規格等における値と一致させることはできない。
【0006】
【特許文献1】特開平5−340902号公報
【特許文献2】特開平7−239312号公報
【特許文献3】特開平5−155139号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
流動点測定用の専用装置ではなく汎用の装置を用い、短時間で簡便に正確な流動点を測定する方法が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、以下の構成からなる流動点の測定方法を提供する。
[1]回転式粘度計を用い、測定に必要な温度領域において降温速度3℃/min以下で粘度を動的に測定を行い、粘度が増大した時の温度を測定評価することを特徴とする流動点の測定方法。
[2]降温速度が0.5〜2℃/minである前記1に記載の測定方法。
[3]粘度が増大した温度の前後の温度領域それぞれについて、温度と粘度との関係から回帰関数を求め、この2つの回帰関数の交点における温度を流動点とする前記1または2に記載の測定方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、流動点測定の専用機を用いることなく、短時間で簡便に、かつ少量の試料で正確な流動点を自動的に測定することができる。また、温度−粘度の関係で回帰関数を用いることにより、ほぼズレのない厳密な流動点値を再現性よく求めることができる。その厳密な流動点の値から、JIS等の規格に合った値に変換することもできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明で測定できる流動体は、流動点を測定するに値するものであれば原則として制限されるものではない。具体的には、流動点が概ね400℃〜−150℃の範囲にあるものを示すことができ、例えば、原油や各種石油製品(燃料オイル、潤滑材(潤滑油、グリースなど)、界面活性剤、プロセスオイル、金属加工オイル)の測定に利用できるが、これらに限定されるものではない。
【0011】
本発明の測定方法に用いる回転式粘度計は、一般的に市販されている装置でよい。回転式粘度計は、歪を加えるモーターとトルクを検知するセンサー(トランスデューサー)から構成される歪制御型、応力を加えるモーターと歪を検知するセンサーから構成される応力制御型がよく知られているが、本発明ではいずれのタイプの粘度計でも使用できる。
【0012】
本発明で用いる回転式粘度計は、粘度測定中の試料の温度制御が可能な手段が設けられている。温度制御手段としては、粘度を測定している試料の温度を降温させる手段が少なくとも必要である。
降温させる手段としては、例えば、試料を入れる治具を囲み、そこに冷気等の冷却媒体を循環させる等の態様が挙げられる。また、予期される流動点が高い流体を測定する場合は、測定開始温度を室温以上とする必要があり、その際は、加温させる手段を設けることができる。加温させる手段としては、降温手段同様に、試料を入れる治具を囲み、そこに暖気等の加熱媒体を循環させる態様や電熱線等、特に限定されない。
【0013】
回転式粘度計の概略図として、歪制御型を図1(a)に、応力制御型を図1(b)に示す。歪制御型は、歪みを測定するためのトランスデューサ1、試料を入れるための取替え可能な治具2、およびモータ3を有してなる。応力制御型は、歪み検知センサーを有するトルクモータ4および試料を入れるための取替え可能な治具2を有してなる。図示する例では、治具を囲むように温度制御手段5が設けられ、粘度測定中の試料温度を制御する。
測定に使用する治具は測定試料(流動体)を保持できるものであればよく、例えばカップ形状などの治具が使用できる。
【0014】
回転式粘度計における測定モードとして、一定方向に回転させる定常的測定と振動させる動的測定がある。定常的測定は撹拌するように試料に変形を与えつづけるものであり、JISの測定方法には対応しなくなるため、本発明においては、JIS等の測定に整合させるために動的測定により行なうことが望ましい。
【0015】
動的測定において、歪量は線形領域(歪量を変化させてもほぼ一定の粘度が得られる領域)であれば、自由に設定できる。好ましくは0.01%〜50%、更に好ましくは0.1〜10%である。歪量が過小であるとトルクを検知できなくなる可能性があるので、使用する回転式粘度計の性能に合わせて選定すればよい。歪量が過大であると非線形領域に入るので好ましくない。周波数(角速度)は、歪量と使用する装置の性能に合わせ適宜決定すればよい。好ましくは0.01〜100rad/sec、更に好ましくは0.1〜10rad/secである。周波数(角速度)が過大であると線形領域の範囲が狭くなり、過小であると、測定時間が非常に長くなる。試料によっては測定条件が大幅に異なることがあるので、予め線形領域を確認した方が好ましい。線形領域の確認方法としては測定温度、周波数(角速度)を測定したい条件に設定し、歪量を変化させながら、粘度、弾性率を測定し、歪量が変化しても粘度、弾性率がほぼ一定になる領域を確認することにより行なうことができる。
【0016】
粘度の測定に必要な温度領域とは、流動点(予期流動点)よりも高い温度から、粘度が急激に上昇するまで(例えば粘度が1桁以上上昇するまで)の範囲であり、高温側を測定開始温度とし降温させながら粘度を測定する。この温度範囲、特に測定開始温度は粘度計の測定精度や測定条件によっても変化するため一概には言えないが、流動点(予期流動点)よりも少なくとも5℃以上高い温度、好ましくは10℃以上高い温度とする。流動点に近い温度から測定を開始すると、求める流動点の誤差が大きくなる。
【0017】
粘度測定における降温速度は3℃/min以下が好ましい。降温速度が過大であると温度の変化に試料の構造変化が追随できなくなり、流動点が低くなり、正確な値を求めることが出来なくなる。過小であると測定時間が非常に長くなるので、0.01℃/minより速いことが好ましい。より好ましい降温速度は0.1〜2℃/minである。
【0018】
粘度の測定は、連続的でも不連続的でも良い。不連続的に行なう場合は、温度領域により設定を行なう。温度領域が狭い時は小刻みに測定し、広い時は大刻みに測定する。例えば、降温温度0.03〜3℃に一度、測定することが好ましい。また、時間では例えば0.1秒〜100秒に一度、測定することが好ましい。
【0019】
得られた粘度測定データより粘度が増大した時の温度を測定評価する。
解析方法は、グラフより直接読み取る方法とデータより算出する方法とが挙げられる。グラフより直接読み取る方法は測定で得られた粘度データを横軸に温度、縦軸に粘度をプロットしてグラフを作成する(例えば図2)。横軸は線形スケール、縦軸を対数スケールにした方がより見やすくなる。得られたグラフより粘度が増大する変化点の温度を読み取り厳密な流動点とする。
【0020】
データより算出する方法は測定で得られた粘度データを粘度が増大する前後で分割し、2つの温度領域に分ける(例えば図3)。粘度が増大する前の領域(A)のデータから、市販の解析ソフト(表計算ソフトなど)を用いて近似式(a)を求める。粘度が増大した後の領域(B)においても(A)と同様に近似式(b)を求める。領域(A)の範囲は、粘度が急増する直前までとし、領域(B)の範囲は、粘度が急増する直後からとして設定することができる。(a)と(b)の連立方程式より近似式の交点を算出し、その温度を厳密な流動点とする。読み取る方法よりも算出する方法の方がより安定で正確な厳密の流動点を求めることができる。
【0021】
得られた厳密な流動点は、JISの2.5℃単位あるいはISOやASTMの3℃単位で示される流動点よりも正確(厳密)な値ということができる。JIS K2269に対応した流動点が必要があれば、上記で得られた厳密な流動点より低い温度で、2.5の整数倍を満足する最大の温度を導き、その温度に2.5℃を加えた温度をJISでの流動点とすることができる。同様にISO 3016、ASTM D97に対応した流動点が必要があれば、上記で得られた厳密な流動点より低い温度で、3の整数倍を満足する最大の温度を導き、その温度に3℃を加えた温度をISOやまたはASTMの流動点とすることができる。
すなわち、本発明の方法では、1回の測定で厳密な流動点の他、JIS K2269、ISO 3016、ASTM D97に対応した流動点を求めることが出来る。
【0022】
予備処理が必要な場合は試料を治具にセットした後、各規格に準じて予備処理を行う。JIS K2269の場合、予期流動点が32.5℃より高い試料の場合、予期流動点より10℃高い温度まで過熱後測定を行い、32.5〜−32.5℃の試料の場合、45℃に加熱した後36℃まで冷却した後測定を行い、−32.5℃より低い試料の場合、45℃に加熱した後36℃まで冷却し、更に15℃まで冷却した後測定を行うこととなっており、必要に応じて、本発明においても同様の操作を行なう。
【実施例】
【0023】
実施例1
(1)試料
オイル:コスモ石油ブリカン社製 コスモピュアセイフティー32
流動点(JIS K2269)−7.5℃(←カタログ値、及び、発明者によるJIS測定値)
(2)装置
回転式粘度計として温度制御手段が設けられた歪制御型回転式粘度計(TAインスツルメント社製 ARES(商品名))を使用し、測定用治具としてはクエットを使用した。クエットの模式断面図を図4に示す。温度制御手段による試料の冷却は、クエット全体を覆う筐体を設けそこに液体窒素を加熱した冷気を導入することにより行なった。
(3)測定
回転式粘度計に治具およびクエットを装着し、常温で24時間以上放置した試料8mlをクエットのカップに入れ、ボブの先端がカップの底面から6mmになるまでボブを試料にゆっくりと浸漬させた(図4)。その後、5分〜10分間常温で放置し、試料を安定させた。冷却可能なオーブンをセットし、測定開始温度を常温とし、降温速度1℃/minで冷却しながら粘度測定を行った。粘度測定は歪量1%、周波数1rad/secの条件でカップより試料に動的(周期的に)に歪を加えことにより、ボブより検知されたトルクより粘度を算出し、測定を行った。急激に粘度が上昇し粘度が1000Pasを超えた段階で測定を終了した。
【0024】
得られた温度に対する粘度のデータをプロットしてグラフを作成した。そのグラフを図5に示す。
急激に粘度が上昇する際の温度をグラフより読み取ったところ、−8.8℃であった。
一方、粘度の増大する前後、具体的には粘度が増大する前の温度領域として25℃〜約−8℃、粘度が増大した後の温度領域として約−9℃〜約−11℃の範囲それぞれの温度領域で回帰分析により近似式を算出した。
粘度が増大する前の温度領域(A):y=0.476×e-0.025x ・・・(a)
粘度が増大した後の温度領域(B):y=5-16×e-3.8649x ・・・(b)
y:粘度 x:温度
上記の二つの式から交点を計算したところ、その際の温度は−9.0℃であった。
これらの厳密な流動点をJIS規格に合わせるために、得られた流動点より低い温度で2.5の整数倍を満足する最大の温度(−10℃)に2.5℃を加え、−7.5℃を算出した。これはJIS規格における流動点と一致した。
【0025】
比較例1
降温速度を5℃/minとした以外は、実施例1と同様に実験を行ない、得られた温度に対する粘度のデータをプロットしてグラフを作成した。そのグラフを図6に示す。
グラフより読み取った流動点は、−13.4℃であった。
粘度が増大する前の温度領域(A):y=0.476×e-0.025x ・・・(a)
粘度が増大した後の温度領域(B):y=5-16×e-3.8649x ・・・(b)
y:粘度 x:温度
上記の二つの式から交点を計算したところ、その際の温度は−13.2℃であった。
実施例1と同様に、これらの厳密な流動点をJIS規格に合わせるために、得られた流動点より低い温度で2.5の整数倍を満足する最大の温度(−15℃)に2.5℃を加え、−12.5℃を算出した。しかし、JIS規格における流動点は−7.5℃であり、両者は一致しなかった。
【0026】
実施例および比較例の結果から明らかなように、降温温度が速いと(比較例)、温度変化に構造の変化が追随できず、測定される流動点は低温側へ大きくシフトし、JIS規格の流動点の値としては利用することができない。それに対して所定の降温速度とすることで、測定される流動点をJIS規格の流動点として同様に評価することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】回転式粘度計の概略図であり、(a)は歪制御型を表わし、(b)は応力制御型を表わす。
【図2】温度と粘度の関係を表わすグラフから流動点を読み取る説明図。
【図3】温度と粘度の関係を表わすグラフから回帰関数を用いて流動点を算出する説明図。
【図4】回転式粘度計のクエット(治具)およびボブの拡大模式断面図。
【図5】実施例1で測定した温度と粘度の関係を表わすグラフ。
【図6】比較例1で測定した温度と粘度の関係を表わすグラフ。
【符号の説明】
【0028】
1 トランスデューサ
2 治具
3 モータ
4 歪み検知センサーを有するトルクモータ
5 温度制御手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転式粘度計を用い、測定に必要な温度領域において降温速度3℃/min以下で粘度を動的に測定を行い、粘度が増大した時の温度を測定評価することを特徴とする流動点の測定方法。
【請求項2】
降温速度が0.5〜2℃/minである請求項1に記載の測定方法。
【請求項3】
粘度が増大した温度の前後の温度領域それぞれについて、温度と粘度との関係から回帰関数を求め、この2つの回帰関数の交点における温度を流動点とする請求項1または2に記載の測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−276222(P2009−276222A)
【公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−128233(P2008−128233)
【出願日】平成20年5月15日(2008.5.15)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】