説明

流路デバイス、複素誘電率測定装置及び誘電サイトメトリー装置

【課題】測定精度を向上し得る流路デバイス、複素誘電率測定装置及び誘電サイトメトリーを提案する。
【解決手段】流路11における流入口IFと流出口OFとの間において、狭窄空間CSをもつ狭窄部11Aを設ける。また流入口IF及び狭窄部11A間,流出口OF及び狭窄部11A間に電極12A,12Bを配する。低極限周波数における狭窄部11Aでのコンダクタンスが、流入流路部11B及び流出流路部11Cの合成コンダクタンスよりも小さく、かつ、高極限周波数における狭窄部11Aでのキャパシタンスが、流入流路部11B及び流出流路部11Cの合成キャパシタンスよりも小さくする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞等の生体サンプルが含まれる液体について、複素比誘電率(以下、複素誘電率と略す)の周波数分散(誘電スペクトル)を測定し、その測定結果から例えば生体サンプルの物性を算出したり、細胞種を判別したりする技術に関する分野である。
【背景技術】
【0002】
細胞の誘電スペクトルを測定する従来技術として、多数の細胞が含まれる液体の平均的な誘電スペクトルを測定する手法がある。この測定手法では、個々の細胞の誘電スペクトルを測定する場合と異なり、例えば、計測した細胞の物性情報を基に100個の細胞のなかから1個の異常細胞を知るなどの応用は本質的に不可能となる。
【0003】
なお、複素誘電率やその周波数分散は、一般に、溶液に対して電場を印加するための電極を備えた溶液保持器等を用いて電極間の複素キャパシタンスないし複素インピーダンスを電気的に測定することで算出される。
【0004】
液体に含まれる個々の細胞の誘電スペクトルを測定する技術に関して、個々の細胞を順次流すための流路を備え、その流路内壁面の一部に、該細胞と同等サイズでなる2つの平板電極を平行かつ対向させて配した装置が提案されている(例えば非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Hywel Morgan Tao Sun, David Holmes, Shady Gawad and Nicolas G Green(Nanoscale Systems Integration Group, School of Electronics and Computer Science,University of Southampton, SO17 1BJ UK)、Single cell dielectric spectroscopy、JOURNAL OF PHYSICS D:APPLIED PHYSICS、Appl.Phys.40(2007)61-70
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、細胞を含む溶液に電極を用いて電場を与える場合、電極分極という現象が不可逆的に発生するものであり、本来測定すべき細胞を含む溶液の複素キャパシタンスは、電極と溶液との界面に発生する電気二重層のキャパシタンスと直列に接続される。一般にこの電気二重層のキャパシタンスは非常に大きく、かつ緩和(以下、これを電極分極緩和とも呼ぶ)を示す。
【0007】
電極分極緩和を示す特性周波数をfEP、電気二重層のキャパシタンスをC、流路全体の電導度をGとすると、該特性周波数fEPは、次式
【0008】
【数1】

【0009】
として表すことができる。電気二重層のキャパシタンスCは電極の表面積に比例するので、電極面積が大きいほど、電極分極緩和を示す特性周波数fEPは低くなる。
【0010】
しかしながら、細胞と同等サイズでなる2つの平板電極を平行かつ対向させて配した場合、(1)式から得られる特性周波数fEPは、測定対象とすべき細胞の誘電緩和が存在する周波数帯域であるMHzのオーダ程度にまで及ぶことになる。
【0011】
したがって、非特許文献1では、個々の細胞を含む複素誘電率の周波数分散に対して電極分極緩和の周波数分散が混入し、該細胞の誘電スペクトルを精度良く測定することができないという問題があった。
【0012】
本発明は以上の点を考慮してなされたもので、個々の細胞の誘電スペクトルの測定精度を向上し得る流路デバイス、複素誘電率測定装置及び誘電サイトメトリー装置を提案しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
かかる課題を解決するため本発明は、複素誘電率の測定対象とされる複数の生体サンプルが含まれる液体を流すことが可能な流路が形成される流路デバイスであって、流路の流入口と、流出口との間に設けられ、単一の生体サンプルが通過する程度の入口及び出口をもつ狭窄部と、流入口から狭窄部の入口までの流路部分に設けられ、交番電圧の一方の印加対象とされる電極と、狭窄部の出口から流出口までの流路部分に設けられ、交番電圧の他方の印加対象とされる電極とを有する。
【0014】
この流路デバイスでは、低極限とされる周波数における狭窄部のコンダクタンスが、流路部分のコンダクタンスよりも小さく、かつ、高極限とされる周波数における狭窄部のキャパシタンスが、流路部分のキャパシタンスよりも小さい状態とされる。
【発明の効果】
【0015】
これにより本発明の流路デバイスでは、電極に交番電圧が印加された場合、流入口から狭窄部の入口までの流路部分と、狭窄部の出口から流出口までの流路部分の電圧降下に比べて狭窄部の電圧降下が相対的に大きく、また狭窄部では電場の集中が生じる。
【0016】
すなわち本発明の流路デバイスは、狭窄部の流入口と流出口との近傍に、当該口と同等の面積の面をもつ電極が配されている場合と同じ状態とすることができる。この結果、この流路デバイスは、生体サンプルと同等の大きさよりも十分に大きい電極を用いたとしても、単一乃至ごく少数の生体サンプルに対する複素誘電率を測定するのに十分な感度を得ることができる。
かくして、個々の細胞の誘電スペクトルの測定精度を向上し得る流路デバイス、複素誘電率測定装置及び誘電サイトメトリー装置を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】細胞のイオンと電場との関係を示す概略図である。
【図2】細胞の誘電スペクトルを示すグラフである。
【図3】誘電サイトメトリー装置の構成を示す概略図である。
【図4】測定系ユニットの構成を示すブロック図である。
【図5】流路デバイスの構成を示す略線図である。
【図6】電位分布のシミュレーション結果を示す略線図である。
【図7】電流束のシミュレーション結果を示す略線図である。
【図8】流路デバイスにおける等価回路を示す回路図である。
【図9】数値解析により得られた誘電パラメータを示すグラフである。
【図10】細胞溶液の誘電緩和と、電極での電気二重層の擬似緩和と、実測値との関係を示すグラフである。
【図11】細胞の直径に対する、狭窄空間におけるキャパシタンス変化とコンダクタンス変化を示すグラフである。
【図12】他の実施の形態による流路デバイスの構成(1)を示す略線図である。
【図13】他の実施の形態による流路デバイスの構成(2)を示す略線図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、発明を実施するための形態について説明する。なお、説明は以下の順序とする。
<1.細胞の電気的特性>
[1−1.細胞の複素誘電率と、交番電場の周波数との関係]
[1−2.誘電スペクトルに関するパラメータと、その用途]
[1−3.複素誘電率の算出手法]
<2.実施の形態>
[2−1.誘電サイトメトリーの構成]
[2−2.測定系ユニットの構成]
[2−3.流路デバイスの条件]
[2−4.効果等]
<3.他の実施の形態>
【0019】
<1.細胞の電気的特性>
細胞の電気的特性について、細胞の複素誘電率と、交番電場の周波数との関係の観点、誘電スペクトルに関するパラメータ(以下、これを誘電パラメータとも呼ぶ)と、その用途の観点、複素誘電率の算出手法の観点から説明する。
【0020】
[1−1.細胞の複素誘電率と、交番電場の周波数との関係]
細胞質には陽イオンと陰イオンが含まれる(図1(A))。これらのイオンは、交番電場に細胞がある場合、該交番電場における正負の方向変化に応じて移動する(追随する)。この場合、細胞膜は高い絶縁性をもつので細胞質中のイオンが細胞膜近傍に溜まり、陽イオンと陰イオンとは細胞膜と細胞質との界面に偏在し、分極を発生することとなる(図1(B))。
【0021】
ここで、模擬的な誘電スペクトルを図2に示す。この図2からも分かるように、交番電場の周波数が十分に低い場合、細胞は界面分極しているので、複素誘電率の実部は大きい値として得られる。
【0022】
一方、交番電場の周波数が数十MHz程度となると、陽イオンと陰イオンとが細胞膜と細胞質との界面に移動する前に、該交番電場の方向の切り替わりが起こる。すなわち界面分極が交番電場の変化に追随できないことになる。
【0023】
したがって、交番電場の周波数が高くなるほど、複素誘電率の実部は小さい値を呈する。このように複素誘電率が周波数に応じて変化する現象は“誘電緩和”と呼ばれている。
【0024】
この誘電緩和は、細胞のサイズや構造等に依存して特定の周波数帯を境に生じ、また誘電緩和の数は細胞に含まれる主要な界面の数と形状に依存する。例えば、細胞核をもたない赤血球等の細胞では誘電緩和の数は1つであり、1又は2以上の核をもつ有核細胞では誘電緩和の数は2以上となる。
【0025】
このように細胞の複素誘電率は電界の周波数に依存する関係にある。これは“誘電分散”と呼ばれている。
【0026】
[1−2.誘電スペクトルに関するパラメータと、その用途]
図2に示した細胞の誘電スペクトルは、一般に、次式
【0027】
【数2】

【0028】
として表すことができる。この(2)式において、「ε」は複素誘電率、「ω」は角周波数、「j」は虚数単位、「ε」は比誘電率の高周波極限値、「κ」は導電率の低周波極限値、「ε」は真空の誘電率、「n」は誘電緩和の個数である。
【0029】
また「Δε」はm番目における誘電緩和の緩和強度(m番目の誘電緩和部分における比誘電率の最大値と最小値との差)、「τ」はm番目における誘電緩和の緩和時間(m番目の誘電緩和に対応する周波数範囲の中間周波数の逆数を2πで割ったもの)である。さらに「α」は誘電スペクトルの分布の形状を示す変数であり、「β」は誘電スペクトルの分布の形状を「α」とは異なる観点から示す変数である。
【0030】
これら「Δε」、「τ」、「α」、「β」は、誘電スペクトルの形状を特徴付ける誘電パラメータの一部であり、細胞の種、形状、構造又は組成などに依存する。したがって、誘電パラメータが得られれば、細胞を種ごとに分別し、もしくは、同種の細胞から異型を検出・分離し、または、細胞の組成や状態を解析することが可能となる。ちなみに、「Δε」、「τ」、「α」、「β」以外にも誘電パラメータの決め方はあるが、ここでは省略する。
【0031】
[1−3.複素誘電率の算出手法]
ところで、電流と、電圧との間には、次式
【0032】
【数3】

【0033】
の関係がある。この(3)式における「I」は電流、「V」は電圧、「G」は細胞を含む溶液のコンダクタンス、「C」は細胞を含む溶液のキャパシタンスであり、「*」は複素数であることを意味する。
【0034】
一方、コンダクタンス及びキャパシタンスと、複素誘電率との間には、次式
【0035】
【数4】

【0036】
の関係がある。この(4)式における「C」は流路デバイスの構造に依存する定数である。
【0037】
正常な赤血球又は白血球が誘電緩和を示す周波数はおおむね2MHz程度であり、血球全般の細胞(血球細胞)が誘電緩和を示す周波数帯域はおおむね100kHz〜10MHz程度である。
【0038】
したがって、測定対象とすべき細胞を血球細胞とする場合、数100kHz〜数10MHz程度の広帯域にわたって周波数を変化させながら交番電圧を電極間に印加し、当該電流を測定すれば、(3)式及び(4)式に基づいて、血球細胞が含まれる溶液の複素誘電率を周波数ごとに算出し、該血球細胞の誘電スペクトルを得ることができる。また、得られた誘電スペクトルを(2)式に適合することで誘電パラメータを算出することができる。
【0039】
なお、交番電圧における周波数の刻み幅を細かくするほど、誘電パラメータの周波数依存性を正確に得ることができる。また周波数の刻み幅を細かくすることと、個々の細胞の測定に要する時間とには一般にトレードオフ関係があり、総合的な測定精度の向上を図ることが重要である。
【0040】
<2.実施の形態>
次に、一実施の形態として誘電サイトメトリーを説明する。
【0041】
[2−1.誘電サイトメトリー装置の構成]
図3において、誘電サイトメトリー装置1の概略的な構成を示す。この誘電サイトメトリー装置1は、水流形成系ユニット2、測定系ユニット3、分取系ユニット4及び制御系ユニット5を含む構成とされる。
【0042】
水流形成系ユニット2は、ポンプ2Aにより圧力を与えて、試料導入部2Bから測定対象とされる細胞を含む溶液をバルブ2Cに送り出し、該バルブ2Cを通じて溶液を噴出するようになされている。
【0043】
測定系ユニット3は、バルブ2Cに連絡される流路を有し、該流路に配される一対の電極に交番電圧を印加する。また測定系ユニット3は、電極を流れる電流を測定し、該測定結果から細胞を含む溶液の複素誘電率を求め、誘電スペクトルや誘電パラメータを導出するようになされている。
【0044】
分取系ユニット4は、測定系ユニット3における流路から流出される溶液を、分別機構4Aで廃液と標的細胞含有液とに分別し、該廃液を廃液貯留部4Bに送出するとともに、該標的細胞含有液を細胞貯留部4Cに送出するようになされている。
【0045】
制御系ユニット5は、水流制御部5A、測定制御部5B及び分別制御部5Cを有する。水流制御部5Aには、入力インターフェイス(図示せず)から、水流形成系ユニット2におけるポンプ2A又はバルブ2Cに設定すべき設定情報又は溶液の流れ状態に関する水流情報が与えられる。
【0046】
水流制御部5Aは、初期設定され、もしくは設定情報に示され、または水流情報に基づいて算出した圧力量をポンプ2Aに設定するとともに、開口量をバルブ2Cに設定し、測定系ユニット3に与えるべき溶液の流速及び流量を調整し得るようになされている。
【0047】
測定制御部5Bには、入力インターフェイスから、測定系ユニット3に設定すべき設定情報が与えられる。測定制御部5Bは、初期設定され、もしくは設定情報に示された周波数の刻み幅や測定周波数帯域等の測定に関する測定情報を測定系ユニット3に設定し、該測定系ユニット3での測定条件を調整し得るようになされている。
【0048】
分別制御部5Cには、入力インターフェイスから、分取系ユニット4における分別機構4Aに設定すべき設定情報が与えられる。分別制御部5Cは、初期設定され、もしくは設定情報に示された分別に関する分別情報を分別機構4Aに設定し、該分取系ユニット4での分取条件を調整し得るようになされている。
【0049】
なお、この誘電サイトメトリー装置1では、水流形成系ユニット2、測定系ユニット3又は分取系ユニット4のいずれかに温度センサー(図示せず)及び熱電素子(図示せず)が設けられる。制御系ユニット5は、温度センサーを用いて溶液の温度を計測し、この計測結果に応じた信号量を熱電素子に与えることにより、該溶液における温度を調整し得るようになされている。
【0050】
ところで、流路を流れる細胞を測定する技術には、蛍光物質により標識された標的試料をフローに流し、該フローから生じる液滴に対して、フローと直交する方向からレーザ光を照射する蛍光フローサイトメトリーと称されるものがある。このフローサイトメトリーでは、細胞に対して標識物質を付加する作業が強いられ、標識物質が付加された細胞を再利用することが困難となる場合が多い。
【0051】
これに対しこの誘電サイトメトリー装置1は、流路を流れる細胞を含む溶液の誘電スペクトルから誘電パラメータや細胞の物性を、蛍光物質を標識することなく直接的に測定するのでフローサイトメトリーのような弊害を回避することができる。蛍光標識が不要であることと、細胞の物性を知ることができることの観点において非常に有利となる。
【0052】
[2−2.測定系ユニットの構成]
図4において、測定系ユニット3の概略的な構成を示す。この測定系ユニット3は、流路デバイス10、測定部20、複素誘電率算出部30及び生体サンプル解析部40を含む構成とされる。
【0053】
流路デバイス10の外観を図5(A)に示し、該図5(A)におけるX−Y方向からみた断面を図5(B)に示す。流路デバイス10には中空の流路11が形成される。
【0054】
この流路11には、流入口IFと流出口OFとの間に狭窄部11Aが設けられる。この実施の形態の場合、この狭窄部11Aの入口と流入口IFと間の流路部分(以下、これを流入流路部とも呼ぶ)11Bと、該狭窄部11Aの出口と流出口OFとの間の流路部分(以下、これを流出流路部とも呼ぶ)11Cとの形状は実質的に同一である。
【0055】
またこの実施の形態における流路11では、流入流路部11Bと流出流路部11Cとが、それらの終端を流方向fdと直交する方向へずらした状態で平行に配され、当該流入流路部11Bの終端部分と、流出流路部11Cの終端部分との間に、流方向fdと直交した状態で狭窄部11Aが連結される。
【0056】
狭窄部11Aは、測定対象とされる細胞が単一で通過する程度の筒状の空間(以下、これを狭窄空間とも呼ぶ)CSを有する。この実施の形態における狭窄部11Aでは、この狭窄空間CSに向かって勾配するテーパが設けられる。
【0057】
したがって水流形成系ユニット2におけるバルブ2Cから流入口IFに対して溶液が噴出された場合、この流路デバイス10では、該溶液に含まれる複数の細胞は、流入流路部11Bを任意に流れ、狭窄部11Aのテーパにより狭窄空間CSに案内される。そして、この狭窄空間CSに案内される細胞は、該狭窄空間CSを個々に通過し、流出流路部11Cを任意に流れて流出口OFに向かうこととなる。
【0058】
流入流路部11Bと流出流路部11Cとの側壁には板状の面をもつ電極12A,12Bが配され、これら電極12A,12Bには測定部20の交番電圧発生源21(図4)から交番電圧が印加される。
【0059】
ここで、この流路デバイス10では、電極12A,12Bの面積が、狭窄空間CSにおける開口よりも十分に大きい状態とされる。この状態にある流路デバイス10では、電極12A,12Bに交番電圧が印加された場合、図6及び図7における結果に示されるように、電極12A,12Bが配された流入流路部11B,流出流路部11Cでの電位はそれぞれの空間内ではおおよそ同電位に保たれる。一方、狭窄空間CSでは相対的に大きな電位差と電場の集中が生じる。したがって、電極12A,12B間における電流には、個々に狭窄空間CSを通過するまさにその細胞の複素誘電率が明瞭に反映されることとなる。
【0060】
なお図6は、図5(A)のX―Y方向からみた狭窄部中心軸を含む断面における、シミュレーションにより求めた流路内の電位分布である。図7は、図5(A)のX―Y方向からみた狭窄部中心軸を含む断面における、シミュレーションにより求めた細胞通過時の電流束である。
【0061】
またこれら図6及び図7におけるシミュレーションの条件として、流入流路部11B,11C空間における流路高さは50μmとし、狭窄空間CSを構成する層の厚み(細胞が通る方向の狭窄部長さ)は12μm,該層の直径(細胞が通る方向に対して直交する方向の狭窄部長さ)は10μmとした。また、流入流路部11B,11Cと、狭窄空間CSとには比誘電率が78.3、導電率が1.67S/mの液体が満たされているものとした。
【0062】
念のため、図6における電場の電位分布を色分けしたものを参考図として添付する。なお、シミュレーションにおける細胞物性等については文献を参照した。
【0063】
ところで、この流路デバイス10では、流入口IF,流出口OFは、水流形成系ユニット2の出力端,分取系ユニット4の入力端に対してチューブ等の連結部材を通じて着脱可能に連結される。また、電極12A,12Bは、交番電圧発生源21(図4)の出力端に対して信号線を通じて着脱可能に接続される。
【0064】
これによりこの流路デバイス10は、誘電サイトメトリー装置1(測定系ユニット3)に対して着脱自在とされ、この結果、測定対象とされる細胞の大きさや、デバイス洗浄等の諸事情に応じて取り替えることができるようになされている。
【0065】
測定部20(図4)は、交番電圧発生源21及び電流計22を有する。交番電圧発生源21には、制御系ユニット5における測定制御部5Bから測定情報が与えられる。交番電圧発生源21は、この測定情報に示される内容に従って電極12A,12Bに印加すべき交番電圧を発生する。
【0066】
例えば、交番電圧発生源21は、測定対象とされる細胞全体が狭窄空間CSに存在する時間として、細胞の大きさや溶液の流速等の情報に応じて設定される設定期間ごとに、規定される複数の周波数に高速に切り替えながら交番電圧を発生する。
【0067】
電流計22は、電極12A,12B(図5)を流れる電流値を計測し、当該計測結果を示すデータを複素誘電率算出部30に送出する。このデータは、上述したとおり、狭窄空間CSを通過する個々の細胞に応じて変動する。
【0068】
複素誘電率算出部30は、電流計22から与えられるデータと、上述の(1)式及び(2)式とを用いて、狭窄空間CSを通過する細胞ごとに、規定される複数の周波数における複素誘電率を算出し、該算出結果である誘電スペクトルを示すデータを生体サンプル解析部40に送出する。
【0069】
生体サンプル解析部40は、複素誘電率算出部30から与えられるデータを用いて、誘電パラメータを算出し、該誘電パラメータに基づく誘電スペクトルを表示するためのデータを生成する。
【0070】
また生体サンプル解析部40は、必要に応じて、誘電パラメータを用いて、細胞を種ごとに分別するためのデータ、もしくは、同種の細胞から異型を検出・分離するためのデータ、または、細胞の組成や状態を示すデータを生成するようになされている。
【0071】
このようにこの測定系ユニット3は、液状媒質とともに狭窄空間CSを通過する単一の細胞の複素誘電率を測定することができるようになされている。
【0072】
[2−3.流路デバイスの条件]
次に、測定系ユニット3における流路デバイス10の条件について、図8に示す等価回路を用いて説明する。この図8における「G」は流入流路部11Bと流出流路部11Cとの合成コンダクタンス、「C」は流入流路部11Bと流出流路部11Cとの合成キャパシタンスである。また「G」は狭窄部11Aの入口と出口との間のコンダクタンス、「C」は狭窄部11Aの入口と出口との間のキャパシタンスである。また「C」は狭窄空間CSの周囲における部材(つまり狭窄空間を形成する壁部材)の浮遊容量を意味するものである。
【0073】
ある細胞が狭窄空間CSに存在する(つまり狭窄空間CSにおいてデバイ型の誘電緩和を示す)ものと考えた場合、狭窄部11Aの入口と出口との間のコンダクタンスGは、次式
【0074】
【数5】

【0075】
と表すことができる。またこの場合、狭窄部11Aの入口と出口との間のキャパシタンスCは、次式
【0076】
【数6】

【0077】
と表すことができる。
【0078】
これら式における「ω」は緩和角周波数である。また「Gbl」は低極限とされる周波数における狭窄部11Aの入口と出口との間のコンダクタンス、「Gbh」は高極限とされる周波数における狭窄部11Aの入口と出口との間のコンダクタンスである。
【0079】
また「Cbl」は低極限とされる周波数における狭窄部11Aでの入口と出口との間のキャパシタンス、「Cbh」は高極限とされる周波数における狭窄部11Aでの入口と出口との間のキャパシタンスである。
【0080】
ちなみに、狭窄空間CSの周囲における部材の浮遊容量Cは、図8に示しているように、該狭窄空間CSと並列であることから、(6)式のとおり、単純に加算することができる。
【0081】
ここで、流路デバイス10全体のコンダクタンス及びキャパシタンスを表した式は複雑となるのでここには記さない。一方、狭窄部11Aに緩和がない場合(狭窄空間CSに細胞が存在しない場合)と、該狭窄部11Aに緩和がある場合(狭窄空間CSに細胞が存在する場合)とにおけるコンダクタンス及びキャパシタンスの差は、G>GblかつC>Cbhの場合には単純となる。
【0082】
すなわち、高周波極限におけるコンダクタンスの差dGは、次式
【0083】
【数7】

【0084】
と表すことができ、低周波極限におけるキャパシタンスの差dCは、次式
【0085】
【数8】

【0086】
と表すことができる。なお、高周波極限におけるキャパシタンスの差dCと、低周波極限におけるコンダクタンスの差dGとは、それぞれおおよそゼロである。
【0087】
これら(7)式及び(8)式のとおり、G>GblかつC>Cbhの条件を満たすのであれば、流路デバイス10全体におけるキャパシタンスとコンダクタンスの変化量は、狭窄部11Aにおける狭窄空間CSのキャパシタンスとコンダクタンスで決まることになる。
【0088】
いいかえれば、測定対象とされる細胞に応じて、狭窄空間CS(その細胞が単一で通過する程度の入口及び出口の大きさと、入口から出口までの体積)は決まるので、上述の条件を満たすように電極12、流入流路部11B及び流出流路部11Cを設計すれば、狭窄部11Aを通過する細胞のキャパシタンスのみの測定が可能となる。
【0089】
また、狭窄部11Aの製造誤差を抑えることで、電極12A,12Bを配すべき位置やアライメント誤差を厳密に考慮しなくとも、流路デバイス10における測定値のばらつきを抑えることが可能となる。
【0090】
ここで、上記条件を満たす流路デバイス10における狭窄空間CSに細胞が存在する場合に得られる誘電スペクトルの計算結果を図9に示す。なお、数値計算において電気二重層は考慮していない。この図9における「Cp w/Cell」は狭窄空間CSに細胞が存在する場合のキャパシタンス分散であり、「Cp w/o Cell」は狭窄空間CSに細胞が存在しない場合のキャパシタンス分散である。また、「G w/Cell」は狭窄空間CSに細胞が存在する場合のコンダクタンス分散であり、「G w/o Cell」は狭窄空間CSに細胞が存在しない場合のコンダクタンス分散である。
【0091】
この図9から分かるように、細胞に起因する誘電緩和(以下、これを細胞緩和とも呼ぶ)が低周波側に生じ、図8に示すように複数の容量をもつ層を直列接続した構造に起因する擬似的な緩和(以下、これを構造擬似緩和とも呼ぶ)が高周波側に生じる。細胞緩和が生じる周波数領域よりも構造擬似緩和が高周波側に生じるよう設計でき、測定結果に影響を及ぼさないことが図9からも見てとれる。
【0092】
一方、シミュレーションが不可能なために図9には表していないものの、既に述べたように、電極分極緩和の特性周波数についても、測定対象である細胞が誘電緩和を示す周波数に比べて十分に小さい値であれば、該細胞が誘電緩和を示す周波数範囲の細胞自身の誘電スペクトルを精度良く測定することが可能となる。
【0093】
ここで、測定対象である細胞を血球細胞とした場合、該血球細胞が誘電緩和を示す周波数範囲の最低周波数は既に述べたようにおおむね100kHzである。また電極分極緩和の帯域は、おおむね特性周波数の桁数を2桁増減した範囲に及ぶ。したがって、上述の(1)式における電極分極緩和の特性周波数fEP[Hz]は、血球細胞が誘電緩和と電極分極緩和の帯域とを明瞭に分離しようとすると、次式
【0094】
【数9】

【0095】
を満足すれば、血球細胞が誘電緩和を示す周波数範囲の誘電スペクトルを精度良く測定可能である。
【0096】
この(9)式における電気二重層のキャパシタンスCは、電気二重層の厚みを「r」とし、電極12A又は12Bの表面積(単位はm)を「S」とし、血球細胞の溶媒の比誘電率を「ε」とし、真空の誘電率を「ε」とすると、次式
【0097】
【数10】

【0098】
と表すことができる。
【0099】
(9)式と、(10)式とを整理すると、電極の表面積Sは、次式
【0100】
【数11】

【0101】
となる。
【0102】
例えば、G>GblかつC>Cbhの条件を満たす流路11の狭窄空間CSを構成する層の厚み(細胞が通る方向の狭窄部長さ)が20μm,該層の狭窄部直径(細胞が通る方向に対して直交する方向の長さ)が20μmとした場合、溶媒が生理食塩水であれば、流路全体の電導度Gはおおむね26μSである。またこの場合における血球細胞の溶媒を、溶媒の比誘電率εを78である生理食塩水とすると、電極12A又は12Bの表面積Sは、4.4×10−8よりも大きいものであればよいことになる。
【0103】
ここで、赤血球の物性値を用いて電気二重層をキャパシタンスのみで表せると仮定した場合の数値演算結果を図10に示す。図10のグラフは、測定すべき細胞を含む溶液の誘電スペクトルと、電極の電気二重層に起因する電極分極緩和のスペクトルと、流路デバイス10での実測値との関係を、流路11に配すべき電極12A及び12Bの表面積Sを変えて示したものである。
【0104】
図10(A)は、G>GblかつC>Cbhの条件を満たす流路11に配すべき電極12の表面積を、電極分極緩和の特性周波数fEPが100Hzとなる表面積Sとした場合(すなわち(9)式を満たす場合)である。この場合、100kHz以上の周波数領域に生じる血球細胞を含む溶液の誘電緩和が、電極分極緩和の生じる周波数領域(おおむね10kHz以下)よりも十分に離れており、血球細胞の誘電スペクトルを正確に測定できることが分かる。
【0105】
一方、図10(B)は、G>GblかつC>Cbhの条件を満たす流路11に配すべき電極12の表面積を、電極分極緩和の特性周波数fEPが10kHzなる表面積Sとした場合(すなわち(9)式を満たさない場合)である。この場合、電極分極緩和が生じる周波数領域が高周波側に存在し、血球細胞を含む溶液の誘電緩和が生じる周波数領域と重なっており、血球細胞の誘電スペクトルのみを反映した測定が困難であることが分かる。
【0106】
このようにG>GblかつC>Cbhの条件を満たす流路11の狭窄空間CSの厚みと直径とを20μmとし、該流路11に流すべき血球細胞の溶媒を生理食塩水とした場合、電極12又は12Bの表面積Sは、4.4×10−8以上であれば、血球細胞を含む溶液の誘電緩和が生じる周波数に比べて電極分極緩和の特性周波数が十分に小さくなる。
【0107】
なお、(11)式は電極12A又は12Bが鏡面であることを仮定して導いたものであるが、実際には電気二重層として寄与する電極12A又は12Bの表面積として規定される。例えば、電極表面を凹凸状態とする加工処理を施すことで、電気二重層として寄与する電極12A又は12Bの表面積Sを増加させることができる。電気二重層として寄与する電極の表面積とは、実質的には、電極12A又は12Bに対して、測定対象とすべき細胞を含む溶液がミクロスコピックに接する部分の面積(以下、これを接液面積とも呼ぶ)である。
【0108】
つまり、電極12A及び12Bが非常に薄い正四角柱であると仮定すると、(11)式の計算上では1辺が200μm程度以上の表面積となるが、電極表面を凹凸状態にして接液面積を100倍以上増加させれば、極端にいえば1辺が20μm程度であっても(11)式の条件を満たし得る。
【0109】
ちなみに電極表面積を増加させる手法は、表面の凹凸加工に限らず、例えば、電極表面に対して、金黒メッキ、白金黒メッキ又はパラジウムメッキ等の特殊なコーティング処理を施す手法も適用可能である。
【0110】
ここで、図10とは別の数値計算結果を図11に示す。この検討では、上述のG>GblかつC>Cbhの条件を満たす流路11における狭窄空間CSの直径を12,16,20μmとする流路11がそれぞれ用意され、該流路11の電極12A,12Bに対して100kHzの交番電圧が与えられた。図11のグラフは、このとき狭窄空間CSに与えられる細胞の直径と、該狭窄空間CSにおけるコンダクタンス及びキャパシタンスとの関係を示すものである。
【0111】
グラフの横軸は細胞の直径(d[μm])であり、縦軸は対数目盛で示される低周波極限におけるコンダクタンス(左側:ΔG[μS])とキャパシタンス(右側:ΔC[fF])であり、グラフ内の実線はノイズとの区別が可能とされる臨界値を示す線である。
【0112】
なお細胞の直径は、当該細胞の体積と等価な球としたときの直径である。また臨界値は、アジレント社において最も高感度であるインピーダンスアナライザーがノイズと区別し得る臨界値と同等の値である。
【0113】
図11から、細胞の直径に対して、狭窄空間CSの直径又は厚みを少なくとも2倍とすれば、該狭窄空間CSにおけるコンダクタンス及びキャパシタンスの双方が、ノイズとの区別が可能とされる臨界値よりも大きくなることが分かる。
【0114】
したがって、測定すべき細胞が血球細胞である場合、S/N比の観点では、狭窄空間CSの直径と厚みはともに50μm以下とすることが好ましい。なお、測定対象を血球細胞とする場合、狭窄空間CSの直径を20μm、厚みを50μmとする狭窄部11が最も理想的であり、この狭窄部11に配すべき電極が(11)式を満足する表面積Sは、おおむね1×10−8である。
【0115】
なお、(11)式は(9)式における電気二重層の複素キャパシタンスCを、電極の表面積S、電気二重層の厚みr、溶媒の比誘電率ε及び真空の誘電率εの各パラメータで表した結果であるが、これらパラメータは、狭窄空間CSの寸法や流路11に流すべき溶媒が決まれば一義的に決まる事項である。
【0116】
つまり、G>GblかつC>Cbhの条件を満たす流路11に配すべき電極12A又は12Bの表面積Sは、実質的には(9)式を満足すれば、血球細胞の誘電スペクトルを十分な精度で測定でき、正確な誘電パラメータや物性値を算出できる。
【0117】
また(9)式の「100」は、血球細胞が誘電緩和を示すとされる周波数帯域の最低周波数である。したがって、測定すべき細胞が血球細胞でない場合、(9)式の「100」は、該細胞が誘電緩和を示すとされる周波数帯域の最低周波数値に応じて代わる。
【0118】
[2−4.効果等]
以上の構成において、この誘電サイトメトリー1における流路デバイス10は、流路11における流入口IFと流出口OFとの間において、狭窄空間CSをもつ狭窄部11Aを設ける(図5参照)。流路11は、狭窄部11Aを境界として流入流路部11Bと流出流路部11Cとにわけられ、該流入流路部11Bには電極12Aが、該流出流路部11Cには電極12Bがそれぞれ配される(図5参照)。
【0119】
そしてこの流路デバイス10では、低極限とされる周波数における狭窄部11Aでのコンダクタンス(Gbl)が、流入流路部11B及び流出流路部11Cの合成コンダクタンス(G)よりも小さい状態とされる。かつ、高極限とされる周波数における狭窄部11Aのキャパシタンス(Cbh)が、流入流路部11B及び流出流路部11Cの合成キャパシタンス(C)よりも小さい状態とされる(図8及び(8)式参照)。
【0120】
したがって、この流路デバイス10では、電極12A,12Bに交番電圧が印加された場合、流入流路部11B,流出流路部11Cそれぞれの内部電位はおおよそ一定に保たれる一方、狭窄部11Aでは相対的に大きな電位差と電場の集中が生じる(図6及び図7参照)。
【0121】
つまり、流路デバイス10は、電極12A,12Bが狭窄空間CSから離れて配置されているにもかかわらず、該狭窄空間CSの上面(流入側)と下面(流出側)に、狭窄空間CSと同等の面積の面をもつ電極が配されている場合と電気的には同じ状態を実現し、該状態の電場と同等の電場を与えることができる。この結果、この流路デバイス10は、細胞よりも十分大きい電極を用いながら、単一細胞の複素誘電率を測定することができる。
【0122】
また、かかる作用効果は、電極12A,12Bを配すべき位置が異なっても、アライメント誤差が生じても同等に発揮される。したがって、この流路デバイス10は、自由度の高い流路設計が可能であり、かつ、製造工程や部材自体に起因する電気特性のバラツキにかかわらず同等の測定再現性を得ることができる。また設計自由度が高いため、気泡の滞留等問題の起きやすい流路構造を最適化しやすくなる。
【0123】
なお、狭窄空間CSの加工精度は計測精度を支配する。例えばポリイミド等の高分子フィルムを加工して狭窄空間CSをもつ流路11を形成する場合、該狭窄空間CSにおける厚みについては工業的に規格化されたフィルム自体の厚みで正確に規定することが可能となる。一方、狭窄空間CSの開口寸法についてはリソグラフィ技術を用いて十分な精度で形成可能である。したがって、流路11を構成する材料としてシート状の高分子フィルムを用いた場合、流路デバイス10における狭窄空間CSを厳密に管理することができる。
【0124】
また高分子フィルムを用いて流路11を形成する場合、ガラスを用いて形成する場合に比べて靭性が高いため、複素誘電率の測定時における実質的な耐久性が向上され、この結果、実用上の観点では有利となる。
【0125】
ところで上述したように、電極12A,12B表面と液状溶媒との界面では、電極分極が発生し、この電極分極の電気二重層のキャパシタンスに起因して擬似的な緩和(電極分極緩和)が生じるものである。
【0126】
非特許文献のように対向平板による測定の場合、個々の細胞の誘電スペクトルを測定するためには、細胞の大きさと同程度の電極間隔や電極面積とする必要がある。しかし、電極間隔や電極面積を細胞の大きさと同程度とすると、細胞の誘電緩和と電極分極緩和とを分離することは物理的に不可能となる。
【0127】
また、複素誘電率を測定する既存の装置として血算装置があるが、これはDCと高周波域(20MHz程度)の2点を測定するものであり、中周波数域(100kHz−10MHz程度)を測定するものではない。
【0128】
一般に、赤血球の形状の相違によって、各周波数の複素誘電率(誘電スペクトル)が変化し、該変化は中間周波数域で特に現れることが知られている(例えば、Biophysical Journal 95 (2008) 3043-3047頁参照)。また細胞内の構造によって、中間周波数域の複素誘電率が著しく変化することも知られている(例えば、Bioelectrochemistry and Bioenergetics 40 (1996) 141-145頁参照)。
【0129】
したがって血算装置では、電気的に得られる情報だけでは、細胞を種ごとに分別し、もしくは、同種の細胞から異型を検出・分離し、または、細胞の組成や状態を解析することができない。
【0130】
この点、G>GblかつC>Cbhの条件を満たす流路11の狭窄空間CSでは、流路デバイス10全体におけるキャパシタンスとコンダクタンスの変化量が、該狭窄空間CSのキャパシタンスとコンダクタンスで決まる。そして、この条件を満たす流路11の狭窄空間CSを境界とする流入流路部11Bと流出流路部11Cとに配すべき電極12A,12Bの接液面積が(9)式を満足するものとされる。
【0131】
すなわち、電極12A,12Bと、測定すべき細胞を含む溶液との界面に発生する電気二重層が誘電緩和を示す周波数(特性周波数fEP)が、該電気二重層のキャパシタンスに対する、低極限とされる周波数における電極間のコンダクタンスの比に1/2πを乗算した値として表され、これが、測定すべき細胞が誘電緩和を示す周波数帯域の最低周波数よりも2桁以上小さい関係を満たすよう、電極12A,12Bの接液面積が規定される。
【0132】
したがってこの流路デバイス10では、測定すべき細胞の誘電緩和と、電極分極緩和を明確に分離して確実に測定することができ、この結果、細胞種の分別、同種細胞からの異型の検出・分離、または、細胞の組成や状態の解析を高い精度で実行し得る。
【0133】
このようにG>GblかつC>Cbhの条件と、(9)式の条件の双方を満足する場合、測定すべき細胞の誘電緩和と、電極分極緩和を明確に分離することと、狭窄部11Aに対して電位を集中させて感度をあげることを同時に実現できる点で、測定精度の観点では非常に有用となる。
【0134】
以上の構成によれば、流入流路部11Bと流出流路部11Cとを、測定対象とされる細胞が単一で通過する程度の狭窄空間CSをもつ狭窄部11Aで連結された流路デバイス10を採用することで、測定精度を向上し得る誘電サイトメトリー装置1を実現できる。
【0135】
<3.他の実施の形態>
上述の実施の形態では、生体サンプルとして血球細胞が適用された。しかしながら生体サンプルはこれに限定されるものではない。例えば、血球細胞以外の細胞、染色体、DNA(deoxyribonucleic acid)、cDNA(complementary DNA)、RNA(ribonucleic acid)又はPNA(peptide nucleic acid)等の高分子を生体サンプルとして適用することができる。
【0136】
また上述の実施の形態では、生体サンプルを含ませる液体として生理食塩水が適用されたが、該生理食塩水以外の液体を、生体サンプルの種等に応じて適宜適用することができる。要は、液状の溶媒であればよい。
【0137】
また上述の実施の形態では、流路デバイス10全体の形状は直方体状とされたが、これに限定されるものではない。例えば、球状又は円柱状等、種々の形状を幅広く適用することができる。
【0138】
さらに上述の実施の形態では、流路11は中空とされたがこれに限定されるものではない。例えば、凹状の窪み部分を流路とする等のように、一部の壁面を有しない流路であってもよい。
【0139】
さらに上述の実施の形態では、流入流路部11B及び流出流路部11Cを流方向fdの直交方向にずらして平行に配し、狭窄部11Aを、該流入流路部11B及び流出流路部11Cの終端部分において流方向fdの直交方向に配した流路構造が適用された。しかしながら流路構造はこの実施の形態に限定されるものではない。
【0140】
例えば、図5との対応部分に同一符号を付した図12に示す流路構造の流路デバイスが適用できる。この流路デバイスでは、流入流路部11Bと流出流路部11Cとは同一面上で平行に配され、狭窄部11Aは、該流入流路部11B及び流出流路部11Cの終端部分において流方向fdと平行に配される。この流路構造の流路デバイスは薄厚化できるのに対し、上述の実施の形態の流路構造の流路デバイス10は表面積を小さくできる。
【0141】
別例として、図12(B)との対応部分に同一符号を付した図13に示す流路構造の流路デバイスが適用できる。図13に示す流路デバイスでは、流入流路部11Bと流出流路部11Cとが、細胞を流すことを主目的とする細胞移動空間SPと、電極12を配すことを主目的とする電極配置空間SPとを連結した構成とされる。つまり、測定対象の生体サンプルが含まれる液体を流すことが可能な路(流路)は細胞の移動経路を含むものであればよく、該移動経路に電極12を配すことが必須条件となるものではない。
【0142】
なお、流入流路部11Bと、流出流路部11Cとの形状(構造や体積等)は同一とする場合に限らず(図5、図12又は図13)、相違していてもよい。これら流路部11B,11Cの形状を相違させた場合、少なくとも、該流路部分と狭窄部11Aとの関係が、上述の条件を満たせば、上述の実施の形態と同様の作用効果を奏する。ちなみに、上述の条件はG>GblかつC>Cbhである。
【0143】
また流入流路部11B及び流出流路部11Cの流路はそれぞれ線型としたが、曲型としてもよく、周回型としてもよい。
【0144】
また狭窄部11Aは、流方向fdに対して直交(図5,図13(A))又は平行(図12,図13(B))に配する場合に限らず、該流方向fdに対して傾けてもよい。さらに狭窄部11Aの配置位置は、適宜変更することができる。さらに狭窄部11Aでは、狭窄空間CSに向かって勾配するテーパが設けられたが、該テーパは省略することも可能である。
【0145】
また狭窄部11Aにおける狭窄空間CSは、測定対象とされる単一の生体サンプル(上述の実施の形態では細胞)が通過する程度の空間とされた。しかしながら、単一の生体サンプルの大きさ程度の入口及び出口を有した狭窄部11Aであれば、その狭窄空間CSは必ずしも単一サンプルが通過する程度としなくてもよい。例えば、狭窄空間CSの通路長又は通路径を、測定対象とされる単一の生体サンプルの数倍とすることができる。このようにすれば、1又は数個の生体サンプルの複素誘電率を測定することができ、細胞に比べて微小の生体サンプルを測定する場合等に有用となる。
【0146】
また狭窄空間CSの形状は筒状、つまり狭窄空間CSの空間形状は円柱状とされた。しかしながらこの空間形状については、円柱状に限定されるものではなく、例えば、球形状、台形状、楕円球形状又は錐台形状等、種々の形状を幅広く適用することができる。
【0147】
さらに上述の実施の形態では、電極12A,12Bは、流入流路部11Bと流出流路部11Cとの側壁に配された。しかしながら電極12A,12Bの配置位置は、経路部11B,11Cの側壁に限らず、壁内や経路空間であってもよい。また図13(B)に示す例のように、細胞の移動経路とは別に、該移動経路から分岐する経路を設け、当該分岐経路に電極を配置してもよい。要は、狭窄空間CSを境界として、細胞が流入する側の流路部分と、細胞が流出する側の流路部分とに電極が配されていればよい。ちなみに、電極形状についても種々の形状を幅広く適用することができる。
【0148】
さらに上述の実施の形態では、電極12A,12Bに対して、規定される複数の周波数に高速に切り替えながら交番電圧が印加された(いわゆる周波数域法)。しかしながら印加態様はこの実施の形態に限定されるものではなく、複数の周波数成分の混ざった交番電圧を印加する態様としてもよい(いわゆる周波数重畳法)。この態様を適用した場合、印加すべき周波数の数が多くても、当該周波数の交番電圧を、狭窄空間CSを細胞が通過するまでに確実に印加することができる。また、ステップ電圧を入力し、その時間応答を測定することも可能である(いわゆる時間域法)。ただし、この場合、複素誘電率算出部30には、複数の周波数成分の混ざった交番電圧に応答される電流を時間の関数としてフーリエ変換し、周波数依存性を検出する処理が必要とされる。なお、かかる周波数域法と時間域法とを組み合わせるようにしてもよい。
【0149】
ちなみに、複数の周波数成分の混ざった波として、最も単純には、複数の周波数をもつ正弦波を足し合わせた波を適用することができる。また、足し合わせた波に、例えば振幅がゼロに近い特異点のような点が発生する場合、正弦波の位相を適宜ずらして足し合わせることもできる。それ以外にも、例えば、微分ガウス波、表面横波(STW)、レイリー波(Surface Acoustic Wave)、BGS(Bleustein-Gulyaev-Shimizu)波、ラム波、表面スキミングバルク波又はSH(Shear horizontal)波等を適用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0150】
本発明は、生物実験、患者の経過観察もしくは診断又は医薬の創製などのバイオ産業上において利用可能である。
【符号の説明】
【0151】
1……誘電サイトメトリー装置、2……水流形成系ユニット、3……測定系ユニット、4……分取系ユニット、5……制御系ユニット、10……流路デバイス、11……流路、11A……狭窄部、11B……流入流路部、11C……流出流路部、20……測定部、21……交番電圧発生源、22……電流計、30……複素誘電率算出部、40……生体サンプル解析部、CS……狭窄空間、fd……流方向。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複素誘電率の測定対象とされる複数の生体サンプルが含まれる液体を流すことが可能な流路が形成される流路デバイスであって、
上記流路の流入口と、流出口との間に設けられ、単一の上記生体サンプルが通過する程度の入口及び出口をもつ狭窄部と、
上記流路の流入口と狭窄部の入口との間の流路部分に設けられ、交番電圧の一方の印加対象とされる電極と、
狭窄部の出口と上記流路の流出口との間の流路部分に設けられ、上記交番電圧の他方の印加対象とされる電極と
を有し、
低極限とされる周波数における上記狭窄部のコンダクタンスが、上記流路部分のコンダクタンスよりも小さく、かつ、高極限とされる周波数における上記狭窄部のキャパシタンスが、上記流路部分のキャパシタンスよりも小さい状態とされる
流路デバイス。
【請求項2】
上記電極のうち液状溶媒が接する部分の面積は、
生体サンプルに起因する誘電緩和に対して、電極表面と液状溶媒との界面で生じる電気二重層に起因する緩和が重畳されない程度の面積以上とされる
請求項1に記載の流路デバイス。
【請求項3】
電極表面と液状溶媒との界面で生じる電気二重層に起因する電極分極緩和を示す特性周波数を、該電気二重層のキャパシタンスに対する、低極限とされる周波数における電極間のコンダクタンスの比に、1/2πを乗算した値として表した場合、
上記値が、上記生体サンプルに起因する誘電緩和を示す周波数帯域における最低周波数の桁数を2桁減らした周波数よりも低い関係を満たす状態とされる
請求項1に記載の流路デバイス。
【請求項4】
電極表面と液状溶媒との界面で生じる電気二重層に起因する電極分極緩和を示す特性周波数を、該電気二重層のキャパシタンスに対する、低極限とされる周波数における電極間のコンダクタンスの比に、1/2πを乗算した値として表し、
上記電気二重層のキャパシタンスを、該電気二重層の厚みに対する、液状溶媒が接する電極部分の面積の比に、液状溶媒の比誘電率と、真空の誘電率とを乗算した値として表した場合、
上記液状溶媒が接する電極部分は、上記生体サンプルに起因する誘電緩和を示す周波数帯域の最低周波数よりも上記特性周波数が小さい関係を満たす面積とされる
請求項1に記載の流路デバイス。
【請求項5】
上記狭窄部は、単一の上記生体サンプルが通過する程度の空間でなる
請求項2に記載の流路デバイス。
【請求項6】
上記流路の流入口と、流出口とは着脱可能に連結端に連結され、上記電極は着脱可能に接続端に接続される
請求項3乃至請求項5に記載の流路デバイス。
【請求項7】
複素誘電率の測定対象とされる複数の生体サンプルが含まれる液体を流すことが可能な流路が形成される流路デバイスであって、
上記流路の流入口と、流出口との間に設けられ、単一の上記生体サンプルが通過する程度の入口及び出口をもち、1又は数個の上記生体サンプルが存在可能な狭窄部と、
上記流路の流入口と狭窄部の入口との間の流路部分に設けられ、交番電圧の一方の印加対象とされる電極と、
狭窄部の出口と上記流路の流出口との間の流路部分に設けられ、上記交番電圧の他方の印加対象とされる電極と
を有し、
上記電極は、
生体サンプルに起因する誘電緩和に対して、電極表面と液状溶媒との界面で生じる電気二重層に起因する擬似的な緩和が重畳されない程度の面積以上とされる
流路デバイス。
【請求項8】
複素誘電率の測定対象とされる複数の生体サンプルが含まれる液体に対する流路の流入口と、流出口との間に設けられ、単一の上記生体サンプルが通過する程度の入口及び出口をもつ狭窄部と、
上記流路の流入口と狭窄部の入口との間の流路部分に設けられる電極と、
狭窄部の出口と上記流路の流出口との間の流路部分に設けられる電極と、
上記電極に対して交番電圧を印加し、該電極に流れる電流値から、上記狭窄部に存在する生体サンプルの複素誘電率を測定する測定手段と
を有し、
低極限とされる周波数における上記狭窄部のコンダクタンスが、上記流路部分のコンダクタンスよりも小さく、かつ、高極限とされる周波数における上記狭窄部のキャパシタンスが、上記流路部分のキャパシタンスよりも小さい状態とされる
複素誘電率測定装置。
【請求項9】
測定対象とされる複数の生体サンプルが含まれる液体を噴出する水流形成系ユニットと、
上記水流形成系ユニットから噴出される液体に含まれる生体サンプルの複素誘電率を測定する測定系ユニットと、
上記流路から流出される液体を、廃液と生体サンプル含有液とに分別する分取系ユニットと
を有し、
上記測定系ユニットは、
上記液体に対する流路の流入口と、流出口との間に設けられ、単一の上記生体サンプルが通過する程度の入口及び出口をもつ狭窄部と、
上記流路の流入口と狭窄部の入口との間の流路部分に設けられる電極と、
狭窄部の出口と上記流路の流出口との間の流路部分に設けられる電極と、
上記電極に対して交番電圧を印加し、該電極に流れる電流値から、上記狭窄部に存在する生体サンプルの複素誘電率を測定する測定手段と
を有し、
低極限とされる周波数における上記狭窄部のコンダクタンスが、上記流路部分のコンダクタンスよりも小さく、かつ、高極限とされる周波数における上記狭窄部のキャパシタンスが、上記流路部分のキャパシタンスよりも小さい状態とされる
誘電サイトメトリー装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−181399(P2010−181399A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−289465(P2009−289465)
【出願日】平成21年12月21日(2009.12.21)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】