説明

海洋生物の付着防御器具

【課題】食用貝であるタイラギの殻体表面に、フジツボ、イガイ、カサネカンザシや粘着ホヤ、複合ホヤ等の海洋性生物が付着するのを確実に防御する方法及びそれに使用する防御器具を提供すること。
【解決手段】事前に防汚効果を持たせた通水性素材を貝の殻体に密着させて使用することで、(1)付着時期にあるフジツボ浮遊幼生が付着基盤に付着する際の「好適付着流速の阻害」、(2)付着基盤となる貝殻表面の微生物フィルム形成を阻害することにより、フジツボ、イガイ、カサネカンザシ等の蛋白質由来の「付着嗜好の阻害」、(3)加えて「粗密な形状」から平滑性を好む粘着ホヤ、複合ホヤ等を防御する

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タイラギ等の貝類を海中に垂下して養殖する際、貝類に海洋生物が付着するのを防御する方法及びそれに使用する防御器具に関する。
【背景技術】
【0002】
養殖面積の有効利用と成貝の収穫の効率化を目的に、アサリ、アカガイ、トリガイ等を、通水性にすぐれた飼育カゴの中に砂などの基質を配し、それぞれの脚による潜砂行動に由来する埋設型の垂下養殖方法は、古くから行なわれている(特許文献1)。
【0003】
また、近年環境の悪化から収穫量が激減しているタイラギについても垂下養殖することが提案されており、例えば特許文献2に記載される方法は、専用のコンテナーにタイラギを入れフロート筏に垂下させて養殖するものである。
しかし、垂下養殖における最重要課題は、付着物対策であり、養殖設備やタイラギ自体に大量の海洋生物が付着した場合、まず、タイラギと同じ餌料を食する海洋生物であればタイラギの成長の弊害となり、また、海洋生物がタイラギの蝶番付近へ付着すると、タイラギは殻の開閉が困難となり、タイラギを容易に死に至らしめるといった問題が生じ、天然のタイラギと同等のものを垂下式で養殖する方法は実用化されていないのが現状である。
【0004】
養殖貝自体への海洋生物が付着するのを防御するため、特許文献3では「シリコーン系海洋生物付着物防止剤」を貝殻へ直接塗布することが提案されている。
【0005】
しかし、海洋生物付着防止剤はキシレン等の溶剤に溶解して塗布するため、塗布後、溶剤を揮発させる乾燥工程を必要とするが、生きた貝殻では、大気中での乾燥時間が限られるため、キシレン等、溶剤の揮発不足による残留の可能性が指摘され、食用貝への適用は困難である。さらに、前述の乾燥時間の制限から十分な塗膜強度が得られず、長期間の効果が期待できないという問題もあった。
【0006】
また、従来の真珠養殖やカキ養殖等の垂下養殖においては、事後の付着物の除去手段として、高圧水による直接洗浄や、液体の浸透圧を利用した淡水処理法、塩水処理法などが用いられてきたが、特にタイラギは、殻が薄く、殻が閉まりきらない形状であることから、このような付着物除去方法は適用できない。
【0007】
一方、船底にフジツボなどの海洋生物が付着するのを防止する手段として、浮遊期から付着期にあるフジツボ幼生より小さな目開きの不織布を使用して、船底などの付着基盤を覆うことで、該幼生が付着基盤へ付着することを阻害防御する方法が知られている(特許文献4,5)。
【0008】
しかし、このような不織布は、タイラギなどの二枚貝が捕食する餌も透過できないので、不適である。
【特許文献1】特開昭57−99135号公報
【特許文献2】特開2004−254514号公報
【特許文献3】特開平03−20370号公報
【特許文献4】実開2000−287602号公報
【特許文献5】特開2001−128612号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、食用貝であるタイラギの殻体表面に、フジツボ、イガイ、カサネカンザシや粘着ホヤ、複合ホヤ等の海洋性生物が付着するのを確実に防御する方法及びそれに使用する防御器具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、直接防汚剤を塗布できないタイラギ稚貝などの殻体を、予め防汚処理した通水性のシートで包むことにより、海洋生物の付着を効果的に防御できることを見出し、本発明に至った。すなわち、事前に防汚効果を持たせた通水性素材を貝の殻体に密着させて使用することで、(1)付着時期にあるフジツボ浮遊幼生が付着基盤に付着する際の「好適付着流速の阻害」、(2)付着基盤となる貝殻表面の微生物フィルム形成を阻害することにより、フジツボ、イガイ、カサネカンザシ等の蛋白質由来の「付着嗜好の阻害」、(3)加えて「粗密な形状」から平滑性を好む粘着ホヤ、複合ホヤ等を防御することができる。
【0011】
本発明の態様は以下のとおりである。
(1)防汚処理した通水性のシート様部材で形成した袋体からなる貝類の殻体への海洋生物付着防御器具。
(2)貝類がタイラギである(1)記載の防御器具。
(3)防汚処理した通水性のシート様部材により殻体を覆うことを特徴とする貝類の殻体へ海洋生物が付着するのを防御する方法。
(4)貝類がタイラギである(3)記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、タイラギの殻体に直接防汚剤を塗布することなく、また、シート様部材に塗布した防汚剤を十分時間をかけて乾燥できるので塗膜の強度が高まり、タイラギの殻体に海洋性生物が付着するのを長期間に亘り防御することができる。
さらに、本発明で使用される通水性のシート様部材に対し、タイラギは足糸を伸ばして絡みつくので基質などを使用しなくても安定する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明で、防汚に用いるシート様部材とは、透水性を有する多孔質のシートを前述のシリコーン系付着防止剤で防汚処理したものを、適切な形状に切断または成形したものである。
シート様部材は、タイラギの餌となる海洋生物が自由に通過でき、タイラギの排泄物が逸散するが、海洋生物が殻体表面に到達して着生しない目開きを有することが必要で、不織布または数mm程度のネットが好適に使用できる。
【0014】
防汚処理したシート様部材でタイラギの殻体を覆うとは、少なくともタイラギの蝶番部を含む殻体の表面に前記シート様部材を密着させることをいい、具体的にはシート様部材で形成した袋体またはポケットにタイラギを収容することが、手間がかからず簡便である。
これらの袋体やポケットは、最初から成貝の大きさに合わせたものを使用すれば、稚貝や子貝の成長に合わせてより大きいものに移し変える手間が省ける。
【0015】
シート様部材を構成する素材としては、海水中での耐久性に優れたものであればいずれでも良いが、ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィン、ナイロン等のポリアミド、ポリエチレンテレフタレート等のポリエステル、ABS、塩化ビニル、塩化ビニリデン等の高分子材料を使用することが好ましい。中でも、ポリアミド、塩化ビニル等を原料としたモノフィラメントを編んで編み籠状としたものや不織布形状のものが、取り扱い易く特に好ましい。
【0016】
本発明で使用する防汚剤としては、貝類の育成に害を与える薬剤を含まないシリコーン系またはフッ素系の塗料の中から適宜選択できるが、特にシリコーン系の塗料が、防汚効果が最も優れている点で好ましい。中でも、特開平3−20370号公報に記載されるように、アクリル塗料で下塗り塗装し、シリコーン塗料で上塗り塗装する方法が、効果の持続性の点で好ましい。
【0017】
本発明の方法でタイラギを養殖するには、前述の防汚塗料で防汚処理した塩化ビニル被覆鋼線の枠材と樹脂製ネットで構成した養殖用棚に、防汚処理したシート様部材で被覆したタイラギの複数個を並べて収容すればよい。
また、アンスラサイトなどの基質を貝とともにシート内に収納すると、貝の足糸がよく伸長し安定して飼育できる点で好ましい。基質を収納する際、防汚シートの目が粗い場合は、目の細かい不織布などで囲むようにすればよい。
【実施例1】
【0018】
長崎産人工種苗稚貝15個体(平均殻長64mm)について、図1(図4)、図2(図5)に示すように、ポリエチレン樹脂製不織布をシリコン系塗料にどぶ付けし天日で24時間乾燥させた防汚シート(不織布)から形成した袋体3(縦19cm横45cm)内に収容し、これを樹脂製ネットからなる養殖用棚2に収納し、223日間長崎県小長井町沖水深2mに垂下飼育した。その結果、生存率は90%であり、平均殻長127mm(最大殻長140mm)まで成長した。
【実施例2】
【0019】
長崎県産天然成貝30個体(平均殻長198mm、平均貝柱重量14.8g)について、図3(図6)に示すように、トリカルネット(登録商標)をシリコン系塗料にどぶ付けし天日で24時間乾燥させた防汚したシート(不織布)から形成した袋体3(縦25cm横31cm)内に収容し、これを樹脂製ネットからなる養殖用棚2に収納し、123日間長崎県小長井町沖水深2mに垂下飼育した。その結果、平均殻長200mm、貝柱重量28.0g(最大39.2g)まで成長した。
【実施例3】
【0020】
熊本県産天然成貝60個体(平均殻長175mm、平均貝柱重量5.9g)について、トリカルネット(登録商標)をシリコン系塗料にどぶ付けし天日で24時間乾燥させた防汚したシート(不織布)から形成した袋体(縦25cm横31cm)内に収容し、これを樹脂製ネットからなる養殖用棚に収納し、84日間長崎県小長井町沖水深2mに垂下飼育した。その結果、貝柱重量13.8g(最大17.9g)まで成長した。
【0021】
[比較例1]
佐賀県産天然貝110個体について、小長井漁場にて防汚シートを用いずに4分目三角提灯カゴで垂下飼育した。その結果、60個体が斃死し、生残率は41%であった。試験開始時に平均63mmであった殻長は終了時平均64mmと殆ど成長は認められなかった。この間の垂下飼育期間は140日であった。斃死の原因は藻類やフジツボの付着によるものであった。
【0022】
[比較例2]
長崎県産人工種苗稚貝30個体について、小長井漁場にて4分目三角提灯カゴを用いて垂下飼育した結果、16個体が生存し、生残率は53%であった。試験開始時、平均殻長63mmであったが、試験終了時64mmと殆ど成長は認められなかった。この間の垂下飼育期間は140日であった。斃死の原因は藻類やフジツボの付着によるものであった。
【0023】
佐賀県産天然稚貝123個体と長崎県産人工種苗稚貝30個体を11月30日から4月19日まで小長井漁場にて4分目三角提灯カゴを用いて垂下飼育した結果、66個体が生存し、生残率は50%であった。試験開始時、平均殻長63mmであったが、試験終了時64mmと殆ど成長は認められなかった。この間の垂下飼育期間は140日であった。斃死の原因は藻類やフジツボの付着によるものであった。
【産業上の利用可能性】
【0024】
従来の垂下方式によるタイラギの養殖方法では海洋性生物の付着により長期間の養殖が不可能で、殻体の成長がほとんど期待できなかったが、本発明によれば、長期間垂下養殖することができるので、一時的な成貝の短期養殖ではなく、稚貝からの養殖が可能になった。
また、不織布やトリカルネット(登録商標)等の透水性を持った多孔質のシート様部材を防汚して用いることで、砂泥などの基質入り養殖かごに比べ、一吊り当たりの収容貝数に優れるため、経済性が大きく改善される。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】実施例1で使用したタイラギ稚貝の育成用防汚シート(不織布使用)基質無し
【図2】実施例1で使用したタイラギ稚貝の育成用防汚シート(不織布使用)基質有
【図3】実施例2で使用したタイラギ稚貝の育成用防汚シート(トリカルネット(登録商標)使用)基質有
【図4】図1の防汚シート(不織布使用)基質無しの模式図
【図5】図2の防汚シート(不織布使用)基質有の模式図
【図6】図3の防汚シート(トリカルネット(登録商標)使用)基質有の模式図
【符号の説明】
【0026】
1:タイラギ
2:養殖用棚
3:防汚シートから形成した袋体
4:基質
5:足糸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
防汚処理した通水性のシート様部材で形成した袋体からなる貝類の殻体への海洋生物付着防御器具。
【請求項2】
貝類がタイラギである請求項1記載の防御器具。
【請求項3】
防汚処理した通水性のシート様部材により殻体を覆うことを特徴とする貝類の殻体へ海洋生物が付着するのを防御する方法。
【請求項4】
貝類がタイラギである請求項3記載の方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−57432(P2010−57432A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−227300(P2008−227300)
【出願日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)【国等の委託研究の成果に係る記載事項】 平成19年度 農林水産技術会議 先端技術を活用した農林水産研究高度化事業「大型二枚貝タイラギの環境浄化型養殖技術の開発」(産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(501168814)独立行政法人水産総合研究センター (103)
【出願人】(390037039)田崎真珠株式会社 (15)
【Fターム(参考)】