説明

海綿状繊維立体構造体とその製造方法

【課題】エレクトロスピニング法の特徴を生かしつつ、ナノファイバーあるいはマイクロファイバーの集積による繊維構造体として、嵩方向の目詰りを防止して再生医工学分野の材料として有用な新しい構造体を提供する。
【解決手段】高分子のナノファイバーまたはマイクロファイバーの繊維集積体であって、三次元の空孔を有する海綿状繊維立体構造体とする。該空孔率が90%以上で、エレクトロスピニング法において、高分子のナノファイバーまたはマイクロファイバーが、該高分子ファイバーをプロセス中に可溶化しない溶媒で低表面張力の溶媒液中にて形成されたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血管新生、組織再生のための細胞の足場材料等の再生医工学用材料に特に有用な高分子ナノファイバーやマイクロファイバーの集積体である海綿状繊維立体構造体とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、再生医工学分野や病院医療現場において、生体外及び生体内での組織再生を目的として、細胞や体液等を多量に保持し、内部への組織侵入性が高い立体構造の細胞足場材料が求められている。一方、直径がナノメートルオーダーからなるナノファイバーは、1)細胞の形態、機能、細胞間相互作用に重要な役割を示す細胞外マトリックスに類似した形態である、2)単位面積、単位体積あたりの表面積が大きい、等の理由で再生医工学に向けた細胞足場材料としての利用・応用が期待されている。そして、発明者らも、これまでに、高分子材料をナノファイバー化することにより、直径の太いマイクロファイバーよりも細胞接着性が向上することを明らかにしてきている。
【0003】
ここでのナノファイバーはエレクトロスピニング法により作製が可能である。エレクトロスピニング法は、高電圧によって紡糸を行う方法である。具体的には、高分子溶液に高電圧を印加すると溶液表面に電荷が誘発、蓄積され、表面張力が電荷の反発力を超えると荷電した溶液のジェットが噴射される。噴射したジェットは溶媒の蒸発によりさらに細かいジェットとなって、最終的にコレクタと呼ばれる部分に高分子ファイバーを得るものであり、マイクロファイバーや、外径が数百ナノメートルレベルのナノファイバーの作製が可能である。
【0004】
このようなエレクトロスピニング法の特徴に沿って、本発明者らは高分子ファイバーの形成方法についての提案を行ってもいる(特許文献1−2)。
【0005】
このようにエレクトロスピニング法は、ナノファイバーまでの高分子繊維の形成を可能とするという特徴を有している。ただ、エレクトロスピニング法による従来の繊維構造体の作製方法では嵩方向に目詰まりするため、作製した構造体内部への組織侵入性が悪いという問題点がある。
【特許文献1】特開2006−312794号公報
【特許文献2】特開2006−328562号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明は、従来の問題点を解消し、エレクトロスピニング法の特徴を生かしつつ、ナノファイバーあるいはマイクロファイバーの集積による繊維構造体として、嵩方向の目詰りを防止して再生医工学分野の材料として有用な新しい構造体と、その製造方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するものとして以下のことを特徴としている。
【0008】
第1:高分子のナノファイバーまたはマイクロファイバーの繊維集積体であって、三次元の空孔を有する海綿状繊維立体構造体とする。
【0009】
第2:空孔率が90%以上である上記の海綿状繊維立体構造体とする。
【0010】
第3:エレクトロスピニング法において、高分子のナノファイバーまたはマイクロファイバーが、該高分子ファイバーをプロセス中に可溶化しない溶媒で低表面張力の溶媒液中にて集積形成されたものである海綿状繊維立体構造体とする。
【0011】
第4:複数種の高分子のナノファイバーまたはマイクロファイバーの繊維集積体である上記の海綿状繊維立体構造体とする。
【0012】
第5:エレクトロスピニング法による高分子のナノファイバーまたはマイクロファイバーの集積体である立体構造体の製造方法であって、高分子ファイバーをプロセス中に可溶化しない溶媒であって、低表面張力の溶媒の浴中にて集積形成させる三次元の空孔を有する海綿状繊維立体構造体の製造方法とする。
【0013】
第6:溶媒の表面張力は、0〜75mN/mの範囲内である上記の海綿状繊維立体構造体の製造方法とする。
【0014】
第7:複数種の高分子のエレクトロスピニング法による海綿状繊維立体構造体の製造方法とする。
【0015】
第8:浴中に、有機化合物、無機化合物および金属のうちの1種以上の溶質を溶解もしくは分散させている海綿状繊維立体構造体の製造方法とする。
【発明の効果】
【0016】
上記のとおりの本発明によれば、嵩方向の目詰まりを防止し、三次元的に適度な隙間が空いた海綿状の立体構造体が提供され、かつ、これを簡便に作製することができる。この構造体内部には、細胞及び体液等を多量に浸潤させることが可能で、内部への組織侵入性が高い高分子繊維立体構造体の作製が実現し、再生医工学への利用のみならず、各種の産業分野への利用が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下に本発明の実施の形態について説明する。
【0018】
本発明の製造方法でのエレクトロスピニング法とは、高分子溶液に高電圧を印加することによって溶液をスプレーし、ファイバーを形成させるものである。通常、エレクトロスピニング法によって形成される高分子のファイバーは通常コレクタと呼ばれる捕集基板部分に集積するが、その工程においてファイバーが帯電していることで捕集基板に強く引き寄せられてしまい、そのために繊維構造体の嵩方向が目詰まりしてしまうことになる。そこで本発明ではコレクタとして、高分子ファイバーをプロセス中に可溶化しない溶媒でかつ表面張力の低い溶媒で満たされた浴槽を設置し、ファイバーを同溶媒中に集積させることで、嵩方向の目詰まりを防止した海綿状繊維立体構造体を作製する。これによって、従来法で作製される高分子繊維立体構造体に対して、たとえば400%以上の空孔を有する海綿状繊維立体構造体の作製を達成することができる。このように従来法と比較して、嵩方向の目詰まりを防止し、三次元的に適度な隙間が空いた海綿状繊維立体構造体を作製する方法とその作製された同構造体は、今後の再生医工学分野、また関連産業において多大な影響を与えるものと考えられる。
【0019】
本発明においては、エレクトロスピニング法のための装置は、従来からの知見を踏まえて様々な形態とすることができるが、紡糸されたファイバーの浴を用いることとし、この浴には、高分子ファイバーをプロセス中に可溶化しない溶媒であって、かつ表面張力の低い溶媒を用いる。ここでの高分子ファイバーをプロセス中に可溶化しない溶媒については
、たとえばポリグリコール酸を用いる場合には、水、あるいはアルコール類などの有機溶媒が、また、コラーゲンを高分子とする場合には、アルコール類が考慮される。また、この際の溶媒は、表面張力の低い、より好ましくは0〜75mN/m、さらに好ましくは0〜30mN/mの表面張力のものが好適に考慮される。
【0020】
本発明においては、直径がナノスケール(<1000nm)のナノファイバーや、直径がマイクロスケール(1μm〜100μm)のファイバーの集積体が形成される。その空孔率については90%以上のものも得られることになる。
【0021】
なお、浴中は、溶質として有機化合物、無機化合物、金属等の1種以上が溶解もしくは部分溶解されたものであってもよい。有機化合物、無機化合物、または金属が溶解もしくは部分溶解されたものであることによって、これら各種化合物をその構成の一部とする高分子ファイバーを製造することができる。たとえば、有機化合物としては、蛋白質、ペプチド、糖など挙げることができ、無機化合物としては、塩化カルシウム、リン酸、金属としてはアルミニウム、金などを挙げることができ、これらを単独もしくは組み合わせて使用してもよい。これによって生体親和性に富んだ高分子ファイバー等の創製が可能となる。
【0022】
そこで以下に実施例を示し、さらに詳しく説明する。もちろん以下の例によって発明が限定されることはない。
[実施例1]
ポリグリコール酸からなる海綿状繊維立体構造体の作製を行なった。Khilらの文献(J. Biomed. Mater. Res. Part B Appl. Biomater 72B 117-124, 2005)を参考に作製装置を構成(図1)した。ポリグリコール酸溶液(溶媒は1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ−2
−プロパノール)の濃度を80mg/mLに調製し、送液速度5mL/h、印加電圧30kV、紡糸開始点とコレクタ間の距離を25cmと設定し、エレクトロスピニングの条件とした。コレクタとして、浴槽中にポリグリコール酸ファイバーをプロセス中に可溶化しない溶媒、ヘキサフルオロイソプロパノールの良溶媒であるt−ブチルアルコール(表面張力:18.16mN/m)を満たしたステンレス浴槽を設置した。以上の条件でエレクトロスピニングによる繊維立体構造体の作製を行なったところ、液中に構造体が形成された。その構造体をブチルアルコールと共に慎重に回収し、一晩凍結真空乾燥を施した。得られた構造体を、走査型電子顕微鏡で観察した。その結果、図2並びに表1に示したように、従来法のエレクトロスピニングの方法で作製した繊維構造体に比べて、およそ450%ほどの空孔を持ち、三次元的に適度な隙間が空いた空孔率96%の海綿状繊維立体構造体が得られた。本発明の本方法が、嵩方向の目詰まりを防止し、三次元的に適度な隙間が空いた海綿状繊維立体構造体作製技術として優れていることが示された。
【0023】
【表1】

【0024】
[実施例2]
ポリグリコール酸とコラーゲンからなる海綿状繊維立体構造体の作製を行なった。Kh
ilらの文献を参考に実施例1と同様にして作製装置を構成(図1)した。高分子溶液として、ポリグリコール酸溶液(溶媒は1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ−2−プロパノール
)の濃度を100mg/mLに調製したものと、コラーゲン溶液(溶媒は1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ−2−プロパノール)の濃度を100mg/mLに調製したものを6:4で混合した溶液を使用した。また、送液速度5mL/h、印加電圧30kV、紡糸開始点とコレクタ間の距離を25cmと設定し、エレクトロスピニングの条件とした。コレクタとして、浴槽中にポリグリコール酸とコラーゲンファイバーをプロセス中に可溶化しない溶媒、ヘキサフルオロイソプロパノールの良溶媒であるt−ブチルアルコールを満たしたステンレス浴槽を設置した。以上の条件でエレクトロスピニングによる繊維立体構造体の作製を行なったところ、液中に構造体が形成された。その構造体をt−ブチルアルコールと共に慎重に回収し、一晩凍結真空乾燥を施した。得られた構造体を、走査型電子顕微鏡で観察した。その結果、通常のエレクトロスピニングの方法で作製した繊維構造体に比べて、三次元的に適度な隙間が空いた海綿状繊維立体構造体が得られた(図3)。本発明の方法が、嵩方向の目詰まりを防止し、三次元的に適度な隙間が空いた海綿状繊維立体構造体作製技術として優れていることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】作製装置の概観図
【図2】実施例1で作製した海綿状繊維立体構造体と、従来法で作製した構造体との走査型電子顕微鏡写真による比較(PGA 80mg/mLの溶液で作製した場合)。
【図3】実施例2で作製した海綿状繊維立体構造体と、従来法で作製した構造体との走査型電子顕微鏡写真による比較(PGA 100mg/mLとコラーゲン100mg/mLの6:4混合溶液で作製した場合)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子のナノファイバーまたはマイクロファイバーの繊維集積体であって、三次元の空孔を有することを特徴とする海綿状繊維立体構造体。
【請求項2】
空孔率が90%以上であることを特徴とする請求項1に記載の海綿状繊維立体構造体。
【請求項3】
エレクトロスピニング法において、高分子のナノファイバーまたはマイクロファイバーが、該高分子ファイバーをプロセス中に可溶化しない溶媒で低表面張力の溶媒液中にて形成されたものであることを特徴とする請求項1または2に記載の海綿状繊維立体構造体。
【請求項4】
複数種の高分子のナノファイバーまたはマイクロファイバーの繊維集積体であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の海綿状繊維立体構造体。
【請求項5】
エレクトロスピニング法による高分子のナノファイバーまたはマイクロファイバーの集積体である立体構造体の製造方法であって、高分子ファイバーをプロセス中に可溶化しない溶媒であって、低表面張力の溶媒の浴中にて集積形成させることを特徴とする三次元の空孔を有する海綿状繊維立体構造体の製造方法。
【請求項6】
溶媒の表面張力は、0〜75mN/mの範囲内であることを特徴とする請求項5に記載の海綿状繊維立体構造体の製造方法。
【請求項7】
複数種の高分子のエレクトロスピニング法によることを特徴とする請求項5または6に記載の海綿状繊維立体構造体の製造方法。
【請求項8】
浴中に、有機化合物、無機化合物および金属のうちの1種以上の溶質を溶解もしくは分散させていることを特徴とする請求項5から7のいずれかに記載の海綿状繊維立体構造体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−261064(P2008−261064A)
【公開日】平成20年10月30日(2008.10.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−103201(P2007−103201)
【出願日】平成19年4月10日(2007.4.10)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】