海苔の単細胞化方法及び養殖方法
【課題】新規な細胞刺激方法に基づく、アマノリ属の単細胞化方法を提供することを目的とする。
【解決手段】アマノリの葉状体を成熟条件下で培養することと組み合わせて、酸処理又はアルカリ処理を施すことにより、葉状体の崩壊を促進させると共に、単胞子,果胞子等の単細胞を積極的に放出させた。これにより、(1)単胞子を有利に放出せしめて、海苔の養殖に利用することが出来ると共に、(2)単胞子を用いて、優良な形質を備えた種をクローン技術として安定して供給・育成することが可能となり、(3)また、葉状体から遊離した各種の単細胞を、魚介類の養殖時に用いられる餌料として活用することもできる。
【解決手段】アマノリの葉状体を成熟条件下で培養することと組み合わせて、酸処理又はアルカリ処理を施すことにより、葉状体の崩壊を促進させると共に、単胞子,果胞子等の単細胞を積極的に放出させた。これにより、(1)単胞子を有利に放出せしめて、海苔の養殖に利用することが出来ると共に、(2)単胞子を用いて、優良な形質を備えた種をクローン技術として安定して供給・育成することが可能となり、(3)また、葉状体から遊離した各種の単細胞を、魚介類の養殖時に用いられる餌料として活用することもできる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、養殖に適した、例えば紅藻ウシケノリ科アマノリ属などの海苔の単細胞化方法及び養殖方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
海苔は古来から食用とされており、海苔の養殖は重要な水産業の一つである。海苔養殖の対象の一つには、紅藻ウシケノリ科アマノリ属(Porphyra)に属するアサクサノリ(P.tenera)やスサビノリ(P.yezoensis) 、オニアマノリ(P.dentata) 、マルバアサクサノリ(P.kuniedae)、ウップルイノリ(P.pseudolinearis)、イチマツノリ(P.seriata) 、クロノリ(P.okamurae)等が挙げられる。
【0003】
これらの海苔の養殖現場においては、植物プランクトンの大量増殖による海水中の栄養塩の枯渇や、降雨量の変化等の様々な要因により、海苔の変色被害が毎年発生している。いわゆる「色落ち海苔」と呼ばれる変色した海苔は、板海苔等に加工しても黒みに乏しく、商品価値が著しく低くみなされる。それ故、実質的に商品価値が無くなった色落ち海苔は、大部分が大量に廃棄処分されている。
【0004】
このような色落ち海苔の利用法としては、特許文献1(特開2006−288223)に示されているように、原藻を細かく切断した後、洗浄,乾燥し、海苔加工食品とすること等が考えられている。しかしながら、このような利用法では、専用の装置を必要とする上、乾燥処理等に大きなコストがかかることもあって、毎年大量に発生する色落ち海苔を充分有効に活用するには至っておらず、色落ち海苔の有効利用方法の開発は、海苔の養殖産業にとって重要な課題となっている。
【0005】
一方、海苔養殖の対象となるアマノリ属の生活史は、一般に、秋に殻胞子(conchospore) を放出して、殻胞子の発芽後、冬に生長し、春に成熟して果胞子(carcospore)を放出し、夏に糸状体(コンコセリス)として過ごすようになっている。具体的には、アマノリ属の生活史は、単相(haploid) の葉状体(bladeまたはthallus)と複相(diploid) の糸状体(filament)の二つの世代を交代する。葉状体は、雄性または雌性の生殖器官を有する有性世代(sexual generation) であり、有性生殖により造られて、発芽すると糸状体に発達する果胞子(接合胞子(zygotospore) )を放出したり、或いは有性生殖によらずに葉状体の細胞がそのまま胞子となる原胞子(archeospore) (=単胞子monospore )を放出する。一方、糸状体は、接合胞子または殻胞子が発芽してなる無性世代(asexual generation)に当たり、成熟すると殻胞子嚢枝(conchosporangial branch) が形成されて殻胞子を放出する。
【0006】
このようなアマノリ属の生活史や養殖産業に係る種苗生産や栽培技術の実現性などを考慮して、従来から、果胞子が牡蠣や帆立貝等の貝殻に穿孔して生長した糸状体の複数を、4〜9月の約半年間にわたり培養して管理すると共に、糸状体が成熟して殻胞子を放出する9月中旬から10月上旬頃に、海苔網(たね網)等の担体に殻胞子を付着させる海苔の養殖方法が知られている。
【0007】
海苔網に殻胞子を付着させる、所謂海苔養殖の採苗方法としては、例えば海上採苗や陸上採苗が知られている。野外採苗とも称される海上採苗は、まず、袋状の収納部を設けた網等を用意すると共に、この収納部に殻胞子を放出する糸状体を含んだ貝殻(成熟した貝殻糸状体)の複数を入れる。そして、この貝殻を保持した網を浮き等で支持せしめて海上に設置した後、その上に所定の枚数の海苔網を重ねて広げ、そのまま所定の期間置くことにより、糸状体から海水中に殻胞子を放出せしめて海苔網に付着させる方法である。また、陸上採苗は、例えば特許文献2(実開平5−95267号公報)や特許文献3(特開2005−46051号公報)にも示されているように、海水または人工海水が収容された水槽を陸上に設置して、該水槽の上方に対して所定の数の海苔網が捲回された回転枠を回転可能に配設し、成熟した貝殻糸状体を水槽に入れると共に、回転枠の回転に伴い海苔網を水槽の海水に潜らせることによって、海水または人工海水中にある殻胞子を海苔網に付着させるようになっている。
【0008】
そして、胞子が発芽して幼芽を付着した海苔網を浅瀬や沖合等の所定の養殖海域に設けられた支柱や浮きなどに支持せしめて、幼芽が幼葉期を経て成葉期の葉状体に生長し、11〜3月頃に目的とする葉長に生長した葉状体を摘採することとなる。
【0009】
ところが、このような従来の海苔の養殖方法においては、採苗前に、糸状体を穿孔させるための大量の貝殻や、これら糸状体を備えた貝殻(貝殻糸状体)を培養管理する大きな設備が必要であった。しかも、貝殻糸状体は水温や光に敏感で、その管理が難しく、4〜9月という比較的に長い糸状体の培養期間にあって、大変な手間がかかる問題や、大量の貝殻糸状体を運搬すること等に大きな労力を要する問題があった。また、大量の貝殻糸状体を移動させて、培養液を交換したり、培養設備を清掃したり、更には貝殻糸状体の生育を阻害する藻類などの付着を防止する目的で貝殻表面を洗浄したりする作業等を少なくとも数回実施する必要があった。そのため、養殖業者に多大な労力や経済的負担が課されるという問題を内在していた。
【0010】
なお、葉状体の組織片における全部または一部の細胞が栄養胞子に分化して単胞子として放出され、該単胞子が発芽すると、糸状体期を経ずに、そのまま葉状体に生長することが知られている。この単胞子は交雑や減数分裂を経ておらず、無性的な増殖に基づいて、細胞の遺伝子的変化が抑えられるため、かかる単胞子を放出した葉状体の形質が有効に保持される。更に、このような葉状体組織片を所定の条件下で培養すると、単胞子を人為的に放出させることが可能であることが分かっている。
【0011】
しかしながら、上述の糸状体期を経ずに葉状体を得る方法は、未だ研究段階にあり、目的とする単胞子が十分に且つ安定して放出され難いことから、採苗等に必要とされる充分な単胞子量や形質保持が見込まれ難く、海苔養殖の現場で採用できるものではないのである。
【0012】
【特許文献1】特開2006−288223号公報
【特許文献2】実開平5−95267号公報
【特許文献3】特開2005−46051号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
ここにおいて、本発明は、上述の如き事情を背景として為されたものであって、その解決課題とするところは、アマノリ属の葉状体において単胞子や果胞子,精細胞の形成を促進せしめて葉状体の崩壊を促進させ、単細胞化することにより、各種の生物の餌料として活用可能な海苔単細胞を容易に作成し得るほか、海苔の養殖や品種改良に有効利用され得る単胞子を充分に獲得し得る、新規な海苔の単細胞化方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
(海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様1)
海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様1の特徴とするところは、アマノリ属の葉状体を温度処理と照射処理の少なくとも一方を実施する成熟条件下で培養すると共に、酸処理を施すことにより、該葉状体から単細胞を積極的に放出させることにある。
【0015】
本態様に従う海苔の単細胞化方法においては、本発明者が行った実験結果などからも、アマノリ属の葉状体に酸処理による刺激を与えることによって、天然の葉状体や従来の海苔の養殖方法に係る培養条件などで育成した葉状体からでは到底放出され難い程に、精細胞や、果胞子、単胞子などの各種の単細胞が積極的に放出されることが確認できた。すなわち、本態様に従う海苔の単細胞化方法に従えば、酵素等を使用せずに、低コストで海苔の葉状体を単細胞化することができる。
【0016】
なお、本発明における単細胞とは、性成熟により形成される未受精の果胞子及び精細胞のほか、接合胞子,単胞子,未分化の栄養細胞等を含んだものをいう。すなわち、本態様に従う海苔の単細胞化方法に従えば、葉状体の成熟を促進せしめる温度処理や照射処理と組み合わせて、酸処理を施すことによって、葉状体の崩壊と共に栄養細胞の分化を促して、単胞子の放出や精細胞及び果胞子の放出を促進することができる。
【0017】
なお、本態様における酸処理を行う際の水素イオン濃度は、葉状体の種類やその成長段階等に応じて、任意の水素イオン濃度とされる。また、本態様に従う単細胞化方法によって、どのような種類の単細胞の獲得を意図するかによっても、適当な水素イオン濃度が任意に選択されることとなる。具体的には、精細胞を獲得する場合にはpH3〜6の範囲が望ましく、それ以外の果胞子や栄養細胞等の単細胞を数多く得ようとする場合には、水素イオン濃度はpH2〜6の範囲とされることが望ましい。一方、葉状体から単胞子を放出させて、これを採苗などに利用する場合には、pH1〜6の範囲が好適に採用される。
【0018】
また、酸処理に使用される酸性溶液としては、各種の無機酸を用いて調整されたものが用いられるが、必要に応じて、クエン酸,リンゴ酸,コハク酸など、各種の有機酸を使用してもよい。このような有機酸を用いることにより、室内環境下だけでなく、実際の海苔の養殖現場においても、環境への影響を抑えつつ、本態様に従う海苔の単細胞化方法を実施する事が容易となる。また、酸処理に利用される酸性溶液は、アマノリ属の養殖において各種の病害対策に用いられている有機酸液を利用してもよい。
【0019】
また、本態様に従う海苔の単細胞化方法においては、酸処理と組み合わせる成熟条件として、温度処理と照射処理の少なくとも一方を実施するという簡単な方法で、海苔の成熟を有利に促進せしめて、葉状体から単胞子,果胞子等の単細胞を積極的に放出させることができる。このような技術的効果を説明することが本発明の目的とするところでないが、おそらくは、本態様に従う海苔の単細胞化方法の実施によって、アマノリ属の生活史における季節、即ち寒い時期と暖かい時期を跨ぐ自然現象を、葉状体に誤認せしめるような結果となり、それによって、葉状体が成熟を始めて精細胞や果胞子,単胞子などを積極的に放出するものと推考される。それ故、本態様に従う海苔の単細胞化方法においては、温度処理と照射処理とが相互に組み合わされて実施されることが望ましい。
【0020】
なお、本態様における温度処理は、葉状体を培養する際の通常の海水の温度よりも高温下の海水の中で葉状体を培養する処理をいう。好適には、葉状体を培養する際の通常の海水の温度として5〜15℃の海水中で適度な葉長になるまで培養された葉状体を、それよりも高温とされた海水の温度としての15〜25℃の海水中で培養する事が採用され得る。また、葉状体に温度処理を施す作業は、例えば、葉状体を所望する葉長となるまで培養した後、培養海水の温度を15〜25℃の範囲に設定変更したり、或いは葉状体を所定の室や容器に収容せしめて、室や容器の温度を15〜25℃の範囲に設定変更すること等によって実現される。また、温度は、一定に保たれても、変化しても良い。具体的には、例えば葉状体を海水中で培養した後に、海水の温度を上昇させたり、海水の温度を下降させた後に上昇させたり、下降と上昇を所定の回数繰り返したりすること等によって、低温から高温への温度変化による刺激が葉状体に与えられることによる各種の温度刺激が採用可能である。また、必要に応じて、通常条件下での培養を省略して、葉状体の培養当初から15〜25℃の高水温下における成熟条件下での培養を開始してもよい。
【0021】
一方、本態様における照射処理は、葉状体を通常の所謂短日条件において培養する際の光の照射時間よりも長時間光を照射すること、及び/又は、通常の照度よりも強い照度の光を照射する処理が採用され得る。葉状体を培養する際の通常の光条件としては、例えば、一日当たり5〜10時間、2000Lx程度の光を照射すること等が実施され得るが、本実施形態における照射処理としては、葉状体に一日当たり10〜20時間、2000Lx以上の光を照射する事が好適に実施される。なお、本態様において、照射は連続的に行われることが望ましい。更に照射されていない状態では、暗室若しくはそれに近い状態におくのが好ましい。それによって、光の照射による刺激を葉状体に一層効果的に与えることが出来る。また、光の照度の上限は、好ましくは20000Lxとされる。20000Lxよりも大きくなると、葉状体の生育状態に支障を来すおそれがあるからである。また、かかる照射処理においては、光の照射時間や照度は、一定に保たれても、変化しても良い。具体的には、例えば葉状体を所定の照度の光で培養した後に、光の照度を強めたり、光の照度を弱めて培養した後に照度を上昇させたり、照度の低下と上昇を所定の回数繰り返したりすることや、光の照射時間を短くして培養した後、照射時間を延長するように変更して培養したり、照射時間の変更を所定の回数繰り返したりすること、さらに、光の照度と照射時間の両方を同時に、又は交互に変化させたりすること等の、光の照射条件の変化による各種の刺激が採用可能である。
【0022】
なお、本発明における海水とは、天然海水や人工海水、天然海水又は人工海水に栄養剤等を加えた栄養強化海水等を含んだものをいう。人工海水は、水に塩類やミネラルその他の適当な物質を加えて得たものや天然海水に適当な物質を加えて調整したもの等をいう。
【0023】
(海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様2)
海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様2の特徴とするところは、本発明の態様1に係る海苔の単細胞化方法において、前記酸処理における酸性溶液の水素イオン濃度をpH1より大きくpH3に満たないようにすることにある。
【0024】
本態様の海苔の単細胞化方法に従えば、葉状体をより有効に刺激せしめて単細胞化を促進し得ることにより、各種の単細胞の中でも、単胞子を、特に効率的に放出させることができる。
【0025】
(海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様3)
海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様3の特徴とするところは、アマノリ属の葉状体を温度処理と照射処理の少なくとも一方を実施する成熟条件下で培養すると共に、アルカリ処理を施すことにより、該葉状体から単細胞を積極的に放出させることにある。
【0026】
本態様の海苔の単細胞化方法に従えば、前記態様1に記載の海苔の単細胞化方法と同様に、葉状体から各種の単細胞を充分に放出させることができる。
【0027】
なお、本態様におけるアルカリ処理に利用される塩基性溶液は、所望する単細胞の種類や、利用目的に応じて、任意の水素イオン濃度とされてよいが、好ましくは、水素イオン濃度がpH9〜13の範囲とされる。また、アルカリ処理に使用される塩基性溶液としては、特に限定されるものではなく、各種の塩基性溶液が用いられる。
【0028】
(海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様4)
海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様4の特徴とするところは、本発明の態様3に係る海苔の単細胞化方法において、前記アルカリ処理における塩基性溶液の水素イオン濃度をpH12より大きくpH14に満たないようにすることにある。
【0029】
本態様の海苔の単細胞化方法に従えば、葉状体をより有効に刺激せしめて単細胞化を促進し得ることにより、単胞子を特に効率的に放出させることができる。
【0030】
(海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様5)
海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様5の特徴とするところは、本発明の態様1乃至4に係る海苔の単細胞化方法において、前記単細胞として、単胞子を放出させることにある。
【0031】
海苔の単細胞化方法にかかる本態様に従えば、葉状体から充分に単胞子を放出させることが可能となることから、放出された単胞子を海苔網等の担体に付着させて、葉状体に生育せしめることにより、海苔の養殖を有利に進める事が可能となる。また、放出された単胞子が成長してなる葉状体は、元の葉状体と同一の遺伝情報を有していることから、かかる単胞子を利用して、同一の遺伝形質を有するクローン葉状体を成長せしめる事が可能となる。
【0032】
(海苔の養殖方法にかかる本発明の態様1)
海苔の養殖方法にかかる本発明の態様1の特徴とするところは、前記海苔の単細胞化方法にかかる態様5に記載の海苔の単細胞化方法によって葉状体から放出された単胞子を担体に付着させて、該単胞子を成長させることを特徴とする海苔の養殖方法にある。
【0033】
本態様の海苔の養殖方法においては、海苔の単細胞化方法にかかる本発明に従う単細胞化方法によって、天然の葉状体や従来の海苔の養殖方法に係る培養条件などで育成した葉状体からでは、到底放出され難い程に、単胞子が積極的に放出されることを利用して、海苔の養殖を容易に行うことができる。すなわち、放出された単胞子を担体に付着させて発芽(細胞分裂による成長をいう)せしめた後に、目的とする大きさや品質を備えた葉状体に生長させることができる。それ故、海苔の養殖現場にあって、葉状体に生長する単胞子が十分に放出されることに基づき、単胞子を担体に付着せしめることで、充分な収穫量を安定して得ることが可能となる。
【0034】
また、例えば、採苗期に葉状体に刺激を与えて単胞子を担体に付着せしめた後に育苗したり、或いは、予め葉状体に刺激を与えて単胞子を担体に付着せしめて、これを育苗期まで凍結保存等して、育苗期に幼芽を育成することが出来る。それ故、貝殻糸状体による糸状体期を経て採苗する従来の海苔の養殖方法のような貝殻糸状体の培養管理にかかる労力や経済的負担が省かれて、海苔養殖が極めて効率的に実現され得る。
【0035】
特に本態様では、葉状体の栄養細胞が交雑や減数分裂を経ずに分化した単胞子を葉状体に生長させることにより、交雑や減数分裂を経て分化した接合胞子に比して、遺伝的形質の劣化が抑えられて、単胞子を単離、培養して得られる葉状体から、多量の純系、クローン葉状体を容易に得ることが出来る。また、このような単胞子からなる葉状体においては、半数体細胞であるため、生殖による交雑の可能性や、倍数体の糸状体から形成される殻胞子のように複数の遺伝的要素が混合する可能性が少ない。それ故、優れた品種の形質保持や、単一系統の海苔網が形成されることに基づく種苗の均一化などが有利に図られ得る。
【0036】
また、本発明者が行った先行する実験結果などからは、担体に支持された葉状体に成熟刺激を与えることによって、単胞子が葉状体から積極的に放出された後に、該単胞子が再び該葉状体が支持された担体等に付着して発芽し、新たな葉状体として生長され得ることが確認されている。また、葉状体に刺激を与えて放出された単胞子を採取した後に、単胞子を担体に付着させることによっても、該単胞子の発芽後、新たな葉状体に生長することが確認されている。なお、一次芽からなる葉状体や二次芽以上の複次芽からなる葉状体の何れにおいても、刺激を与えることによって、単胞子が積極的に放出されることが確認されている。
【0037】
従って、アマノリ属の育苗期や本養殖期に、担体に支持された葉状体から単胞子を積極的に放出させて、担体に再び付着させたり、或いは、別途準備した葉状体から放出された単胞子を採取して、育苗または本養殖期の担体に付着させたりすることによって、複次芽(単胞子)の担体への付着を好適に操作することが出来る。その結果、収穫期に応じて必要な量の複次芽を担体に付着させることが出来、担体に支持された葉状体の生育密度が好適に確保されて、生育環境が良好とされる。しかも、複次芽からなる葉状体は、一次芽からなる葉状体に比して若齢で、その葉が柔らかいことから、葉状体の老齢化に起因して葉が硬くなることが好適に抑えられる。それ故、生産効率や品質が有利に向上され得るのである。
【0038】
(海苔の養殖方法にかかる本発明の態様2)
海苔の養殖方法にかかる本発明の態様2の特徴とするところは、海苔の養殖方法にかかる本発明の態様1の海苔の養殖方法において、海水が収容された水槽を陸上に設置すると共に、前記刺激を与えた前記葉状体から放出された前記単胞子を該水槽の該海水の中に存在せしめた状態下で、前記担体を該海水に接触させることによって、該担体に該単胞子を付着させることにある。
【0039】
本態様においては、単胞子の担体への付着が効率的に実現される。なお、単胞子は、水槽に入れた葉状体に刺激を与えて放出させても良いし、別の場所で葉状体から採取したものを水槽に入れても良く、また、別の水槽で刺激を与えた葉状体を用いて単胞子を放出させても良い。
【0040】
(海苔の養殖方法にかかる本発明の態様3)
海苔の養殖方法にかかる本発明の態様3の特徴とするところは、海苔の養殖方法にかかる本発明の態様2に係る海苔の養殖方法において、前記水槽の上方に海苔網が捲回された回転枠を回転可能に配設し、該海苔網によって前記担体を構成して、該回転枠を回転させて該海苔網を該水槽の前記海水に接触させることにある。
【0041】
本態様においては、多くの単胞子を、比較的に少ない労力で、担体に効率的に付着させることが出来、海苔養殖が有利に実現され得る。しかも、担体が海苔網で構成されていることによって、保管や取り扱い性に優れている。
【0042】
(海苔の品種改良方法にかかる本発明)
海苔の品種改良方法にかかる本発明の特徴とするところは、海苔の養殖方法にかかる本発明の態様1乃至3の何れかに記載の養殖方法を利用して、細胞選抜育種を行うことを特徴とする海苔の品種改良方法にある。
【0043】
海苔の品種改良方法にかかる本発明に従えば、葉状体の細胞の淘汰と、海苔の養殖方法にかかる本発明を利用してクローン葉状体を得ることを繰り返すことにより、海苔の品種改良が極めて効率的に実施できる。
【0044】
具体的には、先ず、例えば、葉状体を人為的に特定の病原菌に感染させてほとんどの細胞を死滅せしめた後に、わずかに生き残った、他の細胞よりも高い耐性をもつ細胞を含む葉状体に対して、海苔の単細胞化方法にかかる本発明を実施する。これにより、死滅せずに生存していた細胞を有利に単胞子に分化せしめて、病原菌に対する高い耐性を示したそれらの細胞と同一の遺伝情報を有する単胞子を得ることができる。その後、かかる単胞子を担体に付着させて発芽せしめ、葉状体に成育させることにより、元の葉状体に感染させた病原菌に対する高い耐性を備えた、新たな葉状体を育成する事が可能となる。さらに、このような葉状体に対し、再び同一の、あるいはより厳しい条件で同じ病原菌に感染させた後、耐性の高い細胞のみを生存せしめた状態で再び単胞子化,採苗,育苗等を行うことで、より高い耐性を示した細胞と同一の形質を持つ葉状体を得ることが出来る。こうした過程を繰り返すことにより、特定の病原菌に対する耐性の高い品種系統を容易に確立することが可能となる。
【0045】
このようにして、海苔の養殖方法にかかる本発明を利用することにより、葉状体の体細胞から特定の条件に対する耐性の高い細胞だけを容易に選抜して単胞子化し、この単胞子を発芽,成育せしめてクローン葉状体を得ることが出来ることから、海苔の品種改良が効率よく実施できる。
【0046】
特に、海苔の品種改良方法にかかる本発明においては、ある条件に対して高い耐性を示した栄養細胞を、交雑や減数分裂を経ていない単胞子に分化せしめて、これを発芽,成育させることにより次の世代のクローン葉状体を得られることから、接合胞子や殻胞子における交雑や減数分裂を経る通常の養殖方法を用いた品種改良方法に比して、世代を経る際の遺伝的形質の劣化が抑えられ得て、有利に育種を行うことが出来る。さらに、少数の生存細胞からでも、効率的に充分な数の単胞子を得て、これを担体に付着、発芽せしめることができることから、高い耐性を示した細胞の選抜を容易に行うことができる。また、優れた品種系統を確立せしめた後においても、海苔の養殖にかかる本発明を利用することにより、単胞子を単離、培養して得られる葉状体から、多量の純系、クローン葉状体を容易に得ることができるため、優れた品種の形質保持を容易に行うことができる。
【0047】
なお、このような海苔の品種改良方法にかかる本発明においては、上述した特定の病原菌への人為的な感染のほか、水温等の温度条件や、塩分濃度、日照時間、窒素等の栄養条件等といった各種の条件を任意に設定するによって、葉状体の細胞の大部分を死滅させると共に、これらの各条件に耐性を有する細胞だけを選抜することが、好適に実施される。
【0048】
また、本発明の海苔の品種改良方法においては、海苔の養殖の現場において各種の病気に感染したり、高水温に晒されるなどして大部分の細胞が死滅した葉状体を用いてもよい。このように、各地の養殖現場において、死滅せずに残った細胞を利用して単胞子を形成させ、葉状体に成長させて品種改良に用いることで、その地域に特有の病気や環境条件に対して耐性のある新たな品種系統を、容易な方法で得ることが可能となる。
【0049】
(海苔単細胞の保存方法にかかる本発明の態様1)
海苔単細胞の保存方法にかかる本発明の特徴とするところは、海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様1乃至5に従う海苔の単細胞化方法において得られた単細胞を凍結保存することにある。
【0050】
海苔単細胞の保存方法にかかる本発明においては、本発明者が行った実験結果などからも、葉状体から得られた各種の単細胞を凍結して保存し、その後解凍を行った場合にも、各単細胞はほとんど破壊されないことが確認されている。よって、海苔単細胞の保存方法にかかる本発明に従えば、葉状体から得られた単胞子や果胞子,栄養細胞等を、容易に長期間保存することが可能となる。
【0051】
(餌料にかかる本発明の態様1)
餌料にかかる本発明の態様1の特徴とするところは、海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様1乃至5に記載の海苔の単細胞化方法において得られた単細胞を用いたことにある。
【0052】
餌料にかかる本発明に従えば、例えば、色落ち等により、栄養価は高くとも商品価値が低下した海苔の葉状体を用いて、単細胞化せしめることにより、得られた単細胞を魚介類の養殖などに用いられる餌料として有効利用することができる。すなわち、各種の魚介類の養殖においては、魚介類の種類や成長段階に応じた餌料として、或いは、魚介類の餌料となる動物プランクトンを培養する為の餌料として、大量の植物プランクトンが必要となる。ここにおいて、餌料にかかる本発明に従えば、簡単な方法で、大量の海藻由来の単細胞からなる餌料を作成できることから、低コストの代替餌料を提供する事ができる。しかも、原料として色落ち海苔の葉状体を使用することで、これまで大量に廃棄されていた色落ち海苔を、有用な資源として活用する事が可能となるのである。
【0053】
しかも、前記海苔細胞の保存方法にかかる本発明と組み合わせて実施することにより、餌料としての海苔単細胞を、凍結保存によって容易に長期間保存する事ができることから、餌料の管理が容易となる。
【発明の効果】
【0054】
上述の説明から明らかなように、本発明の海苔の単細胞化方法に従えば、葉状体に適当な刺激を与えることによって、単胞子を含む各種の単細胞が積極的に放出される。また、かかる単細胞化方法によって、葉状体から単胞子を容易に且つ効率的に採取することが可能となることから、単胞子を海苔の養殖に利用することにより、従来の牡蠣殻を用いた面倒で且つ長期間に亘る糸状体の管理を行う必要もなくなって、目的とする海苔を効率良く収穫できるようになるのである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0055】
以下、本発明を更に具体的に明らかにするために、本発明の実施形態について説明する。
【0056】
はじめに、海苔の単細胞化方法にかかる本発明の一実施形態について説明する。先ず、図1には、海苔の単細胞化方法にかかる本発明の一実施形態としての海苔の単細胞化方法を用いた単細胞化工程に関するフローチャートが示されている。
【0057】
より詳細には、最初に、葉状体を準備する(P1)。本実施形態に用いられる葉状体を備えた海苔としては、各種のアマノリ属の海苔が使用される。具体的には、例えばクロノリやスサビノリ、ナラワスサビノリ、フタマタスサビノリ、アサクサノリ、オオバアサクサノリ、マルバアサクサノリ、ウップルイノリ、コスジノリ等が挙げられる。
【0058】
特に本実施形態では、幼芽または幼葉期の葉状体をの複数を準備すると共に、図示しない恒温室に天然の海水が収容された水槽を設置して、葉状体を海水の中に入れる。なお、本実施形態で用いられる葉状体としては、発芽後長期間成長した老葉よりも、葉長1cm〜15cm程度の幼葉が望ましい。更にまた、本実施形態に用いられる葉状体としては、養殖されていた海苔が変色を起こし、いわゆる色落ち海苔となったものも用いられ得る。
【0059】
また、培養を行う恒温室は、温度が一定に保持されていると共に、日光等が入らないように外部と遮断されている。更に、上述の天然海水に代えて、天然海水と略同様の組成となるよう塩分や栄養素等の成分が調整された人工海水や、天然海水に一又は二以上の物質からなる栄養剤が添加された栄養強化海水が採用されても良い。栄養剤には、例えば塩化カリウムや硫酸マグネシウム、塩化カルシウム、炭酸カルシウム、硝酸ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、ビタミンB12等の他、葉状体に栄養を与える各種の物質が採用される。更にまた、恒温室には、図示しない蛍光灯等が光源の照明装置を設置して、容器に収容された海水中の葉状体に向けて、光を照射するようにする。
【0060】
そこにおいて、まず、通常の海苔の培養条件において、海苔葉状体が所望する葉長となるまで培養する。具体的には、海水の温度を所定の温度に、例えば、5〜15℃に設定して保持すると共に、葉状体に所定の照度の光を1日に所定の時間だけ、例えば8時間程度連続して照射して、葉状体を海水中で所定の期間培養する。これにより、幼芽または幼葉期の葉状体が生長して、葉長が1〜15cm、好ましくは3〜15cmの幼葉期または若い成葉期の葉状体を得る。なお、これら温度や照度、照射時間、培養期間等の各種の設定条件は、海苔の種類や生育状況その他養殖に係る各種の条件に応じて適宜に設定変更されるものであって、特に限定されるものでない。
【0061】
次に、得られた葉長1〜15cmの葉状体の複数を、海水等が収容された別の水槽に移して該海水の中に入れた状態で、温度処理と照射処理とを組み合わせた成熟条件下において、数日間〜数十日間培養する。本実施形態における温度処理としては、海水の温度を、葉状体をそれまで培養していた海水の温度よりも高く、例えば15〜25℃に設定する。更に、照射処理として、所定の照度以上の、例えば3000Lx以上の光を1日当たり10〜12時間連続して海水中の葉状体に照射する。特に、葉状体に光を照射しない照明装置がOFFの状態では、恒温室を暗室またはそれに近い状態にして、光を葉状体に出来るだけ当てないことが望ましい。なお、葉状体の成熟を促進せしめる成熟条件としては、温度処理と照射処理の何れか一方のみを実施してもよい。また、必要に応じて、前述の通常条件下での初期培養を省略して、葉状体の培養当初から成熟条件下での培養を開始してもよい。
【0062】
そして、上述の成熟条件下での培養期間中において、適宜、酸処理を実施する(P2)。特に、本実施形態においては、上述の成熟条件下での培養期間中に、毎日5分、適当な水素イオン濃度に調整した酸性溶液に葉状体を浸漬せしめる。なお、かかる酸性溶液としては、葉状体の培養に用いた海水と同じ天然海水や人工海水等を、塩酸等の試薬を用いて任意の水素イオン濃度に調節したものが、好適に用いられる。また、処理に用いる酸性溶液としては、あかぐされ病などの対策や、養殖品種の以外の海苔等を死滅させる為に行われる、海苔養殖における公知の酸性処理に用いられる酸性溶液を利用してもよい。なお、酸処理を行う頻度や浸漬時間は、特に限定されるものではなく、任意の頻度,浸漬時間とされてよい。
【0063】
また、酸処理に用いられる酸性溶液の水素イオン濃度は、葉状体の種類や成長状態によって適宜に設定され得るが、葉状体から放出させたい単細胞の種類に応じても、それぞれ、好適な水素イオン濃度が選択される。例えば、特に単胞子を放出させて採苗等に用いることを目的とする場合には、水素イオン濃度をpH1より大きくpH3に満たないように、特に、pH2に調整した酸性溶液が好適に用いられる。また、精細胞を数多く放出せしめたい場合にはpH3〜5の範囲とされることが望ましく、精細胞以外の各種の単細胞、すなわち栄養細胞,果胞子等を多数得ようとする場合には、pH2〜6の範囲が好適に採用され得る。
【0064】
このように、本実施形態では、前述の温度処理と照射処理を組み合わせて葉状体の成熟を促進せしめることと、酸処理を施すことによって、葉状体に刺激を与えている(P2)。その結果、葉状体の崩壊と共に葉状体の栄養細胞の分化が有利に促進されて、単胞子や果胞子,精細胞等を放出する状態になる(P3)。
【0065】
その後、藻体と単細胞とを含む培養海水から藻体を取り除き、単胞子,果胞子,精細胞等を含む、各種の単細胞を回収する(P4)。
【0066】
続いて、海苔の単細胞化方法にかかる本発明の第二の実施形態について、説明する。すなわち、前記第一の実施形態では、葉状体の刺激(P2)において、成熟条件下での培養と組み合わせて酸処理を実施していたが、かかる酸処理に代えて、アルカリ処理を実施する。特に、本実施形態においては、成熟条件下での培養期間中に、毎日5分、適当な水素イオン濃度に調整した塩基性溶液中に葉状体を浸漬せしめる。なお、このとき用いられる塩基性溶液としては、葉状体の培養に用いた海水と同じ天然海水や人工海水等を、水酸化ナトリウム等の試薬を用いて塩基性に調節したものが、好適に用いられる。また、アルカリ処理を行う頻度や浸漬時間は、特に限定されるものではなく、任意の頻度,浸漬時間とされてよい。
【0067】
また、アルカリ処理に用いられる塩基性溶液の水素イオン濃度は、葉状体の種類や成長状態によって適宜に設定され得るが、葉状体から放出させたい単細胞の種類に応じても、それぞれ、好適な水素イオン濃度が選択される。例えば、特に単胞子を放出させることを目的とする場合には、塩基性溶液の水素イオン濃度を、pH12より大きくpH14に満たないように調整することが望ましく、特に、pH13とすることが望ましい。また、精細胞を数多く放出せしめたい場合にはpH9〜13の範囲、特にpH12とされることが望ましく、精細胞以外の各種の単細胞、すなわち栄養細胞,果胞子等を多数得ようとする場合には、pH9に調整されることが望ましい。
【0068】
このようなアルカリ処理によっても、葉状体を単細胞化せしめる刺激として、有効に作用させることができる。
【0069】
以上、海苔の単細胞化方法にかかる本発明の各実施形態について詳述してきたが、これはあくまでも例示であり、かかる実施形態における具体的な記載によって、本発明は、何等限定されるものでなく、当業者の知識に基づいて種々なる変更、修正、改良等を加えた態様で実施可能である。また、そのような実施態様が、本発明の趣旨を逸脱しない限り、何れも、本発明の範囲内に含まれるものであることは、言うまでもない。
【0070】
具体的には、例えば、上述の成熟条件下における培養と酸処理とに加えて、葉状体を入れた培養海水よりも塩分濃度が高い高塩分海水に所定の時間だけ葉状体を入れる高塩分処理を組み合わせて実施して、葉状体に刺激を与えるようにしても良い。
【0071】
また、例えば、葉状体を海水から取り出して大気中で所定の時間放置する乾燥処理を組み合わせて実施することも可能である。
【0072】
さらに、前述の高塩分海水による処理と乾燥処理を所定の時間毎に分けて施すことにより、葉状体に成熟刺激を与えることも可能である。
【0073】
また、前記実施形態では、葉長が1〜15cmになるまで葉状体を育成した後に、温度処理と照射処理を組み合わせた成熟条件下で培養すると共に酸処理を施して葉状体に刺激を与えていたが、例えば、適当な葉長の葉状体を海苔の養殖業者等から購入して、かかる葉状体を成熟条件下で培養しつつ酸処理を施して、葉状体に刺激を与えるようにしても良い。
【0074】
更にまた、前述の酸処理とアルカリ処理の両方の処理を、実施する時間や日程を異ならせて、相互に組み合わせて実施することも可能である。
【0075】
次に、海苔の養殖方法にかかる本発明の一実施形態について説明する。先ず、図2には、海苔の養殖方法にかかる本発明の一実施形態としての海苔の養殖方法を用いた養殖工程に関するフローチャートが示されている。
【0076】
より詳細には、先ず、葉状体を準備する(S1)。本実施形態に用いられる葉状体を備えた海苔としては、前述の海苔の単細胞化方法にかかる本発明の第一の実施形態における葉状体の準備(P1)で用いたものと略同じものが用いられ得る。従って、各種のアマノリ属の海苔が使用され得るが、特に、本実施形態においては、養殖に適したものが望ましい。例えば、クロノリやスサビノリ、ナラワスサビノリ、フタマタスサビノリ、アサクサノリ、オオバアサクサノリ、マルバアサクサノリ、ウップルイノリ、コスジノリ等のアマノリ属が挙げられる。
【0077】
特に本実施形態では、幼芽または幼葉期の葉状体の複数を準備すると共に、図示しない恒温室に天然の海水が収容された水槽を設置して、葉状体を海水の中に入れる。かかる恒温室では、温度が一定に保持されていると共に、日光等が入らないように外部と遮断されている。また、上述の天然海水に代えて、天然海水と略同様の組成となるよう塩分や栄養素等の成分が適宜に調整された人工海水や、天然海水に一又は二以上の物質からなる栄養剤が添加された栄養強化海水が採用されても良い。栄養剤には、例えば塩化カリウムや硫酸マグネシウム、塩化カルシウム、炭酸カルシウム、硝酸ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、ビタミンB12等の他、葉状体に栄養を与える各種の物質が採用される。更に、恒温室には、図示しない蛍光灯等が光源の照明装置を設置して、容器に収容された海水中の葉状体に向けて、光を照射するようにする。
【0078】
そこにおいて、海水の温度を所定の温度に、例えば5〜15℃に設定して保持すると共に、葉状体に所定の照度の光を1日に所定の時間だけ連続して照射して、葉状体を海水中で所定の期間培養する。これにより、幼芽または幼葉期の葉状体を生長せしめて、葉長が1〜15cm、好ましくは3〜15cmの幼葉期または若い成葉期の葉状体を得る。なお、これら温度や照度、照射時間、培養期間等の各種の設定条件は、海苔の種類や生育状況その他養殖に係る各種の条件に応じて適宜に設定変更されるものであって、特に限定されるものでない。
【0079】
次に、得られた葉長1〜15cmの葉状体の複数を、海水等が収容された別の水槽に移して該海水の中に入れた状態で、温度処理と照射処理とを組み合わせた成熟条件下において、数日間〜数十日間培養する。本実施形態における温度処理としては、海水の温度を、葉状体をそれまで培養していた海水の温度よりも高く、例えば15〜25℃に設定する。更に、照射処理として、所定の照度以上の、例えば3000Lx以上の光を1日当たり10〜12時間連続して海水中の葉状体に照射する。特に、葉状体に光を照射しない照明装置がOFFの状態では、恒温室を暗室またはそれに近い状態にして、光を葉状体に出来るだけ当てないことが望ましい。なお、葉状体の成熟を促進せしめる成熟条件としては、温度処理と照射処理の何れか一方のみを実施してもよい。また、必要に応じて、前述の通常条件下での初期培養を省略して、葉状体の培養当初から成熟条件下での培養を開始してもよい。
【0080】
さらに、本実施形態においては、上述の成熟条件下での培養期間中において、酸処理を組み合わせて実施する(S2)。この酸処理としては、前記海苔の単細胞化にかかる本発明の第一の実施形態における酸処理と同様の酸処理が実施され得るが、好適には、成熟条件下での培養期間中、毎日5分間、酸性溶液に浸漬せしめることが実施される。なお、かかる酸性溶液の水素イオン濃度は、葉状体の種類や成長状態によって適宜に設定され得るが、特に、本実施形態においては、pH2に調整された天然海水が用いられ得る。これにより、より効率よく単胞子を形成させることが出来る。
【0081】
すなわち、本実施形態では、前述の温度処理と照射処理が組み合わされることによって葉状体の成熟を促進せしめることと、酸処理とが組み合わされることによって、葉状体に刺激を与えている(S2)。なお、本実施形態における葉状体に刺激を与える工程(S2)は、前述の海苔の単細胞化方法にかかる本発明の第一の実施形態における葉状体刺激(P2)と略同じ態様が採用され得る。そして、その結果、葉状体の崩壊と共に葉状体の栄養細胞が分化して、単胞子を放出する状態になる(S3)。なお、葉状体の一部では、すでに単胞子等が放出されていても良い。
【0082】
次に、単胞子を放出する状態の葉状体10の複数を、図3に示される如き陸上採苗器12に入れる。ここで、陸上採苗器12としては従来からのり養殖業に採用されている周知のものが利用可能であるが、その構造について簡単に説明すると、陸上採苗器12は、水槽14を備えている。水槽14は、養殖施設等の屋内または屋外の陸上に設置されて、上方(図3中、上)に開口する桶状とされていると共に、略開口部付近にまで海水16を貯えている。
【0083】
また、水槽14の中には、長手方向の中間部分に位置して略垂直に立ち上がる仕切網18が張られていて、水槽14が二つに仕切られている。この水槽14における仕切網18を挟んで、広い方(図3中、右)の領域が、種取り領域20とされていると共に、狭い方(図3中、左)の領域が、葉状体10の収容領域22とされている。これら種取り領域20と収容領域22には、前述の海水16が収容されていると共に、海水16が仕切網18を通じて相互の領域20,22間で流動し得るようになっている。
【0084】
また、種取り領域20の上方には、回転枠としての水車24が配設されている。水車24は、複数のロッド状材が組み合わされて組み立てられた略円形胴状の骨組構造体とされている。水車24の中心軸26が、種取り領域20の上方において略水平方向に延びていると共に、中心軸26の両端が、水槽14の外方に設置された支柱28,28に対して、それぞれ回転可能に支持されている。また、水車24には、中心軸26と平行に延びる複数の支持棒30が配されており、水車24の中心軸26回りの回転に伴って回転せしめられるようになっている。更に、これら複数の支持棒30のうち中心軸26から最下方(図3中、下)に位置した際の支持棒30が、種取り領域20の海面よりも下に位置して、海水16に接触するようになっている。
【0085】
さらに、水車24には、担体としての海苔網32が取り付けられている。海苔網32は、従来から海苔養殖に利用されている周知のものを採用することが可能であり、一般にポリエチレンやポリプロピレン、ポリエステル等の合成樹脂材等を用いて形成されて、展開した状態で長手帯形状を有している。そして、海苔網32が、水車24の複数の支持棒30に被せられて、水車24の外周面に何回も巻き付けられている。なお、所定長さを有する海苔網32は、その複数枚が、重ね合わせて或いは一つずつ順次に続けるようにして、重なって水車24の外周面に巻き付けられている。これにより、複数の海苔網32が水車24に対してロール状に支持されて、海苔網32における水車24の外周部分のうちで鉛直下方に位置する部分だけが、種取り領域20の海水16に潜るようにして接触せしめられるようになっている。また、水車24が、中心軸26回りで回転せしめられることにより、海苔網32の全体が順次に海水16に適数回だけ繰り返して接触せしめられるようになっている。
【0086】
そして、このような構造とされた陸上採苗器12における水槽14の収容領域22に、前述の如き刺激処理により単胞子が放出する状態の葉状体10における複数を収容して、収容領域22の海水16の中に入れる。その結果、葉状体10から多数の単胞子が積極的に放出して、単胞子が収容領域22の海水16から仕切網18を越えた種取り領域20の海水16にかけて流動する。
【0087】
また、必要に応じて、水槽14内の海水16中に設置した電動モータ等で水車24を所定の回転数で回転駆動せしめて、海苔網32を種取り領域20の海水16に接触させる。これにより、種取り領域20の海水16中を流動する多数の単胞子が水車24に巻き付けられた海苔網32に付着して、たね網(海苔網32)に胞子を直接に付着させる採苗(種取り)を行う(S4)。
【0088】
また、単胞子が付着された海苔網32の複数を陸上採苗器12から取り出して、図示しない別の水槽等にかかる海苔網32を入れ、海水中に数時間浸して養生させた後、脱水や乾燥処理などを施して、短期間凍結保管する。その後、海水温等の環境条件が整ったところで海苔網32を海上へ張り出し、海苔網32に付着した単胞子を発芽させて、葉長数cmの幼芽に成長させる育苗を行う(S5)。育苗を終えた海苔網は、そのまま海苔の本養殖を開始させてもよいが、図示しない液体窒素やフリーザ、脱水や乾燥処理などを用いた公知の凍結保存処理を施して数週間程度冷凍保存した後、漁場に戻して海苔の本養殖を行ってもよい。また、冷凍保存にあたっては、1月頃の海苔網の張替え時期まで長期間冷凍保存させた後に、漁場に張り出して本養殖に用いてもよい。
【0089】
すなわち、本実施形態では、今年度の育苗期に入る10月中旬頃までの間に、準備した葉状体に刺激を与えて葉状体から単胞子を放出させ、該単胞子を海苔網32に付着させる採苗を行って、海苔網32を数時間養生させた後、単胞子を付着させた海苔網を育苗期まで短期間凍結保存する。
【0090】
そして、10月中旬以降の育苗期になると、単胞子が付着された海苔網を浅瀬に設けられた支柱等に支持させたり、沖合に設けられた浮き等に支持させたりして、数十日間管理し、幼芽が数cmの幼葉になるまで育苗を行う(S5)。そして、幼葉が付着された海苔網を本養殖期まで再び冷凍保存したり、或いは保存せずにそのまま本養殖に入る。
【0091】
11〜3月頃の本養殖期には、幼葉が付着された海苔網を、浅瀬の支柱等に支持させたり、沖合の浮き等に支持させたりして、所定の期間成長させる。そして、目的とする例えば20cm前後の葉長に生長した成葉の葉状体を、公知のペット式摘採機やピアノ線摘採機等を用いて摘採する。これにより、葉状体が収穫されて、養殖工程が完了する(S6)。
【0092】
そこにおいて、特に本実施形態では、育苗期の前や本養殖期の前、または育苗期や本養殖期に、別途準備した幼葉または成葉の葉状体に対して、前述の成熟条件下での培養と酸処理とを組み合わせて葉状体に刺激を与えた工程(S2)と同様な刺激を与えて、該葉状体から放出された単胞子を採取することによって、採苗や二次芽取りを行う。そして、育苗期や本養殖期に、かかる単胞子の適当な量を葉状体が付着された海苔網に撒布して、単胞子を海苔網に付着させて発芽させることにより、二次芽を海苔網に人為的に付着せしめる。更に、必要に応じて、別途準備した葉状体から二次芽と同様に三次芽を採取し、かかる三次芽を二次芽が付着された海苔網に付着させる。これら二次芽や三次芽は生長して成葉の葉状体になると、予め採苗器12で海苔網32に付着された単胞子からなる一次芽(幼芽)が生長した葉状体と同様に、摘み取られる。
【0093】
因みに、収穫された葉状体は、所定の加工施設に運ばれて、葉状体に攪拌処理や洗浄処理、細切れ処理、洗浄処理、抄き処理、乾燥処理、選別処理等を施すことにより、乾海苔製品などに加工される。
【0094】
上述の如き本実施形態の海苔の養殖方法に従えば、葉状体を海水に入れて培養すると共に、葉状体に温度処理と照射処理を施すことによって、葉状体に早期成熟による内部刺激を効果的に与えることが出来る。そして、刺激が与えられた葉状体を陸上採苗器12の海水16の中に入れることにより、葉状体から単胞子が積極的に放出されると共に、海苔網32に十分な量の単胞子を確実に付着させることが出来る。その結果、目的とする収穫量が安定して得られるのである。
【0095】
しかも、本実施形態の如き単胞子からなる葉状体は、交雑や減数分裂を経て生長していないことから、遺伝的形質の劣化が抑えられるのであり、それによって、品種の形質保持が有利に実現され得ると共に、優れた形質の海苔が効率的に収穫され得る。
【0096】
特に本実施形態では、育苗期や本養殖期に、葉状体に刺激を与えて二次芽取りや三次芽取りを行い、適量の単胞子を海苔網に付着させたことにより、葉状体から放出された単胞子が自然に海苔網に付着する従来の海苔養殖に比して、生産性や品質性が極めて有利に向上され得る。
【0097】
続いて、海苔の養殖方法に係る本発明の第二の実施形態について、説明する。すなわち、前記海苔の養殖に係る第一の実施形態においては、養殖工程中、図2における葉状体刺激(S2)として、成熟条件下での培養と組み合わせて酸処理を実施していたが、かかる酸処理に代えて、アルカリ処理を実施する。なお、本実施形態におけるアルカリ処理としては、前述の海苔の単細胞化方法にかかる本発明の第二の実施形態における葉状体刺激(P2)において行われるアルカリ処理と同様の処理が実施され得る。
【0098】
このようなアルカリ処理によっても、葉状体から単胞子を放出せしめる刺激として、有効に作用させることができる。なお、アルカリ処理に用いられる塩基性溶液の水素イオン濃度は、葉状体の種類や成長状態によって適宜に設定され得るが、特に、本実施形態においては、pH13に調整された塩基性溶液が用いられる。これにより、より効率よく単胞子を形成させることが出来る。
【0099】
以上、海苔の養殖方法にかかる本発明の実施形態について詳述してきたが、これはあくまでも例示であり、かかる実施形態における具体的な記載によって、本発明は、何等限定されるものでなく、当業者の知識に基づいて種々なる変更、修正、改良等を加えた態様で実施可能である。また、そのような実施態様が、本発明の趣旨を逸脱しない限り、何れも、本発明の範囲内に含まれるものであることは、言うまでもない。
【0100】
また、本実施形態においては、前述の海苔の単細胞化方法にかかる各実施形態において採用され得る高塩分処理や乾燥処理等の各種の態様が、好適に組み合わされて採用され得る。
【0101】
また、前記実施形態では、葉長が1〜15cmになるまで葉状体を育成した後に、温度処理と照射処理を組み合わせた成熟条件下で培養すると共に酸処理を施して葉状体に刺激を与えていたが、例えば、適当な葉長の葉状体を海苔の養殖業者等から購入して、かかる葉状体を成熟条件下で培養しつつ酸処理を施して、葉状体に刺激を与えるようにしても良い。
【0102】
すなわち、本発明方法においては、ノリの種類や成長の程度等に応じて、各種の処理に係る条件を設定変更して処理を施すことにより、単胞子を放出する各種のノリの養殖に対して有利に適用され得ることは勿論である。
【0103】
また、前記実施形態の担体としては、海苔網が用いられていたが、かかる海苔網に代えて或いは加えて、布や紙、スポンジ、岩石、粉粒体を固めた成形物、その他単胞子を付着させて発芽させる各種の培養基なども採用可能である。
【0104】
また、前記実施形態では、単胞子を海苔網32に付着させる採苗を行った後に、単胞子を発芽させて、幼芽を付着した海苔網を本養殖期まで冷凍保存していたが(S5)、かかる冷凍保存は必須の工程でない。例えば、アマノリ属の採苗期に、準備した葉状体に刺激を与えて、放出する単胞子を海苔網に付着させる採苗を行った後に、単胞子が発芽した海苔網を保存せずに、そのまま育苗期に入って育苗を行うことも可能である。
【0105】
また、前記実施形態では、育苗期や本養殖期に、海苔網に支持された葉状体とは別に用意した葉状体に刺激を与えて採取した単胞子を、所定の養殖海域に配された海苔網に撒布することによって、該単胞子からなる二次芽が海苔網に付着されるようになっていたが、例えば、養殖施設の水槽に葉状体を支持した海苔網を入れて養殖し、海苔網に支持された葉状体に前記実施形態に係る温度処理や照射処理等を直接に施して、水槽内で葉状体から放出される単胞子を海苔網に再び付着させることによって、二次芽が海苔網に付着されるようにしても良い。
【0106】
また、前記実施形態では、図3に示される如き陸上採苗器12を用いて採苗が行われていたが、それに代えて、例えば図4に平面図が示されているように、水車を使わないで海苔網を直接に海水に浸漬させて単胞子を付着させることも可能である。即ち、図3に示されたものと同様であるが仕切網18のない水槽14に海水16を収容し、葉状体に刺激を与えて採取した単胞子をその中に入れる。そして、かかる海水16中に海苔網32を適当な長さに折り畳んだ状態で入れて、所定時間放置することによって、海苔網32に単胞子を付着させて採苗することも可能である。
【0107】
次に、海苔の品種改良方法にかかる本発明の一実施形態について説明する。先ず、図5には、海苔の品種改良方法にかかる本発明の一実施形態としての海苔の品種改良方法を用いた品種改良工程に関するフローチャートが示されている。
【0108】
より詳細には、まず、葉状体を用意する(T1)。この葉状体の準備作業は、海苔の養殖方法にかかる本発明の第一の実施形態における葉状体の準備(S1)と略同じものが採用され得る。よって、本実施形態において用いられる葉状体としては、前記海苔の養殖方法にかかる本発明の各実施形態で用いられ得る各種の葉状体が使用される。
【0109】
次に、この葉状体の細胞の大部分を、何らかの条件によって死滅させる(T2)。細胞を死滅させる条件としては、あかぐされ病や壺状菌などの特定の病原菌に感染させることや、高水温に晒すこと等、任意の方法が採用され得る。これにより、用意した葉状体の細胞のうち、ある条件に対して耐性の低い細胞が死滅する一方、該条件に対して高い耐性を示す細胞だけが生き残った状態となる。また、必要に応じて、光学顕微鏡等を用いた観察により、細胞の死滅状態及び生存状態を確認した後、次の工程へと移る。
【0110】
殆どの細胞を死滅せしめた葉状体を、一定期間、成熟条件下において培養すると共に、酸処理又はアルカリ処理を施すことにより、単胞子を形成させるための刺激を与える(T3)。なお、本実施形態における葉状体に刺激を与える工程(T3)は、前述の海苔の養殖方法にかかる本発明の第一及び第二の実施形態における葉状体刺激(S2)と略同じ態様が採用され得る。その後、前記海苔細胞の養殖に係る第一又は第二の実施形態に従う海苔の養殖方法と同様な方法で、単胞子の放出(T4),採苗(T5),育苗(T6)の各工程を行う。これらの各工程は、それぞれ、前述の海苔の養殖方法にかかる本発明の第一の実施形態における単胞子の放出(S3),採苗(S4),育苗(S5)と略同じ態様が採用され得る。これにより、放出された単胞子から成育した新たな葉状体を得ることが出来る。
【0111】
すなわち、始めに用意した葉状体のうち、殆どの全ての細胞が死滅する条件の中にあっても生存しつづけた僅かな数の栄養細胞を成熟・分化させて、単胞子を形成させ、これを担体に付着せしめて葉状体に成育せしめることにより、該条件に対して抵抗性のあった栄養細胞のみから形成された次世代のクローン葉状体を、選択的に得ることができる。先述したように、単胞子は、減数分裂や受精等を経ることなく、元の栄養細胞と同一の遺伝情報を保ったまま葉状体へと成長することが可能であるから、このような単胞子から、通常の細胞が死滅する条件下でも生存し得た、高い耐性を有する細胞と同一の遺伝情報を備えた葉状体を得ることができる。
【0112】
そして、このようにして得られたクローン葉状体に対して、再び同一の、あるいはより厳しい条件下で葉状体の大部分の細胞の死滅せしめて、細胞を淘汰する(T2)。その後、先程の工程と同様にして、葉状体を刺激し(T3)、単胞子を放出させる(T4)ことにより、淘汰されずに生き延びた栄養細胞から分化した単胞子を得ることができる。この単胞子を葉状体に成育させると共に(T5,T6)、再び細胞の淘汰(T2)以降の工程を所望の回数繰り返すことにより、細胞の淘汰に用いた、通常の葉状体の細胞を死滅せしめる特定の条件(例えば、病原菌など)に耐性のある系統品種を、容易に確立することが可能となるのである(T7)。
【0113】
すなわち、通常の品種改良法では、次の世代を成育させる間に、果胞子が受精する際の交雑や、糸状体の殻胞子形成時における減数分裂を経る為に、遺伝的形質の劣化が避けられないのであるが、本実施形態に従えば、少数の生存栄養細胞から、交雑や減数分裂を経ずに分化した単胞子を効率的に形成せしめて、これを単離、培養して得られる葉状体から、容易に純系、クローン葉状体を得て、再び品種改良に用いることが出来るため、極めて効率的に、優れた形質を有する改良品種が得られるのである。
【0114】
しかも、本実施形態に従えば、細胞の淘汰と、海苔の単細胞化方法にかかる本発明とを組み合わせたことにより、ある一つの葉状体の細胞の中でも、より耐性の高い、優れた形質を持つ細胞だけを、単胞子化と採苗、成長を経て、容易に細胞レベルで選抜して、新たな世代の葉状体とすることが可能である。よって、通常の固体レベルでの選抜育種に比して、より効率的に品種改良を行うことができる。
【0115】
また、細胞を淘汰・選抜するための条件としては、前述の特定の病原菌への感染の他、高水温等の特定の温度条件、低比重の海水等の塩分濃度条件、栄養塩の過不足等の、各種の条件でもよい。また、これらの条件を複数組み合わせて採用しても良い。
【0116】
次に、細胞の保存方法にかかる本発明の一実施形態を説明する。先ず、本実施形態では、前記海苔の単細胞化方法にかかる第一又は第二の実施形態に従って、葉状体から単胞子、果胞子、精細胞などの単細胞を培養海水中に放出させる。その後、これらの細胞が含まれる培養海水を濃縮し、これを冷凍庫や液体窒素等を用いて凍結させて、保管する。凍結した各種の細胞は、使用時に解凍することで、再び目的とする用途に使用可能となる。このような保存方法により、海苔の各種の単細胞を容易に保存して利用することが可能となる。
【0117】
なお、海苔の単細胞を凍結保存するにあたっては、海水中等に単細胞が遊離した状態であっても良く、また、遠心分離等によりペレット状とされていてもよい。また、凍結時には、冷凍庫等の低温環境を用いて凍結させるほか、液体窒素等を使用して急速に凍結させてもよい。また、必要に応じて、グリセロールなどの抗凍結剤等を用いてもよい。
【0118】
次に、餌料にかかる本発明の一実施形態について説明する。まず、前述の、海苔の単細胞化方法にかかる本発明の第一又は第二の実施形態に従って、海苔の葉状体を単細胞化させる。単細胞化に用いる葉状体としては、前記海苔の単細胞化方法が実施され得る各種のアマノリ属の葉状体が用いられ得るが、特に、本実施形態では、海苔の養殖現場などにおいて、色落ちが発生し、商品価値が無くなった海苔の葉状体等も用いられ得る。
【0119】
葉状体から放出される単細胞の大きさは、略3μm〜15μmの範囲であって、植物プランクトンと略同じ大きさである。よって、このような海苔単細胞を、植物プランクトンに代わる栄養価の高い代替餌料として、各種の生物に与えることが出来る。
【0120】
また、一般に、養殖魚類等の餌料として、ワムシ等の動物プランクトンを与える場合が多くあるが、このような動物プランクトンを培養する為には、従来、クロレラ等の植物プランクトンを別途、大量に培養して、これを動物プランクトンに餌料として与える必要があった。しかし、本実施形態に従って作成された海苔単細胞を、植物プランクトンに代わる餌料として動物プランクトンに与えることにより、動物プランクトンの培養に必要な餌料を、大量に提供する事が可能となる。
【0121】
しかも、本実施形態に用いられる海苔の葉状体としては、板海苔等としては商品価値の無くなった色落ち海苔が用いられ得る。このような色落ち海苔を原料として安価な餌料を作成し得ることにより、これまで大量に廃棄されていた色落ち海苔の処分問題を解決する、資源の有効利用方法を提供できる。
【0122】
また、本実施形態に従い作成される餌料は、海苔を原料とするものであるために、栄養価が高く、各種の生物の餌料としても理想的な栄養配合となる。特に、色落ち海苔は、栄養状態の良い海苔に較べるとある程度タンパク質含量が低下しているものの、充分に高タンパク、高ビタミン、高ミネラルな状態であって、また、不飽和脂肪酸も豊富である。よって、良質で高付加価値の餌料を提供する事ができる。
【実施例】
【0123】
上述の実施形態に示された海苔の単細胞化方法及び海苔の養殖方法に従い、葉状体を成熟条件下で培養すると共に、酸処理を施した際の単細胞化の効果(実施例1〜5),アルカリ処理を施した際の単細胞化の効果(実施例6〜10),酸処理を施した際の単胞子の放出効果(実施例11〜16),アルカリ処理を施した際の単胞子の放出効果(実施例17)について検討するために行った試験結果を、以下に実施例1〜17として記載する。また、上述の実施形態に示された海苔単細胞の保存方法に従い海苔単細胞を凍結保存せしめた実験結果を、実施例18として記載する。なお、本発明は、これら実施例の記載によって限定的に解釈されるものでない。
【0124】
(酸処理を用いた単細胞化に関する実施例1〜5)
屋外のノリ漁場において育苗したスサビノリの葉状体を、−20℃〜−30℃で冷凍保存しておいたものを、15℃の天然海水に入れると共に、葉状体に3000Lxの光を1日当たり8時間照射して7日間培養し、葉長が約5cmの葉状体(幼葉)を得る。なお、これら海水の温度や濃度、比重、光の照射時間などの条件は、日本における平均的な冬の環境条件と略同じである。光としては蛍光灯を用いた。
【0125】
その後、上述の藻体のうち湿重量で0.5gの葉状体を、枝付きフラスコに収容された1リットルの天然海水に入れた。なお、培養海水は毎日換え水するとともに、エアレーション等による通気を適宜に施す。そして、本実施例における成熟条件として、水温を22℃に設定して保持すると共に、3000Lxの光をフラスコ内の葉状体に1日当たり12時間照射して、14日間培養した。なお、海水の温度や光の照射時間などの条件は、日本における平均的な秋の環境条件と略同じである。
【0126】
さらに、上記の成熟条件下での培養期間中において、酸処理として、毎日5分、水素イオン濃度pH8(天然海水),pH6,pH5,pH4,pH3,pH2,pH1に調整した各酸性溶液で、それぞれ浸漬処理を行った。酸性溶液としては、天然海水に塩酸を加えて水素イオン濃度を調整したものを用いた。
【0127】
そして、培養後の海水を目合い80μmのナイロンメッシュでろ過して藻体と分別した後、500×gで5分間遠心分離を施して濃縮し、血球算定板を用いて、精細胞数と、精細胞以外の各種の単細胞、すなわち、単胞子,果胞子,栄養細胞を含んで構成される遊離細胞数とをそれぞれ計数した。その計数結果を、それぞれ、比較例1(pH8),実施例1〜5(pH6〜2),参考例1(pH1)として、図7及び図8に示す。
【0128】
このことから、水温を高くする温度処理と、長時間光を照射する照射処理とを組み合わせた成熟条件下で培養することに加えて、葉状体に酸処理を施すことによって、栄養細胞の成熟による分化と葉状体の崩壊が促進されて葉状体が単細胞化し、精細胞,果胞子,単胞子等の単細胞がより効率的に積極的に放出されたといえる。なお、pH1での酸処理を行った参考例1では、死細胞の数も増加していたことからも、酸処理を行う水素イオン濃度の範囲は、pH2〜6の範囲が望ましいといえる。
【0129】
(アルカリ処理を用いた単細胞化に関する実施例6〜10)
上記実施例1〜5で使用したものと同じ条件で培養した湿重量で0.5gのスサビノリの葉状体を準備して、上記実施例1〜5と同様に、1リットルの天然海水を入れた枝付きフラスコに入れてエアレーションを施し、さらに、上記実施例と同様の温度処理、照射処理を組み合わせた成熟条件下(水温22℃、明期12時間)において、葉状体を14日間培養した。
【0130】
そして、上記の成熟条件下での14日間の培養期間中において、アルカリ処理として、毎日5分間、それぞれ水素イオン濃度pH8(天然海水),pH9,pH10,pH11,pH12,pH13に調整した各溶液で浸漬処理を行った。なお、これらpH9〜13の塩基性溶液としては、培養に用いたのと同じ天然海水に水酸化ナトリウムを加えて水素イオン濃度を調整したものを用いた。
【0131】
そして、先の実施例1〜5の実験と同様に、培養後の海水を目合い80μmのナイロンメッシュでろ過して藻体と分別した後、500×gで5分間遠心分離を施して濃縮し、血球算定板を用いて遊離細胞数と精細胞数を計数した。その結果得られた遊離細胞及び精細胞の計数結果を、それぞれ比較例2(pH8)及び実施例6〜10(pH9〜13)として、図9及び図10に示す。
【0132】
このことから、水温を上昇させる温度処理や光の照射時間を延長する照射処理による成熟条件下での培養と組み合わせて、pH9〜13の酸処理を葉状体に施すことによって、スサビノリの葉状体に早期成熟による内部刺激がより有効に与えられて、葉状体が崩壊し、精細胞及び遊離細胞が多量に放出されたといえる。
【0133】
なお、pH14以上では、葉状体の細胞が強アルカリにより死滅してしまい、実験の続行が不可能となった。よって、アルカリ処理に用いられる塩基性溶液としては、pH13までの水素イオン濃度が望ましい。
【0134】
(酸処理を用いた単胞子の放出に関する実施例11〜16)
更に、上記の実験とは別に、葉状体に成熟条件下での培養と酸処理とを組み合わせて実施して刺激を与えた際の単胞子の放出効果を検討する為に、以下の実験を行った。上記実施例1〜10に用いたのと同様な条件で生育させた葉状体を湿重量で0.5g準備する。さらに、担体としての海苔網を切断して5cmの網糸としたものを用意しておく。
【0135】
次に、準備した葉状体を、実施例1〜5と同様に、枝付きフラスコに収容された1リットルの天然海水に入れ、温度処理と照射処理を組み合わせた成熟条件下において、14日間培養する。この間、葉状体には、毎日5分、水素イオン濃度pH8(天然海水),pH6,pH5,pH4,pH3,pH2,pH1の各溶液で浸漬処理を行った。
【0136】
また、本実施例においては、上記の成熟条件下での培養期間中、毎日、フラスコの中に前述の網糸を一本加えておき、これを葉状体と共に一日培養した後、網糸をフラスコから取り出す作業を行う。取り出した網糸は、別途、二酸化ゲルマニウムを加えた天然海水を入れた三角フラスコに移し、網糸についた単胞子を発芽させる。この幼芽の数を計数することで、担体に付着した単胞子の数を確認する。なお、天然海水に加えた二酸化ゲルマニウムはケイ藻等の成育を抑えて幼芽の計数を容易にする為のものであり、単胞子の発芽や育成等に影響が無いことが確認されている。また、葉状体の入ったフラスコから網糸を取り出した後には、次の新たな網糸をフラスコに入れ、同様に一日間葉状体と共に培養した後、網糸を取り出し、別途単胞子を発芽させて計数する作業を行う。同様の操作を成熟条件下での培養期間中、毎日繰り返すことにより、放出された単胞子の数を確認する。その結果を、比較例3(pH8)及び実施例11〜16(pH6〜1)として、図11に示す。なお、これらの計数結果は14日間の合計数である。
【0137】
かかる実施例6〜11の結果からも、本実施例の海苔の単細胞化方法及び養殖方法に従えば、葉状体が刺激を受けて単胞子を積極的に放出し、養殖に要求される十分な量の単胞子を担体に付着させることが可能であると、認められる。特に、本実施例からは、酸処理に用いられる酸性溶液の水素イオン濃度をpH1より大きくpH3に満たないように、特に、pH2に調整して酸処理を行うことにより、葉状体から単胞子がより積極的に放出されることがわかる。
【0138】
(アルカリ処理を用いた単胞子の放出に関する実施例17)
更に、上記の実施例11〜16の実験における酸処理に代えて、アルカリ処理を施した実験を行った。すなわち、上記実施例11〜16同様な条件で生育させた葉状体0.5gを用意し、これを温度処理と照射処理を組み合わせた成熟条件下において、14日間培養する。この間、葉状体には、アルカリ処理として、毎日5分、水素イオン濃度pH8(天然海水),pH9,pH10,pH11,pH12,pH13の各溶液で浸漬処理を行った。
【0139】
また、かかる成熟条件下での培養期間中、実施例11〜16同様に、担体としての5cmの網糸を、毎日それぞれ一本、葉状体と共に1日間フラスコに入れて単胞子を付着させて、その後、別途単胞子の数を確認した。その合計数をそれぞれ比較例4(pH8),参考例2〜5(pH9〜12),実施例17(pH13)として、図12に示す。
【0140】
かかる実施例17の結果からも、本実施例の養殖方法に従えば、葉状体がアルカリ処理により刺激を受けて単胞子を積極的に放出し、養殖に要求される十分な量の単胞子を担体に付着させることが可能であると、認められる。また、本実験から、アルカリ処理に用いられる塩基性溶液の水素イオン濃度をpH12より大きくpH14に満たないように、特に、pH13に調整して酸処理を行うことにより、葉状体から単胞子がより積極的に放出されることがわかる。
【0141】
また、以下に参考として、本願の発明者による、海苔の養殖方法に関する先行する実験の結果を参考例6及び7として示す。これらの参考例6及び7は、何れも、酸処理又はアルカリ処理を実施せず、葉状体を成熟条件で培養した際の単胞子の放出と、その成育に関するものである。
【0142】
すなわち、上述の海苔の養殖方法にかかる本発明の実施形態に示された海苔の養殖方法において、酸処理又はアルカリ処理を実施せずに葉状体を成熟条件下で培養した事例における、(1)葉状体(成葉)に刺激を与えた際の単胞子の放出効果や、(2)担体に支持された葉状体(幼葉)に刺激を与えた際の単胞子の放出作用に基づく、二次芽の担体への付着効果について検討するために行った試験結果を、以下に参考例6及び参考例7として記載する。
【0143】
(放出された単胞子の成長に関する参考例6)
スサビノリにおける幼芽や幼葉期の葉状体を10℃の天然海水に入れると共に、葉状体に3000Lxの光を1日当たり10時間照射して、10日間培養した。これにより、幼芽や幼葉期の葉状体が生長して、葉長が約10cmの中葉期または成葉期の葉状体(成葉)を得る。なお、これら海水の温度や濃度、比重、光の照射時間などの条件は、日本における平均的な冬の環境条件と略同じである。光としては蛍光灯を用いた。
【0144】
また、図13にも示されているように、上述の葉長が約10cmの葉状体の一枚を、培養フラスコに収容された2リットルの天然海水に入れた。更に、担体としての海苔網を切断して、5cmの網糸の複数を葉状体と共に海水に入れた。そして、水温を22℃に設定して保持すると共に、3000Lxの光をフラスコ内の葉状体に1日当たり11時間30分照射せしめると共に、海水にはエアレーション等による通気を適宜に施して、5日間培養した。なお、海水の温度や光の照射時間などの条件は、日本における平均的な秋の環境条件と略同じである。
【0145】
その結果、葉状体の縁辺部から5日間にわたって単胞子の遊離が認められた。このことから、水温を上昇させたことによる温度処理や光の照射時間を延長したことによる照射処理を葉状体に施すことによって、スサビノリの葉状体に早期成熟による内部刺激が与えられて、葉状体の崩壊と共に細胞分化を生じたものと考える。
【0146】
また、フラスコに入れた葉状体の崩壊状態を、市販の光学顕微鏡を用いて確認したところ、図14にも示されているように、葉状体の崩壊を視認することができた。更に、それと別に、網糸の片面に付着した単胞子の数を、蛍光顕微鏡を用いて計測した。その結果、1567個の単胞子の付着を確認できた。
【0147】
かかる参考例6の結果からも、本参考例の養殖方法に従えば、成葉である葉状体が刺激を受けて単胞子を積極的に放出し、養殖に要求される十分な量の単胞子を担体に付着させることが可能であると、認められる。また、単胞子を単体に付着させて二次芽とりによる養殖が出来ることも、認められる。
【0148】
特に本実施例では、未だ生長途中にある葉長10cm程度の葉状体を用いたことにより、20cm以上の成葉の葉状体を成熟させた時に比較的に多く含まれる生殖細胞の分化が抑えられると共に、単胞子として放出される若い栄養細胞が葉状体に比較的に多く含まれていることに基づいて、単胞子が一層効率的に放出されるものと認められる。
【0149】
(放出された単胞子の成長に関する参考例7)
図15にも示されているように、担体としての5cmの網糸に付着されて、平均葉長が1〜2cm程度に育苗したスサビノリにおける幼芽や幼葉期の葉状体(葉長が1〜100mm程度のもの:上述の成葉と部分的に重複するが、本明細書では幼葉として扱うこととする)を、培養フラスコに収容された2リットルの天然海水の中に入れる。更に、担体としての海苔網を切断して、5cmの網糸の複数を葉状体が付着された網糸(以下、たね糸という。)と共に海水に入れる。そして、水温を20℃に設定して保持すると共に、3000Lxの光をフラスコ内の葉状体に1日当たり11時間30分照射せしめると共に、海水に適宜に通気を施して、12日間培養した。特に培養期間中、たね糸と網糸を培養フラスコから取り出して、該培養フラスコ内の海水よりも塩分濃度が高く設定された塩分濃度15%の高塩分海水に5分間だけ入れた後に、再び培養フラスコに収容された天然海水の中に入れる作業を、1日当たり2回行って、7日間連続して行った。
【0150】
その結果、葉状体の縁辺部から3日間にわたって単胞子の遊離が認められたことから、葉状体(たね糸)を高塩分海水に浸漬させて高塩分処理を葉状体に施すことによって、スサビノリの葉状体に対して、干出(海水の干潮による海面からの露出)と同様の刺激効果による単胞子の放出を促して細胞分化を生じたものと考える。
【0151】
また、上述のようにスサビノリの葉状体(幼葉)に刺激を与えた後、培養フラスコから葉状体(幼葉)の一つを取り出して、市販の光学顕微鏡を用いて、確認したところ、図16にも示されているように、葉状体からの単胞子の放出を視認することができた。更に、それと別に、培養フラスコに葉状体と一緒に入れた網糸の一本を取り出して、その片面に付着した単胞子の数を、蛍光顕微鏡を用いて計測した。その結果、1212個の単胞子の付着を確認できた。
【0152】
かかる参考例7の結果からも、本参考例の養殖方法に従えば、幼葉である葉状体が刺激を受けて単胞子を積極的に放出し、養殖に要求される十分な量の単胞子を担体に付着させることが可能であると、認められる。また、単胞子を単体に付着させて二次芽とりによる養殖が出来ることも、認められる。
【0153】
また、上述の参考例6および参考例7において、網糸に付着した単胞子は、培養フラスコの海水の中で培養することにより、何れも、1週間で10細胞程度からなる幼芽に生長した。更にまた、幼芽は2ヶ月で葉長20cmの成葉に生長した。特に参考例6において、単胞子が発芽してから10日を経た後、20日を経た後、40日を経た後の葉状体の各様子を、それぞれ、図17(10日経過),図18(20日経過),図19(40日経過)に示す。
【0154】
上述の参考例の結果からも、海苔の養殖方法にかかる本発明の産業上の優れた価値が認められる。即ち、本参考例と類似する、海苔の養殖方法にかかる本発明の一実施形態としての養殖方法に従えば、スサビノリの養殖を有利に行うことが可能であると認められる。具体的には、(1)スサビノリの採苗から種付けを、牡蠣殻を用いた糸状体の育成等を行うことなく簡易な労働力で行うことが出来ると共に、(2)適当な時期に種付けを行うことにより、成長段階が適度に異なる葉がついた担体(網等)を容易に得ることが出来て、安定した収穫をあげることが出来るのであり、(3)しかも、優良な形質を備えた種をクローン技術として安定して供給・育成することが可能となるのである。
【0155】
(単細胞の凍結保存に関する実施例18)
海苔の単細胞化方法にかかる本発明の第一及び第二の実施形態に従い作成された単細胞を含む培養海水を、80μmのナイロンメッシュにより藻体と分別した後、本城式濾過器を用いた重力濾過により、100倍の細胞浮遊液に濃縮後、−30℃で凍結保存し、3日後に30℃のぬるま湯で解凍した。また、別の実施例として、前記100倍に濃縮した細胞浮遊液を、500×g,5分間の遠心分離でさらに濃縮し、細胞をペレット状にした後、−30℃で凍結保存し、3日後に少量の海水を加えて解凍した。
【0156】
上記の実施例のうち、細胞浮遊液の状態で凍結し、解凍したものを図20に実施例18として示す。この拡大写真からも明らかなように、凍結保存と解凍を経ても、細胞は殆ど破壊されないことが確認された。また、図示は省略するが、遠心分離を行いペレット状にして凍結させた実施例においても、実施例18と同様に細胞が破壊されないことが確認されている。これにより、本実施例と同様の保存方法に従えば、単細胞化した海苔の細胞を有利に保存する事が可能であると認められる。
【図面の簡単な説明】
【0157】
【図1】海苔の単細胞化方法にかかる本発明に従う海苔の単細胞化方法の一例を示す工程図。
【図2】海苔の養殖方法にかかる本発明に従う海苔の養殖方法の一例を示す工程図。
【図3】図2に示された採苗工程で用いられる陸上採苗器を示す縦断面説明図。
【図4】図3に示された陸上採苗器に代えて、図2に示された採苗工程で用いることの出来る陸上採苗器の別の具体例を示す平面図。
【図5】本発明に従う海苔の品種改良方法の一例を示す工程図。
【図6】海苔の単細胞化方法にかかる本発明の実施例1を説明するための図面代用写真。
【図7】海苔の単細胞化方法にかかる本発明の実施例1〜6の計数結果を示す図。
【図8】同実施例1〜6の計数結果を示す図。
【図9】同実施例6〜10の計数結果を示す図。
【図10】同実施例6〜10の計数結果を示す図。
【図11】同実施例11〜16の計数結果を示す図。
【図12】同実施例17の計数結果を示す図。
【図13】海苔の養殖方法にかかる本発明の参考例6における一工程を説明するための図面代用写真。
【図14】同参考例6における別の工程を説明するための図面代用顕微鏡写真。
【図15】同参考例7における一工程を説明するための図面代用写真。
【図16】同参考例7における別の工程を説明するための図面代用顕微鏡写真。
【図17】参考例6で得られた葉状体の成育過程を示す図面代用拡大写真。
【図18】参考例6で得られた葉状体の別の成育過程を示す図面代用拡大写真。
【図19】参考例6で得られた葉状体の更に別の成育過程を示す図面代用拡大写真。
【図20】海苔単細胞の保存方法にかかる本発明の実施例18の保存結果示す図面代用拡大写真。
【符号の説明】
【0158】
10 葉状体
12 陸上採苗器
14 水槽
16 海水
18 仕切網
20 種取り領域
22 収容領域
24 水車
26 中心軸
28 支柱
30 支持棒
32 海苔網
【技術分野】
【0001】
本発明は、養殖に適した、例えば紅藻ウシケノリ科アマノリ属などの海苔の単細胞化方法及び養殖方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
海苔は古来から食用とされており、海苔の養殖は重要な水産業の一つである。海苔養殖の対象の一つには、紅藻ウシケノリ科アマノリ属(Porphyra)に属するアサクサノリ(P.tenera)やスサビノリ(P.yezoensis) 、オニアマノリ(P.dentata) 、マルバアサクサノリ(P.kuniedae)、ウップルイノリ(P.pseudolinearis)、イチマツノリ(P.seriata) 、クロノリ(P.okamurae)等が挙げられる。
【0003】
これらの海苔の養殖現場においては、植物プランクトンの大量増殖による海水中の栄養塩の枯渇や、降雨量の変化等の様々な要因により、海苔の変色被害が毎年発生している。いわゆる「色落ち海苔」と呼ばれる変色した海苔は、板海苔等に加工しても黒みに乏しく、商品価値が著しく低くみなされる。それ故、実質的に商品価値が無くなった色落ち海苔は、大部分が大量に廃棄処分されている。
【0004】
このような色落ち海苔の利用法としては、特許文献1(特開2006−288223)に示されているように、原藻を細かく切断した後、洗浄,乾燥し、海苔加工食品とすること等が考えられている。しかしながら、このような利用法では、専用の装置を必要とする上、乾燥処理等に大きなコストがかかることもあって、毎年大量に発生する色落ち海苔を充分有効に活用するには至っておらず、色落ち海苔の有効利用方法の開発は、海苔の養殖産業にとって重要な課題となっている。
【0005】
一方、海苔養殖の対象となるアマノリ属の生活史は、一般に、秋に殻胞子(conchospore) を放出して、殻胞子の発芽後、冬に生長し、春に成熟して果胞子(carcospore)を放出し、夏に糸状体(コンコセリス)として過ごすようになっている。具体的には、アマノリ属の生活史は、単相(haploid) の葉状体(bladeまたはthallus)と複相(diploid) の糸状体(filament)の二つの世代を交代する。葉状体は、雄性または雌性の生殖器官を有する有性世代(sexual generation) であり、有性生殖により造られて、発芽すると糸状体に発達する果胞子(接合胞子(zygotospore) )を放出したり、或いは有性生殖によらずに葉状体の細胞がそのまま胞子となる原胞子(archeospore) (=単胞子monospore )を放出する。一方、糸状体は、接合胞子または殻胞子が発芽してなる無性世代(asexual generation)に当たり、成熟すると殻胞子嚢枝(conchosporangial branch) が形成されて殻胞子を放出する。
【0006】
このようなアマノリ属の生活史や養殖産業に係る種苗生産や栽培技術の実現性などを考慮して、従来から、果胞子が牡蠣や帆立貝等の貝殻に穿孔して生長した糸状体の複数を、4〜9月の約半年間にわたり培養して管理すると共に、糸状体が成熟して殻胞子を放出する9月中旬から10月上旬頃に、海苔網(たね網)等の担体に殻胞子を付着させる海苔の養殖方法が知られている。
【0007】
海苔網に殻胞子を付着させる、所謂海苔養殖の採苗方法としては、例えば海上採苗や陸上採苗が知られている。野外採苗とも称される海上採苗は、まず、袋状の収納部を設けた網等を用意すると共に、この収納部に殻胞子を放出する糸状体を含んだ貝殻(成熟した貝殻糸状体)の複数を入れる。そして、この貝殻を保持した網を浮き等で支持せしめて海上に設置した後、その上に所定の枚数の海苔網を重ねて広げ、そのまま所定の期間置くことにより、糸状体から海水中に殻胞子を放出せしめて海苔網に付着させる方法である。また、陸上採苗は、例えば特許文献2(実開平5−95267号公報)や特許文献3(特開2005−46051号公報)にも示されているように、海水または人工海水が収容された水槽を陸上に設置して、該水槽の上方に対して所定の数の海苔網が捲回された回転枠を回転可能に配設し、成熟した貝殻糸状体を水槽に入れると共に、回転枠の回転に伴い海苔網を水槽の海水に潜らせることによって、海水または人工海水中にある殻胞子を海苔網に付着させるようになっている。
【0008】
そして、胞子が発芽して幼芽を付着した海苔網を浅瀬や沖合等の所定の養殖海域に設けられた支柱や浮きなどに支持せしめて、幼芽が幼葉期を経て成葉期の葉状体に生長し、11〜3月頃に目的とする葉長に生長した葉状体を摘採することとなる。
【0009】
ところが、このような従来の海苔の養殖方法においては、採苗前に、糸状体を穿孔させるための大量の貝殻や、これら糸状体を備えた貝殻(貝殻糸状体)を培養管理する大きな設備が必要であった。しかも、貝殻糸状体は水温や光に敏感で、その管理が難しく、4〜9月という比較的に長い糸状体の培養期間にあって、大変な手間がかかる問題や、大量の貝殻糸状体を運搬すること等に大きな労力を要する問題があった。また、大量の貝殻糸状体を移動させて、培養液を交換したり、培養設備を清掃したり、更には貝殻糸状体の生育を阻害する藻類などの付着を防止する目的で貝殻表面を洗浄したりする作業等を少なくとも数回実施する必要があった。そのため、養殖業者に多大な労力や経済的負担が課されるという問題を内在していた。
【0010】
なお、葉状体の組織片における全部または一部の細胞が栄養胞子に分化して単胞子として放出され、該単胞子が発芽すると、糸状体期を経ずに、そのまま葉状体に生長することが知られている。この単胞子は交雑や減数分裂を経ておらず、無性的な増殖に基づいて、細胞の遺伝子的変化が抑えられるため、かかる単胞子を放出した葉状体の形質が有効に保持される。更に、このような葉状体組織片を所定の条件下で培養すると、単胞子を人為的に放出させることが可能であることが分かっている。
【0011】
しかしながら、上述の糸状体期を経ずに葉状体を得る方法は、未だ研究段階にあり、目的とする単胞子が十分に且つ安定して放出され難いことから、採苗等に必要とされる充分な単胞子量や形質保持が見込まれ難く、海苔養殖の現場で採用できるものではないのである。
【0012】
【特許文献1】特開2006−288223号公報
【特許文献2】実開平5−95267号公報
【特許文献3】特開2005−46051号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
ここにおいて、本発明は、上述の如き事情を背景として為されたものであって、その解決課題とするところは、アマノリ属の葉状体において単胞子や果胞子,精細胞の形成を促進せしめて葉状体の崩壊を促進させ、単細胞化することにより、各種の生物の餌料として活用可能な海苔単細胞を容易に作成し得るほか、海苔の養殖や品種改良に有効利用され得る単胞子を充分に獲得し得る、新規な海苔の単細胞化方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
(海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様1)
海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様1の特徴とするところは、アマノリ属の葉状体を温度処理と照射処理の少なくとも一方を実施する成熟条件下で培養すると共に、酸処理を施すことにより、該葉状体から単細胞を積極的に放出させることにある。
【0015】
本態様に従う海苔の単細胞化方法においては、本発明者が行った実験結果などからも、アマノリ属の葉状体に酸処理による刺激を与えることによって、天然の葉状体や従来の海苔の養殖方法に係る培養条件などで育成した葉状体からでは到底放出され難い程に、精細胞や、果胞子、単胞子などの各種の単細胞が積極的に放出されることが確認できた。すなわち、本態様に従う海苔の単細胞化方法に従えば、酵素等を使用せずに、低コストで海苔の葉状体を単細胞化することができる。
【0016】
なお、本発明における単細胞とは、性成熟により形成される未受精の果胞子及び精細胞のほか、接合胞子,単胞子,未分化の栄養細胞等を含んだものをいう。すなわち、本態様に従う海苔の単細胞化方法に従えば、葉状体の成熟を促進せしめる温度処理や照射処理と組み合わせて、酸処理を施すことによって、葉状体の崩壊と共に栄養細胞の分化を促して、単胞子の放出や精細胞及び果胞子の放出を促進することができる。
【0017】
なお、本態様における酸処理を行う際の水素イオン濃度は、葉状体の種類やその成長段階等に応じて、任意の水素イオン濃度とされる。また、本態様に従う単細胞化方法によって、どのような種類の単細胞の獲得を意図するかによっても、適当な水素イオン濃度が任意に選択されることとなる。具体的には、精細胞を獲得する場合にはpH3〜6の範囲が望ましく、それ以外の果胞子や栄養細胞等の単細胞を数多く得ようとする場合には、水素イオン濃度はpH2〜6の範囲とされることが望ましい。一方、葉状体から単胞子を放出させて、これを採苗などに利用する場合には、pH1〜6の範囲が好適に採用される。
【0018】
また、酸処理に使用される酸性溶液としては、各種の無機酸を用いて調整されたものが用いられるが、必要に応じて、クエン酸,リンゴ酸,コハク酸など、各種の有機酸を使用してもよい。このような有機酸を用いることにより、室内環境下だけでなく、実際の海苔の養殖現場においても、環境への影響を抑えつつ、本態様に従う海苔の単細胞化方法を実施する事が容易となる。また、酸処理に利用される酸性溶液は、アマノリ属の養殖において各種の病害対策に用いられている有機酸液を利用してもよい。
【0019】
また、本態様に従う海苔の単細胞化方法においては、酸処理と組み合わせる成熟条件として、温度処理と照射処理の少なくとも一方を実施するという簡単な方法で、海苔の成熟を有利に促進せしめて、葉状体から単胞子,果胞子等の単細胞を積極的に放出させることができる。このような技術的効果を説明することが本発明の目的とするところでないが、おそらくは、本態様に従う海苔の単細胞化方法の実施によって、アマノリ属の生活史における季節、即ち寒い時期と暖かい時期を跨ぐ自然現象を、葉状体に誤認せしめるような結果となり、それによって、葉状体が成熟を始めて精細胞や果胞子,単胞子などを積極的に放出するものと推考される。それ故、本態様に従う海苔の単細胞化方法においては、温度処理と照射処理とが相互に組み合わされて実施されることが望ましい。
【0020】
なお、本態様における温度処理は、葉状体を培養する際の通常の海水の温度よりも高温下の海水の中で葉状体を培養する処理をいう。好適には、葉状体を培養する際の通常の海水の温度として5〜15℃の海水中で適度な葉長になるまで培養された葉状体を、それよりも高温とされた海水の温度としての15〜25℃の海水中で培養する事が採用され得る。また、葉状体に温度処理を施す作業は、例えば、葉状体を所望する葉長となるまで培養した後、培養海水の温度を15〜25℃の範囲に設定変更したり、或いは葉状体を所定の室や容器に収容せしめて、室や容器の温度を15〜25℃の範囲に設定変更すること等によって実現される。また、温度は、一定に保たれても、変化しても良い。具体的には、例えば葉状体を海水中で培養した後に、海水の温度を上昇させたり、海水の温度を下降させた後に上昇させたり、下降と上昇を所定の回数繰り返したりすること等によって、低温から高温への温度変化による刺激が葉状体に与えられることによる各種の温度刺激が採用可能である。また、必要に応じて、通常条件下での培養を省略して、葉状体の培養当初から15〜25℃の高水温下における成熟条件下での培養を開始してもよい。
【0021】
一方、本態様における照射処理は、葉状体を通常の所謂短日条件において培養する際の光の照射時間よりも長時間光を照射すること、及び/又は、通常の照度よりも強い照度の光を照射する処理が採用され得る。葉状体を培養する際の通常の光条件としては、例えば、一日当たり5〜10時間、2000Lx程度の光を照射すること等が実施され得るが、本実施形態における照射処理としては、葉状体に一日当たり10〜20時間、2000Lx以上の光を照射する事が好適に実施される。なお、本態様において、照射は連続的に行われることが望ましい。更に照射されていない状態では、暗室若しくはそれに近い状態におくのが好ましい。それによって、光の照射による刺激を葉状体に一層効果的に与えることが出来る。また、光の照度の上限は、好ましくは20000Lxとされる。20000Lxよりも大きくなると、葉状体の生育状態に支障を来すおそれがあるからである。また、かかる照射処理においては、光の照射時間や照度は、一定に保たれても、変化しても良い。具体的には、例えば葉状体を所定の照度の光で培養した後に、光の照度を強めたり、光の照度を弱めて培養した後に照度を上昇させたり、照度の低下と上昇を所定の回数繰り返したりすることや、光の照射時間を短くして培養した後、照射時間を延長するように変更して培養したり、照射時間の変更を所定の回数繰り返したりすること、さらに、光の照度と照射時間の両方を同時に、又は交互に変化させたりすること等の、光の照射条件の変化による各種の刺激が採用可能である。
【0022】
なお、本発明における海水とは、天然海水や人工海水、天然海水又は人工海水に栄養剤等を加えた栄養強化海水等を含んだものをいう。人工海水は、水に塩類やミネラルその他の適当な物質を加えて得たものや天然海水に適当な物質を加えて調整したもの等をいう。
【0023】
(海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様2)
海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様2の特徴とするところは、本発明の態様1に係る海苔の単細胞化方法において、前記酸処理における酸性溶液の水素イオン濃度をpH1より大きくpH3に満たないようにすることにある。
【0024】
本態様の海苔の単細胞化方法に従えば、葉状体をより有効に刺激せしめて単細胞化を促進し得ることにより、各種の単細胞の中でも、単胞子を、特に効率的に放出させることができる。
【0025】
(海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様3)
海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様3の特徴とするところは、アマノリ属の葉状体を温度処理と照射処理の少なくとも一方を実施する成熟条件下で培養すると共に、アルカリ処理を施すことにより、該葉状体から単細胞を積極的に放出させることにある。
【0026】
本態様の海苔の単細胞化方法に従えば、前記態様1に記載の海苔の単細胞化方法と同様に、葉状体から各種の単細胞を充分に放出させることができる。
【0027】
なお、本態様におけるアルカリ処理に利用される塩基性溶液は、所望する単細胞の種類や、利用目的に応じて、任意の水素イオン濃度とされてよいが、好ましくは、水素イオン濃度がpH9〜13の範囲とされる。また、アルカリ処理に使用される塩基性溶液としては、特に限定されるものではなく、各種の塩基性溶液が用いられる。
【0028】
(海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様4)
海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様4の特徴とするところは、本発明の態様3に係る海苔の単細胞化方法において、前記アルカリ処理における塩基性溶液の水素イオン濃度をpH12より大きくpH14に満たないようにすることにある。
【0029】
本態様の海苔の単細胞化方法に従えば、葉状体をより有効に刺激せしめて単細胞化を促進し得ることにより、単胞子を特に効率的に放出させることができる。
【0030】
(海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様5)
海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様5の特徴とするところは、本発明の態様1乃至4に係る海苔の単細胞化方法において、前記単細胞として、単胞子を放出させることにある。
【0031】
海苔の単細胞化方法にかかる本態様に従えば、葉状体から充分に単胞子を放出させることが可能となることから、放出された単胞子を海苔網等の担体に付着させて、葉状体に生育せしめることにより、海苔の養殖を有利に進める事が可能となる。また、放出された単胞子が成長してなる葉状体は、元の葉状体と同一の遺伝情報を有していることから、かかる単胞子を利用して、同一の遺伝形質を有するクローン葉状体を成長せしめる事が可能となる。
【0032】
(海苔の養殖方法にかかる本発明の態様1)
海苔の養殖方法にかかる本発明の態様1の特徴とするところは、前記海苔の単細胞化方法にかかる態様5に記載の海苔の単細胞化方法によって葉状体から放出された単胞子を担体に付着させて、該単胞子を成長させることを特徴とする海苔の養殖方法にある。
【0033】
本態様の海苔の養殖方法においては、海苔の単細胞化方法にかかる本発明に従う単細胞化方法によって、天然の葉状体や従来の海苔の養殖方法に係る培養条件などで育成した葉状体からでは、到底放出され難い程に、単胞子が積極的に放出されることを利用して、海苔の養殖を容易に行うことができる。すなわち、放出された単胞子を担体に付着させて発芽(細胞分裂による成長をいう)せしめた後に、目的とする大きさや品質を備えた葉状体に生長させることができる。それ故、海苔の養殖現場にあって、葉状体に生長する単胞子が十分に放出されることに基づき、単胞子を担体に付着せしめることで、充分な収穫量を安定して得ることが可能となる。
【0034】
また、例えば、採苗期に葉状体に刺激を与えて単胞子を担体に付着せしめた後に育苗したり、或いは、予め葉状体に刺激を与えて単胞子を担体に付着せしめて、これを育苗期まで凍結保存等して、育苗期に幼芽を育成することが出来る。それ故、貝殻糸状体による糸状体期を経て採苗する従来の海苔の養殖方法のような貝殻糸状体の培養管理にかかる労力や経済的負担が省かれて、海苔養殖が極めて効率的に実現され得る。
【0035】
特に本態様では、葉状体の栄養細胞が交雑や減数分裂を経ずに分化した単胞子を葉状体に生長させることにより、交雑や減数分裂を経て分化した接合胞子に比して、遺伝的形質の劣化が抑えられて、単胞子を単離、培養して得られる葉状体から、多量の純系、クローン葉状体を容易に得ることが出来る。また、このような単胞子からなる葉状体においては、半数体細胞であるため、生殖による交雑の可能性や、倍数体の糸状体から形成される殻胞子のように複数の遺伝的要素が混合する可能性が少ない。それ故、優れた品種の形質保持や、単一系統の海苔網が形成されることに基づく種苗の均一化などが有利に図られ得る。
【0036】
また、本発明者が行った先行する実験結果などからは、担体に支持された葉状体に成熟刺激を与えることによって、単胞子が葉状体から積極的に放出された後に、該単胞子が再び該葉状体が支持された担体等に付着して発芽し、新たな葉状体として生長され得ることが確認されている。また、葉状体に刺激を与えて放出された単胞子を採取した後に、単胞子を担体に付着させることによっても、該単胞子の発芽後、新たな葉状体に生長することが確認されている。なお、一次芽からなる葉状体や二次芽以上の複次芽からなる葉状体の何れにおいても、刺激を与えることによって、単胞子が積極的に放出されることが確認されている。
【0037】
従って、アマノリ属の育苗期や本養殖期に、担体に支持された葉状体から単胞子を積極的に放出させて、担体に再び付着させたり、或いは、別途準備した葉状体から放出された単胞子を採取して、育苗または本養殖期の担体に付着させたりすることによって、複次芽(単胞子)の担体への付着を好適に操作することが出来る。その結果、収穫期に応じて必要な量の複次芽を担体に付着させることが出来、担体に支持された葉状体の生育密度が好適に確保されて、生育環境が良好とされる。しかも、複次芽からなる葉状体は、一次芽からなる葉状体に比して若齢で、その葉が柔らかいことから、葉状体の老齢化に起因して葉が硬くなることが好適に抑えられる。それ故、生産効率や品質が有利に向上され得るのである。
【0038】
(海苔の養殖方法にかかる本発明の態様2)
海苔の養殖方法にかかる本発明の態様2の特徴とするところは、海苔の養殖方法にかかる本発明の態様1の海苔の養殖方法において、海水が収容された水槽を陸上に設置すると共に、前記刺激を与えた前記葉状体から放出された前記単胞子を該水槽の該海水の中に存在せしめた状態下で、前記担体を該海水に接触させることによって、該担体に該単胞子を付着させることにある。
【0039】
本態様においては、単胞子の担体への付着が効率的に実現される。なお、単胞子は、水槽に入れた葉状体に刺激を与えて放出させても良いし、別の場所で葉状体から採取したものを水槽に入れても良く、また、別の水槽で刺激を与えた葉状体を用いて単胞子を放出させても良い。
【0040】
(海苔の養殖方法にかかる本発明の態様3)
海苔の養殖方法にかかる本発明の態様3の特徴とするところは、海苔の養殖方法にかかる本発明の態様2に係る海苔の養殖方法において、前記水槽の上方に海苔網が捲回された回転枠を回転可能に配設し、該海苔網によって前記担体を構成して、該回転枠を回転させて該海苔網を該水槽の前記海水に接触させることにある。
【0041】
本態様においては、多くの単胞子を、比較的に少ない労力で、担体に効率的に付着させることが出来、海苔養殖が有利に実現され得る。しかも、担体が海苔網で構成されていることによって、保管や取り扱い性に優れている。
【0042】
(海苔の品種改良方法にかかる本発明)
海苔の品種改良方法にかかる本発明の特徴とするところは、海苔の養殖方法にかかる本発明の態様1乃至3の何れかに記載の養殖方法を利用して、細胞選抜育種を行うことを特徴とする海苔の品種改良方法にある。
【0043】
海苔の品種改良方法にかかる本発明に従えば、葉状体の細胞の淘汰と、海苔の養殖方法にかかる本発明を利用してクローン葉状体を得ることを繰り返すことにより、海苔の品種改良が極めて効率的に実施できる。
【0044】
具体的には、先ず、例えば、葉状体を人為的に特定の病原菌に感染させてほとんどの細胞を死滅せしめた後に、わずかに生き残った、他の細胞よりも高い耐性をもつ細胞を含む葉状体に対して、海苔の単細胞化方法にかかる本発明を実施する。これにより、死滅せずに生存していた細胞を有利に単胞子に分化せしめて、病原菌に対する高い耐性を示したそれらの細胞と同一の遺伝情報を有する単胞子を得ることができる。その後、かかる単胞子を担体に付着させて発芽せしめ、葉状体に成育させることにより、元の葉状体に感染させた病原菌に対する高い耐性を備えた、新たな葉状体を育成する事が可能となる。さらに、このような葉状体に対し、再び同一の、あるいはより厳しい条件で同じ病原菌に感染させた後、耐性の高い細胞のみを生存せしめた状態で再び単胞子化,採苗,育苗等を行うことで、より高い耐性を示した細胞と同一の形質を持つ葉状体を得ることが出来る。こうした過程を繰り返すことにより、特定の病原菌に対する耐性の高い品種系統を容易に確立することが可能となる。
【0045】
このようにして、海苔の養殖方法にかかる本発明を利用することにより、葉状体の体細胞から特定の条件に対する耐性の高い細胞だけを容易に選抜して単胞子化し、この単胞子を発芽,成育せしめてクローン葉状体を得ることが出来ることから、海苔の品種改良が効率よく実施できる。
【0046】
特に、海苔の品種改良方法にかかる本発明においては、ある条件に対して高い耐性を示した栄養細胞を、交雑や減数分裂を経ていない単胞子に分化せしめて、これを発芽,成育させることにより次の世代のクローン葉状体を得られることから、接合胞子や殻胞子における交雑や減数分裂を経る通常の養殖方法を用いた品種改良方法に比して、世代を経る際の遺伝的形質の劣化が抑えられ得て、有利に育種を行うことが出来る。さらに、少数の生存細胞からでも、効率的に充分な数の単胞子を得て、これを担体に付着、発芽せしめることができることから、高い耐性を示した細胞の選抜を容易に行うことができる。また、優れた品種系統を確立せしめた後においても、海苔の養殖にかかる本発明を利用することにより、単胞子を単離、培養して得られる葉状体から、多量の純系、クローン葉状体を容易に得ることができるため、優れた品種の形質保持を容易に行うことができる。
【0047】
なお、このような海苔の品種改良方法にかかる本発明においては、上述した特定の病原菌への人為的な感染のほか、水温等の温度条件や、塩分濃度、日照時間、窒素等の栄養条件等といった各種の条件を任意に設定するによって、葉状体の細胞の大部分を死滅させると共に、これらの各条件に耐性を有する細胞だけを選抜することが、好適に実施される。
【0048】
また、本発明の海苔の品種改良方法においては、海苔の養殖の現場において各種の病気に感染したり、高水温に晒されるなどして大部分の細胞が死滅した葉状体を用いてもよい。このように、各地の養殖現場において、死滅せずに残った細胞を利用して単胞子を形成させ、葉状体に成長させて品種改良に用いることで、その地域に特有の病気や環境条件に対して耐性のある新たな品種系統を、容易な方法で得ることが可能となる。
【0049】
(海苔単細胞の保存方法にかかる本発明の態様1)
海苔単細胞の保存方法にかかる本発明の特徴とするところは、海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様1乃至5に従う海苔の単細胞化方法において得られた単細胞を凍結保存することにある。
【0050】
海苔単細胞の保存方法にかかる本発明においては、本発明者が行った実験結果などからも、葉状体から得られた各種の単細胞を凍結して保存し、その後解凍を行った場合にも、各単細胞はほとんど破壊されないことが確認されている。よって、海苔単細胞の保存方法にかかる本発明に従えば、葉状体から得られた単胞子や果胞子,栄養細胞等を、容易に長期間保存することが可能となる。
【0051】
(餌料にかかる本発明の態様1)
餌料にかかる本発明の態様1の特徴とするところは、海苔の単細胞化方法にかかる本発明の態様1乃至5に記載の海苔の単細胞化方法において得られた単細胞を用いたことにある。
【0052】
餌料にかかる本発明に従えば、例えば、色落ち等により、栄養価は高くとも商品価値が低下した海苔の葉状体を用いて、単細胞化せしめることにより、得られた単細胞を魚介類の養殖などに用いられる餌料として有効利用することができる。すなわち、各種の魚介類の養殖においては、魚介類の種類や成長段階に応じた餌料として、或いは、魚介類の餌料となる動物プランクトンを培養する為の餌料として、大量の植物プランクトンが必要となる。ここにおいて、餌料にかかる本発明に従えば、簡単な方法で、大量の海藻由来の単細胞からなる餌料を作成できることから、低コストの代替餌料を提供する事ができる。しかも、原料として色落ち海苔の葉状体を使用することで、これまで大量に廃棄されていた色落ち海苔を、有用な資源として活用する事が可能となるのである。
【0053】
しかも、前記海苔細胞の保存方法にかかる本発明と組み合わせて実施することにより、餌料としての海苔単細胞を、凍結保存によって容易に長期間保存する事ができることから、餌料の管理が容易となる。
【発明の効果】
【0054】
上述の説明から明らかなように、本発明の海苔の単細胞化方法に従えば、葉状体に適当な刺激を与えることによって、単胞子を含む各種の単細胞が積極的に放出される。また、かかる単細胞化方法によって、葉状体から単胞子を容易に且つ効率的に採取することが可能となることから、単胞子を海苔の養殖に利用することにより、従来の牡蠣殻を用いた面倒で且つ長期間に亘る糸状体の管理を行う必要もなくなって、目的とする海苔を効率良く収穫できるようになるのである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0055】
以下、本発明を更に具体的に明らかにするために、本発明の実施形態について説明する。
【0056】
はじめに、海苔の単細胞化方法にかかる本発明の一実施形態について説明する。先ず、図1には、海苔の単細胞化方法にかかる本発明の一実施形態としての海苔の単細胞化方法を用いた単細胞化工程に関するフローチャートが示されている。
【0057】
より詳細には、最初に、葉状体を準備する(P1)。本実施形態に用いられる葉状体を備えた海苔としては、各種のアマノリ属の海苔が使用される。具体的には、例えばクロノリやスサビノリ、ナラワスサビノリ、フタマタスサビノリ、アサクサノリ、オオバアサクサノリ、マルバアサクサノリ、ウップルイノリ、コスジノリ等が挙げられる。
【0058】
特に本実施形態では、幼芽または幼葉期の葉状体をの複数を準備すると共に、図示しない恒温室に天然の海水が収容された水槽を設置して、葉状体を海水の中に入れる。なお、本実施形態で用いられる葉状体としては、発芽後長期間成長した老葉よりも、葉長1cm〜15cm程度の幼葉が望ましい。更にまた、本実施形態に用いられる葉状体としては、養殖されていた海苔が変色を起こし、いわゆる色落ち海苔となったものも用いられ得る。
【0059】
また、培養を行う恒温室は、温度が一定に保持されていると共に、日光等が入らないように外部と遮断されている。更に、上述の天然海水に代えて、天然海水と略同様の組成となるよう塩分や栄養素等の成分が調整された人工海水や、天然海水に一又は二以上の物質からなる栄養剤が添加された栄養強化海水が採用されても良い。栄養剤には、例えば塩化カリウムや硫酸マグネシウム、塩化カルシウム、炭酸カルシウム、硝酸ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、ビタミンB12等の他、葉状体に栄養を与える各種の物質が採用される。更にまた、恒温室には、図示しない蛍光灯等が光源の照明装置を設置して、容器に収容された海水中の葉状体に向けて、光を照射するようにする。
【0060】
そこにおいて、まず、通常の海苔の培養条件において、海苔葉状体が所望する葉長となるまで培養する。具体的には、海水の温度を所定の温度に、例えば、5〜15℃に設定して保持すると共に、葉状体に所定の照度の光を1日に所定の時間だけ、例えば8時間程度連続して照射して、葉状体を海水中で所定の期間培養する。これにより、幼芽または幼葉期の葉状体が生長して、葉長が1〜15cm、好ましくは3〜15cmの幼葉期または若い成葉期の葉状体を得る。なお、これら温度や照度、照射時間、培養期間等の各種の設定条件は、海苔の種類や生育状況その他養殖に係る各種の条件に応じて適宜に設定変更されるものであって、特に限定されるものでない。
【0061】
次に、得られた葉長1〜15cmの葉状体の複数を、海水等が収容された別の水槽に移して該海水の中に入れた状態で、温度処理と照射処理とを組み合わせた成熟条件下において、数日間〜数十日間培養する。本実施形態における温度処理としては、海水の温度を、葉状体をそれまで培養していた海水の温度よりも高く、例えば15〜25℃に設定する。更に、照射処理として、所定の照度以上の、例えば3000Lx以上の光を1日当たり10〜12時間連続して海水中の葉状体に照射する。特に、葉状体に光を照射しない照明装置がOFFの状態では、恒温室を暗室またはそれに近い状態にして、光を葉状体に出来るだけ当てないことが望ましい。なお、葉状体の成熟を促進せしめる成熟条件としては、温度処理と照射処理の何れか一方のみを実施してもよい。また、必要に応じて、前述の通常条件下での初期培養を省略して、葉状体の培養当初から成熟条件下での培養を開始してもよい。
【0062】
そして、上述の成熟条件下での培養期間中において、適宜、酸処理を実施する(P2)。特に、本実施形態においては、上述の成熟条件下での培養期間中に、毎日5分、適当な水素イオン濃度に調整した酸性溶液に葉状体を浸漬せしめる。なお、かかる酸性溶液としては、葉状体の培養に用いた海水と同じ天然海水や人工海水等を、塩酸等の試薬を用いて任意の水素イオン濃度に調節したものが、好適に用いられる。また、処理に用いる酸性溶液としては、あかぐされ病などの対策や、養殖品種の以外の海苔等を死滅させる為に行われる、海苔養殖における公知の酸性処理に用いられる酸性溶液を利用してもよい。なお、酸処理を行う頻度や浸漬時間は、特に限定されるものではなく、任意の頻度,浸漬時間とされてよい。
【0063】
また、酸処理に用いられる酸性溶液の水素イオン濃度は、葉状体の種類や成長状態によって適宜に設定され得るが、葉状体から放出させたい単細胞の種類に応じても、それぞれ、好適な水素イオン濃度が選択される。例えば、特に単胞子を放出させて採苗等に用いることを目的とする場合には、水素イオン濃度をpH1より大きくpH3に満たないように、特に、pH2に調整した酸性溶液が好適に用いられる。また、精細胞を数多く放出せしめたい場合にはpH3〜5の範囲とされることが望ましく、精細胞以外の各種の単細胞、すなわち栄養細胞,果胞子等を多数得ようとする場合には、pH2〜6の範囲が好適に採用され得る。
【0064】
このように、本実施形態では、前述の温度処理と照射処理を組み合わせて葉状体の成熟を促進せしめることと、酸処理を施すことによって、葉状体に刺激を与えている(P2)。その結果、葉状体の崩壊と共に葉状体の栄養細胞の分化が有利に促進されて、単胞子や果胞子,精細胞等を放出する状態になる(P3)。
【0065】
その後、藻体と単細胞とを含む培養海水から藻体を取り除き、単胞子,果胞子,精細胞等を含む、各種の単細胞を回収する(P4)。
【0066】
続いて、海苔の単細胞化方法にかかる本発明の第二の実施形態について、説明する。すなわち、前記第一の実施形態では、葉状体の刺激(P2)において、成熟条件下での培養と組み合わせて酸処理を実施していたが、かかる酸処理に代えて、アルカリ処理を実施する。特に、本実施形態においては、成熟条件下での培養期間中に、毎日5分、適当な水素イオン濃度に調整した塩基性溶液中に葉状体を浸漬せしめる。なお、このとき用いられる塩基性溶液としては、葉状体の培養に用いた海水と同じ天然海水や人工海水等を、水酸化ナトリウム等の試薬を用いて塩基性に調節したものが、好適に用いられる。また、アルカリ処理を行う頻度や浸漬時間は、特に限定されるものではなく、任意の頻度,浸漬時間とされてよい。
【0067】
また、アルカリ処理に用いられる塩基性溶液の水素イオン濃度は、葉状体の種類や成長状態によって適宜に設定され得るが、葉状体から放出させたい単細胞の種類に応じても、それぞれ、好適な水素イオン濃度が選択される。例えば、特に単胞子を放出させることを目的とする場合には、塩基性溶液の水素イオン濃度を、pH12より大きくpH14に満たないように調整することが望ましく、特に、pH13とすることが望ましい。また、精細胞を数多く放出せしめたい場合にはpH9〜13の範囲、特にpH12とされることが望ましく、精細胞以外の各種の単細胞、すなわち栄養細胞,果胞子等を多数得ようとする場合には、pH9に調整されることが望ましい。
【0068】
このようなアルカリ処理によっても、葉状体を単細胞化せしめる刺激として、有効に作用させることができる。
【0069】
以上、海苔の単細胞化方法にかかる本発明の各実施形態について詳述してきたが、これはあくまでも例示であり、かかる実施形態における具体的な記載によって、本発明は、何等限定されるものでなく、当業者の知識に基づいて種々なる変更、修正、改良等を加えた態様で実施可能である。また、そのような実施態様が、本発明の趣旨を逸脱しない限り、何れも、本発明の範囲内に含まれるものであることは、言うまでもない。
【0070】
具体的には、例えば、上述の成熟条件下における培養と酸処理とに加えて、葉状体を入れた培養海水よりも塩分濃度が高い高塩分海水に所定の時間だけ葉状体を入れる高塩分処理を組み合わせて実施して、葉状体に刺激を与えるようにしても良い。
【0071】
また、例えば、葉状体を海水から取り出して大気中で所定の時間放置する乾燥処理を組み合わせて実施することも可能である。
【0072】
さらに、前述の高塩分海水による処理と乾燥処理を所定の時間毎に分けて施すことにより、葉状体に成熟刺激を与えることも可能である。
【0073】
また、前記実施形態では、葉長が1〜15cmになるまで葉状体を育成した後に、温度処理と照射処理を組み合わせた成熟条件下で培養すると共に酸処理を施して葉状体に刺激を与えていたが、例えば、適当な葉長の葉状体を海苔の養殖業者等から購入して、かかる葉状体を成熟条件下で培養しつつ酸処理を施して、葉状体に刺激を与えるようにしても良い。
【0074】
更にまた、前述の酸処理とアルカリ処理の両方の処理を、実施する時間や日程を異ならせて、相互に組み合わせて実施することも可能である。
【0075】
次に、海苔の養殖方法にかかる本発明の一実施形態について説明する。先ず、図2には、海苔の養殖方法にかかる本発明の一実施形態としての海苔の養殖方法を用いた養殖工程に関するフローチャートが示されている。
【0076】
より詳細には、先ず、葉状体を準備する(S1)。本実施形態に用いられる葉状体を備えた海苔としては、前述の海苔の単細胞化方法にかかる本発明の第一の実施形態における葉状体の準備(P1)で用いたものと略同じものが用いられ得る。従って、各種のアマノリ属の海苔が使用され得るが、特に、本実施形態においては、養殖に適したものが望ましい。例えば、クロノリやスサビノリ、ナラワスサビノリ、フタマタスサビノリ、アサクサノリ、オオバアサクサノリ、マルバアサクサノリ、ウップルイノリ、コスジノリ等のアマノリ属が挙げられる。
【0077】
特に本実施形態では、幼芽または幼葉期の葉状体の複数を準備すると共に、図示しない恒温室に天然の海水が収容された水槽を設置して、葉状体を海水の中に入れる。かかる恒温室では、温度が一定に保持されていると共に、日光等が入らないように外部と遮断されている。また、上述の天然海水に代えて、天然海水と略同様の組成となるよう塩分や栄養素等の成分が適宜に調整された人工海水や、天然海水に一又は二以上の物質からなる栄養剤が添加された栄養強化海水が採用されても良い。栄養剤には、例えば塩化カリウムや硫酸マグネシウム、塩化カルシウム、炭酸カルシウム、硝酸ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、ビタミンB12等の他、葉状体に栄養を与える各種の物質が採用される。更に、恒温室には、図示しない蛍光灯等が光源の照明装置を設置して、容器に収容された海水中の葉状体に向けて、光を照射するようにする。
【0078】
そこにおいて、海水の温度を所定の温度に、例えば5〜15℃に設定して保持すると共に、葉状体に所定の照度の光を1日に所定の時間だけ連続して照射して、葉状体を海水中で所定の期間培養する。これにより、幼芽または幼葉期の葉状体を生長せしめて、葉長が1〜15cm、好ましくは3〜15cmの幼葉期または若い成葉期の葉状体を得る。なお、これら温度や照度、照射時間、培養期間等の各種の設定条件は、海苔の種類や生育状況その他養殖に係る各種の条件に応じて適宜に設定変更されるものであって、特に限定されるものでない。
【0079】
次に、得られた葉長1〜15cmの葉状体の複数を、海水等が収容された別の水槽に移して該海水の中に入れた状態で、温度処理と照射処理とを組み合わせた成熟条件下において、数日間〜数十日間培養する。本実施形態における温度処理としては、海水の温度を、葉状体をそれまで培養していた海水の温度よりも高く、例えば15〜25℃に設定する。更に、照射処理として、所定の照度以上の、例えば3000Lx以上の光を1日当たり10〜12時間連続して海水中の葉状体に照射する。特に、葉状体に光を照射しない照明装置がOFFの状態では、恒温室を暗室またはそれに近い状態にして、光を葉状体に出来るだけ当てないことが望ましい。なお、葉状体の成熟を促進せしめる成熟条件としては、温度処理と照射処理の何れか一方のみを実施してもよい。また、必要に応じて、前述の通常条件下での初期培養を省略して、葉状体の培養当初から成熟条件下での培養を開始してもよい。
【0080】
さらに、本実施形態においては、上述の成熟条件下での培養期間中において、酸処理を組み合わせて実施する(S2)。この酸処理としては、前記海苔の単細胞化にかかる本発明の第一の実施形態における酸処理と同様の酸処理が実施され得るが、好適には、成熟条件下での培養期間中、毎日5分間、酸性溶液に浸漬せしめることが実施される。なお、かかる酸性溶液の水素イオン濃度は、葉状体の種類や成長状態によって適宜に設定され得るが、特に、本実施形態においては、pH2に調整された天然海水が用いられ得る。これにより、より効率よく単胞子を形成させることが出来る。
【0081】
すなわち、本実施形態では、前述の温度処理と照射処理が組み合わされることによって葉状体の成熟を促進せしめることと、酸処理とが組み合わされることによって、葉状体に刺激を与えている(S2)。なお、本実施形態における葉状体に刺激を与える工程(S2)は、前述の海苔の単細胞化方法にかかる本発明の第一の実施形態における葉状体刺激(P2)と略同じ態様が採用され得る。そして、その結果、葉状体の崩壊と共に葉状体の栄養細胞が分化して、単胞子を放出する状態になる(S3)。なお、葉状体の一部では、すでに単胞子等が放出されていても良い。
【0082】
次に、単胞子を放出する状態の葉状体10の複数を、図3に示される如き陸上採苗器12に入れる。ここで、陸上採苗器12としては従来からのり養殖業に採用されている周知のものが利用可能であるが、その構造について簡単に説明すると、陸上採苗器12は、水槽14を備えている。水槽14は、養殖施設等の屋内または屋外の陸上に設置されて、上方(図3中、上)に開口する桶状とされていると共に、略開口部付近にまで海水16を貯えている。
【0083】
また、水槽14の中には、長手方向の中間部分に位置して略垂直に立ち上がる仕切網18が張られていて、水槽14が二つに仕切られている。この水槽14における仕切網18を挟んで、広い方(図3中、右)の領域が、種取り領域20とされていると共に、狭い方(図3中、左)の領域が、葉状体10の収容領域22とされている。これら種取り領域20と収容領域22には、前述の海水16が収容されていると共に、海水16が仕切網18を通じて相互の領域20,22間で流動し得るようになっている。
【0084】
また、種取り領域20の上方には、回転枠としての水車24が配設されている。水車24は、複数のロッド状材が組み合わされて組み立てられた略円形胴状の骨組構造体とされている。水車24の中心軸26が、種取り領域20の上方において略水平方向に延びていると共に、中心軸26の両端が、水槽14の外方に設置された支柱28,28に対して、それぞれ回転可能に支持されている。また、水車24には、中心軸26と平行に延びる複数の支持棒30が配されており、水車24の中心軸26回りの回転に伴って回転せしめられるようになっている。更に、これら複数の支持棒30のうち中心軸26から最下方(図3中、下)に位置した際の支持棒30が、種取り領域20の海面よりも下に位置して、海水16に接触するようになっている。
【0085】
さらに、水車24には、担体としての海苔網32が取り付けられている。海苔網32は、従来から海苔養殖に利用されている周知のものを採用することが可能であり、一般にポリエチレンやポリプロピレン、ポリエステル等の合成樹脂材等を用いて形成されて、展開した状態で長手帯形状を有している。そして、海苔網32が、水車24の複数の支持棒30に被せられて、水車24の外周面に何回も巻き付けられている。なお、所定長さを有する海苔網32は、その複数枚が、重ね合わせて或いは一つずつ順次に続けるようにして、重なって水車24の外周面に巻き付けられている。これにより、複数の海苔網32が水車24に対してロール状に支持されて、海苔網32における水車24の外周部分のうちで鉛直下方に位置する部分だけが、種取り領域20の海水16に潜るようにして接触せしめられるようになっている。また、水車24が、中心軸26回りで回転せしめられることにより、海苔網32の全体が順次に海水16に適数回だけ繰り返して接触せしめられるようになっている。
【0086】
そして、このような構造とされた陸上採苗器12における水槽14の収容領域22に、前述の如き刺激処理により単胞子が放出する状態の葉状体10における複数を収容して、収容領域22の海水16の中に入れる。その結果、葉状体10から多数の単胞子が積極的に放出して、単胞子が収容領域22の海水16から仕切網18を越えた種取り領域20の海水16にかけて流動する。
【0087】
また、必要に応じて、水槽14内の海水16中に設置した電動モータ等で水車24を所定の回転数で回転駆動せしめて、海苔網32を種取り領域20の海水16に接触させる。これにより、種取り領域20の海水16中を流動する多数の単胞子が水車24に巻き付けられた海苔網32に付着して、たね網(海苔網32)に胞子を直接に付着させる採苗(種取り)を行う(S4)。
【0088】
また、単胞子が付着された海苔網32の複数を陸上採苗器12から取り出して、図示しない別の水槽等にかかる海苔網32を入れ、海水中に数時間浸して養生させた後、脱水や乾燥処理などを施して、短期間凍結保管する。その後、海水温等の環境条件が整ったところで海苔網32を海上へ張り出し、海苔網32に付着した単胞子を発芽させて、葉長数cmの幼芽に成長させる育苗を行う(S5)。育苗を終えた海苔網は、そのまま海苔の本養殖を開始させてもよいが、図示しない液体窒素やフリーザ、脱水や乾燥処理などを用いた公知の凍結保存処理を施して数週間程度冷凍保存した後、漁場に戻して海苔の本養殖を行ってもよい。また、冷凍保存にあたっては、1月頃の海苔網の張替え時期まで長期間冷凍保存させた後に、漁場に張り出して本養殖に用いてもよい。
【0089】
すなわち、本実施形態では、今年度の育苗期に入る10月中旬頃までの間に、準備した葉状体に刺激を与えて葉状体から単胞子を放出させ、該単胞子を海苔網32に付着させる採苗を行って、海苔網32を数時間養生させた後、単胞子を付着させた海苔網を育苗期まで短期間凍結保存する。
【0090】
そして、10月中旬以降の育苗期になると、単胞子が付着された海苔網を浅瀬に設けられた支柱等に支持させたり、沖合に設けられた浮き等に支持させたりして、数十日間管理し、幼芽が数cmの幼葉になるまで育苗を行う(S5)。そして、幼葉が付着された海苔網を本養殖期まで再び冷凍保存したり、或いは保存せずにそのまま本養殖に入る。
【0091】
11〜3月頃の本養殖期には、幼葉が付着された海苔網を、浅瀬の支柱等に支持させたり、沖合の浮き等に支持させたりして、所定の期間成長させる。そして、目的とする例えば20cm前後の葉長に生長した成葉の葉状体を、公知のペット式摘採機やピアノ線摘採機等を用いて摘採する。これにより、葉状体が収穫されて、養殖工程が完了する(S6)。
【0092】
そこにおいて、特に本実施形態では、育苗期の前や本養殖期の前、または育苗期や本養殖期に、別途準備した幼葉または成葉の葉状体に対して、前述の成熟条件下での培養と酸処理とを組み合わせて葉状体に刺激を与えた工程(S2)と同様な刺激を与えて、該葉状体から放出された単胞子を採取することによって、採苗や二次芽取りを行う。そして、育苗期や本養殖期に、かかる単胞子の適当な量を葉状体が付着された海苔網に撒布して、単胞子を海苔網に付着させて発芽させることにより、二次芽を海苔網に人為的に付着せしめる。更に、必要に応じて、別途準備した葉状体から二次芽と同様に三次芽を採取し、かかる三次芽を二次芽が付着された海苔網に付着させる。これら二次芽や三次芽は生長して成葉の葉状体になると、予め採苗器12で海苔網32に付着された単胞子からなる一次芽(幼芽)が生長した葉状体と同様に、摘み取られる。
【0093】
因みに、収穫された葉状体は、所定の加工施設に運ばれて、葉状体に攪拌処理や洗浄処理、細切れ処理、洗浄処理、抄き処理、乾燥処理、選別処理等を施すことにより、乾海苔製品などに加工される。
【0094】
上述の如き本実施形態の海苔の養殖方法に従えば、葉状体を海水に入れて培養すると共に、葉状体に温度処理と照射処理を施すことによって、葉状体に早期成熟による内部刺激を効果的に与えることが出来る。そして、刺激が与えられた葉状体を陸上採苗器12の海水16の中に入れることにより、葉状体から単胞子が積極的に放出されると共に、海苔網32に十分な量の単胞子を確実に付着させることが出来る。その結果、目的とする収穫量が安定して得られるのである。
【0095】
しかも、本実施形態の如き単胞子からなる葉状体は、交雑や減数分裂を経て生長していないことから、遺伝的形質の劣化が抑えられるのであり、それによって、品種の形質保持が有利に実現され得ると共に、優れた形質の海苔が効率的に収穫され得る。
【0096】
特に本実施形態では、育苗期や本養殖期に、葉状体に刺激を与えて二次芽取りや三次芽取りを行い、適量の単胞子を海苔網に付着させたことにより、葉状体から放出された単胞子が自然に海苔網に付着する従来の海苔養殖に比して、生産性や品質性が極めて有利に向上され得る。
【0097】
続いて、海苔の養殖方法に係る本発明の第二の実施形態について、説明する。すなわち、前記海苔の養殖に係る第一の実施形態においては、養殖工程中、図2における葉状体刺激(S2)として、成熟条件下での培養と組み合わせて酸処理を実施していたが、かかる酸処理に代えて、アルカリ処理を実施する。なお、本実施形態におけるアルカリ処理としては、前述の海苔の単細胞化方法にかかる本発明の第二の実施形態における葉状体刺激(P2)において行われるアルカリ処理と同様の処理が実施され得る。
【0098】
このようなアルカリ処理によっても、葉状体から単胞子を放出せしめる刺激として、有効に作用させることができる。なお、アルカリ処理に用いられる塩基性溶液の水素イオン濃度は、葉状体の種類や成長状態によって適宜に設定され得るが、特に、本実施形態においては、pH13に調整された塩基性溶液が用いられる。これにより、より効率よく単胞子を形成させることが出来る。
【0099】
以上、海苔の養殖方法にかかる本発明の実施形態について詳述してきたが、これはあくまでも例示であり、かかる実施形態における具体的な記載によって、本発明は、何等限定されるものでなく、当業者の知識に基づいて種々なる変更、修正、改良等を加えた態様で実施可能である。また、そのような実施態様が、本発明の趣旨を逸脱しない限り、何れも、本発明の範囲内に含まれるものであることは、言うまでもない。
【0100】
また、本実施形態においては、前述の海苔の単細胞化方法にかかる各実施形態において採用され得る高塩分処理や乾燥処理等の各種の態様が、好適に組み合わされて採用され得る。
【0101】
また、前記実施形態では、葉長が1〜15cmになるまで葉状体を育成した後に、温度処理と照射処理を組み合わせた成熟条件下で培養すると共に酸処理を施して葉状体に刺激を与えていたが、例えば、適当な葉長の葉状体を海苔の養殖業者等から購入して、かかる葉状体を成熟条件下で培養しつつ酸処理を施して、葉状体に刺激を与えるようにしても良い。
【0102】
すなわち、本発明方法においては、ノリの種類や成長の程度等に応じて、各種の処理に係る条件を設定変更して処理を施すことにより、単胞子を放出する各種のノリの養殖に対して有利に適用され得ることは勿論である。
【0103】
また、前記実施形態の担体としては、海苔網が用いられていたが、かかる海苔網に代えて或いは加えて、布や紙、スポンジ、岩石、粉粒体を固めた成形物、その他単胞子を付着させて発芽させる各種の培養基なども採用可能である。
【0104】
また、前記実施形態では、単胞子を海苔網32に付着させる採苗を行った後に、単胞子を発芽させて、幼芽を付着した海苔網を本養殖期まで冷凍保存していたが(S5)、かかる冷凍保存は必須の工程でない。例えば、アマノリ属の採苗期に、準備した葉状体に刺激を与えて、放出する単胞子を海苔網に付着させる採苗を行った後に、単胞子が発芽した海苔網を保存せずに、そのまま育苗期に入って育苗を行うことも可能である。
【0105】
また、前記実施形態では、育苗期や本養殖期に、海苔網に支持された葉状体とは別に用意した葉状体に刺激を与えて採取した単胞子を、所定の養殖海域に配された海苔網に撒布することによって、該単胞子からなる二次芽が海苔網に付着されるようになっていたが、例えば、養殖施設の水槽に葉状体を支持した海苔網を入れて養殖し、海苔網に支持された葉状体に前記実施形態に係る温度処理や照射処理等を直接に施して、水槽内で葉状体から放出される単胞子を海苔網に再び付着させることによって、二次芽が海苔網に付着されるようにしても良い。
【0106】
また、前記実施形態では、図3に示される如き陸上採苗器12を用いて採苗が行われていたが、それに代えて、例えば図4に平面図が示されているように、水車を使わないで海苔網を直接に海水に浸漬させて単胞子を付着させることも可能である。即ち、図3に示されたものと同様であるが仕切網18のない水槽14に海水16を収容し、葉状体に刺激を与えて採取した単胞子をその中に入れる。そして、かかる海水16中に海苔網32を適当な長さに折り畳んだ状態で入れて、所定時間放置することによって、海苔網32に単胞子を付着させて採苗することも可能である。
【0107】
次に、海苔の品種改良方法にかかる本発明の一実施形態について説明する。先ず、図5には、海苔の品種改良方法にかかる本発明の一実施形態としての海苔の品種改良方法を用いた品種改良工程に関するフローチャートが示されている。
【0108】
より詳細には、まず、葉状体を用意する(T1)。この葉状体の準備作業は、海苔の養殖方法にかかる本発明の第一の実施形態における葉状体の準備(S1)と略同じものが採用され得る。よって、本実施形態において用いられる葉状体としては、前記海苔の養殖方法にかかる本発明の各実施形態で用いられ得る各種の葉状体が使用される。
【0109】
次に、この葉状体の細胞の大部分を、何らかの条件によって死滅させる(T2)。細胞を死滅させる条件としては、あかぐされ病や壺状菌などの特定の病原菌に感染させることや、高水温に晒すこと等、任意の方法が採用され得る。これにより、用意した葉状体の細胞のうち、ある条件に対して耐性の低い細胞が死滅する一方、該条件に対して高い耐性を示す細胞だけが生き残った状態となる。また、必要に応じて、光学顕微鏡等を用いた観察により、細胞の死滅状態及び生存状態を確認した後、次の工程へと移る。
【0110】
殆どの細胞を死滅せしめた葉状体を、一定期間、成熟条件下において培養すると共に、酸処理又はアルカリ処理を施すことにより、単胞子を形成させるための刺激を与える(T3)。なお、本実施形態における葉状体に刺激を与える工程(T3)は、前述の海苔の養殖方法にかかる本発明の第一及び第二の実施形態における葉状体刺激(S2)と略同じ態様が採用され得る。その後、前記海苔細胞の養殖に係る第一又は第二の実施形態に従う海苔の養殖方法と同様な方法で、単胞子の放出(T4),採苗(T5),育苗(T6)の各工程を行う。これらの各工程は、それぞれ、前述の海苔の養殖方法にかかる本発明の第一の実施形態における単胞子の放出(S3),採苗(S4),育苗(S5)と略同じ態様が採用され得る。これにより、放出された単胞子から成育した新たな葉状体を得ることが出来る。
【0111】
すなわち、始めに用意した葉状体のうち、殆どの全ての細胞が死滅する条件の中にあっても生存しつづけた僅かな数の栄養細胞を成熟・分化させて、単胞子を形成させ、これを担体に付着せしめて葉状体に成育せしめることにより、該条件に対して抵抗性のあった栄養細胞のみから形成された次世代のクローン葉状体を、選択的に得ることができる。先述したように、単胞子は、減数分裂や受精等を経ることなく、元の栄養細胞と同一の遺伝情報を保ったまま葉状体へと成長することが可能であるから、このような単胞子から、通常の細胞が死滅する条件下でも生存し得た、高い耐性を有する細胞と同一の遺伝情報を備えた葉状体を得ることができる。
【0112】
そして、このようにして得られたクローン葉状体に対して、再び同一の、あるいはより厳しい条件下で葉状体の大部分の細胞の死滅せしめて、細胞を淘汰する(T2)。その後、先程の工程と同様にして、葉状体を刺激し(T3)、単胞子を放出させる(T4)ことにより、淘汰されずに生き延びた栄養細胞から分化した単胞子を得ることができる。この単胞子を葉状体に成育させると共に(T5,T6)、再び細胞の淘汰(T2)以降の工程を所望の回数繰り返すことにより、細胞の淘汰に用いた、通常の葉状体の細胞を死滅せしめる特定の条件(例えば、病原菌など)に耐性のある系統品種を、容易に確立することが可能となるのである(T7)。
【0113】
すなわち、通常の品種改良法では、次の世代を成育させる間に、果胞子が受精する際の交雑や、糸状体の殻胞子形成時における減数分裂を経る為に、遺伝的形質の劣化が避けられないのであるが、本実施形態に従えば、少数の生存栄養細胞から、交雑や減数分裂を経ずに分化した単胞子を効率的に形成せしめて、これを単離、培養して得られる葉状体から、容易に純系、クローン葉状体を得て、再び品種改良に用いることが出来るため、極めて効率的に、優れた形質を有する改良品種が得られるのである。
【0114】
しかも、本実施形態に従えば、細胞の淘汰と、海苔の単細胞化方法にかかる本発明とを組み合わせたことにより、ある一つの葉状体の細胞の中でも、より耐性の高い、優れた形質を持つ細胞だけを、単胞子化と採苗、成長を経て、容易に細胞レベルで選抜して、新たな世代の葉状体とすることが可能である。よって、通常の固体レベルでの選抜育種に比して、より効率的に品種改良を行うことができる。
【0115】
また、細胞を淘汰・選抜するための条件としては、前述の特定の病原菌への感染の他、高水温等の特定の温度条件、低比重の海水等の塩分濃度条件、栄養塩の過不足等の、各種の条件でもよい。また、これらの条件を複数組み合わせて採用しても良い。
【0116】
次に、細胞の保存方法にかかる本発明の一実施形態を説明する。先ず、本実施形態では、前記海苔の単細胞化方法にかかる第一又は第二の実施形態に従って、葉状体から単胞子、果胞子、精細胞などの単細胞を培養海水中に放出させる。その後、これらの細胞が含まれる培養海水を濃縮し、これを冷凍庫や液体窒素等を用いて凍結させて、保管する。凍結した各種の細胞は、使用時に解凍することで、再び目的とする用途に使用可能となる。このような保存方法により、海苔の各種の単細胞を容易に保存して利用することが可能となる。
【0117】
なお、海苔の単細胞を凍結保存するにあたっては、海水中等に単細胞が遊離した状態であっても良く、また、遠心分離等によりペレット状とされていてもよい。また、凍結時には、冷凍庫等の低温環境を用いて凍結させるほか、液体窒素等を使用して急速に凍結させてもよい。また、必要に応じて、グリセロールなどの抗凍結剤等を用いてもよい。
【0118】
次に、餌料にかかる本発明の一実施形態について説明する。まず、前述の、海苔の単細胞化方法にかかる本発明の第一又は第二の実施形態に従って、海苔の葉状体を単細胞化させる。単細胞化に用いる葉状体としては、前記海苔の単細胞化方法が実施され得る各種のアマノリ属の葉状体が用いられ得るが、特に、本実施形態では、海苔の養殖現場などにおいて、色落ちが発生し、商品価値が無くなった海苔の葉状体等も用いられ得る。
【0119】
葉状体から放出される単細胞の大きさは、略3μm〜15μmの範囲であって、植物プランクトンと略同じ大きさである。よって、このような海苔単細胞を、植物プランクトンに代わる栄養価の高い代替餌料として、各種の生物に与えることが出来る。
【0120】
また、一般に、養殖魚類等の餌料として、ワムシ等の動物プランクトンを与える場合が多くあるが、このような動物プランクトンを培養する為には、従来、クロレラ等の植物プランクトンを別途、大量に培養して、これを動物プランクトンに餌料として与える必要があった。しかし、本実施形態に従って作成された海苔単細胞を、植物プランクトンに代わる餌料として動物プランクトンに与えることにより、動物プランクトンの培養に必要な餌料を、大量に提供する事が可能となる。
【0121】
しかも、本実施形態に用いられる海苔の葉状体としては、板海苔等としては商品価値の無くなった色落ち海苔が用いられ得る。このような色落ち海苔を原料として安価な餌料を作成し得ることにより、これまで大量に廃棄されていた色落ち海苔の処分問題を解決する、資源の有効利用方法を提供できる。
【0122】
また、本実施形態に従い作成される餌料は、海苔を原料とするものであるために、栄養価が高く、各種の生物の餌料としても理想的な栄養配合となる。特に、色落ち海苔は、栄養状態の良い海苔に較べるとある程度タンパク質含量が低下しているものの、充分に高タンパク、高ビタミン、高ミネラルな状態であって、また、不飽和脂肪酸も豊富である。よって、良質で高付加価値の餌料を提供する事ができる。
【実施例】
【0123】
上述の実施形態に示された海苔の単細胞化方法及び海苔の養殖方法に従い、葉状体を成熟条件下で培養すると共に、酸処理を施した際の単細胞化の効果(実施例1〜5),アルカリ処理を施した際の単細胞化の効果(実施例6〜10),酸処理を施した際の単胞子の放出効果(実施例11〜16),アルカリ処理を施した際の単胞子の放出効果(実施例17)について検討するために行った試験結果を、以下に実施例1〜17として記載する。また、上述の実施形態に示された海苔単細胞の保存方法に従い海苔単細胞を凍結保存せしめた実験結果を、実施例18として記載する。なお、本発明は、これら実施例の記載によって限定的に解釈されるものでない。
【0124】
(酸処理を用いた単細胞化に関する実施例1〜5)
屋外のノリ漁場において育苗したスサビノリの葉状体を、−20℃〜−30℃で冷凍保存しておいたものを、15℃の天然海水に入れると共に、葉状体に3000Lxの光を1日当たり8時間照射して7日間培養し、葉長が約5cmの葉状体(幼葉)を得る。なお、これら海水の温度や濃度、比重、光の照射時間などの条件は、日本における平均的な冬の環境条件と略同じである。光としては蛍光灯を用いた。
【0125】
その後、上述の藻体のうち湿重量で0.5gの葉状体を、枝付きフラスコに収容された1リットルの天然海水に入れた。なお、培養海水は毎日換え水するとともに、エアレーション等による通気を適宜に施す。そして、本実施例における成熟条件として、水温を22℃に設定して保持すると共に、3000Lxの光をフラスコ内の葉状体に1日当たり12時間照射して、14日間培養した。なお、海水の温度や光の照射時間などの条件は、日本における平均的な秋の環境条件と略同じである。
【0126】
さらに、上記の成熟条件下での培養期間中において、酸処理として、毎日5分、水素イオン濃度pH8(天然海水),pH6,pH5,pH4,pH3,pH2,pH1に調整した各酸性溶液で、それぞれ浸漬処理を行った。酸性溶液としては、天然海水に塩酸を加えて水素イオン濃度を調整したものを用いた。
【0127】
そして、培養後の海水を目合い80μmのナイロンメッシュでろ過して藻体と分別した後、500×gで5分間遠心分離を施して濃縮し、血球算定板を用いて、精細胞数と、精細胞以外の各種の単細胞、すなわち、単胞子,果胞子,栄養細胞を含んで構成される遊離細胞数とをそれぞれ計数した。その計数結果を、それぞれ、比較例1(pH8),実施例1〜5(pH6〜2),参考例1(pH1)として、図7及び図8に示す。
【0128】
このことから、水温を高くする温度処理と、長時間光を照射する照射処理とを組み合わせた成熟条件下で培養することに加えて、葉状体に酸処理を施すことによって、栄養細胞の成熟による分化と葉状体の崩壊が促進されて葉状体が単細胞化し、精細胞,果胞子,単胞子等の単細胞がより効率的に積極的に放出されたといえる。なお、pH1での酸処理を行った参考例1では、死細胞の数も増加していたことからも、酸処理を行う水素イオン濃度の範囲は、pH2〜6の範囲が望ましいといえる。
【0129】
(アルカリ処理を用いた単細胞化に関する実施例6〜10)
上記実施例1〜5で使用したものと同じ条件で培養した湿重量で0.5gのスサビノリの葉状体を準備して、上記実施例1〜5と同様に、1リットルの天然海水を入れた枝付きフラスコに入れてエアレーションを施し、さらに、上記実施例と同様の温度処理、照射処理を組み合わせた成熟条件下(水温22℃、明期12時間)において、葉状体を14日間培養した。
【0130】
そして、上記の成熟条件下での14日間の培養期間中において、アルカリ処理として、毎日5分間、それぞれ水素イオン濃度pH8(天然海水),pH9,pH10,pH11,pH12,pH13に調整した各溶液で浸漬処理を行った。なお、これらpH9〜13の塩基性溶液としては、培養に用いたのと同じ天然海水に水酸化ナトリウムを加えて水素イオン濃度を調整したものを用いた。
【0131】
そして、先の実施例1〜5の実験と同様に、培養後の海水を目合い80μmのナイロンメッシュでろ過して藻体と分別した後、500×gで5分間遠心分離を施して濃縮し、血球算定板を用いて遊離細胞数と精細胞数を計数した。その結果得られた遊離細胞及び精細胞の計数結果を、それぞれ比較例2(pH8)及び実施例6〜10(pH9〜13)として、図9及び図10に示す。
【0132】
このことから、水温を上昇させる温度処理や光の照射時間を延長する照射処理による成熟条件下での培養と組み合わせて、pH9〜13の酸処理を葉状体に施すことによって、スサビノリの葉状体に早期成熟による内部刺激がより有効に与えられて、葉状体が崩壊し、精細胞及び遊離細胞が多量に放出されたといえる。
【0133】
なお、pH14以上では、葉状体の細胞が強アルカリにより死滅してしまい、実験の続行が不可能となった。よって、アルカリ処理に用いられる塩基性溶液としては、pH13までの水素イオン濃度が望ましい。
【0134】
(酸処理を用いた単胞子の放出に関する実施例11〜16)
更に、上記の実験とは別に、葉状体に成熟条件下での培養と酸処理とを組み合わせて実施して刺激を与えた際の単胞子の放出効果を検討する為に、以下の実験を行った。上記実施例1〜10に用いたのと同様な条件で生育させた葉状体を湿重量で0.5g準備する。さらに、担体としての海苔網を切断して5cmの網糸としたものを用意しておく。
【0135】
次に、準備した葉状体を、実施例1〜5と同様に、枝付きフラスコに収容された1リットルの天然海水に入れ、温度処理と照射処理を組み合わせた成熟条件下において、14日間培養する。この間、葉状体には、毎日5分、水素イオン濃度pH8(天然海水),pH6,pH5,pH4,pH3,pH2,pH1の各溶液で浸漬処理を行った。
【0136】
また、本実施例においては、上記の成熟条件下での培養期間中、毎日、フラスコの中に前述の網糸を一本加えておき、これを葉状体と共に一日培養した後、網糸をフラスコから取り出す作業を行う。取り出した網糸は、別途、二酸化ゲルマニウムを加えた天然海水を入れた三角フラスコに移し、網糸についた単胞子を発芽させる。この幼芽の数を計数することで、担体に付着した単胞子の数を確認する。なお、天然海水に加えた二酸化ゲルマニウムはケイ藻等の成育を抑えて幼芽の計数を容易にする為のものであり、単胞子の発芽や育成等に影響が無いことが確認されている。また、葉状体の入ったフラスコから網糸を取り出した後には、次の新たな網糸をフラスコに入れ、同様に一日間葉状体と共に培養した後、網糸を取り出し、別途単胞子を発芽させて計数する作業を行う。同様の操作を成熟条件下での培養期間中、毎日繰り返すことにより、放出された単胞子の数を確認する。その結果を、比較例3(pH8)及び実施例11〜16(pH6〜1)として、図11に示す。なお、これらの計数結果は14日間の合計数である。
【0137】
かかる実施例6〜11の結果からも、本実施例の海苔の単細胞化方法及び養殖方法に従えば、葉状体が刺激を受けて単胞子を積極的に放出し、養殖に要求される十分な量の単胞子を担体に付着させることが可能であると、認められる。特に、本実施例からは、酸処理に用いられる酸性溶液の水素イオン濃度をpH1より大きくpH3に満たないように、特に、pH2に調整して酸処理を行うことにより、葉状体から単胞子がより積極的に放出されることがわかる。
【0138】
(アルカリ処理を用いた単胞子の放出に関する実施例17)
更に、上記の実施例11〜16の実験における酸処理に代えて、アルカリ処理を施した実験を行った。すなわち、上記実施例11〜16同様な条件で生育させた葉状体0.5gを用意し、これを温度処理と照射処理を組み合わせた成熟条件下において、14日間培養する。この間、葉状体には、アルカリ処理として、毎日5分、水素イオン濃度pH8(天然海水),pH9,pH10,pH11,pH12,pH13の各溶液で浸漬処理を行った。
【0139】
また、かかる成熟条件下での培養期間中、実施例11〜16同様に、担体としての5cmの網糸を、毎日それぞれ一本、葉状体と共に1日間フラスコに入れて単胞子を付着させて、その後、別途単胞子の数を確認した。その合計数をそれぞれ比較例4(pH8),参考例2〜5(pH9〜12),実施例17(pH13)として、図12に示す。
【0140】
かかる実施例17の結果からも、本実施例の養殖方法に従えば、葉状体がアルカリ処理により刺激を受けて単胞子を積極的に放出し、養殖に要求される十分な量の単胞子を担体に付着させることが可能であると、認められる。また、本実験から、アルカリ処理に用いられる塩基性溶液の水素イオン濃度をpH12より大きくpH14に満たないように、特に、pH13に調整して酸処理を行うことにより、葉状体から単胞子がより積極的に放出されることがわかる。
【0141】
また、以下に参考として、本願の発明者による、海苔の養殖方法に関する先行する実験の結果を参考例6及び7として示す。これらの参考例6及び7は、何れも、酸処理又はアルカリ処理を実施せず、葉状体を成熟条件で培養した際の単胞子の放出と、その成育に関するものである。
【0142】
すなわち、上述の海苔の養殖方法にかかる本発明の実施形態に示された海苔の養殖方法において、酸処理又はアルカリ処理を実施せずに葉状体を成熟条件下で培養した事例における、(1)葉状体(成葉)に刺激を与えた際の単胞子の放出効果や、(2)担体に支持された葉状体(幼葉)に刺激を与えた際の単胞子の放出作用に基づく、二次芽の担体への付着効果について検討するために行った試験結果を、以下に参考例6及び参考例7として記載する。
【0143】
(放出された単胞子の成長に関する参考例6)
スサビノリにおける幼芽や幼葉期の葉状体を10℃の天然海水に入れると共に、葉状体に3000Lxの光を1日当たり10時間照射して、10日間培養した。これにより、幼芽や幼葉期の葉状体が生長して、葉長が約10cmの中葉期または成葉期の葉状体(成葉)を得る。なお、これら海水の温度や濃度、比重、光の照射時間などの条件は、日本における平均的な冬の環境条件と略同じである。光としては蛍光灯を用いた。
【0144】
また、図13にも示されているように、上述の葉長が約10cmの葉状体の一枚を、培養フラスコに収容された2リットルの天然海水に入れた。更に、担体としての海苔網を切断して、5cmの網糸の複数を葉状体と共に海水に入れた。そして、水温を22℃に設定して保持すると共に、3000Lxの光をフラスコ内の葉状体に1日当たり11時間30分照射せしめると共に、海水にはエアレーション等による通気を適宜に施して、5日間培養した。なお、海水の温度や光の照射時間などの条件は、日本における平均的な秋の環境条件と略同じである。
【0145】
その結果、葉状体の縁辺部から5日間にわたって単胞子の遊離が認められた。このことから、水温を上昇させたことによる温度処理や光の照射時間を延長したことによる照射処理を葉状体に施すことによって、スサビノリの葉状体に早期成熟による内部刺激が与えられて、葉状体の崩壊と共に細胞分化を生じたものと考える。
【0146】
また、フラスコに入れた葉状体の崩壊状態を、市販の光学顕微鏡を用いて確認したところ、図14にも示されているように、葉状体の崩壊を視認することができた。更に、それと別に、網糸の片面に付着した単胞子の数を、蛍光顕微鏡を用いて計測した。その結果、1567個の単胞子の付着を確認できた。
【0147】
かかる参考例6の結果からも、本参考例の養殖方法に従えば、成葉である葉状体が刺激を受けて単胞子を積極的に放出し、養殖に要求される十分な量の単胞子を担体に付着させることが可能であると、認められる。また、単胞子を単体に付着させて二次芽とりによる養殖が出来ることも、認められる。
【0148】
特に本実施例では、未だ生長途中にある葉長10cm程度の葉状体を用いたことにより、20cm以上の成葉の葉状体を成熟させた時に比較的に多く含まれる生殖細胞の分化が抑えられると共に、単胞子として放出される若い栄養細胞が葉状体に比較的に多く含まれていることに基づいて、単胞子が一層効率的に放出されるものと認められる。
【0149】
(放出された単胞子の成長に関する参考例7)
図15にも示されているように、担体としての5cmの網糸に付着されて、平均葉長が1〜2cm程度に育苗したスサビノリにおける幼芽や幼葉期の葉状体(葉長が1〜100mm程度のもの:上述の成葉と部分的に重複するが、本明細書では幼葉として扱うこととする)を、培養フラスコに収容された2リットルの天然海水の中に入れる。更に、担体としての海苔網を切断して、5cmの網糸の複数を葉状体が付着された網糸(以下、たね糸という。)と共に海水に入れる。そして、水温を20℃に設定して保持すると共に、3000Lxの光をフラスコ内の葉状体に1日当たり11時間30分照射せしめると共に、海水に適宜に通気を施して、12日間培養した。特に培養期間中、たね糸と網糸を培養フラスコから取り出して、該培養フラスコ内の海水よりも塩分濃度が高く設定された塩分濃度15%の高塩分海水に5分間だけ入れた後に、再び培養フラスコに収容された天然海水の中に入れる作業を、1日当たり2回行って、7日間連続して行った。
【0150】
その結果、葉状体の縁辺部から3日間にわたって単胞子の遊離が認められたことから、葉状体(たね糸)を高塩分海水に浸漬させて高塩分処理を葉状体に施すことによって、スサビノリの葉状体に対して、干出(海水の干潮による海面からの露出)と同様の刺激効果による単胞子の放出を促して細胞分化を生じたものと考える。
【0151】
また、上述のようにスサビノリの葉状体(幼葉)に刺激を与えた後、培養フラスコから葉状体(幼葉)の一つを取り出して、市販の光学顕微鏡を用いて、確認したところ、図16にも示されているように、葉状体からの単胞子の放出を視認することができた。更に、それと別に、培養フラスコに葉状体と一緒に入れた網糸の一本を取り出して、その片面に付着した単胞子の数を、蛍光顕微鏡を用いて計測した。その結果、1212個の単胞子の付着を確認できた。
【0152】
かかる参考例7の結果からも、本参考例の養殖方法に従えば、幼葉である葉状体が刺激を受けて単胞子を積極的に放出し、養殖に要求される十分な量の単胞子を担体に付着させることが可能であると、認められる。また、単胞子を単体に付着させて二次芽とりによる養殖が出来ることも、認められる。
【0153】
また、上述の参考例6および参考例7において、網糸に付着した単胞子は、培養フラスコの海水の中で培養することにより、何れも、1週間で10細胞程度からなる幼芽に生長した。更にまた、幼芽は2ヶ月で葉長20cmの成葉に生長した。特に参考例6において、単胞子が発芽してから10日を経た後、20日を経た後、40日を経た後の葉状体の各様子を、それぞれ、図17(10日経過),図18(20日経過),図19(40日経過)に示す。
【0154】
上述の参考例の結果からも、海苔の養殖方法にかかる本発明の産業上の優れた価値が認められる。即ち、本参考例と類似する、海苔の養殖方法にかかる本発明の一実施形態としての養殖方法に従えば、スサビノリの養殖を有利に行うことが可能であると認められる。具体的には、(1)スサビノリの採苗から種付けを、牡蠣殻を用いた糸状体の育成等を行うことなく簡易な労働力で行うことが出来ると共に、(2)適当な時期に種付けを行うことにより、成長段階が適度に異なる葉がついた担体(網等)を容易に得ることが出来て、安定した収穫をあげることが出来るのであり、(3)しかも、優良な形質を備えた種をクローン技術として安定して供給・育成することが可能となるのである。
【0155】
(単細胞の凍結保存に関する実施例18)
海苔の単細胞化方法にかかる本発明の第一及び第二の実施形態に従い作成された単細胞を含む培養海水を、80μmのナイロンメッシュにより藻体と分別した後、本城式濾過器を用いた重力濾過により、100倍の細胞浮遊液に濃縮後、−30℃で凍結保存し、3日後に30℃のぬるま湯で解凍した。また、別の実施例として、前記100倍に濃縮した細胞浮遊液を、500×g,5分間の遠心分離でさらに濃縮し、細胞をペレット状にした後、−30℃で凍結保存し、3日後に少量の海水を加えて解凍した。
【0156】
上記の実施例のうち、細胞浮遊液の状態で凍結し、解凍したものを図20に実施例18として示す。この拡大写真からも明らかなように、凍結保存と解凍を経ても、細胞は殆ど破壊されないことが確認された。また、図示は省略するが、遠心分離を行いペレット状にして凍結させた実施例においても、実施例18と同様に細胞が破壊されないことが確認されている。これにより、本実施例と同様の保存方法に従えば、単細胞化した海苔の細胞を有利に保存する事が可能であると認められる。
【図面の簡単な説明】
【0157】
【図1】海苔の単細胞化方法にかかる本発明に従う海苔の単細胞化方法の一例を示す工程図。
【図2】海苔の養殖方法にかかる本発明に従う海苔の養殖方法の一例を示す工程図。
【図3】図2に示された採苗工程で用いられる陸上採苗器を示す縦断面説明図。
【図4】図3に示された陸上採苗器に代えて、図2に示された採苗工程で用いることの出来る陸上採苗器の別の具体例を示す平面図。
【図5】本発明に従う海苔の品種改良方法の一例を示す工程図。
【図6】海苔の単細胞化方法にかかる本発明の実施例1を説明するための図面代用写真。
【図7】海苔の単細胞化方法にかかる本発明の実施例1〜6の計数結果を示す図。
【図8】同実施例1〜6の計数結果を示す図。
【図9】同実施例6〜10の計数結果を示す図。
【図10】同実施例6〜10の計数結果を示す図。
【図11】同実施例11〜16の計数結果を示す図。
【図12】同実施例17の計数結果を示す図。
【図13】海苔の養殖方法にかかる本発明の参考例6における一工程を説明するための図面代用写真。
【図14】同参考例6における別の工程を説明するための図面代用顕微鏡写真。
【図15】同参考例7における一工程を説明するための図面代用写真。
【図16】同参考例7における別の工程を説明するための図面代用顕微鏡写真。
【図17】参考例6で得られた葉状体の成育過程を示す図面代用拡大写真。
【図18】参考例6で得られた葉状体の別の成育過程を示す図面代用拡大写真。
【図19】参考例6で得られた葉状体の更に別の成育過程を示す図面代用拡大写真。
【図20】海苔単細胞の保存方法にかかる本発明の実施例18の保存結果示す図面代用拡大写真。
【符号の説明】
【0158】
10 葉状体
12 陸上採苗器
14 水槽
16 海水
18 仕切網
20 種取り領域
22 収容領域
24 水車
26 中心軸
28 支柱
30 支持棒
32 海苔網
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アマノリ属の葉状体を温度処理と照射処理の少なくとも一方を実施する成熟条件下で培養すると共に、酸処理を施すことにより、該葉状体から単細胞を積極的に放出させることを特徴とする海苔の単細胞化方法。
【請求項2】
前記酸処理における酸性溶液の水素イオン濃度をpH1より大きくpH3に満たないようにすることを特徴とする請求項1に記載の海苔の単細胞化方法。
【請求項3】
アマノリ属の葉状体を温度処理と照射処理の少なくとも一方を実施する成熟条件下で培養すると共に、アルカリ処理を施すことにより、該葉状体から単細胞を積極的に放出させることを特徴とする海苔の単細胞化方法。
【請求項4】
前記アルカリ処理における塩基性溶液の水素イオン濃度をpH12より大きくpH14に満たないようにすることを特徴とする請求項3に記載の海苔の単細胞化方法。
【請求項5】
前記単細胞として、単胞子を放出させることを特徴とする請求項1乃至4の何れか一項に記載の海苔の単細胞化方法。
【請求項6】
請求項5に記載の海苔の単細胞化方法によって葉状体から放出された単胞子を担体に付着させて、該単胞子を成長させることを特徴とする海苔の養殖方法。
【請求項7】
海水が収容された水槽を陸上に設置すると共に、前記単細胞化方法によって前記葉状体から放出された前記単胞子を該水槽の該海水の中に存在せしめた状態下で、前記担体を該海水に接触させることによって、該担体に該単胞子を付着させる請求項6に記載の海苔の養殖方法。
【請求項8】
前記水槽の上方に海苔網が捲回された回転枠を回転可能に配設し、該海苔網によって前記担体を構成して、該回転枠を回転させて該海苔網を該水槽の前記海水に接触させる請求項7に記載の海苔の養殖方法。
【請求項9】
請求項6乃至8の何れか一項に記載の海苔の養殖方法を利用して、細胞選抜育種を行うことを特徴とする品種改良方法。
【請求項10】
請求項1乃至5に記載の海苔の単細胞化方法において得られた単細胞を凍結保存することを特徴とした海苔単細胞の保存方法。
【請求項11】
請求項1乃至5に記載の海苔の単細胞化方法において得られた単細胞を用いたことを特徴とする生物の餌料。
【請求項1】
アマノリ属の葉状体を温度処理と照射処理の少なくとも一方を実施する成熟条件下で培養すると共に、酸処理を施すことにより、該葉状体から単細胞を積極的に放出させることを特徴とする海苔の単細胞化方法。
【請求項2】
前記酸処理における酸性溶液の水素イオン濃度をpH1より大きくpH3に満たないようにすることを特徴とする請求項1に記載の海苔の単細胞化方法。
【請求項3】
アマノリ属の葉状体を温度処理と照射処理の少なくとも一方を実施する成熟条件下で培養すると共に、アルカリ処理を施すことにより、該葉状体から単細胞を積極的に放出させることを特徴とする海苔の単細胞化方法。
【請求項4】
前記アルカリ処理における塩基性溶液の水素イオン濃度をpH12より大きくpH14に満たないようにすることを特徴とする請求項3に記載の海苔の単細胞化方法。
【請求項5】
前記単細胞として、単胞子を放出させることを特徴とする請求項1乃至4の何れか一項に記載の海苔の単細胞化方法。
【請求項6】
請求項5に記載の海苔の単細胞化方法によって葉状体から放出された単胞子を担体に付着させて、該単胞子を成長させることを特徴とする海苔の養殖方法。
【請求項7】
海水が収容された水槽を陸上に設置すると共に、前記単細胞化方法によって前記葉状体から放出された前記単胞子を該水槽の該海水の中に存在せしめた状態下で、前記担体を該海水に接触させることによって、該担体に該単胞子を付着させる請求項6に記載の海苔の養殖方法。
【請求項8】
前記水槽の上方に海苔網が捲回された回転枠を回転可能に配設し、該海苔網によって前記担体を構成して、該回転枠を回転させて該海苔網を該水槽の前記海水に接触させる請求項7に記載の海苔の養殖方法。
【請求項9】
請求項6乃至8の何れか一項に記載の海苔の養殖方法を利用して、細胞選抜育種を行うことを特徴とする品種改良方法。
【請求項10】
請求項1乃至5に記載の海苔の単細胞化方法において得られた単細胞を凍結保存することを特徴とした海苔単細胞の保存方法。
【請求項11】
請求項1乃至5に記載の海苔の単細胞化方法において得られた単細胞を用いたことを特徴とする生物の餌料。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図6】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図6】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【公開番号】特開2008−125422(P2008−125422A)
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−313488(P2006−313488)
【出願日】平成18年11月20日(2006.11.20)
【出願人】(594156880)三重県 (58)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年11月20日(2006.11.20)
【出願人】(594156880)三重県 (58)
【Fターム(参考)】
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