説明

海藻からエタノールを生産する方法

【課題】海藻を原料として効率的にエタノールを製造する方法を提供。
【解決手段】海藻をアルギン酸リアーゼおよびセルラーゼで処理した糖化液を培地として、エタノールを糖より生成することが可能な微生物およびエタノールを糖アルコールより生成することが可能な微生物を培養して発酵反応を行うことによって、海藻から効率的にエタノールを製造する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海藻を原料とするバイオエタノールの生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
世界人口の増加、化石燃料資源の枯渇を背景として、近年、持続的な再生産が可能なバイオマス資源を有効利用していくことの重要性が叫ばれている。とりわけ地球の7割を占める海洋に存在するバイオマス資源は、陸上バイオマス資源に比べ、ヒトによってその利用が検討される機会に乏しく、未開拓な資源として注目されている。
【0003】
陸上バイオマス資源を原料として、微生物によるアルコール発酵を利用してエタノールを製造する技術は、古くから研究され、様々な技術が存在する一方で、海藻を原料として、エタノールを製造する技術はあまり多くない。特に、海洋バイオマスとして最も生産量が多く、新たなバイオ燃料資源として期待される大型褐藻植物を原料としたバイオエタノール製造技術についてはほとんど研究がなされていない。これまでに褐藻植物が持つ貯蔵糖アルコールであるマンニトールからエタノールを製造する方法が開発されているのみである(非特許文献1)。しかしながら、この方法においては褐藻植物が持つ成分のうちマンニトールのみを利用していることから、無駄が多く、原料となる褐藻植物量に対して製造されるエタノール量は十分なものではない。
【0004】
また、海藻をバイオマス資源として利用すべく、乾燥した海藻を物理的に微粉砕した後にアルギン酸リアーゼおよびセルラーゼによる酵素分解により液化およびペースト化する方法が開発されている(非特許文献2)。しかしながら、この方法においては、海藻の乾燥工程や微粉化工程に多くのエネルギーを消費する。そのため、この方法により液化およびペースト化した海藻をエタノール製造に用いた場合、生産されるエタノール量と生産過程で消費されたエネルギー量のエネルギー収支比における採算性が低く、実用的でない。
【0005】
当該分野においては、海藻を原料として効率よくエタノールを生産する方法が依然として切望されている。
【0006】
今日までに海藻糖化液を原料として、エタノールを糖より生成することが可能な微生物とエタノールを糖アルコールより生成することが可能な微生物とを組み合わせて、効率よくエタノールを生産する方法は、報告されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】S.J. Horn et al., Journal of Industrial Microbiology & Biotechnology (2000) 25, 249−254
【非特許文献2】木幡進ら、J.Technology and Education, Vol.15, No.1, pp.1−10,2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、海藻を原料として効率的にエタノールを製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は上記課題を解決すべく鋭意研究を行なっていたところ、海藻をアルギン酸リアーゼおよびセルラーゼで処理した糖化液を培地として、当該培地にエタノールを糖より生成することが可能な第一の微生物を添加して培養してアルコール発酵を行った後、エタノールを糖アルコールより生成することが可能な第二の微生物を該培地にさらに添加して培養してエタノール発酵を行うことによって、海藻から効率的にエタノールを製造できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち本発明は、以下の通りである。
[1] 海藻からエタノールを生産する方法であって、以下の工程:
(I)海藻をセルラーゼおよびアルギン酸リアーゼで処理して糖化液を得るステップ;
(II)(I)で得られた糖化液を培地として、該培地にエタノールを糖より生成することが可能な第一の微生物を添加して培養してアルコール発酵を行った後、エタノールを糖アルコールより生成することが可能な第二の微生物を該培地にさらに添加して培養してエタノール発酵を行うステップ;ならびに
(III)該アルコール発酵および該エタノール発酵により生成されたエタノールを該培地より回収するステップ。
[2] 海藻が褐藻植物である、[1]の方法。
[3] 海藻が生の海藻である、[1]または[2]の方法。
[4] (I)のステップが、得られた糖化液のpHを中性域に調整するステップをさらに含む、[1]〜[3]のいずれかの方法。
[5] エタノールを糖より生成することが可能な第一の微生物が酵母であり、かつエタノールを糖アルコールより生成することが可能な第二の微生物がマンニトール資化性微生物である、[1]〜[4]の方法。
[6] (II)のステップにおいて、エタノールを糖アルコールより生成することが可能な第二の微生物を培地に添加して培養してエタノール発酵を行う前に、該培地に窒素源をさらに添加するステップを含む、[1]〜[5]の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、容易に入手可能な海藻、特にその量が多い褐藻植物を原料として、エタノールを効率的に生産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】図1は、アルギン酸リアーゼおよびセルラーゼで処理して得られたマコンブ糖化液を示す写真図である。(A):酵素処理後6時間;(B):酵素処理後12時間
【図2】図2は、酵素処理して得られたマコンブ糖化液における、グルコース含有量を経時的に示す図である。
【図3】図3は、酵母によるエタノール生産に対するマコンブ糖化液のpHの影響を示す図である。(A):pH未調整;(B):pH7.0に調整。白四角:グルコース濃度;黒菱形:エタノール濃度;破線:pH
【図4】図4は、酵母によるアルコール発酵が行われたマコンブ糖化液を原料として利用する、マンニトール資化性微生物によるエタノール生産量を経時的示す図である。培養日数12日目にマンニトール資化性微生物をマコンブ糖化液に添加した。白四角:グルコース濃度;黒菱形:エタノール濃度;破線:pH
【図5】図5は、窒素源添加の有無による、酵母によるアルコール発酵が行われた糖化液を原料として利用する、マンニトール資化性微生物によるエタノール生産への影響を示す図である。黒ひし形:窒素源添加有り;白四角:窒素源添加なし
【図6】図6は、マコンブの糖化液を原料として利用する、酵母、続いてマンニトール資化性微生物の連続培養によるエタノール生産量を経時的示す図である。培養日数12日目にマンニトール資化性微生物をマコンブ糖化液に添加した。白四角:グルコース濃度;黒菱形;エタノール濃度;白三角:マンニトール濃度
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明において「海藻」とは、アオサ、アオノリなどの緑藻植物、アマノリ、オゴノリなどの紅藻植物、コンブ、アラメ、カジメ、ワカメ、ホンダワラなどの褐藻植物等、およびこれらから選択される複数種の組み合わせを指す。特に好ましくは、褐藻植物である。褐藻植物は、光合成の初期同化産物として糖アルコールであるマンニトールを多く貯蔵している点において好ましい。本発明において用いうる褐藻植物には、褐藻綱カヤモノリ目(Scytosiphonales)、シオミドロ目(Ectocarpales)、ウイキョウモ目(Dictyosiphonales)、ナガマツモ目(Chordariales)、イソガワラ目(Ralfsiales)、ケヤリモ目(Sporochnales)、ウルシグサ目(Desmarestiales)、コンブ目(Laminariales)、ムチモ目(Cutleriales)、ウスバオオギ目(Syringodermatales)、クロガシラ目(Sphacelariales)、アミジグサ目(Dictyotales)、チロプテリス目(Tilopteridales)、アスコセイラ目(Ascoseirales)、ヒバマタ目(Fucales)、ドゥルビアエラ目(Durvilaeales)に属するものが挙げられるが、好ましくはマコンブ(Laminaria japonica)である。マコンブは海洋バイオマスとして非常に生産量が高く、また大型であることから、エタノール生産のための原料として安定して大量に供給することができる。
【0014】
本発明において海藻は、生のもの、乾燥したものいずれも利用することが可能であるが、好ましくは生のものを利用する。生の海藻を利用することによって、エネルギー消費量が極めて高い海藻の乾燥工程を省略することができ、また海藻糖化液を得る工程において水を別途添加する必要性がほとんどなく有利である。
【0015】
本発明において海藻は、必要に応じて細片化されていても良い。海藻の細片化は公知の方法によって行うことができ、例えば、ハサミ、ミキサー、超音波処理、フレンチプレス、石臼、乳鉢、ホモジナイザー、ガラスビーズなどを用いて所望の大きさになるまで細片化することができる。
【0016】
海藻糖化液は、海藻を酵素処理して液化および糖化することによって得ることができる。
【0017】
本発明において「液化」とは、海藻に含まれる難分解性および/または難可溶性の高分子成分をそれよりも小さな分子に分解することにより、得られる海藻糖化液の粘度を下げることを意味する。海藻糖化液の粘度を下げることにより、当該糖化液を微生物培養の培地または培地成分として利用することができる。
【0018】
本発明において「糖化」とは、海藻に含まれる高分子の構造多糖を加水分解して、それよりも小さな分子の遊離還元糖を生産することを意味する。
【0019】
本発明における海藻の液化および糖化に用いる第一の酵素は、アルギン酸リアーゼである。
アルギン酸リアーゼは海藻、特に褐藻類、の細胞間粘質多糖であるアルギン酸を分解することができ、得られる海藻糖化液の粘度を下げることができる。アルギン酸リアーゼは、いずれの生物由来のものであってもよく、あるいはアルギン酸リアーゼをコードする核酸を用いて適切な宿主細胞で組み換え的に発現させて得られる組換え酵素でもよい。アルギン酸リアーゼは、粗精製形態、精製形態、固定化形態などの任意の形態を採ることが可能である。粗精製形態には、例えば細胞培養からの処理物(例えば、抽出物、凍結乾燥物など)が含まれる。また、市販のアルギン酸リアーゼを利用することもできる。
【0020】
アルギン酸リアーゼを海藻に作用させることによって、海藻に含まれるアルギン酸よりウロン酸が生産される。
【0021】
本発明における海藻の液化および糖化に用いる第二の酵素は、セルラーゼである。
セルラーゼは、海藻に含まれる構造多糖であるセルロースを加水分解することができ、遊離還元糖であるグルコースを生産することができる。セルラーゼは、いずれの生物由来のものであってもよく、あるいはセルラーゼをコードする核酸を用いて適切な宿主細胞で組み換え的に発現させて得られる組換え酵素でもよい。セルラーゼは、粗精製形態、精製形態、固定化形態などの任意の形態を採ることが可能である。粗精製形態には、例えば細胞培養からの処理物(例えば、抽出物、凍結乾燥物など)が含まれる。また、市販のセルラーゼ(例えばセルラーゼXP−425(ナガセケムテックス社製))を利用することもできる。
【0022】
本発明における海藻の液化および糖化は、20〜60℃、好ましくは30〜55℃、より好ましくは45℃にて、20〜40時間、好ましくは30時間、撹拌しながら海藻に上記酵素を作用させることにより行う。反応pHは、pH5〜pH11、好ましくは中性域とする。
【0023】
海藻に添加するアルギン酸リアーゼの量は、海藻の0.05〜0.5重量%(約9〜90U/原料gに相当)、好ましくは0.1重量%(約18U/原料gに相当)である。ここで、アルギン酸リアーゼの「U」(活性単位)は、例えば、pH6.3および37℃の条件下において、0.1質量/容量%アルギン酸ナトリウム溶液1mLの235nmの吸光度を1分間あたり1上昇させることができるアルギン酸リアーゼの量を意味する。
【0024】
また、海藻に添加するセルラーゼの量は、海藻の0.1〜1.0重量%(約0.5〜5.0U/原料gに相当)、好ましくは0.8重量%(約4.0U/原料gに相当)である。ここで、セルラーゼの「U」(活性単位)は、例えば、0.625%のカルボキシメチルセルロース(CMC)(pH4.5)4mLと酵素溶液1mLを40℃で30分間作用させたとき、1分間に1μmoleのグルコースに相当する還元糖を生産することができるセルラーゼの量を意味する。
【0025】
アルギン酸リアーゼとセルラーゼは、連続的に、または同時に海藻に作用させることができる。好ましくは、アルギン酸リアーゼとセルラーゼを同時に海藻に作用させる。「連続的」に作用させるとは、アルギン酸リアーゼまたはセルラーゼのいずれかを最初に添加して反応させ、最初に添加した酵素による反応が停止した後に、別の酵素を添加して反応させることを意味する。「同時」に作用させるとは、アルギン酸リアーゼおよびセルラーゼによる酵素反応が平行して生じるように添加することを意味し、したがって、アルギン酸リアーゼおよびセルラーゼを一度に添加する場合だけでなく、最初に添加した酵素による反応が停止する前に、次の酵素を順次添加する場合も「同時」に含まれる。
【0026】
本発明における液化および糖化には、上記酵素に加えて海藻を液化および/または糖化するのに有用な公知の酵素を利用することができる。このような酵素としては、アガラーゼ、キシラナーゼ、ペクチナーゼ、ヘミセルラーゼ、マンアナーゼ、カラギナーゼ、プロテアーゼ、フコイダナーゼ、グルカナーゼ、ペクチンエステラーゼなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0027】
酵素反応は必要に応じて、海藻糖化液に添加された酵素を失活させることによって停止させても良い。酵素の失活は公知の手法によって行うことができ、例えば、加熱処理によって行うことができる。通常、65〜100℃、好ましくは75℃にて、1〜60分間、好ましくは30分間、海藻糖化液を加熱処理することによって、添加した酵素を失活させることができる。
【0028】
また、得られた海藻糖化液は必要に応じて、加熱滅菌しても良い。海藻糖化液の加熱滅菌は公知の手法によって行うことができ、通常、80〜130℃、好ましくは121℃にて、5〜60分間、好ましくは15分間、海藻糖化液を加熱処理することによって滅菌することができる。
【0029】
本発明において「アルコール発酵」とは、海藻糖化液中に糖化生成物として存在するグルコースなどの還元糖が、エタノールを糖より生成することが可能な第一の微生物により代謝され、エタノールが生産されることを意味する。
【0030】
本発明において「エタノールを糖より生成することが可能な第一の微生物」は、糖化生成物をアルコール発酵し得るものであれば特に制限されないが、好ましくはサッカロマイセス(Saccharomyces)属セレビジエ(cerevisiae)に属する酵母である。例えば、当該分野においてアルコール発酵に常用される酵母(酵母清酒酵母(協会7号酵母、協会9号酵母、協会10号酵母、明利小川酵母等)、ワイン酵母(ブドウ酒1号酵母(日本醸造協会ブドウ酒1号酵母)、ブドウ酒3号酵母、ブドウ酒4号酵母等)、酵母NBRC0234((独)製品評価技術基盤機構生物遺伝資源部門))、ビール酵母、パン酵母等)を利用することができる。好ましくは酵母NBRC0234を利用する。酵母NBRC0234は、酵素反応生成物であるウロン酸や海水混入による塩類の影響を受けにくく、それらを含有する海藻糖化液を用いてアルコール発酵を行うことができる。
【0031】
本発明において、エタノールを糖より生成することが可能な第一の微生物は、固相に固定化されていても良い。固相としては例えば、セルロース、デキストラン、アガロースなどの多糖類の誘導体、ポリアクリルアミドゲル、ポリスチレン樹脂、多孔性ガラス、金属酸化物などが挙げられる(特にこれらに限定されない)。微生物を固相に固定することによって、連続反復使用が可能となる点において有利である。
【0032】
本発明におけるアルコール発酵のステップは、海藻糖化液に前培養した上記微生物を添加し、25℃〜40℃、好ましくは27℃〜33℃、さらに好ましくは28℃にて1〜3週間、好ましくは10〜15日間、撹拌しながら培養することによって行う。
【0033】
培養に際しては、微生物を添加する前に、または直後に、海藻糖化液のpHを中性域、好ましくはpH6.0〜8.0、特に好ましくはpH7.0に調整する。海藻糖化液は、アルギン酸リアーゼの作用によりアルギン酸より生成されたウロン酸を含有し、そのために酸性のpHを示す。このpHを中性域に調整することによって、微生物によるアルコール発酵の効率が増大し、アルコールの生産量を高めることができる。
【0034】
アルコール発酵のステップは、バッチ方式で行っても良いし、連続方式で行っても良い。例えば、海藻糖化液に前培養した上記微生物を添加し所定の時間培養した後、さらに微生物を添加して、所定の時間培養することができる。
【0035】
本発明において「エタノール発酵」とは、海藻糖化液中に含まれる糖アルコール(特にマンニトール)が、エタノールを糖アルコールより生成することが可能な第二の微生物により代謝され、エタノールが生産されることを意味する。
【0036】
本発明において「エタノールを糖アルコールより生成することが可能な第二の微生物」は、特にマンニトールをエタノール発酵し得るものであれば特に制限されないが、好ましくはアクロモバクター(Achromobacter)属、アルカリゲネス(Alcaligenes)属、シュードモナス(Pseudomonas)属、ザイモバクター(Zymobacter)属およびピキア(Pichia)属などに属するマンニトール資化性微生物である。例えば、マンニトール資化性微生物AW株を利用することができる。AW株は、国立大学法人東北大学農学部の構内にある屋外水槽に垂下したコンブに付着した菌より、東北大学大学院農学研究科水産資源化学研究室にて分離されたマンニトール資化性微生物であって、16SrDNAの解析結果から、Achromobacter sp.またはAlcaligenes sp.に属する微生物である。
【0037】
本発明において、エタノールを糖アルコールより生成することが可能な第二の微生物は、固相に固定化されていても良い。固相については上に定義したとおりである。
【0038】
本発明におけるエタノール発酵のステップは、海藻糖化液に前培養した上記微生物を添加し、25℃〜40℃、好ましくは27℃〜33℃、さらに好ましくは30℃にて1〜3週間、好ましくは10〜15日間、攪拌しながら培養することによって行う。上記液化および糖化ステップにより得られた生産物のpHは、5.0〜8.0の範囲に制御する。
【0039】
エタノール発酵のステップは、バッチ方式で行っても良いし、連続方式で行っても良い。例えば、海藻糖化液に前培養した上記微生物を添加し所定の時間培養した後、さらに微生物を添加して、所定の時間培養することができる。
【0040】
アルコール発酵とエタノール発酵の両ステップを用いることによって、原料として糖および糖アルコールを利用することができ、海藻糖化液より無駄を少なく、効率的にエタノールを生産することができる。
【0041】
アルコール発酵とエタノール発酵のステップは、最初にアルコール発酵のステップを行い、次いでエタノール発酵のステップを行う。エタノール発酵のステップにて添加されるエタノールを糖アルコールより生成することが可能な第二の微生物、特にAW株、は、海藻糖化液中の還元糖(グルコース)を成長のためにのみ消費する。したがって、最初にエタノール発酵のステップを行った場合、海藻糖化液中の還元糖は、エタノールを糖アルコールより生成することが可能な第二の微生物によってエタノールを生産することなく消費され、続いてアルコール発酵のステップを行った場合に、生産されるエタノール量を低減させる。
【0042】
アルコール発酵のステップとエタノール発酵のステップは、連続的に行うことができる。ここで「連続的」とは、アルコール発酵のステップを最初に行い、アルコール発酵反応が低下、または終了した後に、次のエタノール発酵ステップを行うことを意味する。アルコール発酵反応が低下、または終了するとは、発酵反応系におけるエタノール総量が、前日と比べてほとんどもしくは全く変化しない場合、および/または発酵反応系におけるグルコースの総量が、前日と比べてほとんどもしくは全く変化しない場合を意味する。「ほとんど変化しない」とは、前日の発酵反応系におけるエタノール総量またはグルコース総量と比較して、その変化がおよそ10%、9%、8%、7%、6%、5%またはそれ以下の場合を意味する。例えば、海藻糖化液に前培養した、エタノールを糖より生成することが可能な第一の微生物を添加してアルコール発酵を行い、アルコール発酵反応が低下または終了した海藻糖化液に、前培養した、エタノールを糖アルコールより生成することが可能な第二の微生物を添加してエタノール発酵を行うことができる。
【0043】
必要に応じて、アルコール発酵および/またはエタノール発酵のステップ中あるいはアルコール発酵反応の終了後かつエタノール発酵反応の開始前の海藻糖化液に、窒素源を添加しても良い。発酵反応の間、培地中の窒素源は微生物によって消費され、その量は低下または枯渇し発酵反応の効率を低下させる。そこで海藻糖化液中に窒素源を新たに添加することによって、発酵反応によるエタノールの生産量を向上または維持することができる。窒素源としては、微生物の培養に利用し得ることが公知であるものを利用することができ、例えば、ポリペプトン、カゼイン、肉エキス、酵母エキス、コーンスティープリカーあるいは大豆または大豆粕等の抽出物等の有機窒素源物質、硫酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機窒素化合物、グルタミン酸等のアミノ酸類が挙げられるがこれらに限定されない。窒素源は、海藻糖化液に対して窒素N量として0.016〜0.32%、好ましくは0.16%添加することができる。
【0044】
また、アルコール発酵およびエタノール発酵は低酸素条件で進行するため、発酵させる前に系内の酸素および培地中の溶存酸素を低下させる操作、すなわち、窒素ガスまたは炭酸ガスを培地中に吹き込む操作を行ってもよい。
【0045】
アルコール発酵およびエタノール発酵の終了後の培地を回収して、アルコール発酵およびエタノール発酵によって生産されたエタノールを分離する。培地よりエタノールを分離する方法は、蒸留、浸透気化膜等の公知の方法が用いられるが、蒸留による方法が好ましい。次いで、分離したエタノールをさらに精製(エタノール精製法としては、公知の方法、例えば蒸留等を用いることができる)することによって、エタノールを得ることができる。
【0046】
本発明において、エタノールを分離した培地にはウロン酸が残留しており、これを利用して酢酸、乳酸やギ酸などの有機酸を回収することできる。これによって海藻糖化液を無駄なく利用することができる。有機酸の回収はクロマトグラフイーなど公知の方法によって行うことができる。
【実施例】
【0047】
以下、本発明の実施例を示すが、本発明は特にこれにより限定されるものではない。
【0048】
(実施例1)海藻糖化液の調製
マコンブ(Laminaria japonica Areschoug)を、ハサミまたはミキサーを用いて、乾燥させることなく生のまま、5mm以下に細片化した。
【0049】
得られたマコンブ細片15gに対して、0.1重量%(18U/原料gに相当)のアルギン酸リアーゼS(ナガセケムテックス社製)、0.8重量%(4.0U/原料gに相当)のセルラーゼXP−425(ナガセケムテックス社製)を添加して、45℃、30時間撹拌し、マコンブを液化および糖化してマコンブ糖化液を得た。セルラーゼXP−425は、セルラーゼ活性に加えて、酸性プロテアーゼ活性、β−1,3グルカナーゼ活性およびキシラナーゼ活性を有する。
酵素処理後のマコンブ糖化液の写真を図1に示す。
【0050】
上記操作により生産されるグルコース量を、グルコースオキシダーゼ法によって経時的に測定した。グルコースオキシダーゼ法は、グルコースCIIテスト ワコー(和光純薬工業)を用いて、製造元の取扱説明書に従って行った。
【0051】
結果を図2に示す。細片化したマコンブをセルラーゼで処理することにより、酵素反応生産物として海藻構造多糖類からグルコースが得られることが確認できた。また、細片化したマコンブをアルギン酸リアーゼで処理することにより、酵素反応生産物としてマコンブに由来するアルギン酸からウロン酸が得られることが、カルバゾール硫酸法(T. Bitter and H. M. Muir, Anal. Biochem. 4,4, 330−334 (1962))により確認できた(データ示さず)。
【0052】
(実施例2)酵母による糖化液のアルコール発酵
上記実施例1で得られた糖化液に、前培養(72時間)した酵母NBRC0234((独)製品評価技術基盤機構生物遺伝資源部門より購入)の培養物0.5mLを添加し28℃にて、12日間培養することによって、遊離還元糖を原料としてアルコール発酵を行った。
【0053】
反応生産物におけるアルコール濃度を、アルコール脱水素酵素法によって経時的に測定した。アルコール脱水素酵素法は、F−キットエタノール(ロッシュ・ダイアグノーシス社)を用いて、製造元の取扱説明書に従って行った。
【0054】
また、上記実施例1で得られた糖化液は、酵素反応生産物として生産したウロン酸により酸性を示した。そこで、糖化液を水酸化ナトリウム溶液を用いてpH7.0に調整し、酵母によるアルコール発酵への影響も調べた。
【0055】
結果を図3に示す。糖化液のpHが酸性である場合、アルコール発酵後の糖化液中のエタノール濃度は、糖化液のpHを7.0に調整したものと比べて、顕著に低いことが明らかとなった(図3(A))。糖化液のpHを7.0に調整することによって、酵母による糖化液のアルコール発酵の効率を増大できることが明らかとなった(図3(B))。
【0056】
(実施例3)マンニトール資化性微生物による糖化液のエタノール発酵
上記実施例2において酵母によるアルコール発酵が行われた糖化液中にはマコンブに含まれる遊離糖アルコール(マンニトール)が多量に含まれている。そこで、当該酵母によるアルコール発酵が行われた糖化液を利用して、マンニトール資化性微生物によるエタノール発酵を行うことにより、エタノール生産を行うことが可能であるか否かを調べた。
【0057】
上記実施例1で得られた糖化液に酵母を添加し、上記実施例2と同様に12日間培養した。その後、この糖化液に前培養(72時間)したマンニトール資化性微生物AW株(東北大学農学研究科水産資源化学研究室にて分離)の培養物0.5mLを添加し30℃にて14〜21日間培養することによって、遊離糖アルコールを原料としてエタノール発酵を行った。
【0058】
反応生産物におけるエタノール濃度を上記と同様に測定した。
結果を図4に示す。糖化液中のグルコースが消費された糖化液を原料として、マンニトール資化性微生物によるエタノール発酵を利用してエタノールを生産できることが明らかとなった。
【0059】
(実施例4)窒素源添加によるマンニトール資化性微生物によるエタノール発酵への影響
上記実施例3において、酵母によるアルコール発酵が行われた糖化液中には窒素源が既に減少または枯渇していると考えられる。そこで、糖化液中の窒素源濃度を増大させ、マンニトール資化性微生物AW株によるエタノール発酵への影響を調べた。
【0060】
上記実施例1で得られた糖化液に酵母を添加し、上記実施例2と同様に12日間培養した。その後、この糖化液に窒素源として酵母エキスおよびポリペプトン各0.075g/培養液を添加し、上記実施例3と同様にマンニトール資化性微生物AW株を添加してエタノール発酵を行った。対照には窒素源を添加しなかった。
【0061】
反応生産物におけるエタノール濃度を上記と同様に測定した。
結果を図5に示す。糖化液に窒素源を新たに添加することによって、マンニトール資化性微生物AW株によるエタノールの生産量は、糖化液に窒素源を添加しなかった場合と比べて顕著に増大した。
【0062】
(実施例5)海藻を原料とする酵母およびマンニトール資化性微生物の連続培養によるエタノールの一貫生産
上記実施例1〜4の結果をふまえ、海藻を原料とする酵母およびマンニトール資化性微生物を用いたエタノールの一貫生産を行った。
【0063】
すなわち、上記実施例1〜4にしたがって、マコンブをセルラーゼおよびアルギン酸リアーゼで処理することにより得られた糖化液のpHを7.0に調整し、この糖化液に酵母を添加してアルコール発酵を12日間行い、続いてこのアルコール発酵後の糖化液に窒素源およびマンニトール資化性微生物を添加してエタノール発酵を行った。
【0064】
反応生産物におけるエタノール濃度を上記と同様に測定した。
結果を図6に示す。この結果は、酵母およびマンニトール資化性微生物の連続培養を用いて、海藻を原料として効率的にエタノールの生産を行うことが可能であることを示す。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明のエタノールを生産する方法は、海洋バイオマスとして非常に生産量が多いコンブなど大型褐藻植物から、効率よくバイオエタノールを生産することができる。この特徴より、本発明は枯渇が危惧される化石燃料や、食料問題に抵触する陸上植物資源に代わるバイオ燃料資源として大型褐藻海藻を原料にしたバイオエタノール生産の分野において利用されることが大いに期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
海藻からエタノールを生産する方法であって、以下の工程:
(I)海藻をセルラーゼおよびアルギン酸リアーゼで処理して糖化液を得るステップ;
(II)(I)で得られた糖化液を培地として、該培地にエタノールを糖より生成することが可能な第一の微生物を添加して培養してアルコール発酵を行った後、エタノールを糖アルコールより生成することが可能な第二の微生物を該培地にさらに添加して培養してエタノール発酵を行うステップ;ならびに
(III)該アルコール発酵および該エタノール発酵により生成されたエタノールを該培地より回収するステップ。
【請求項2】
海藻が褐藻植物である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
海藻が生の海藻である、請求項1または2記載の方法。
【請求項4】
(I)のステップが、得られた糖化液のpHを中性域に調整するステップをさらに含む、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
エタノールを糖より生成することが可能な第一の微生物が酵母であり、かつエタノールを糖アルコールより生成することが可能な第二の微生物がマンニトール資化性微生物である、請求項1〜4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
(II)のステップにおいて、エタノールを糖アルコールより生成することが可能な第二の微生物を培地に添加して培養してエタノール発酵を行う前に、該培地に窒素源をさらに添加するステップを含む、請求項1〜5のいずれか1項記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−244789(P2011−244789A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−124188(P2010−124188)
【出願日】平成22年5月31日(2010.5.31)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【出願人】(000222037)東北電力株式会社 (228)
【Fターム(参考)】