説明

消耗電極アーク溶接のくびれ検出制御方法

【課題】消耗電極アーク溶接において、溶滴のくびれの誤検出が発生しても、アークを円滑に再発生させること。
【解決手段】短絡状態からアークが再発生する前兆現象である溶滴のくびれを溶接ワイヤと母材との間の電圧値Vw又は抵抗値Vw/Iwの変化がくびれ検出基準値に達したことによって検出し、このくびれ検出時点(t2)から短絡負荷に通電する溶接電流Iwを減少させた状態でアークを再発生(t3)させ、アークが再発生すると溶接電流を増加させる消耗電極アーク溶接のくびれ検出制御方法において、くびれ検出時点(t2)からの経過時間がアークが再発生する前に基準時間Ttに達したときは(t21)誤検出と判別し、溶接ワイヤを後退送給Frrさせて母材から引き離すことによってアークを円滑に再発生(t3)させ、アークが再発生すると前進送給Ffrに戻す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、短絡期間中の溶滴のくびれ現象を検出して溶接電流を減少させて溶接品質を向上させるための消耗電極アーク溶接のくびれ検出制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
図5は、短絡期間Tsとアーク期間Taとを繰り返す消耗電極アーク溶接における電流・電圧波形及び溶滴移行を示す図である。同図(A)は消耗電極(以下、溶接ワイヤ1という)を通電する溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(B)は溶接ワイヤ1と母材2との間に印加される溶接電圧Vwの時間変化を示し、同図(C)〜(E)は溶滴1aの移行の様子を示す。以下、同図を参照して説明する。
【0003】
時刻t1〜t3の短絡期間Ts中は溶接ワイヤ1先端の溶滴1aが母材2と短絡した状態にあり、同図(A)に示すように、溶接電流Iwは次第に増加し、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwは短絡状態にあるために数V程度の低い値となる。同図(C)に示すように、時刻t1において溶滴1aが母材2と接触して短絡状態に入る。その後、同図(D)に示すように、溶滴1aを通電する溶接電流Iwによる電磁的ピンチ力によって溶滴1a上部にくびれ1bが発生する。この電磁的ピンチ力は、溶接電流Iwの値に比例して大きくなる。したがって、溶接電流Iwを大きくすることによって、電磁的ピンチ力を大きくして、くびれ1bの形成を促進している。そしてこのくびれ1bが急速に進行して、時刻t3において同図(E)に示すように、溶滴1aは溶接ワイヤ1から溶融池2aへと移行しアーク3が再発生する。
【0004】
上記のくびれ現象が発生すると、数百μs程度の短い時間後に短絡が開放されてアーク3が再発生する。すなわち、このくびれ現象は短絡開放の前兆現象となる。くびれ1bが発生すると、溶接電流Iwの通電路がくびれ部分で狭くなるために、くびれ部分の抵抗値が増大する。この抵抗値の増大は、くびれが進行してくびれ部分がより狭くなるほど大きくなる。したがって、短絡期間Ts中において溶接ワイヤ1と母材2との間の抵抗値の変化を検出することでくびれ現象の発生及び進行を検出することができる。この抵抗値の変化は、溶接電圧Vwを溶接電流Iwで除算することによって算出することができる。また、短絡期間Ts中の溶接電流Iwの変化に比べて、くびれ形成後の抵抗値の変化の方が大きい。このために、抵抗値の変化に代えて溶接電圧Vwの変化によってもくびれ現象の発生を検出することができる。具体的なくびれ検出方法としては、短絡期間Ts中の抵抗値又は溶接電圧値Vwの変化率(微分値)を算出し、この微分値が予め定めたくびれ検出基準値Vtnに達したことによってくびれ検出を行う方法がある。また、他の方法として、同図(B)に示すように、短絡期間Ts中のくびれ発生前の安定した短絡電圧値Vsからの電圧上昇値ΔVを算出し、時刻t2においてこの電圧上昇値ΔVが予め定めたくびれ検出基準値Vtnに達したことによってくびれ検出を行う方法がある。以下の説明では、くびれ検出方法が上記の電圧上昇値ΔVによる場合について説明するが、従来から種々提案されている他の方法であっても良い。時刻t3のアーク再発生の検出は、溶接電圧Vwがアーク判別値Vta以上になったことを判別して簡単に行うことができる。ちなみに、Vw<Vtaの期間が短絡期間Tsとなり、Vw≧Vtaの期間がアーク期間Taとなる。時刻t2〜t3のくびれ発生を検出してからアーク再発生までの時間を、以下くびれ検出時間Tnと呼ぶことにする。時刻t3においてアークが再発生すると、同図(A)に示すように、溶接電流Iwはなだらかに減少し、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwは20〜30V程度のアーク電圧値になる。したがって、上記のアーク判別値Vtaは10〜15V程度に設定される。時刻t3〜t4のアーク期間Ta中は、溶接ワイヤ1先端が溶融されて溶滴1aが形成される。以後、時刻t1〜t4の期間の動作を繰り返す。
【0005】
上述した短絡期間Tsとアーク期間Taとを繰り返す消耗電極アーク溶接には、炭酸ガスアーク溶接、マグ溶接、ミグ溶接、短絡を伴うパルスアーク溶接等がある。炭酸ガスアーク溶接、マグ溶接及びミグ溶接の場合には、溶滴移行形態は、200A程度未満の電流領域では短絡移行形態となり、電流値が大きくなるとグロビュール移行形態となる。また、パルスアーク溶接の場合には、溶滴移行形態はスプレー移行形態となる。これらグロビュール移行形態及びスプレー移行形態においても、高速溶接等を行う場合にはアーク長を短く設定するので、短絡が発生する。したがって、この短絡を開放するために、上述したように、くびれ1bが形成されることになる。
【0006】
上述した短絡を伴う溶接では、時刻t3においてアーク3が再発生したときのアーク再発生時電流値Iaが大電流値であると、アーク3から溶融池2aへのアーク力が急峻に大きくなり、大量のスパッタが発生する。すなわち、アーク再発生時電流値Iaの値に略比例してスパッタ発生量が増加する。このため、スパッタの発生を抑制するためには、このアーク再発生時電流値Iaを小さくする必要がある。このための方法として、上記のくびれ現象の発生を検出して溶接電流Iwを減少させてアーク再発生時電流値Iaを小さくするくびれ検出制御方法を付加した溶接電源が従来から種々提案されている。以下、この従来技術(例えば、特許文献1参照)について説明する。
【0007】
図6は、従来技術のくびれ検出制御方法を搭載した溶接装置のブロック図である。溶接電源PSは、一般的な消耗電極アーク溶接用の溶接電源であり、溶接電圧Vw及び溶接電流Iwを出力すると共に、後述する送給速度設定信号Frに対応して送給モータWMの回転を制御するための送給制御信号Fcを送給モータWMに出力する。トランジスタTRは出力に直列に挿入され、それと並列に減流抵抗器Rが接続されている。溶接ワイヤ1は、送給モータWMに結合された送給ロール5の回転によって溶接トーチ4内を通って送給されて、母材2との間にアーク3が発生する。送給速度設定回路FRは、溶接ワイヤ1の送給速度を設定するための予め定めた送給速度設定信号Frを溶接電源PSに出力する。溶接ワイヤ1は、送給速度設定信号Frによって定まる送給速度で前進送給される。
【0008】
電圧検出回路VDは、溶接電圧Vwを検出して電圧検出信号Vdを出力する。電流検出回路IDは、溶接電流Iwを検出して、電流検出信号Idを出力する。くびれ検出基準値設定回路VTNは、予め定めたくびれ検出基準値信号Vtnを出力する。くびれ検出回路NDは、このくびれ検出基準値信号Vtn、上記の電圧検出信号Vd及び上記の電流検出信号Idを入力として、上述したように短絡期間中の電圧上昇値ΔVがくびれ検出基準値信号Vtnの値に達した時点でHighレベルとなり、アークが再発生して電圧検出信号Vdの値がアーク判別値Vta以上になった時点でLowレベルになるくびれ検出信号Ndを出力する。したがって、このくびれ検出信号NdがHighレベルの期間が上記のくびれ検出時間Tnとなる。上述したように、短絡期間中の電圧検出信号Vdの微分値がくびれ検出基準値信号Vtnの値に達した時点でくびれ検出信号NdをHighレベルに変化させるようにしても良い。さらに、電圧検出信号Vdの値を電流検出信号Idの値で除算して溶滴の抵抗値を算出し、この抵抗値の微分値がくびれ検出基準値信号Vtnの値に達した時点でくびれ検出信号NdをHighレベルに変化させるようにしても良い。駆動回路DRは、このくびれ検出信号NdがLowレベルのとき(非くびれ検出時)は上記のトランジスタTRをオン状態にする駆動信号Drを出力する。したがって、上記のトランジスタTRは、上記のくびれ検出信号NdがHighレベルのとき(くびれ検出時)はオフ状態になる。
【0009】
図7は、上記の溶接装置の各信号のタイミングチャートである。同図(A)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(B)は溶接電圧Vwの時間変化を示し、同図(C)はくびれ検出信号Ndの時間変化を示し、同図(D)は駆動信号Drの時間変化を示す。以下、同図を参照して説明する。
【0010】
同図において、時刻t2〜t3のくびれ検出時間Tn以外の期間は、同図(C)に示すように、くびれ検出信号NdはLowレベルであるので、同図(D)に示すように、駆動信号DrはHighレベルになる。この結果、トランジスタTRはオン状態になるので、通常の消耗電極アーク溶接用の溶接装置と同一の動作となる。
【0011】
時刻t2において、同図(B)に示すように、短絡期間Ts中に溶接電圧Vwが上昇して電圧上昇値ΔVが予め定めたくびれ検出基準値Vtn以上になったことを検出して溶滴にくびれが発生したと判別すると、同図(C)に示すように、くびれ検出信号NdがHighレベルになる。これに応動して、同図(D)に示すように、駆動信号DrはLowレベルになるので、トランジスタTRはオフ状態になる。この結果、減流抵抗器Rが溶接電流Iwの通電路に挿入される。この減流抵抗器Rの値は、短絡負荷(0.01〜0.03Ω
程度)の10倍以上大きな値(0.5〜3Ω程度)に設定される。このために、溶接電源内の直流リアクトル及びケーブルのリアクトルに蓄積されたエネルギーが急放電されて、同図(A)に示すように、溶接電流Iwは急激に減少して小電流値となる。ここで、溶接電源PSの出力電圧が50Vであり、減流抵抗器Rが1Ωであるとすると、この小電流値は50Aとなる。時刻t3において、短絡が開放されてアークが再発生すると、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwが予め定めたアーク判別値Vta以上になる。これを検出して、同図(C)に示すように、くびれ検出信号NdはLowレベルになり、同図(D)に示すように、駆動信号DrはHighレベルになる。この結果、トランジスタTRはオン状態になり、通常の消耗電極アーク溶接の制御となる。時刻t3において、アークが再発生してトランジスタTRがオン状態になると、同図(A)に示すように、溶接電流Iwは、所定の高レベルへと増加した後に送給速度によって定まる値に収束する。この動作によって、アーク再発生時(時刻t3)のアーク再発生時電流値Iaを小さくすることができるので、スパッタの発生を抑制することができる。くびれを検出したときに溶接電流Iwを急速に減少させる手段として、上記では減流抵抗器Rを通電路に挿入する方法を説明した。これ以外の手段として、溶接装置の出力端子間にコンデンサをスイッチング素子を介して並列に接続し、くびれを検出するとスイッチング素子をオン状態にしコンデンサから放電電流を通電して溶接電流Iwを急速に減少させる方法もある(例えば、特許文献2参照)。
【0012】
上述したくびれ検出制御方法では、スパッタ発生量の抑制効果を大きくするためには、くびれの発生を正確に検出することが重要となる。くびれの発生及びその進行状態は、シールドガスの種類、溶接ワイヤの種類、溶接継手、溶接ワイヤの送給速度、溶接姿勢等の溶接条件によって変化する。このために、溶接条件に応じてくびれの発生を検出する感度を適正化する必要がある。このくびれ検出の感度は、上記のくびれ検出基準値Vtnを増減させることによって調整することができる。すなわち、くびれ検出基準値Vtnを増加させると感度は低くなり、逆に減少させると感度は高くなる。くびれ検出基準値Vtnが大きすぎると感度が低すぎることになり、上記のくびれ検出時間Tnが短くなりすぎてアーク再発生までに溶接電流を充分に減少させることができないので、スパッタ発生量の抑制効果が小さくなる。逆に、くびれ検出基準値Vtnが小さすぎると感度は高すぎることになり、上記のくびれ検出時間Tnが長くなりすぎてアークがなかなか再発生しないために溶接状態が不安定になる。したがって、上記のくびれ検出時間Tnが、50〜1000μs程度の範囲になるときが、くびれ検出基準値Vtnが適正値に設定されているときであると言える。
【0013】
上述したように、くびれ検出基準値Vtnは溶接条件に応じて適正値に設定されている。しかし、送給速度の変動、溶融池の不規則な運動、溶滴形状のバラツキ等の変動要因によって、くびれ検出基準値Vtnを適正化していても、くびれ検出時間Tnはバラツキを生じる。このバラツキの範囲が、上述したように、50〜1000μs程度であるときは、スパッタの発生及び溶接状態の安定性にそれほど悪影響はない。また、くびれ検出時間Tnが、ときたま50μs未満になっても、少しスパッタが増える程度であり、大きな問題ではない。反面、くびれ検出時間Tnが1000μsを超え、特に2000μs以上になると、溶接状態が不安定になり、アークが再発生しない状態に至ることも生じる。このために、くびれを検出した時点からの経過時間が基準時間に達してもアークが再発生していないときは、溶接電流Iwを増加させて電磁的ピンチ力を大きくすることでくびれの進行を促進してアークの再発生を導く補償制御が慣用されている。以下、この補償制御(例えば、特許文献3参照)について説明する。
【0014】
図8は、補償制御について説明するための上述した図7に対応する各信号のタイミングチャートである。同図(A)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(B)は溶接電圧Vwの時間変化を示し、同図(C)はくびれ検出信号Ndの時間変化を示し、同図(D)は駆動信号Drの時間変化を示す。同図において、時刻t21〜t3の期間の動作以外は、図7と同一であるのでそれらの説明は省略する。以下、同図を参照して時刻t21〜t3の期間の動作について説明する。
【0015】
時刻t2のくびれ検出時点からの経過時間tが、時刻t21において基準時間Ttに達したときに、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwはアーク判別値Vta未満であるので、アークはまだ再発生していない。このために、同図(D)に示すように、駆動信号DrをHighレベルに変化させる。駆動信号DrがHighレベルになると、図6のトランジスタTRがオン状態になるので、同図(A)に示すように、溶接電流Iwは増加して所定値となる。溶接電流Iwが大きくなると、電磁的ピンチ力も大きくなるので、くびれの進行が促進されて、時刻t3においてアークが再発生する。時刻t3において、アークが再発生すると、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwはアーク判別値Vta以上のアーク電圧値となり、同図(A)に示すように、溶接電流Iwはそれ以降なだらかに減少して定常値に収束する。同図(C)に示すように、くびれ検出信号Ndは、時刻t2のくびれ検出時点から時刻t3のアーク再発生までHighレベルになる。同図(D)に示すように、駆動信号Drは、時刻t21からHighレベルとなる。上記の基準時間Ttは、1000μs程度に設定される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2006−281219号公報
【特許文献2】特開2005−288540号公報
【特許文献3】特開2006−116585号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
上述したように、くびれ検出時点からの経過時間が基準時間に達してもアークが再発生していないときは、溶接電流を増加させることによって、溶接状態が不安定になることを防止している。しかし、このような補償制御を行うと、図8(A)に示すように、時刻t3においてアークが再発生したときの電流値が大きな値になるために、大粒のスパッタが発生することになる。また、電流を減少させていた期間(時刻t2〜t21の期間)が長いために、溶融池及び溶滴の温度が低下するので、電流を増加させてもアークの再発生が円滑には行われずに溶接ビード外観が悪くなることも生じる。
【0018】
そこで、本発明では、くびれ検出時点からの経過時間が基準時間に達してもアークが再発生していないときに、スパッタの発生を増やすことなく円滑にアークの再発生を行わせることができる消耗電極アーク溶接のくびれ検出制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上述した課題を解決するために、請求項1の発明は、溶接トーチから溶接ワイヤを前進送給すると共に、溶接ワイヤと母材との間でアーク発生状態と短絡状態とを繰り返す消耗電極アーク溶接にあって、短絡状態からアークが再発生する前兆現象である溶滴のくびれを溶接ワイヤと母材との間の電圧値又は抵抗値の変化がくびれ検出基準値に達したことによって検出し、このくびれ検出時点から短絡負荷に通電する溶接電流を減少させた状態でアークを再発生させ、アークが再発生すると溶接電流を増加させる消耗電極アーク溶接のくびれ検出制御方法において、
前記くびれ検出時点からの経過時間がアークが再発生する前に予め定めた基準時間に達したときは、溶接ワイヤを後退移動させて母材から引き離すことによってアークを再発生させ、アークが再発生すると前記後退移動を停止させる、
ことを特徴とする消耗電極アーク溶接のくびれ検出制御方法である。
【0020】
請求項2の発明は、前記溶接電流の増加及び前記後退移動の停止を、前記アーク再発生時点から予め定めた遅延時間だけ遅延させる、
ことを特徴とする請求項1記載の消耗電極アーク溶接のくびれ検出制御方法である。
【0021】
請求項3の発明は、前記後退移動が溶接ワイヤの後退送給であり、前記後退移動の停止が前記後退送給を停止して前記前進送給に戻すことである、
ことを特徴とする請求項1〜2のいずれか1項に記載の消耗電極アーク溶接のくびれ検出制御方法である。
【0022】
請求項4の発明は、前記後退移動が、前記溶接トーチを後退移動させてトーチ高さを高くすることであり、前記後退移動の停止後に前記溶接トーチを前進移動させて前記トーチ高さを元に戻す、
ことを特徴とする請求項1〜2のいずれか1項に記載の消耗電極アーク溶接のくびれ検出制御方法である。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、くびれ検出時点からの経過時間がアークが再発生する前に基準時間に達したときは、溶接ワイヤを後退移動させて母材から引き離すことによってアークを再発生させる。これにより、小電流値のままで確実にアークを再発生させることができるので、スパッタの発生を増やすことなく円滑にアークの再発生を行わせることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の実施の形態1に係る消耗電極アーク溶接のくびれ検出制御方法を実施するための溶接装置のブロック図である。
【図2】図1の溶接装置における各信号のタイミングチャートである。
【図3】本発明の実施の形態2に係る消耗電極アーク溶接のくびれ検出制御方法を実施するための溶接装置のブロック図である。
【図4】図3の溶接装置における各信号のタイミングチャートである。
【図5】従来技術において、短絡期間Tsとアーク期間Taとを繰り返す消耗電極アーク溶接における電流・電圧波形及び溶滴移行を示す図である。
【図6】従来技術のくびれ検出制御方法を搭載した溶接装置のブロック図である。
【図7】図6の溶接装置における各信号のタイミングチャートである。
【図8】従来技術における補償制御について説明するための上述した図7に対応する各信号のタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0026】
[実施の形態1]
実施の形態1に係る発明は、くびれ検出時点からの経過時間tがアークが再発生する前に予め定めた基準時間Ttに達したときは、溶接ワイヤを後退移動させて母材から引き離すことによって、小電流値の状態のままでアークを再発生させ、アークが再発生すると前記後退移動を停止させるものである。実施の形態1では、上記の溶接ワイヤの後退移動を後退送給によって行う。したがって、上記の後退移動の停止とは、後退送給を停止して、通常の前進送給に戻すことを意味している。以下、この実施の形態1について説明する。
【0027】
図1は、本発明の実施の形態1に係る消耗電極アーク溶接のくびれ検出制御方法を実施するための溶接装置のブロック図である。同図において、上述した図6と同一のブロックには同一符号を付して、それらの説明は省略する。同図は、破線で示す遅延回路NDDを追加し、図6の駆動回路DRを破線で示す第2駆動回路DR2に置換し、破線で示す後退移動制御回路RCを追加し、図6の送給速度設定回路FRを破線で示す第2送給速度設定回路FR2に置換したものである。以下、同図を参照して、これらのブロックについて説明する。
【0028】
遅延回路NDDは、くびれ検出信号Ndを入力として、この信号を予め定めた遅延時間Tdだけオフディレイさせたくびれ検出遅延信号Nddを出力する。このくびれ検出遅延信号Nddは、くびれ検出時点でHighレベルになり、アークが再発生した時点から遅延時間Tdだけ遅延した時点でLowレベルになる信号である。第2駆動回路DR2は、このくびれ検出遅延信号Nddを入力として、この信号がHighレベル(くびれ検出期間)のときは駆動信号Drを停止してトランジスタTRをオフ状態にし、Lowレベル(非くびれ検出期間)のときは駆動信号Drを出力してトランジスタTRをオン状態にする。
【0029】
後退移動制御回路RCは、上記のくびれ検出信号Nd及び上記のくびれ検出遅延信号Nddを入力として、くびれ検出信号NdがHighレベル(くびれ検出期間)になった時点から予め定めた基準時間Ttが経過した時点でまだHighレベルであったときは後退移動制御信号RcをHighレベルにセットし、くびれ検出遅延信号NddがLowレベルに変化した時点で後退移動制御信号RcをLowレベルにリセットする。したがって、この後退移動制御信号Rcは、くびれ検出時点からの経過時間が基準時間Ttに達したときにアークが再発生していないときはHighレベルになり、アークが再発生した時点から遅延時間Tdだけ遅延した時点でLowレベルになる信号である。第2送給速度設定回路FR2は、この後退移動制御信号Rcを入力として、この信号がLowレベルのときは予め定めた正の値の前進送給速度設定値Ffrを送給速度設定信号Frとして出力し、Highレベルのときは予め定めた負の値の後退送給速度設定値Frrを送給速度設定信号Frとして出力する。溶接電源PSは、送給速度設定信号Frを入力として、この信号の値が前進送給速度設定値Ffrのときは溶接ワイヤ1を前進送給するための送給制御信号Fcを出力し、後退送給速度設定値Frrのときは溶接ワイヤ1を後退送給するための送給制御信号Fcを出力する。
【0030】
図2は、図1で上述した溶接装置の各信号のタイミングチャートである。同図(A)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(B)は溶接電圧Vwの時間変化を示し、同図(C)はくびれ検出信号Ndの時間変化を示し、同図(D)は駆動信号Drの時間変化を示し、同図(E)はくびれ検出遅延信号Nddの時間変化を示し、同図(F)は後退移動制御信号Rcの時間変化を示し、同図(G)は送給速度設定信号Frの時間変化を示す。同図は、くびれ検出時点からの経過時間が基準時間Ttに達しても、アークが再発生していない場合のタイミングチャートである。同図は、上述した図7及び図8と対応しており、時刻t21〜t31の期間の動作が異なっている。この期間以外は動作は同一であるので、説明は省略する。以下、同図を参照して、異なる動作の期間について説明する。
【0031】
時刻t2において、くびれを検出すると、同図(C)に示すように、くびれ検出信号NdはHighレベルに変化し、これに応動して、同図(E)に示すように、くびれ検出遅延信号NddもHighレベルに変化する。このくびれ検出遅延信号NddがHighレベルに変化すると、同図(D)に示すように、駆動信号DrはLowレベルに変化するので、トランジスタTRはオフ状態になり、通電路に減流抵抗器Rが挿入されることになる。このために、同図(A)に示すように、溶接電流Iwは減少して小電流値(10〜100A程度)になる。くびれの検出方法は、上述した従来技術と同様である。また、減流抵抗器Rの値についても、上述した従来技術と同様である。
【0032】
同図(C)に示すように、くびれ検出信号NdがHighレベルに変化した時点(くびれ検出時点)から経過時間が基準時間Ttに達する時刻t21において、同図(F)に示すように、後退移動制御信号RcがHighレベルになる。これに応動して、同図(G)に示すように、送給速度設定信号Frは、予め定めた正の値の前進送給速度設定値Ffrから予め定めた負の値の後退送給速度設定値Frrに切り換わり、溶接ワイヤは母材から離れる方向に後退送給される。時刻t3において、この後退送給によって溶接ワイヤが母材からはなれると、アークが再発生する。アークが再発生すると、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwはアーク判別値Vta以上のアーク電圧値に急上昇する。時刻t3のアーク再発生時の溶接電流Iwの値は、同図(A)に示すように、小電流値のままであるので、スパッタの発生は少ない。また、後退送給によってワイヤ先端を母材から引き離してアークを発生させるので、安定したアーク再発生を実現できる。
【0033】
同図(B)に示すように、時刻t3において、溶接電圧Vwの値がアーク判別値Vta以上になったことを判別してアークの再発生を判別すると、同図(C)に示すように、くびれ検出信号NdはLowレベルに変化する。そして、同図(E)に示すように、くびれ検出遅延信号Nddは時刻t3から遅延時間Tdだけオフディレイされて、時刻t31においてLowレベルになる。これに応動して時刻t31において、同図(D)に示すように、駆動信号DrはHighレベルに変化するので、トランジスタTRはオン状態になり、減流抵抗器Rは短絡される。これに応動して、同図(A)に示すように、溶接電流Iwは、高レベルにまで増加する。同時に時刻t31において、同図(Fに示すように、後退移動制御信号RcがLowレベルになるので、同図(G)に示すように、送給速度設定信号Frは、負の値の後退送給速度設定値Frrから正の値の前進送給速度設定値Ffrに切り換わる。この結果、溶接ワイヤは、通常通り前進送給される。
【0034】
上記の動作を整理すると以下のようになる。同図(A)に示すように、溶接電流Iwは、時刻t2のくびれ検出時点から減少し、時刻t3にアークが再発生して遅延時間Tdが経過した時点まで小電流値のままで維持される。同図(G)に示すように、溶接ワイヤは、時刻t2のくびれ検出時点からの経過時間が基準時間Ttに達する時刻t21において後退送給に切り換えられ、遅延時間Td経過後の時刻t31において前進送給に戻される。
【0035】
上記の基準時間Ttは、500〜1500μs程度に設定される。基準時間Ttは、溶接電流の平均値、シールドガスの種類、溶接ワイヤの種類等に応じて実験によって適正値に設定される。これは、溶接条件によってくびれ検出時点からアークが再発生するまでの時間のバラツキが異なるためである。バラツキがおおきいほど基準時間Ttは大きな値に設定される。遅延時間Tdは、0〜2000μs程度に設定される。Td=0とは、遅延させない場合である。実施の形態1において、遅延時間Tdを0に設定しても良い。この遅延時間Tdを設ける理由は、以下のとおりである。すなわち、アーク再発生直後はアーク長が非常に短いために、溶融池の振動、溶接ワイヤの送給振動等によって再短絡が発生することがある。再短絡が発生すると、スパッタが発生し、溶接状態も不安定になる。したがって、アーク再発生後も後退送給を維持し、溶接電流を小電流値に維持することによって、再短絡の発生を防止している。この遅延時間Tdは、溶接電流の平均値、溶接継手、溶接速度等に応じて実験によって適正値に設定される。これは、溶接条件によって再短絡の発生しやすさが異なるためである。前進送給速度設定値Ffrは、一般的な消耗電極アーク溶接と同様に、母材の板厚、溶接継手、溶接速度等に応じて適正値に設定される。その設定範囲は、2〜20m/min程度である。後退送給速度設定値Frrは、後退送給開始後にできるだけ速やかにアークが再発生するようにするために、30〜50m/min程度に設定される。また、前進送給から後退送給への切り換え及び後退送給から前進送給への切り換えを早くするために、送給モータWMには過渡応答性の良いサーボモータ等を使用することが望ましい。さらには、送給モータWMから溶接トーチ先端までの長さは短いほど過渡応答性が良くなるので、2m以下である方が良く、1m以下であることが望ましい。
【0036】
実施の形態1において、くびれ検出時点からの経過時間が基準時間Ttに達する前にアークが再発生する通常の場合のタイミングチャートは、上述した図7とほぼ同様になる。すなわち、溶接ワイヤの後退送給は行われずに、定速での前進送給のみが行われる。但し、溶接電流Iwが増加を開始するタイミングは、遅延時間Tdが経過した後である。
【0037】
上述した実施の形態1によれば、くびれ検出時点からの経過時間がアークが再発生する前に基準時間に達したときは、溶接ワイヤを後退移動させて母材から引き離すことによってアークを再発生させる。これにより、小電流値のままで確実にアークを再発生させることができるので、スパッタの発生を増やすことなく円滑にアークの再発生を行わせることができる。さらに、溶接ワイヤの後退送給は、くびれ検出時点からの経過時間が基準時間に達したときにのみ行われるので、短絡回数に占める後退送給を行う回数の頻度は低い。このために、送給モータに過剰な負荷を強いることがないので、送給モータの信頼性も高くなる。
【0038】
[実施の形態2]
実施の形態2に係る発明は、実施の形態1と同様に、くびれ検出時点からの経過時間tがアークが再発生する前に予め定めた基準時間Ttに達したときは、溶接ワイヤを後退移動させて母材から引き離すことによって、小電流値の状態のままでアークを再発生させ、アークが再発生すると前記後退移動を停止させるものである。実施の形態2では、上記の溶接ワイヤの後退移動を溶接トーチを後退移動させてトーチ高さLtを高くすることによって行う。そして、後退移動の停止後は、溶接トーチを前進移動させてトーチ高さLtを元の高さに戻す。後退移動の間も、溶接ワイヤの前進送給は継続される。以下、この実施の形態2について説明する。
【0039】
図3は、本発明の実施の形態2に係る消耗電極アーク溶接のくびれ検出制御方法を実施するための溶接装置のブロック図である。同図において、上述した図6及び図1と同一のブロックには同一符号を付して、それらの説明は省略する。同図は、図1に、破線で示すロボット制御装置RCE及びロボット本体RMを追加し、図1の後退移動制御回路RCを破線で示す第2後退移動制御回路RC2に置換し、図1の第2送給速度設定回路FR2を破線で示す第3送給速度設定回路FR3に置換したものである。以下、同図を参照して、これらのブロックについて説明する。
【0040】
第2後退移動制御回路RC2は、くびれ検出信号Nd及びくびれ検出遅延信号Nddを入力として、くびれ検出信号NdがHighレベル(くびれ検出期間)になった時点から予め定めた基準時間Ttが経過した時点でまだHighレベルであったときは後退移動制御信号RcをHighレベルにセットし、くびれ検出遅延信号NddがLowレベルに変化した時点で後退移動制御信号RcをLowレベルにリセットし、この後退移動制御信号Rcを第3送給速度設定回路FR3及びロボット制御装置RCEに出力する。したがって、この後退移動制御信号Rcは、くびれ検出時点からの経過時間が基準時間Ttに達したときにアークが再発生していないときはHighレベルになり、アークが再発生した時点から遅延時間Tdだけ遅延した時点でLowレベルになる信号である。第3送給速度設定回路FR3は、この後退移動制御信号Rcを入力として、この信号がLowレベルのときは予め定めた正の値の前進送給速度設定値Ffrを送給速度設定信号Frとして出力し、Highレベルのときは予め定めた0以上の値の第2前進送給速度設定値Ffr2を送給速度設定信号Frとして出力する。ここで、0≦Ffr2≦Ffrである。すなわち、第2送給速度設定値Ffr2は、定常溶接時の送給速度である前進送給速度設定値Ffrと同じ値又はそれよりも小さな値に設定される。溶接電源PSは、送給速度設定信号Frを入力として、この信号の値が前進送給速度設定値Ffrのときは溶接ワイヤ1をその値に相当する送給速度で前進送給するための送給制御信号Fcを出力し、第2前進送給速度設定値Ffr2のときは溶接ワイヤ1をその値に相当する送給速度で前進送給(送給停止も含む)するための送給制御信号Fcを出力する。
【0041】
ロボット制御装置RCEは、上記の後退移動制御信号Rcを入力として、ロボット本体RMに取り付けられた溶接トーチ4を予め作成された作業プログラムに従って移動させるための動作制御信号Mcをロボット本体RMに出力する。通常の溶接においては、溶接トーチ4は、給電チップ先端と母材2との距離(以下、トーチ高さLtという)を予め定めた基準高さLt0に維持したままで、予め定めた溶接速度で溶接線に沿って移動する。しかし、本実施の形態では、溶接トーチ4は、溶接線に沿っての移動を行いながら、上記の後退移動制御信号RcがHighレベルに変化するとトーチ高さLtが高くなる方向に後退移動し、Lowレベルに変化するとトーチ高さLtが低くなる方向に前進移動して上記の基準高さLt0に復帰する。この動作の詳細については、図4で詳述する。溶接トーチ4の姿勢に前進角又は後退角がある場合には、トーチ高さLtはワイヤ送給方向にその高さを測定する。ロボット本体RMは、多関節型マニュピュレータであり、上記の動作制御信号Mcによって、取り付けられている複数個のサーボモータが駆動される。ロボット本体RMには、送給モータWMを含む送給装置及び溶接トーチ4が搭載されている。
【0042】
図4は、図3で上述した溶接装置の各信号のタイミングチャートである。同図(A)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(B)は溶接電圧Vwの時間変化を示し、同図(C)はくびれ検出信号Ndの時間変化を示し、同図(D)は駆動信号Drの時間変化を示し、同図(E)はくびれ検出遅延信号Nddの時間変化を示し、同図(F)は後退移動制御信号Rcの時間変化を示し、同図(G)は送給速度設定信号Frの時間変化を示し、同図(H)はトーチ高さLtの時間変化を示す。同図は、くびれ検出時点からの経過時間が基準時間Ttに達しても、アークが再発生していない場合のタイミングチャートである。同図は、上述した図1と対応しており、同図(H)のトーチ高さLtを追加している。は、図1とは、時刻t21〜t32の期間の動作が異なっている。この期間以外の期間の動作は同一であるので、同一期間についての説明は省略する。以下、同図を参照して、異なる動作の期間について説明する。
【0043】
時刻t2において、くびれを検出すると、同図(C)に示すように、くびれ検出信号NdはHighレベルに変化し、これに応動して、同図(E)に示すように、くびれ検出遅延信号NddもHighレベルに変化する。このくびれ検出遅延信号NddがHighレベルに変化すると、同図(D)に示すように、駆動信号DrはLowレベルに変化するので、トランジスタTRはオフ状態になり、通電路に減流抵抗器Rが挿入されることになる。このために、同図(A)に示すように、溶接電流Iwは減少して小電流値(10〜100A程度)になる。くびれの検出方法は、上述した従来技術と同様である。また、減流抵抗器Rの値についても、上述した従来技術と同様である。
【0044】
同図(C)に示すように、くびれ検出信号NdがHighレベルに変化した時点(くびれ検出時点)から経過時間が基準時間Ttに達する時刻t21において、同図(F)に示すように、後退移動制御信号RcがHighレベルになる。これに応動して、同図(G)に示すように、送給速度設定信号Frは予め定めた正の値の前進送給速度設定値Ffrから予め定めた正の値の第2前進送給速度設定値Ffr2に切り換わり、溶接ワイヤは前進送給(送給停止を含む)を継続する。同図ではFfr2<Ffrの場合を示しているので、溶接ワイヤの前進送給の送給速度が減速される。同時に時刻t21において、ロボット制御装置RCEは溶接トーチの後退移動を開始するので、同図(H)に示すように、トーチ高さLtはそれまでの基準高さLt0から次第に高くなる。ここで、溶接トーチを後退移動させる速度が、上記の第2前進送給速度設定値Ffr2よりも早くなるように設定する。このようにすると、ワイヤ先端は後退移動することになる。
【0045】
時刻t3において、上記の溶接トーチの後退移動によって溶接ワイヤが母材からはなれると、アークが再発生する。アークが再発生すると、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwはアーク判別値Vta以上のアーク電圧値に急上昇する。時刻t3のアーク再発生時の溶接電流Iwの値は、同図(A)に示すように、小電流値のままであるので、スパッタの発生は少ない。また、溶接トーチの後退移動によってワイヤ先端を母材から引き離してアークを発生させるので、安定したアーク再発生を実現できる。
【0046】
同図(B)に示すように、時刻t3において、溶接電圧Vwの値がアーク判別値Vta以上になったことを判別してアークの再発生を判別すると、同図(C)に示すように、くびれ検出信号NdはLowレベルに変化する。そして、同図(E)に示すように、くびれ検出遅延信号Nddは時刻t3から遅延時間Tdだけオフディレイされて、時刻t31においてLowレベルになる。これに応動して時刻t31において、同図(D)に示すように、駆動信号DrはHighレベルに変化するので、トランジスタTRはオン状態になり、減流抵抗器Rは短絡される。これに応動して、同図(A)に示すように、溶接電流Iwは、高レベルにまで増加する。同時に時刻t31において、同図(F)に示すように、後退移動制御信号RcがLowレベルになるので、同図(G)に示すように、送給速度設定信号Frは、正の値の第2前進送給速度設定値Ffr2から正の値の前進送給速度設定値Ffrに切り換わる。この結果、溶接ワイヤは、定常送給速度(前進送給速度設定値Ffr)で前進送給される。同時に時刻t31において、ロボット制御装置RCEは溶接トーチの前進移動を開始するので、同図(H)に示すように、トーチ高さLtは次第に低くなる。そして、同図(H)に示すように、トーチ高さLtが上記の基準高さLt0に復帰した時点(時刻t32)で、溶接トーチの前進移動は停止する。但し、上述したように、溶接トーチの後退移動又は前進移動とは関係なしに、溶接トーチは溶接線に沿って移動している。溶接トーチの前進移動及び後退移動は、ワイヤ送給方向に昇降するように行われる。
【0047】
上記の動作を整理すると以下のようになる。同図(A)に示すように、溶接電流Iwは、時刻t2のくびれ検出時点から減少し、時刻t3にアークが再発生して遅延時間Tdが経過した時点まで小電流値のままで維持される。同図(G)に示すように、溶接ワイヤは、時刻t2のくびれ検出時点からの経過時間が基準時間Ttに達する時刻t21において第2前進送給速度に切り換えられ、遅延時間Td経過後の時刻t31において前進送給速度(定常送給速度)に戻される。同図(H)に示すように、トーチ高さLtは、時刻t2のくびれ検出時点からの経過時間が基準時間Ttに達する時刻t21において後退移動を開始し、遅延時間Td経過後の時刻t31において前進移動を開始して時刻t32において基準高さLt0に戻る。
【0048】
上記の基準時間Tt、遅延時間Td及び前進送給速度設定値Ffrの設定方法については、実施の形態1と同様である。溶接トーチの後退移動の速度は、時刻t21〜t3の時間を短くして速やかにアークが再発生するようにするために、30〜70m/min程度の範囲で実験によって適正値に設定される。(ワイヤ先端の後退移動の速度)=(溶接トーチの後退移動の速度)−(第2前進送給速度)となる。したがって、前進送給速度設定値Ffrが大きい値であるときは、第2前進送給速度設定値Ffr2をFfrよりも小さな値に設定することによって、ワイヤ先端の後退移動の速度を速くしてアークの再発生を速やかにすることができる。第2前進送給速度設定値Ffr2は、0≦Ffr2≦Ffrの範囲で設定される。すなわち、第2前進送給速度設定値Ffr2は、0に設定されると送給停止となり、Ffrと同じ値に設定されると溶接中前進送給速度設定値Ffrの一定値で送給されることになる。溶接トーチの前進移動の速度は、1〜5m/min程度の範囲で実験によって適正値に設定される。(ワイヤ先端の前進移動の速度)=(前進送給速度)+(溶接トーチの前進移動の速度)となる。したがって、溶接トーチの前進移動の速度があまり速いと、ワイヤ先端の前進移動の速度が速くなり過ぎて、アーク状態が不安定になる。時刻t31〜t32の時間を短くして速やかに定常状態に収束させつつも、アーク状態が不安定にならないように、溶接トーチの前進移動の速度は決定される。
【0049】
実施の形態2において、くびれ検出時点からの経過時間が基準時間Ttに達する前にアークが再発生する通常の場合のタイミングチャートは、上述した図7とほぼ同様になる。すなわち、溶接ワイヤが第2送給速度に切り換わることはなく、定速での前進送給のみが行われる。溶接トーチの後退移動及び前進移動も行われない。但し、溶接電流Iwが増加を開始するタイミングは、遅延時間Tdが経過した後である。
【0050】
上述した実施の形態2によれば、溶接ワイヤの後退移動を溶接トーチの後退移動によって行うことで、実施の形態1と同様の効果を奏することができる。溶接トーチの後退移動は、ロボットによって行うので、実施の形態1のように過渡応答性に優れた送給モータを使用する必要がなく、コストが安価になる。さらには、実施の形態1のように溶接トーチの長さを短くする必要がないので、作業性が向上する。
【符号の説明】
【0051】
1 溶接ワイヤ
1a 溶滴
1b くびれ
2 母材
2a 溶融池
3 アーク
4 溶接トーチ
5 送給ロール
DR 駆動回路
Dr 駆動信号
DR2 第2駆動回路
Fc 送給制御信号
Ffr 前進送給速度設定値
Ffr2 第2前進送給速度設定値
FR 送給速度設定回路
Fr 送給速度設定信号
FR2 第2送給速度設定回路
FR3 第3送給速度設定回路
Frr 後退送給速度設定値
Ia アーク再発生時電流値
ID 電流検出回路
Id 電流検出信号
Iw 溶接電流
LT トーチ高さ(給電チップ先端・母材間距離)
Lt0 基準高さ
ND くびれ検出回路
Nd くびれ検出信号
NDD 遅延回路
Ndd くびれ検出遅延信号
PS 溶接電源
R 減流抵抗器
RC 後退移動制御回路
Rc 後退移動制御信号
RC2 第2後退移動制御回路
RCE ロボット制御装置
RM ロボット本体
t 経過時間
Ta アーク期間
Td 遅延時間
Tn くびれ検出時間
TR トランジスタ
Ts 短絡期間
Tt 基準時間
VD 電圧検出回路
Vd 電圧検出信号
Vs 短絡電圧値
Vta アーク判別値
VTN くびれ検出基準値設定回路
Vtn くびれ検出基準値(信号)
Vw 溶接電圧
WM 送給モータ
ΔV 電圧上昇値

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接トーチから溶接ワイヤを前進送給すると共に、溶接ワイヤと母材との間でアーク発生状態と短絡状態とを繰り返す消耗電極アーク溶接にあって、短絡状態からアークが再発生する前兆現象である溶滴のくびれを溶接ワイヤと母材との間の電圧値又は抵抗値の変化がくびれ検出基準値に達したことによって検出し、このくびれ検出時点から短絡負荷に通電する溶接電流を減少させた状態でアークを再発生させ、アークが再発生すると溶接電流を増加させる消耗電極アーク溶接のくびれ検出制御方法において、
前記くびれ検出時点からの経過時間がアークが再発生する前に予め定めた基準時間に達したときは、溶接ワイヤを後退移動させて母材から引き離すことによってアークを再発生させ、アークが再発生すると前記後退移動を停止させる、
ことを特徴とする消耗電極アーク溶接のくびれ検出制御方法。
【請求項2】
前記溶接電流の増加及び前記後退移動の停止を、前記アーク再発生時点から予め定めた遅延時間だけ遅延させる、
ことを特徴とする請求項1記載の消耗電極アーク溶接のくびれ検出制御方法。
【請求項3】
前記後退移動が溶接ワイヤの後退送給であり、前記後退移動の停止が前記後退送給を停止して前記前進送給に戻すことである、
ことを特徴とする請求項1〜2のいずれか1項に記載の消耗電極アーク溶接のくびれ検出制御方法。
【請求項4】
前記後退移動が、前記溶接トーチを後退移動させてトーチ高さを高くすることであり、前記後退移動の停止後に前記溶接トーチを前進移動させて前記トーチ高さを元に戻す、
ことを特徴とする請求項1〜2のいずれか1項に記載の消耗電極アーク溶接のくびれ検出制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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