説明

消耗電極式のアーク溶接電源

【課題】 ショートアーク溶接およびパルスアーク溶接のいずれもの場合もアークが安定で、品質に優れる溶接が可能なインバータ制御による消耗電極式のアーク溶接電源を提供する。
【解決手段】インバータ回路4から出力される交流電圧を降圧する変圧器5の出力を、整流回路12とリアクタンスが小さい直流リアクトル13とを備える第1の出力回路10によって変換した直流電流に、限流リアクトル21と整流回路22とコンデンサ24とリアクタンスが大きい直流リアクトル23を備え、限流リアクトル21により出力電流を制限するようにした第2の出力回路20によって変換した直流電流を加えて、溶接負荷8に供給する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ショートアーク溶接あるいはパルスアーク溶接において、安定なアークを維持することができるインバータ制御による消耗電極式のアーク溶接電源に関する。
【背景技術】
【0002】
溶接負荷(アーク)に供給する電流(溶接電流)の変化率は、出力側回路に配置するリアクタのリアクタンスの値(以下、単に「リアクタンス」という。)を選択することにより変えることができ、リアクタンスを大きくするほど電流波形の立ち上がりおよび立ち下がりは緩やかになる。
【0003】
例えば、消耗電極式アーク溶接の一種であるショートアーク溶接(溶接電流を小さくして意識的にワイヤと母材とを短絡させる溶接法であり、直径1.2mmの軟鋼ワイヤを使用する場合の溶接電流値は概略80〜200Aである。)の場合、リアクタンスを略50〜200μHにすると、不完全短絡の発生が少なく、アークを安定に維持できる。そして、リアクタンスを略200〜300μHにすると、短絡がほとんど発生しないスプレー溶接(直径1.2mmの軟鋼ワイヤの場合の溶接電流値は概略200〜350Aである。)の場合もアークを安定に維持できる。(以下、特に区別する必要がある場合を除き、ショートアーク溶接とスプレーアーク溶接をまとめてショートアーク溶接という。)
一方、消耗電極式アーク溶接の一種であるパルスアーク溶接(溶接負荷にパルス電流とベース電流を交互に供給する溶接法である。)においては、アークを安定に維持するためにパルス電流の波形をシャープなものにする必要があり、リアクタンスとしては略10μH(すなわち、ショートアーク溶接の場合のリアクタンスの1/5〜1/30)が好適である。
【0004】
このように、溶接法により好適なリアクタンスが異なるため、従来は、ショートアーク溶接を行うための溶接電源とパルスアーク溶接を行うための溶接電源のそれぞれを用意していた。
【0005】
また、1台の電源にリアクタンスの異なる2個のリアクタを準備しておき、溶接中にリアクタを接続替えするようにしたアーク溶接電源もあった(特許文献1)。このようなアーク溶接電源の場合、設置スペースを小さくすることができた。
【特許文献1】特開平11−123551号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、溶接中にリアクタを接続替えするように構成しても、2個のリアクタのリアクタンスの差を大きくすると、以下のような問題点が発生する。
【0007】
図6は、ショートアーク溶接中にリアクタを接続替えした場合の溶接電流波形を示す図である。
【0008】
リアクタンスの大きい回路は応答が遅い。このため、短絡電流が終了した直後(時刻T10)に供給される溶接電流が小さくなり、アーク切れが発生する。このため、溶接が不安定になる。図示を省略するが、パルスアーク溶接の場合も同様に、パルス電流が終了した直後に供給されるベース電流が小さくなり、アーク切れが発生する。
【0009】
なお、パルスアーク溶接の場合、パルス電流に関してはリアクタンスを小さくする必要があるが、ベース電流に関してはリアクタンスの大きい方が好ましいと言われている。
【0010】
本発明の目的は、ショートアーク溶接およびパルスアーク溶接のいずれもの場合もアークが安定で、品質に優れる溶接が可能なインバータ制御による消耗電極式のアーク溶接電源を提供するにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本発明は、インバータ回路から出力される交流電圧を降圧する変圧器と、第1の整流回路と、第1の直流リアクトルと、を備え、前記変圧器の出力側コイルから出力される交流電圧を前記第1の整流回路により整流して前記第1の直流リアクトルと溶接負荷が直列に接続された回路に供給するインバータ制御による消耗電極式のアーク溶接電源において、一端が前記出力側コイルに接続される限流リアクトルと、入力側が前記限流リアクトルの他端に接続される第2の整流回路と、リアクタンスが前記第1の直流リアクトルよりも大きい第2の直流リアクトルと、コンデンサと、を設け、前記第2の直流リアクトルと前記溶接負荷が直列に接続され前記コンデンサがその両端に接続された回路に前記第2の整流回路の出力を供給することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
1台のアーク溶接電源で、ショートアーク溶接およびパルスアーク溶接のいずれの場合もアークを安定に維持することができるので、品質に優れる溶接結果が得られる。また、装置の設置面積を小さくすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を図示の実施形態に基づいて説明する。
【実施例1】
【0014】
図1は本発明に係る第1のインバータ制御による消耗電極式のアーク溶接電源の接続図である。
【0015】
始めに、全体の構成について説明する。
インバータ制御による消耗電極式のアーク溶接電源100の入力端子1と出力端子6、7との間には、整流器2と、平滑コンデンサ3と、インバータ回路4と、変圧器5と、点線で囲んで示す第1の出力回路10および第2の出力回路20と、が配置されている。出力回路10と出力回路20は変圧器5の出力側および出力端子6、7に対して並列に接続されている。出力端子6と出力端子7との間には溶接負荷8が接続される。インバータ回路4は駆動回路9により制御される。
【0016】
出力回路10は、整流回路12(ここでは2個のダイオードで構成されている。)と、直流リアクトル13とから構成されている。直流リアクトル13は整流回路12の出力側と出力端子6との間に配置されている。直流リアクトル13のリアクタンスは略10μHである。
【0017】
出力回路20は、整流回路22(ここでは2個のダイオードで構成されている。)と、限流リアクタ21と、直流リアクトル23、コンデンサ24および2個のフライホイール用のダイオード25とから構成されている。直流リアクトル23のリアクタンスは略300μHである。
【0018】
限流リアクタ21の両端は整流回路22を介して変圧器5の出力側に接続されている。直流リアクトル23は限流リアクタ21の中点と出力端子6との間に配置されている。
【0019】
コンデンサ24の一方は限流リアクタ21の中点に、他方はフライホイール用のダイオード25のアノード側に接続されている。ダイオード25の一方のカソード側は限流リアクタ21の一方に、ダイオード25の他方のカソード側は限流リアクタ21の他方に、それぞれ接続されている。
【0020】
次に、動作について説明する。
【0021】
整流器2は、入力端子1に供給される商用交流電圧を直流に整流する。平滑コンデンサ3は整流器2によって整流された直流電圧を平滑する。インバータ回路4はPWM制御により、入力される直流電圧を高周波交流電圧に変換する。変圧器5は入力される交流電圧を溶接に適した電圧に降圧する。
【0022】
出力回路10の整流回路12は、入力される交流電圧を直流電圧に変換する。
【0023】
出力回路20の限流リアクタ21は整流回路22に流れる電流を制限する。整流回路22は、入力される交流電圧を直流電圧に変換する。コンデンサ24は出力回路20の出力電流を滑らかにする。
【0024】
ここで、限流リアクタ21が出力回路20の外部特性に与える影響について説明する。
【0025】
なお、出力回路10の外部特性は定電圧特性である。また、限流リアクタ21がない場合の出力回路20の外部特性は、出力回路20の外部特性と同様に、定電圧特性である。
【0026】
図2は、出力回路10と出力回路20の外部特性を示す図であり、実線はインバータ回路の通電比率(インバータ回路がオンされてインバータ回路に電流が流れる時間のオンとオフされる時間との和に対する割合で、デューティともいう。)が高い場合、点線は通電比率が低い場合である。
【0027】
出力回路20において、直流リアクタ23に流れる電流値は略以下のようになる。すなわち、限流リアクタ21のリアクタンスとして通電比率が最大(100%)の場合にコンデンサ24をピークまで充電するように選定すると、出力回路20の出力電流は略通電比率に比例する。また、例えば、通電比率が50%の場合にコンデンサ24がフルに充電されるようにコンデンサ24と限流リアクタ21を選定すると、出力回路20の出力電流は通電比率が50%までは略通電比率に比例するが、それ以上は飽和して増加しない。従って、出力回路20の出力電流として大電流が必要な場合は、コンデンサ24の容量を大きくして、限流リアクタ21のリアクタンスを小さくする。
【0028】
次に、定常状態における出力回路10と出力回路20の出力電流について、同図に実線で示す場合について説明する。なお、出力回路10と出力回路20の外部特性が交差する点の電流値は電流値Kである。
【0029】
(1)出力電流値が電流値Kよりも小さい例えば電流値Bの場合(すなわち、溶接負荷が大きい場合)
出力回路20の出力電圧が出力回路10の出力電圧よりも高いので、出力回路20から電流値Bの電流が出力端子6に供給される。
【0030】
(2)出力電流値が電流値K以上である電流値Cの場合(すなわち、溶接負荷が小さい場合)
出力回路10の出力電圧が出力回路20の出力電圧よりも高いので、出力回路20からは電流値Kの出力電流が、出力回路10からは電流値(C−K)の出力電流が、それぞれ出力端子6に供給される。すなわち、溶接負荷8に流れる溶接電流の電流値は電流値Cである。
【0031】
なお、出力回路10の外部特性が定電圧特性であるといっても、通常は僅かな傾斜がある。このため、出力回路20からは電流値Kよりも僅かに大きい電流が供給されるが、実用上無視できる程度の大きさである。
【0032】
次に、溶接電流値について説明する。
【0033】
図3は、出力端子6(すなわち溶接負荷8)に供給される電流値を説明する図である。
【0034】
なお、溶接電流値はC(ただし、C≧K)に設定されている。
【0035】
アーク溶接電源100の図示を省略するスイッチをオンすると(時刻T0)、出力回路10、20の両者から電流が供給される。このとき、出力回路20の出力電流は、直流リアクトル23のリアクタンスが大きいため、電流値Kまで徐々に増加する。一方、出力回路10の出力電流は、直流リアクトル13のリアクタンスが小さいため、電流値(C−K)まで急速に増加する。
【0036】
次に、過渡状態における出力電流の変化を、パルス溶接を行う場合について説明する。
【0037】
図4は、パルス溶接時における溶接電流を示す図である。
【0038】
パルス期間が開始されると(時刻T1)、上記溶接開始時の場合と同様に、リアクタンスが大きい直流リアクトル23を備える出力回路20から供給される電流は立ち上がりが緩やかであり電流値は徐々に増加するが、実用上無視できる変化である。一方、リアクタンスが小さい直流リアクトル13を備える出力回路10から供給される電流は立ち上がりが急峻であるため、電流値は直ちに増加する。この結果、溶接負荷8に対して、パルス期間開始とほぼ同時にパルス電流を供給することができる。
【0039】
また、パルス期間が終了すると(時刻T2)、リアクタンスが小さい直流リアクトル13を備える出力回路10から供給される電流は立ち下がりが急峻であるため、電流値は直ちに減少する。一方、リアクタンスが大きい直流リアクトル23を備える出力回路20から供給される電流は立ち下がりが緩やかであるため、電流値は徐々に減少するが、実用上無視できる変化である。この結果、溶接負荷8に対して、ベース期間開始とほぼ同時(パルス期間の終了時)にベース電流を供給することができる。
【0040】
ここで、例えば、電流値Kをベース電流よりも小さい値、例えば5Aに設定しておくと、同図に示すように、出力回路20がパルス電流に与える影響をほとんどなくすことができ、特に、50アンペア以下のパルス溶接であっても安定な溶接を行うことができる。
【0041】
また、図示を省略するが、ショートアーク溶接中に短絡が発生した場合にも、出力回路10から立ち上がりが急峻な短絡電流が供給されるので短絡を速やかに解除できると共に、短絡電流が終了した直後も出力回路20から供給される電流によりアークが維持されるので、安定した溶接を行うことができる。
【0042】
なお、フライホイール用のダイオード25は直流リアクトル23に蓄えられたエネルギに起因する電圧が整流回路12,22に加わらないようにしている。
【0043】
以上説明したように、本発明に依れば、インバータ周波数と、限流リアクトルおよびコンデンサ容量を選択することにより、第2の直流リアクトルに流れる電流を図2〜4で示すように設定することができる。
【0044】
図5は、出力回路20の変形例を示す図である。
【0045】
この変形例の場合、限流リアクタ21の一端は変圧器5の出力側に、他端は整流回路22の入力側に、それぞれ接続されている。また、直流リアクトル23は整流回路22の出力側と出力端子6との間に配置されている。また、コンデンサ24の一方は整流回路23の出力側に、他方は出力端子7に接続されている。そして、フライホイール用のダイオード25は、出力端子7と整流回路23の入力側との間に配置されている。出力回路20をこのように構成しても上記と同じ効果を得ることができる。
【0046】
なお、動作は図1の場合と同じであるので、重複する説明を省略する。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】本発明に係るアーク溶接電源の接続図である(実施例1)。
【図2】本発明に係る出力回路10と出力回路20の外部特性を示す図である。
【図3】本発明の動作を説明する図である。
【図4】本発明の動作を説明する図である。
【図5】本発明に係るアーク溶接電源の接続図である(実施例2)。
【図6】従来技術の説明図である。
【符号の説明】
【0048】
4 インバータ回路
5 変圧器
8 溶接負荷
10 第1の出力回路
12 整流回路
13 直流リアクトル
20 第2の出力回路
21 限流リアクトル
22 整流回路
23 直流リアクトル
24 コンデンサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インバータ回路から出力される交流電圧を降圧する変圧器と、第1の整流回路と、第1の直流リアクトルと、を備え、前記変圧器の出力側コイルから出力される交流電圧を前記第1の整流回路により整流して前記第1の直流リアクトルと溶接負荷が直列に接続された回路に供給するインバータ制御による消耗電極式のアーク溶接電源において、
一端が前記出力側コイルに接続される限流リアクトルと、入力側が前記限流リアクトルの他端に接続される第2の整流回路と、リアクタンスが前記第1の直流リアクトルよりも大きい第2の直流リアクトルと、コンデンサと、を設け、
前記第2の直流リアクトルと前記溶接負荷が直列に接続され前記コンデンサがその両端に接続された回路に前記第2の整流回路の出力を供給することを特徴とするインバータ制御による消耗電極式のアーク溶接電源。
【請求項2】
前記第2の整流回路の入力側と前記溶接負荷のマイナス側との間にフライホイール用のダイオードを配置することを特徴とする請求項1に記載のインバータ制御による消耗電極式のアーク溶接電源。
【請求項3】
前記第1の直流リアクトルのリアクタンスを数μH、前記第2の直流リアクトルのリアクタンスを数百μH、とすることを特徴とする請求項1または2に記載のインバータ制御による消耗電極式のアーク溶接電源。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−268544(P2007−268544A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−94706(P2006−94706)
【出願日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【出願人】(305048635)日立ビアエンジニアリング株式会社 (5)
【Fターム(参考)】