説明

液体クロマトグラフィーを用いたグリコアルカロイド類の精製および分析法

【課題】植物由来の試料中に含まれるグリコアルカロイド類を精製および分析する方法の提供。
【解決手段】アルカリ耐性の逆相クロマトグラフィー用カラムを用いた液体クロマトグラフィーを用いること、および移動相として揮発性のアルカリ性緩衝液を用いることを特徴とする液体クロマトグラフィーによる、グリコアルカロイド類の精製および分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物体に含まれるグリコアルカロイド(以下、GAと記載)類を、アルカリ耐性の逆相クロマトグラフィー用カラムを用いた液体クロマトグラフィーにより精製する方法に関するものである。本発明はまた、GA類を、アルカリ耐性の逆相クロマトグラフィー用カラムを用いたLC−MSにより分析する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
GA類は主にナス科の植物に広く分布する有毒物質であり、摂取することにより、下痢・嘔吐・食欲減退・意識障害・錯乱・痙攣・悪寒・めまい・腹痛・頭痛・極度の疲労感などの症状を引き起こし、重症の場合には死亡に至った例も報告されている。
【0003】
今日、食品の安全および低GA植物の育種という観点から、植物由来の試料中におけるGA類を精製・分析することを目的として、液体クロマトグラフィーを利用した様々な精製・分析法が開発されている(非特許文献1−8)。
【0004】
従来法では一般に、GA類が有するアミンをギ酸塩等にして、極性が高い化合物であっても保持し得る逆相カラム(ODS等)を使用して分離・精製を行っていた。しかし、この方法では分離の際に用いる移動相の有機溶媒比率を低く保つ必要があり、そのため植物由来の試料を有機溶媒で抽出した後、LC−MSにインジェクトする前に、抽出した試料を一度ドライアップする工程を必須としていた。また、試料の調製に際しては、固相抽出等の煩雑な前処理の工程を必要としていた。その結果、GA類の分離・精製工程は、煩雑かつ多大な時間を消費するものとなっており、多数の試料を調製する際に大きな負担となっていた。さらに、分析工程においては、検出限界が十分に高いものではないために(例えば、0.5〜23.4ng)精密な検出・定量化を行うことが困難であった。
【0005】
また、従来法では液体クロマトグラフィーの移動相にトリフルオロ酢酸(TFA)を用いる方法が報告されている(非特許文献5)。しかしながら、TFAは強酸であるために、LC−MS装置および逆相カラムに対する負荷が大きく、また(M+TFA)を生じることにより、pos. MS分析モードでの検出感度が十分に高いものではなかった。
【0006】
従って、当該分野においては、GA類を効率的に精製でき、かつ高感度で分析できる新たな方法が望まれていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Chudaら、Food Sci. Technol. Res. 10: 341-345, 2004
【非特許文献2】Stobieckiら、Phytochemistry 62: 959-969, 2003
【非特許文献3】Shakyaら、J. Agric. Food Chem. 54: 5253-5260, 2006
【非特許文献4】Shakyaら、J. Agric. Food Chem. 56: 6949-6958, 2008
【非特許文献5】Matsudaら、Phytochem. Anal. 15: 121-124, 2004
【非特許文献6】Andreら、J. Agric. Food Chem. 57: 599-609, 2009
【非特許文献7】Vauaunaunenら、J. Agric. Food Chem. 53: 5313-5325, 2005
【非特許文献8】Kozukueら、J. Agric. Food Chem. 52: 2079-2083, 2004
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明では、GA類を簡易かつ短時間に精製する方法、さらに検出限界が十分に高く高精度で分析する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、鋭意検討した結果、GA類の精製の際に利用する液体クロマトグラフィーにおいて、カラムとしてアルカリ耐性の逆相クロマトグラフィー用カラムを使用し、また移動相として、アルカリ緩衝液を使用することによって、植物体由来の試料中に含まれるGA類を効率的に精製でき、かつ高い精度で分析できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] 植物由来の試料中に含まれるグリコアルカロイド(GA)類を液体クロマトグラフィーにより精製する方法であって、該液体クロマトグラフィーがアルカリ耐性の逆相クロマトグラフィー用カラムを用いることを特徴とする、上記方法。
[2] 液体クロマトグラフィーの移動相にアルカリ緩衝液を用いる、[1]の方法。
[3] 液体クロマトグラフィーの移動相に炭酸水素アンモニウム水を用いる、[2]の方法。
【0011】
[4] GA類が、α-ソラニン、α-チャコニンまたはα-トマチンである、[1]〜[3]のいずれかの方法。
[5] 逆相クロマトグラフィー用カラムが、エチレン架橋型逆相クロマトグラフィー用カラムである、[1]〜[4]のいずれかの方法。
[6] 逆相クロマトグラフィー用カラムが、XBridgeTM Shield RP18 カラムまたはXBridgeTMC18 カラムである、[5]の方法。
[7] 植物由来の試料を、液体クロマトグラフィーによる精製の前に、酸およびアルコールを用いて粗精製することを含む、[1]〜[6]のいずれかの方法。
[8] 植物由来の試料を、液体クロマトグラフィーによる精製の前に、ギ酸およびメタノールを用いて粗精製することを含む、[7]の方法。
【0012】
[9] [1]〜[8]のいずれかの方法によりGA類を精製した後に質量分析により分析する、GA類のLC−MS分析方法。
[10] さらに、同じ条件下で分析標品を分析して作成された検量線を用いて試料中のGA類を定量することを含む、[9]の方法。
[11] ジャガイモ由来の試料において内部標準物質としてブラシノライドおよびトマト由来の試料において内部標準物質としてアラニンメチルエステルを用いる、[10]の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明による方法によって、植物由来の試料中に含まれるGA類を効率的に精製および分析することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、GA類に含まれる代表的なアグリコン部であるA)ソラニジン、およびB)トマチジンの構造式を示す図である。
【図2】図2は、A)α-ソラニン(C45H73NO15=867)、B)α-チャコニン(C45H73NO14=851)、およびC)α-トマチン(C50H83NO21=1033)の構造式を示す図である。
【図3】図3は、α−ソラニンおよびα−チャコニンのLC−MS分析において内部標準として利用するブラシノライド(C28H48O6=480)の構造式を示す図である。
【図4】図4は、A)α−ソラニンおよびB)α−チャコニンのプロトン付加親イオンピーク(M+H)を示すMSスペクトルの図である。
【図5】図5は、A)α-ソラニン、B)α-チャコニンおよびC)ブラシノライドの検量線(LC-MS定量分析系)を示す図である。
【図6】図6は、標品(α-ソラニン、α-チャコニンおよびブラシノライド)のLC-MSクロマトグラムを示す図である。
【図7】図7は、茎由来の試料におけるα-ソラニン、α-チャコニンおよびブラシノライドのLC-MSクロマトグラムを示す図である。
【図8−1】図8−1は、標品(α-ソラニン、α-チャコニンおよびブラシノライド)のLC-MSクロマトグラムを示す図である。
【図8−2】図8−2は、XBridgeTM C18 カラムを使用して精製した萌芽由来の試料におけるα-ソラニン、α-チャコニンおよびブラシノライドのLC-MSクロマトグラムを示す図である。
【図9】図9は、A)α−トマチンおよびB)α−デヒドロトマチンのプロトン付加親イオンピーク(M+H)を示すMSスペクトルの図である。
【図10】図10は、A)α-トマチンおよびB)アラニンメチルエステルの検量線(LC-MS定量分析系)を示す図である。
【図11】図11は、標品(α−トマチンおよびアラニンメチルエステル)のLC-MSクロマトグラムを示す図である。図中のα-デヒドロトマチントマチンは、標品のα-トマチンに含まれる混入物を示す。
【図12】図12は、葉由来の試料におけるα−トマチン、α−デヒドロトマチンおよびアラニンメチルエステルのLC-MSクロマトグラムを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、植物由来の試料中に含まれるGA類を液体クロマトグラフィーにより精製する方法に関する。
【0016】
GA類は、糖鎖部分と疎水性のステロイド系アグリコン部分からなる。アグリコン部分は3つの群、すなわち、ソラニジン、トマチジン(図1参照)および他のステロイド系誘導体(デミシジン、ソラソジン等)のいずれかからなり、その水酸基に、通常三糖類か四糖類の糖鎖部分(コマーテトラオース、リコテトラオース、チャコトリオース、ソラトリオース)が結合している(Friedman、J. Agric. Food Chem. 54: 8655-8681, 2006)。
【0017】
GA類としては、ソラニン(α、β、γ型)、ソラニジン、チャコニン(α、β、γ型)、ソラマリン、コマソニン、レプチン、デミツシン、α-トマチンなどが挙げられるが、これらに限定されない。好ましくは、α−ソラニン、α−チャコニン、およびα-トマチン(図2参照)である。α−ソラニンおよびα−チャコニンは、ジャガイモに含まれるGA類のおよそ95%を占めるGAであり、α-トマチンはトマトに主に含まれるGAである。
【0018】
GA類を含む植物としては、ナス科のSolanum属およびLycopersicon属に属する植物が含まれ、例えば、ナス、ジャガイモ、トマト、ピーマン、ナス、トウガラシ、ホオズキ、チョウセンアサガオなどが挙げられるがこれらに限定されない。本発明において「植物由来の試料」とは、これら植物の果実、根、茎、および葉の少なくとも1つ以上を起源とし、これらを当業者に一般的な破砕手段、例えばジルコニアビーズ、ミキサーミル等、を用いてすりつぶして得られる植物由来の抽出液および抽出物を指す。
【0019】
GA類は、そのアグリコン部に窒素を有する塩基性化合物である(図1および図2参照)。液体クロマトグラフィーにおいて移動相にアルカリ性緩衝液を用いることによって、当該窒素に水素が付加せず、極性が下がり、カラムへの保持が強まる。本発明はこの原理を利用してGA類を良好に精製することができる。
【0020】
液体クロマトグラフィーに用いるカラムとしては、アルカリ耐性に優れたカラムであれば利用することができる。このようなカラムとしては、XBridge(商標)ブランド(Waters社)、XTerra(商標)ブランド(Waters社)、COSMOSIL(商標)5C18-MS-II(ナカライテスク)、Develosil RPAQUEOUS(野村化学)、Shodex ODP2 HP(昭和電工)、CAPCELL PAK UG120(資生堂)、SUPELCOGEL(商標)TPR-100(シグマアルドリッチ)、Cadenza Cw-C18(インタクト)、およびYMC-Pack PolymerC18(YMC)等が挙げられるが、これらに限定されない。また、アルカリ耐性に優れたカラムとしては、エチレン架橋カラムを用いることができる。エチレン架橋カラムは、シリカゲル担体がエチレンで架橋されており、アルカリによるシリカゲル担体の加水分解を受けにくいように設計されており、アルカリ耐性が非常に強いというメリットを有する。好ましくは、XBridge(商標)ブランド(Waters社)のカラムを用いる。特に好ましくはWaters XBridgeTM Shield RP18(Waters社)およびWaters XBridgeTM C18である。本発明において、XBridgeTMShield RP18カラムは1サンプルあたりの所要時間が短く、一方、Waters XBridgeTMC18カラムは耐久性が高いといった有利点をそれぞれ有する。
【0021】
液体クロマトグラフィーに用いる移動相は、アルカリ性緩衝液を用いることができる。好ましくは、揮発性のアルカリ性緩衝液を用いる。液体クロマトグラフィーにより精製した試料を質量分析に供する場合に、移動相に揮発性のアルカリ性緩衝液を用いると試料中に当該アルカリ性緩衝液が残留しないために都合が良い。揮発性のアルカリ性緩衝液としては例えば、トリエチルアミン、炭酸水素アンモニウムなどを用いることができるが、好ましくは緩衝効果の高い炭酸水素アンモニウムを用いる。
【0022】
移動相に用いられる炭酸水素アンモニウムの濃度は、5〜20mM、好ましくは5〜15mM、さらに好ましくは10mMである。炭酸水素アンモニウムのpHは、好ましくはpH 9.0〜11.0、さらに好ましくはpH 10.0にすることが可能である。移動相のpHを10.0とすることによって、炭酸水素アンモニウムの緩衝能がより高まる。
【0023】
GA類は、移動相にアルカリ性緩衝液と有機溶媒を用いて、アイソクラティック法により溶出しても良いし、グラジェント法により溶出しても良いが、操作が簡便なアイソクラティック法により溶出するのが好ましい。
【0024】
移動相に用いられる有機溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、テトラヒドロフラン(THF)、アセトニトリル(MeCN)等を用いることができるが、これらに限定されない。好ましくは、MeCNを用いる。
【0025】
アイソクラティック法においては、アルカリ性緩衝液と有機溶媒、好ましくは炭酸水素アンモニウム水とMeCNとを、30〜70:70〜30、好ましくは40〜60:60〜40の割合で、所望のGA類に応じて適宜用いる。例えば、所望のGA類がα−ソラニンまたはα−チャコニンである場合には40:60の割合で、所望のGA類がα−トマチンである場合には60:40の割合でアルカリ性緩衝液と有機溶媒、好ましくは炭酸水素アンモニウム水とMeCNとを用いる。
【0026】
液体クロマトグラフィーは市販のHPLC装置を用いて行うことができ、カラムの平衡化や流速はカラムサイズや試料の容量によって適宜設定することができる。
【0027】
液体クロマトグラフィーを行い、得られた画分は、後述の質量分析やUVまたは多波長検出器等を用いて分析することができる。
【0028】
植物由来の試料は、液体クロマトグラフィーに付す前に、予め以下の前処理を行い粗精製しておくことが好ましい。
【0029】
植物由来の試料は、所望のGA類に加え、様々な高分子夾雑物(デンプン、タンパク質、セルロース等)を含有する。したがって、GA類を効率的に精製かつ高精度に分析するために、試料中に含まれる高分子夾雑物を除去し、GA類を粗精製および洗浄する必要がある。
【0030】
高分子夾雑物を除去する方法としては、当業者にとって一般的な方法、例えば、アルコール沈殿法を用いることができる。アルコールは、エタノールまたはメタノールを用いることができるが、メタノールが好ましい。この際、GA類を塩として効率よく抽出するためにアルコールには酸を添加する。用いることができる酸としては、酢酸、塩酸、ギ酸等が挙げられるがこれらに限定されない。好ましくはギ酸を添加する。アルコールへの酸の添加量は、所望のGA類が破壊されない範囲で適宜設定することができ、ギ酸であれば0.1〜2%(v/v)、好ましくは0.1%(v/v)となるようにアルコールに添加する。ギ酸以外の酸を用いる際には、上記添加したギ酸と同等の規定度になるまで添加することができる。
【0031】
なお従来の試料調製方法(Matsudaら, Phytochem. Anal. 15: 121-124, 2004を参照)では、試料を長時間ホモジネートし、さらに試料中に大量に含まれるデンプン等の高分子夾雑物を除去するために遠心分離を複数回行い、さらにその後、ろ過に供することを含む、長時間かつ煩雑な前処理を要していた。一方、本発明における調製方法では、上記のように短時間で破砕した植物片よりアルコール沈殿でデンプン等の高分子夾雑物を除去できるため、短時間かつ容易に試料調製が可能である。
【0032】
アルコール沈殿後、GA類を含む上清を0.1〜2%(v/v)のギ酸、酢酸等の酸、好ましくは0.1%(v/v)ギ酸で希釈し、上記の条件で液体クロマトグラフィーに付す。
【0033】
液体クロマトグラフィーにより精製した画分は、さらに質量分析に付すことができる。この場合、液体クロマトグラフィーと質量分析を連結した手法であるLC-MS法により行えばよい。本発明は上記の条件で液体クロマトグラフィーによりGA類を精製した後、質量分析を行う、GA類のLC-MS分析法を包含する。
【0034】
質量分析は、単収束扇形磁場型質量分析法、二重収束扇形磁場型質量分析法、四重極型質量分析法、四重極イオントラップ型質量分析法、飛行時間型質量分析法、イオンサイクロトロン型質量分析法(フーリエ変換型質量分析法)などを用いて行うことができる。
【0035】
質量分析において試料をイオン化させる方法としては、EI(electron ionization:電子イオン化)法、CI(chemical ionization:化学イオン化)法、DEI(desorption electron ionization:脱離電子イオン化)法、DCI(desorption chemical ionization:脱離化学イオン化)法、FAB(fast atom bombardment:高速原子衝撃)法、FRIT-FAB(FRIT-fast atom bombardment:フリット高速原子衝撃)法、ESI(electrospray ionization:エレクトロスプレーイオン化)法、MALDI(matrix-assisted laser desorption ionization:マトリックス支援レーザー脱離イオン化)法を用いることができる。
【0036】
質量分析における諸条件については、以下の実施例に具体的に記載するが、これらの条件に限定されるものではない。当業者であれば分析対象となるGA類に応じて、適宜条件を設定することが可能である。
【0037】
LC-MS法を用いてGA類の分析標品を分析し、当業者にとって一般的な方法に従って検量線を作成することが可能である。そして作成した検量線を用いて植物由来の試料中に含まれるGA類を定量分析することが可能である。定量分析に際しては、抽出からLC−MSインジェクトまでに至る一連の操作効率を見定め、さらにUVランプやWランプの時間劣化、およびMS検出器の検出レベルの状態を把握し、補正をほどこすと分析精度が上がる。この目的で使われるのが内部標準物質である。内部標準物質の選定基準は、(1)目的とする分析対象試料に含まれない、(2)安定性がよい、(3)分析対象物質とほぼ同じ物性を有し、検出特性が分析ターゲット物質と大きく変わらない、(4)移動相溶媒に対する溶解度が充分である、(5)公知の物質である必要がある。精製標品または市販標品に関わらず、その条件を満たす物質であれば用いることが可能である。例えばフラボノイド等を利用することが可能である。ジャガイモ由来の試料において、特にα−ソラニンおよびα−チャコニンの分析系では、内部標準物質としてβ−D−グルコサミンペンタアセテートを利用することが可能であるが、α−ソラニンおよびα−チャコニンと同様にステロイド骨格を有するブラシノライド(図3参照)を用いることが好ましい。一方、トマト由来の試料において、特にα−トマチンの分析系では水溶性アミンを用いることが好ましい。内部標準物質として利用し得る水溶性アミンとして、セリンメチルエステルおよびアラニンメチルエステルが挙げられるが、アラニンメチルエステルはカラム保持が強いために特に好ましい。したがって、ジャガイモ由来の試料においてはブラシノライドを、またトマト由来の試料においてはアラニンメチルエステルを利用することによって、定量分析の信頼性を顕著に高めることができる。
【0038】
本発明方法においては、HPLCに汎用されるサイズのカラムを用いることができるため、本条件はこのままUVまたは多波長検出器による分析にも使用することができる。
【0039】
本発明方法は、検査対象となる植物由来試料の調製が容易であり、また短時間に多量の植物由来試料を高感度・高精度で一斉に分析することを可能とする。そのため本発明方法は、低GA類含有植物系統の選抜・育種を目的とした交配後代の網羅的分析、および食品の安全性を評価することを目的とした食品の成分分析等に用いる。
【実施例】
【0040】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0041】
(実施例1)バレイショに含まれるGA類(α-ソラニン、α-チャコニン)の精製および分析
1. 試料の調製
バレイショの一品種である「サッシー」より、当業者に公知の一般的な手法を用いてin vitro母本を作製し(「植物細胞組織培養」実際・応用・展望, 理工学社, 1979年発行)、その茎または萌芽を採取した。茎または萌芽(約100 mg FW)に0.1%ギ酸 in 80%MeOH aq. 990μLおよび内部標準としてブラシノライド(ブラシノ)10μg/10μLを添加し、ミキサーミルで破砕した(1/25 sec, 5 min, 4℃)。得られた破砕物を遠心分離(10,000 rpm, 5 min)に供しアルコール沈殿を行った後、上清25μLを分取し、0.1%ギ酸水で500μLにフィルアップした。これを試料として、以下の条件でLC-MSに用いた。LC-MS装置は、LCMS-2010EV(島津製作所)を用いた。
【0042】
2. LC-MS条件
(i)LC条件
LC系には、アルカリ耐性に優れたエチレン架橋カラム(XBridgeTM Shield RP18-5(φ2.1×150 mm, Waters社))を採用した。移動相には、移動相A:10 mM炭酸水素アンモニウム水(pH 10)および移動相B:MeCNを、上記試料溶媒についてA:B=40:60の割合でアイソクラティック条件で用いた。その他の条件は以下のものを用いた:
流速:0.2 mL/min
カラムオーブン:40℃
【0043】
従来法(Matsudaら, Phytochem. Anal. 15: 121-124, 2004を参照)と異なり、本方法では移動相にTFAを用いず、弱酸性のギ酸を利用する。これによりLC−MS装置および逆相カラムに対する負荷を軽減できると共に、(M+HCOO)の生成量が少ないためにMS分析における感度を高めることができる。
【0044】
(ii)MS条件
まず各成分のMSスペクトルをスキャンモードで確認し(図4参照)、その結果として
検出法:SIMモード
m/z:481(ブラシノライド)、869(α−ソラニン)、853(α−チャコニン)
を用いた。
【0045】
その他MS条件は以下のものを用いた。
MS検出:ポジティブイオンモード
イオン化法:ESI
イベント時間:1 sec
検出器電圧:1.5 kV
分析時間:8 min
【0046】
3. 標品α-ソラニン、α-チャコニン、ブラシノライドを使っての検量線作成
α−ソラニン(和光純薬)2mgとα−チャコニン(シグマアルドリッチ)2mgをそれぞれ1mLの0.1%(v/v)ギ酸水に溶解した(それぞれ2μg/μL溶液)。2種類の溶液を等容で混和し、α−ソラニンとα−チャコニンが1μg/μL(=1000ng/μL)の溶液を調製した。これを0.1%(v/v)ギ酸水で段階的に10倍希釈後、LC−MSに供して検量線を作製した。また、両物質の検出限界値を求めた。
【0047】
ブラシノライド(ブラシノ)については1mgを1mLのMeOH溶液に溶解した(1μg/μg)。これを50%(v/v)含水MeOHで段階的に10倍希釈後、LC−MSに供して検量線を作製した。
【0048】
α−ソラニン、α−チャコニンおよびブラシノライドのそれぞれについて作成した検量線を図5に示す。α−ソラニンとα−チャコニンについては図5に示したように、0.05〜50ngの範囲で良好な直線性が得られ、信頼係数は0.99以上であった。両物質ともに100ngを超えるとシグナルがサチュレートして、直線性が失われた。また両物質の検出限界は0.02ng(2μLインジェクト)であった。
【0049】
一方、ブラシノライドは2〜200ngの範囲で良好な直線性が得られた(図5を参照)。500ng以上ではやはりシグナルがサチュレートした。
【0050】
標品α-ソラニン、α-チャコニン、ブラシノライドを用いての典型的クロマトグラムを図6に示した。
【0051】
4. ブラシノライドを内部標準としたバレイショ中のGA類のLC-MS分析
上記1.にて調製した茎または萌芽に由来する各試料の10μLまたは20μLを上記条件を用いたLC-MS系にインジェクトした。
【0052】
内部標準ブラシノライドの回収率は50〜110%であった。ブラシノライドの定量値で補正を行い、各試料に含まれるα-ソラニンおよびα-チャコニンの量を上記検量線を用いて定量し、試料100 mg(FW)あたりに含まれる量として算出した。
【0053】
茎由来の試料を用いたLC-MS分析の結果、茎100 mg(FW)あたりに含まれるα-ソラニンの量は4〜25μg、α-チャコニンの量は12〜48μgと算出された。当該分析における典型的クロマトグラムを図7に示す。
【0054】
一方、萌芽由来の試料を用いた場合、試料20μLをLC-MS系へインジェクトすると、α-ソラニンおよびα-チャコニンは共にサチュレートしてしまったために、試料のインジェクト量を5μLに変更した。その結果、萌芽100 mg(FW)あたりに含まれるα-ソラニンの量は210〜650μg、α-チャコニンの量は310〜790μgと算出された。
【0055】
さらに、上記LC系条件において、エチレン架橋カラムをXBridgeTM Shield RP18-5カラムからXBridgeTMC18-5 カラム(Waters社)に代えて分析行った。図8−1に、標品α-ソラニン、α-チャコニン、ブラシノライドを用いての典型的クロマトグラムを示した。また、萌芽由来の試料を用いたLC-MS分析の典型的クロマトグラムを図8−2に示す。XBridgeTMC18-5 カラムを用いた場合、XBridgeTM Shield RP18-5カラムを用いた場合と比べて、分析時間が若干長くなるものの良好に、α−ソラニン、α−チャコニンおよびブラシノライドのそれぞれを精製・分析できた。
【0056】
(実施例2)トマトに含まれるGA類(α-トマチン)の精製および分析
1. 試料の調製
スイートトマト(カネコ種苗)より葉(約100 mg FW)を採取し、0.1%ギ酸 in 80%MeOH aq. 960μLおよび内部標準としてアラニンメチルエステル40μg/40μLを添加し、上記実施例1と同様にして試料を調製した。
【0057】
2. LC-MS条件
(i)LC条件
LC系の条件は、移動相A:10 mM炭酸水素アンモニウム水(pH 10)および移動相B:MeCNを、A:B=60:40の割合で用いた場合を除いて、上記実施例1と同じものを用いた。
【0058】
(ii)MS条件
まず各成分のMSスペクトルをスキャンモードで確認した上で(図9参照)、検出法をSIMモードに定めた。A)は標品のα−トマチンのMSスペクトルであり、B)は標品のα−トマチンに混入しているα−デヒドロトマチンのMSスペクトルである。
【0059】
その結果として
検出法:SIMモード
m/z:1035(α−トマチン)、1033(α−デヒドロトマチン)
を用いた。その他MS条件は上記実施例1と同じものを用いた。
【0060】
3. 標品α-トマチンおよびアラニンメチルエステルを使っての検量線作成
α-トマチン(和光純薬)1 mgを1 mLの0.1%ギ酸水に溶解した(1 mg/mL=1μg/μL=1000 ng/μL)。これらを0.1%ギ酸水で10倍に希釈した。これを段階的に10倍希釈後、上記条件によるLC-MSに供して検量線を作成した。
【0061】
アラニンメチルエステル(和光純薬)1mgを1mLの0.1%ギ酸水に溶解した(1000ng/μL)。これを段階的に0.1%ギ酸水で希釈後、α−トマチンと同様にして検量線を作成した。
【0062】
α-トマチンおよびアラニンメチルエステルについて作成した検量線を図10に示す。α-トマチンは図10 A)に示したように、0.5〜500 ngの範囲で良好な直線性が得られ、信頼係数は0.99以上であった。1000 ngではサチュレートして、直線性が失われた。一方、アラニンメチルエステルは図10 B)に示したように、0.5〜20 ngの範囲で良好な直線性が得られ、信頼係数は0.99以上であった。50 ng以上ではシグナルがサチュレートして直線性が失われた。
【0063】
標品α-トマチンおよびアラニンメチルエステルを用いての典型的クロマトグラムを図11に示した。
【0064】
4. トマト中のGA類のLC-MS分析
上記1.にて調製した葉に由来する試料の5μLを上記条件を用いたLC−MS系にインジェクトした。
【0065】
アラニンメチルエステルの回収率は83〜97%であった。アラニンメチルエステルの定量値で補正を行ない、試料に含まれるα−トマチンの量を上記検量線を用いて定量し、試料100mg(FW)あたりに含まれる量として算出した。
【0066】
LC−MS分析の結果、スイートトマト(カネコ種苗)の葉100 mg(FW)あたりに含まれるα−トマチンの量は、598μg±11μgと算出された。当該分析における典型的クロマトグラムを図12に示す。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明により、植物体よりGA類を精製するために従来的に行われていたドライアップおよび固相抽出等の工程を用いることなくGA類を簡便かつ短時間で精製することができ、また適切な内部標準を利用することおよび従来の分析方法による検出限界よりも顕著に高い検出限界を達成できたことにより精度の高い分析を行うことができる。したがって本発明は、高感度・高精度を維持しつつ多サンプルを検定することが可能でるために、多数サンプルの一斉分析(交配後代の網羅的な分析、多数被検サンプルの食品安全性評価等)が可能であり、食品の安全管理、および育種等の分野においてGA類の精製および分析に大いに貢献するものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物由来の試料中に含まれるグリコアルカロイド(GA)類を液体クロマトグラフィーにより精製する方法であって、該液体クロマトグラフィーがアルカリ耐性の逆相クロマトグラフィー用カラムを用いることを特徴とする、上記方法。
【請求項2】
液体クロマトグラフィーの移動相にアルカリ緩衝液を用いる、請求項1記載の方法。
【請求項3】
液体クロマトグラフィーの移動相に炭酸水素アンモニウム水を用いる、請求項2記載の方法。
【請求項4】
GA類が、α-ソラニン、α-チャコニンまたはα-トマチンである、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
逆相クロマトグラフィー用カラムが、エチレン架橋型逆相クロマトグラフィー用カラムである、請求項1〜4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
逆相クロマトグラフィー用カラムが、XBridgeTM Shield RP18 カラムまたはXBridgeTMC18 カラムである、請求項5記載の方法。
【請求項7】
植物由来の試料を、液体クロマトグラフィーによる精製の前に、酸およびアルコールを用いて粗精製することを含む、請求項1〜6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
植物由来の試料を、液体クロマトグラフィーによる精製の前に、ギ酸およびメタノールを用いて粗精製することを含む、請求項7記載の方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載の方法によりGA類を精製した後に質量分析により分析する、GA類のLC−MS分析方法。
【請求項10】
さらに、同じ条件下で分析標品を分析して作成された検量線を用いて試料中のGA類を定量することを含む、請求項9記載の方法。
【請求項11】
ジャガイモ由来の試料において内部標準物質としてブラシノライド、およびトマト由来の試料において内部標準物質としてアラニンメチルエステルを用いる、請求項10記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8−1】
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【図8−2】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−27429(P2011−27429A)
【公開日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−170317(P2009−170317)
【出願日】平成21年7月21日(2009.7.21)
【出願人】(000253503)キリンホールディングス株式会社 (247)
【Fターム(参考)】