説明

液体吐出ヘッドの製造方法

【課題】エージング特性が優れた液体吐出ヘッドの製造方法を提供すること。
【解決手段】液体吐出ヘッドの製造方法は、圧力室521が形成される圧力室基板52を準備する工程と、前記圧力室基板52の一方の側に振動板を形成する工程と、前記振動板の上方であって、前記圧力室が形成される領域に対応する位置に、圧電素子54を形成する工程と、前記圧力室基板52に前記圧力室521を形成する工程と、前記圧力室基板の他方の側に、前記圧力室に連通するノズル孔を有するノズル板を形成する工程と、を含む。前記圧電素子54を形成する工程は、前記振動板の上方に下部電極4を形成する工程と、前記下部電極の上方に配向層7を形成する工程と、前記配向層の上方に圧電体層5を形成する工程と、前記圧電体層の上方に上部電極6を形成する工程と、を含む。前記配向層7は、ランタン酸化物とニッケル酸化物とシリコン化合物とを含むターゲットを用いてスパッタ法によって形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体吐出ヘッドの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高画質、高速印刷を可能にするプリンタとして、インクジェットプリンタが知られている。インクジェットプリンタ用の液体吐出ヘッドにおける圧電素子の特性向上には、圧電体層の結晶方位の制御が重要である。
【0003】
圧電体層の結晶方位を制御する方法としては、MgO(100)単結晶基板を用いて制御する方法が知られている(特開2000−158648号公報参照)。しかしながら、この方法では、液体吐出ヘッドの作製工程が複雑になる場合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000−158648号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的のひとつは、エージング特性が優れた液体吐出ヘッドの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る液体吐出ヘッドの製造方法は、
圧力室が形成される圧力室基板を準備する工程と、
前記圧力室基板の一方の側に振動板を形成する工程と、
前記振動板の上方であって、前記圧力室が形成される領域に対応する位置に、圧電素子を形成する工程と、
前記圧力室基板に前記圧力室を形成する工程と、
前記圧力室基板の他方の側に、前記圧力室に連通するノズル孔を有するノズル板を形成する工程と、を含み、
前記圧電素子を形成する工程は、
前記振動板の上方に下部電極を形成する工程と、
前記下部電極の上方に配向層を形成する工程と、
前記配向層の上方に圧電体層を形成する工程と、
前記圧電体層の上方に上部電極を形成する工程と、を含み、
前記配向層は、ランタン酸化物とニッケル酸化物とシリコン化合物とを含むターゲットを用いてスパッタ法によって形成される。
【0007】
本発明によれば、ニッケル酸ランタンの混晶を含む配向層を得ることができる。かかる配向層を有する液体吐出ヘッドは、圧電特性のみならず、極めて良好なエージング特性を有する。
【0008】
なお、本発明に係る記載では、「上方」という文言を、例えば、「特定のもの(以下、「A」という)の「上方」に他の特定のもの(以下、「B」という)を形成する」などと用いる場合に、A上に直接Bを形成するような場合と、A上に他のものを介してBを形成するような場合とが含まれるものとして、「上方」という文言を用いている。
【0009】
本発明の液体吐出ヘッドの製造方法において、前記ターゲットに含まれる前記シリコン化合物の割合は、2モル%ないし10モル%であることができる。
【0010】
本発明の液体吐出ヘッドの製造方法において、前記スパッタ法は、ロータリーマグネトロンスパッタ法であることができる。
【0011】
本発明の液体吐出ヘッドの製造方法において、前記配向層は、ニッケル酸ランタンの混晶を含み、前記混晶は、LaNiO2、LaNiO3、La2NiO4およびLa3Ni27から選択される2種以上のニッケル酸ランタンからなることができる。
【0012】
本発明の液体吐出ヘッドの製造方法において、前記混晶は、CuKα線を用いたθ―2θ法によるX線回折の回折角2θにおいて、21°から25°の間にピークトップ位置を有することができる。ここで「ピークトップ位置」とは、前記混晶に起因のピークの頂点を示す。そして、前記ピークトップ位置から21°までのピーク強度を積分した値をIA、前記ピークトップ位置から25°までのピーク強度を積分した値をIBとした時、IA>IB、または、IA<IBとなることができる。また、このとき、前記混晶は、LaNiO2、LaNiO3およびLa2NiO4を含むことができる。また、このとき、前記混晶は、ランタンのニッケルに対するモル比(La/Ni)は、1.5以下であることができる。
【0013】
本発明の液体吐出ヘッドの製造方法において、前記混晶は、CuKα線を用いたθ―2θ法によるX線回折の回折角2θにおいて、30°から33°の間にピークトップ位置を有することができる。そして、前記ピークトップ位置から30°までのピーク強度を積分した値をIC、前記ピークトップ位置から33°までのピーク強度を積分した値をIDとした時、IC>ID、または、IC<IDとなることができる。また、このとき、前記混晶は、LaNiO2、LaNiO3、La2NiO4およびLa3Ni27を含むことができる。また、このとき、前記混晶は、ランタンのニッケルに対するモル比(La/Ni)は、1.5以上であることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】液体吐出ヘッドの要部を模式的に示す断面図。
【図2】液体吐出ヘッドを模式的に示す断面図。
【図3】液体吐出ヘッドを模式的に示す分解斜視図。
【図4】液体吐出ヘッドの動作を説明するための図。
【図5】実施形態に係る液体吐出ヘッドの製造方法を模式的に示す図。
【図6】実施形態に係る液体吐出ヘッドの製造方法を模式的に示す図。
【図7】実施形態に係る液体吐出ヘッドの製造方法を模式的に示す図。
【図8】スパッタ法に用いられるターゲットの製造方法を示す図。
【図9】インクジェットプリンタの概略構成図。
【図10】実験例に係るニッケル酸ランタン膜を有するサンプル1のθ−2θスキャンのX線回折図。
【図11】実験例に係るニッケル酸ランタン膜を有するサンプル2のθ−2θスキャンのX線回折図。
【図12】実験例に係るニッケル酸ランタン膜を有するサンプル3のθ−2θスキャンのX線回折図。
【図13】実験例に係るニッケル酸ランタン膜を有するサンプル4のθ−2θスキャンのX線回折図。
【図14】実験例に係るサンプルのスパッタ法によるニッケル酸ランタンの配向率依存性を示す図。
【図15】実験例および比較実験例に係るサンプルのθ−2θスキャンのX線回折図。
【図16】実験例および比較実験例のサンプルの耐電圧特性を示す図。
【図17】実験例および比較実験例のサンプルのエージング特性を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に好適な実施形態について、図面を参照しながら説明する。
【0016】
1.液体吐出ヘッド
まず、本実施形態に係る製造方法によって得られる液体吐出ヘッドについて述べる。図1は、液体吐出ヘッドの要部の一例を模式的に示す断面図である。図2は、液体吐出ヘッドの一例を模式的に示す断面図である。図3は、液体吐出ヘッドの概略的な構成を示す分解斜視図である。なお、図3は、通常使用される状態とは上下逆に示したものである。
【0017】
液体吐出ヘッド50は、図3に示すように、基体56に収納されて固定されている。基体56は、例えば各種樹脂材料、各種金属材料等で形成されている。液体吐出ヘッド50は、オンデマンド形のピエゾジェット式ヘッドを構成している。
【0018】
図1および図2に示すように、液体吐出ヘッド50は、圧力室(キャビティ)521を有する圧力室基板52と、圧力室基板52の一方の側に設けられた振動板55と、振動板55の上であって、圧力室521に対応する位置に設けられた圧電素子54と、圧力室基板52の他方の側に設けられ、圧力室521に連通するノズル孔511を有するノズル板51と、を有する。
【0019】
圧力室521は、図2に示すように、各ノズル孔511に対応して配設されている。圧力室521は、振動板55の振動によってそれぞれ容積可変になっている。圧力室521は、この容積変化によってインクなどの液体あるいは分散体を吐出するよう構成されている。圧力室基板52を得るためには、(110)配向のシリコン単結晶基板を用いることができる。この(110)配向のシリコン単結晶基板は、異方性エッチングに適しているので、圧力室基板52をエッチングによって容易にかつ確実に形成することができる。
【0020】
振動板55は、図1および図2に示すように、圧力室基板52の一方の側に固定されている。振動板55は、絶縁層2と、この絶縁層2の上に形成された弾性層3とを有することができる。絶縁層2としては、例えば酸化シリコンなどを用いることができる。絶縁層2は、例えば、液体吐出ヘッド50の圧力室521を形成するために圧力室基板52を裏面側からエッチングする工程において、エッチングストッパとして機能することができる。弾性層3としては、例えばイットリア安定化ジルコニア、酸化セリウム、酸化ジルコニウムなどを用いることができる。
【0021】
ノズル板51は、例えばステンレス製の圧延プレート等で構成されたもので、液滴を吐出するための多数のノズル孔511を一列に形成したものである。これらノズル孔511間のピッチは、印刷精度に応じて適宜に設定されている。
【0022】
ノズル板51は、圧力室基板52の他方の側に固着(固定)されている。圧力室基板52は、図2および図3に示すように、ノズル板51、側壁(隔壁)522、および振動板55によって、複数の圧力室521と、リザーバ523と、供給口524と、を区画形成したものである。リザーバ523は、インクカートリッジ631(図9参照)から供給されるインクを一時的に貯留する。供給口524によって、リザーバ523から各圧力室521にインクが供給される。
【0023】
次に、圧電素子54について説明する。
【0024】
各圧電素子54は、後述する圧電素子駆動回路に電気的に接続され、圧電素子駆動回路の信号に基づいて作動(振動、変形)するよう構成されている。すなわち、各圧電素子54はそれぞれ振動源(圧電素子)として機能する。振動板55は、圧電素子54の振動(たわみ)によって振動し(たわみ)、圧力室521の内部圧力を瞬間的に高めるよう機能する。
【0025】
圧電素子54は、図1に示すように、下部電極4、配向層7、圧電体層5および上部電極6を有する。
【0026】
下部電極4は、圧電体層5に電圧を印加するための一方の電極である。下部電極4は、導電性が確保されればその材質は特に限定されない。
【0027】
下部電極4は、配向層7に比べ比抵抗が低い導電材からなることが好ましい。下部電極4の材質としては、例えば、金属、該金属の酸化物、および該金属からなる合金のうちの少なくとも1種を含むことができる。また、下部電極4は、複数の導電層が積層された構造を有していてもよい。ここで、金属としては、例えば、Pt、Ir、Ru、Ag、Au、Cu、Al、Ti、およびNiのうちの少なくとも1種を用いることができる。金属の酸化物としては、例えば、IrO2、RuO2などを挙げることができる。金属からなる合金としては、例えば、Pt−Ir、Ir−Al、Ir−Ti、Pt−Ir−Al、Pt−Ir−Ti、Pt−Ir−Al−Tiなどを挙げることができる。この導電材料の結晶配向は特に限定されず、例えば、(111)配向していることができる。下部電極4の膜厚は、例えば50nm〜200nm程度とすることができる。
【0028】
配向層7は、ニッケル酸ランタンの混晶含む。すなわち、配向層7は、複数のニッケル酸ランタンを含む。配向層7は、圧電体層5の結晶配向を所定の配向に制御でき、圧電体層の圧電定数などの特性を向上させることができる。さらに、後述するように、特定の混晶を含む配向層7を設けることにより、液体吐出ヘッド50のエージング特性を格段に上げることができる。また、配向層7は導電性を有し、電極を兼ねることができる。
【0029】
混晶に含まれるニッケル酸ランタンは、式LaxNiyzで示したとき、xが1から3のいずれかの整数、yが1または2、およびzが2から7のいずれかの整数からなることができる。具体的には、混晶は、LaNiO2、LaNiO3、La2NiO4およびLa3Ni27から選択される2種以上のニッケル酸ランタンを含む。配向層7は、さらに、例えばシリコン化合物、他の微量なニッケル酸ランタンなどを含むことができる。
【0030】
本発明者らによれば、後述するように、混晶に含まれるニッケル酸ランタンは、配向層7の成膜方法に依存することが確認されている。
【0031】
例えば、配向層7をロータリーマグネトロンスパッタ法によって成膜する場合には、成膜温度によって、混晶の組成が異なる。例えば、150℃ないし250℃で成膜すると、得られる混晶は、LaNiO2、LaNiO3およびLa2NiO4を主成分として含む。
【0032】
そして、このように比較的低温で成膜する場合、混晶は、CuKα線を用いたθ―2θ法によるX線回折の回折角2θにおいて、21°から25°の間にピークトップ位置を有する。そして、前記ピークトップ位置から21°までのピーク強度を積分した値をIA、前記ピークトップ位置から25°までのピーク強度を積分した値をIBとした時、IA>IB、または、IA<IBとなることができる。IAとIBとが上記関係を有することは、θ−2θ法におけるピークがピークトップ位置に対して非対称であることを示し、当該ピークが混晶に由来するものであることを意味する。θ−θ2法におけるピークがピークトップ位置に対して対称な場合は、当該ピークはLaNiO3の一軸配向に由来するものである。このようなIAとIBとの関係は、後述する他のピークにおいても同様な意味を有する。さらに、この成膜の場合、混晶は、ランタンのニッケルに対するモル比(La/Ni)は、1.5以下、好ましくは、1以上1.5以下である。
【0033】
また、混晶を、例えば400℃ないし600℃の比較的高温で成膜する場合には、混晶は、LaNiO2、LaNiO3、La2NiO4およびLa3Ni27を主成分として含む。そして、この場合、混晶は、CuKα線を用いたθ―2θ法によるX線回折の回折角2θにおいて、30°から33°の間にピークを有する。前記ピークトップ位置から30°までのピーク強度を積分した値をIC、前記ピークトップ位置から33°までのピーク強度を積分した値をIDとした時、IC>ID、または、IC<IDとなる。さらに、この場合、混晶は、ランタンのニッケルに対するモル比(La/Ni)は、1.5以上、好ましくは、1.5以上2以下である。
【0034】
圧電体層5は、例えばペロブスカイト構造を有する圧電体からなることができる。圧電体層5は、配向層7と接している。圧電体層5を構成する圧電体は、菱面体晶、または、正方晶と菱面体晶との混晶であり、かつ(100)に配向していることできる。このような圧電体からなる圧電体層5は、一般的に高い圧電定数を有する。
【0035】
この圧電体は、例えばABO3の一般式で示されることができる。ここで、Aは、Pbを含み、Bは、ZrおよびTiのうちの少なくとも一方を含むことができる。さらに、Bは、V、Nb、およびTaのうちの少なくとも一種を含むこともできる。この場合、この圧電体は、SiおよびGeのうちの少なくとも一方を含むことができる。より具体的には、圧電体は、例えば、ジルコニウム酸チタン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O3)、ニオブ酸ジルコニウム酸チタン酸鉛(Pb(Zr,Ti,Nb)O3)、チタン酸鉛ランタン((Pb,La)TiO3)、ジルコニウム酸チタン酸鉛ランタン((Pb,La)ZrTiO3)、マグネシウムニオブ酸チタン酸鉛(Pb(Mg,Nb)TiO3)、マグネシウムニオブ酸ジルコン酸チタン酸鉛(Pb(Mg,Nb)(Zr,Ti)O3)、亜鉛ニオブ酸チタン酸鉛(Pb(Zn,Nb)TiO3)、スカンジウムニオブ酸チタン酸鉛(Pb(Sc,Nb)TiO3)、ニッケルニオブ酸チタン酸鉛(Pb(Ni,Nb)TiO3)、および、インジウムマグネシウムニオブ酸チタン酸鉛(Pb(In,Mg,Nb)TiO3)のうちの少なくとも一種を含むことができる。
【0036】
また、圧電体は、例えば、(Ba1-xSrx)TiO3(0≦x≦0.3)、Bi4Ti312、SrBi2Ta29、LiNbO3、LiTaO3、および、KNbO3のうちの少なくとも1種からなることができる。
【0037】
圧電体層5の膜厚は、例えば0.1μm以上5μm以下とすることができる。
【0038】
上部電極6は、圧電体層5に電圧を印加するための他方の電極である。上部電極6の材質としては、下部電極4と同じものを用いることができる。また、上部電極6は、複数の導電層の積層体であってもよい。例えば、上部電極6は、導電性酸化物層と、金属層との積層体でもよい。
【0039】
次に、液体吐出ヘッド50の動作について説明する。液体吐出ヘッド50は、圧電素子駆動回路を介して所定の吐出信号が入力されていない状態、すなわち、圧電素子54の下部電極4と上部電極6との間に電圧が印加されていない状態では、図1に示すように圧電体層5に変形が生じない。このため、振動板55にも変形が生じず、圧力室521には容積変化が生じない。従って、ノズル孔511から液滴は吐出されない。
【0040】
一方、圧電素子駆動回路を介して所定の吐出信号が入力された状態、すなわち、圧電素子54の下部電極4と上部電極6との間に電圧が印加された状態では、図4に示すように、圧電体層5においてその短軸方向(図4に示す矢印sの方向)にたわみ変形が生じる。これにより、振動板55がたわみ、圧力室521の容積変化が生じる。このとき、圧力室521内の圧力が瞬間的に高まり、ノズル孔511から液滴58が吐出される。
【0041】
すなわち、電圧を印加すると、圧電体層5の結晶格子は面方向に対して垂直な方向(図4に示す矢印dの方向)に引き伸ばされるが、同時に面方向には圧縮される。この状態では、圧電体層5にとっては面内に引っ張り応力fが働いていることになる。従って、この引っ張り応力fによって振動板55をそらせ、たわませることになる。圧力室521の短軸方向での圧電体層5の変位量(絶対値)が大きければ大きいほど、振動板55のたわみ量が大きくなり、より効率的にインクなどの液状材料(以下、「液体」といもいう)の液滴を吐出することが可能になる。
【0042】
1回の液滴の吐出が終了すると、圧電素子駆動回路は、下部電極4と上部電極6との間への電圧の印加を停止する。これにより、圧電素子54は図1に示す元の形状に戻り、圧力室521の容積が増大する。なお、このとき、液体には、当該液体を収容する容器(例えばインクカートリッジ631(図9参照))からノズル孔511へ向かう圧力(正方向への圧力)が作用している。このため、空気がノズル孔511から圧力室521へと入り込むことが防止され、液体の吐出量に見合った量のインクがインクカートリッジ631からリザーバ523を経て圧力室521へ供給される。
【0043】
このように、液滴の吐出を行わせたい位置の圧電素子54に対して、圧電素子駆動回路を介して吐出信号を順次入力することにより、紙などの被吐出媒体における所望の位置に液滴を供給することができる。
【0044】
次に、後述する本実施形態に係る製造方法によって得られた液体吐出ヘッド50の主な特徴について述べる。
【0045】
液体吐出ヘッド50によれば、配向層7としてニッケル酸ランタンの混晶を用いることにより、圧電体層5の結晶配向を所定の配向に制御でき、圧電体層5の圧電定数などの特性を向上させることができる。これにより、振動板55のたわみ量が大きくなり、液滴をより効率的に吐出できる。ここで、効率的とは、より少ない電圧で同じ量の液滴を飛ばすことができることを意味する。すなわち、駆動回路を簡略化することができ、同時に消費電力を低減することができるため、ノズル孔511のピッチをより高密度に形成することなどができる。従って、高密度印刷や高速印刷が可能となる。さらには、圧力室521の長軸の長さを短くすることができるため、ヘッド全体を小型化することができる。
【0046】
さらに、後述するように、ニッケル酸ランタンの混晶を主成分とする配向層7を設けることにより、エージング特性が格段に優れた液体吐出ヘッド50を得ることができる。すなわち、後述する実験例からも明らかなように、特定の配向層7を用いることにより、後述するエージング工程における変位低下率を約5%以内と極めて小さい範囲に抑制することができる。そのため、エージング工程後においても、液体吐出ヘッド50を構成する部材、例えば圧電素子54および振動板55を初期設計値と近似したものとすることができる。したがって、液体吐出ヘッド50によれば、優れたエージング特性を有し、さらに、圧電素子54および振動板55の変位量の経時的変化を非常に小さくすることができ、優れた耐久性を有することができる。
【0047】
2.液体吐出ヘッドの製造方法
2.1.製造方法
次に、本実施形態に係る液体吐出ヘッド50の製造方法について、図1、図5ないし図7を参照しながら説明する。
【0048】
まず、圧力室基板52の母材となる(110)配向のシリコン基板1を用意する。
【0049】
次に、図5に示すように、シリコン基板1の上に絶縁層2を形成する。絶縁層2は、例えば酸化シリコンからなる。酸化シリコンからなる絶縁層2は、例えば、シリコン基板1の表面に熱酸化法によって形成することができる。また、絶縁層2は、CVD法などにより形成することができる。
【0050】
次に、絶縁層2の上に弾性層3を形成する。弾性層3は、例えばCVD法、スパッタ法、蒸着法などにより形成することができる。弾性層3の材質としては、前述したものを用いることができる。
【0051】
次に、弾性層3の上に下部電極4を形成する。本実施形態おいては、配向層7を有することから、下部電極4を構成する導電材の結晶配向は特に限定されないので、下部電極4の作製条件や作製方法は適宜選択することができる。例えば、下部電極4は、スパッタ法、真空蒸着法などにより形成することができる。また、下部電極4の形成を行う際の温度は、例えば、室温〜600℃とすることができる。下部電極4の材質としては、前述したものを用いることができる。
【0052】
次に、下部電極4の上に配向層7を形成する。配向層7は、例えばスパッタ法により形成することができる。配向層7を、スパッタ法で形成する場合、ロータリーマグネトロンスパッタ法または固定スパッタ法を用いることができる。スパッタ法に用いるターゲットについては、後述する。
【0053】
ロータリーマグネトロンスパッタ法を用いる場合には、パワーを0.5〜1.5kW、成膜温度を150〜600℃とすることができる。ロータリーマグネトロンスパッタ法は、ターゲット直下に設けられる磁石を回転させながらスパッタを行う。このロータリーマグネトロンスパッタ法を用いると、ターゲットに対する放電が部分的に集中することによるエロージョン(浸食)を抑制し、ターゲットを均一に無駄なく利用できる利点がある。また、固定スパッタ法を用いる場合には、パワーを0.5〜1.5kW、成膜温度を300〜600℃とすることができる。成膜温度を低くできる点では、固定スパッタ法よりロータリーマグネトロンスパッタ法が望ましいといえる。また、スパッタ法では、アルゴンおよび酸素における酸素の割合(O2/(Ar+O2))は、例えば、0%〜50%とすることができる。
【0054】
配向層7は、既に述べたように、ニッケル酸ランタンの混晶含む。すなわち、配向層7は、複数のニッケル酸ランタンを含む。配向層7は、圧電体層5の結晶配向を所定の配向に制御でき、圧電体層の圧電定数などの特性を向上させることができる。さらに、後述するように、特定の混晶を含む配向層7を設けることにより、液体吐出ヘッド50のエージング特性を格段に上げることができる。また、配向層7は導電性を有し、電極を兼ねることができる。
【0055】
混晶に含まれるニッケル酸ランタンについては、既に述べたので、ここでの記載を省略する。
【0056】
次に、配向層7の上に圧電体層5を形成する。圧電体層5は、例えばスパッタ法、ゾルゲル法などにより形成することができる。圧電体層5の材質としては、前述したものを用いることができる。
【0057】
次に、圧電体層5の上に上部電極6を形成する。上部電極6は、例えばスパッタ法、真空蒸着法などにより形成することができる。上部電極6の材質としては、前述したものを用いることができる。
【0058】
次に、上部電極6、圧電体層5、配向層7および下部電極4を、図6に示すように、個々の圧力室521に対応させてパターニングし、圧力室521の数に対応した数の圧電素子54を形成する。なお、下部電極6を共通電極として用いる場合には、下部電極6のパターニングを別途行うことができる。
【0059】
次に、図7に示すように、シリコン基板1を公知のリソグラフィー技術を用いてパターニングし、圧電素子54に対応する位置にそれぞれ圧力室521となる凹部を、また、所定位置にリザーバ523および供給口524となる凹部を形成することにより、圧力室基板52を形成する。
【0060】
本実施形態では、圧力室基板52として(110)配向のシリコン基板を用いているので、高濃度アルカリ水溶液を用いたウェットエッチング(異方性エッチング)が好適に採用される。高濃度アルカリ水溶液によるウェットエッチングの際には、前述したように絶縁層2をエッチングストッパとして機能させることができる。従って、圧力室基板52の形成をより容易に行うことができる。
【0061】
このようにしてシリコン基板1を、その厚さ方向に振動板55が露出するまでエッチング除去することにより、圧力室基板52を形成する。このときエッチングされずに残った部分が側壁522となる。
【0062】
次に、複数のノズル孔511が形成されたノズル板51を、各ノズル孔511が各圧力室521となる凹部に対応するように位置合わせし、その状態で接合する。これにより、複数の圧力室521、リザーバ523および複数の供給口524が形成される。ノズル板51の接合については、例えば接着剤による接着法や、融着法などを用いることができる。次に、圧力室基板52を基体56に取り付ける。
【0063】
以上の工程によって、液体吐出ヘッド50を製造することができる。
【0064】
次に、エージング工程について述べる。エージング工程は、例えば以下のように行うことができる。
【0065】
圧力室521を形成した後、エージング工程を付加することができる。エージング工程は、実使用時よりも高電圧かつ高周波数の駆動信号を圧電素子54に所定パルス数印加し、圧電体層5に実使用時よりも高い電界強度を発生させて圧電素子54を駆動する工程を有する。エージング工程により、実使用時の圧電素子54および振動板55の変位量の変動が著しく小さく抑えられ、常に安定した液体吐出特性を得ることができる。すなわち、エージング工程を実行することにより、圧電素子54を構成する圧電体層5が分極されると共に、かつ振動板の内部応力が緩和されることにより、実使用時の圧電素子54および振動板55の変位量の変動が著しく小さく抑えられる。
【0066】
エージング工程で圧電体層5に発生させる電界強度は、実使用時よりも高い電界強度であれば特に限定されないが、300kV/cm以上であることができる。この電界強度を用いると、比較的短時間で圧電体層5を分極することができるからである。例えば、本実施形態では、圧電素子54に印加する駆動信号の最高電圧を50Vに設定することにより、圧電体層5に455kV/cmの電界強度を発生させることができる。また、駆動信号の周波数も実使用時よりも高い周波数であれば特に限定されないが、50kHz〜200kHz程度であることができる。周波数が低すぎるとエージング工程に時間がかかりすぎ、周波数が高すぎると圧電素子54が破壊されるおそれがある。
【0067】
また、駆動信号の波形は、例えば、sin波、矩形波等の周波数が単一の波形であることができる。このような単純波形であれば、比較的短時間で圧電素子54を所定回数駆動させることができ、エージング時間を短縮できるからである。また、圧電素子54の負担および圧電素子54を駆動する駆動回路の負担も抑えられる。さらに、駆動信号のパルス数は、圧電素子54に発生させる電界強度、駆動信号の周波数等によって適宜決定する必要があるが、少なくとも0.1億パルス以上であることが好ましい。これにより、振動板55の内部応力が確実に緩和され、かつ圧電体層5も確実に分極される。その結果、実使用時の圧電素子54および振動板55の変位量の変動が小さく抑えられる。
【0068】
なお、エージング工程については、例えば、本願出願人による特許出願(特願2002−374607号)に記載されている方法を採用することができる。
【0069】
2.2.配向層7の成膜に用いられるターゲット
次に、配向層7の成膜に用いられる絶縁性ターゲットについて説明する。この絶縁性ターゲットは、本願出願人によってなされた特許出願(特願2005−235809号)に記載された絶縁性ターゲット材料と同様の特徴を有する。
【0070】
この絶縁性ターゲットは、ランタンの酸化物と、ニッケルの酸化物と、シリコン化合物と、を含む。絶縁性ターゲットに、Si化合物が含まれることにより、後述する実施例からも明らかなように、均質で絶縁性の高い優れた絶縁性ターゲットとなる。また、シリコン化合物は、酸化物であることが望ましい。
【0071】
絶縁性ターゲットは、以下の方法によって形成することができる。この方法は、上述した特願2005−235809号に記載された方法と同様である。
【0072】
まず、ランタン酸化物とニッケル酸化物とを混合し、混合された混合粉体を熱処理して粉砕することにより、第1粉体を得る工程と、前記第1粉体と、シリコン原料を含む溶液と、を混合した後、粉体を回収して第2粉体を得る工程と、前記第2粉体を熱処理して粉砕することにより、第3粉体を得る工程と、前記第3粉体を熱処理する工程と、を含む。
【0073】
上記製造方法は、具体的には、図8に示す工程を有することができる。
【0074】
(1)第1粉体の製造
ランタン酸化物の粉体と、ニッケル酸化物の粉体とを、例えば組成比1:1で混合する(ステップS1)。ついで、得られた混合材料を900℃ないし1000℃で仮焼成し、その後、粉砕して、第1粉体を得る(ステップS2)。このようにして得られた第1粉体は、ランタン酸化物とニッケル酸化物とを含んでいる。
【0075】
(2)第2粉体の製造
第1粉体と、シリコン原料を含む溶液と、を混合する(ステップS3)。シリコン原料としては、ゾルゲル法やMOD法で前駆体材料として用いることができる、アルコキシド、有機酸塩、無機酸塩などを用いることができる。溶液としては、シリコン原料を、アルコールなどの有機溶媒に溶解したものを用いることができる。シリコン原料は、得られる導電性複合酸化物に対し、2モル%ないし10モル%の割合で含まれることができる。
【0076】
シリコン原料としては、室温で液体であるか、溶媒に可溶であるものが好ましい。シリコン原料としては、有機塩、アルコキシド、無機塩等がある。有機塩の具体例としては、シリコンの蟻酸塩、酢酸塩、プロピオン酸塩、酪酸塩、オクチル酸塩、ステアリン酸塩がある。アルコキシドの具体例としては、シリコンのエトキシド、プロポキシド、ブトキシドがあり、混合アルコキシドでもよい。無機塩の具体例としては、シリコンの水酸化物、塩化物、フッ化物がある。これらは室温で液体であればそのまま用いても良いし、他の溶媒に溶かして用いてもよい。また、シリコン原料としては、これらに限られず、多くのシリコンの塩を用いることができる。
【0077】
その後、粉体と溶液を濾過等によって分離して粉体を回収し、第2粉体を得る(ステップS4)。このようにして得られた第2粉体は、第1粉体と前記溶液が混合されたものである。
【0078】
(3)第3粉体の製造
ついで、第2粉体を900℃ないし1000℃で仮焼成し、その後、粉砕して、第3粉体を得る(ステップS5)。このようにして得られた第3粉体は、ランタン酸化物、ニッケル酸化物およびシリコン酸化物を含んでいる。
【0079】
(4)焼結 ついで、第3粉体を公知の方法で焼結する(ステップS6)。例えば、第3粉体を型に入れ、真空ホットプレス法で焼結を行うことができる。焼結は、1000ないし1500℃で行うことができる。このようにして絶縁性ターゲットを得ることができる。
【0080】
(5)研磨 得られた絶縁性ターゲットは、必要に応じて、湿式研磨によって表面を研磨することができる。
【0081】
上述した製造方法によれば、第1粉体とシリコン原料の溶液とを混合する工程を有することにより、均質で絶縁性の高い絶縁性ターゲットを得ることができる。また、この製造方法によれば、得られる導電性複合酸化物膜の結晶配向制御性および表面モフォロジーの高い絶縁性ターゲットを得ることができる。
【0082】
この製造方法によって得られたターゲットは、ランタン酸化物とニッケル酸化物との比率が1もしくはこれに近い比率であるものを用いることができる。さらに、ターゲットは、2モル%ないし10モル%の割合でシリコンを含むことができる。
【0083】
本実施形態に係る液体吐出ヘッド50の製造方法によれば、ニッケル酸ランタンの混晶からなる配向層7をスパッタ法により形成することができる。係る配向層7を有する圧電素子54を含む液体吐出ヘッド50の特徴は、既に述べたとおりである。
【0084】
すなわち、本実施形態の製造方法によれば、ニッケル酸ランタンの混晶を含む配向層7を形成することができる。この配向層7を用いることにより、圧電体層5の結晶配向を所定の配向に制御でき、圧電体層5の圧電定数などの特性を向上させることができる。これにより、振動板55のたわみ量が大きくなり、液滴をより効率的に吐出できる。従って、高密度印刷や高速印刷が可能となり、さらには、圧力室521の長軸の長さを短くすることができるため、ヘッド全体を小型化することができる。
【0085】
さらに、本実施形態に係る製造方法によれば、ニッケル酸ランタンの混晶を主成分とする配向層7を形成することにより、エージング特性が極めて優れた液体吐出ヘッド50を得ることができる。すなわち、後述する実験例からも明らかなように、特定の配向層7を用いることにより、後述するエージング工程における変位低下率を約5%以内と極めて小さい範囲に抑制することができる。そのため、エージング工程後においても、液体吐出ヘッド50を構成する部材、例えば圧電素子54および振動板55を初期設計値と近似したものとすることができる。
【0086】
3.実験例
(1)スパッタ法に用いるターゲットの作製
実験例および比較実験例に用いられる絶縁性ターゲットは、以下の方法により形成された。
【0087】
まず、第1粉体を製造した。具体的には、Laの酸化物の粉体と、Niの酸化物の粉体とを、組成比1:1で混合した。ついで、得られた混合材料を900℃ないし1000℃で仮焼成し、その後、粉砕して、第1粉体を得た。
【0088】
ついで、第2粉体を製造した。具体的には、第1粉体と、シリコンアルコキシドの溶液とを混合した。シリコンアルコキシドの溶液は、シリコンアルコキシドをアルコールに5モル%の割合で溶解したものである。
【0089】
その後、粉体と溶液を濾過によって分離して粉体を回収し、第2粉体を得た。このようにして得られた第2粉体は、第1粉体と前記溶液が混合したのものである。
【0090】
その後、第2粉体を900℃ないし1000℃で仮焼成し、その後、粉砕して、第3粉体を得た。
【0091】
ついで、第3粉体を公知の方法で焼結した。具体的には、第3粉体を型に入れ、真空ホットプレス法で焼結を行った。焼結は、1400℃で行った。このようにしてターゲットサンプルを得た。ターゲットサンプルは、表面が均一でクラックなどの不良がないことが確認された。
【0092】
(2)ニッケル酸ランタンの混晶の成膜温度に対する依存性
(2)−1.低温で成膜したサンプル
まず、ロータリーマグネトロンスパッタ法によって前記ターゲットサンプルを用いて成膜したニッケル酸ランタン膜1が形成されたサンプル1について述べる。
【0093】
サンプル1は、(110)配向のシリコン基板上に、RFパワーを1kWとし、基板温度を200℃とし、Ar/O2=30/20sccmの条件で、膜厚40nmのニッケル酸ランタンの混晶からなるニッケル酸ランタン膜(以下「ニッケル酸ランタン膜1」という)を成膜したものである。
【0094】
図10は、サンプル1のCuKα線を用いたθ―2θ法によるX線回折結果を示す図である。図10から、回折角2θにおいて、21°から25°の間に、ニッケル酸ランタンの混晶(混晶LNO)のピークトップ位置が確認された。21°から25°の間のピークは、ピークトップ位置に対して非対称であった。この混晶は、LaNiO2(LNO2)、LaNiO3(LNO3)およびLa2NiO4(L2NO4)を主として含むことが確認された。さらに、ニッケル酸ランタン膜1の混晶における、ランタンのニッケルに対するモル比(La/Ni)をICP(Inductively Coupled Plasma)法によって調べたところ、1.24であることが確認された。
【0095】
ニッケル酸ランタン膜を成膜するための基板を積層体に変えた以外は、上記シリコン基板の場合と同様にしてニッケル酸ランタン膜2を成膜してサンプル2を形成した。本実験例で用いた積層体は、(110)配向のシリコン基板上に、酸化シリコン層(膜厚約1μm)、酸化ジルコニウム層(膜厚約0.4μm)、白金層(膜厚約0.1μm)を形成したものである。
【0096】
図11は、サンプル2のX線解析結果を示す図である。図11から、図10と同様に、回折角2θにおいて、21°から25°の間に、ニッケル酸ランタンの混晶(混晶LNO)のピークトップ位置が確認された。21°から25°の間のピークは、ピークトップ位置に対して非対称であった。この混晶は、LaNiO2(LNO2)、LaNiO3(LNO3)およびLa2NiO4(L2NO4)を主として含むことが確認された。
【0097】
(2)−2.高温で成膜したサンプル
まず、ロータリーマグネトロンスパッタ法によって前記ターゲットサンプルを用いて成膜したニッケル酸ランタン膜3が形成されたサンプル3について述べる。
【0098】
サンプル3は、(110)配向のシリコン基板上に、RFパワーを1kWとし、基板温度を550℃とし、Ar/O2=30/20sccmの条件で、膜厚40nmのニッケル酸ランタンの混晶からなるニッケル酸ランタン膜3を成膜したものである。
【0099】
図12は、サンプル3のX線解析結果を示す図である。図12から、回折角2θにおいて、30°から33°の間に、ニッケル酸ランタンの混晶(混晶LNO)のピークトップ位置が確認された。30°から33°の間のピークは、ピークトップ位置に対して非対称であった。この混晶LNOは、LaNiO2(LNO2)、LaNiO3(LNO3)、La2NiO4(L2NO4)およびLa3Ni27(L3N2O7)を主として含むことが確認された。さらに、ニッケル酸ランタン膜3における、ランタンのニッケルに対するモル比(La/Ni)をICP法によって調べたところ、1.54であることが確認された。
【0100】
ニッケル酸ランタン膜を成膜するための基板を積層体に変えた以外は、上記シリコン基板の場合と同様にしてニッケル酸ランタン膜4を形成してサンプル4を得た。本実験例で用いた積層体は、上記(2)−1.で述べた積層体と同じである。すなわち、積層体は、(110)配向のシリコン基板上に、酸化シリコン層、酸化ジルコニウム層、白金層を形成したものである。
【0101】
図13は、サンプル4のX線解析結果を示す図である。図13から、図12と同様に、回折角2θにおいて、30°から33°の間に、ニッケル酸ランタンの混晶(混晶LNO)のピークが確認された。30°から33°の間のピークは、ピークトップ位置に対して非対称であった。この混晶は、LaNiO2(LNO2)、LaNiO3(LNO3)およびLa2NiO4(L2NO4)を主として含むことが確認された。
【0102】
以上のことから、ニッケル酸ランタン膜は、混晶の成分が成膜温度に依存することが確認された。具体的には、成膜温度が150℃から250℃では、LaNiO2(LNO2)、LaNiO3(LNO3)およびLa2NiO4(L2NO4)を主として含む混晶が得られ、成膜温度が400℃から600℃では、LaNiO2(LNO2)、LaNiO3(LNO3)、La2NiO4(L2NO4)およびLa3Ni27(L3N2O7)を含むことが確認された。さらに、成膜温度によって、混晶におけるランタンとニッケルの組成比も異なることが確認された。
【0103】
(3)スパッタ法によるニッケル酸ランタンの配向率依存性
図14は、ロータリーマグネトロンスパッタ法と固定スパッタ法を用いた時の成膜温度と結晶の配向率との関係を示す図である。図14に示す配向率は、CuKα線を用いたθ―2θ法によるX線回折の回折角2θにおいて21°から25°の間のピークトップ位置の強度を「混晶LNO強度A」とし、30°から33°の間のピークトップ位置の強度を「混晶LNO強度B」としたとき、
配向率=混晶LNO強度A/(混晶LNO強度A+混晶LNO強度B)
と、表される。
【0104】
図14において、符号aは、ロータリーマグネトロンスパッタ法を用いたときのグラフであり、符号bは、固定スパッタ法を用いたときのグラフである。
【0105】
図14からロータリーマグネトロンスパッタ法を用いた場合には、成膜温度が約150℃から350℃のとき約60%以上の配向率が得られることがわかった。
【0106】
これに対し、固定スパッタ法を用いた場合には、成膜温度が約250℃より高いときに約60%以上の配向率が得られることがわかった。
【0107】
(4)圧電体層の結晶配向性
以下に、ニッケル酸ランタンの混晶膜を配向層として用いた場合と、このような混晶膜を用いない場合の圧電体層の結晶配向性について調べた結果について述べる。
【0108】
(4)−1.配向層を用いた実験例
白金層の上に、上記(2)−1.で述べた条件と同じ条件でロータリーマグネトロンスパッタ法によって、膜厚40nmのニッケル酸ランタン膜を形成した。さらに、当該ニッケル酸ランタン膜の上にゾルゲル法によって1.3μmのPZT層を形成した。このPZT層は、以下のようにして形成した。まず、ゾルゲル原料を白金層上に塗布した後、100〜150℃で仮焼成した後、400℃で脱脂し、さらに酸素雰囲気中にて700℃で焼成した。この工程を所望の膜厚になるまで繰り返すことによってPZT層が形成された。このようにして得られた積層体をサンプル5という。
【0109】
図15において符号aで示す図は、サンプル5について行った、CuKα線を用いたθ―2θ法によるX線回折の結果である。図15より、サンプル5では、圧電体層であるPZTに由来する強いピークトップ位置が確認された。また、図15の回折結果から、PZT(100)の配向率を求めたところ、96〜99であった。ここで、PZT配向率は、CuKα線を用いたθ―2θ法によるX線回折の回折角2θにおいて21°から25°の間のピークトップ位置の強度を「PZT(100)強度」とし、30°から33°の間のピークトップ位置の強度を「PZT(110)強度」とし、37°から39°の間のピークトップ位置の強度を「PZT(111)強度」としたとき、
PZT(100)の配向率=PZT(100)強度/(PZT(100)強度+PZT(110)強度+PZT(111)強度)
と、表される。さらに、CuKα線を用いたロッキングカーブ法でPZT(200)の半値幅を求めたところ、10.4°であった。
【0110】
(4)−2.配向層を用いない実験例
白金層の上に、ニッケル酸ランタンの混晶からなる配向層を用いる代わりに、シード層として4nmのチタン層を用いた以外は、上記(4)−1.と同様にしてサンプルを得た。このようにして得られた積層体を比較用のサンプル6という。
【0111】
図15において符号bで示す図は、サンプル6について行った、CuKα線を用いたθ―2θ法によるX線回折の結果である。図15より、比較用のサンプル6では、圧電体層であるPZTに由来するピークが確認されたが、このピークはサンプル5に比べて小さいものであった。図15の回折結果から、PZT(100)の配向率を求めたところ、90〜95であった。また、PZT(200)のピークの半値幅を求めたところ、22.4°であった。
【0112】
以上のことから、本実験例のサンプル5は、比較用のサンプル6に比べて、PZT層の結晶配向性が高く、しかもピークの半値幅が小さく、結晶軸がより揃っていることが確認された。
【0113】
(5)配向層の違いによる耐電圧試験
本実施形態に係るニッケル酸ランタンの混晶を配向層として用いたサンプル7と、LaNiO3を配向層として用いた比較用のサンプル8とについて行った、耐電圧試験について述べる。その結果を図16に示す。図16において、符号aで示すグラフは、サンプル7の結果を示し、符号bで示すグラフは、比較用のサンプル8の結果を示す。
【0114】
上記(2)−1.で述べたサンプル2と同じようにして作製したサンプル7について印加電圧を変化させてクラックの発生を調べた。その結果、サンプル8では、約80Vの電圧を印加しても圧電体層(PZT層)にクラックがほとんど発生せず、圧電素子が破壊されないことを確認した。
【0115】
これに対し、LaNiO3を配向層として用いた比較用のサンプル8では、約35Vで圧電体層にクラックが発生しはじめ、約40Vで素子が破壊された。なお、比較用のサンプル8は、PLD(パルスレーザーデポジション)法によってSi基板上にYBCO/CeO2/YSZバッファ層を形成し、その上に(100)配向のニッケル酸ランタン膜(LaNiO3)をエピタキシャル成長させたものである。
【0116】
(6)エージング特性
サンプル2と同様にして作製したサンプル9と、ニッケル酸ランタンからなる配向層の代わりにシード層としてチタン層を用いた他はサンプル2と同様に作製した比較用のサンプル10についてエージング特性を調べた。その結果を図17に示す。図17は、横軸が駆動回数(ショット)、縦軸が初期状態からの変位低下率を示す。図17において符号aで示すグラフは、サンプル9の結果を示し、符号bで示すグラフは、比較用のサンプル10の結果を示す。
【0117】
エージング特性を調べるための実験条件は、実使用時よりも厳しい条件とした。すなわち、電界強度300kV/cm、駆動信号の周波数50kHzでエージング試験を行った。
【0118】
図17から、サンプル9では、変位低下率が5%以内であった。これに対し、比較用サンプル10では、変位低下率が15%以上であった。このことから、本実験例のサンプルは、比較用サンプルに対してエージング工程における変位低下率が格段に小さいことが確認された。
【0119】
4.液体噴射装置
次に、本実施形態の製造方法によって得られた液体吐出ヘッド50を適用した液体噴射装置の一例としてインクジェットプリンタについて述べる。すなわち、液体吐出ヘッド50を有するインクジェットプリンタの一例について説明する。図9は、インクジェットプリンタ600を示す概略構成図である。インクジェットプリンタ600は、紙などに印刷可能なプリンタとして機能することができる。なお、以下の説明では、図9中の上側を「上部」、下側を「下部」と言う。
【0120】
インクジェットプリンタ600は、装置本体620を有し、上部後方に記録用紙Pを設置するトレイ621を有し、下部前方に記録用紙Pを排出する排出口622を有し、上部面に操作パネル670を有する。
【0121】
装置本体620の内部には、主に、往復動するヘッドユニット630を有する印刷装置640と、記録用紙Pを1枚ずつ印刷装置640に送り込む給紙装置650と、印刷装置640および給紙装置650を制御する制御部660とが設けられている。
【0122】
印刷装置640は、ヘッドユニット630と、ヘッドユニット630の駆動源となるキャリッジモータ641と、キャリッジモータ641の回転を受けて、ヘッドユニット630を往復動させる往復動機構642と、を含む。
【0123】
ヘッドユニット630は、その下部に、上述の多数のノズル孔511を有する液体吐出ヘッド50と、この液体吐出ヘッド50にインクを供給するインクカートリッジ631と、液体吐出ヘッド50およびインクカートリッジ631を搭載したキャリッジ632とを有する。
【0124】
往復動機構642は、その両端がフレーム(図示せず)に支持されたキャリッジガイド軸644と、キャリッジガイド軸644と平行に延在するタイミングベルト643とを有する。キャリッジ632は、キャリッジガイド軸644に往復動自在に支持されるとともに、タイミングベルト643の一部に固定されている。キャリッジモータ641の作動により、プーリを介してタイミングベルト643を正逆走行させると、キャリッジガイド軸644に案内されて、ヘッドユニット630が往復動する。この往復動の際に、液体吐出ヘッド50から適宜インクが吐出され、記録用紙Pへの印刷が行われる。
【0125】
給紙装置650は、その駆動源となる給紙モータ651と、給紙モータ651の作動により回転する給紙ローラ652とを有する。給紙ローラ652は、記録用紙Pの送り経路(記録用紙P)を挟んで上下に対向する従動ローラ652aと、駆動ローラ652bとで構成されており、駆動ローラ652bは、給紙モータ651に連結されている。
【0126】
インクジェットプリンタ600によれば、高性能でノズルの高密度化が可能な液体吐出ヘッド50を有するので、高密度印刷や高速印刷が可能となる。さらに、インクジェットプリンタ600によれば、エージング特性に優れた液体吐出ヘッド50を有するので、精度の高い印刷を長期に亘って行うことができる。
【0127】
なお、インクジェットプリンタ600は、工業的に用いられる液体噴射装置として用いることもできる。その場合に、吐出するインク(液状材料)としては、各種の機能性材料を溶媒や分散媒によって適当な粘度に調整して使用することができる。
【0128】
上記のように、本発明の実施形態について詳細に説明したが、本発明の新規事項および効果から実体的に逸脱しない多くの変形が可能であることは当業者には容易に理解できるであろう。従って、このような変形例はすべて本発明の範囲に含まれるものとする。
【符号の説明】
【0129】
1 基板、2 絶縁層、3 弾性層、4 下部電極、5 圧電体層、6 上部電極、7 配向層、50 液体吐出ヘッド、51 ノズル板、52 インク室基板、54 圧電素子、55 振動板、511 ノズル孔、521 圧力室、522 側壁、523 リザーバ、524 供給口、531 連通孔、600 インクジェットプリンタ、620 装置本体、621 トレイ、622 排出口、630 ヘッドユニット、631 インクカートリッジ、632 キャリッジ、640 印刷装置、641 キャリッジモータ、642 往復動機構、643 タイミングベルト、644 キャリッジガイド軸、650 給紙装置、651 給紙モータ、652 給紙ローラ、660 制御部,670 操作パネル。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧力室が形成される圧力室基板を準備する工程と、
前記圧力室基板の一方の側に振動板を形成する工程と、
前記振動板の上方であって、前記圧力室が形成される領域に対応する位置に、圧電素子を形成する工程と、
前記圧力室基板に前記圧力室を形成する工程と、
前記圧力室基板の他方の側に、前記圧力室に連通するノズル孔を有するノズル板を形成する工程と、を含み、
前記圧電素子を形成する工程は、
前記振動板の上方に下部電極を形成する工程と、
前記下部電極の上方に配向層を形成する工程と、
前記配向層の上方に圧電体層を形成する工程と、
前記圧電体層の上方に上部電極を形成する工程と、を含み、
前記配向層は、ランタン酸化物とニッケル酸化物とシリコン化合物とを含むターゲットを用いてスパッタ法によって形成される、液体吐出ヘッドの製造方法。
【請求項2】
請求項1において、
前記ターゲットに含まれる前記シリコン化合物の割合は、2モル%ないし10モル%である、液体吐出ヘッドの製造方法。
【請求項3】
請求項1または2において、
前記スパッタ法は、ロータリーマグネトロンスパッタ法である、液体吐出ヘッドの製造方法。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかにおいて、
前記配向層は、ニッケル酸ランタンの混晶を含み、
前記混晶は、LaNiO2、LaNiO3、La2NiO4およびLa3Ni27から選択される2種以上のニッケル酸ランタンからなる、液体吐出ヘッドの製造方法。
【請求項5】
請求項4において、
前記混晶は、CuKα線を用いたθ―2θ法によるX線回折の回折角2θにおいて、21°から25°の間にピークトップ位置を有する、液体吐出ヘッドの製造方法。
【請求項6】
請求項5において、
前記ピークトップ位置から21°までのピーク強度を積分した値をIA、前記ピークトップ位置から25°までのピーク強度を積分した値をIBとした時、IA>IB、または、IA<IBとなる、液体吐出ヘッドの製造方法。
【請求項7】
請求項4ないし6のいずれかにおいて、
前記混晶は、LaNiO2、LaNiO3およびLa2NiO4を含む、液体吐出ヘッドの製造方法。
【請求項8】
請求項4ないし7のいずれかにおいて、
前記混晶は、ランタンのニッケルに対するモル比(La/Ni)は、1.5以下である、液体吐出ヘッドの製造方法。
【請求項9】
請求項4において、
前記混晶は、CuKα線を用いたθ―2θ法によるX線回折の回折角2θにおいて、30°から33°の間にピークトップ位置を有する、液体吐出ヘッドの製造方法。
【請求項10】
請求項9において、
前記ピークトップ位置から30°までのピーク強度を積分した値をIC、前記ピークトップ位置から33°までのピーク強度を積分した値をIDとした時、
C>ID、または、IC<IDとなる、液体吐出ヘッドの製造方法。
【請求項11】
請求項4、9および10のいずれかにおいて、
前記混晶は、LaNiO2、LaNiO3、La2NiO4およびLa3Ni27を含む、液体吐出ヘッドの製造方法。
【請求項12】
請求項9ないし11のいずれかにおいて、
前記混晶は、ランタンのニッケルに対するモル比(La/Ni)は、1.5以上である、液体吐出ヘッドの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2013−56559(P2013−56559A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−285012(P2012−285012)
【出願日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【分割の表示】特願2008−192463(P2008−192463)の分割
【原出願日】平成20年7月25日(2008.7.25)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】