説明

液体噴射ヘッド、液体噴射装置及び圧電素子

【課題】環境負荷が小さく且つ歪量が大きい液体噴射ヘッドを提供する。
【解決手段】ノズル開口から液体を吐出する液体噴射ヘッドであって、圧電体層と前記圧電体層に設けられた電極とを具備する圧電素子を備え、前記圧電体層は、ビスマス、鉄、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなり、30V 1kHzの三角波1周期分を印加した際の印加終了時の残留分極量Pr1と、この印加終了時から1.0秒経過した時の残留分極量Pr2との比であるPr2/Pr1が、0.39以上0.70以下である液体噴射ヘッドとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電材料からなる圧電体層及び電極を有する圧電素子を具備し、ノズル開口から液滴を吐出させる液体噴射ヘッド、液体噴射装置及び圧電素子に関する。
【背景技術】
【0002】
液体噴射ヘッドの代表例としては、例えば、インク滴を吐出するノズルと連通する圧力発生室の一部を振動板で構成し、この振動板を圧電素子により変形させて圧力発生室のインクを加圧してノズルからインク滴として吐出させるインクジェット式記録ヘッドがある。インクジェット式記録ヘッドに用いられる圧電素子としては、電気的機械変換機能を呈する圧電材料、例えば、結晶化した誘電材料からなる圧電体層(圧電体膜)を、2つの電極で挟んで構成されたものがある。
【0003】
このような圧電素子を構成する圧電体層として用いられる圧電材料には高い圧電特性が求められており、圧電材料の代表例として、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)が挙げられる(特許文献1参照)。しかしながら、環境問題の観点から、非鉛又は鉛の含有量を抑えた圧電材料が求められている。鉛を含有しない圧電材料としては、例えば、Bi及びFeを含有するBiFeO系の圧電材料がある(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−223404号公報
【特許文献2】特開2007−287745号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、このような非鉛又は鉛の含有量を抑えた複合酸化物からなる圧電体層は、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)と比較すると歪量が十分ではないので、歪量の向上が求められている。なお、このような問題は、インクジェット式記録ヘッドだけではなく、勿論、インク以外の液滴を吐出する他の液体噴射ヘッドにおいても同様に存在し、また、液体噴射ヘッド以外に用いられる圧電素子においても同様に存在する。
【0006】
本発明はこのような事情に鑑み、環境負荷が小さく且つ歪量が大きい液体噴射ヘッド、液体噴射装置及び圧電素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決する本発明の態様は、ノズル開口から液体を吐出する液体噴射ヘッドであって、圧電体層と前記圧電体層に設けられた電極とを具備する圧電素子を備え、前記圧電体層は、ビスマス、鉄、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなり、30V 1kHzの三角波1周期分を印加した際の印加終了時の残留分極量Pr1と、この印加終了時から1.0秒経過した時の残留分極量Pr2との比であるPr2/Pr1が、0.39以上0.70以下であることを特徴とする液体噴射ヘッドにある。
かかる態様では、圧電体層に所定の電圧を印加した時の残留分極量Pr1と、その後所定時間経過した時の残留分極量Pr2との比を、所定範囲とすることにより、歪量、すなわち、変位量が著しく向上する。さらに、非鉛又は鉛の含有量を抑えられるため、環境への負荷を低減することができる。
【0008】
本発明の他の態様は、上記液体噴射ヘッドを具備することを特徴とする液体噴射装置にある。かかる態様では、環境への負荷を低減し且つ変位量の向上した圧電素子を具備するため、圧電特性(変位量)に優れた液体噴射装置を実現することができる。
【0009】
本発明の他の態様は、圧電体層と前記圧電体層に設けられた電極とを具備する圧電素子であって、前記圧電体層は、ビスマス、鉄、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなり、30V 1kHzの三角波1周期分を印加した際の印加終了時の残留分極量Pr1と、この印加終了時から1.0秒経過した時の残留分極量Pr2との比であるPr2/Pr1が、0.39以上0.70以下であることを特徴とする圧電素子にある。
かかる態様では、圧電体層に所定の電圧を印加した時の残留分極量Pr1と、その後所定時間経過した時の残留分極量Pr2との比を、所定範囲とすることにより、歪量、すなわち、変位量が著しく向上した圧電素子となる。さらに、非鉛又は鉛の含有量を抑えられるため、環境への負荷を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】実施形態1に係る記録ヘッドの概略構成を示す分解斜視図。
【図2】実施形態1に係る記録ヘッドの平面図。
【図3】実施形態1に係る記録ヘッドの断面図。
【図4】圧電体層のP−V曲線例を示す図及び圧電体層に印加する三角波を示す図。
【図5】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図6】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図7】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図8】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図9】実施形態1に係る記録ヘッドの製造工程を示す断面図。
【図10】実施例及び比較例のPr2/Pr1と変位量との関係を示す図。
【図11】本発明の一実施形態に係る記録装置の概略構成を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(実施形態1)
図1は、本発明の実施形態1に係る液体噴射ヘッドの一例であるインクジェット式記録ヘッドの概略構成を示す分解斜視図であり、図2は、図1の平面図であり、図3は図2のA−A′線断面図である。図1〜図3に示すように、本実施形態の流路形成基板10は、シリコン単結晶基板からなり、その一方の面には二酸化シリコンからなる弾性膜50が形成されている。
【0012】
流路形成基板10には、複数の圧力発生室12がその幅方向に並設されている。また、流路形成基板10の圧力発生室12の長手方向外側の領域には連通部13が形成され、連通部13と各圧力発生室12とが、各圧力発生室12毎に設けられたインク供給路14及び連通路15を介して連通されている。連通部13は、後述する保護基板のマニホールド部31と連通して各圧力発生室12の共通のインク室となるマニホールドの一部を構成する。インク供給路14は、圧力発生室12よりも狭い幅で形成されており、連通部13から圧力発生室12に流入するインクの流路抵抗を一定に保持している。なお、本実施形態では、流路の幅を片側から絞ることでインク供給路14を形成したが、流路の幅を両側から絞ることでインク供給路を形成してもよい。また、流路の幅を絞るのではなく、厚さ方向から絞ることでインク供給路を形成してもよい。本実施形態では、流路形成基板10には、圧力発生室12、連通部13、インク供給路14及び連通路15からなる液体流路が設けられていることになる。
【0013】
また、流路形成基板10の開口面側には、各圧力発生室12のインク供給路14とは反対側の端部近傍に連通するノズル開口21が穿設されたノズルプレート20が、接着剤や熱溶着フィルム等によって固着されている。なお、ノズルプレート20は、例えば、ガラスセラミックス、シリコン単結晶基板、ステンレス鋼等からなる。
【0014】
一方、このような流路形成基板10の開口面とは反対側には、上述したように弾性膜50が形成され、この弾性膜50上には、例えば厚さ30〜50nm程度の酸化チタン等からなり、弾性膜50等の第1電極60の下地との密着性を向上させるための密着層56が設けられている。なお、弾性膜50上に、必要に応じて酸化ジルコニウム等からなる絶縁体膜が設けられていてもよい。
【0015】
さらに、この密着層56上には、第1電極60と、厚さが3μm以下、好ましくは0.3〜1.5μmの薄膜である圧電体層70と、第2電極80とが、積層形成されて、圧力発生室12に圧力変化を生じさせる圧力発生手段としての圧電素子300を構成している。ここで、圧電素子300は、第1電極60、圧電体層70及び第2電極80を含む部分をいう。一般的には、圧電素子300の何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極及び圧電体層70を各圧力発生室12毎にパターニングして構成する。本実施形態では、第1電極60を圧電素子300の共通電極とし、第2電極80を圧電素子300の個別電極としているが、駆動回路や配線の都合でこれを逆にしても支障はない。また、ここでは、圧電素子300と当該圧電素子300の駆動により変位が生じる振動板とを合わせてアクチュエーター装置と称する。なお、上述した例では、弾性膜50、密着層56、第1電極60及び必要に応じて設ける絶縁体膜が振動板として作用するが、勿論これに限定されるものではなく、例えば、弾性膜50や密着層56を設けなくてもよい。また、圧電素子300自体が実質的に振動板を兼ねるようにしてもよい。
【0016】
そして、本実施形態においては、圧電体層70を構成する圧電材料は、ビスマス(Bi)、鉄(Fe)、バリウム(Ba)及びチタン(Ti)を含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物である。ペロブスカイト構造、すなわち、ABO型構造のAサイトは酸素が12配位しており、また、Bサイトは酸素が6配位して8面体(オクタヘドロン)をつくっている。このAサイトにBi及びBaが、BサイトにFe及びTiが位置している。
【0017】
このようなBi、Fe、Ba及びTiを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物は、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物、または、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムが均一に固溶した固溶体としても表される。なお、X線回折パターンにおいて、鉄酸ビスマスや、チタン酸バリウムは、単独では検出されないものである。
【0018】
ここで、鉄酸ビスマスやチタン酸バリウムは、それぞれペロブスカイト構造を有する公知の圧電材料であり、それぞれ種々の組成のものが知られている。例えば、鉄酸ビスマスやチタン酸バリウムとして、BiFeOやBaTiO以外に、元素(Bi、Fe、Ba、TiやO)が一部欠損する又は過剰であったり、元素の一部が他の元素に置換されたものも知られているが、本発明で鉄酸ビスマス、チタン酸バリウムと表記した場合、基本的な特性が変わらない限り、欠損・過剰により化学量論の組成からずれたものや元素の一部が他の元素に置換されたものも、鉄酸ビスマス、チタン酸バリウムの範囲に含まれるものとする。また、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムとの比も、種々変更することができる。
【0019】
このようなペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電体層70の組成は、例えば、下記一般式(1)で表される混晶として表される。また、この式(1)は、下記一般式(1’)で表すこともできる。ここで、一般式(1)及び一般式(1’)の記述は化学量論に基づく組成表記であり、上述したように、ペロブスカイト構造を取り得る限りにおいて、格子不整合、酸素欠損等による不可避な組成のずれは勿論、元素の一部置換等も許容される。例えば、化学量論比が1とすると、0.85〜1.20の範囲内のものは許容される。また、下記のように一般式で表した場合は異なるものであっても、Aサイトの元素とBサイトの元素との比が同じものは、同一の複合酸化物とみなせる場合がある。
【0020】
(1−x)[BiFeO]−x[BaTiO] (1)
(0<x<0.40)
(Bi1−xBa)(Fe1−xTi)O (1’)
(0<x<0.40)
【0021】
また、圧電体層70を構成する複合酸化物は、Bi、Fe、Ba及びTi以外の元素をさらに含んでいてもよい。他の元素としては、例えば、Mn、Co、Crなどが挙げられる。勿論、他の元素を含む複合酸化物である場合も、ペロブスカイト構造を有する必要がある。
【0022】
圧電体層70が、Mn、CoやCrを含む場合、Mn、CoやCrはBサイトに位置した構造の複合酸化物である。例えば、Mnを含む場合、圧電体層70を構成する複合酸化物は、鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムが均一に固溶した固溶体のFeの一部がMnで置換された構造、又は、鉄酸マンガン酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物として表され、基本的な特性は鉄酸ビスマスとチタン酸バリウムとの混晶のペロブスカイト構造を有する複合酸化物と同じであるが、リーク特性が向上することがわかっている。また、CoやCrを含む場合も、Mnと同様にリーク特性が向上するものである。なお、X線回折パターンにおいて、鉄酸ビスマス、チタン酸バリウム、鉄酸マンガン酸ビスマス、鉄酸コバルト酸ビスマス、及び、鉄酸クロム酸ビスマスは、単独では検出されないものである。また、Mn、CoおよびCrを例として説明したが、その他遷移金属元素の2元素を同時に含む場合にも同様にリーク特性が向上することがわかっており、これらも圧電体層70とすることができ、さらに、特性を向上させるため公知のその他の添加物を含んでもよい。
【0023】
このようなBi、Fe、Ba及びTiに加えてMn、CoやCrも含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電体層70は、例えば、下記一般式(2)で表される混晶である。また、この式(2)は、下記一般式(2’)で表すこともできる。なお一般式(2)及び一般式(2’)において、Mは、Mn、CoまたはCrである。ここで、一般式(2)及び一般式(2’)の記述は化学量論に基づく組成表記であり、上述したように、ペロブスカイト構造を取り得る限りにおいて、格子不整合、酸素欠損等による不可避な組成ずれは許容される。例えば、化学量論が1であれば、0.85〜1.20の範囲内のものは許容される。また、下記のように一般式で表した場合は異なるものであっても、Aサイトの元素とBサイトの元素との比が同じものは、同一の複合酸化物とみなせる場合がある。
【0024】
(1−x)[Bi(Fe1−y)O]−x[BaTiO] (2)
(0<x<0.40、0.01<y<0.10)
(Bi1−xBa)((Fe1−y1−xTi)O (2’)
(0<x<0.40、0.01<y<0.10)
【0025】
ここで、圧電材料に三角波の電圧を印加すると、分極量Pと電圧Vとの関係を示すP−V曲線は、ヒステリシスとなる。そして、本発明においては、圧電材料である圧電体層70は、30V 1kHzの三角波1周期分を印加した際の印加終了時の残留分極量Pr1と、この印加終了時から1.0秒経過した時の残留分極量Pr2との比であるPr2/Pr1が、0.39以上0.70以下であるものである。以下に、本発明における圧電体層70について、図4を例として説明する。図4(a)は圧電体層のP−V曲線を示す模式図であり、図4(b)は圧電体層に印加する三角波を示す図である。
【0026】
圧電体層70、ひいては圧電素子に、30V 1kHzの三角波を1周期分、すなわち、例えば図4(b)に示す三角波形状の電圧を印加すると、まず、図4(a)の実線で示すように、印加電圧の増加に従い分極量は増加して印加電圧が+30Vの時にプラス側の飽和分極量Pm+に達する。次に、印加電圧の減少に従い分極量は減少するが、印加電圧が0Vになった時がプラス側の残留分極量Pr+である。続いて、印加電圧の減少に従い分極量は減少し続け印加電圧が−30Vの時にマイナス側の飽和分極量Pm−に達する。次いで、印加電圧の増加と共に分極量は再び増加するが、印加電圧が再び0Vになった時の分極量、すなわち、1周期分の三角波の印加が終了した時の分極量が、マイナス側の残留分極量Pr1である。そして、この1周期分の三角波の印加が終了した後に、電圧を印加しない状態で放置すると、電荷が放出されて分極量の絶対値が減少する。この放置する時間を1.0秒間とした場合の放置後の残留分極量、すなわち、1周期分の三角波の印加が終了した後1.0秒経過した時の残留分極量をPr2とする。Pr2は最初の三角波1周期分を印加して、その後、1.0秒経過した後で、再度、三角波1周期分を印加して得られたP−V曲線(ヒステリシス)より求める。このようなPr1とPr2との比Pr2/Pr1を所定範囲としたのが、本発明である。なお、分極していない状態、すなわち分極量が0である圧電体層70に、上記三角波を印加した場合、0Vから+30Vまでの分極量は、図4に示す点線のようになり、印加電圧が+30VになってPm+に達した後は、上述した実線と同じ挙動になる。
【0027】
ここで、特許文献2等に記載されるように、圧電材料として、Bi、Ba、Fe及びTiを含む複合酸化物が知られている。本発明においては、このようなBi、Ba、Fe及びTiを含む複合酸化物からなり、所定の三角波を印加した時の所定の残留分極量Pr1、Pr2の比Pr2/Pr1が、0.39以上0.70以下である圧電体層70とすることにより、後述する実施例及び比較例に示すように、Pr2/Pr1が0.39未満や0.70超のものと比較して、顕著に変位量を向上させることができる。また、圧電体層について、30V 1kHzの三角波1周期分を印加して得られたP−V曲線(ヒステリシス)より上記残留分極量Pr1を求め、その後1.0秒放置した後、再度30V 1kHzの三角波1周期分を印加して、得られたP−V曲線(ヒステリシス)より上記残留分極量Pr2を求めてPr1とPr2との比であるPr2/Pr1を算出し、このPr2/Pr1が0.39以上0.70以下の範囲内に入るか否かを見ることで、圧電体層を用いた圧電素子が大きな変位量を生じるものかどうかを容易に評価することもできる。
【0028】
なお、圧電材料の残留分極量の絶対値、例えばPr1やPr2の絶対値と変位量との関係は、残留分極量Pr1やPr2が大きいと変位量が大きくなるという単純な関係ではない。Bi、Ba、Fe及びTiを含む複合酸化物からなる圧電材料の場合は、Pr2/Pr1が0.39以上0.70以下であると、Pr2/Pr1が0.39未満や0.70超のものと比較して、変位量が顕著に大きいことを本発明において知見した。
【0029】
圧電体層70を構成するBi、Ba、Fe及びTiを含む複合酸化物の元素欠陥を多くすると上記Pr2/Pr1は小さくなる傾向があり、該複合酸化物に圧電性に寄与しない不純物質を多く含ませると上記Pr2/Pr1は小さくなる傾向があり、また、該複合酸化物の結晶性を高くすると上記Pr2/Pr1は大きくなる傾向がある。
【0030】
また、Bi、Ba、Fe及びTiを含む複合酸化物からなる圧電体層70は、その膜厚が厚いとPr1が大きくなる傾向がある。なお、膜厚によりPr1が大きくなるという傾向は、Bi、Ba、Fe及びTiを含む複合酸化物特有の特性であり、例えば、チタン酸バリウム系の圧電材料には見られない傾向である。
【0031】
そして、後述するが、第1電極60上に圧電体層70の最下層として圧電材料等からなるバッファー層を設けることや、Bi、Ba、Fe及びTiを含む複合酸化物を製造する際の焼成温度等の焼成条件を変化させること等により、上記Pr2/Pr1の値を調整することもできる。
【0032】
また、圧電体層70の最下層としてペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなるバッファー層を設けてもよい。バッファー層を構成するペロブスカイト構造を有する複合酸化物としては、例えば、Bi、Fe、Ti及びCoを含有する複合酸化物等の圧電材料が挙げられる。このようなバッファー層を圧電体層70の最下層として設けることにより、上記Pr2/Pr1の値を所定の値に調整することができる。バッファー層は、圧電体層70と比較して非常に薄いことが好ましく、例えば10〜100nm程度であることが好ましい。
【0033】
このような圧電素子300の個別電極である各第2電極80には、インク供給路14側の端部近傍から引き出され、弾性膜50上や必要に応じて設ける絶縁体膜上にまで延設される、例えば、金(Au)等からなるリード電極90が接続されている。
【0034】
このような圧電素子300が形成された流路形成基板10上、すなわち、第1電極60、弾性膜50や必要に応じて設ける絶縁体膜及びリード電極90上には、マニホールド100の少なくとも一部を構成するマニホールド部31を有する保護基板30が接着剤35を介して接合されている。このマニホールド部31は、本実施形態では、保護基板30を厚さ方向に貫通して圧力発生室12の幅方向に亘って形成されており、上述のように流路形成基板10の連通部13と連通されて各圧力発生室12の共通のインク室となるマニホールド100を構成している。また、流路形成基板10の連通部13を圧力発生室12毎に複数に分割して、マニホールド部31のみをマニホールドとしてもよい。さらに、例えば、流路形成基板10に圧力発生室12のみを設け、流路形成基板10と保護基板30との間に介在する部材(例えば、弾性膜50、必要に応じて設ける絶縁体膜等)にマニホールド100と各圧力発生室12とを連通するインク供給路14を設けるようにしてもよい。
【0035】
また、保護基板30の圧電素子300に対向する領域には、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有する圧電素子保持部32が設けられている。圧電素子保持部32は、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を有していればよく、当該空間は密封されていても、密封されていなくてもよい。
【0036】
このような保護基板30としては、流路形成基板10の熱膨張率と略同一の材料、例えば、ガラス、セラミック材料等を用いることが好ましく、本実施形態では、流路形成基板10と同一材料のシリコン単結晶基板を用いて形成した。
【0037】
また、保護基板30には、保護基板30を厚さ方向に貫通する貫通孔33が設けられている。そして、各圧電素子300から引き出されたリード電極90の端部近傍は、貫通孔33内に露出するように設けられている。
【0038】
また、保護基板30上には、並設された圧電素子300を駆動するための駆動回路120が固定されている。この駆動回路120としては、例えば、回路基板や半導体集積回路(IC)等を用いることができる。そして、駆動回路120とリード電極90とは、ボンディングワイヤー等の導電性ワイヤーからなる接続配線121を介して電気的に接続されている。
【0039】
また、このような保護基板30上には、封止膜41及び固定板42とからなるコンプライアンス基板40が接合されている。ここで、封止膜41は、剛性が低く可撓性を有する材料からなり、この封止膜41によってマニホールド部31の一方面が封止されている。また、固定板42は、比較的硬質の材料で形成されている。この固定板42のマニホールド100に対向する領域は、厚さ方向に完全に除去された開口部43となっているため、マニホールド100の一方面は可撓性を有する封止膜41のみで封止されている。
【0040】
このような本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIでは、図示しない外部のインク供給手段と接続したインク導入口からインクを取り込み、マニホールド100からノズル開口21に至るまで内部をインクで満たした後、駆動回路120からの記録信号に従い、圧力発生室12に対応するそれぞれの第1電極60と第2電極80との間に電圧を印加し、弾性膜50、密着層56、第1電極60及び圧電体層70をたわみ変形させることにより、各圧力発生室12内の圧力が高まりノズル開口21からインク滴が吐出する。
【0041】
次に、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドの製造方法の一例について、図5〜図9を参照して説明する。なお、図5〜図9は、圧力発生室の長手方向の断面図である。
【0042】
まず、図5(a)に示すように、シリコンウェハーである流路形成基板用ウェハー110の表面に弾性膜50を構成する二酸化シリコン(SiO)等からなる二酸化シリコン膜を熱酸化等で形成する。次いで、図5(b)に示すように、弾性膜50(二酸化シリコン膜)上に、酸化チタン等からなる密着層56を、スパッタリング法や熱酸化等で形成する。
【0043】
次に、図6(a)に示すように、密着層56の上に、白金、イリジウム、酸化イリジウム又はこれらの積層構造等からなる第1電極60をスパッタリング法や蒸着法等により全面に形成する。次に、図6(b)に示すように、第1電極60上に所定形状のレジスト(図示無し)をマスクとして、密着層56及び第1電極60の側面が傾斜するように同時にパターニングする。
【0044】
次いで、レジストを剥離した後、この第1電極60上に、圧電体層70を積層する。圧電体層70の製造方法は特に限定されないが、例えば、金属錯体を含む溶液を塗布乾燥し、さらに高温で焼成することで金属酸化物からなる圧電体層(圧電体膜)を得るMOD(Metal−Organic Decomposition)法やゾル−ゲル法等の化学溶液法を用いて圧電体層70を製造できる。その他、レーザーアブレーション法、スパッタリング法、パルス・レーザー・デポジション法(PLD法)、CVD法、エアロゾル・デポジション法など、気相法、液相法や固相法でも圧電体層70を製造することができる。
【0045】
圧電体層70を化学溶液法で形成する場合の具体的な形成手順例としては、まず、図6(c)に示すように、第1電極60上に、金属錯体、具体的には、Bi、Fe、Ba及びTiを含有する金属錯体を含むMOD溶液やゾルからなる圧電体膜形成用組成物(前駆体溶液)をスピンコート法などを用いて、塗布して圧電体前駆体膜71を形成する(塗布工程)。
【0046】
塗布する前駆体溶液は、焼成によりBi、Fe、Ba及びTiを含む複合酸化物を形成しうる金属錯体を混合し、該混合物を有機溶媒に溶解または分散させたものである。また、Mn、CoやCrを含む複合酸化物からなる圧電体層70を形成する場合は、さらに、Mn、CoやCrを有する金属錯体を含有する前駆体溶液を用いる。Bi、Fe、Ba、Tiをそれぞれ含む金属錯体や、必要に応じて混合するMn、CoやCrを有する金属錯体の混合割合は、各金属が所望のモル比となるように混合すればよい。Bi、Fe、Ba、Ti、Mn、Co、Crをそれぞれ含む金属錯体としては、例えば、アルコキシド、有機酸塩、βジケトン錯体などを用いることができる。Biを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸ビスマス、酢酸ビスマスなどが挙げられる。Feを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸鉄、酢酸鉄、トリス(アセチルアセトナト)鉄などが挙げられる。Baを含む金属錯体としては、例えばバリウムイソプロポキシド、2−エチルヘキサン酸バリウム、バリウムアセチルアセトナートなどが挙げられる。Tiを含有する金属錯体としては、例えばチタニウムイソプロポキシド、2−エチルヘキサン酸チタン、チタン(ジ−i−プロポキシド)ビス(アセチルアセトナート)などが挙げられる。Mnを含む金属錯体としては、例えば2−エチルヘキサン酸マンガン、酢酸マンガンなどが挙げられる。Coを含む有機金属化合物としては、例えば2−エチルヘキサン酸コバルト、コバルト(III)アセチルアセトナートなどが挙げられる。Crを含む有機金属化合物としては、2−エチルヘキサン酸クロムなどが挙げられる。勿論、Bi、Fe、Ba、Tiや、必要に応じて含有させるMn、Co、Crを二種以上含む金属錯体を用いてもよい。また、前駆体溶液の溶媒としては、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、オクタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、オクタン、デカン、シクロヘキサン、キシレン、トルエン、テトラヒドロフラン、酢酸、オクチル酸などが挙げられる。
【0047】
次いで、この圧電体前駆体膜71を所定温度(例えば、150〜200℃)に加熱して一定時間乾燥させる(乾燥工程)。次に、乾燥した圧電体前駆体膜71を所定温度(例えば、350〜450℃)に加熱して一定時間保持することによって脱脂する(脱脂工程)。ここで言う脱脂とは、圧電体前駆体膜71に含まれる有機成分を、例えば、NO、CO、HO等として離脱させることである。乾燥工程や脱脂工程の雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。なお、塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程を複数回行ってもよい。
【0048】
次に、図7(a)に示すように、圧電体前駆体膜71を所定温度、例えば600〜850℃程度に加熱して、一定時間、例えば、1〜10分間保持することによって結晶化させ、ビスマス、鉄、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなる圧電体膜72を形成する(焼成工程)。この焼成工程においても、雰囲気は限定されず、大気中、酸素雰囲気中や、不活性ガス中でもよい。乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程で用いられる加熱装置としては、例えば、赤外線ランプの照射により加熱するRTA(Rapid Thermal Annealing)装置やホットプレート等が挙げられる。
【0049】
次いで、上述した塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程や、塗布工程、乾燥工程、脱脂工程及び焼成工程を所望の膜厚等に応じて複数回繰り返して複数の圧電体膜72からなる圧電体層70を形成することで、図7(b)に示すように複数層の圧電体膜72からなる所定厚さの圧電体層70を形成する。例えば、塗布溶液の1回あたりの膜厚が0.1μm程度の場合には、例えば、10層の圧電体膜72からなる圧電体層70全体の膜厚は約1.1μm程度となる。なお、本実施形態では、圧電体膜72を積層して設けたが、1層のみでもよい。
【0050】
圧電体層70の最下層にバッファー層を設ける場合は、第1電極60上にバッファー層を設け、このバッファー層上に圧電体膜を積層すればよい。バッファー層の製造方法は特に限定されず、上記の圧電体層70と同様の方法で製造することができ、例えば、金属錯体を含む溶液を塗布乾燥し、さらに高温で焼成することで金属酸化物からなるバッファー層を得るMOD法やゾル−ゲル法等の化学溶液法、その他、レーザーアブレーション法、スパッタリング法、パルス・レーザー・デポジション法(PLD法)、CVD法、エアロゾル・デポジション法など、気相法、液相法や固相法でも製造できる。なお、バッファー層を化学溶液法で形成する場合の原料である金属錯体は、圧電体層70の製造方法において記載したものと同様の化合物が挙げられる。
【0051】
このように圧電体層70を製造する際に、前駆体溶液の元素比や不純物量、圧電体層70の最下層としてのバッファー層の有無、圧電体層70の膜厚や、圧電体層70の焼成工程の焼成温度等の焼成条件等を調整することにより、上記Pr2/Pr1の値を調整することができる。これら前駆体溶液の元素比や不純物量、バッファー層の有無、圧電体層70の膜厚や、圧電体層70の焼成条件それぞれによりPr2/Pr1の値が変化するため、各条件のバランスを調整する必要がある。
【0052】
このように圧電体層70を形成した後は、図8(a)に示すように、圧電体層70上に白金等からなる第2電極80をスパッタリング法等で形成し、各圧力発生室12に対向する領域に圧電体層70及び第2電極80を同時にパターニングして、第1電極60と圧電体層70と第2電極80からなる圧電素子300を形成する。なお、圧電体層70と第2電極80とのパターニングでは、所定形状に形成したレジスト(図示なし)を介してドライエッチングすることにより一括して行うことができる。その後、必要に応じて、例えば、600〜850℃の温度域でアニールを行ってもよい。これにより、圧電体層70と第1電極60や第2電極80との良好な界面を形成することができ、かつ、圧電体層70の結晶性を高くすることができる。
【0053】
次に、図8(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の全面に亘って、例えば、金(Au)等からなるリード電極90を形成後、例えば、レジスト等からなるマスクパターン(図示なし)を介して各圧電素子300毎にパターニングする。
【0054】
次に、図8(c)に示すように、流路形成基板用ウェハー110の圧電素子300側に、シリコンウェハーであり複数の保護基板30となる保護基板用ウェハー130を接着剤35を介して接合した後に、流路形成基板用ウェハー110を所定の厚さに薄くする。
【0055】
次に、図9(a)に示すように、流路形成基板用ウェハー110上に、マスク膜52を新たに形成し、所定形状にパターニングする。
【0056】
そして、図9(b)に示すように、流路形成基板用ウェハー110をマスク膜52を介してKOH等のアルカリ溶液を用いた異方性エッチング(ウェットエッチング)することにより、圧電素子300に対応する圧力発生室12、連通部13、インク供給路14及び連通路15等を形成する。
【0057】
その後は、流路形成基板用ウェハー110及び保護基板用ウェハー130の外周縁部の不要部分を、例えば、ダイシング等により切断することによって除去する。そして、流路形成基板用ウェハー110の保護基板用ウェハー130とは反対側の面のマスク膜52を除去した後にノズル開口21が穿設されたノズルプレート20を接合すると共に、保護基板用ウェハー130にコンプライアンス基板40を接合し、流路形成基板用ウェハー110等を図1に示すような一つのチップサイズの流路形成基板10等に分割することによって、本実施形態のインクジェット式記録ヘッドIとする。
【実施例】
【0058】
以下、実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0059】
(実施例1)
まず、(100)単結晶シリコン(Si)基板の表面に熱酸化により膜厚1200nmの酸化シリコン(SiO)膜を形成した。次に、SiO膜上にRFマグネトロンスパッタ法により膜厚40nmのチタン膜を作製し、熱酸化することで酸化チタン膜を形成した。次に、酸化チタン膜上にRFマグネトロンスパッタ法により、(111)面に配向し厚さ100nmの白金膜(第1電極60)を形成した。
【0060】
次いで、第1電極60上に圧電体層70の最下層としてペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなるバッファー層を形成した。その手法は以下のとおりである。まず、2−エチルヘキサン酸ビスマス、2−エチルヘキサン酸鉄、2−エチルヘキサン酸チタン及び2−エチルヘキサン酸コバルトのn−オクタン溶液を、モル濃度比がBi:Fe:Ti:Co=100:80:10:10となるように混合して、バッファー層の前駆体溶液を調製した。
【0061】
次いで、バッファー層の前駆体溶液を、酸化チタン膜及び白金膜が形成された上記基板上に滴下し、3000rpmで基板を回転させてスピンコート法により圧電体前駆体膜を形成した(バッファー層塗布工程)。次に、ホットプレート上で、180℃で2分間乾燥した(バッファー層乾燥工程)。次いで、450℃で2分間脱脂を行った(バッファー層脱脂工程)。その後に、酸素雰囲気中で、RTA(Rapid Thermal Annealing)装置で750℃2分間の焼成を行った(バッファー層焼成工程)。
【0062】
次いで、このバッファー層上に圧電体膜を形成し、圧電体層70とした。その手法は以下のとおりである。まず、2−エチルヘキサン酸ビスマス、2−エチルヘキサン酸鉄、2−エチルヘキサン酸マンガン、2−エチルヘキサン酸バリウム及び2−エチルヘキサン酸チタンの各n−オクタン溶液を、各元素がモル比でBi:Ba:Fe:Ti:Mn=75:25:71.25:25:3.75となるように混合して、前駆体溶液を調製した。
【0063】
そしてこの前駆体溶液を、バッファー層上が形成された基板上に滴下し、3000rpmで基板を回転させて圧電体前駆体膜を形成した(塗布工程)。次に、ホットプレート上で、180℃で2分間乾燥した(乾燥工程)。次いで、350℃で2分間脱脂を行った(脱脂工程)。この塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程からなる工程を2回繰り返し行った後に、酸素雰囲気中で、RTA(Rapid Thermal Annealing)装置で、800℃、2分間焼成を行った(焼成工程)。次いで、この塗布工程、乾燥工程及び脱脂工程を2回繰り返した後に一括して焼成する焼成工程を行う工程を本実施例では12回繰り返し、1層のバッファー層と、合計24回の塗布による圧電体膜からなる、全体で厚さ1820nmの圧電体層70を形成した。
【0064】
その後、圧電体層70上に、第2電極80としてスパッタ法により厚さ100nmの白金膜(第2電極80)を形成した後、酸素雰囲気中で、RTA装置を用いて750℃、5分間焼成を行うことで、Bi、Fe、Mn、Ba及びTiを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物を圧電体層70とする圧電素子300を形成した。
【0065】
(実施例2)
一括して焼成する焼成工程を行う工程を10回繰り返し、合計20回の塗布による圧電体膜を有し、全体で厚さ1520nmの圧電体層70とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。
【0066】
(実施例3)
一括して焼成する焼成工程を行う工程を8回繰り返し、合計16回の塗布による圧電体膜を有し、全体で厚さ1220nmの圧電体層70とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。
【0067】
(実施例4)
焼成工程の焼成温度を850℃とした以外は、実施例3と同様の操作を行った。
【0068】
(実施例5)
一括して焼成する焼成工程を行う工程を7回繰り返し、合計14回の塗布による圧電体膜を有し、全体で厚さ1070nmの圧電体層70とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。
【0069】
(実施例6)
焼成工程の焼成温度を750℃とした以外は、実施例5と同様の操作を行った。
【0070】
(実施例7)
バッファー層を設けなかった以外は、実施例6と同様の操作を行った。
【0071】
(比較例1)
各元素がモル比でBi:Ba:Fe:Ti:Mn=77.5:22.5:73.625:22.5:3.875となるように混合した前駆体溶液を用いた以外は、実施例5と同様の操作を行った。
【0072】
(比較例2)
一括して焼成する焼成工程を行う工程を4回繰り返し、合計8回の塗布による圧電体膜を有し、全体で厚さ620nmの圧電体層70とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。
【0073】
(比較例3)
一括して焼成する焼成工程を行う工程を3回繰り返し、合計6回の塗布による圧電体膜を有し、全体で厚さ470nmの圧電体層70とした以外は、実施例1と同様の操作を行った。
【0074】
(試験例1)
実施例1〜7及び比較例1〜3の各圧電素子について、上記Pr1とPr2との比であるPr2/Pr1を求めた。具体的には、まず、東陽テクニカ社製「FCE−1A」で、φ=500μmの電極パターンを使用し、圧電体層70に、室温で、30V 周波数1kHzの三角波を1周期分印加して、得られたP(分極量)−V(電圧)曲線からPr1を求めた。そして、この1周期分の三角波の印加が終了した後1.0秒放置した後に、再度圧電体層70に30V 1kHzの三角波1周期分を印加して、得られたP(分極量)−V(電圧)曲線からPr2を求めた。このPr1及びPr2から算出したPr2/Pr1を表1に示す。
【0075】
(試験例2)
実施例1〜7及び比較例1〜3の各圧電素子について、アグザクト社製の変位測定装置(DBLI)を用い室温で、φ=500μmの電極パターンを使用し、周波数1kHzで30Vの電圧を印加して、S(電界誘起歪(変位量))を求めた。試験例1及び試験例2の結果から、Pr2/Pr1と変位量(表1においてDpp2と記載する。)との関係を図10に示す。
【0076】
この結果、Pr2/Pr1が、0.39以上0.70以下である実施例1〜7は、Pr2/Pr1が0.39未満や0.70超の各比較例と比べて、顕著に変位量が大きかった。
【0077】
【表1】

【0078】
(他の実施形態)
以上、本発明の一実施形態を説明したが、本発明の基本的構成は上述したものに限定されるものではない。例えば、上述した実施形態では、流路形成基板10として、シリコン単結晶基板を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、SOI基板、ガラス等の材料を用いるようにしてもよい。
【0079】
さらに、上述した実施形態では、基板(流路形成基板10)上に第1電極60、圧電体層70及び第2電極80を順次積層した圧電素子300を例示したが、特にこれに限定されず、例えば、圧電材料と電極形成材料とを交互に積層させて軸方向に伸縮させる縦振動型の圧電素子にも本発明を適用することができる。
【0080】
また、これら実施形態のインクジェット式記録ヘッドは、インクカートリッジ等と連通するインク流路を具備する記録ヘッドユニットの一部を構成して、インクジェット式記録装置に搭載される。図11は、そのインクジェット式記録装置の一例を示す概略図である。
【0081】
図11に示すインクジェット式記録装置IIにおいて、インクジェット式記録ヘッドIを有する記録ヘッドユニット1A及び1Bは、インク供給手段を構成するカートリッジ2A及び2Bが着脱可能に設けられ、この記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3は、装置本体4に取り付けられたキャリッジ軸5に軸方向移動自在に設けられている。この記録ヘッドユニット1A及び1Bは、例えば、それぞれブラックインク組成物及びカラーインク組成物を吐出するものとしている。
【0082】
そして、駆動モーター6の駆動力が図示しない複数の歯車およびタイミングベルト7を介してキャリッジ3に伝達されることで、記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3はキャリッジ軸5に沿って移動される。一方、装置本体4にはキャリッジ軸5に沿ってプラテン8が設けられており、図示しない給紙ローラーなどにより給紙された紙等の記録媒体である記録シートSがプラテン8に巻き掛けられて搬送されるようになっている。
【0083】
なお、上述した実施形態では、液体噴射ヘッドの一例としてインクジェット式記録ヘッドを挙げて説明したが、本発明は広く液体噴射ヘッド全般を対象としたものであり、インク以外の液体を噴射する液体噴射ヘッドにも勿論適用することができる。その他の液体噴射ヘッドとしては、例えば、プリンター等の画像記録装置に用いられる各種の記録ヘッド、液晶ディスプレイ等のカラーフィルターの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレイ、FED(電界放出ディスプレイ)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオchip製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等が挙げられる。
【0084】
また、本発明にかかる圧電素子は、液体噴射ヘッドに用いられる圧電素子に限定されず、その他のデバイスにも用いることができる。その他のデバイスとしては、例えば、超音波発信器等の超音波デバイス、超音波モーター、温度−電気変換器、圧力−電気変換器、強誘電体トランジスター、圧電トランス、赤外線等の有害光線の遮断フィルター、量子ドット形成によるフォトニック結晶効果を使用した光学フィルター、薄膜の光干渉を利用した光学フィルター等のフィルターなどが挙げられる。また、センサーとして用いられる圧電素子、強誘電体メモリーとして用いられる圧電素子にも本発明は適用可能である。圧電素子が用いられるセンサーとしては、例えば、赤外線センサー、超音波センサー、感熱センサー、圧力センサー、焦電センサー、及びジャイロセンサー(角速度センサー)等が挙げられる。
【符号の説明】
【0085】
I インクジェット式記録ヘッド(液体噴射ヘッド)、 II インクジェット式記録装置(液体噴射装置)、 10 流路形成基板、 12 圧力発生室、 13 連通部、 14 インク供給路、 20 ノズルプレート、 21 ノズル開口、 30 保護基板、 31 マニホールド部、 32 圧電素子保持部、 40 コンプライアンス基板、 50 弾性膜、 60 第1電極、 70 圧電体層、 80 第2電極、 90 リード電極、 100 マニホールド、 120 駆動回路、 300 圧電素子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ノズル開口から液体を吐出する液体噴射ヘッドであって、圧電体層と前記圧電体層に設けられた電極とを具備する圧電素子を備え、
前記圧電体層は、ビスマス、鉄、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなり、30V 1kHzの三角波1周期分を印加した際の印加終了時の残留分極量Pr1と、この印加終了時から1.0秒経過した時の残留分極量Pr2との比であるPr2/Pr1が、0.39以上0.70以下であることを特徴とする液体噴射ヘッド。
【請求項2】
請求項1に記載の液体噴射ヘッドを具備することを特徴とする液体噴射装置。
【請求項3】
圧電体層と前記圧電体層に設けられた電極とを具備する圧電素子であって、前記圧電体層は、ビスマス、鉄、バリウム及びチタンを含みペロブスカイト構造を有する複合酸化物からなり、30V 1kHzの三角波1周期分を印加した際の印加終了時の残留分極量Pr1と、この印加終了時から1.0秒経過した時の残留分極量Pr2との比であるPr2/Pr1が、0.39以上0.70以下であることを特徴とする圧電素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2013−91228(P2013−91228A)
【公開日】平成25年5月16日(2013.5.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−234281(P2011−234281)
【出願日】平成23年10月25日(2011.10.25)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】