説明

深絞り鉄角缶の多段プレス成型方法および深絞り鉄角缶

【課題】表面性状に優れた深絞り鉄缶の多段プレス成型方法および深絞り鉄缶を提供する。
【解決手段】第1絞り工程以降の全絞り工程において、少なくとも最終絞り工程以外の絞り工程を実質的にしごき加工を施さない多段成型方法とし、第2絞り工程に於ける絞り缶の長辺から短辺に至る各位置の絞り缶の高さ増加率の最大値ΔHmaxを40%以下、各位置のΔHの変動幅を20%以下となるようにし、第3絞り工程以降の全絞り工程において、ΔHmaxを25%以下、前記変動幅を15%以下となるように、ブランク10の形状、各絞り工程毎のポンチ輪郭2、ダイス輪郭1を設定することで、しごき加工を施さなくとも絞り成型を可能とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷延鋼板、Niめっき等の表面処理鋼板を素材とした電池用深絞り角缶、その他深絞り角缶において、深絞り角缶壁面のしごき加工痕(カジリ痕)の無い表面性状に優れた深絞り角缶、および深絞り角缶の多段プレス成型方法で、しごき加工を行わず金型寿命の長いプレス成型方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
冷延鋼板、Niめっき等の表面処理鋼板を素材とした電池用角缶、その他缶深さの深い角缶は、多段プレス成型方法で成型されている。電池缶等の角缶の多段プレスでは、製品の缶コーナー部は小さな缶コーナーRに向かって高いしぼり率で板がコーナー部に流入することになり、絞り缶コーナー部の缶高さはプレスを一段絞る毎に顕著に高くなる。一方、長辺部或いは短辺部の直線部では絞り成型が殆どなく、単にダイス肩R部が流れ込むのみであるため、缶高さの増加は極微かとなる。このような成型を多段繰り返し行うと、コーナー部と直辺部とのメタルフローに大きな差が生じ、コーナー部の鋼板の流入が困難となり、プレス破断が生じることがある。
【0003】
従来は、電池用角缶の様な缶深さの深い角缶の多段プレス成型は、上述のコーナー部と直辺部の鋼板の流入量差を補うため、ポンチとダイスのクリアランスを板厚より薄く設定ししごき加工を行ってプレス割れを防止するしごきプレス方法が行われている。例えば、特許文献1の[発明の効果]に、「下流のそれぞれの角絞り工程で均一な肉厚が得られるよう角部近辺の肉厚が薄くなるようにしごき成型するようにしたので、(中略)角絞りに起きやすい偏肉現象を抑えて均一な肉厚を得ることができるようになり、金型製作費が安価になるとともにメンテを含む金型調整費が減少する。」と記載されている。
【0004】
しかし、このしごきプレス成型方法は、しごき加工を行うため、金型のしごき加工面に非常に高い圧縮面圧が負荷された状態で鋼板が摺動し、金型の摩耗が大きくなり金型寿命が極めて短くなること、又、生産性を向上させようとしてプレス速度を速くすると発熱が大きくなり、焼き付きが生じるなどのトラブルが生じやすくなる。更に、製品のしごき加工が施された壁面は、しごき加工痕(カジリ痕)即ちしごき加工時の摺動痕が発生し微小なささくれ状になる。例えば、電池缶の場合は耐食性等のためにNiメッキ鋼板が使用されるが、そのNiメッキ面に摺動痕が発生し微小なささくれ状になって有効なNiメッキ層が薄くなり、ときには鉄面が露出し耐食性を低下させる。そのため、所定の耐食性を確保するには、めっき厚を厚くする必要があるなどの課題がある。
【0005】
尚、冷延鋼板、Niめっき等の表面処理鋼板を素材とした電池用角缶の多段プレス成型方法に関する従来技術について調査したが、しごき加工を行わずに所定のプレス成型が出来る成型方法については見あたらなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3160755号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、冷延鋼板、Niめっき等の表面処理鋼板を素材とした電池用深絞り角缶等の深絞り角缶において、深絞り角缶壁面のしごき加工痕(カジリ痕)の無い表面性状に優れた深絞り角缶および深絞り鉄角缶の多段プレス成型方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、深絞り角缶壁面のしごき加工痕(カジリ痕)の無い表面性状に優れた深絞り角缶およびその成型方法を提供することについて検討を行い本発明を完成したものであり、その要旨とするところは下記の通りである。
【0009】
(1)深絞り鉄角缶の多段プレス成型方法であって、第1絞り工程以降の全絞り工程において、少なくとも最終絞り工程以外の絞り工程を実質的にしごき加工を施さない多段成型方法とし、第2絞り工程に於ける絞り缶の長辺から短辺に至る各位置の絞り缶の高さ増加率(ΔH(%)=(絞り後缶高さ−絞り前缶高さ)/絞り前缶高さ×100)の最大値ΔHmaxを40%以下、各位置のΔHの変動幅(ΔHmax−ΔHmin)を20%以下となるようにし、第3絞り工程以降の全絞り工程において、ΔHmaxを25%以下、ΔHmax−ΔHminを15%以下となるように、ブランク形状、各絞り工程毎の絞りポンチ輪郭、ダイス輪郭を設定することで、しごき加工を施さなくとも絞り成型を可能とすることを特徴とする深絞り鉄角缶の多段プレス成型方法。
(2)FEM数値解析によるシミュレーションを繰り返し行い、使用鋼板の加工性、異方性を考慮し、前記ブランク形状と各絞り工程毎の絞りポンチおよびダイスの輪郭を設定する(1)に記載の深絞り鉄角缶の多段プレス成型方法。
(3)(1)または(2)に記載の多段プレス成型方法によりプレス成型された深絞り鉄角缶。
【発明の効果】
【0010】
本発明の深絞り角缶およびその成型方法は、冷延鋼板、Niめっき等の表面処理鋼板を素材とした電池用深絞り角缶等の深絞り角缶において、深絞り角缶壁面のしごき加工痕(カジリ痕)の無い表面性状に優れた深絞り角缶および従来のしごきプレス成型方法の前記課題が無い深絞り鉄角缶の多段プレス成型方法を提供するもので、従来のしごきプレス成型方法の課題である「金型の摩耗が大きくなり金型寿命が極めて短くなる」こと、又、「生産性を向上させようとしてプレス速度を速くすると発熱が大きくなり、焼き付きが生じるなどのトラブルが生じやすくなる」こと、更に、「製品のしごき加工が施された壁面は、摺動痕が発生し微小なささくれ状になり、例えば、電池缶の場合は耐食性等でNiメッキ鋼板が使用されるが、そのNiメッキ面に摺動痕が発生し微小なささくれ状になり有効なNiメッキ層が薄くなり時には鉄面が露出し耐食性を低下させ、所定の耐食性を確保するにはめっき厚を厚くする必要があるなどの課題がある」等の課題を解決できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の深絞り角缶の代表例を示す図であり、(a)は平面図、(b)は正面図である。
【図2】本発明のブランクの代表例を示す平面図である。
【図3】本発明の第1工程〜第3工程のプレス金型の例を示す平面図および断面図である。
【図4】図3により成型される第1工程〜第3工程の絞り缶を示す斜視図である。
【図5】図3により試作した角缶の第2工程のΔH分布を示すグラフである。
【図6】図3により試作した角缶の第3工程のΔH分布を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に本発明について詳細に述べる。
【0013】
本発明者らは、先ず、缶内幅W=85mm、缶内厚みT=15mm、缶高さH=45mm、缶内コーナー半径Rc=1.0mm、板厚t=0.40mmの大型角電池缶(図1参照)について、全絞り工程のポンチとダイスのクリアランスを成型前側壁板厚より大きくし、しごき加工がなされない深絞り鉄角缶の多段プレス成型方法で試作を試みた。1回目は全7工程絞り計画で試作したところ3工程目の絞り時に割れが発生し、2回目の試作では工程数を増やし全9工程絞り計画で試作したところ4工程目の絞りで割れが発生した。その後もポンチ金型の形状を修正し試作を行ったが、何れも、途中段階で、コーナー部と直辺部の境界で割れが発生し、絞り加工が出来なかった。
【0014】
本発明者らは、なぜ、途中工程で、コーナー部と直辺部の境界で割れが発生し、絞り加工が出来無くなったのかを詳細に検討した。角缶のコーナー部の近似的成型としては、コーナー部を4箇所集めた丸缶、即ち、本試作角缶の場合はRc=1.0mm、缶高さH=45mmであるので、(直径=2.0mm)×(H=45mm)に該当し、単三電池缶(約13.5φ×約50.0H)に比較して極めて過酷な深絞り成型となる。従って、コーナー部近傍の鋼板を、如何にスムースに直辺部にメタルフローさせるかが、成型のポイントであることを見出し、それについて、成型シミュレーション(FEM解析)を活用し、種々検討した。その結果、本発明の「第2絞り工程に於ける絞り缶の長辺から短辺に至る各位置の絞り缶の高さ増加率(ΔH(%)=(絞り後缶高さ−絞り前缶高さ)/絞り前缶高さ×100)の最大値(ΔHmax)を40%以下、各位置のΔHの変動幅(ΔHmax−ΔHmin)を20%以下となるように、そして、第3絞り工程以降の全絞り工程において、ΔHmaxを25%以下、ΔHmax−ΔHminを15%以下となるように、ブランク形状、各絞り工程毎の絞りポンチ輪郭、ダイス輪郭に設定すること」を、全工程の各金型設計の基本設計思想、即ち、ブランク形状、各工程の金型設計の良否の判断基準とすることで、しごき加工を施さなくとも絞り成型が可能となり、しごき加工を行わない深絞り角缶のプレス成型を達成する金型設計の最重要なポイントであることを知見した。このようにして成型した深絞り角缶は、角缶壁面にしごき加工が施されていないため、プレス成型した缶壁面にしごき加工痕(カジリ痕)が無く、表面性状に優れた深絞り鉄角缶となる。
【0015】
尚、本発明の設計思想を持たずに、単に、成型シミュレーションのみを活用しても、鋼板特性、潤滑特性、ブランク形状、各工程の金型形状は、どれか1つを変更すると、成型可否、絞り品の形状、各工程の成型状況(しわ、割れ、缶壁高さ寸法および耳形状、板厚分布)の全てが変化するので、良好な結果を得る成型条件を導き出すには非常に多くの成型条件の組合せがあり、極めて難しい。
【実施例1】
【0016】
以下に、本発明の実施例を、図面にもとづいて説明する。
【0017】
本発明により成型される角缶は、例えば図1に示すような缶コーナーR寸法Rcが小さくそして缶深さHが深い角電池缶等で、ハイブリッド自動車などに使われる大型のNi−H角電池、Li角電池用角缶等がその代表例である。本発明を適用しその効果が発揮できるのはH/Rc≧15の場合であり、特にH/Rc≧25の角缶への適用時には、その効果は顕著である。又、本発明を適用して作られた深絞り角缶は、所定の缶高さ寸法にするためのトリミング加工、壁面等の形状矯正、或いは穴開け加工等が施された後、完成した深絞り角電池缶或いは深絞り角容器缶となる。
【0018】
図1〜6を用いて本発明の実施例を具体的に説明する。図1は、本発明により作成された深絞り角缶の缶高さをH=43.0mmにトリミングした角缶11を示し、(a)は上面からみた平面図、(b)は正面図である。
【0019】
図2〜4は、本発明の成型方法で図1の角缶のプレス成型を行う工程を示すもので、図2はブランク10の形状、図3は第1絞り工程〜第3(最終)絞り工程でのポンチP、ダイスD、しわ押さえ(ブランクホルダー)BHの形状、図4は第1工程〜第3工程の絞り缶の外観を示すものである。なお、図3において、1はダイスDの輪郭、2はポンチPの輪郭、3はポンチP底の輪郭、4は絞り前缶の外ホルダー輪郭、5は絞り前缶の内ホルダー輪郭を示す。絞り前缶の外ホルダー輪郭4はダイスDと一体であり、絞り前缶の内ホルダー輪郭5はしわ押さえBHと一体である。第1工程〜最終の第3工程の絞り缶(11a、11b、11c)は、コーナー近傍の割れ、ネッキング、しわの発生もなく、良好な絞り缶が得られている。
【0020】
図5、図6は、試作した深絞り角缶について、本発明の、第2絞り工程に於ける絞り缶の長辺から短辺に至る各位置の絞り缶の高さ増加率ΔHの最大値ΔHmaxを40%以下、各位置のΔHの変動幅(ΔHmax−ΔHmin)を20%以下、そして、第3絞り工程においてΔHmaxを25%以下、ΔHmax−ΔHminを15%以下、となっているかどうかを調査したものである。図5に示すように、第2工程の絞り缶のΔHmax=34%、ΔHmax−ΔHmin=34%−18%=16%、図6に示すように、第3工程の絞り缶のΔHmax=17%、ΔHmax−ΔHmin=17%−8%=9%と、本発明の範囲で成型されており、しごき加工を行わない全3工程の多段プレス成型方法で、コーナー近傍の割れ、ネッキング、しわの発生もなく、良好な絞り缶が得られた。
【0021】
尚、図5、図6に示すΔHは、FEM数値解析を用いない方法では、第2絞り加工前の缶壁上端部に例えば2mmピッチで位置番号をマーキングし、位置番号毎の缶底からの缶壁垂直高さを測定してH1とし、第2絞り加工後の位置番号毎の缶底からの缶壁垂直高さを測定してH2とし、
ΔH(%)=(H2−H1)/H1×100
を測定し、第3絞り工程以降のΔHも同様にして算出して求めることができる。又、FEM解析時の缶上端部のモード番号(メッシュ番号)毎の缶高さ増加率ΔH(%)を求めればよい。
【0022】
以上のように、ΔHという定量的指標を用い、本発明の具体的な数値規制を持って、ブランク形状、各絞り工程毎の絞りポンチ輪郭、ダイス輪郭を設定することで、深絞り角缶を、しごき加工を施さなくとも絞り成型することが可能となる。
【0023】
又、得られた深絞り角缶は、プレス成型した缶壁面のしごき加工痕(カジリ痕)も無く表面性状に優れた深絞り鉄角缶が製造でき、薄目付けのNiメッキ鋼板でしごき加工を行わずにプレス成型した深絞り角缶は、良好な耐食性が得られた。
【0024】
本発明の深絞り角缶に供試される鋼板は、冷延鋼板、Niめっき或いはNi−Sn等合金めっき鋼板、更には樹脂フイルム被覆鋼板などの表面処理鋼板、更には、鉄系鋼板(ステンレス等も含む)でも有効な効果を発揮できる。
【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明は、各種鋼板による角缶のプレス成型方法に適用できる。
【符号の説明】
【0026】
1 ダイス輪郭
2 ポンチ輪郭
3 ポンチ底輪郭
4 絞り前缶の外ホルダー輪郭
5 絞り前缶の内ホルダー輪郭
P ポンチ
D ダイス
BH しわ押さえ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
深絞り鉄角缶の多段プレス成型方法であって、
第1絞り工程以降の全絞り工程において、少なくとも最終絞り工程以外の絞り工程を実質的にしごき加工を施さない多段成型方法とし、
第2絞り工程に於ける絞り缶の長辺から短辺に至る各位置の絞り缶の高さ増加率(ΔH(%)=(絞り後缶高さ−絞り前缶高さ)/絞り前缶高さ×100)の最大値ΔHmaxを40%以下、各位置のΔHの変動幅(ΔHmax−ΔHmin)を20%以下となるようにし、第3絞り工程以降の全絞り工程において、ΔHmaxを25%以下、ΔHmax−ΔHminを15%以下となるように、ブランク形状、各絞り工程毎の絞りポンチ輪郭、ダイス輪郭を設定することで、しごき加工を施さなくとも絞り成型を可能とすることを特徴とする深絞り鉄角缶の多段プレス成型方法。
【請求項2】
FEM数値解析によるシミュレーションを繰り返し行い、使用鋼板の加工性、異方性を考慮し、前記ブランク形状と各絞り工程毎の絞りポンチおよびダイスの輪郭を設定する請求項1に記載の深絞り鉄角缶の多段プレス成型方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の多段プレス成型方法によりプレス成型された深絞り鉄角缶。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−56530(P2011−56530A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−207870(P2009−207870)
【出願日】平成21年9月9日(2009.9.9)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【出願人】(000185617)小島プレス工業株式会社 (515)
【出願人】(504305359)ハマプロト株式会社 (6)