説明

温間成形用アルミニウム合金板

【課題】JIS5182合金よりも温間成形性に優れた材料として、Mn、Crの固溶強化を利用することで、室温時のTSと温間成形時の温度でのYSとの差を最大にする材料を提供する。
【解決手段】Mg:2.0−6.0%(質量%、以下同じ)を含有し、かつMn:2.50%以下、Cr:0.50%以下のうちの1種または2種を含有し、残部がAlおよび不可避不純物よりなり、かつ {(Mn添加量(質量%))−(Mn析出物の面積率(%))×0.24}+{(Cr添加量(質量%))−(Cr析出物の面積率(%))×0.15}が0.4以上であることを特徴とする温間成形用アルミニウム合金板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、温間成形に好適に使用可能なアルミニウム合金板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の自動車軽量化の対策として、鋼板よりも比強度の高いアルミニウム合金板の使用が検討され、実用化が進められている。しかし、アルミニウム合金板の成形性は鋼板に比べて劣るため、適用が可能な部品にその適用が限定されている。
そのため、従来、アルミニウム合金板の成形性を改善するため様々な特殊成形方法の適用が検討されている。温間成形、即ち、ダイス及びしわ押さえの金型温度を150〜300℃に加熱し、ポンチを冷却するプレス成形方法もその一例である(例えば、非特許文献1)。この成形方法では鋼板並みの成形性の確保が期待できるため、実用化への検討が進められている。
【0003】
この成形方法は、深絞り成形であるため、その成形性はポンチ部分の材料強度とダイス部分の降伏強度の差に依存する。ポンチを室温に保持し、ダイス部分を200℃もしくは250℃に保持した場合、ポンチ部分の材料強度は、室温のポンチに接触するため、室温時の引張強度(TS)であり、ダイス部分の材料強度は、200℃や250℃フランジに接触するため、高温時の降伏応力(YS)になる。したがって、温間成形用材料に優れた材料には、TS(室温)−YS(高温)の大きいことが必要となる。
【0004】
これまで温間成形用材料は一般的に成形性の高いAl−Mg系合金、特に非特許文献1のようにJIS5182合金が多く用いられてきた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】阿部佑二、吉田正勝、「5182アルミニウム合金板材のダブルシンク形温間成形」、軽金属、1994年、軽金属学会発行、第44巻、第4号、p.240−245
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、未だ温間成形は実用化には至っていない。これはJIS5182合金の温間成形性では実用化には未だ不十分であることを示している。これまで温間成形用材料の開発はほとんど検討されておらず、JIS5182合金よりも成形性の高い温間成形用材料の開発が望まれている。
【0007】
本発明は、上記のような実状に鑑みてなされたものであり、JIS5182合金よりも温間成形性に優れた材料として、室温時のTSと温間成形時の温度でのYSとの差を最大にする材料を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは前述の課題を解決すべく検討した結果、TS(室温)−YS(高温)を大きく増大させることは加工硬化量を増大させることと等価であると考えた。加工硬化量を上げるためには固溶強化に寄与する原子を多く固溶させることが必要である。
Al−Mg系合金の場合これらの原子はMg、Mn、Crである。これらのうち、Mgは添加量のほとんどが固溶するため、添加量の調整により固溶強化量の制御が可能である。一方、MnとCrは、他の原子と析出物を形成するため、それら析出物を低減させる製造工程の調整、すなわち熱処理の調整がこれら原子による固溶強化量制御に必要となる。
【0009】
本発明者らは、Mg添加による制御に加えてMnおよび/またはCrの添加と熱処理条件の調整により、従来以上に高い温間成形性を有する材料の発明を試みた。特にMnおよび/またはCrの析出物が最も形成される温度域内での冷却速度を大きくすることで、上記の析出物を低減出来ることを見出した。その結果、Mn、Crの固溶量を確保し、固溶強化を得る手段を見出した。更に、Si添加量の低減や結晶粒径の減少も加工硬化量増に寄与することを見出した。本発明は以上の知見をもとになされたものである。
【0010】
上記目的を達成するため、本発明に係るアルミニウム合金板は、以下を特徴とする。
(1)Mg:2.0−6.0%(質量%、以下同じ)を含有し、かつMn:2.50%以下、Cr:0.50%以下のうちの1種または2種を含有し、残部がAlおよび不可避不純物よりなり、かつ
{(Mn添加量(質量%))−(Mn析出物の面積率(%))×0.24}+{(Cr添加量(質量%))−(Cr析出物の面積率(%))×0.15}
が0.4以上であることを特徴とする温間成形用アルミニウム合金板。
【0011】
(2)さらにCu:0.3−2.0%を含有することを特徴とする(1)の温間成形用アルミニウム合金板。
(3)前記温間成形用アルミニウム合金板がMnを含有するものであり、さらに、Si量を0.20%以下に規制することを特徴とする(1)〜(2)の温間成形用アルミニウム合金板。
(4)結晶粒が25μm以下であることを特徴とする、(1)〜(3)の温間成形用アルミニウム合金板。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、加工硬化量の増大に寄与するMn、Crの固溶量を最大限にし、従来のJIS5182合金よりもTS(室温)−YS(高温)が大きく、温間成形性に優れる温間成形用アルミニウム合金板を提供することが可能となった。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に本発明について詳細に説明する。
(アルミニウム合金の成分)
まず本発明のアルミニウム合金板の成分組成について説明する。ここで含有量の単位は質量%である。
【0014】
本発明のアルミニウム合金板の素材にはAl−Mg系合金が適している。
Al−Mg系合金では、Mgの添加量は2.0%以上が好ましい。Mgの含有量が2.0%以上であると高強度が得られる。一方、Mgが6.0%を超えて添加されると熱間加工性が劣化することがあり、製造コストが高くなる。
【0015】
MnとCrは固溶させることで加工硬化量を大きくするために有効な元素であるため、このうちから1種または2種を添加する。
Mnを添加する場合、Mnの含有量は2.50%以下とする。Mnの含有量が2.50%を超えると、破壊の起点となる析出物が増大する。また、Mnは、Al−Mn析出物を形成するため、添加したMnの全てがAl−Mg系合金中に固溶するわけではない。このため、Mnを添加する場合、十分な固溶量を確保するために、Mnを0.50%以上含有させることが好ましい。なお、アルミニウム合金中に不可避的不純物としてMnが含有されている場合、アルミニウム合金中に含有されているMnの含有量は、0.01%未満である。
【0016】
Mnの固溶量は添加したMn量から、Al−Mn析出物に含まれるMn量を引いた値に等しいが、直接分析することは難しい。このことから、Mnの固溶量を近似的に示す指標として以下の式(1)を定義した。
(Mn添加量(質量%))−(Al−Mn析出物の面積率(%))×0.24 (1)
【0017】
式(1)の「Al−Mn析出物の面積率」は、温間成形用材料を集束イオンビーム(FIB,Focused Ion Beam)等により0.3μm以下の一定の膜厚とし、透過電子顕微鏡で観察した観察像から以下の式(2)より求める。「Al−Mn析出物の面積率」は、透過電子顕微鏡の観察像より画像解析ソフトを用いて観察像中のAl−Mn析出物の面積を算出させて以下の式(2)を計算させることにより求めても良い。
【0018】
{(観察像中のAl−Mn析出物の面積)/(観察像全体の面積)}×100(%)(2)
Al−Mn析出物は多くがAlMnである。このため、原子量から計算するとAl−Mn析出物に含まれるMn量の割合は24(mass%)である。したがって、上記の式(1)に示すように、Al−Mn析出物中のMn量はAl−Mn析出物の面積率に0.24をかけて求める。
【0019】
同様にCrも固溶させることで加工硬化量を大きくするために有効な元素である。Crの場合の添加量範囲は、0.50%以下である。Crの含有量が0.50%を超えると、破壊の起点となる析出物が形成される。CrはAl−Cr析出物を形成するため、添加したCrが全て固溶するわけではない。また、Crの固溶量は多いほど加工硬化量を増大するため望ましい。このため、Crを添加する場合、0.20%以上の添加が好ましい。なお、アルミニウム合金中に不可避的不純物としてCrが含有されている場合、アルミニウム合金中に含有されているCrの含有量は、0.01%未満である。
【0020】
Crの固溶量は添加したCr量から、Al−Cr析出物に含まれるCr量を引いた値に等しい。このため、Mnの固溶量の場合と同様、以下の式(3)と定義する。
(Cr添加量(質量%))−(Al−Cr析出物の面積率(%))×0.15 (3)
【0021】
式(3)の「Al−Cr析出物の面積率」は、温間成形用材料をFIB等により0.3μm以下の一定の膜厚とし、透過電子顕微鏡で観察した観察像から以下の式(4)より求める。「Al−Cr析出物の面積率」は、透過電子顕微鏡の観察像より画像解析ソフトを用いて観察像中のAl−Cr析出物の面積を算出させて以下の式(4)を計算させることにより求めても良い。
【0022】
{(観察像中のAl−Cr析出物の面積)/(観察像全体の面積)}×100(%)(4)
透過電子顕微鏡の観察像におけるAl−Mn析出物とAl−Cr析出物の判断は透過電子顕微鏡に搭載された元素分析装置により行うと良い。
【0023】
Al−Cr析出物は多くがCrMgAl18である。このため、原子量から計算するとAl−Cr析出物に含まれるCr量の割合は15(mass%)である。したがって、上記の式(3)に示すように、Al−Cr析出物中のCr量はAl−Cr析出物の面積率に0.15をかけて求める。
【0024】
上記の式(1)と(3)の和で表されるMnとCrの固溶量の和{(Mn添加量(質量%))−(Mn析出物の面積率(%))×0.24}+{(Cr添加量(質量%))−(Cr析出物の面積率(%))×0.15}が0.4%未満であると温間成形性の向上が小さいため、本発明ではMnとCrの固溶量の和を0.4%以上とする。なお、式(1)と式(3)は、母相とMn、Cr系析出物の比重は同じであると仮定した場合に成り立つ式である。
【0025】
なお上述の合金において、必要に応じてCuを添加してもよい。Cuも固溶強化増大に寄与するが、過剰な添加は、破壊の起点の形成を介して、成形性を劣化させる。したがって、Cuを含有する場合は2.0%以下に添加量を制限する。一方Cuを含有する場合の下限値は、固溶強化向上効果の発現する量できまり、0.3%以上とする。
【0026】
Siは添加するとAl−Mn析出物の析出を促進するため、Mn固溶量が減少する。したがって、本発明のアルミニウム合金板がMnを含有するものである場合にMnを多く固溶させるためには、Si含有量は少ないほど好ましい。しかし、Siは、固溶による強度を上昇させる効果が得られるものであるため、必要に応じてアルミニウム合金板に含有させてもよい。Siは、不可避的不純物としてMnとともに含む場合であっても、必要に応じてMnとともにSiを含有させる場合であっても、Al−Mn析出物の析出を抑制するため0.20%以下に規制する。なお、アルミニウム合金板の材料として、一般的なアルミ地金を用いた場合、0.20%未満のSiが不可避的に含有される。
【0027】
これらAl−Mg系合金の上記成分組成には、さらにFeを添加しても良い。Feは溶解原料から混入し、不純物として含まれるFeは晶出物を生成する。これは、再結晶の核となる一方、0.30%を超えて添加すると、破壊の起点となり、成形性や曲げ加工性を劣化させる。したがって、添加量は0.30%以下とすることが好ましい。
【0028】
その他、Zr、Vを上記成分組成にさらに添加しても良い。これら遷移元素は均質化熱処理時に分散粒子を生成し再結晶後の粒界移動を抑制する効果がある。ただし、多量の添加は金属間化合物を生成し、これが温間成形や曲げ加工においての破壊の起点となり、これら特性を劣化させる。したがって、添加する場合、Zrでは0.25%以下、Tiでは0.9%以下の添加量とすることが好ましい。
【0029】
結晶粒径は微細であるほど、加工硬化量が増加するため、小さい方が好ましい。結晶粒径が大きすぎると肌荒れを起こし、成形品外観を損なうため、25μm以下にすることが好ましい。望ましくは結晶粒径が10μm以下であると高温域で材料の一部が超塑性現象を起こし、延性が向上するので良い。
【0030】
(アルミニウム合金の製造方法)
次に、上記アルミニウム合金の製造方法について説明する。温間成形用のアルミニウム合金には、充分な強度と延性が必要である。
上記した成分組成のAl−Mg系合金の鋳塊を、均質化熱処理、熱間圧延、冷間圧延を施した後、溶体化熱処理および焼入れ処理を行う。これら工程は常法と同じである。なお、冷間圧延の間に1回以上の熱処理を行っても、また、熱間圧延後に熱延板の熱処理を行っても良い。また、成形品に充分な強度、延性、再結晶粒が要求されない場合は冷間圧延材料を使用しても良い。
【0031】
先ず、溶解、鋳造工程では、上記した成分組成の合金の溶湯を、連続鋳造圧延法、半連続鋳造法(DC鋳造法)等の常法の溶解鋳造法を選択実施する。特に連続鋳造圧延法を適用する場合には、製造コストの大幅な低減が期待できる。
次に行う均質化熱処理では材質の均質化を狙う。均質化熱処理は添加元素の偏析をなくすことが主目的である。加えて微細なAl−Mnおよび/またはAl−Cr系化合物を十分に固溶させるためには520℃以上融点以下の温度での熱処理が必要となる。好ましくはMnおよび/またはCrの固溶温度以上が良い。
【0032】
熱処理時間は、添加元素量にもよるが、上記温度範囲内にて20分以上8時間以下であれば充分である。20分より短いと十分に偏析をなくすことは困難となり、一方8時間以上であれば製造コストが増加する。
また上記温度範囲内にて上記加熱時間保持した後は、180〜560℃の温度域を20℃/sec以上の冷却速度で冷却する必要があり、かつMn系析出物およびCr系析出物を最も形成する400〜560℃の温度域を30℃/sec以上の冷却速度で冷却することが必須である。冷却速度がこれよりも遅いとMn系析出物および/またはCr系析出物が形成し、Mnおよび/またはCrの固溶量が減少する。冷却速度を早める手段は、強制空冷、水冷などあるが、その手段に特に限定はない。
【0033】
続く熱間圧延では、開始温度の設定が必要であり、その温度は450℃以上にすべきである。450℃未満の温度では、熱間圧延中での再結晶の頻度が急激に低下し、これが最終製品での未再結晶化の可能性を高くする。好ましくは開始温度が520℃以上であれば微細なAl−Mnおよび/またはAl−Cr系化合物が固溶し、Mnおよび/またはCrの固溶量が増加する。
熱延開始温度到達から熱延開始までの時間は短い方が好ましい。特に20分以下が望ましい。前記時間が長くなるとAl−Mnおよび/またはAl−Cr系化合物が析出し、Mnおよび/またはCrの固溶量が減少する可能性がある。
【0034】
また熱延後は熱延板を180〜560℃の温度域を20℃/sec以上の冷却速度で冷却する必要があり、かつMnおよびCr系析出物を最も形成する400〜560℃の温度域を30℃/sec以上の冷却速度で冷却することが必須である。冷却速度がこれよりも遅いとMnおよび/またはCr系析出物が形成し、MnおよびCrの固溶量が減少する。
最終板厚は特に制限は設けず、5mm以下であることが、続く冷間圧延工程の容易さの点から好ましい。
【0035】
なお、確実な再結晶を得るために、冷間圧延前に熱延板を焼鈍しても良い。その場合には400℃以上の温度にて20分以上であれば充分であり、長時間の焼鈍は製造コストを高める欠点となる。また、全体の製造コストを考慮して、この熱延板焼鈍を省略しても良い。この熱延板焼鈍後の冷却においても、180〜560℃の温度域を20℃/sec以上の冷却速度で冷却する必要があり、かつMnおよびCr系析出物を最も形成する400〜560℃の温度域を30℃/sec以上の冷却速度で冷却することが必須である。
【0036】
続く冷間圧延は所望の板厚まで冷間まで常法で圧延してよい。
また、熱延板焼鈍と同様、確実な再結晶を得るために、冷間圧延の途中に1回以上の熱処理(中間焼鈍)を実施しても良い。この時の温度は、MnおよびCrの固溶温度以上であれば、MnおよびCrの固溶量が増加するので好ましい。熱延板焼鈍同様、この中間焼鈍後の冷却においても、180〜560℃の温度域を20℃/sec以上の冷却速度で冷却する必要があり、かつMnおよびCr系析出物を最も形成する400〜560℃の温度域を30℃/sec以上の冷却速度で冷却することが必須である。
【0037】
中間焼鈍から最終板厚までの冷間圧延率は大きい方が好ましい。冷間圧延率を大きくすることで最終焼鈍時の再結晶粒が微細化する。望ましくは中間焼鈍から最終板厚までの冷間圧延率を75%以上とすると良い。
冷間圧延終了後は、最終焼鈍を行う。最終焼鈍温度は400℃以上融点以下とする。好ましくはMnおよびCrの固溶温度以上が良い。最終焼鈍は連続焼鈍炉で行うことが好ましく180〜560℃の温度域を20℃/sec以上の冷却速度で冷却する必要があり、かつMnおよびCr系析出物を最も形成する400〜560℃の温度域を30℃/sec以上の冷却速度で冷却することが必須である。冷却速度がこれよりも遅いとMn、Cr系析出物が形成し、MnおよびCrの固溶量が減少する。
【0038】
(成形方法)
次に、本発明の成形方法について説明する。
上述のアルミニウム合金板を用いた温間成形は、ダイスおよびしわ押さえ金型の温度よりもポンチの温度を低くして行う。これらの温度差が大きいほど、材料中の強度差が大きくなり、深絞り成形性が向上する。必要なダイスおよびしわ押さえ金型とポンチとの温度差は50〜300℃である。上記温度差が50℃未満であると、充分な強度差は材料内に発現しない。また、300℃を超えた温度差を得るためには大幅な設備コストがかかるために工業的には不利となる。なお、加熱方法は電熱ヒーターを用いても、他の熱媒体による方法でも良く、特に限定はしない。
【0039】
なお、ダイス及びしわ押さえ金型の加熱温度が150℃未満では、フランジ部の変形抵抗の低下が不充分であるため、これら温度の下限を150℃以上とする。フランジ部の変形抵抗は、ダイス及びしわ押さえ金型の加熱温度の上昇によって低下する。このため、加熱温度は200℃以上とすることが好ましく、250〜300℃の範囲が最適な範囲である。
【0040】
更に、ポンチに接する材料の温度とダイス及びしわ押さえ金型に接する材料の温度差を大きくするためには、ポンチ内に配管を設け、水冷により冷却することが好ましい。なお、ポンチの冷却水は30℃以下で良く、通常の水道水の温度で冷却は可能である。なお、ポンチの温度は低いほど好ましく、10℃以下とすれば成形性が極めて良好になる。
【0041】
ここで、ポンチを冷却するためには、ポンチ内に設けた配管を冷却装置に接続し、ポンチ内に温度管理された冷媒を循環させることが好ましい。冷媒及び冷却装置を用いる際には、配管等を考慮すると、冷媒の温度は−50℃以上が実用的な範囲であり、−30〜0℃の範囲が最適である。
ポンチを効率良く冷却するには、冷媒をエチレングリコール水溶液とすることが好ましい。また冷媒には、メタノール、エタノール等のアルコール類又は塩化メチレン等の有機ハロゲン化合物を使用しても良い。
【0042】
冷媒を冷却する冷却装置は特に制限されるものではなく、汎用の装置を用いれば良い。
ポンチ肩部の冷却を促進するためには、ポンチと対向するカウンターポンチを設けても良く、その際には、カウンターポンチにも水冷手段を設け、ポンチと同じ温度に冷却することが好ましい。
【0043】
また、ポンチに接する材料の温度とダイス及びしわ押さえ金型に接する材料の温度差は、材料の熱伝導があるために、ダイス及びしわ押さえ金型とポンチの温度差よりも小さくなる。良好な成形性を得るには、上述したように、ダイス及びしわ押さえ金型に接する材料部分とポンチに接する材料部分との温度差を50℃以上とする必要がある。そのためには、ダイス及びしわ押さえ金型とポンチとの金型自体の温度差を90℃以上とすることが好ましい。これにより、アルミニウム合金板のフランジ部とポンチ肩部に相当する部分の強度差を適正な範囲とすることが可能になり、プレス成形性を更に向上させることができる。
【0044】
(合金板の好適な特性)
本発明の合金板は、以下の特性を与えるものであることが好ましい。LDR値(限界絞り比):2.4超えであることが好ましく、更には2.5以上、特に2.6以上であることが好ましい。
【実施例】
【0045】
以下に本発明の実施例について説明する。
表1記載の成分を含有し、残部がAlおよび不可避不純物よりなる組成の合金を使用して表2および下記の製造条件により被成形板を製造した。その後、得られた被成形板に対して、下記に示す条件で温間成形を行い、下記に示す方法によりLDR値(限界絞り比)を測定した。
【0046】
【表1】

【0047】
【表2】

【0048】
<被成形板の製造条件>
被成形板の製造条件は以下の通りである。まず溶解鋳造により表1記載の合金番号1〜24の組成の鋳塊を製造し、均質化処理を行った。均質化処理温度は550℃、熱処理時間は4時間とした。均質化処理後は熱延を行い、その際熱延開始温度は550℃とした。熱延板は中間焼鈍なしで冷間圧延し、最終板厚1.0mmtとした。このとき熱延上がりの板厚を調整し、表2に示すように最終冷間圧延率を変えて製造した。冷延後は500℃で最終焼鈍を行い、被成形板とした(製造条件1〜31)。
なお、表1において、(−)は、その成分を積極的に添加していないことを示す。また、熱処理(均質化処理、熱延、最終焼鈍)の際の冷却速度は統一し、表2に示すように400〜560℃および180〜400℃の温度域の冷却速度を制御した。
【0049】
<温間成形>
温間成形には、直径75mmの円筒ポンチと直径80mmのダイスを用いた。ダイスおよびしわ押さえ金型は金型に埋め込んだヒーターによる電熱加熱により加熱し、ポンチは冷却したエチレングリコール水の循環により冷却した。またポンチ温度を25℃に、ダイスとしわ押さえ金型の温度を250℃に設定した。潤滑には、汎用の2硫化モリブデンの水溶液を使用した。
【0050】
<LDR値(限界絞り比)>
LDR値は深絞り成形性の評価値であり、破断することなく絞り抜けるまで成形できた最大の円形アルミ合金板の直径をポンチ径(ここでは75mm)で除した値である。この値が大きければ温間成形性が優れている。本試験条件においてJIS5182合金の一般的な温間成形でのLDR値は2.4であり、温間成形用材料には2.4より大きいLDR値が求められる。なお、BHF(しわ押さえ荷重)は1tに設定した。
【0051】
<Mn固溶量とCr固溶量の和の算出>
Mn固溶量とCr固溶量の和の算出方法を説明する。製造した被成形板をFIBによりほぼ0.3μmの一定の膜厚になるように加工し、透過電子顕微鏡で観察した。観察像を画像解析ソフトに読み込み、Al−MnもしくはAl−Cr析出物の面積率を測定した。Al−Mn析出物とAl−Cr析出物の判断は透過電子顕微鏡搭載の元素分析装置で行った。測定した面積率を用いて式(1)の値と式(3)の値を足してMn固溶量とCr固溶量の和を算出した。
【0052】
<実験結果>
表2記載の製造条件1〜31の被成形板の成形試験結果を説明する。
製造条件1〜24では、溶体化熱処理後の冷却速度を、400℃未満では25℃/secと、400から560℃では35℃/secと大きくすることで、MnおよびCrの固溶量増を図った。
【0053】
製造条件1〜5の比較によりMg含有量の影響を調査した。製造条件1ではMg含有量が少ないためにLDR値が低く、JIS5182合金を上回る温間成形性を得られなかった。一方製造条件2〜4はJIS5182合金を上回るLDRであり、またMg含有量が多いほど温間成形性は向上した。製造条件5ではMg含有量が多いために熱間圧延割れを起こし、評価に至らなかった。
【0054】
製造条件3、6〜10の比較によりMn含有量の影響を調査した。製造条件6〜8はMn添加量が少なく、Mn固溶量とCr固溶量の和が小さいためJIS5182合金を上回る温間成形性を得られなかった。製造条件3、9はJIS5182合金を上回るLDR値であり、またMn含有量が多いほどMn固溶量が増加し、温間成形性は向上した。しかし製造条件10ではMn含有量が多すぎるために粗大な金属間化合物が生成し、成形性が悪化した。
【0055】
製造条件8、11〜15の比較によりCr含有量の影響を調査した。製造条件8、11ではCr固溶量が少なく、Mn固溶量とCr固溶量の和が小さいためLDR値が低く、JIS5182合金を上回る温間成形性を得られなかった。一方製造条件12〜14はJIS5182合金を上回るLDR値であり、またCr含有量が多いほどCr固溶量が増加し、温間成形性は向上する傾向であった。しかし製造条件15ではCr含有量が多すぎるために粗大な金属間化合物が生成し、成形性が悪化した。なお製造条件13では、Cr固溶量のみで成形性向上がなされている。
【0056】
製造条件3、16〜20の比較によりCu含有量の影響を調査した。製造条件16ではCu含有量が少ないため大きなLDR値の向上は見られなかった。一方製造条件17〜19はCu含有量が多いほど温間成形性は向上する傾向であった。しかし製造条件20ではCu含有量が多すぎたために、成形性が悪化した。
【0057】
製造条件12、21〜23の比較によりSi含有量の影響を調査した。製造条件12、21、22はSi含有量が少ないためにAl−Mn系析出物の量は少なく、Mn固溶量が多いために、JIS5182合金以上の良好な温間成形性を維持した。一方で製造条件23はSi含有量が多すぎるためにMn固溶量が減少し、温間成形性が悪化した。
製造条件24はMnを粗大な析出物が生成しない上限値に近い含有量とし、Crを粗大な析出物が生成しない上限値の含有量としたものであるが、非常に良好な温間成形性を示した。
【0058】
製造条件12、25〜28の比較により、熱処理時の冷却速度がMn固溶量および温間成形性の及ぼす影響を調査した。製造条件12、25、27は冷却速度が大きくMn固溶量が維持され、温間成形性も良好であった。一方製造条件26では全体の冷却速度は20℃/sec以上であるが、Al−Mn析出物の形成が盛んな400〜560℃の温度域で冷却速度が小さかったため、Mn固溶量が減少し、温間成形性が悪化した。また製造条件28も400〜560℃の温度域での冷却速度は大きいが、180〜400℃の温度域における冷却速度が小さかったためにMn固溶量が減少し、温間成形性が悪化した。
【0059】
製造条件3、29、30の比較、および製造条件1、31の比較により冷間圧延率が結晶粒径および温間成形性に及ぼす影響を調査した。冷間圧延率を上げることで結晶粒は微細化し、温間成形性は向上する傾向にあった。特に製造条件30は冷間圧延率を75%とすることで結晶粒径が10μm以下になり、温間成形性は大きく向上した。一方製造条件31は冷間圧延率が低く、結晶粒径も25μmより大きくなり、LDR値は良好だが、成形品表面外観に肌荒れが生じた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mg:2.0−6.0%(質量%、以下同じ)を含有し、かつ
Mn:2.50%以下、
Cr:0.50%以下のうちの1種または2種を含有し、
残部がAlおよび不可避不純物よりなり、かつ
{(Mn添加量(質量%))−(Mn析出物の面積率(%))×0.24}+{(Cr添加量(質量%))−(Cr析出物の面積率(%))×0.15}
が0.4以上であることを特徴とする温間成形用アルミニウム合金板。
【請求項2】
さらにCu:0.3−2.0%を含有することを特徴とする請求項1に記載の温間成形用アルミニウム合金板。
【請求項3】
前記温間成形用アルミニウム合金板がMnを含有するものであり、さらに、Si量を0.20%以下に規制することを特徴とする請求項1または2に記載の温間成形用アルミニウム合金板。
【請求項4】
結晶粒が25μm以下であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか一項に記載の温間成形用アルミニウム合金板。