説明

溶接部の靭性に優れたステンレス鋼製溶接構造体および溶接用ステンレス鋼板

【課題】
高強度でかつ溶接部の靭性を確保したステンレス鋼製溶接構造体を提供する。
【解決手段】
化学組成がC:0.025質量%以下、Si:1.0〜2.0質量%、Mn:1.0質量%以下、P:0・045質量%、S:0.001質量%以下、Ni:1.0質量%以下、Cr:16.0〜28.0質量%、Mo:0.2〜2.5質量%、Nb:0.05〜0.50質量%、Ti:0.05〜0.50質量%、Cu:1.0質量%以下、Al:0.02〜0.6質量%、N:0.025質量%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなるステンレス鋼板よりなり、溶接金属部における介在物の最大径が1μm以下であるステンレス鋼製溶接構造体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接部の靭性に優れたステンレス鋼溶接構造体および溶接用フェライト系ステンレス鋼に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般的にフェライト系ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼に比べ安価であることなどを特徴に、様々な分野で使用されている。その中でも、高Crフェライト系ステンレス鋼は優れた耐食性を有しており、エコキュート(登録商標)として知られる温水器缶体、建材およびパネルタンクなどに適用され、その需要量は年々増加している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−131870号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
これらの用途は加工性が要求されることから、高純度化により鋼板の軟質化を図っている。そのために、加工品の強度が低くなってしまうという問題がある。一方、これらの用途は成形後に溶接施工される場合が多いが、高Crフェライト系ステンレス鋼は溶接部の靭性が低く溶接構造部材には不向きであることが知られている。高純度化によって溶接した際の溶接部の靭性を向上させ、溶接施工する用途にも対応しているというのが現状である。
【0005】
市場の拡大に伴い、鋼材に対する要求特性は多様化しているが、その中でもコストダウンや設置作業の負荷低減を目的とした鋼板の軽量化や社会情勢の観点から見た省資源化など、鋼板の薄肉化が求められるようになってきた。
【0006】
容易に高強度化を測る手段としては調質圧延による加工硬化を利用した手法が知られている。しかし、調質圧延では強度は向上するが延性が著しく低下するため、加工性に劣るという問題点が生じる。また、溶接施工する場合にはその熱によって溶接金属部、熱影響部の強度が低下するという問題も生じる。
また、薄肉化する場合、使用時の強度を確保するためには鋼材の高強度化が必須であるが、そのために添加する強化元素の影響で溶接部の靭性の方は低下するという問題が生じる。本発明はこのような問題を解消すべくなされたものであり、高強度でかつ溶接部の靭性を確保したステンレス鋼製溶接構造体および溶接用ステンレス鋼板を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係るステンレス鋼製溶接構造体および溶接用ステンレス鋼板は、その化学組成がC:0.025質量%以下、Si:1.0〜2.0質量%、Mn:1.0質量%以下、P:0・045質量%、S:0.001質量%以下、Ni:1.0質量%以下、Cr:16.0〜28.0質量%、Mo:0.2〜2.5質量%、Nb:0.05〜0.50質量%、Ti:0.05〜0.50質量%、Cu:1.0質量%以下、Al:0.02〜0.6質量%、N:0.025質量%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、溶接金属部における介在物の最大径が1μm以下であるものである。
【0008】
なお、ここで「介在物の最大径が1μm以下である」とは、溶接構造体の溶接金属部を光学顕微鏡を用いて10μm2に観察される介在物の最大径を少なくとも30視野の観察にて求め、それが1μm以下である場合を言う。
【0009】
更に溶接部の靭性を高めるためには、その化学組成をC:0.025質量%以下、Si:1.0〜2.0質量%、Mn:1.0質量%以下、P:0・045質量%、S:0.001質量%以下、Ni:0.3〜2.0質量%、Cr:16.0〜28.0質量%、Mo:0.2〜2.5質量%、Nb:0.05〜0.50質量%、Ti:0.05〜0.50質量%、Cu:1.0質量%以下、Al:0.02〜0.6質量%、N:0.025質量%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物とし、溶接金属部における介在物の最大径を1μm以下とする。
【0010】
本発明においては、強化元素であるSiを適量添加することで、鋼板の延性を保ちつつ高強度化を図った。Siによる強化機構は固溶強化によるものであるため、溶接時に熱が加わっても溶接金属部、熱影響部の強度は低下しない。
【0011】
更に、溶接部の靭性が求められる場合には、Niを適量添加する。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係るステンレス鋼製溶接構造体および溶接用ステンレス鋼板によれば、高強度で溶接部の靭性に優れた溶接構造体が提供でき、温水器缶体やパネルタンク、建材などに使用できる。また、高強度であるため、これらの溶接構造体を従来より更に薄肉・軽量化することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に係る溶接構造体の化学組成および介在物形態を特定した理由を説明する。
【0014】
C、N:0.025質量%以下
C,Nは鋼中に不可避的に含有されるが、その含有量を低減することにより鋼は軟質になり加工性が向上すると共に炭化物・窒化物の生成が少なくなり、溶接性および溶接部の耐食性が向上する。そのため、上限を各々0.025質量%に限定する。好ましくは0.01%以下とする。
【0015】
Si:1.0越え〜2.0質量%
Siは、本発明では高強度化に寄与する重要な元素である。強度を向上させる上では1.0質量%を超えるSi含有量を確保することが必須である。1.0%を越えるSiを添加したとき、安定して500N/mm2以上の引っ張り強度が得られるようになる。ただし、必要以上にSiを添加すると延性が低下することや溶接部の靭性を低下させることが懸念されることから、2.0%以下の範囲で調整する。
また、鋼中のSiは溶接施工後の溶接金属部における介在物の大きさにも寄与しており、Si含有量を高めることで生成される介在物の径を小さくすることができる。
【0016】
Mn:1.0質量%以下
Mnはオーステナイト生成元素であり、加工性、低温靭性の低下を招くことから、1.0%以下の含有量に制限される。
【0017】
P:0.045質量%以下
Pは、母材および溶接部の靭性を損なうので出来るだけ少ないことが好ましいが、Cr含有鋼の脱りんは困難であり、かつ製造コストの上昇を招く。したがって、0.045質量%までに制限する。
【0018】
S:0.01質量%以下
Sは熱間加工性、耐溶接高温割れ性に悪影響を及ぼす元素であり、0.01質量%以下に制限する。
【0019】
Ni:0.3〜2.0質量%
Niは、フェライト系ステンレス鋼の靭性改善に有効な元素であり、0.3質量%以上添加することが望ましい。高強度化にも効果を発揮するが、過剰な添加は延性を損ねるため、2.0質量%以下に制限する。
【0020】
Cr:16〜28質量%
Crは、不動態皮膜の構成元素であり、耐孔食性および一般の耐食性を向上させる。これらの作用を十分発揮させるには16質量%以上のCr含有が望まれる。しかし、Cr含有量の増加に伴い耐食性が向上する反面、機械的性質や靭性が損なわれコスト増に繋がることから、28%質量以下のCr含有量とすることが望ましい。
【0021】
Mo:0.5〜2.5質量%
Moは、Crとともに耐食性を高めるために有効な元素である。耐食性を維持する上で0.5%以上添加することが望ましい。しかし、多量のMo添加は加工性の低下やコスト増を招くため、2.5%以下の範囲とする。
【0022】
Nb,Ti:0.05〜0.50質量%
Nb,Tiは、C,Nとの親和力が強く、フェライト系ステンレス鋼で問題となる粒界腐食を防止するのに有効であり、その作用を十分に得るには0.05質量%以上の含有を必要とする。しかし、必要以上に添加すると表面品質の低下や溶接部の靭性低下を招くため、0.50質量%を上限とする。
【0023】
Cu:1.0質量%以下
Cuは、フェライト系ステンレス鋼の孔食電位を上昇させるとともに、局部腐食の進行を防止する作用を呈する。しかし、必要以上に添加すると逆に耐食性を阻害する要因になるので、1.0質量%を上限とする。
【0024】
Al:0.02〜0.6質量%
Alは、Tiと複合添加することにより溶接時の加熱で表面にAl酸化物皮膜を生成させ、Crの酸化ロスを防止する、というAlとTiの複合添加作用を利用する。Al含有量が0.02質量%未満では有効なAl酸化物皮膜が生成しない。一方、必要以上に添加すると表面品質の低下や溶接性の低下を招くため事から、0.6質量%を上限とする。
【0025】
溶接金属部における介在物の最大径:1μm以下
本発明に係る溶接構造体においては、溶接金属部における介在物の最大径を1μm以下とする。溶接施工により溶接金属部には介在物が生成するが、粗大な介在物が生成されると溶接部の靭性が低下するという弊害がある。そのため、介在物の最大径は1μm以下となるよう制限する。
介在物の径は、本発明に定める合金成分よりなるステンレス鋼板を溶接電流30〜60A、溶接速度20〜40cm/minの条件でTIG溶接することにより、1μm以下に制御することができる。その原理は必ずしも明らかではないが、鋼中の合金成分、特にSiにより溶融池の粘性が低くなったことから均一に溶融されるのと同時に介在物核も均一に分散され、凝固速度が速いので介在物の粗大化が抑制されているものと推察される。
【実施例】
【0026】
[鋼材の調査]
表1の化学組成をもつフェライト系ステンレス鋼を30kg真空溶解炉で溶製した後、熱間圧延にて板厚4mmの熱延板を得た。その後、冷間圧延、仕上げ焼鈍、酸洗を施し、板厚0.9mmの冷延焼鈍板を製造した。
【0027】
【表1】

【0028】
製造された冷延焼鈍板について引張試験を行い、引張強さと伸びの関係を調査した。なお、引張試験片にはJIS
Z 2201に規定される13B号試験片を用いた。調査結果を表2に示す。鋼種No.1〜3については、引張強さは500N/mm2以上、伸びが20%以上と優れた強度・延性を示した。これに対し、鋼種No.4,5では、伸びは20%以上と良好な延性を示したものの引張強さが500N/mm2以下と強度不足であり、一方、鋼種No.6,7では引張強さは500N/mm以上と良好な強度示したが伸びが20%以下と延性不足であった。これらの結果から、Si含有量は1.0〜2.0質量%にすべきと判断した。
【0029】
【表2】

【0030】
[溶接試験片の調査]
表3の組成を持つフェライト系ステンレス鋼を30kg真空溶解炉で溶製した後、熱間圧延にて板厚4mmの熱延板を得た。その後、冷間圧延、仕上げ焼鈍・酸洗を施し、板厚0.9mmの冷延焼鈍板を製造した。
【0031】
【表3】

【0032】
製造された冷延焼鈍板に溶接電流30〜60A、溶接速度20〜40cm/minの条件で、TIG溶接によるTIG溶接(ビードオンプレート)を施した後、溶接部の引張試験を行い、溶接部の引張強さと伸びの関係を調査した。また、引張試験片の破断部を観察し、延性、脆性を判断した。なお、引張試験片には、JIS
Z 2201に規定される5号試験片を用いた。調査結果を表4に示す。
【0033】
【表4】

【0034】
鋼種8〜12では、引張強さが500N/mm以上、伸びが20%以上と優れた溶接部の強度と延性を示し、いずれも延性破断であった。また、介在物の最大径も、各々1μmを下回っていた。このことから、発明鋼を溶接施工することにより、強度と靭性に優れた溶接構造体が得られることになる。
鋼種13〜14では良好な強度を示したが、伸びは著しく低下していた。破断面を観察した結果、脆性破断であることを確認した。鋼種15〜17では良好な強度を示し延性破断していたが、伸びが20%以下と低い値を示した。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明は溶接部の靭性に優れていることから、溶接部を含む用途、例えば、エコキュートなどの温水容器缶体、建材およびパネルタンクなどに使用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成がC:0.025質量%以下、Si:1.0〜2.0質量%、Mn:1.0質量%以下、P:0・045質量%、S:0.001質量%以下、Ni:1.0質量%以下、Cr:16.0〜28.0質量%、Mo:0.2〜2.5質量%、Nb:0.05〜0.50質量%、Ti:0.05〜0.50質量%、Cu:1.0質量%以下、Al:0.02〜0.6質量%、N:0.025質量%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなるステンレス鋼板よりなり、溶接金属部における介在物の最大径が1μm以下であるステンレス鋼製溶接構造体。
【請求項2】
化学組成がC:0.025質量%以下、Si:1.0〜2.0質量%、Mn:1.0質量%以下、P:0・045質量%、S:0.001質量%以下、Ni:0.3〜2.0質量%、Cr:16.0〜28.0質量%、Mo:0.2〜2.5質量%、Nb:0.05〜0.50質量%、Ti:0.05〜0.50質量%、Cu:1.0質量%以下、Al:0.02〜0.6質量%、N:0.025質量%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物なるステンレス鋼板よりなり、溶接金属部における介在物の最大径が1μm以下であるステンレス鋼製溶接構造体。
【請求項3】
化学組成がC:0.025質量%以下、Si:1.0〜2.0質量%、Mn:1.0質量%以下、P:0・045質量%、S:0.001質量%以下、Ni:1.0質量%以下、Cr:16.0〜28.0質量%、Mo:0.2〜2.5質量%、Nb:0.05〜0.50質量%、Ti:0.05〜0.50質量%、Cu:1.0質量%以下、Al:0.02〜0.6質量%、N:0.025質量%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなるステンレス鋼板よりなり、溶接施工した場合に溶接金属部における介在物の最大径が1μm以下となるステンレス鋼板。
【請求項4】
化学組成がC:0.025質量%以下、Si:1.0〜2.0質量%、Mn:1.0質量%以下、P:0・045質量%、S:0.001質量%以下、Ni:0.3〜2.0質量%、Cr:16.0〜28.0質量%、Mo:0.2〜2.5質量%、Nb:0.05〜0.50質量%、Ti:0.05〜0.50質量%、Cu:1.0質量%以下、Al:0.02〜0.6質量%、N:0.025質量%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物であり、溶接施工した場合に溶接金属部における介在物の最大径が1μm以下となるステンレス鋼板。