説明

溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法

【課題】設備負荷を増加したり、合金化処理での不安定性を助長したりすることなく、浮遊ドロスやボトムドロスの発生を抑制しうる溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法を提供する。
【解決手段】Alを0.08質量%以上含有する440℃〜480℃の溶融亜鉛めっき浴の浴面にトップドロスを浮遊させながらめっき作業を行うに当たり、めっき浴面に浮遊するトップドロスを含むようにめっき作業中のめっき融液を採取し、このめっき融液の凝固物における融液表面から深さ2mmまでの領域に相当する部分の切断面を観察したときに、Ni、Cr、およびMnからなる群から選ばれる1種もしくは2種以上を合計で10質量%以上ならびに/またはSiを15質量%以上含有するFe−Al系金属間化合物であり、かつ平均結晶粒径が20μm以上であるトップドロスが観察視野1mmあたり10個以上存在するようなトップドロスの浮遊状態でめっきを行う。めっきされた鋼材を加熱して合金化処理を行ってもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶融亜鉛または溶融亜鉛合金によるめっき(以下、これらを総称して「溶融亜鉛めっき」という。)により亜鉛めっき層または亜鉛合金めっき層(以下、これらを総称して「亜鉛めっき層」という。)が表面に形成された鋼板である溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法に関する。さらに詳しくは、連続的な操業において、溶融亜鉛めっき浴での浮遊ドロスおよびボトムドロスの発生が抑制される、溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶融亜鉛めっき鋼板は、安価な防錆鋼板として、家電、建材、家具、什器等様々な用途に適用されている。とりわけ、溶融亜鉛めっき後に亜鉛めっき層をFe-Zn合金化処理した合金化溶融亜鉛めっき鋼板は溶接性および塗装後の耐食性がよいので、自動車外装用鋼板に大量に使用されている。このような用途拡大にともない、溶融亜鉛めっき鋼板の品質特性、特に表面品質に対する要求が厳しくなっている。
【0003】
この表面品質に影響を及ぼすものの一つに、溶融亜鉛めっきを施す際にめっき槽内で発生するドロスが挙げられる。溶融亜鉛めっき作業中、母材は溶融亜鉛めっき浴に浸漬されるが、この間に母材から少量のFe原子が浴中に溶出する。「ドロス」とは、この溶出したFe原子が浴中のZnやAlと反応して金属間化合物などを形成し、それが粒状に凝集成長したものである。鋼板にドロスが付着すると、外観が損なわれるうえ、プレス成形時に鋼板に押し込まれて反対面にプリントスルーと称される外観不良が発生する要因になる。このように表面欠陥の原因になるため、ドロスが付着した鋼板は外観が重要視される用途には使用できない。
【0004】
Feとめっき材料との合金であるドロスの中で、比重が大きいものは、めっき槽底部に沈降し堆積する。このようなドロスはボトムドロスと呼ばれ、Fe-Zn系合金(特にFeZn)を主成分とする。一方、比重が小さいものは、めっき浴表面に浮上する。これはトップドロスと呼ばれ、通常Fe-Al系合金(特にFeAl)を主成分とする。これ以外に、Fe-Zn系合金のものでも比較的結晶粒径が小さいものやFe-Zn系とFe-Al系との混合形態のものは、Znポットを長時間静置してもめっき浴中に浮遊したままであって浴面まで浮上しきらない場合が多い。このようなドロスを「浮遊ドロス」と定義し、トップドロスおよびボトムドロスと区別する。
【0005】
ドロス欠陥対策の一つは、溶融亜鉛めっき浴のAl含有量を高めることである。Al含有量を高めることにより鋼板からのFeの溶出が抑制される。また、下記の反応式(1)に示されるドロスの変態を利用してボトムドロスをトップドロス化して浮上させることができる。なお、トップドロスは操業中でもくみ出すことによって容易に除去することができる。
2FeZn7+5Al → Fe2Al5+14Zn ・・・・・ (1)
【0006】
しかし、めっき浴のAl含有量を増加させてめっきすると、合金化溶融亜鉛めっき鋼材の製造時に、めっき層をFe-Zn合金化する際の反応性が著しく阻害される場合がある。この場合には、生産性が損なわれる上、合金化反応が不均一になるため鋼板の表面性状が悪くなってしまう。これらの理由から、合金化溶融亜鉛めっき鋼材を製造する場合には、溶融亜鉛めっき浴のAl含有量を必要以上に増加させるべきではない。
【0007】
そこで、特許文献1には、溶融亜鉛めっき浴のめっき槽をめっき域、ドロス処理域、Al除去域に区分する方法が開示されている。この方法では、まず、ドロスを含有するめっき浴をドロス処理域に導き、Alを添加してドロスと反応させて浴中ドロスを浮上させてこれを除去する。その後Al除去域おいてドロス除去浴に脱Al剤を添加してAl含有量を調整し、これをめっき域に戻してめっき浴としている。しかしこの方法では、めっき域以外にドロス処理域および浴のAl含有量調整域が必要であるため、従来の方法に較べて大型のめっき槽が必要となる。このため、スペースや設備費が増すこととなり、容易には行うことができない。
【0008】
また、特許文献2には、溶融亜鉛めっき浴のスナウト内部のめっき浴の表面に浮遊するドロスを470℃以上に加熱し、めっき浴温度を450℃以上、470℃未満に保持してめっきを行う方法が開示されている。この方法は、スナウト内部に存在するドロスを加熱して軟化させ、めっき浴に浸漬される鋼板にドロスが接触してもすり疵とならないようにするものである。しかしながら、このように浴面だけを加熱する手段では、局所的に浴温が不均一になる。このとき、浴内で相対的に浴温が低下した個所ではFeが過飽和となる場合があり、このFeがドロスの核発生となり浮遊ドロスの助長要因となりうる。
【0009】
特許文献3には、めっき浴中に0.005質量%から飽和するまでの量のSiを含有させた溶融亜鉛めっき浴を用いてめっきする方法が開示されている。この方法によれば、ボトムドロスの形成が抑制され、さらにアルミニウムを含むトップドロス(該文献では「浮遊ドロス(floating dross)」と記される。)も発生せず、少量のFe−Siを発生する程度であるとされている。しかしながら、このように多量のSiを含有するめっき浴を用いてめっきすると、Siによって合金化処理時の反応性が阻害されるおそれがある。
【特許文献1】特開平2-34761号公報
【特許文献2】特開昭58−167708号公報
【特許文献3】特表平8-502098号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
このように、これまで提案されているドロス欠陥対策は、設備負荷を増加したり、合金化処理での不安定性を助長したりするなど、何らかの副作用をもたらすものであった。そこで、本発明では、従来のドロス欠陥対策とは異なる新たなドロス抑制手段およびその手段を備える溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するに当たって、本発明者は、ドロス抑制の必要性について、ドロスの種類ごとに改めて検討を行った。
まず、浮遊ドロスは、めっき浴中に浮遊するため、めっき浴中に送給されるめっき鋼板などに容易に付着しうる。したがって、浮遊ドロスはできる限り少なくすることが好ましい。
【0012】
次に、ボトムドロス(Fe-Zn系のドロス)は、通常、浴底部に堆積しており、そのままであればめっき鋼板に付着することはない。しかしながら、めっき鋼板製造時のめっき浴の流動等によりめっき浴中に巻き上げられたり、連続操業中にめっき浴中にAlを補給したときに前記式(1)の反応により比重の低い成分に変態したりする場合がある。この場合には、浮遊ドロスと同様に浴中に浮遊してしまい、ドロス欠陥をもたらすおそれがある。このため、ボトムドロスの発生および堆積は極力抑えた方がよい。
【0013】
続いて、トップドロス(Fe−Al系のドロス)は、浴面に浮いているので、たとえ浴面に残留していても、仕切板やポンプ等で鋼板と接触しないようにすれば、これに起因するドロス欠陥を抑制することができる。しかしながら、トップドロスは、連続操業中のめっき浴中のAl含有量低下に伴って、その一部または全部が前記式(1)の逆反応により比重が高い成分に変態する場合がある。この場合には、浮遊ドロスとなって浴中に浮遊したり、ボトムドロスとなって浴底部に沈降したりして、ドロス欠陥の原因となる。すなわち、トップドロスは、浴面に浮遊するという物理的特性は問題にならないが、前記式(1)の逆反応を起こすという化学的な特性ために存在が否定されているといえる。
【0014】
従来のドロス欠陥防止方法は、このような観点から、ボトムドロス、トップドロス、浮遊ドロスのいずれも云わば悪者として扱い、これらをいずれも発生させないか、または発生したものを除去することに中心に検討されてきた。
【0015】
このような従来の考え方に対し、本発明者は、トップドロスは、化学的性質を変化させて前記式(1)の逆反応が起らないようにすれば、必ずしも除去しなくてもよいという点に着目し、次の発明を完成させた。
【0016】
(1)Alを0.08質量%以上含有する440℃〜480℃の溶融亜鉛めっき浴を用い、当該めっき浴面にトップドロスを浮遊させながらめっき作業を行う溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法であって、前記めっき浴面に浮遊するトップドロスを含むようにめっき作業中のめっき融液を採取し、当該めっき融液の凝固物における融液表面から深さ2mmまでの領域に相当する部分の切断面を観察したときに、Ni、Cr、およびMnからなる群から選ばれる1種または2種以上を合計で10質量%以上含有し平均結晶粒径が20μm以上であるFe−Al系金属間化合物からなるトップドロスが観察視野1mmあたり10個以上存在するようなトップドロスの浮遊状態で、めっき作業を行うことを特徴とする溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法。
【0017】
(2)Alを0.08質量%以上含有する440℃〜480℃の溶融亜鉛めっき浴を用い、当該めっき浴面にトップドロスを浮遊させながらめっき作業を行う溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法であって、前記めっき浴面に浮遊するトップドロスを含むようにめっき作業中のめっき融液を採取し、当該めっき融液の凝固物における融液表面から深さ2mmまでの領域に相当する部分の切断面を観察したときに、Siを15質量%以上含有し平均結晶粒径が20μm以上であるFe−Al系金属間化合物からなるトップドロスが観察視野1mmあたり10個以上存在するようなトップドロスの浮遊状態で、めっき作業を行うことを特徴とする溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法。
【0018】
(3)Alを0.08質量%以上含有する440℃〜480℃の溶融亜鉛めっき浴を用い、当該めっき浴面にトップドロスを浮遊させながらめっき作業を行う溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法であって、前記めっき浴面に浮遊するトップドロスを含むようにめっき作業中のめっき融液を採取し、当該めっき融液の凝固物における融液表面から深さ2mmまでの領域に相当する部分の切断面を観察したときに、Ni、Cr、およびMnからなる群から選ばれる1種または2種以上を合計で10質量%以上ならびにSiを15質量%以上含有し平均結晶粒径が20μm以上であるFe−Al系金属間化合物からなるトップドロスが観察視野1mmあたり10個以上存在するようなトップドロスの浮遊状態で、めっき作業を行うことを特徴とする溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法。
【0019】
(4)上記(1)乃至(3)のいずれかに記載される溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法によりめっきされた鋼材を加熱して合金化処理を行う合金化溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法。
【0020】
ここで、上記の発明における「溶融亜鉛」とは、溶融亜鉛および溶融亜鉛合金を意味する。また、上記の発明はめっき作業中のトップドロスの浮遊状態を規定するものであるから、上記のごとくめっき作業中のめっき浴からめっき融液を直接採取して評価を行わず、例えばめっき作業の前および/または後のめっき浴からめっき融液を採取して評価を行った場合であっても、めっき作業中のめっき融液を採取して評価すれば結果的に上記のトップドロスの浮遊状態となるときには、そのめっき浴を用いて上記の温度でめっき作業を行うことは当然に上記の発明の範囲に含まれる。さらに、本発明に係るめっき鋼材の製造方法ではめっき浴にトップドロスを浮遊させながらめっき作業するのであるから、めっきされる鋼材にトップドロスが接触しないような適切な処理(例えば仕切板の設置や循環ポンプの位置等の制御)がそのめっき作業において当然になされる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、溶融亜鉛めっき鋼材の製造時に、めっき浴中の浮遊ドロスや粒径の大きいボトムドロスの発生量を抑え、鋼材にドロスが付着することを防止できる。このため、建材、自動車、家電等の構成部材として好適な、良好な表面品質特性を備えた溶融亜鉛めっき鋼材を効率的に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明に係る溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法では、Alを0.08質量%以上含有する440℃〜480℃の溶融亜鉛めっき浴を用い、当該めっき浴面にトップドロスを浮遊させながらめっき作業を行うに当たり、めっき浴面に浮遊するトップドロスを含むようにめっき作業中のめっき融液を採取し、このめっき融液の凝固物における融液表面から深さ2mmまでの領域に相当する部分の切断面を観察したときに、Ni、Cr、およびMnからなる群から選ばれる1種もしくは2種以上を合計で10質量%以上ならびに/またはSiを15質量%以上含有するFe−Al系金属間化合物であり、かつ平均結晶粒径が20μm以上であるトップドロスが観察視野1mmあたり10個以上存在するようなトップドロスの浮遊状態でめっき作業を行う。このめっき浴によりめっきされた鋼材を加熱して合金化処理を行ってもよい。ここで、「溶融亜鉛」とは、溶融亜鉛および溶融亜鉛合金の総称である。
【0023】
以下に、この溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法の最良の形態について説明する。以下の説明における溶融亜鉛めっきの成分の含有量に関する「%」は「質量%」を意味する。
1.めっきの母材となる鋼材
めっき母材の種類は特に限定するものではなく、極低炭素鋼、低炭素鋼、Si、Mn、Pなどを含有する鋼が対象となる。鋼の強度で言えば、軟鋼や各種の高張力鋼等である。鋼の形態は鋼板に限定する必要はなく、鋼管、条鋼、形鋼等でもよいが、鋼板において特に有用である。鋼板の品種としては冷間圧延鋼板でも熱間圧延鋼板でも構わない。
以下では、鋼板を母材とし、連続溶融めっきライン(CGL)での実施形態を例として説明する。
【0024】
2.めっきまでの工程
母材はめっき浴温度近傍に調整された後溶融亜鉛めっき槽に送給される。母材は、めっき前の処理として還元雰囲気内での高温加熱または焼鈍され、めっき浴温度近傍まで冷却されるのが好ましいが、この方法に限定されることはなく、例えば高温加熱や焼鈍を経ないでめっき浴温度近傍まで直接加熱してめっきする方法でも構わない。
【0025】
3.めっき
本発明では、製品品質や操業に害を与えない範囲で、トップドロスを完全に除去するのではなく、めっき浴中において過飽和状態にあるFeを短時間の内にトラップし、比重の軽いFe−Al系金属間化合物としてめっき浴面に浮上させる効果を有する特定の組成を有するトップドロスを浮遊させながら操業する。以下にその詳細について説明する。なお、以下の説明において、めっき浴を構成する成分の含有量を示す「%」は、特に断りがない限りめっき浴全質量に対する「質量%」を、トップドロスを構成する成分の含有量を示す「%」は、特に断りがない限りトップドロス全質量に対する「質量%」を意味する。
【0026】
(1)めっき浴組成
a)必須成分
本発明の溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法におけるめっき浴には、ZnおよびAlがめっき成分として含まれ、鋼板に由来するFeも操業中に不可避的に含まれる。
【0027】
このうち、Alについては、めっき浴中含有量が少なすぎると、トップドロスが前述したような成分であっても、前記式(1)の逆反応が進みやすくなり、ボトムドロスを生成する可能性が高まる。したがって、めっき浴中のAl含有量は0.08%以上とする。より好ましい範囲は0.10%以上である。
【0028】
一方、浴中Al含有量の上限は特に限定されない。反応式(1)から明らかなように、めっきAl含有量が高いほどボトムドロスが形成されにくいためである。なお、Al含有量が0.30%超であれば、後述する添加成分を含まない通常のトップドロスでも極めて安定しているので、本発明のトップドロスを用いる溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法はAl含有量が0.30%以下の領域で特に有用である。また、浴中のAl含有量が高い場合には合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造時に合金化反応が遅延され、生産性が阻害されたり合金化ムラが生じたりしやすい。したがって、合金溶融亜鉛めっき鋼板の製造する場合、または合金化溶融亜鉛めっき鋼板と通常の溶融亜鉛めっき鋼板を同一のラインで連続して製造する場合には、めっき浴中のAl含有量を0.15%以下とすることが好ましい。
【0029】
b)任意成分
本発明の溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法は、通常の溶融亜鉛めっきおよび合金化溶融亜鉛めっき製造時に用いられる亜鉛めっき浴に対して適用可能である。したがって、めっき浴中にPb、Sb、Cd、Sn、Bi、Mg、Ti等が少量含まれていてもよい。
また、めっき槽もしくはめっき設備を構成する部材または後述するトップドロスを構成する成分から若干の元素混入が発生していてもよい。
【0030】
(2)トップドロスの成分および形成方法
a)成分
本発明におけるトップドロスは、通常のトップドロスと同様にFeAlを主成分としつつ、Ni、Cr、およびMnからなる群から選ばれる一種または二種以上について合計で10%以上、ならびにSiを15%以上の少なくとも一方を満たすようにこれらの元素(以下、「添加元素」と総称する。)を含有する。
【0031】
これらの添加元素を存在させることが有効である理由は必ずしも明らかでないが、トップドロスの主成分であるFeAlを安定化させる作用を有しているものと推測される。このため、鋼材からのFeが溶出すると、添加元素を含む安定な組成(たとえばFe−Al−Si系)のトップドロスが、ボトムドロスや浮遊ドロスをもたらすFe−Zn系のドロスよりも優先的に生成されているものと考えられる。また、この安定化されたトップドロスでは上記式(1)の逆反応は進行しにいため、このトップドロスからボトムドロスや浮遊ドロスが生成される可能性は極めて少なくなっていると考えられる。
【0032】
添加元素を含むトップドロス中のFe−Al系金属間化合物の形態を詳細に観察すると、2種類の組成のものが確認される。一つはFeAlの周囲に添加元素を含む成分が吸着したドロスであり(以下、「吸着型ドロス」という。)、もう一つはFeAlのAlの一部が添加元素に置換されたドロスである(以下、「置換型ドロス」という。)。
【0033】
この状態から、添加元素の供給を絶って、Feを供給していくと、任意元素を含有するドロスのうち、まず吸着型ドロスが消失する。続いて、置換型ドロスから添加元素が拡散して吸着型ドロスに変態し、さらにこの変態した吸着型ドロスが消失する。なお、ドロスが消失するときには、上記式(1)逆反応のような反応が進行し、浮遊ドロスやボトムドロスが形成されているものと推測される。
【0034】
上記の置換型ドロスおよび吸着型ドロスの元素分析を、例えばEPMA(electron probe X-ray microanalysis)を用いて行うことにより、この現象は詳しく理解することができる。この元素分析の結果によれば、置換型ドロスにおける添加元素の含有量は、Ni、Cr、およびMnからなる群から選ばれる一種または二種以上を合計で10%以上、ならびにSiを15%以上の少なくとも一方を満たす。これに対し、吸着型ドロスは添加元素を含むもののその含有量は上記の含有量範囲に満たず、Ni、Cr、およびMnからなる群から選ばれる一種または二種以上が合計で10%未満、かつSiが15%未満である。
【0035】
このことは、トップドロスに含まれる添加元素の含有量を所定値以上とすることで、置換型ドロスから吸着型ドロスへの変態が抑制されうることを示している。すなわち、ボトムドロスや浮遊ドロスを安定的に低減させるためには、添加元素を所定量以上含有する置換型トップドロスを浴面に確保しておけばよいことになる。
【0036】
また、次のような評価を行うことにより、ボトムドロスや浮遊ドロスが低減された状態を安定的に実現しうる上記置換型ドロスのめっき浴面における浮遊状態をさらに詳しく理解することができる。
【0037】
まず、めっき作業中のめっき浴について、トップドロスが浴面を覆うように浮遊する領域から、その領域の浴面のトップドロスの浮遊状態が維持されるように、めっき浴面近傍(浴面から深さ2〜3mmの領域であって、トップドロスが最も高密度に浮遊する領域である。)のめっき融液を含むめっき融液を、採取用ひしゃく(図1参照)でできるだけ静かにすくい取る。図1は、めっき浴からサンプルを採取するためのひしゃくの一例を概念的に示した斜視図であり、ここに示されるひしゃくは、開口部の直径が底部の直径(30mm)よりも大きくなるような逆円錐台形状であって、開口端部に所定の長さの柄が取り付けられている。
【0038】
次に、このひしゃくを静置し、そのまま冷却して、めっき融液が固化した凝固物(塊状の亜鉛合金)を得る。このようにして得られた凝固物におけるめっき融液の表面近傍(融液表面から深さ2〜3mmの領域であって、トップドロスが最も高密度に存在する領域である。)に相当する部分のトップドロスの存在状態は、めっき作業中のめっき浴面近傍のトップドロスの浮遊状態と大きく異なることはない。このため、この凝固物のめっき融液の表面近傍に相当する部分(評価の再現性を確保する観点からは融液表面から2mmの深さまでの領域に相当する部分とすることが好ましい。)を観察することで、実際のめっき浴の浴面近傍におけるトップドロスの浮遊状態を把握することが可能である。
【0039】
そこで、凝固物のこの部分を含むように観察用サンプルを切り出し、このサンプルを平面研磨して得られた、めっき融液の凝固物における表面近傍に相当する部分の切断面を顕微鏡で観察して、その観察視野におけるトップドロスの結晶粒径分布を計測する。
【0040】
その計測結果によれば、添加元素の含有量が上記の範囲にある置換型ドロスのうち、平均結晶粒径が20μm以上であるものが、この切断面の観察視野1mmあたり10個以上存在するようなめっき浴では、置換型ドロスから吸着型ドロスへの変態が安定的に抑制され、ボトムドロスおよび浮遊ドロスの低減が安定的に実現される。
【0041】
ここで、「平均結晶粒径」とは、断面の顕微鏡観察によって観察された結晶の長径と短径との平均値をいう。また、浴面におけるトップドロスの浮遊状態は浴面全体では均一でないが、本発明の置換型トップドロスの浮遊状態の評価は、平均的な浴面、すなわち通板領域の近傍(例えばスナウト内)以外は、ドロス掻きを特に行わないようなほぼ定常的な状態で採取されるめっき浴面から行われるものとする。
【0042】
このように、凝固物の融液表面近傍に相当する部分の切断面を観察して、トップドロス中の添加元素の含有量が上記の範囲である置換型ドロスが観察視野において存在しなかったり、置換型ドロスは存在するものの平均結晶粒径が20μm以上のものが観察視野1mmあたり10個未満であったりする場合には、そのめっき浴では十分なドロス抑制効果が得られないおそれがあることを認識することができる。
【0043】
ドロス抑制効果を特に安定的に得るという観点から、添加元素含有量の好ましい範囲は、Ni,Cr,Mnの単独あるいはその合計の含有量について15%以上、Siの含有量について20%以上である。また、平均結晶粒径が20μm以上の結晶の1mm当たりの個数は、20個以上存在させることが好ましい。
【0044】
なお、本発明においてめっき融液を採取するにあたって使用される道具は図1に示されるひしゃくに限定されない。採取後のめっき融液の表面近傍のトップドロス浮遊状態がめっき作業中のめっき浴の浴面近傍のトップドロス浮遊状態を再現できるのであれば、いかなる形状をしていてもよい。
【0045】
b)形成方法
このようなトップドロスを形成するには、めっき浴に添加成分のみを単体で、またはめっき成分(Zn、Alなど)との合金としてめっき浴に投入すればよく、例えばめっき浴を補給・成分調整するためのインゴットに含ませてもよい。連続的に操業する際には、トップドロス成分の変動を見ながらこのような方法で適宜添加する。この方法によれば、めっき作業を行うことによって必然的に形成されるFeAlに添加成分が優先的に取り込まれることとなる。
【0046】
この他、めっき浴を新たに調製した場合等には、調製直後にはトップドロスが浴面に生成されていないため、必要に応じて、別のめっき浴で生成したトップドロスを採取し、この新たなめっき浴面に浮遊させてもよい。この場合には、めっき作業前のめっき浴における浴面近傍のトップドロスの浮遊状態について上記の好適な状態とすれば、めっき作業開始直後から浮遊ドロスやボトムドロスが形成されにくい浴状態となり、好ましい。
【0047】
(3)めっき条件
本発明に係る溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法では、溶融亜鉛めっき浴の浴面を、製品品質や操業に影響を与えない程度にトップドロスで被覆しつつ、めっきを行う。この被覆の程度の好適な範囲は、添加成分の含有量、鋼材の組成や送給量、めっき浴量と浴面との比率などによって変動する可能性があるが、目視で評価する被覆率として20%以上にすれば本発明の浮遊ドロスおよびボトムドロスの低減効果を安定的に享受することが実現される。被覆率の上限は操業に悪影響を与えない範囲で適宜設定すればよく、長期間の操業でトップドロスの量が多くなりすぎたときには、例えばくみ出すなどして浴外に除去すればよい。このときは、トップドロス中に含有される添加成分も同時に浴外に除去されるので、除去量に見合う量の添加成分をめっき浴に加えればよい。
【0048】
また、本発明に係る溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法を行うに当たって、めっき浴温度は、440〜480℃、好ましくは450〜470℃とする。浴温が480℃を超えると、前記反応式(1)の逆反応がトップドロスにおいて発生しやすくなり、トップドロスからFe−Zn系合金を含むボトムドロスや浮遊ドロスが生成する可能性が高まる。このため、浴温設定は480℃以下とする。好ましくは470℃以下である。一方、めっき浴温度が過度に低くなると溶融亜鉛の粘性が増し、めっき浴から引き上げられた後に施される高圧ガスなどによるめっき付着量の調整が困難になる。このため、例えば鋼板を対象とする場合には通板速度を遅くする必要が生じ、生産性を損なう。さらにめっき浴温度が低くすぎる場合には、めっきたれ(溶融亜鉛の凝固部分が垂れて凸状になったもの)などの表面欠陥が発生しやすくなるので好ましくない。このため、設定温度は440℃以上とする。好ましくは450℃以上である。
【0049】
4.合金化処理
本発明に係る溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法においては、上記のめっき工程で得られた溶融亜鉛めっき鋼材に対して合金化処理を行って合金化溶融めっき鋼材を得てもよい。このときの合金化処理は公知の方法で行えばよい。すなわち、鋼材温度が450〜650℃程度の範囲で目的とする性能が得られるように加熱すればよい。加熱手段についても、輻射加熱、直火加熱、高周波誘導加熱、通電加熱の何れの手段によってもよい。
【実施例】
【0050】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
1.亜鉛めっき浴の作成、分析
(1)亜鉛めっき浴の作成
Al含有量が0.05〜0.32%の範囲にある溶融亜鉛めっき浴を作成した。めっき浴の浴槽には黒鉛製のルツボを用いた。表1におけるNo.2〜26について、Ni,Cr,MnおよびSiからなる群から選ばれる一種以上の元素のめっき浴中の含有量が所定範囲となるように、Ni,CrおよびMnについてはそれぞれの金属粉を、SiについてはZn−5%Al−0.6%Si合金インゴットの形でこのめっき浴中に添加した。
【0051】
さらに浴温を435〜485℃の範囲に調整してから、めっき浴の0.05%に相当するFe粉を添加した。最初に添加した固形物が溶解しないまま残存しないように、めっき浴を十分に攪拌した後、調整された温度のまま24時間静置した。以下、このめっき浴を「24時間静置後めっき浴」という。
【0052】
(2)浴組成分析
24時間静置後めっき浴のめっき浴面に浮遊するトップドロスを、めっき浴面近傍のめっき浴ごとくみ出して、一旦完全に除去した。
【0053】
上記のようにして採取したトップドロスを除いた後のめっき浴におけるAl含有量は、所定量のめっき融液を冷却固化させたものを20%のHCl水溶液で溶解し、この溶液をICP発光分析法にて分析することにより得た。
【0054】
2.トップドロスの同定と浮遊ドロス量の測定
(1)トップドロス中のドロス同定と発生頻度測定
上記の組成分析に用いたものと組成が同一である24時間静置後めっき浴を新たに用意し、このめっき浴におけるトップドロスが浴面を覆うように存在する領域から、トップドロスの浮遊状態が維持されるように留意しつつ、めっき浴面を含むようにめっき融液をトップドロスごと採取用のひしゃく(図1参照)ですくい取り、これを冷却固化した。固化して得られためっき塊の浴面近傍に該当する部分を切り出して樹脂に埋め込み、これを平面研磨して浴面近傍の任意の断面を露出させた。
【0055】
得られた断面の任意の1mmをマス目で4分割し、電界放射型電子顕微鏡((株)日立製作所製 S−4100)を使用して、それぞれのマス目(500μm×500μm)を分析視野として、各添加元素(Cr,Ni,MnおよびSi)の含有量に対応するカラーマッピングを実施した。ここで、各添加元素について含有量が既知のサンプルについて予め点分析(スポットサイズ:15μm)を行い、添加元素ごとに所定含有量以上の場合の色調を確認しておいたため、上記視野に見られるドロスの結晶のうち、その所定の色調にあるもので、かつ平均粒径(長径と短径との平均値)が20μm以上のものをカウントし、4視野の個数を合計した。詳細な分析条件は、以下の通りである。
【0056】
X線検出器 :KEVEX社製 Quantum (エネルギー分散型)
定量ソフトウエア:IXRF System社製 EDS2000
電子線加速電圧 :15kV
エミッション電流:10μA
X線取り出し角 :30°(試料面から)
X線積算時間 :100s
なお、各添加元素の含有量は、各元素のいずれもKα線のピーク強度を、ZAF補正して組成の定量を行うことにより求めた。
【0057】
(2)浮遊ドロス個数
上記のトップドロスの測定に用いた24時間静置後めっき浴をさらに460℃で静置して、静置期間が合計で1週間となっためっき浴の浴面のトップドロスを除去し、浴の中央部分から採取用のひしゃくでめっき浴をくみ出した。なお浮遊ドロスの個数は、壁面、底面、浴面のごく近傍でなければさほど変わらないことはあらかじめ確認済みである。この浴サンプルを冷却して凝固させた後、ひしゃく底面に対向していた部分を鏡面研磨し、研磨面について0.01%ナイタール液でエッチングし、その表面を光学顕微鏡により観察して、1cm当たりの平均粒径50μm以上の浮遊ドロス個数(個/cm)を計測した。
【0058】
3.めっきの外観評価
化学組成が、重量%で、C:0.002%、Si:0.01%、Mn:0.25%、P:0.01%、solAl:0.025%、Ti:0.03%、残部がFeおよび不可避的不純物からなる、厚さ0.7mm、幅60mmの冷間圧延鋼帯を母材とし、この母材を前処理として70℃の3%NaOH水溶液中に浸漬し、水洗し、乾燥した。
【0059】
次に、通板速度3m/分で、水素10体積%、残り窒素からなる露点が−50℃の雰囲気中で820℃に加熱し60秒間保持する還元焼鈍を施した後、めっき浴浸漬温度(460℃)まで冷却した。
【0060】
続いて、竪型溶融亜鉛めっきシミュレータを使用し、上記の組成分析やドロスの測定に用いた24時間静置後めっき浴と組成が同一であって、表1に示される温度で静置された(静置期間:1週間)めっき浴に対して、上記の所定温度に冷却された母材を浸漬して、溶融亜鉛めっきを行った。溶融亜鉛めっき浴への浸漬時間は3s間であり、その後上方に引き上げ、ノズルから高圧ガスを吹き付けて、狙い値50g/mでめっき付着量を調整した。
こうして得られためっき後の製品表面を目視検査し、めっきたれの発生状況を以下の基準で判定した。
◎:めっきたれが認められない
○:めっきたれが少量発生しているが外観不良とは判定されない
×:めっきたれが多量に発生し外観不良と判定される
【0061】
4.結果
上記の測定・評価の結果を表1に示す。なお、表1におけるドロスおよびめっき浴中の元素含有量を示す「%」は、それぞれ、全ドロス質量に対する「質量%」、全めっき浴質量に対する「質量%」である。
【0062】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】めっき浴からサンプルを採取するためのひしゃくの一例を概念的に示した斜視図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Alを0.08質量%以上含有する440℃〜480℃の溶融亜鉛めっき浴を用い、当該めっき浴面にトップドロスを浮遊させながらめっき作業を行う溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法であって、
前記めっき浴面に浮遊するトップドロスを含むようにめっき作業中のめっき融液を採取し、当該めっき融液の凝固物における融液表面から深さ2mmまでの領域に相当する部分の切断面を観察したときに、Ni、Cr、およびMnからなる群から選ばれる1種または2種以上を合計で10質量%以上含有し平均結晶粒径が20μm以上であるFe−Al系金属間化合物からなるトップドロスが観察視野1mmあたり10個以上存在するようなトップドロスの浮遊状態で、めっき作業を行うこと
を特徴とする溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法。
【請求項2】
Alを0.08質量%以上含有する440℃〜480℃の溶融亜鉛めっき浴を用い、当該めっき浴面にトップドロスを浮遊させながらめっき作業を行う溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法であって、
前記めっき浴面に浮遊するトップドロスを含むようにめっき作業中のめっき融液を採取し、当該めっき融液の凝固物における融液表面から深さ2mmまでの領域に相当する部分の切断面を観察したときに、Siを15質量%以上含有し平均結晶粒径が20μm以上であるFe−Al系金属間化合物からなるトップドロスが観察視野1mmあたり10個以上存在するようなトップドロスの浮遊状態で、めっき作業を行うこと
を特徴とする溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法。
【請求項3】
Alを0.08質量%以上含有する440℃〜480℃の溶融亜鉛めっき浴を用い、当該めっき浴面にトップドロスを浮遊させながらめっき作業を行う溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法であって、
前記めっき浴面に浮遊するトップドロスを含むようにめっき作業中のめっき融液を採取し、当該めっき融液の凝固物における融液表面から深さ2mmまでの領域に相当する部分の切断面を観察したときに、Ni、Cr、およびMnからなる群から選ばれる1種または2種以上を合計で10質量%以上ならびにSiを15質量%以上含有し平均結晶粒径が20μm以上であるFe−Al系金属間化合物からなるトップドロスが観察視野1mmあたり10個以上存在するようなトップドロスの浮遊状態で、めっき作業を行うこと
を特徴とする溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかに記載される溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法によりめっきされた鋼材を加熱して合金化処理を行う合金化溶融亜鉛めっき鋼材の製造方法。


【図1】
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【公開番号】特開2010−24507(P2010−24507A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−188762(P2008−188762)
【出願日】平成20年7月22日(2008.7.22)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】