説明

溶融紡糸法の紡糸条件決定方法

【課題】溶融紡糸法の紡糸条件を正確に決定することができる方法を提供すること。
【解決手段】溶融紡糸法の紡糸条件を、数値シミュレーションによって決定する方法である。(イ)連続の式、ナビエ−ストークス方程式、エネルギ方程式及び乱流モデルとしての標準k−εモデルを用いた冷却用空気の熱流動解析と、(ロ)紡出糸の長手方向に沿った運動方程式、ニュートン伸長流動としての構成方程式及びエネルギ方程式を用いた紡出糸の伸長解析との連成計算を行い、各紡出糸の温度分布等を数値シミュレーションによって求め、該温度分布等が各紡出糸間で均一となる紡糸条件を決定する工程を備える。連成計算において、紡出糸の長手方向に沿った運動方程式における紡出糸の本数として、単位面積当たりの本数を採用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、数値シミュレーションによって溶融紡糸法の紡糸条件を決定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
繊維形成能を有する合成樹脂から繊維を製造する方法として、溶融紡糸法が知られている。溶融紡糸法においては一般に、合成樹脂を加熱・溶融して細孔から繊維状に押し出し、これを保温や冷却などの操作によって固化させつつ巻き取る。巻き取り後には必要に応じて後工程が施される。溶融紡糸法において、繊維の性能に大きな影響を与える工程として、冷却工程が重要とされている。例えば特許文献1には、冷却工程において送風ノズルを用いることが開示されている。同文献においては、適正な冷却空気量及び空気流速分布を採用することで、紡出された樹脂が均一に冷却されると記載されている。また特許文献2には、冷却条件が変更可能な装置と紡糸張力測定器と冷却の最適条件を計算する出力計算装置を組み合わせた溶融紡糸冷却装置が開示されている。
【0003】
一方、上述した紡糸工程の最適化された装置や制御方法ではなく、数値解析を行うことが有効な手段となることも知られている。紡糸工程に関する数値解析は古くから研究されている。古いものとしては、非特許文献1で報告されている1本の繊維の紡糸シミュレーションが知られている。近年のものでは、冷却風の三次元圧縮性・非圧縮性熱流体解析、多数本繊維の運動解析及び非平衡な結晶化過程の解析を連成させたもの(非特許文献2参照)が知られている。非特許文献1においては、冷却空気の流れは解かれておらず、繊維束内での冷却風−繊維束間の相互作用を解析することはできない。一方、非特許文献2は、マクロな熱流動解析、運動解析とミクロな結晶化過程を連成させる先端的・挑戦的な手法である。しかし、特定の計算に専用のプロセッサとメモリを割り当てるような大規模な並列計算処理が必要であるため、パーソナルコンピュータを用いて手軽に計算をすることはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9−268420号公報
【特許文献2】特開2001−20130号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J. Polymer Sci., Part A3, 2541(1965)
【非特許文献2】AIChE J, 53, 78-90(2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のように、溶融紡糸における冷却工程の重要さは認識されているが、糸切れ低減策や、品質の安定化を検討するための、比較的簡便で手頃な解析方法(シミュレーション)はこれまでになかった。本発明の課題は、多数のパラメータ計算による現象の把握・検討が簡単に行え、溶融紡糸法の紡糸条件を容易に決定し得る方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、複数の紡糸孔を有する紡糸ノズルにおける該紡糸孔から溶融樹脂を吐出させ、吐出した樹脂からなる複数の紡出糸に冷却空気を吹き付けて冷却しつつ引き取る工程を有する溶融紡糸法の紡糸条件を、数値シミュレーションによって決定する方法であって、
(イ)連続の式、ナビエ−ストークス方程式、エネルギ方程式及び乱流モデルを用いた冷却用空気の熱流動解析と、(ロ)紡出糸の長手方向に沿った運動方程式、ニュートン伸長流動としての構成方程式及びエネルギ方程式を用いた紡出糸の伸長解析との連成計算を行い、各紡出糸の温度分布、張力分布及び繊維径分布を数値シミュレーションによって求め、異なる紡出糸間での該温度分布、該張力分布又は該繊維径分布のばらつきを最小化する、又は冷却速度分布を最大化する紡糸条件を決定する工程を備え、
前記の連成計算において、冷却用空気の熱流動解析を行う際に空気流れと接する紡出糸の本数として、単位面積当たりの本数を採用する、溶融紡糸法の紡糸条件決定方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、多数本繊維の溶融紡糸において、冷却空気の流れを考慮したシミュレーションを行うので、溶融紡糸法の紡糸条件を正確に決定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1は、本発明の数値シミュレーションのモデルとなる紡糸装置を示す図である。
【図2】図2は、数値シミュレーションのフローチャートである。
【図3】図3は、メッシュデータを取り込むときの格子点の配置の様子を示す図である。
【図4】図4(a)及び(b)は、座標変換の様子を示す図である。
【図5】図5は、流入空気の流速と計算ステップとの関係を示すグラフである。
【図6】図6は、繊維本数と計算ステップとの関係を示すグラフである。
【図7】図7(a)ないし(c)は、本発明によるシミュレーション結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下本発明を詳細に説明する。本発明の方法が対象とする溶融紡糸の実施方法の一例は図1に示すとおりである。押出機(図示せず)によって溶融混練された原料樹脂は、紡糸口金10から押し出されて紡出糸11が形成される。紡糸口金10には多数の紡糸孔(図示せず)が設けられており、各紡糸孔から溶融樹脂が押し出される。各紡出糸11は巻き取り機(図示せず)によって巻き取られる。各紡出糸11は、巻き取られるまでの間に冷却・固化する。冷却・固化を確実に、かつ効果的に行うことを目的として、紡出糸11には冷却空気12が吹き付けられる。外乱に起因して、冷却中に繊維の運動に乱れが生じることを防止するために、紡糸口金10の周囲を取り囲むように冷却筒13が設けられている。冷却筒13の設置による仕切りによって、紡糸空間14が形成される。紡糸空間14においては、冷却筒13の外部からの外乱(空気の乱れ等)の影響を受けないようになっている。紡出糸11を冷却するための空気12は、冷却筒13の上部、具体的には紡糸口金10のやや下の位置から紡糸空間14内に吹き込まれる。 冷却空気12の吹き込み方法としていくつかの方法がある。例えば広範囲にわたって繊維束にほぼ垂直に一様な流れを吹き付ける方法が知られている。図1の例では冷却筒を円筒とし、冷却筒の壁に沿ってほぼ一周する噴出し口を設け、この噴出し口から軸対称に一様な速度の空気を噴出す方法を示している。この例では、冷却空気12の吹き込み方向は、水平方向に対して角度θだけ下方に傾けられている。
【0011】
以上の溶融紡糸モデルに基づき、溶融紡糸の数値シミュレーションを行う。この数値シミュレーションにおいては、(イ)溶融紡糸の過程における冷却空気の熱流動解析と、(ロ)紡出された多数本の糸の伸長解析とを連成計算する。この連成計算によって、各紡出糸の温度分布、張力分布及び繊維径分布を数値シミュレーションによって求める。解析者は目標(繊維間の温度ばらつき、張力ばらつき若しくは繊維径ばらつきの最小化、又は冷却速度分布の極大値の最大化と極大位置の最適化)を満たすように計算条件を変えたパラメータ計算を繰り返し、最終的な紡糸条件を決定する。
【0012】
前記の(イ)の熱流動解析においては、連続の式、ナビエ−ストークス方程式、エネルギ方程式及び乱流モデルとしての標準k−εモデルを基礎方程式として採用する。一方、(ロ)の紡出糸の伸長解析においては、紡出糸の長手方向に沿った運動方程式、ニュートン伸長流動としての構成方程式及びエネルギ方程式を基礎方程式として採用する。
【0013】
図2には、本発明で行う数値シミュレーションのフローチャートが示されている。同図に示すフローチャートから明らかなように、本発明においては、まずステップ(1)〜(5)において各種の条件を設定し、冷却筒の熱流動解析と繊維の伸長解析に対する温度分布、速度分布などの初期値を与える。次にステップ(6)〜(18)において繰り返し計算ループの数値計算を行う。数値計算の結果が収束した場合又は繰り返し計算回数が規定の回数を超えた場合には、ステップ(19)及び(20)において計算結果を出力し、必要に応じてステップ(21)において繊維束のたわみ分布を計算し、結果をファイルに出力した後、シミュレーションを終了する。一方、数値計算の結果が収束せず繰り返し計算回数が規定の回数に満たない場合は、ステップ(6)に戻り、繰り返し計算を続行する。
【0014】
解析者は各紡出糸の温度分布、張力分布、繊維径分布、冷却速度分布と冷却筒内の空気流れの速度分布及び冷却筒内空気の温度分布をグラフと等高線により確認し、目標(繊維間の温度ばらつき、張力ばらつき、又は繊維径ばらつきの最小化、又は冷却速度分布の極大値の最大化と極大位置の最適化)を満たすように計算条件を変えたパラメータ計算を繰り返すことによって、最終的な紡糸条件を決定する。解析者が変更する計算条件の例として、冷却筒の直径、冷却風の流速と流向、吐出される繊維の質量流量と温度などが挙げられる。
【0015】
まずステップ(1)においては、メッシュデータの読み込みを行う。本ステップでは、メッシュ生成プログラムによって生成された紡糸空間14における流れ場の計算格子などのデータを読み込む。読み込むデータは軸対称解析の場合、以下の4つである。
(1−1)軸方向(図1における上下方向)と半径方向(図1における左右方向)の格子点数
(1−2)冷却空気の流入領域の格子点番号
(1−3)冷却筒13の下流端以外の流出領域(格子点番号)
(1−4)流れ場の全格子点座標データ((x,y)座標データの組(x:軸方向座標、y:半径方向座標))
【0016】
冷却筒13が軸対称な場合の格子点の配置の様子を図3に示す。同図において、符号Aは繊維束が存在する領域を示し、符号Bは繊維束が存在しない領域を示す。繊維束が存在する領域Aにおいては、繊維に平行な直線に沿って配置されるように格子点LAを選定する。このような格子点の選定は本発明に特有のものであり、これまではこのような選定は行われていなかった。一方、繊維束が存在しない領域Bにおいては、格子点LBの並ぶ方向は繊維束と平行でない。また、冷却筒13に近い位置での格子点LBは、冷却筒13の壁と平行に配置する。これらの格子点の配置を、紡糸空間14内のすべての領域において行う。実際の計算においては、有次元の座標データ(例えば、単位:m)を読み込み、後の処理で代表長さの設定と格子点材料の無次元化を行った。
【0017】
ステップ(2)においては、冷却筒13の計算条件の設定を行う。この設定自体は一般的なものである。このステップでは紡糸空間14の熱流動解析に必要な以下の基礎データを設定する。
(2−1)流入する冷却空気の速度(絶対値と方向)及び温度の設定。
(2−2)流入する冷却空気の密度、粘度、比熱、熱伝導率などの物性を計算。
(2−3)数値解析(繰り返し計算)のための条件設定。具体的には、設定される条件として、最大計算ステップ数(繰り返し計算数)及び収束判定基準(残差が基準値を下回ると計算が収束したと判定する。)が挙げられる。なお残差とは、方程式の左辺と右辺の差のことである。方程式が完全に満たされると0になる。今回は残差の絶対値の和が基準値を下回ると、収束と判定するようにした。
【0018】
ステップ(3)においては、ステップ(1)で読み込んだメッシュデータを、一般座標系へ座標変換する係数を計算する。図4(a)に示すように、繊維に沿って配置された上述の格子点は、斜交メッシュを形成している。このような斜交メッシュ上の格子点での温度、速度などを計算する場合、支配方程式を図4(b)に示す(ξ,η)直交座標系での表現に書き改めてから解くことになる。本ステップでは、(x,y)座標系から(ξ,η)座標系への座標変換の係数を計算する。この計算自体は一般的なものである。これらの座標変換の係数は流れの方程式(運動方程式(ナヴィエ・ストークス方程式)、エネルギ方程式など)を解くすべてのサブルーチン内で利用される。
【0019】
ステップ(4)においては、冷却筒13内での熱流動解析の初期値を設定する。このステップでは、軸対称解析の場合、流れ場内のすべての格子点に対して以下の変数の初期値を設定する。この設定自体は一般的なものである。
(4−1)冷却空気の速度u,v及び温度T
(4−2)冷却空気の実効粘性係数(粘度)μeff
(4−2)乱流に関する量(乱流運動エネルギk,乱流散逸エネルギεなど)
【0020】
ステップ(5)においては、繊維の計算条件を設定する。具体的には、以下の設定を行う。
(5−1)繊維束に関し、巻き取り速度Vw、ノズルから吐出される樹脂の温度Tf0、繊維の直径、繊維のノズル1孔あたりの質量流量、巻き取り長Lを設定する。
(5−2)樹脂温度Tf0に対する樹脂物性(密度、比熱、熱伝導率、伸長粘度)を求める。
(5−3)繊維の温度分布の初期値を与える。
(5−4)繊維の速度分布の初期値を与える。
【0021】
以上のステップが各種の計算条件及び初期値を与えるステップである。これ以降のステップにおいては、紡糸空間14内の熱流動解析及び繊維束の伸長解析について繰り返し(ループ)計算を行う。このループ内では、“x方向運動量方程式”、“y方向運動量方程式”などを解くためのサブルーチンが繰り返し呼び出され、その後、“繊維束の張力分布と速度分布の計算”が実行される。
【0022】
繰り返しの番号Niterはループが回る(繰り返し回数が増える)ごとに1ずつ増える(Niter←Niter+1)。ループ1の最後において繰り返し計算を続行するかどうかは以下の〔1〕及び〔2〕のように判断する。
〔1〕(冷却筒流れ解析の残差最大値)<(許容値):紡糸空間14内での流れ解析の残差最大値(運動量方程式、連続の式、乱流運動エネルギ式、乱流散逸エネルギ式の残差の絶対値のうちで最大のもの)が許容値より小さくなったら、繰り返し計算が収束したものと判断してループ1の繰り返しを終了する。一方、紡糸空間14内での流れ解析の残差最大値が許容値より大きい場合には、〔2〕の判断を行う。
〔2〕Niter<(最大繰り返し数):繰り返し回数Niterが最大繰り返し数より小さい場合、ループの初めに戻り、Niterを1増やす。Niterが最大繰り返し数よりも大きい場合、ループ1の繰り返し計算を終了する。
ループ1内における主要な処理の概要を以下に説明する。
【0023】
ステップ(6)においては、冷却空気の流入スリットからの流入空気流速の設定を行う。このステップでは冷却筒13へ流入する冷却空気の流速を図5のようにNiterに対してある繰り返し回数まで線形的に徐々に増加させ、それ以上の繰り返し回数に対して一定値とする。すなわち定常値に達するまでランプ状に変化させる。ここで初期の流入流速は0ではないが定常値に比べて小さな値とする。本発明者らがこれまでにシミュレーションを行った経験上、流入流速が定常値に達するのに要するステップ数は数万程度としている。流入する空気の流速をこのようにランプ状に変化させる理由は、数値計算の発散を防止するためである。空気の流速を初めから規定してしまうと計算が発散しやすい。このような流入空気流速の変化は、本発明に特徴的な操作である。
【0024】
ステップ(7)においては、繊維本数の設定を行う。このステップでは、繊維の本数を図6のように繰り返し計算回数Niterに対してある繰り返し回数まで線形的に増加させ、それ以上の繰り返し回数に対して一定値とする。すなわち定常値に達するまでランプ状に変化させる。計算開始時点では繊維の本数を0に設定する。この時点では紡糸空間14内の流れと繊維間の運動量交換と熱交換はまだ生じていない。繊維の本数を定常値に達するまでランプ状に増加させると、紡糸空間14内の流れの運動量方程式とエネルギ方程式中の運動量交換項及び熱交換項が0から少しずつ定常値に近づく。このため、運動量交換項と熱交換項に起因してこれらの方程式が発散することがなくなる。経験上、繊維の本数が定常値に達するのに要するステップ数(図6の折れ曲がり点)は数万程度としている。このようなランプ状の変化は、先に述べた空気の流速のランプ状の変化とともに、本発明に特徴的な操作である。本発明においては、繊維束は、流れ場の中において、単位断面積あたりの数密度で定義されている。このため、繊維の本数を、図6のように0から規定値までランプ状に変化させることは簡単である。軸対称流の場合、本ステップの処理を行うと、軸方向位置xの断面における単位断面積あたりの繊維数密度nが、以下のような形で流れ場の格子点(x,y)に与えられることになる。
【0025】
【数1】

【0026】
前記の冷却筒断面内での繊維数密度nの定義は、本発明において特徴的なものである。この定義によれば、冷却用空気の熱流動解析を行う際に空気流れ内に存在する紡出糸の本数として、冷却筒の単位断面積当たりの本数を採用することになる。つまり、冷却空気の熱流動解析を行う際に、繊維が”単位断面積当たりn本存在する”連続体であり、繊維束は熱と力を流体に及ぼす”場”として扱う。繊維数密度nをこのように定義することによって、冷却筒内空気流れの運動量方程式及びエネルギ方程式における繊維束−空気間の力と熱のやり取りを生成項として簡単に計算できるようになる。この際に、冷却空気の熱流動解析に用いる流体セルと繊維束の伸長解析に用いる繊維セルの重心が一致するため、繊維−空気間の相対速度と温度差は単なる差として計算できる。
【0027】
ステップ(8)においては、繊維に沿った方向の空気抵抗と関連係数の計算を行う。本ステップでは、後に繊維束が、紡糸空間14内の流体に及ぼす力を計算するために、以下に示す繊維−空気間の相対速度に基づくレイノルズ数ReD、x方向の抵抗係数CD等を求め、流体セル(i,j)に関する情報として配列に格納する。
【0028】
【数2】

【0029】
前記の式において、空気側からみた繊維束を連続体近似する点は、本発明に特徴的なものである。なお、繊維に働くx方向及びy方向の空気力の計算は一般的なものである。
【0030】
ステップ(9)においては、繊維に直交する方向の空気抵抗と関連係数の計算を行う。本ステップでは、先に説明したステップ(8)と同様に、繊維のy方向(半径方向、横風方向)速度に基づくレイノルズ数Reyと抵抗係数C'Dy等を計算して配列に格納する。
【0031】
ステップ(10)においては、x方向運動量方程式を解く。つまり、紡糸空間14内での軸方向の空気の流れを解く。本ステップでは、紡糸空間14内での流れのx方向運動量方程式(速度のx成分uに関する方程式)を数値的に解く。ここでは、速度のx成分u以外の物理量(温度、圧力など)が既に与えられているものとみなして、x方向運動量方程式だけを冷却筒内の流れ場内の全格子点に対して解く。この処理によって速度のx成分uが更新されたことになる。
【0032】
紡糸空間14内での空気の流れのx方向運動量方程式には、紡糸空間14内で空気が繊維束から受ける力(上述した式Fx)が取り入れられている。この力を通じて空気の速度分布と繊維の速度分布は相互作用を及ぼしあう。この式Fxは、上述したとおり、空気側からみた繊維束を連続体近似するものであり、本発明に特徴的ものである。
【0033】
ステップ(11)においては、y(半径)方向運動量方程式を解く。つまり、紡糸空間14内での半径方向の空気の流れを解く。本ステップでは、紡糸空間14内での空気の流れのy方向運動量方程式(速度のy成分vに関する方程式)を数値的に解く。この処理を行う際に、速度のy成分v以外の物理量が既に与えられているものとみなして、y方向運動量方程式だけを冷却筒内の流れ場内の全格子点に対して解く。この処理によって、速度のy方向成分vの分布が更新されたことになる。
【0034】
ステップ(12)においては、圧力方程式を解く。先に行った処理であるステップ(10)及び(11)によって更新された速度場は、必ずしも連続の式(質量保存則)を満たしていない。そこで本ステップでは、連続の式を成り立たせるために圧力分布と速度分布を修正する。圧力の修正量δpは圧力方程式を数値的に解くことによって求める。この際に速度成分u,v等は既に与えられているものとみなしてδpに関する方程式だけを冷却筒内の流れ場内の全格子点に対して解く。もとの圧力pに修正量δpを加えたものが圧力の更新値である。隣り合うセル間で圧力修正量δpに違いが生じると、それに伴う新たな流れが発生する。これが速度u,vの修正量δu,δvである。このようにして得られた速度の修正量を、もとの速度分布に加えたものが、更新された速度分布である。
【0035】
ステップ(10)及び(11)における処理は、運動量式を解くことによって速度場を更新する処理である。一方、ステップ(12)における処理は、速度場が連続の式を満たすように圧力場を調整し、ステップ(10)及び(11)による行き過ぎた速度場の更新を再調整する働きをする。ステップ(10)及び(11)とステップ(12)とを組み合わせることによって、運動量方程式と連続の方程式がともに満たされるように速度場と圧力場が更新されることになる。このような処理自体は一般的なものである。
【0036】
ステップ(13)においては、繊維表面での熱伝達率及び関連係数を計算する。また、繊維のエネルギ方程式を解く。このとき、繊維束の温度及び繊維表面での熱伝達率分布を、個々の単繊維の情報としてではなく、その領域の繊維束に対する格子点情報として扱う点に、本発明の特徴がある。具体的には次の処理を行う。
(13−1)更新された紡糸空間14内の空気の速度分布を用いて繊維表面での熱伝達率を求め、格子点の情報として配列に格納する。つまり、繊維束が存在する領域の格子点に対する繊維表面での熱伝達率を配列に格納する。
(13−2)前項で求められた熱伝達率の分布を用いて、各繊維のエネルギ方程式を解く。この結果、繊維束の温度分布が更新されることになる。繊維束が存在する領域の格子点に対する繊維温度は、配列に格納される。なお、熱伝達率は、繊維と紡糸空間14内の空気流れとの間の熱交換に関する支配因子である。
【0037】
繊維のエネルギ方程式と熱伝達率の計算式は以下のとおりである。
【0038】
【数3】

【0039】
繊維表面におけるNusselt数の具体的な計算式の一例として、以下のレイノルズ数と横風速度vの影響を含む加瀬・松尾の経験式が挙げられるが、他の式を用いてもよい。
【0040】
【数4】

【0041】
(13−1)及び(13−2)によって更新された繊維表面での熱伝達率の分布と繊維 温度の分布は、紡糸空間14内の空気のエネルギ方程式を解く際に、空気が繊維束から受け取る熱量Q(単位時間、空気単位体積あたり)を計算するために用いられる(下記のステップ(14)参照。Qは繊維束からの放熱量とも言える。)。
【0042】
ステップ(14)においては、以下に示す式に従って紡糸空間14内の空気のエネルギ方程式を解くことによって、紡糸空間14内の空気温度Tの分布を更新する。紡糸空間14内の空気のエネルギ方程式には、ステップ(13)で述べた繊維束からの放熱量Qが取り入れられている。なお、紡糸空間14内の空気のエネルギ方程式を解く処理の間では、空気の速度、圧力等、空気温度以外の物理量が既に与えられているものとして、空気温度だけを冷却筒内流れ場の全格子点に対して解く。この処理によってループ1の繰り返し第Niter回目の温度場が更新されたことになる。
【0043】
【数5】

【0044】
前記の式において、単位体積の空気が繊維束から単位時間あたり受ける熱量Qを冷却筒の単位断面積あたりの数密度nと1本の繊維表面からの単位時間、単位長さあたりの放熱量πDfαf(Tf−T)の積nπDfαf(Tf−T)で表す点は、本発明において特徴的な扱いである。
【0045】
ステップ(15)〜(17)は、乱流を扱うために用いた標準k−ε法による処理である。これらは、乱流及び層流のもとでの紡糸空間14内の空気の実効粘性係数(粘度)を求めるための処理である。これらの処理は、いずれも一般的なものである。
【0046】
ステップ(15)においては、 乱流運動エネルギ式を解く。本ステップでは、乱流運動エネルギ(乱流エネルギ(Turbulent energy)とも呼ばれる)kの輸送方程式(移流拡散方程式)を解く。この処理によって、ループ1の繰り返し第Niter回目での乱流運動エネルギkの分布が更新されたことになる。
【0047】
ステップ(16)においては、乱流散逸エネルギ式を解く。本ステップでは、乱流散逸エネルギ(乱流エネルギの散逸率とも呼ばれる)εの輸送方程式(移流拡散方程式)を解く。この処理によって、ループ1の繰り返し第Niter回目での乱流散逸エネルギεの分布が更新されたことになる。
【0048】
ステップ(17)においては、乱流粘性係数の計算を行う。本ステップでは、kとεの分布から、流れ場が乱流であると仮定した場合の乱流粘性係数と実効粘性係数μeffを、流れ場内のすべての格子について、以下の式から求める。
【0049】
【数6】

【0050】
冷却筒流れの運動量方程式(空気の速度分布を求める)に用いられる粘度は、前記のμeffである。この処理によってループ1の繰り返し第Niter回目での空気の実効粘性係数(粘度)分布が更新されたことになる。
【0051】
ステップ(18)においては、繊維束の張力分布と速度分布の計算を行う。(繊維速度の方程式)。本ステップでは、以下に示す溶融領域での繊維速度の方程式及び固化領域での張力の式を用いて、繊維束の速度分布、繊維径分布及び張力分布を計算する。
【0052】
【数7】

【0053】
固化点より下流側における繊維の張力は以下の式を用いて計算される。
【0054】
【数8】

【0055】
前記の固化点より上流側での繊維速度の方程式(〔数7〕)は、繊維の運動方程式、連続の式及びニュートン伸長粘性のもとでの構成方程式から導出される。具体的には、紡出された繊維の長手方向に沿った運動方程式及びニュートン伸長流動としての構成方程式を紡出糸の長手方向速度の対数に関する二階微分項と長手方向速度の一階微分項を含む拡散方程式の形に変形して導出される。運動方程式及び構成方程式をこのように変形して用いることで、結果として数値シミュレーションに扱いやすい式の形とすることができた。なお、固化点とは、繊維温度が固化温度Tsになる位置と定義した。
【0056】
ステップ(18)における具体的な処理の手順の概要は以下のとおりである。
(18−1)最新の繊維温度分布に対して、固化点位置分布、繊維の密度分布及び繊維の伸長粘度分布を更新する。
(18−2)繊維の半径位置j(j=1,2,…,NJ)ごとに、固化点よりも上流側の格子点に対して以下の処理(a)〜(c)を指定回数(数回)だけ繰り返す。
【0057】
(a)前記の式(〔数7〕)に基づき繊維速度の対数wに関する方程式を解く。
(b)得られたwから繊維速度ufの分布を求める。(uf=exp(w))(この結果を用いると、各々の繊維について樹脂の質量流量が一定であることから繊維径分布も得られる。)
(c)前記の式(〔数7〕)に基づき繊維速度ufから溶融領域での繊維張力分布を求める。
なお、繊維速度の対数wに関する方程式は非線形方程式であるため、繰り返し計算が必要である。(a)〜(c)は、この繰り返し計算のための小さなループである。この小さなループの外側に流れ場全体の繰り返し計算に関するループ1が掛かっている。
【0058】
(18−3)前記の式(〔数6〕)に基づき固化領域での張力分布を計算する。
【0059】
以上の処理によって、ループ1の繰り返し第Niter回目での繊維速度分布、繊維径分布及び繊維に働くx方向(軸方向)の空気抵抗分布が更新されたことになる。なお繊維束の速度分布はループ1の繰り返し第Niter+1回目の空気速度分布に影響を及ぼす。
【0060】
以上の各ステップが、ループ1のステップである。ここまでの処理が完了したら、ループ1の収束を判定する。判定基準は先に述べたとおりである。
【0061】
ループ1が収束したら、ステップ(19)に進む。本ステップでは繊維束と紡糸空間14内の空気に対する計算結果をファイル出力する。ファイル出力するデータの内容は以下のようなものである。繰り返し計算では、無次元化された方程式を扱うが、出力するデータはこれらを有次元量に戻したものである。
〔繊維束に関するデータ〕
Excel等のソフトウエアで処理しやすい形式に並べた数表をテキストファイルとして出力する。出力内容は例えば格子点に対する以下のようなデータである(データの並びはこのとおりに限らない。)。
・繊維速度(x成分)、繊維径、繊維温度、繊維張力vs.繊維のx座標
・計算結果を加工して得られる分布(例えば、冷却速度vs.繊維のx座標)
更にステップ(19)、すなわちグラフデータのファイル出力を行う。例えば以下のデータをファイル出力する。
【0062】
〔流れ場の描画用データ〕
・描画ソフトを用いるためのデータ(テキストファイル、あらかじめ描画のための格子点データとセル(要素)のデータを出力しておく。)。
・冷却筒内空気の速度ベクトルプロット(フローパターン)。
・温度、圧力などのコンター図(等高線)データ。
【0063】
前記の出力のうち、冷却速度は位置(x,y)にある繊維上の点が単位時間移動する間における温度低下として定義される。繊維の移動方向がx軸となす角が小さい場合、冷却速度は以下の式を用いて計算される。
【数9】

【0064】
また必要に応じ、ステップ(21)において、繊維束のたわみの計算と、その結果のファイル出力を行ってもよい。ここでいう繊維束のたわみとは、冷却空気によって受ける横風による繊維束のたわみ分布のことである。
【実施例】
【0065】
〔実施例1〕
ポリプロピレン繊維の溶融紡糸の数値シミュレーションを行った。計算条件の一例は以下のとおりである。
【0066】
【表1】

【0067】
数値シミュレーションの結果の例を図7(a)〜(c)に示す。同図には、繊維温度の分布状態の計算結果が示されている。縦軸は繊維の温度を示し、横軸は紡糸口金からの距離を示す。それぞれの線は、紡糸口金の中心から半径方向に所定の距離だけ離れた位置の吐出孔から紡出された繊維を示している。この結果、図7(c)に示す計算結果のとき、すなわち冷却空気の流入角が45度のとき繊維間の温度のばらつきが少ないことが判る。
【符号の説明】
【0068】
10 紡糸口金
11 紡出糸
12 冷却空気
13 冷却筒
14 紡糸空間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の紡糸孔を有する紡糸ノズルにおける該紡糸孔から溶融樹脂を吐出させ、吐出した樹脂からなる複数の紡出糸に冷却空気を吹き付けて冷却しつつ引き取る工程を有する溶融紡糸法の紡糸条件を、数値シミュレーションによって決定する方法であって、
(イ)連続の式、ナビエ−ストークス方程式、エネルギ方程式及び乱流モデルを用いた冷却用空気の熱流動解析と、(ロ)紡出糸の長手方向に沿った運動方程式、ニュートン伸長流動としての構成方程式及びエネルギ方程式を用いた紡出糸の伸長解析との連成計算を行い、各紡出糸の温度分布、張力分布および繊維径分布を数値シミュレーションによって求め、異なる紡出糸間での該温度分布、該張力分布又は該繊維径分布のばらつきを最小化する、又は冷却速度分布を最大化する紡糸条件を決定する工程を備え、
前記の連成計算において、冷却用空気の熱流動解析を行う際に空気流れと接する紡出糸の本数として、単位面積当たりの本数を採用する、溶融紡糸法の紡糸条件決定方法。
【請求項2】
(ロ)の紡出糸の伸長解析において、紡出糸の長手方向に沿った運動方程式及びニュートン伸長流動としての構成方程式を、紡出糸の長手方向速度の対数に関する二階微分項と長手方向速度の一階微分項を含む拡散方程式の形に変形して、数値シミュレーションを行う、請求項1記載の方法。
【請求項3】
紡糸孔の数及び冷却用空気の流速を、数値シミュレーションにおける繰り返しループの繰り返し回数に対してある繰り返し回数まで線形的に増加させ、それ以上の繰り返し回数に対して一定値とするように変化をさせながら、繰り返しループの収束判定を行う請求項1又は2記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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