説明

溶融鉄の脱銅・脱錫処理方法

【課題】 鉄スクラップを鉄源として利用して溶融鉄を溶製する際に、鉄スクラップによって溶融鉄に持ち込まれる銅及び/または錫を短時間で効率的に除去することのできる、溶融鉄の脱銅・脱錫処理方法を提供する。
【解決手段】 本発明の溶融鉄の脱銅・脱錫処理方法は、取鍋2内の溶融鉄3をRH真空脱ガス装置1の真空槽5と取鍋との間で環流させながら、前記真空槽に設置された上吹きランス13を介して真空槽内の溶融鉄に該溶融鉄に対して可溶な気体を吹き付けて該気体を溶融鉄に溶解させ、溶解した気体成分の真空槽内でのガス化を利用して溶融鉄中に含まれる銅及び/または錫を真空槽内で蒸発除去する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶融鉄(溶銑及び溶鋼)から銅及び/または錫を除去する方法に関し、詳しくは、鉄源として鉄スクラップを使用して溶銑または溶鋼を溶製する際に、鉄スクラップによって溶銑または溶鋼に持ち込まれる銅及び/または錫を除去する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
銑鋼一貫製鉄所の製鋼過程で使用する鉄源は、鉄鉱石を高炉で還元して得られる溶銑が主体であるが、鉄鋼材料の加工工程で発生する鉄スクラップや、建築物、機械製品、自動車及び電気製品などの老朽化に伴って発生する鉄スクラップも、かなりの量が使用されている。鉄鋼製品の製造にあたり、高炉での溶銑の製造では、鉄鉱石を還元し且つ溶融するための多大なエネルギーを要するのに対し、鉄スクラップは溶解熱のみを必要としており、製鋼過程で鉄スクラップを利用した場合には、鉄鉱石の還元熱分のエネルギー使用量を少なくすることができるという利点がある。従って、大量に発生する鉄スクラップを有効活用するのみならず、省エネルギー及びCO2削減による地球温暖化防止の観点からも、鉄スクラップ利用の促進が望まれている。
【0003】
ところで、鉄スクラップを再生利用する際に、これら鉄スクラップに随伴する銅及び錫に代表されるトランプエレメントが、鉄スクラップの溶解過程で不可避的に溶融鉄中に混入する。銅や錫は溶融鉄中においては、酸素との親和力が小さいことや蒸気圧が鉄に比べてさほど大きくないことから、通常の製鋼精錬工程では銅や錫を溶融鉄から除去することは困難であり、しかも、トランプエレメントは鋼の性質を損なう成分であり、一定の濃度以下に保つ必要がある。このため、従来、高級鋼を製造するための鉄源として、銅や錫を含む恐れのある低級の鉄スクラップを使用することは困難であった。
【0004】
しかしながら、近年の鉄スクラップ発生量の増加及びCO2発生削減のための鉄スクラップ増使用の要請を勘案すると、低級の鉄スクラップであっても再生利用を進める必要がある。
【0005】
そこで、溶融鉄から銅及び/または錫を除去する手段が検討され、幾つか提案されている。例えば、特許文献1には、10torr以下の高い真空度下におかれた溶融鉄中に、酸素、二酸化炭素、水蒸気、酸化鉄、酸化マンガン及び酸化クロムのうちの1種以上の酸化剤を投入添加して溶融鉄を脱炭することにより、溶融鉄中に含まれている銅及び/または錫を蒸発除去する方法が提案されている。この方法は、溶融鉄と溶融鉄中の銅及び錫との蒸気圧の差を利用して銅及び錫を蒸発除去するという方法である。
【0006】
また、特許文献2には、0.05質量%以上の銅及び錫を含む溶鋼の酸素量を0.010質量%以上に調整した後、前記溶鋼を2torr以下の真空雰囲気に維持して、溶鋼中の銅及び錫を除去する方法が提案されている。この方法は、金属状態よりも蒸発速度の大きいCu2OやSnOなどの酸化物を溶鋼表面で生成させ、この酸化物を高真空雰囲気下で蒸発させて溶融鉄中の銅及び錫を除去するという方法である。
【0007】
しかしながら、上記方法は、何れも、大量の鉄スクラップを効率良く利用するという観点からは、溶融鉄からの銅及び/または錫の除去速度が充分ではなく、工業的規模の設備に適応することは難しいのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開昭61−149414号公報
【特許文献2】特開平7−216435号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
近年、鉄鋼製品の品質特性に対する要求が更に厳しくなり、鋼中の銅、錫などのトランプエレメントの濃度を低減する要求も高くなっている。しかしながら、逆に、鉄スクラップの市場では、国内での鉄スクラップ備蓄量の増加に伴って所謂「老廃屑」と呼ばれる鉄スクラップが増加し、鉄スクラップのトランプエレメント濃度が高く推移しており、主たる鉄源を鉄スクラップとする鉄鋼製品の品質を確保するのが非常に厳しい状況にある。
【0010】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、鉄スクラップを鉄源として利用して溶融鉄を溶製する際に、鉄スクラップによって溶融鉄に持ち込まれる銅及び/または錫を短時間で効率的に除去することのできる、溶融鉄の脱銅・脱錫処理方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するための本発明の要旨は以下のとおりである。
[1]取鍋内の溶融鉄をRH真空脱ガス装置の真空槽と取鍋との間で環流させながら、前記真空槽に設置された上吹きランスを介して真空槽内の溶融鉄に該溶融鉄に対して可溶な気体を吹き付けて該気体を溶融鉄に溶解させ、溶解した気体成分の真空槽内でのガス化を利用して溶融鉄中に含まれる銅及び/または錫を真空槽内で蒸発除去することを特徴とする、溶融鉄の脱銅・脱錫処理方法。
[2]前記の溶融鉄に対して可溶な気体として、窒素ガス、水素ガス、プロパンガス、アンモニアガスのうちの1種または2種以上を使用することを特徴とする、上記[1]に記載の溶融鉄の脱銅・脱錫処理方法。
[3]前記の溶融鉄に可溶な気体の吹き付け流量を、処理対象の溶融鉄の質量に対して下記の(1)式の関係を満足する範囲内に調整することを特徴とする、上記[1]または上記[2]に記載の溶融鉄の脱銅・脱錫処理方法。
0.2≦F/W≦9……(1)
但し、(1)式において、Fは溶融鉄に可溶な気体の吹き付け流量(Nm3/hr)、Wは処理対象の溶融鉄の質量(トン)である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、RH真空脱ガス装置の真空槽に設置された上吹きランスを介して真空槽内の溶融鉄に、溶融鉄に溶解する気体を吹き付けながら取鍋内の溶融鉄をRH真空脱ガス装置の真空槽と取鍋との間で環流させるので、真空槽内で溶融鉄に一旦溶解した気体成分が高真空度下の真空槽内で急激にガス化して気相と溶融鉄との界面積が増加し、これにより、溶融鉄に含有される銅及び/または錫の蒸発除去が促進され、溶融鉄からの効率的な銅及び/または錫の除去が実現される。その結果、鉄スクラップを、大量に利用できるばかりでなく更には高級鋼材用の鉄源として低コストでの使用が可能となり、その実用上の意義は極めて大きい。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明を実施する際に用いたRH真空脱ガス装置の概略縦断面図である。
【図2】溶鋼を脱銅・脱錫処理するときのF/Wと脱銅率との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を具体的に説明する。先ず、本発明に至った経緯について説明する。本発明者らは、鉄スクラップによって溶銑或いは溶鋼に持ち込まれた銅及び/または錫を短時間で効率的に除去する手段を検討・研究した。ここで、鉄スクラップを原料として溶製される鉄系溶融物は、キュポラのような縦型炉では溶銑であり、アーク炉のような電気炉の場合は溶鋼が主であり、しかも、溶銑からの銅及び錫の除去と、溶鋼からの銅及び錫の除去とは、同一の原理・原則で対処可能であるので、本発明においては、溶銑及び溶鋼をまとめて「溶融鉄」と定義する。つまり、本発明における溶融鉄とは、溶銑及び溶鋼のことであり、これらを区別する必要のある場合は、「溶銑」或いは「溶鋼」と表示する。
【0015】
本発明者らは、溶融鉄中の銅及び錫を除去する手段として、特許文献1などと同様に、高真空下での蒸発除去手法を利用することとし、特に、近年の製鋼精錬工程では真空脱ガス設備としてRH真空脱ガス装置が一般的に使用されていることから、RH真空脱ガス装置を利用した蒸発除去手法を検討した。
【0016】
検討を重ねた結果、真空脱ガス処理による蒸発除去手法を用いて銅及び錫を除去する際には、RH真空脱ガス装置の真空槽内の反応界面積を増加させること、つまり、RH真空脱ガス装置の真空槽内において、銅及び錫が蒸発可能となる領域を増加させることが効果的であることが分かった。これを達成するべく更に検討した結果、溶融鉄に対して可溶な気体を溶融鉄に一旦溶解させ、この溶融鉄を真空槽内の高真空下の雰囲気に曝すことによって溶解させた気体成分を急激にガス化(気泡化)させることで、真空槽内における溶融鉄の攪拌が極めて高くなり、銅及び錫の蒸発が促進されるとの知見を得た。即ち、溶融鉄中に溶解していた気体成分は、真空槽内での減圧下雰囲気に曝されると気体成分が過飽和な状態となり、溶融鉄浴中でガス気泡となって浴外へ排出する。その際に、溶融鉄−気体の界面が増加し、脱銅及び脱錫が進行する。特に、取鍋と真空槽との間を連続して環流するRH真空脱ガス装置では、環流用Arガスによるリフト効果で溶融鉄が押し出し流れの状況で連続的に真空槽内の反応領域へ供給されるので、反応効率が高くなる。
【0017】
更に、高真空下で溶融鉄に気体を連続的に吹き付けることにより、気液の自由界面において気体の吸収及び離脱が同時に生じるために、溶融鉄中に溶解する気体成分の残存量を少なくすることができることが分かった。更に、気体を吹き付けることで、ガスと溶鋼との界面で蒸発した銅気体(蒸気)が瞬時にガス側へ移行するために、脱銅量も多くなることが分かった。これに対して、気体を溶鋼中に吹き込む場合は、吹き込んだガス側に蒸発した銅気体が一旦移行するが、吹き込んだガスが溶鋼に吸収されることに伴って、銅気体が再び溶鋼中に溶け込んでしまうので、効率的な銅除去は達成できない。また、吹き込むガスが溶鋼中に吸収される速度が大きいため、ガス側に蒸発する銅気体の量が少なくなり効率的な除去が困難になる。更に、真空下で一旦溶解したガスが気体で離脱する際にも、溶解したガス気体の全てが脱ガスする訳ではないために、ここでも効率が低下する原因となる。
【0018】
また、溶鋼段階での処理では、1600℃以上の高温となるため、銅、錫の蒸発係数が高くなるので、蒸発除去するのに有利な方向である。一方、溶銑段階での処理では、溶銑中に4質量%程度含有される炭素が、銅及び錫の活量係数を増加させ、除去が有利な方向であることも分かった。即ち、溶銑であっても、また溶鋼であっても銅及び錫の蒸発除去が促進されることが分かった。
【0019】
このように、RH真空脱ガス装置を用いて、取鍋と真空槽とを環流する真空槽内の溶融鉄に、該溶融鉄に可溶な気体を吹き付けることにより、この可溶性の気体の溶融鉄への溶解と溶解した気体成分のガス化とを効率的に行うことができ、溶融鉄に含有される銅及び錫の効率的な蒸発除去が実現されるとの知見を得た。
【0020】
本発明は、上記知見に基づくものであり、RH真空脱ガス装置の真空槽の溶融鉄に、真空槽に設置された上吹きランスを介して溶融鉄に可溶な気体を吹き付けて該気体を溶融鉄に溶解させ、溶解した気体成分の真空槽内でのガス化現象を利用して溶融鉄中に含まれる銅及び/または錫を真空槽内で蒸発除去することを特徴とする。
【0021】
次に、本発明の具体的な実施方法を図面に基づき説明する。図1に、本発明を実施する際に用いたRH真空脱ガス装置の概略縦断面図を示す。図1において、1はRH真空脱ガス装置、2は取鍋、3は溶融鉄、4はスラグ、5は真空槽、6は上部槽、7は下部槽、8は上昇側浸漬管、9は下降側浸漬管、10は環流用ガス吹き込み管、11はダクト、12は原料投入口、13は上吹きランスであり、真空槽5は上部槽6と下部槽7とから構成されている。また、上吹きランス13は上下移動が可能となっており、この上吹きランス13から、溶融鉄3に溶解する気体を真空槽内の溶融鉄3の湯面に吹き付けられるようになっている。
【0022】
アーク炉、誘導炉、キュポラ、転炉などで、老廃屑などの鉄スクラップまたは鉄スクラップと溶銑とを鉄源として溶融鉄3を溶製し、溶製した溶融鉄3を取鍋2に出湯し、この取鍋2をRH真空脱ガス装置1に搬送する。溶融鉄3は、鉄スクラップから持ち込まれた銅及び/または錫をトランプエレメントとして含有する。
【0023】
RH真空脱ガス装置1では、取鍋2を真空槽5の直下に配置し、取鍋2を昇降装置(図示せず)にて上昇させ、上昇側浸漬管8及び下降側浸漬管9を取鍋内の溶融鉄3に浸漬させる。そして、環流用ガス吹き込み管10から上昇側浸漬管8の内部に環流用ガスとしてArガスを吹き込むとともに、真空槽5の内部をダクト11に連結される排気装置(図示せず)にて排気して真空槽5の内部を減圧する。真空槽5の内部が減圧されると、取鍋内の溶融鉄3は、環流用ガス吹き込み管10から吹き込まれる環流用Arガスによるガスリフト効果によって、環流用Arガスとともに上昇側浸漬管8を上昇して真空槽5の内部に流入し、その後、下降側浸漬管9を経由して取鍋2に戻る流れ、所謂、「環流」を形成してRH真空脱ガス精錬が施される。
【0024】
このとき、真空槽内に設置された上吹きランス13から、溶融鉄3に溶解する気体を真空槽内の溶融鉄3に向けて吹き付ける。溶融鉄3に溶解する気体(以下、「可溶性ガス」とも記す)としては、窒素ガス及び水素ガスが使用可能であり、また、窒素ガス及び水素ガス以外に、溶融鉄3に接触した際に窒素ガスや水素ガスに分解する物質である、プロパンガスやメタンガスなどの炭化水素系ガス或いはアンモニアガスも使用可能である。これらの可溶性ガスを単独で使用してもよく、これらの可溶性ガスを混合して使用してもよく、また、これらの可溶性ガスをArガスと混合して使用することもできる。
【0025】
真空槽内の溶融鉄3に吹き付けられた可溶性ガスの少なくとも一部は、溶融鉄3に溶解するとともに、瞬時にガス化して溶融鉄3の内部に微細な気泡が生成される。生成した気泡は溶融鉄3から離脱し、ダクト11を通って系外に排出されるが、この可溶性ガス成分のガス化に伴って、溶融鉄3と気相との界面積が増加し、溶融鉄3に含有される銅/及び錫の蒸発サイトが増大して、銅及び錫の蒸発が促進される。蒸発した銅/及び錫もダクト11を通って系外に排出され、かくして、溶融鉄3に対して脱銅処理及び/または脱錫処理が施される。
【0026】
この場合、上吹きランス13から吹き付ける可溶性ガスの流量は或る特定の範囲に調整することが好ましい。具体的には、可溶性ガスの吹き付け流量を、処理対象の溶融鉄3の質量に対して下記の(1)式の関係を満足する範囲内に調整することが好ましい。つまり、F/Wを、0.2〜9Nm3/(hr・トン)の範囲内、好ましくは1.5〜8.2Nm3/(hr・トン)の範囲内、更に好ましくは3.2〜5.5Nm3/(hr・トン)の範囲内に調整することが好ましい。
0.2≦F/W≦9……(1)
但し、(1)式において、Fは溶融鉄3に可溶な気体の吹き付け流量(Nm3/hr)、Wは処理対象の溶融鉄3の質量(トン)である。
【0027】
F/Wが0.2Nm3/(hr・トン)未満の場合には、溶融鉄3に溶解する可溶性ガスが少なく、可溶性ガスのガス化に伴う真空槽内での攪拌が十分でないために、脱銅速度及び脱錫速度が余り大きくならない。一方、F/Wが9Nm3/(hr・トン)を超える場合には、真空槽内のガス量が多くなるため、真空槽内の真空度が悪化して脱銅速度及び脱錫速度が低下する。更に、真空槽内での溶融鉄3のスプラッシュが激しくなり、真空槽内壁に付着する地金量が大きくなって歩留りが悪化するだけでなく、真空槽内壁への地金付着によって安定操業に支障を来たす恐れがある。
【0028】
溶融鉄3を環流させることにより、溶融鉄3の銅濃度及び/または錫濃度が目標とする値まで低下したならば、上吹きランス13からの可溶性ガスの吹き付けを停止し、且つ、環流用Arガスの吹き込みを停止するとともに真空槽5の内部を大気圧に戻し、脱銅処理及び/または脱錫処理を終了する。但し、可溶性ガスの吹き付け時間が長くなりすぎると、可溶性ガスが溶融鉄3に残留する場合もあり、残留した可溶性ガスが当該溶融鉄3から製造される鉄鋼製品の特性に悪影響を及ぼすこともあるので、これを未然に防止するために、可溶性ガスの吹き付けを処理の途中で止めるか、吹き付ける気体を処理の途中でArガスに切り替えることが好ましい。
【0029】
このように、本発明によれば、RH真空脱ガス装置1の真空槽5に設置された上吹きランス13を介して真空槽内の溶融鉄3に、溶融鉄3に溶解する気体を吹き付けながら取鍋内の溶融鉄3をRH真空脱ガス装置1の真空槽5と取鍋2との間で環流させるので、真空槽内で溶融鉄3に一旦溶解した気体成分が高真空度下の真空槽内で急激にガス化して気相と溶融鉄3との界面積が増加し、これにより、溶融鉄3に含有される銅及び/または錫の蒸発除去が促進され、溶融鉄3からの効率的な銅及び/または錫の除去が実現される。
【実施例1】
【0030】
鉄源として鉄スクラップ及び溶銑を転炉に装入し、転炉で酸素吹錬して溶鋼を溶製し、溶製した約300トンの溶鋼を取鍋に出鋼した。出鋼時の溶鋼成分は、C:0.16〜0.18質量%(以下、単に「%」と記す)、Si:0.1%以下、Mn:0.3%以下、P:0.02%以下、S:0.003%以下、Cu:0.09〜0.11%、Sn:0.007〜0.008%であり、出鋼時の溶鋼温度は1650〜1660℃であった。
【0031】
出鋼後、図1に示す型式のRH真空脱ガス装置において、環流用ガスとしてArガスを用い、真空槽内に設置された上吹きランスから、水素ガス、窒素ガス、プロパンガス、アンモニアガスを所定の流量で真空槽内の溶鋼に吹き付ける試験を実施した。また、Arガスとの混合ガスを用いる試験、更に比較例として、上吹きランスから気体を吹き付けない試験も実施した。これらの試験では、内径0.6mの浸漬管を用い、環流用ガス吹き込み管から吹き込む環流用Arガスの流量を3000NL/min、真空槽内真空度を0.5〜3.0torr、環流時間を20分間とする一定の条件で真空脱ガス精錬を行った。
【0032】
本発明例及び比較例での試験条件と試験結果の一覧を表1に示す。脱銅率は、真空脱ガス精錬前後の銅濃度の差分の真空脱ガス精錬前の銅濃度に対する百分率であり、脱錫率は、同様に、真空脱ガス精錬前後の錫濃度の差分の真空脱ガス精錬前の錫濃度に対する百分率である。
【0033】
【表1】

【0034】
表1に示すように、本発明を適用することにより、溶鋼中の銅濃度及び錫濃度を大幅に低減できることが分かった。
【実施例2】
【0035】
鉄源として鉄スクラップ及び溶銑を使用してアーク炉にて溶銑を溶製し、溶製した約150トンの溶銑を取鍋に出銑した。出銑時の溶銑成分は、C:4.0〜4.3%、Si:0.2%以下、Mn:0.3%以下、P:0.1%以下、S:0.04%以下、Cu:0.18〜0.22%、Sn:0.008〜0.011%であり、出銑時の溶銑温度は1400〜1450℃であった。
【0036】
出銑後、図1に示す型式のRH真空脱ガス装置において、環流用ガスとしてArガスを用い、真空槽内に設置された上吹きランスから、水素ガス、窒素ガス、プロパンガス、アンモニアガスを所定の流量で真空槽内の溶銑に吹き付ける試験を実施した。また、Arガスとの混合ガスを用いる試験、更に比較例として、上吹きランスから気体を吹き付けない試験も実施した。これらの試験では、内径0.5mの浸漬管を用い、環流用ガス吹き込み管から吹き込む環流用Arガスの流量を2000NL/min、真空槽内真空度を0.5〜3.0torr、環流時間を20分間とする一定の条件で真空脱ガス精錬を行った。本発明例及び比較例での試験条件と試験結果の一覧を表2に示す。
【0037】
【表2】

【0038】
表2に示すように、本発明を適用することにより、溶銑中の銅濃度及び錫濃度を大幅に低減できることが分かった。
【実施例3】
【0039】
実施例1と同様の条件で転炉にて溶製した溶鋼に対して、実施例1と同一のRH真空脱ガス装置を用い、環流用ガスとしてArガスを使用し、上吹きランスから吹き付ける気体としてアンモニアガスを使用し、アンモニアガスの吹き付け流量(F)を30〜2900Nm3/hrの範囲で変更してRH真空脱ガス精錬を施し、溶鋼トンあたりの吹き付け流量と脱銅率との関係を調査した。真空脱ガス精錬前の溶鋼中銅濃度を0.1%前後に調整し、溶鋼量(W)を300トン、330トンの2水準で行い、脱銅率に及ぼすアンモニアガスの吹き付け流量(F)の影響を、溶銑トンあたりのアンモニアガスの吹き付け流量、つまりF/W(Nm3/(hr・トン))で整理した。
【0040】
試験結果を図2に示す。図2に示すように、脱銅率は、F/Wが0.2Nm3/(hr・トン)以上で高くなるが、9Nm3/(hr・トン)を超える領域では減少傾向にあることが分かった。
【0041】
これは、F/Wが0.2Nm3/(hr・トン)未満では、可溶性ガスの吹き付け流量が少ないことにより真空槽内での溶鋼湯面の攪拌が不十分なためである。一方、F/Wが9Nm3/(hr・トン)を超える場合には、真空槽内でのガス量が多くなり、真空度が悪化するためである。また、鉄スプラッシュの生成が激しくなり、真空槽の内壁へ地金が付着し、鉄歩留も悪化した。
【0042】
このように、F/Wが0.2〜9Nm3/(hr・トン)の範囲が脱銅・脱錫処理に好適であることが分かった。この場合、図2に示すように、F/Wを1.5〜8.2Nm3/(hr・トン)の範囲内、更には3.2〜5.5Nm3/(hr・トン)の範囲内に調整することがより好ましい。
【符号の説明】
【0043】
1 RH真空脱ガス装置
2 取鍋
3 溶融鉄
4 スラグ
5 真空槽
6 上部槽
7 下部槽
8 上昇側浸漬管
9 下降側浸漬管
10 環流用ガス吹き込み管
11 ダクト
12 原料投入口
13 上吹きランス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
取鍋内の溶融鉄をRH真空脱ガス装置の真空槽と取鍋との間で環流させながら、前記真空槽に設置された上吹きランスを介して真空槽内の溶融鉄に該溶融鉄に対して可溶な気体を吹き付けて該気体を溶融鉄に溶解させ、溶解した気体成分の真空槽内でのガス化を利用して溶融鉄中に含まれる銅及び/または錫を真空槽内で蒸発除去することを特徴とする、溶融鉄の脱銅・脱錫処理方法。
【請求項2】
前記の溶融鉄に対して可溶な気体として、窒素ガス、水素ガス、プロパンガス、アンモニアガスのうちの1種または2種以上を使用することを特徴とする、請求項1に記載の溶融鉄の脱銅・脱錫処理方法。
【請求項3】
前記の溶融鉄に可溶な気体の吹き付け流量を、処理対象の溶融鉄の質量に対して下記の(1)式の関係を満足する範囲内に調整することを特徴とする、請求項1または請求項2に記載の溶融鉄の脱銅・脱錫処理方法。
0.2≦F/W≦9……(1)
但し、(1)式において、Fは溶融鉄に可溶な気体の吹き付け流量(Nm3/hr)、Wは処理対象の溶融鉄の質量(トン)である。

【図1】
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【図2】
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