説明

潤滑剤および転がり軸受

【課題】転がり軸受のフレッチング摩耗を軽減できる効果に優れた潤滑剤を提供する。
【解決手段】この発明の潤滑剤は、平均粒径が1nm以上100nm以下である硫化鉄微粒子と界面活性剤を、それぞれ0.01質量%以上10質量%以下の割合で含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、潤滑剤および潤滑剤が封入された転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、モータ等の回転機器では、回転軸を回転自在に支持する部分に転がり軸受が取り付けられている。特に、回転軸が微小往復動を行う場合や微小振動を受ける場合には、転動体の転動面や軌道輪の軌道面にフレッチングが生じて、軸受トルクが増大したり、損傷部を起点とした剥離が生じ易くなるという問題がある。そのため、転動体としてセラミックボールを使用することにより、フレッチング摩耗を軽減する対策が採られている(特許文献1参照)。
しかし、セラミックボールは、通常用いられている鋼球と比較して高価であるため、低コストでフレッチング摩耗を軽減できる方法が求められている。
【0003】
特許文献2には、高級脂肪塩吸着フェライト(Fe3 4 :酸化鉄)微粒子を、モノ−またはジ−オキシアルキレン置換基を有するリン酸エステル系界面活性剤を用いてリン酸トリエステル系低蒸気圧基油中に分散させた分散液に、アミノ変性シリコーンオイルを添加した磁性流体を、軸受用潤滑油として用いることが記載されている。
特許文献3には、平均一次粒径が3nm以上100nm以下で疎水化処理が施されたシリカ微粒子とリン系極圧剤を添加剤として含有するグリースを、軸受用潤滑剤として使用することが記載されている。
【0004】
しかし、特許文献2、3に記載されているような、酸化鉄微粒子やシリカ微粒子を含有する潤滑剤では、微小揺動の振幅比(振幅/接触円の半径)が小さい場合にはフレッチング摩耗の軽減効果が得られるものの、大きくなるとフレッチング摩耗の軽減効果が十分でないため、その改善が強く求められている。
これに対して、特許文献4には、平均粒径が1〜100nmの硫化鉄微粒子を含有する潤滑剤を軸受用潤滑剤として使用することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−188726号公報
【特許文献2】特開平9−67588号公報
【特許文献3】特開2006−169316号公報
【特許文献4】特開2009−227981号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献4に記載されている潤滑剤には、フレッチング摩耗の軽減効果の点でさらなる改善の余地がある。
この発明の課題は、転がり軸受に使用した時にフレッチング摩耗を軽減できる効果に優れた潤滑剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、この発明の潤滑剤は、平均粒径が1nm以上100nm以下である硫化鉄微粒子と界面活性剤を、それぞれ0.01質量%以上10質量%以下の割合で含有することを特徴とする。
この発明の潤滑剤は、平均粒径が1nm以上100nm以下である硫化鉄微粒子が界面活性剤により均一に分散されているため、転がり軸受の潤滑に使用した時に、硫化鉄微粒子によるフレッチング摩耗軽減作用が効果的に発揮される。よって、この発明の潤滑剤で潤滑されている転がり軸受は、耐フレッチング性に優れたものとなる。
【0008】
平均粒径が1nm未満の硫化鉄微粒子は凝集し易くなり、100nmを越えると重力により沈降凝集したり、フレッチングが発生している箇所に侵入し難くなる。よって、この発明では、使用する硫化鉄微粒子の平均粒径を1nm以上100nm以下としている。使用する硫化鉄微粒子の平均粒径は1nm以上50nm以下であることが好ましい。
平均粒径が1nm以上100nm以下である硫化鉄微粒子は、市販の硫化鉄微粒子を微粉砕することで得ることができる。硫化鉄微粒子としては、組成がFeS、Fe2 3 、およびFeS2 の一つまたは二つ以上からなるものを使用することができる。
【0009】
界面活性剤としては、硫化鉄微粒子の分散状態を改善するものであればいずれのものを使用してもよい。例えば、カルボン酸塩(RCOO- + )やスルホン酸塩(RSO3 - + )等のイオン性界面活性剤、水酸基(−OH)を有する非イオン性界面活性剤で、炭素数が10以上のものであれば、いずれのものでも使用できる。具体的には、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸などの不飽和脂肪酸のナトリウム塩やカリウム塩と、ジアルキルスルホコハク酸塩が挙げられ、特に、ジ(2−エチルヘキシル)スルホコハク酸ナトリウムを用いることが好ましい。
【0010】
硫化鉄微粒子および界面活性剤の含有率は、潤滑剤全量の0.01質量%以上10質量%以下とする。硫化鉄微粒子および界面活性剤の含有率が0.01質量%未満では、フレッチング摩耗の軽減効果が実質的に得られない。硫化鉄微粒子および界面活性剤の含有率が10質量%を超えると、フレッチング摩耗の軽減効果が飽和するだけでなく、硫化鉄微粒子が凝集し易くなる。
【0011】
この発明の潤滑剤は、通常の潤滑剤に硫化鉄微粒子と界面活性剤を含有させることで得られる。潤滑剤は液状の潤滑油であってもよいし、基油と増ちょう剤と添加剤からなるグリースであってもよい。グリースの場合は、基油に硫化鉄微粒子と界面活性剤を含有させる。硫化鉄微粒子の含有率は、液状の潤滑油の場合には、0.01質量%以上5質量%以下とすることが好ましく、グリースの場合には、0.01質量%以上8質量%以下とすることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
この発明の潤滑剤は、転がり軸受に使用した時にフレッチング摩耗を軽減できる効果が特許文献4に記載された潤滑剤より高いものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施形態の転がり軸受を示す断面図である。
【図2】振幅比を説明するための模式図である。
【図3】フレッチング試験機を示す模式図である。
【図4】実施例で得られた振幅比と損傷比との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、この発明の実施形態について説明する。
この実施形態の転がり軸受は、図1に示すように、内輪軌道11を有する内輪1と、外輪軌道21を有する外輪2と、複数の玉(転動体)3と、保持器4と、シール5からなる玉軸受である。
この玉軸受は、ポリαオレフィン(40℃における動粘度30mm2 /s)に、平均粒径20nmの硫化鉄微粒子(FeSとFe2 3 とFeS2 からなる組成)を0.1質量%の割合で含有し、界面活性剤としてジ(2−エチルヘキシル)スルホコハク酸ナトリウムを0.1質量%の割合で含有する潤滑油で潤滑されている。
【0015】
この実施形態の玉軸受は、平均粒径20nmの硫化鉄微粒子が界面活性剤により均一に分散された状態にある潤滑油で潤滑されているため、前記硫化鉄微粒子によるフレッチング摩耗軽減作用が効果的に発揮されて、耐フレッチング性に特に優れたものとなる。
なお、この発明は、玉軸受を含む全ての、軌道が単列または複列である転がり軸受(玉軸受以外の例としては、保持器付きころ軸受、総ころ軸受、自動調心ころ軸受等)に適用できる。
【実施例】
【0016】
以下、この発明の効果について、具体的なデータを示して説明する。
サンプルNo. 1として、ポリαオレフィン(40℃における動粘度30mm2 /s)に、平均粒径20nmの硫化鉄微粒子(FeSとFe2 3 とFeS2 からなる組成)を0.1質量%、ジ(2−エチルヘキシル)スルホコハク酸ナトリウムを0.1質量%の割合で含有させた潤滑油を用意した。
【0017】
サンプルNo. 2として、ポリαオレフィン(40℃における動粘度30mm2 /s)に、平均粒径20nmの硫化鉄微粒子(FeSとFe2 3 とFeS2 からなる組成)を0.1質量%の割合で含有させ、界面活性剤を含まない潤滑油を用意した。
サンプルNo. 3として、ポリαオレフィン(40℃における動粘度30mm2 /s)に、平均粒径20nmのシリカ微粒子を0.1質量%、ジ(2−エチルヘキシル)スルホコハク酸ナトリウムを0.1質量%の割合で含有させた潤滑油を用意した。
【0018】
サンプルNo. 4として、ポリαオレフィン(40℃における動粘度30mm2 /s)に、平均粒径20nmの酸化鉄微粒子(Fe3 4 )を0.1質量%、ジ(2−エチルヘキシル)スルホコハク酸ナトリウムを0.1質量%の割合で含有させた潤滑油を用意した。 平均粒径20nmの硫化鉄微粒子は、市販の平均粒径が20nmより大きい硫化鉄微粒子を(株)FTA製ジェットミル微粉砕システムで粉砕することにより得た。
【0019】
No. 1〜4の潤滑油の性能を評価するために、同量の各潤滑油で潤滑された転がり軸受を使用して、振幅比を0.5〜2.0の範囲で変化させてフレッチング試験を行った。
試験軸受としては、内径25mm、外径52mm、高さ18mmの単式スラスト玉軸受(呼び番号:51305)を用意した。ただし、後述するように、損傷により生じた表面粗さの最大高さ(Ry)を正確に測定するために、下レースの軌道溝が形成されている面をラッピングにより平坦にした。
【0020】
振幅比は、図2に示すように、転がり軸受を微小揺動させる振幅Aと、接触楕円の揺動方向の半径(短軸)bとにより、A/bで算出される。
使用したフレッチング試験機は、図3に示すように、荷重付加部6と微小揺動付加部7とを備えている。荷重付加部6は、試験軸受8に上向きの荷重を付加する。微小揺動付加部7は、ACサーボモータ71と、揺動軸72と、押圧板73とからなり、試験軸受8を上側から押さえながら、微小揺動を付加する。
【0021】
このフレッチング試験機により、0.5〜2.0の範囲で振幅比を変化させる以外は、最大面圧:3.2GPa、最大揺動速度:20mm/s、揺動回数:10000回の同じ条件で、フレッチング試験を行う。フレッチング試験では、揺動に伴い、下レース81のラッピングされた平坦面(損傷形成面)81aが摩耗して、接触楕円の周上に摩耗粉がたまって損傷が生じる。この損傷により生じた表面粗さの最大高さ(Ry)を比較することで、フレッチング摩耗の軽減効果を評価することができる。
【0022】
先ず、試験前に下レースの損傷形成面を干渉顕微鏡で観察して、試験前の表面粗さの最大高さ(Ry)を測定する。次に、上述のフレッチング試験を行った後、下レースの損傷形成面を干渉顕微鏡で観察して、試験後の表面粗さの最大高さ(Ry)を測定する。そして、試験前後のRyの比(試験後のRy/試験前のRy)を損傷比として算出する。損傷比が1の場合、損傷が殆ど生じていないことになる。
【0023】
得られた損傷比と振幅比との関係を、使用した潤滑油(No. 1〜4)毎に、図4にグラフで示す。このグラフから分かるように、振幅比が0.5の場合は、使用した潤滑油の違いによる損傷比の差はほとんどない。しかし、振幅比が0.5を超えると、この発明の実施例に相当するNo. 1と比較例に相当するNo. 2〜4とで、損傷比に差が生じ、振幅比が0.5を超え2.0以下の範囲で、No. 1の損傷比はNo. 2〜4の損傷比より著しく小さくなっている。
【0024】
以上のことから分かるように、No. 1の潤滑油は、平均粒径20nmの硫化鉄微粒子が界面活性剤により均一に分散された状態にあるため、これにより潤滑されている転がり軸受は、前記硫化鉄微粒子によるフレッチング摩耗軽減作用が効果的に発揮されて、耐フレッチング性に特に優れたものとなる。
また、No. 2の潤滑油は、平均粒径20nmの硫化鉄微粒子を含有するが界面活性剤を含有しないため、前記硫化鉄微粒子によるフレッチング摩耗軽減作用が不十分であった。No. 3と4の潤滑油は、界面活性剤を含有するが硫化鉄でなくシリカや酸化鉄の平均粒径20nmの微粒子を含有するため、フレッチング摩耗軽減作用が不十分であった。
【符号の説明】
【0025】
1 内輪
11 内輪軌道
2 外輪
21 外輪軌道
3 玉
4 保持器
5 シール
6 フレッチング試験機の荷重付加部
7 フレッチング試験機の微小揺動付加部
71 ACサーボモータ
72 揺動軸
73 押圧板
8 試験軸受
81 下レース
81a 下レースの損傷形成面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均粒径が1nm以上100nm以下である硫化鉄微粒子と界面活性剤を、それぞれ0.01質量%以上10質量%以下の割合で含有することを特徴とする潤滑剤。
【請求項2】
請求項1記載の潤滑剤で潤滑されている転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−241184(P2012−241184A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−116270(P2011−116270)
【出願日】平成23年5月24日(2011.5.24)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】