説明

潤滑油供給装置

【課題】ツールクランプ機構への潤滑油供給に要する工数を削減できる装置を提供する。
【解決手段】塗布ケース室8aと、塗布ケース室8aに収まる塗布ピストン9と、塗布ピストン9を押圧する吐出用弾性部材10と、隔壁17を介して塗布ケース室8aと隣り合う潤滑油供給口8cと、塗布ピストン9と一体で移動する潤滑油吐出ピン11と、潤滑油供給口8c内に塗布ケース室8aから吐出された潤滑油のたまり部Gを形成するノズル12と、塗布ケース室8a内の潤滑油に潤滑油供給口8c方向への押圧力を付加する押圧力付加手段Cを備え、潤滑油供給口8c側からツールクランプ機構Tへ挿入すると、たまり部Gへ突入した潤滑油供給部位へ潤滑油を供給し、かつ吐出ピストン9が引き込み部材33に押圧されて隔壁17から離れ、ツールクランプ機構Tから離脱すると、吐出ピストン9が塗布ケース室8a内の潤滑油をたまり部Gへ押し出す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作機械用の潤滑装置に関し、特に主軸スピンドルのツールクランプ部についての潤滑装置に関する。
【背景技術】
【0002】
工作機械として、高速回転する主軸スピンドルの先端に取り付けるツールをプログラムに従って交換し、1台で複数の加工を実施し得る、いわゆるマシニングセンタが知られている。
【0003】
ところで、ツールチェンジの際には、加工作業中に加工部に滴下されていたクーラントが主軸スピンドルのツールクランプ機構にかかり、ツールクランプ機構に塗布されていた潤滑油が洗い流される。そして、連続生産を行うとツールチェンジの度に潤滑油が洗い流され、やがて潤滑不足を招くことになる。ツールクランプ機構が潤滑不足になると、後述するツールクランプ機構の構造上、ツールを確実にクランプすることができなくなるおそれがある。
【0004】
このため、ツールクランプ機構に定期的に潤滑油を供給する必要がある。一般的には、生産を中断し工作機械を停止した状態で、手動によるスプレー塗布で潤滑油を供給している。しかし、潤滑油供給が必要な部位を狙ってスプレー塗布する必要があることから、作業に時間を要する。そして、例えば複数のマシニングセンタの潤滑油供給時期が重なった場合には、生産を中断する時間がさらに長くなる。人手を増やせば中断時間は短縮できるが、工数を削減することはできない。
【0005】
そこで、生産を中断する頻度を低下させたり、潤滑油供給作業に要する時間を短縮したりすることが望ましい。特許文献1には、潤滑油を一時的に貯える油受けを設け、油受けから潤滑場所まで連通路を設けることで、連続的に潤滑油を供給可能にする構成が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−159846号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1の構成では、潤滑油が油受けから連通路を介して潤滑場所に供給されるのは、重力の作用による。したがって、マシニングセンタの主軸スピンドルに設けられたツールクランプ機構のように高速回転する部位には適用できない。主軸スピンドルに油受けを設けると、遠心力によって潤滑油が連通路へ流れないし、主軸スピンドルとは別体で油受けを設けると、高速回転中のツールクランプ機構への供給はますます難しいからである。
【0008】
そこで、本発明では、主軸スピンドルのツールクランプ機構への潤滑油供給に要する工数を削減できる潤滑油供給装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の潤滑油供給装置は、引き込み部材を引き込むことでツメ部材を径方向へ押し広げてツールを保持する、主軸スピンドルに設けられたツールクランプ機構の、ツメ部材を押し広げるカム部とツメ部材との摺動部であって周上に複数配置された潤滑油供給部位に潤滑油を供給するものである。そして、潤滑油が充満する塗布ケース室と、塗布ケース室に進退動可能に収まる塗布ピストンと、塗布ピストンを一方向に押圧する吐出用弾性部材と、隔壁を介して塗布ケース室と隣り合う潤滑油供給口と、塗布ピストンと一体で移動し、隔壁を貫通して潤滑油供給口に突出する潤滑油吐出ピンとを備える。また、隔壁を貫通又は迂回して塗布ケース室と潤滑油供給口とを連通し、ツールクランプ機構へ挿入した場合に潤滑油供給部位が到達する位置に塗布ケース室から吐出された潤滑油のたまり部を形成するよう開口する複数のノズルと、塗布ケース室内の潤滑油に潤滑油供給口方向への押圧力を付加する押圧力付加手段と、を備える。そして、潤滑油供給口側からツールクランプ機構へ挿入すると、潤滑油供給部位がたまり部へ突入して潤滑油供給部位に潤滑油が供給され、かつ潤滑油吐出ピンが引き込み部材に押圧されることで吐出ピストンが隔壁から離れる方向へ移動する。また、ツールクランプ機構から離脱するか、または引き込み部材をツールクランプ機構内へ引き込むと、吐出ピストンが吐出用弾性部材の弾性力によって塗布ケース室内の潤滑油を潤滑油供給口へ押し出す。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ツールクランプ機構へ挿入すると潤滑油供給部位がたまり部へ突入するので、容易に潤滑油を供給することができる。また、吐出ピストンは挿入時には隔壁から離れる方向へ移動し、ツールクランプ機構から離脱等させると吐出用弾性部材の弾性力によって塗布ケース室内の潤滑油を潤滑油供給口へ押し出すので、挿入後に離脱等させるだけで、潤滑油供給部位に持ち出された分のグリスをたまり部に補充できる。すなわち、ツールクランプ機構へ挿入し離脱等するだけで、潤滑油供給部位へ潤滑油を供給し、さらに潤滑油供給部部位により持ち出されたグリスを補充することができる。これにより、潤滑油供給に要する工数を大幅に削減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の実施形態に係るグリス塗布装置の断面図である。
【図2】隔壁の正面図である。
【図3】塗布ピストンの正面図である。
【図4】塗布ピストンの正面図の他の例を示す図である。
【図5】ピストンロッドを引いた状態のグリス塗布装置の断面図である。
【図6】リアキャップを軸方向から見た図である。
【図7】ツールクランプ機構の中心軸に沿った断面図である。
【図8】グリス塗布装置をツールクランプ機構に挿入した状態を示す図である。
【図9】グリス塗布装置をクランプした状態を示す図である。
【図10】グリス塗布装置をアンクランプした状態を示す図である。
【図11】初期状態のグリス塗布装置をツールクランプ機構に挿入した状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0013】
図1は、本発明の実施形態に係る潤滑油供給装置としてのグリス塗布装置Aの軸方向に沿った断面図である。このグリス塗布装置Aは、回転軸が水平方向のマシニングセンタの、主軸スピンドルに設けたツールクランプ機構へグリスを供給するための装置である。
【0014】
以下の説明では、図1の図面左側を先端、右側を後端とする。
【0015】
グリス塗布装置Aは、塗布装置部Bとグリスポンプ部Cとからなる。
【0016】
グリスポンプ部Cは、筒状のグリスケース1と、その先端に固定されるフロントケース2と、後端に固定されるリアキャップ3と、を備える。
【0017】
フロントケース2及びリアキャップ3は、緩み止めボルト14でグリスケース1に固定されている。なお、グリスケース1とフロントケース2の間には、パッキン15が介装されている。
【0018】
グリスケース1の内部には、圧送ピストン7がグリスケース1の軸方向に摺動可能に格納されている。また、圧送ピストン7の中央部にはピストンロッド5の一端が遊びをもって連結されている。ピストンロッド5は、後端側がリアキャップ3を貫通してグリスポンプCの外部に突出しており、後端にレバー6を備える。ピストンロッド5は後端側から先端方向へ所定間隔で目盛が設けられており、これが後述するようにグリスの残量メータとして機能する。また、ピストンロッド5は、外周の一部に溝加工された縮径部16を備える。縮径部16の軸方向の幅は、リアキャップ3の後端面の厚さより大きく設定する。
【0019】
圧送ピストン7とリアキャップ3の間には、ピストンロッド5を案内として、圧送ピストン7に先端方向への押圧力を付勢する圧送スプリング4が介装されている。
【0020】
フロントケース2は、塗布装置部Bの塗布ケース室8aと連通する連通路2aを中央部に備える。この連通路2aは、グリスニップル13とも連通している。
【0021】
塗布装置部Bは両端が開口した筒状の部材であり、内部に設けられた隔壁17によって、先端側のグリス供給口8cと、後端側の塗布ケース室8aとに分割されている。
【0022】
隔壁17は、図2に示すように、中央部に設けた連通孔18と、その周囲に周方向に等間隔で4つ設けられたノズル12と、を有する。連通孔18及びノズル12はいずれもグリス供給口8cと塗布ケース室8aとを連通する孔である。連通孔18は後述するグリス吐出ピン11が貫通する孔であり、ノズル12は後述する動作により塗布ケース室8aからグリス供給口8cへグリスが流れ出る通路である。
【0023】
なお、ノズル12は4つに限られるわけではなく、使用するグリスのちょう度や、ツールクランプ機構の大きさに応じて設定する。また、ノズル12の径についても同様である。
【0024】
グリス供給口8cの内周には、先端側から後端側へ向けて内径が拡大するテーパ部8dが形成されている。
【0025】
塗布ケース室8aは、塗布ピストン9が摺動可能に収められている。塗布ピストン9は、塗布装置部Bの中心軸線に沿って先端方向へ伸びるグリス吐出ピン11と、同じく中心軸線に沿って後端方向へ伸びるガイド部9aを備える。グリス吐出ピン11は連通孔18を貫通してグリス供給口8cに突出している。ガイド部9aの外径は、連通路2aの内径よりも小さい。
【0026】
また、塗布ピストン9は、塗布ピストン9を貫通する流通孔19を、図3に示すように周方向に等間隔で6つ備える。なお、流通孔19は6つに限られるわけではなく、また図4に示すように外周部を切り欠いて形成してもよい。流通孔19の径は、使用するグリスのちょう度等に応じて設定する。例えば、使用するグリスがJIS分類で0号または1号程度の場合には、流通孔19の径を2[mm]程度とする。
【0027】
流通孔19及びノズル12は、塗布ピストン9が隔壁17に当接したときに、互いの開口部が重ならないように配置する。
【0028】
また、塗布ケース室8aの内周は段付き形状となっており、塗布ケース室8aの先端側から塗布ピストン9の幅と同等もしくはそれ以下の範囲が小径部、それより後端側が大径部となっている。小径部の径は、塗布ピストン9の径よりやや大きい程度に設定する。
【0029】
塗布装置部Bは、塗布ケース8の後端部に設けた雄ネジ部8bがフロントケース2の先端部に設けた雌ネジ部2bにねじ込まれた状態で、緩み止めボルト14で固定される。塗布装置部Bをフロントケース2にねじ込む際に、塗布ピストン9に先端方向への押圧力を付勢する補助スプリング10を、ガイド部9aをガイドにして介装する。
【0030】
次に、上述したグリス塗布装置Aへのグリス充填方法を説明する。
【0031】
図5は図1と同様に軸線に沿ったグリス塗布装置Aの、グリス充填のためにピストンロッド5を引いた状態を示した断面図である。図6はリアキャップ3を軸方向から見た図である。
【0032】
リアキャップ3の後端面にはピストンロッド5が通過可能な孔20が設けられている。孔20は、塗布ケース1の中心軸を中心とする円形部20aと、円形部20aの直径よりも小さい幅の長穴部20bとが重なった形状をしている。長穴部20bの幅は、ピストンロッド5の外径より小さいが、ピストンロッド5の縮径部16よりは大きい。
【0033】
グリスを充填する際は、まずレバー6を圧送スプリング4の弾性力に抗して後端方向へ引き、縮径部16がリアキャップの孔20に達したら、レバー6を下方に動かして縮径部16を長穴部20bに固定する。
【0034】
ピストンロッド5の縮径部16をリアキャップ3の長穴部20bに固定したら、グリスガン等を用いてグリスニップル13からグリスを充填する。これにより、グリスケース室1a及び塗布ケース室8aがグリスで満たされる。
【0035】
なお、グリスケース1をフロントケース2から取り外して、ヘラ等で直接グリスケース室1aにグリスを充填してもよい。このようにしても、後述する操作によって塗布ケース室8aにもグリスを充填することができる。
【0036】
上記のようにしてグリスを充填したら、レバー6の固定を解除する。これにより、圧送スプリング4の弾性力によって、圧送ピストン7が先端方向へ押圧され、グリスケース室1a内のグリスに押圧力が発生する。グリスケース1をフロントケース2から取り外してグリスケース室1aにのみグリスを充填した場合でも、圧送ピストン7に押圧されたグリスが連通路2aを介して塗布ケース室8aに流入する。そして、連通路2aを介して連結された塗布ケース室8a内のグリスにも押圧力が発生する。
【0037】
ピストンロッド5は、グリス塗布装置A内のグリス充填量が減少するのに伴って徐々に先端方向へ移動する。したがって、ピストンロッド5の目盛は、グリスが満充填の状態で最大値を示し、レバー6に近づくほど小さくなるように設ける。なお、目盛に代えてピストンロッド5を色分けしてもよい。例えば、縮径部16から後端方向の所定範囲を青、レバー6から先端方向の所定範囲を赤、それらの中間範囲を黄、に塗り分ける。このようにすれば、充填の必要があるか否かを一見して判断することができる。
【0038】
次に、グリス塗布装置Aによってグリスを供給する、主軸スピンドルのツールクランプ機構Tについて説明する。
【0039】
図7は、ツールクランプ機構Tの中心軸に沿った断面図である。なお、図7はツール等をクランプしていない状態、つまりアンクランプ状態を示している。
【0040】
主軸スピンドル30は、中心軸に沿った貫通孔30aを有する筒状部材であり、軸受31を介して工作機械に回転自在に支持されている。また、貫通孔30aの後端部にはテーパ孔30bが形成されており、このテーパ孔30bが塗布ケース8の先端側のテーパ部と嵌合する。
【0041】
貫通孔30aの内部には、ドローバ32が中心軸上を進退動可能に収められている。ドローバ32は、皿バネ36によって後端方向へ付勢されている。ドローバ32の後端側には、ドローバ32と一体に進退動するロックロッド33が接続されている。ロックロッド33の外周側には、ツメ34が配置されている。また、ロックロッド33の後端部33bは円筒形になっており、その径はグリス吐出ピン11の径と同等もしくはそれ以下とする。
【0042】
ツメ34は、径方向に拡径可能な複数のツメ部34aを有し、ツメ部34aの後端には係合部34bを有する。ツメ部34aは、例えば周方向に等間隔で6つ配置する。
【0043】
クランプ時には、ドローバ32をモータ等によって皿バネ36の弾性力に抗して先端方向へ引く。ドローバ32を先端方向へ引くと、ロックロッド33も一体となって先端方向へ引かれる。このとき、ロックロッド33に設けたカム33aがツメ部34aを押し広げる。また、ロックロッド33の先端部33cがツメ34の先端側を押し広げ、ツメ34の先端側が傾斜部35に沿って径方向外側へ移動する。このような動作により径が広がった係合部34bがツール等の係合部と係合することで、ツール等をクランプする。
【0044】
クランプを解除する場合は、ドローバ32を先端側へ引いていたモータを停止する。これにより、皿バネ36の反力によってドローバ32及びロックロッド33が後端方向へ移動し、ツメ34の径が小さくなって、アンクランプ状態に戻る。
【0045】
次に、グリス塗布装置Aによるツールクランプ機構Tへのグリス充填のメカニズムについて説明する。
【0046】
図8−図10は、グリス塗布装置Aを使用可能な状態(初期状態)にするための工程を示す図であり、それぞれ、グリス塗布装置Aをツールクランプ機構Tに挿入した状態、グリス塗布装置Aをクランプした状態、グリス塗布装置Aをアンクランプした状態、を示している。ここでいう「初期状態」とは、塗布ケース室8aのノズル12開口部付近にグリスが存在する状態のことをいう。
【0047】
図8に示すように、アンクランプ状態のツールクランプ機構Tのテーパ孔30bに、グリス塗布装置Aを先端側から、手動にて挿入する。なお、グリス塗布装置Aを工作機械のツールラックに保持させておき、ツールチェンジのプログラムでグリス塗布装置Aを選択しても構わない。
【0048】
グリス塗布装置Aをツールクランプ機構Tに挿入すると、ロックロッド33の後端部33bがグリス吐出ピン11に当接して、そのままグリス吐出ピン11を後端方向へ押圧する。これにより、塗布ピストン9が補助スプリング10の弾性力に抗して後端方向へ移動する。
【0049】
このとき、塗布ケース室8a内にグリスが充填されていると、グリスは塗布ピストン9により後端方向へ押圧されるが、後端方向からは圧送ピストン7による押圧力が作用しているので、グリスは塗布ケース室8aからグリスケース1へ移動することはできない。しかし、グリスは塗布ピストン9の流通孔19、及び塗布ピストン9と塗布ケース室8aの内壁との隙間を通って、塗布ピストン9の後端側から先端側へ移動するので、塗布ピストン9は後端方向へ移動可能である。
【0050】
一方、圧送ピストン7には圧送スプリング4による押圧力が先端方向に付勢されているので、グリスケース1内のグリスが連通路2aとガイド部9aの隙間を通って塗布ケース室8aへ流入する。
【0051】
なお、補助スプリング10と圧送スプリング4のバネ定数は、グリス吐出ピン11による押圧が無ければグリスをノズル12または連通路2aから押し出せる程度に、かつ上述した挿入動作時に、補助スプリング10は縮むが、圧送スプリング4は縮まないように設定する。
【0052】
グリス塗布装置Aをツールクランプ機構Tに挿入したら、図9に示すように、ツールクランプ機構Tをクランプ状態にする。
【0053】
クランプ状態にすると、ドローバ32が先端方向へ引かれるので、ロックロッド33も先端方向へ移動する。これにより、ツメ34が径方向へ押し広げられ、係合部34bがテーパ部8dに係合し、グリス塗布装置Aが主軸スピンドルに固定される。
【0054】
ロックロッド33が先端方向へ移動すると、グリス吐出ピン11を後端方向へ押圧していた力がなくなるので、塗布ピストン9は補助スプリング10の弾性力によって先端方向へ移動する。これにより、塗布ピストン9はノズル12を介して塗布ケース室8a内のグリスをグリス供給口8cへ押し出す。この動作で塗布ピストン9が押し出すグリスの量は、一定である。塗布ピストン9のストロークが、グリス塗布装置Aをツールクランプ機構Tに挿入したときにロックロッド33によって押し込まれた位置から、塗布ケース室8aの先端側の面までで一定だからである。
【0055】
塗布ピストン9が塗布ケース室8aの先端壁まで達したら、図10に示すように、ツールクランプ機構Tをアンクランプ状態にする。なお、図10ではグリス塗布装置Aをツールクランプ機構Tから離脱させているが、必ずしも離脱させる必要はない。
【0056】
グリス塗布装置Aが挿入されたままでアンクランプ状態にすると、再び図9のように塗布ピストン9が後端方向へ押し込まれる。その後、図10のように離脱させると、塗布ピストン9は塗布ケース室8aの先端面に当接するまで移動する。離脱させない場合でも、再度クランプ状態にすれば、塗布ピストン9は同様に移動する。
【0057】
上述した、グリス塗布装置Aをツールクランプ機構Tへ挿入し、クランプ状態にし、アンクランプする、という動作を数回繰り返すことで、グリス供給口8cのノズル12出口付近にはグリスたまり部Gが形成され、初期状態となる。
【0058】
図11は、初期状態のグリス塗布装置Aをツールクランプ機構Tに挿入した状態を示す図である。ここでの挿入動作は、グリス塗布装置Aをツールホルダに待機保持させておき、ツールチェンジ用のプログラムによりグリス塗布装置Aを選択させる。これにより、作業員が工作機械の所まで行き、工作機械を停止してスプレー塗布を行う場合に比べて、グリス補給に要する時間を大幅に短縮できる。
【0059】
初期状態のグリス塗布装置Aをツールクランプ機構Tに挿入すると、ロックロッド33のカム33a、ツメ34のツメ部34a、及びこれらの周辺が、塗布ケース室8a内にあるグリスに突入する。したがって、その後グリス塗布装置Aをツールクランプ機構Tから離脱させると、グリスに突入した部位は、一定量のグリスが塗布された状態となる。
【0060】
一方、グリス塗布装置Aをツールクランプ機構Tに挿入し、その後離脱させるという動作(挿入−離脱動作)により、塗布ピストン9は1ストローク分のグリスをグリス供給口8cに吐出する。すなわち、1ストローク当たりのグリス吐出量と、1回の挿入−離脱動作でツールクランプ機構Tに持ち出されるグリス量とが等しくなるように、塗布ピストン9のストロークとノズル12の径を設定すれば、グリスが持ち出される度に、同量のグリスがグリス供給口8cに補充されることになる。例えば、1回の挿入−離脱動作での持ち出し量が1gであれば、1ストローク当たり1g程度のグリス吐出量になるように塗布ピストン9のストロークとノズル12の径を設定する。塗布ピストン9のストロークは、グリス吐出ピン11の軸方向長さで調整することができる。
【0061】
また、挿入−離脱動作後も塗布ケース室8a内にはグリスが充満している。グリスケース1内のグリスには圧送スプリング4の弾性力による押圧力が作用しているため、塗布ピストン9がグリス供給口8cへグリスを押し出す動きに追従して、圧送ピストン7が塗布ケース室8aへグリスを押し出すからである。
【0062】
なお、挿入−離脱動作だけでもツールクランプ機構へのグリス塗布は可能であるが、初期状態にする場合と同様に、挿入後にクランプ、アンクランプの動作を行うようにしてもよい。
【0063】
また、グリス塗布が終了してツールクランプ機構Tから離脱したグリス塗布装置Aは、塗布ピストン9が塗布ケース室8aの先端面に当接した状態となる。この状態では、前述したようにノズル12と流通孔19とが連通していない。すなわち、ノズル12は塗布ピストン9によって閉鎖される。したがって、ツールホルダに待機保持された状態で、ノズル12からグリスが垂れることはない。
【0064】
グリス塗布装置Aをツールホルダに待機保持し、ツールチェンジ用プログラムを利用してツールクランプ機構Tへのグリス補給を行う場合の効果について説明する。
【0065】
例えば、1サイクルあたり10回前後のツール交換がある加工作業を、1日あたり100サイクル程度実行するマシニングセンタにおいて、ツールクランプ機構Tへのグリス補給が1000サイクル毎に必要であると仮定する。
【0066】
この場合、生産計画にもよるが、1週間から10日に一回の頻度でグリス補給が必要となり、年間では約50回のグリス補給作業が必要となる。1回のグリス補給量、すなわち1回の挿入−離脱動作でツールクランプ機構Tに持ち出される量が1[g]程度とすれば、年間では約50[g]のグリス補給量となる。
【0067】
そこで、グリスケース室1a及び塗布ケース室8aを、約50[g]のグリスを充填可能な大きさとし、1000サイクル毎に上述した挿入−離脱動作を行うようプログラムする。これにより、グリス塗布装置Aを初期状態にしてツールホルダへ装着すれば、その後1年間は無人でグリス補給することができるようになり、グリス補給に要する工数を大幅に削減することができる。もちろん、グリスケース1a等の容量をさらに大きくすれば、より長期間にわたって無人でのグリス補給が可能となる。
【0068】
なお、初期状態になったグリス塗布装置Aによるグリス補給をツールクランプ機構Tに挿入する動作は、手動により行ってもよい。スプレー塗布の場合には、カム33aとツメ部34aの隙間等を狙って塗布する必要があるが、グリス塗布装置Aを用いる場合は、これをツールクランプ機構Tへ挿入するだけで的確にグリス補給ができるので、作業時間を短縮できるからである。
【0069】
上述した本実施形態による効果をまとめると、次のようになる。
【0070】
(1)グリス塗布装置Aは、グリスが充満する塗布ケース室8aと、塗布ケース室8aに進退動可能に収まる塗布ピストン9と、塗布ピストン9を先端方向に押圧する補助スプリング10と、隔壁17を介して塗布ケース室8aと隣り合うグリス供給口8cと、塗布ピストン9と一体で移動し、隔壁17を貫通してグリス供給口8cに突出するグリス吐出ピン11と、を備える。また、隔壁17を貫通して塗布ケース室8aとグリス供給口8cとを連通し、ツールクランプ機構Tへ挿入した場合にカム33aとツメ部34aの摺動部が到達する位置にグリスのたまり部Gを形成するよう開口する複数のノズル12を備える。さらに、塗布ケース室8aのグリスに先端方向への押圧力を付加するグリスポンプCと、を備える。そして、ツールクランプ機構Tへ挿入すると、カム33aとツメ部34aの摺動部がグリスたまり部Gへ突入して摺動部にグリスが供給され、かつグリス吐出ピン11がロックロッド33に押圧されることで塗布ピストン9が後端方向へ移動する。また、ツールクランプ機構Tから離脱するか、またはロックロッド33を引き込むと、塗布ピストン9が補助スプリング10の弾性力によって塗布ケース室8a内のグリスをグリス供給口8cへ押し出す。すなわち、グリス塗布装置Aをツールクランプ機構Tへ挿入し、離脱させるだけで、ツールクランプ機構Tへのグリス供給と、ツールクランプ機構Tに持ち去られた分のグリスの補充をすることができる。したがって、ツールクランプ機構Tへの潤滑油供給に要する工数を削減できる。
【0071】
(2)グリスポンプCは、塗布ケース室8a内と連通する連通路2aを有する筒状のグリスケース1と、グリスケース1の内部で進退動可能な圧送ピストン7と、圧送ピストン7に先端方向への押圧力を付加する圧送スプリング4と、を含んで構成される。そして、圧送ピストン7の先端側にグリスが充填されている。これにより、塗布ピストン9が塗布ケース室8a内のグリスをグリス供給口8cに押し出すときに、圧送ピストン7は塗布ピストン9の動きに追従して、グリスケース1内のグリスを塗布ケース室8aへ押し出す。つまり、塗布ピストン9がグリス供給口8cにグリスを押し出すと、これと同量のグリスが圧送ピストン7により塗布ケース室8aに供給される。
【0072】
(3)ノズル12のグリス供給口8c側の開口部は、それぞれツールクランプ機構Tへ挿入したときに滑油部位と対向する位置に開口するので、潤滑部位に確実にグリスを供給できる。
【0073】
(4)ツールクランプ機構Tから離脱した状態では、塗布ピストン9が補助スプリング10に押圧されてノズル12を閉鎖するので、ツールホルダに待機保持された状態で、ノズル12からグリスが漏れることがない。
【0074】
(5)一端が圧送ピストン7に連結され、リアキャップ3を貫通するピストンロッド5が、グリスの残量に応じてリアキャップ3からの突出量が変化する残量計としての機能を有する。これにより、グリスの残量を容易に把握することができる。
【0075】
なお、本発明は上記の実施の形態に限定されるわけではなく、特許請求の範囲に記載の技術的思想の範囲内で様々な変更を成し得ることは言うまでもない。
【符号の説明】
【0076】
1 グリスケース(ケース部材)
2 フロントケース
3 リアキャップ
4 圧送スプリング(押圧用弾性部材)
5 ピストンロッド(棒状部材)
6 レバー
7 圧送ピストン
8 塗布ケース
9 塗布ピストン
10 補助スプリング(吐出用弾性部材)
11 グリス吐出ピン(潤滑油吐出ピン)
12 ノズル
13 グリスニップル
17 隔壁
19 流通孔
30 主軸スピンドル
32 ドローバ
33 ロックロッド(引き込み部材)
34 ツメ
A グリス塗布装置
B 塗布装置部
C グリスポンプ部(押圧力付加手段)
T ツールクランプ機構

【特許請求の範囲】
【請求項1】
引き込み部材を引き込むことでツメ部材を径方向へ押し広げてツールを保持する、主軸スピンドルに設けられたツールクランプ機構の、前記ツメ部材を押し広げるカム部と前記ツメ部材との摺動部に潤滑油を供給する潤滑油供給装置において、
潤滑油が充満する塗布ケース室と、
前記塗布ケース室に進退動可能に収まる塗布ピストンと、
前記塗布ピストンを一方向に押圧する吐出用弾性部材と、
隔壁を介して前記塗布ケース室と隣り合う潤滑油供給口と、
前記塗布ピストンと一体で移動し、前記隔壁を貫通して前記潤滑油供給口に突出する潤滑油吐出ピンと、
前記隔壁を貫通又は迂回して前記塗布ケース室と前記潤滑油供給口とを連通し、前記ツールクランプ機構へ挿入した場合に前記摺動部が到達する位置に前記塗布ケース室から吐出された潤滑油のたまり部を形成するよう開口する複数のノズルと、
前記塗布ケース室内の潤滑油に前記潤滑油供給口方向への押圧力を付加する押圧力付加手段と、
を備え、
前記潤滑油供給口側から前記ツールクランプ機構へ挿入すると、前記摺動部が前記潤滑油のたまり部へ突入することで前記摺動部に潤滑油が供給され、かつ前記潤滑油吐出ピンが前記引き込み部材に押圧されることで前記吐出ピストンが前記隔壁から離れる方向へ移動し、前記ツールクランプ機構から離脱するか、または前記引き込み部材を前記ツールクランプ機構内へ引き込むと、前記吐出ピストンが前記吐出用弾性部材の弾性力によって前記塗布ケース室内の潤滑油を前記潤滑油供給口へ押し出すことを特徴とする潤滑油供給装置。
【請求項2】
前記押圧力付加手段は、前記塗布ケース室内と連通する連通路を有する筒状のケース部材と、前記ケース部材の内部で進退動可能な圧送ピストンと、前記圧送ピストンに前記塗布ケース室方向への押圧力を付加する押圧用弾性部材と、を含み、前記圧送ピストンの前記塗布ケース室側に潤滑油を充填して構成される請求項1に記載の潤滑油供給装置。
【請求項3】
前記複数のノズルの前記潤滑油供給口側の開口部は、それぞれ前記ツールクランプ機構へ挿入したときに前記摺動部と対向する位置に開口する請求項1または2に記載の潤滑油供給装置。
【請求項4】
前記ツールクランプ機構から離脱した状態では、前記塗布ピストンが前記吐出用弾性部材に押圧されて前記ノズルを閉鎖する請求項1から3のいずれかに記載の潤滑油供給装置。
【請求項5】
前記押圧力付加手段が、前記ケース部材の前記押圧力付加方向とは反対側の端面を貫通し、かつ一端が前記圧送ピストンに連結されて前記押圧用ピストンと一体となって前記ケース部材の中心軸に沿って進退動可能な棒状部材を備え、
前記棒状部材が、潤滑油の残量に応じて前記ケース部材からの突出量が変化する残量計としての機能を有する請求項2から4のいずれかに記載の潤滑油供給装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−232372(P2012−232372A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−101425(P2011−101425)
【出願日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】