説明

潤滑膜形成方法、及び、これを用いた磁気記録媒体若しくは磁気ヘッドスライダの製造方法

【課題】十分な耐久性を発揮することのできる潤滑膜の形成方法を提供する。
【解決手段】基材10の表面に塗布されたOH基を有する潤滑剤21に対して、OH基のOH結合の振動を励起する赤外レーザ光を照射する工程を備える潤滑膜形成方法である。これにより、赤外レーザ光の照射により潤滑剤のOH基のOH結合の振動が励起される。したがって、潤滑剤のOH基と基材の表面との反応性が高まり、潤滑剤を基材の表面に化学的に結合させることが容易となり、潤滑剤の耐久性が高くなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑膜形成方法、及び、これを用いた磁気記録媒体若しくは磁気ヘッドスライダの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ハードディスクドライブにおけるハードディスクの表面やヘッドスライダの表面等、他の部材と摺動等の接触をする、又は、その可能性がある基材の表面には潤滑膜を形成する必要がある。
【0003】
そして、例えば、特許文献1〜4に開示されるように、基材の表面に潤滑剤を塗布した後に加熱して潤滑剤を基材表面に固着させる方法や、特許文献5に開示されるように、基材の表面に潤滑剤を塗布した後にUVを照射する方法、特許文献6に開示されるように、基材の表面に潤滑剤を塗布した後に中性ラジカルを照射する方法、特許文献7〜9に開示されるように、基材の表面への潤滑剤の形成時又は形成後に潤滑剤をプラズマやガス等により表面改質する方法、特許文献10〜14に開示されるように、基材の表面へ極性基を有する潤滑剤を塗布する方法、特許文献15に記載されるように潤滑剤を塗布した後に300nm以下のレーザを照射して潤滑剤の一部を吹き飛ばして薄膜化する方法等の潤滑膜形成方法が知られている。
【特許文献1】特開平11−203670号公報
【特許文献2】特開2001−93141号公報
【特許文献3】特開2000−322734号公報
【特許文献4】特開2003−228810号公報
【特許文献5】特開平11−35452号公報
【特許文献6】特開平6−215367号公報
【特許文献7】特開平7−326151号公報
【特許文献8】特開2004−152462号公報
【特許文献9】特開2002−109718号公報
【特許文献10】特開平6−44558号公報
【特許文献11】特開平5−143975号公報
【特許文献12】特開平5−189752号公報
【特許文献13】特開平5−205246号公報
【特許文献14】特開平6−172479号公報
【特許文献15】特開平11−66555号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の方法では潤滑剤の基材への固定が不十分であり、潤滑膜の耐久性が十分でなかった。
【0005】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、十分な耐久性を発揮することのできる潤滑膜の形成方法、及び、これを用いた磁気記録媒体若しくは磁気ヘッドスライダの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る潤滑膜の形成方法は、基材の表面に塗布されたOH基を有する潤滑剤に対して、OH基のOH結合の振動を励起する赤外レーザ光を照射する工程を備える。
【0007】
本発明によれば、赤外レーザ光の照射により潤滑剤のOH基のOH結合の振動が励起される。したがって、潤滑剤のOH基と基材の表面との反応性が高まり、潤滑剤を基材の表面に化学的に結合させることが容易となり、潤滑剤の耐久性が高くなる。
【0008】
具体的には、以下のようなメカニズムが考えられる。すなわち、基材の表面には、ダングリングボンドと呼ばれる末端結合手が存在する。通常、このダングリングボンドには、他の原子と結合していない状態、OH基と結合している状態、水分子と水素結合(吸着)している状態等がある。そして、上記の発明によれば、レーザ光の照射により潤滑剤のOH基のOH結合の振動が励起されてOH基が活性化されて反応性が高まり、基材表面のダングリングボンドと結合しやすくなる。したがって、潤滑剤を、例えばOH基由来のO原子を介して、基材表面のダングリングボンドと容易に共有結合させることができる。したがって、潤滑膜の耐久性が高まる。
【0009】
ここで、上記工程では、波長0.9〜8μmの赤外レーザ光を照射する、又は、赤外レーザによる多光子吸収により波長0.9〜8μmの光に対応するエネルギーを吸収させることが好ましい。特に、波長0.9〜1.1μm、又は、波長2.7〜3.0μmの赤外レーザ光を照射する、若しくは、赤外レーザによる多光子吸収により波長0.9〜1.1μm、又は、波長2.7〜3.0μmの光に対応するエネルギーを吸収させることが好ましい。
【0010】
また、上記工程では多光子吸収を行わせ、上記基材の上記表面、又は、上記潤滑剤のうち基材側の部分に赤外レーザ光の焦点が形成されるように赤外レーザ光を照射することが好ましい。
【0011】
これによれば、基材の表面付近の潤滑剤のOH基に対して選択的に赤外光の吸収による励起をさせうるので、界面以外での余計な副反応等を抑制できて好ましい。また、多光子吸収においては、焦点以外では光がほとんど吸収されないので、潤滑剤により形成される膜が厚くても十分に実施が可能である。
【0012】
また、上記赤外レーザ光として、ホモジナイザを透過させた赤外レーザ光を用いることも好ましい。この場合、ホモジナイザによりレーザ光の強度分布が面内でフラットとなるので、広い面積を均一な照射強度で迅速に処理可能である。
【0013】
また、上記潤滑剤は2nm以下の厚みの層とされていることが好ましい。
【0014】
これによれば、赤外レーザ光を特に潤滑剤と基材との界面付近に十分に到達させられるため、基材の表面近傍に位置する潤滑剤のOH基への赤外レーザ光の吸収が効率よく行える。
【0015】
また、赤外レーザ光の照射強度が、60J/cm以下であることが好ましい。
【0016】
照射強度が60J/cm超であると潤滑剤や基材の表面にダメージを与える場合がある。
【0017】
具体的には、例えば、赤外レーザ光として赤外パルスレーザ光を照射し、レーザ光の照射強度を60J/cm以下、パルス幅を0.1〜1ms、パルス数を1〜10、パルスの周波数を10〜50Hzとすることが好ましい。
【0018】
また、赤外レーザ照射時に、基材の表面温度を200℃以下に維持することが好ましい。
【0019】
基材の表面温度が200℃超となると、潤滑剤の蒸発や劣化が起こる場合や、基材の劣化が起こる場合がある。
【0020】
また、潤滑剤は、OH基を有するフッ化有機化合物であることが好ましい。特に、末端にOH基を有するフッ化有機化合物であることが好ましい。
【0021】
フッ化有機化合物系の潤滑剤は潤滑性能が高いが、従来基材への固定が困難であった。しかしながら、本願発明では、このような潤滑剤を基材に十分に固定できるので、潤滑性能及び耐久性能に優れた潤滑膜を容易に形成できる。
【0022】
また、基材の表面は、炭素材料により形成されていることが好ましい。特に炭素材料は、表面の保護膜として十分な性能を有するが、化学的に安定した物質であるために潤滑剤の固定が困難であった。しかしながら、本発明によれば、炭素材料により形成された基材の表面に対しても潤滑剤を十分に固定できる。
【0023】
本発明に係る磁気記録媒体の製造方法は、磁気記録媒体の表面に塗布された潤滑剤に対して、上述の潤滑膜形成方法を行うものである。
【0024】
本発明に係る磁気ヘッドスライダの製造方法は、磁気ヘッドスライダの表面に塗布された潤滑剤に対して、上述の潤滑膜形成方法を行うものである。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、十分な耐久性を発揮することのできる潤滑膜の形成方法、及び、これを用いた磁気記録媒体若しくは磁気ヘッドスライダの製造方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明の好適な実施形態について図面を参照しながら説明する。なお、図面の説明においては、同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明は省略する。また、図面においては、寸法比率は説明のものとは必ずしも一致していない。
【0027】
(基材準備工程)
まず、図1に示すように、処理対象となる基材10を用意する。基材10の材質は特に限定されない。たとえば、アルミニウム、アルミニウム合金、チタン等の金属、アルミナ等の金属酸化物、アルティック(Al2O3-TiC)等のセラミック、シリコン、ガラス、炭素材料(アモルファスカーボン)等の無機材料や、ポリエチレンテレフタレート、ポリイミド、ポリアミド、ポリカーボネート、ポリスルホン、ポリエチレンナフタレート、ポリ塩化ビニル、環状炭化水素基含有ポリオレフィンなどの高分子化合物等が挙げられる。また、これら基材表面には、NiP、NiP合金、他の合金から選ばれる1種以上の膜をスパッタリング、真空蒸着等の物理的蒸着法(PVD: physical vapor deposition)、若しくは電解メッキ等により形成することができる。もちろん、基材10が多層構造であってもよいのは言うまでもない。
【0028】
なお、本実施形態では、一例として、基材10としてCVD(chemical vapor deposition)法により作成された炭素系保護膜であるダイアモンドライクカーボン(アモルファスカーボン)を使用した場合を説明する。
【0029】
基材10の表面には、通常、ダングリングボンド12と呼ばれる末端結合手が存在する。このダングリングボンド12には、他の原子と結合していないもの12a、OH基と結合しているもの12b、水分子と水素結合(吸着)しているもの12c等がある。もちろんこれ以外の分子と結合(吸着)している場合もある。
【0030】
このようなダングリングボンド12は、炭素材料に限らずあらゆる固体材料に見られるものであり、特に共有結合性の強い材料に顕著に見られるものである。
【0031】
なお、潤滑剤塗布工程の前に、基材10を加熱する(例えば、80〜200℃、30分以上)、基材10の表面に紫外線(例えば、波長50~350nm)を照射する、又は、基材10を減圧雰囲気下(例えば、1×10-1Torr以下)、若しくは、不活性ガス雰囲気下(例えば、窒素、アルゴン等)、若しくは、低湿度環境下(例えば、RH10%以下)に保持すること等により、ダングリングボンド12に結合する分子(例えば水等)又は官能基(例えばOH基等)を脱離させておくことが好ましい。加熱や紫外線の照射は、真空中あるいは、窒素やアルゴン等の不活性ガス中、又は、低湿度環境(RH10%以下)で行うことが好ましい。なお、ダングリングボンドに結合する分子や官能基が残っていても本発明の実施が可能であることはいうまでもない。なお、基材にダメージを与えない程度の加熱温度やUV照射の強さとすることが好ましい。
また、オゾン処理により表面の有機物等を除去しておくことも好ましい。
【0032】
(潤滑剤塗布工程)
続いて、図2に示すように、基材10の表面に潤滑剤21を塗布して潤滑膜を形成する。潤滑剤21としては、OH基を有する化合物であればよい。ここでのOH基とは、カルボキシル基(−COOH)やフェノール基等の複雑な官能基に含まれるOH基も含む概念である。
【0033】
このような潤滑剤21としては、OH基を有する炭化水素類の他、アルコール類(例えば、エルシルアルコール、リシノリルアルコール、アラシディルアルコール、カプリルアルコール、カプリンアルコール、ポリオレフィンアルコール、2−エチルヘキシルアルコール、ポリアルキレングリコール等)、カルボン酸類(例えば、脂式カルボン酸、芳香族カルボン酸、オキソカルボン酸等)、OH基を有するエステル類(例えば、OH基を有するチオエステル、リン酸エステル、硝酸エステル等)、OH基を有するエーテル類(例えば、OH基を有するポリフェニルエーテル、ジメチルエーテル、エチルメチルエーテル、ジエチルエーテル等)、OH基を有する珪素化合物(例えば、OH基を有するシリコーン油等)、OH基を有するハロゲン化有機化合物(OH基を有するハロゲン化エーテル、OH基を有するハロゲン化アルコール、OH基を有するハロゲン化カルボン酸等)が挙げられる。特に、OH基を有するフッ化有機化合物が好ましく、例えば、OH基を有するパーフルオロポリエーテルなどのOH基を有するフッ化エーテル、フッ化アルコール、フッ化カルボン酸、OH基を有するフッ化カルボン酸アルキルエステル、OH基を有するフッ化ジエステルジカルボン酸化合物、OH基を有するフッ化モノエステルモノカルボン酸化合物等)等が挙げられる。これらの中でも、特に、末端にOH基を有する鎖状ハロゲン化有機化合物、特に、鎖状フッ化有機化合物が好ましい。
【0034】
特に、OH基を有するフッ化エーテルの中でも、OH基を有するフルオロポリエーテルが好ましく、特に、Fomblin Zとして知られる(1)式の化合物や、Fomblin Yとして知られる(2)式の化合物、Krytoxとして知られる(3)式の化合物、Demnumとして知られる(4)式の化合物等の、OH基を末端に有する鎖状フルオロポリエーテルが特に好ましい。
【0035】
X−CF2−O(−CF2−CF2−O−)m(−CF2−O−)nCF2−X (1)
X−CF2−O(−CF(CF3)−CF2−O−)m(−CF2−O−)nCF2−X (2)
X−CF2−O(−CF(CF3)−CF2−O−)mCF2−CF2−X (3)
X−CF2−CF2−O(−CF2−CF2−CF2−O−)mCF2−X (4)
【0036】
ここで、n、mはそれぞれ1以上の整数を示す。Xは、−CF3、 −CH2−OH、 −CH2(−O−CH2−CH2−)p−OH、 −CH2−O−CH(OH)−CH2−OHからなる群から選択されるいずれかの官能基であり、各化合物につき少なくとも一つはOH基を有する官能基を備える。ここで、Pは1以上の整数を示す。鎖状フルオロポリエーテルの分子量は特に限定されないが、その中心分子量は500から4000程度が好ましい。
【0037】
また、潤滑剤として、OH基を有さない化合物、例えば、溶媒等を含んでもよいのは言うまでもない。
【0038】
このような潤滑剤の塗布は、公知の方法、例えば、真空蒸着法、PVD法、CVD法、浸漬法(ディップ法)、スピンコート法、スプレーコート法等により行うことができる。また、基材準備工程で説明したように、潤滑剤塗布前の基材10の表面に対して、真空中あるいは不活性ガス中での加熱や紫外線照射等の清浄化処理を行った場合には、清浄化された基材10の表面が、塗布時に大気中の酸素や水分、反応性の高い他の不純物(コンタミナント)等によって汚染されることを防ぐべく、この塗布を、真空中あるいは不活性ガス中で行うことが好ましい。
【0039】
ここで塗布する潤滑膜20の厚みは特に限定されないが、赤外レーザを効率よく特に基材10と潤滑膜20の界面及びその近傍へ到達させるべく、2nm以下程度とすることが好ましい。なお、多光子吸収の場合には、膜厚は特に限定されない。
【0040】
ここで、必要であれば、潤滑剤21の塗布後に潤滑膜20を加熱する(例えば、80〜200℃、30分以上)、あるいは、潤滑膜20に紫外線を照射して、潤滑剤21の有するOH基又はOH基以外の官能基(例えば、アミノ基)を基材10のダングリングボンド12と予備的に結合させることもできる。なお、加熱や紫外線の照射がなくても、本発明の実施が十分可能であることはいうまでもない。なお、基材10や潤滑膜20にダメージを与えない程度の温度やUVの強さとすることが好ましい。
【0041】
(レーザ照射工程)
続いて、このような潤滑膜20の潤滑剤21に対して、OH基のOH結合の振動を励起すべく赤外レーザ光を照射する。具体的には、OH結合は、図3に示すように概ね0.9〜8μm程度の波長の赤外光を吸収しやすいので、この波長0.9〜8μmに対応するエネルギーを吸収させることが可能な赤外レーザを照射することが好ましい。なお、図3において、点線bがベースライン、実線aがOH基のOH結合による吸収強度である。特に、0.9〜1.2μm(図3のW2の範囲)、2.7〜3.0μm(図3のW1の範囲)の波長に対応するエネルギーを吸収させることができる赤外レーザを照射することが好ましい。
【0042】
具体的には、1光子吸収の場合には、例えば、0.9〜8μmの波長の赤外レーザ光を照射すればよく、特に、0.9〜1.2μm又は2.7〜3.0μmの波長の赤外レーザ光を照射すればよい。一方、2個以上の光子を吸収させる多光子吸収の場合には、所定の波長の赤外レーザ光により、波長0.9〜8μmの赤外レーザ光、好ましくは、0.9〜1.2μm又は2.7〜3.0μmの波長の赤外レーザ光に対応するエネルギーを吸収させればよい。例えば、エネルギーの和が上述のエネルギー範囲となる複数個の光子を同時又は連続的に供給すればよい。すなわち、多光子吸収の場合は、1光子吸収の場合よりも長い波長の光を照射することとなる。
【0043】
赤外レーザ光の照射方法は特に限定されないが、例えば、図4の(a)に示すようなレーザ照射系LS1が例示できる。レーザ光源50からのレーザ光Lをコリメータ56で平行光にし、ホモジナイザ54により面内での強度分布を均一化してから潤滑膜20の潤滑剤21に照射すればよい。この形態は、特に、1光子吸収を利用してOH基の振動を励起する場合に好適である。レーザ光源50としては、炭酸ガスレーザ、YAGレーザ等が挙げられる。
【0044】
ここでホモジナイザ54としては、2つのレンズを組み合わせたものや、回折格子を用いたもの等公知のものを採用でき、ガウス分布型の面内強度分布を十分にフラットな面内強度分布にできるものが好ましい。
【0045】
また、潤滑膜20へのレーザ光の入射角度は、図4の(a)に示すように90°が最も効果的であるが、反射光から光源等を保護する必要がある場合には、入射角度を30〜60°とすることができる。
【0046】
潤滑膜20及び基材10へ照射する赤外レーザ光のスポット径は、潤滑膜20の面積と対応させればよい。なお、照射面積が非常に大きい場合には、潤滑膜20に対してビームスポットが相対的にスキャンするようにしてもよい。
【0047】
また、図4の(b)に示すようなレーザ照射系LS2も考えられる。この照射系は、特に、2光子吸収等の多光子吸収に特に適するものである。コリメータ56により平行光としたレーザ光を、2次元走査光学系56によりスキャンし、スキャンされたレーザ光は、対物レンズ58により集光されて基材10の表面、又は、潤滑膜20のうち基材10側の部分に焦点が形成されるように照射される。これにより、潤滑剤21のうち界面近傍の部分に集中して赤外レーザ光を照射できる。
【0048】
2次元走査光学系56は、例えば、2つのガルバノミラースキャナーなどにより構成され、図示しないスキャナドライバから制御されて潤滑膜20上のレーザスポットを基材上を二次元に走査する。なお、基材側を走査してもよい。
【0049】
レーザ光源50としては、上述の光源でもよいが、多光子吸収を可能とすべく、フェムト秒レーザ等の超短パルスレーザを供給するレーザ光源を用いることが好ましい。
【0050】
また、いずれの場合であっても赤外レーザ光の照射強度は特に限定されないが、基材への影響や潤滑剤の蒸発等の影響を低減すべく60J/cm以下であることが好ましく、十分な振動励起を起こすべく0.01mJ/cm以上とすることが好ましい。なお、OH基の結合エネルギーは428〜510kJ/mol程度であり、OHの結合を切るためにはこれを超えるエネルギーを与えなければならないが、エネルギーが強すぎると潤滑剤の蒸発や不要な反応、基材への損傷などの問題を発生させるので、レーザ照射エネルギーは個々の試料に合わせて最適化する必要がある。
【0051】
赤外レーザ光としてパルスレーザ光を照射する場合には、レーザ光の照射強度を60J/cm以下、パルス幅を0.1〜1ms、パルス数を1〜10、パルスの周波数を10〜50Hzとすることでレーザ処理部分の不要な温度上昇を抑制することができ好適である。
【0052】
また、レーザ光源は複数あってもよい。
【0053】
そして、このような赤外レーザ光の照射により、潤滑剤のOH基のOH結合の振動が励起される。したがって、潤滑剤21のOH基と基材10の表面との反応性が高まり、潤滑剤21を基材10の表面に化学的に結合させることが容易となる。
【0054】
具体的には、以下のようなメカニズムが考えられる。すなわち、赤外レーザ光の照射により潤滑剤21のOH基のOH結合の振動が励起されるので、OH基が活性化され、OとHとの解離等が起こって、基材表面のダングリングボンド12と結合しやすくなる。したがって、潤滑剤21を、例えば、図5に示されるように、OH基由来のO原子を介して、基材10表面のダングリングボンド12と容易に共有結合させることができる。したがって、潤滑膜20の耐久性が高まるものと考えられる。
【0055】
特にこのような赤外レーザ光による固定化では、加熱処理やUV処理等に比べて選択的にOH基の加熱ができるので、少ないエネルギーで効果的な加熱が可能であり、また、短時間処理が可能である。したがって、熱劣化や、熱歪、不要な熱分解、材料の蒸発等が低減できる。また、図4(b)のような装置を用いた2光子吸収によれば、特に、基材の表面部分を選択的に処理できるのでより効率的である。
【0056】
ここで、必要であれば、赤外レーザの照射後に、潤滑膜20を加熱する(例えば、80〜200℃、30分以上)、あるいは、潤滑膜20に紫外線を照射して、潤滑剤21の有するOH基又はOH基以外の官能基(例えば、アミノ基等)を基材10のダングリングボンド12と補助的に結合させることもできる。なお、加熱や紫外線の照射がなくても、本発明の実施が十分可能であることはいうまでもない。なお、基材10や潤滑膜20にダメージを与えない程度の温度やUVの強さとすることが好ましい。
【0057】
(クリーニング工程)
続いて、必要に応じて、潤滑膜20の潤滑剤21内の不要なもの、すなわち、基材10の表面に固定されていない潤滑剤21や、不要な副生物や異物、遊離油分等を潤滑膜20から除去するクリーニング工程を行う(図6参照)。
【0058】
具体的には、フッ素系溶剤、エーテル、ヘキサン、アルコールなどの有機溶剤や、水、CO(ガス、超臨界流体)などの洗浄媒体を用い、これらの洗浄媒体と潤滑膜20とを接触させればよい。クリーニング時には、潤滑膜20に対して超音波振動を与えてもよい。
【0059】
また、低分子物質の除去が主目的であれば、真空引きや加熱により揮発させることによるクリーニングも可能である。これにより、基材10の表面と結合していない潤滑剤21が少ない状態となる。クリーニング後の潤滑膜の膜厚は特に限定されないが、2nm以下が好ましい。
【0060】
なお、必要であれば、クリーニング後に上述のように潤滑剤を加熱する(例えば、80〜200℃、30分以上)、あるいは、潤滑剤に紫外線を照射して、潤滑剤の残存するOH基やそれ以外の官能基を基材10のダングリングボンド12と結合させることもできる。
【0061】
このようにして、本発明の好適な実施形態にかかる潤滑膜の形成方法が完成する。
【0062】
(磁気ヘッドスライダ及び磁気記録媒体)
【0063】
続いて、このような潤滑膜の形成方法を用いた磁気ヘッドスライダと磁気記録媒体の製造方法について説明する。
【0064】
図7は、ハードディスクドライブHDDの概略構成図である。ハードディスクドライブHDDは、主として、円板状の磁気記録媒体120及び磁気ヘッドスライダ110を備える。
【0065】
磁気記録媒体120は円板状を呈し、内部に磁気記録層129が設けられている。また、磁気記録媒体120の軸中心部には、磁気記録媒体120を回転させるためのモータ130が連結され、磁気記録媒体120は軸周りに回転される。
【0066】
磁気ヘッドスライダ110は、略板状を呈しており、磁気記録媒体120の表面Sと対向配置されると共に、磁気記録媒体120の回転に伴って生じる気流によって通常は磁気記録媒体120の表面Sからわずかに浮上する。
【0067】
磁気ヘッドスライダ110は、磁気ヘッド140を備えている。磁気ヘッド140は、磁気記録媒体120の磁気記録層129に対するデータの書込みを行う図示しないライタ、及び/又は、この磁気記録層129からのデータの読出しを行う図示しないリーダを有する。磁気ヘッドスライダ110の磁気記録媒体120の表面Sに対向する面が、媒体対向面ABSである。また、磁気ヘッドスライダ110には、この磁気ヘッドスライダ110を磁気記録媒体120の表面上の所望の場所に動かすヘッド駆動部113が接続されている。
【0068】
図8の(a)の部分断面図に示すように、磁気ヘッドスライダ110は、基板115上に、下地層116、保護膜117、及び、潤滑膜118が形成されている。
【0069】
基板115の材料としては、例えば、アルミナ・チタン・カーバイド(Al2O3-TiC)焼結体のようなセラミックス材料、アルミナAl2O3等の金属酸化物、Tiのような金属材料、Si、Cのような非金属無機材料、等の非磁性絶縁材料が挙げられる。
【0070】
下地層116の材料としては、珪素、窒化珪素等が挙げられる。
【0071】
保護膜117の材料としては、アモルファスカーボン(例えば、ダイヤモンドライクカーボン、グラファイトカーボン、水素添加カーボン、窒素添加カーボン、フッ素添加カーボン等)や各種金属添加カーボン等の炭素材料、WC、WMoC、ZrN、BN、B4C、SiO2、ZrO2等の無機材料が好適であり、例えば、厚み1〜3nm程度とすることができる。ここでは、保護膜117が前述の「基材」に相当する。
【0072】
そして、潤滑膜118が、前述の潤滑膜20に対応する。潤滑剤21の材質は特に限定されないが、OH基を有するフルオロポリエーテル等のOH基を有するフッ化有機化合物が特に好適に利用できる。
【0073】
このような磁気ヘッドスライダ110の製造方法としては、公知の方法により、基板上に磁気ヘッド140を形成した後、媒体対向面ABSの形成及び研磨を行い、その後、蒸着法(真空蒸着法、スパッタリング法、CVD法など)等の公知の方法により下地層116、保護膜117を形成する。そして、この保護膜117を基材として、上述の潤滑膜の形成方法を実施すればよい。
【0074】
続いて、磁気記録媒体120について説明する。図8の(b)の部分断面図に示すように、磁気記録媒体120は、基板125上に、下地層126、磁気記録層129、保護膜127、及び、潤滑膜128が形成されている。
【0075】
基板125の材料としては、例えば、ガラス、アルミニウム、Al系合金ガラス、プラスチック、セラミック、カーボン、シリコン、酸化表面を有するSi単結晶基板等を例示でき、また、フレキシブルディスク媒体や磁気テープ媒体の場合には、ポリアセテート等の合成樹脂を例示することができる。
【0076】
下地膜126の材料に関して制限はなく、ハードディスク用磁気記録媒体の場合にはCr、Ni-P等を例示することができる。さらに、下地膜126の材料として、水平磁気記録媒体の場合にはCr合金等の非磁性材料が挙げられ、垂直磁気記録媒体の場合にはFe、Ni、Coを含む材料等の軟磁性材料等が挙げられる。特に、垂直磁気記録媒体の場合には、軟磁性下地層の下に、軟磁性下地層の結晶性の向上あるいは基板との密着性の向上のためにさらに、Ti、Ta、W、Cr、Pt、あるいはこれらを含む合金、あるいはこれらの酸化物、窒化物等の材料等からなる下地層をさらに有することができ、また、軟磁性下地層と記録層との間の中間には、Ru、Pt、Pd、W、Ti、Ta、Cr、Si、あるいはこれらを含む合金、あるいはこれらの酸化物、窒化物等の非磁性材料から成る中間層を有することができる。
【0077】
磁気記録層129の材料としては、例えば、Coを主成分とし、少なくともPtを含み、必要に応じてCrを含み、さらに酸化物を含んだ材料が挙げられる。
【0078】
保護膜127の材料としては、例えば、1〜10nm程度のダイアモンドライクカーボン等の炭素材料が挙げられる。ここでは、保護膜127が前述の「基材」に相当する。
【0079】
そして、潤滑膜118が、前述の潤滑膜20Aに対応する。潤滑剤は特に限定されないが、OH基を有するフルオロポリエーテル等のOH基を有するフッ化有機化合物が特に好ましい。また、フッ化有機化合物の分子量は特に限定しないが、その中心分子量は500から4000程度が好ましい。
【0080】
このような磁気記録媒体120の製造方法としては、公知の方法により、基板125上に下地層126、磁気記録層129、保護膜127を順に形成し、上述の潤滑膜の形成方法を実施すればよい。
【0081】
これらの発明によれば、特に、加熱が必須でないので磁気ヘッド140や磁気記録層129の熱減磁等を抑制できて好ましい。また、このような磁気ヘッドスライダ110や磁気記録媒体120を用いると、潤滑膜20の耐久性が極めて高くなるので、信頼性及び寿命に優れたハードディスクドライブが得られる。もちろん磁気記録媒体として、テープ媒体やフレキシブルディスク(FD)等を用いた場合でも、同様の効果が得られる。
【実施例1】
【0082】
(実施例1〜3)
【0083】
Co基板上に、真空下でダイアモンドライクカーボンを3nmの厚みで形成して基材とした。その後、潤滑剤を基材の表面に厚み1.2nm程度となるように塗布して潤滑膜を得た。潤滑剤としては(1)式のFomblin Zを用いた。その後、波長1.064μmのパルス赤外レーザ光(Nd−YAGレーザ)を潤滑膜に照射した。レーザのパルス幅は0.3msとした。また、レーザ照射強度は、実施例1〜3の順に、それぞれ、9.6、11.6、13.5J/cm2とした。このようにして、潤滑膜を有するサンプル基板を得た。
(比較例1)
【0084】
レーザを照射しない以外は実施例1と同様にしてサンプル基板を得た。
(評価)
【0085】
圧子先端が直径8μmのダイヤモンドチップを用い、3.98mNの荷重で、各サンプル基板の潤滑膜(厚み約1.1nm)のスクラッチ試験を行った。そして、スクラッチ傷の深さD及び幅Wを走査型エリプソメータで測定した。結果を図9に示す。
【0086】
また、実施例3及び比較例については、スクラッチ試験をしていないサンプル表面について、TOF型の二次イオン質量分析計(SIMS)で質量分析し、潤滑剤において特徴的なC−F結合と、磁気記録媒体磁性層に存在するCo原子との比を取得した。結果を図10に示す。
【0087】
図9から理解されるように、実施例1〜3では、レーザ非照射である比較例に比べて十分な潤滑膜の耐久性が発現した。
【0088】
また、図10から理解されるように、実施例では、比較例に比べて基材上に固定された潤滑剤の濃度(面吸着密度)を高められることが明らかとなった。質量分析は真空中で行われるので、レーザ加工されていない基材表面の潤滑剤、即ち、基材と未結合の潤滑剤が蒸発する。したがって、比較例(レーザ強度0)の潤滑膜厚が、実施例におけるレーザ加工部分の潤滑膜厚よりも小さくなったことが考えられる。さらに、実施例においては、レーザ加工により、保護膜であるダイアモンドライクカーボンと潤滑剤分子とが強固に反応し、比較例に比して潤滑剤分子の面吸着密度の高密度化がおこっていることが考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0089】
【図1】図1は、本発明の好適な実施形態を示す模式断面図である。
【図2】図2は、本発明の好適な実施形態を示す図1に続く模式断面図である。
【図3】図3は、OH基のOH結合の吸収波長分布を示すグラフである。
【図4】図4は、レーザ照射系の一例を示すものであり、(a)はレーザビームを所定の面積のスポットに拡大して照射する系であり、(b)はレーザビームを集光して照射する系である。
【図5】図5は、本発明の好適な実施形態を示す図2に続く模式断面図である。
【図6】図6は、本発明の好適な実施形態を示す図5に続く模式断面図である。
【図7】図7は、本発明に係るハードディスク装置を示す模式図である。
【図8】図8は、図7の部分断面図であり、(a)はスライダの断面図、(b)は磁気記録媒体の断面図である。
【図9】図9は、実施例1〜3及び比較例の条件及びスクラッチ試験の結果を示す表である。
【図10】図10は、実施例3及び比較例において基材表面に固定されている潤滑剤の濃度(密度)を示すグラフである。
【符号の説明】
【0090】
10…基材、21…潤滑剤、20…潤滑膜、54…ホモジナイザ、110…磁気ヘッドスライダ、120…磁気記録媒体。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に塗布されたOH基を有する潤滑剤に対して、前記OH基のOH結合の振動を励起する赤外レーザ光を照射する工程を備える、潤滑膜形成方法。
【請求項2】
前記工程では、波長0.9〜8μmの赤外レーザ光を照射する、又は、赤外レーザ光による多光子吸収により波長0.9〜8μmの赤外レーザ光に対応するエネルギーを吸収させる請求項1に記載の潤滑膜形成方法。
【請求項3】
前記工程では、波長0.9〜1.1μm又は波長2.7〜3.0μmの赤外レーザ光を照射する、若しくは、赤外レーザ光による多光子吸収により波長0.9〜1.1μm又は波長2.7〜3.0μmの赤外光に対応するエネルギーを吸収させる請求項2に記載の潤滑膜形成方法。
【請求項4】
前記工程では多光子吸収を行わせ、前記基材の表面、又は、前記潤滑剤のうち前記基材側の部分に前記赤外レーザ光の焦点が形成されるように前記赤外レーザ光を照射する請求項1〜3のいずれかに記載の潤滑膜形成方法。
【請求項5】
前記赤外レーザ光として、ホモジナイザを透過させた赤外レーザ光を用いる請求項1〜3のいずれかに記載の潤滑膜形成方法。
【請求項6】
前記潤滑剤は2nm以下の厚みの層とされている請求項1〜5のいずれかに記載の潤滑膜形成方法。
【請求項7】
前記赤外レーザ光の照射強度が、60J/cm以下である請求項1〜6のいずれかに記載の潤滑膜形成方法。
【請求項8】
前記赤外レーザ光として赤外パルスレーザ光を照射し、レーザ光の強度を60J/cm以下、パルス幅を0.1〜1ms、パルス数を1〜10、パルスの周波数を10〜50Hzとする請求項1〜6のいずれかに記載の潤滑膜形成方法。
【請求項9】
前記赤外レーザ光照射時に、前記基材の表面温度を200℃以下に維持する請求項1〜8のいずれかに記載の潤滑膜形成方法。
【請求項10】
前記潤滑剤は、OH基を有するフッ化有機化合物である請求項1〜9のいずれかに記載の潤滑膜形成方法。
【請求項11】
前記基材の表面は、炭素材料により形成されている請求項1〜10のいずれか記載の潤滑膜形成方法。
【請求項12】
磁気記録媒体の表面に塗布された前記潤滑剤に対して、請求項1〜11のいずれかに記載の潤滑膜形成方法を行う磁気記録媒体の製造方法。
【請求項13】
磁気ヘッドスライダの表面に塗布された前記潤滑剤に対して、請求項1〜11のいずれかに記載の潤滑膜形成方法を行う磁気ヘッドスライダの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−314637(P2007−314637A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−144499(P2006−144499)
【出願日】平成18年5月24日(2006.5.24)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【出願人】(500393893)新科實業有限公司 (361)
【氏名又は名称原語表記】SAE Magnetics(H.K.)Ltd.
【住所又は居所原語表記】SAE Technology Centre, 6 Science Park East Avenue, Hong Kong Science Park, Shatin, N.T., Hong Kong
【Fターム(参考)】