説明

灌流の応用における使用のための方法および組成物

【課題】灌流の応用における使用のための方法および組成物の提供。
【解決手段】対象または、例えば単離された器官または組織などのその派生物に、少なくとも2種の液体組成物が注入、灌流および/または輸血される方法。第一の液体組成物は非天然の生物学的緩衝液を含まない血漿様溶液であり、かつ第二の液体組成物は液体血液組成物である。好ましい態様において、追加容量の第一の溶液またはその誘導体が患者に投与され、その後液体血液組成物が導入される。該方法を行うためのキットおよびシステムもまた提供される。また該方法および組成物は、低体温手術応用、低温貯蔵手法などにおける処置を含む様々な灌流の応用において使用される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
緒言
本発明の属する技術分野は、血漿置換溶液および灌流の応用におけるそれらの使用である。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
灌流とは、循環系などを介して液体を流入しかつ組織または器官を通じて移動させることであり、これは多くの医学的応用において重要な役割を果たしている。このような応用は、手術または外傷時に失われた血液に関する治療、もしくは組織、器官、器官群または対象全体が低温または低温貯蔵状態で維持される必要がある場合を含む。このような応用は、更に患者の血液を外部装置を通して流すような応用、例えば人工心肺装置なども含み、その際患者の循環系の該装置への接続により生じた余分な循環容量空間は、互換的な血液置換物、すなわち血液容量拡大剤(blood volume expander)で充満されなければならない。
【0003】
大多数の灌流の応用で使用される液体は、生理的に許容されうる。最初に灌流の応用で使用された生理的に許容されうる溶液は、哺乳類の血液に由来していた。このような溶液は天然の血液に由来するため該溶液の使用は良好に用いられたが、これらは、HIV、B型肝炎、および、例えばクロイツフェルトヤコブ病に関連したもののようなプリオンなどの他の病原体のようなウイルス病原体など、様々な病原性物質を含むことができる。このような溶液を使用することに関連した欠点には、ドナーの必要および病原性物質を同定するための高価なスクリーニング検査実施の要求が含まれる。このように、天然の血液に由来する血液置換液および血漿置換液の使用は、合併症から逃れられない。
【0004】
従って、血液に由来しない成分から調製された様々な合成の血液および血漿の置換液が開発されている。様々な応用において合成血漿様溶液の使用が増大しつつあることが見出されるが、全ての潜在的な応用における使用に適した単一の溶液は実証されていない。
【0005】
従って、灌流の新規方法同様、そこで使用するための溶液を開発することに関心が向けられ続けている。
【0006】
関連文献
様々な生理的に許容できる溶液、特に血液置換液及びそれらの使用法が、米国特許第RE34,077号、米国特許第3,677,024号、米国特許第3,937,821号、米国特許第4,001,401号、米国特許第4,061,736号、米国特許第4,216,205号、米国特許第4,633,166号、米国特許第4,812,310号、米国特許第4,908,350号、米国特許第4,923,442号、米国特許第4,927,806号、米国特許第5,082,831号、米国特許第5,084,377号、米国特許第5,130,230号、米国特許第5,171,526号、米国特許第5,210,083号、米国特許第5,274,001号、米国特許第5,374,624号、および米国特許第5,407,428号に開示されている。
【0007】
血液置換液を含む生理的に許容できる溶液を説明している別の参考文献は、ビショップ(Bishop)ら、Transplantation、25:235〜239(1978);メスマー(Messmer)ら、Characteristics, Effects and Side-Effects of Plasma Substitutes、pp51〜70;ローゼンバーグ(Rosenberg)、Proc. 12th Congr. Int. Soc. Blood Transf.(1969);スパーン(Spahn)、Anesth. Analg.、78:1000〜1021(1994);Biomedical Advances In Aging(Plenum Press)、第19章(1990);ワグナー(Wagner)ら、Clin. Pharm.、12:335(1993);ATCC Catalogue of Bacteria & Bacteriophages、p486(1992);および、06-3874-R8-Rev、5月(1987)、Abbott Laboratories、ノースシカゴ、IL 60064、USAがある。
【0008】
別の低体温法応用を含む、このような溶液の応用について説明している参考文献は、バイレス(Bailes)ら、Cryobiology、27:615-696(pp622-623)(1990);ベルザー(Belzer)ら、Transplantation、39:118-121(1985);Collins、Transplantation Proceedings、9:1529(1977);フィッシャー(Fischer)ら、Transplantation、39:122(1985);カレーホフ(Kallerhoff)ら、Transplantation、39:485(1985);リービット(Leavitt)ら、FASB J.、4:A963(1990);ロス(Ross)ら、Transplantation、21:498(1976);セガール(Segall)ら、FASB J.、5:A396(1991);スミス(Smith)、Proc. Royal. Soc.、145:395(1956);ワイツ(Waiz)ら、FABS J.、5(1991)がある。
【0009】
レーニンガー(Lehninger)の「生化学」(第2版、1975年)、pp829ffは、血液およびその構成要素の検証を提供する。
【発明の概要】
【0010】
灌流の応用のための使用に関する方法および組成物が提供される。本方法において、対象(例えば生物または器官もしくは組織などのその派生物)は、少なくとも一つの分量の血漿様溶液および少なくとも一つの分量の液体血液組成物で順次灌流される。ある好ましい態様においては、次に対象は、少なくとも一つの更なる分量の血漿様溶液で灌流される。血漿様溶液は、少なくとも電解質、膠質剤および動的緩衝システムを含む非天然の溶液である。液体血液組成物は全血に由来した液体組成物であり、通常は、赤血球、全血漿またはそれらの分画成分、全血などを含む。更に本方法の実施における使用のためのキットおよびシステムも提供される。本方法および組成物は、循環血液量減少症の対象の治療を含む、局所的化学療法、低体温維持療法などでの様々な異なる応用における使用が見出される。
【0011】
特定の態様の説明
対象の灌流における使用のための方法および組成物が提供される。本方法において、少なくとも血漿様溶液および液体血液組成物が、対象の循環系に順次導入される。好ましい態様において、その後対象は、追加容量の血漿様溶液で灌流される。血漿様溶液は、少なくとも電解質、膠質剤、および動的緩衝システムを含む非天然の溶液である。液体血液組成物は、全血、または例えば精製された赤血球、全血漿もしくはそれらの画分のような全血由来の液体組成物である。更に本方法を実行するためのキットおよびシステムも提供される。本方法および組成物は、循環血液量減少症の対象の治療、局所的化学療法、組織および器官の維持などを含む様々な応用における使用が見出される。更なる本発明の記載において、最初に本溶液について詳しく記述し、引き続きこの溶液の使用が見出された本方法を考察する。
【0012】
本発明について更に記載する前に、特定の態様の改変が行われ得り、更にそれも添付の特許請求の範囲の範囲内であるため、本発明は以下に記載された本発明の特定の態様に限定されないことが理解されるべきである。使用される学術用語は、特定の態様を説明する目的のためであり、限定を意図するものではないことも理解されるべきである。むしろ、本発明の範囲は添付の特許請求の範囲により確立される。
【0013】
本明細書および添付の特許請求の範囲において使用される場合、特に文脈が明確に指示しない限り、単数形「ひとつ(a, an, the)」は、複数の意味も含むことに注意しなければならない。特に他に定義しない限り、本明細書において使用される全ての技術用語および科学用語は、本発明が属する当業者に通常理解されるのと同じ意味を有する。
【0014】
液体組成物
前述のように、本発明の重要な局面は、下記の少なくとも2つの異なる種類の液体組成物、(a)非天然の血漿様溶液および(b)液体血液組成物の連続した投与である。本方法は更に1つ以上の別の種類の溶液の投与を含むことができ、該溶液は通常は非天然の血漿様溶液の誘導体である。本発明における使用が見出される各溶液を以下により詳細に説明する。
【0015】
非天然の血漿様溶液
非天然の本血漿様溶液は、天然には生じない溶液、例えば動物または植物または他の生物によって作製されない溶液である。このように、本溶液は、ヒトの相互作用または、精製、分離、遺伝子操作、実験的化合などのような加工のいくつかを介して生成される点で、合成的である。
【0016】
本発明の血漿様溶液は生理的に許容されうり、これは、該溶液が毒性反応を本質的に生じることなく宿主の血管内に導入されうることを意味する。この溶液は約4〜10の範囲のpH、通常約4.5〜9、およびより通常は約5〜8.5の範囲のpHを有する。
【0017】
溶液は、ナトリウムイオン、塩素イオン、カリウムイオンおよびカルシウムイオン、ならびに任意にマグネシウムイオンを含む複数の電解質からなる。溶液のナトリウムイオン濃度は、約70mM〜160mM、通常は約110mM〜150mM、およびいくつかの態様においては130mM〜150mMの範囲内である。溶液の塩素イオン濃度は、約70mM〜170mM、通常は約80mM〜160mM、より通常は約100mM〜135mM、一部の態様においては110mM〜125mMの範囲内である。カリウムイオン濃度は生理的から生理的以下の範囲内であり、「生理的」とは約3.5mM〜5mM、通常は約4mM〜5mMを意味し、「生理的以下」とは約0mM〜3.5mM、通常は2〜3mMを意味し、多くの本発明の態様においてカリウムイオンの量は約1mM〜5mM、通常は2mM〜3mMの範囲内であり、特定の態様においては、カリウムイオンの量は5mMよりも高くてよく、約5.5mMまたはそれ以上位高い範囲内であるが、通常は約5.5mMを越えることはない。溶液はさらにカルシウムイオンを約0.5mM〜6.0mMの範囲内で含み、多くの態様において約0.5mM〜4.0mM、通常は約2.0mM〜2.5mMの範囲内で含むが、一部の態様では約4.0mM〜6.0mM、通常は約4.5mM〜6.0mMの範囲内で含む。この溶液は、マグネシウムを任意で更に含みうる。存在する場合には、マグネシウムイオンは約0.01mM〜10mMであり、通常は約0.3mM〜3.0mM、より通常は約0.3mM〜0.45mMの範囲内である。
【0018】
溶液は更に動的緩衝システムを含むが、動的緩衝システムという用語は、インビボにおいて溶液のpHが特定の範囲に維持されるように組合わされて作用する1種以上の試薬を意味するように使用される。好ましくは、動的緩衝システムの試薬のメンバーは、インビボにおいて生理的pHを維持する通常の生物学的成分である。動的緩衝システムの概念は、生物学的範囲において内在性の緩衝能を伴わない化合物、例えばインビボで代謝され得る乳酸、酢酸またはブドウ糖が他の溶液成分に作用し、低体温および本質的に失血状態であっても、動物における生物学的に適切なpHを維持するという、本発明者らの発見に基づいている。本発明の動的緩衝システムの一部は、酸素付加および二酸化炭素(CO2)除去に依存する。本発明の動的緩衝液は、生体システムの外部での緩衝液として作用する能力を持たないか、もしくは実質的に持たず、すなわち動的緩衝液は、インビボにおいてはpHを生物学的範囲内に維持するが、細胞を伴わない環境においては維持しない。
【0019】
本発明の動的緩衝システムの重要な成分は、カルボン酸、その塩またはエステルである。カルボン酸、その塩またはエステルは、一般構造式RCOOXを有する化合物を意味する(式中、Rは、アルキル、アルケニルまたはアリールで、分枝鎖または直鎖の1〜30個の炭素を含み、この炭素が置換され得るもの、かつ好ましくは炭素鎖のひとつが乳酸、酢酸塩、グルコン酸塩、クエン酸塩、ピルビン酸塩または他の生体代謝物を構成しているものであり;かつXは、水素、またはナトリウム、または酸素の位置で結合することができる他の生物学的に共存できるイオン置換体である。)。
【0020】
本発明の溶液は、従来の生物学的緩衝液を含まない。「従来の緩衝液」とは、溶液中のインビトロにおいてpHを特定の範囲に維持する化合物を意味する。「従来の生物学的緩衝液」は、細胞非含有システムにおいてpHを生物学的範囲7〜8に維持するような化合物を意味する。従来の生物学的緩衝液の例は、N-2-ヒドロキシエチルピペラジン-N'-2-ヒドロキシプロパンスルホン酸(HEPES)、3-(N-モノホリノ)-プロパンスルホン酸(MOPS)、2-([2-ヒドロキシ-1,1-ビス(ヒドロキシメチル)エチル]アミノ)エタンスルホン酸(TES)、3-[N-トリス(ヒドロキシメチル)エチルアミノ]-2-ヒドロキシエチル]-1-ピペラジンプロパンスルホン酸(EPPS)、トリス[ヒドロキシメチル]-アミノメタン(THAM)、およびトリス[ヒドロキシメチル]メチルアミノメタン(TRIS)を含む。従来の生物学的緩衝液は、生理的範囲内のpKを有し、かつこの範囲内で最も効果的な機能を有する。従ってこれらの緩衝液は、正常な生物学的過程とは独立して機能し、かつ細胞非含有システムにおいて最も強力である。
【0021】
本発明の溶液中に従来の生物学的緩衝液が存在しないことは、いくつかの重要な医学的利点をもたらす。例えば、通常の生物学的緩衝液と比べて、通常の生物学的成分からなる緩衝液のより低い濃度は、インビボにおけるpHを維持するために必要である。従来の生物学的緩衝液はまた毒性の問題も提起する。更に、生物学的緩衝液が存在しないことは、溶液の最終的な加熱滅菌を可能にする。通常は、医学的溶液は患者における使用の前に最終的に加熱滅菌されることが好ましい。本明細書において使用される用語「最終的に加熱滅菌された」または「加熱滅菌された」とは、溶液を加圧下で約120℃で15分間加熱する段階、すなわち溶液中の全てまたは実質的に全ての細菌を殺傷するかまたは全てもしくは実質的に全てのウイルスを不活化するのに十分な時間高温高圧条件を維持する段階を含む方法を意味する。本方法は通常オートクレーブ中で実施され、「加圧蒸気滅菌」としても公知である。加熱滅菌の目的は、溶液中の潜在的な感染性物質を殺傷することである。感染性物質は、最高100℃までの温度に耐えることが分かっている。通常は当技術分野において、120℃までの加圧下で約15分の加熱が無菌性を保証するのに十分であると考えられている。
【0022】
溶液はまた、膠質剤も含む。膠質剤は、生体組織の間質空隙へと毛細血管土台(bed)の開窓を容易に移動することにより、循環系から喪失されることを防止するのに十分な大きさの分子により構成される。一群として、膠質剤の例は血漿膨張剤(blood plasma expander)である。本発明において膠質剤としての用途が見出される化合物は天然または合成であることができ、分子量300,000以上を有する膠質剤の使用が見出されるような通常は平均分子量が少なくとも約40,000、通常は少なくとも約100,000、およびより通常は少なくとも約200,000である高分子組成物である。本発明の溶液における使用に適した膠質剤の例は、アルブミン、例えばヒト血清アルブミン、および架橋ヘモグロビンまたは高分子量ヘモグロビンなどのタンパク質性化合物、グルカンポリマーのような多糖類、その他有機ポリマー、例えばPVP、PEGなどがあり、非抗原性多糖が好ましい。
【0023】
本溶液において膠質剤としての用途が見出される多糖類は、ヒドロキシエチルスターチ、ヒドロキシメチルα(1→4)ポリマーまたはヒドロキシメチルα(1→6)ポリマー、例えばα(1→6)結合を有するデキストランなどのD-グルコースポリマー、シクロデキストリン、ヒドロキシプロピルスターチ、ヒドロキシアセチルスターチなどがある。
【0024】
ヒドロキシエチルスターチは、本発明のある態様において特に興味深い。本発明における使用が見出されるヒドロキシエチルスターチの平均分子量は、10,000d〜1,000,000dまたはそれ以上の範囲内であることができ、分子量は典型的には約40,000d〜1,000,000dであり、通常は約100,000d〜900,000dであり、より通常は約200,000d〜800,000dである。ヒドロキシエチルスターチ膠質剤の平均分子量が約50,000d〜1,000,000d、通常は約100,000d〜900,000d、およびより通常は200,000d〜800,000dである組成物が好ましい。置換の程度は約4〜10の範囲内であり、ある態様における置換の程度は6〜10または7〜10であり、別の態様においては4〜6または4〜5の範囲内であり、別の態様においては6〜8または6〜7の範囲内である。従って、好ましい溶液の1種は、グルコースユニット10個毎にヒドロキシエチル基約6個〜7個を伴うヒドロキシエチルスターチを含む。別の種類の好ましい溶液は、グルコースユニット10個毎にヒドロキシエチル基約4個〜6個または4個〜5個を含むと考えられる。更に別の好ましい溶液の種類は、グルコースユニット10個毎にヒドロキシエチル基約7〜8個を伴うと考えられる。
【0025】
特に好ましい膠質剤は、α(1→4)結合したグルコースユニットに導入されたヒドロキシエチルエーテル基を有し、約0.7ヒドロキシエチル基/グルコースユニットで分子置換された、アミロペクチンでほとんど全部が構成されたワックス状スターチ由来の人工コロイドであるヘタスターチ(Hetastarch)(McGaw社)である。ヘタスターチの6%溶液(重量/重量)のコロイドの特性は、ヒト血清アルブミンとほぼ同じである。
【0026】
もう一つ特に好ましい膠質剤は、約0.4〜0.5の範囲内である約0.5ヒドロキシエチル基/グルコースユニットの分子置換を有し、かつ平均分子量が(PDR1996に報告されたHPSEC法で測定)約150,000d〜350,000dであり、80%が10,000d〜2,000,000dである、ペンタスターチ(Pentastarch)である。
【0027】
もう一つの特に好ましい膠質剤は、分子置換が約0.6〜0.7(例えば0.64)ヒドロキシエチル基/グルコースユニットおよび平均分子量約220,000である「ヘキサスターチ(Hexastarch)」である。
【0028】
特定の態様においてヒドロキシエチルスターチは、最初のヒドロキシエチルスターチ給源の選択画分、特に選択サイズ画分(select size fraction)であり、一般に該画分は実質的に高分子が約1,000,000ダルトンより大きいかまたは約50,000ダルトン未満の分子量を有さず、実質的にいずれも高分子の10%未満、典型的には5%未満が、上限以上または下限以下であるような画分であると考えられる。分画された膠質剤は、低下した高分子分散性を有する。従来の分画手段は、このような画分を調製するために使用されうる。
【0029】
溶液中の膠質剤の濃度は、正常なヒト血清とほぼ等しいコロイド浸透圧約15〜40mmHgを、ある態様においては約28mmHgを達成するのに十分であると考えられる。通常は溶液中の膠質剤の量は約0.5%〜30%、通常は約1%〜25%、より通常は約2%〜8%の範囲内である。膠質剤はヒドロキシエチルスターチであり、溶液中に存在する量は約1%〜30%、通常は2%〜15%、より通常は4%〜8%である。
【0030】
本発明のひとつの局面において、溶液は、異なる除去(clearance)速度の2種またはそれ以上の膠質剤を含む。本発明の異なる除去速度の2種またはそれ以上の膠質剤を含む溶液は、循環血液量減少症の対象において長期間血液膠質浸透圧を回復する一方、対象自身の血漿タンパク質の作製を増強するという更なる利点を提供する。除去速度が比較的遅い人工膠質剤は、静脈内残存率(persistence rate)が6時間であることが測定された高分子量ヘタスターチ(分子量300,000〜1,000,000)およびデキストラン70である(Messmer、(1989)、Bodensee Symposium on Microcirculation、(Hammersen & Messmer編集)、Karger, NY、pg59)。比較的速い除去速度を有する人工の膠質剤は、例えば約0.40〜0.65など低程度置換された、低程度および中程度の分子量のヒドロキシエチルスターチ、および静脈内残存率が2時間〜3時間であるデキストラン40を含む(Messmer(1989)前掲)。
【0031】
溶液は、溶液を特定の用途に適合させるために溶液中に含まれる1種以上の異なる任意の物質を更に含む。含まれうる、もしくは通常含まれるような任意の物質のひとつは、糖質である。糖質は通常、ブドウ糖、果糖、およびガラクトースのような六炭糖であり、中でもブドウ糖が好ましい。本発明の好ましい態様において、栄養的六炭糖が用いられ、かつ糖類の混合物が使用されうる。糖質は典型的には、溶液中に生理的量で存在するが、必ずしも必須ではない。「生理的量」または「生理的レベル」という用語は糖質の濃度が2mM〜50mMの間の範囲内であることを意味し、ブドウ糖濃度5mMが好ましい。時には対象の組織内の液体の滞留を小さくするために、六炭糖の濃度を増加することが望ましい。従って六炭糖の範囲を約50mMまたはそれ以上に増大することができるが、処置される対象における浮腫を避けるまたは制限する必要があるならば、以下により詳細に詳述するように、物質が凍結保護剤として存在する場合を除いて、通常は60以上を、より通常は55mM以上にはならない。
【0032】
特定の態様において、本発明の溶液は、血液凝塊の形成を加速または促進することができる血液凝固因子を含む。本発明の溶液中で使用するのに好ましい血液凝固因子は、ビタミンK、第I因子、第II因子、第V因子、第VII因子、第VIII因子、第VIIIC因子、第IX因子、第X因子、第XI因子、第XII因子、第XIII因子、プロテインC、フォンウィルブランド因子、フィッツジェラルド因子、フレッチャー因子およびプロテイナーゼインヒビターを含む。血液凝固因子の濃度は、特異的な処置環境に応じて当業者により決定される。例えばビタミンKが投与される場合は通常は、患者への5mg〜10mgの送達が十分な濃度である。
【0033】
液体血液組成物
本方法において使用される第二の必須の液体組成物は、液体血液組成物である。液体血液組成物とは、全血または全血に由来する液体媒質、例えば赤血球、血小板、血漿タンパク質、全血から精製されたアルブミン、全血漿またはその画分、例えばフィブリン非含有血漿などの1種以上の水性浮遊液を意味する。重要なことに、加熱滅菌が不可逆的に液体血液組成物の1種以上の構成要素に損傷を与えるため、液体血液組成物の製造の構成要素のために液体血液組成物は加熱滅菌されない。多くの態様において、液体血液組成物は1種以上の血液由来の細胞成分を含み、細胞成分は、全細胞および断片、その一部または分画成分、例えば赤血球、血小板などの両方を含む。全血からのこのような成分の調製は当業者には周知であり、かつこのような調製に便利な任意の常法使用することができる。天然の血液成分は、生理的に許容できる溶液、例えば前述の血漿様溶液の中に存在する。本発明における使用が見出される液体血液組成物も全血を含む。液体血液組成物の血液成分は、ドナー成分または該組成物を使用する処理を受ける対象から予め回収された成分を含みうる。例えば液体血液組成物が全血である場合、全体が(予め患者から採血された)患者の血液またはドナーの血液でありうる。多くの態様の中で特に興味深いのは、本方法で血液または血液由来製品としての後の利用のために、患者自身の血液またはその画分を採取しかつ処理するためのCell Saver(登録商標)(Haemonetics、ブライトリー、MA)または類似した装置の使用である。このような装置は、米国特許第5,971,948号、米国特許第5,954,971号、米国特許第5,769,811号、米国特許第5,643,193号、米国特許第5,607,579号、米国特許第5,311,908号、米国特許第4,482,342号、および米国特許第4,303,193号に開示されており、開示が本明細書に参照として組み入れられている。血液または血液由来製品の調製のためにこのような装置および方法が使用される場合、血液またはその画分、例えば血漿は通常は患者から回収され、かつ例えば洗浄などの処理を受け、その後、後の本方法による注入のために保存される。加えて例えば組換えアルブミンなどのこれらの成分は、合成的に作製されうる。
【0034】
任意の液体組成物
前記2種の液体組成物に加えて、本方法は更に1種以上の、前述の基本的非天然の血漿様溶液の誘導体である以下の溶液を使用することができる。
【0035】
炭酸水素(bicarbonate)血漿様溶液
本発明の炭酸水素血漿様溶液は、前述のように炭酸水素イオンを更に含む合成血漿様溶液である。本炭酸(carbonate)加血漿様溶液を得るために、任意の便利な炭酸水素イオンの給源を合成血漿様溶液中に含むことができ、炭酸水素溶液は通常炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)を含む。NaHCO3濃度は約0.1mM〜40mMであり、通常は約0.5mM〜30mMであり、より通常は約1mM〜10mMである。
【0036】
生体エネルギー溶液または過給溶液
同じく関心対象は、高レベルのカリウム電解質およびマグネシウム電解質を含む本血漿様溶液の変種(「生体エネルギー」溶液または「過給」溶液として公知)である。高レベルとは、カリウムイオン濃度が約50mM〜3.0M、通常は約200mM〜2.5M、およびより通常は約1.0M〜2.5Mの範囲内であること、ならびにマグネシウムイオン濃度が約40mM〜1.OM、通常は約0.1M〜0.9M、およびより通常は約0.3M〜0.7Mの範囲内であることを意味する。ある態様においてこれらの溶液は、約0.1〜40mM、通常は約0.5〜30mM、およびより通常は約1〜10mMの範囲の量で存在するような炭酸塩を更に含む。
【0037】
酸素輸送溶液
同じく関心対象は、酸素輸送化合物を含むように修飾された本合成血漿様溶液である。通常は酸素輸送化合物または成分は、対象にとって毒性でないような十分に低い濃度で存在する。酸素輸送成分は、通常は対象に毒性を生じることなく、増加した酸素を対象の組織に送達するのに十分な量で存在する。「十分量」の酸素輸送成分とは、循環および生理が損傷されていないような、休息している対象の生存および、外傷、疾患または損傷からの回復を可能にするような量である。正常体温の健常なヒトにおいては、血管内液100mlあたり少なくとも5〜6ml 02である。酸素輸送成分は、ヒト給源および非ヒト給源から抽出されたヘモグロビン、組換えヘモグロビン、ヘモシアニン、クロロクルオリンおよびヘムエリトリン、ならびに天然の給源から抽出されたかもしくは組換えDNAまたはインビトロ法により作出されたその他の天然の呼吸色素を含む。これらの化合物を、ポリエチレングリコール基への化学架橋または共有結合によるものを含む、当技術分野において公知の多くの手段により修飾することができる。酸素輸送成分がヘモグロビンである場合、約20g/l〜200g/lの濃度範囲で存在することが好ましい。
【0038】
酸素輸送成分の存在の代わりに、もしくはこれに加えて、血漿様溶液の該溶液の溶存O2含量を所望のレベルに増大するような方法で処理することができ、所望のレベルとは一般に約3ml/dl〜60ml/dlの範囲内であり、通常は約3ml/dl〜40ml/dl、およびより通常は約4ml/dl〜25ml/dlである。様々な異なる技術を溶液の酸素付加に利用することができ、このような技術は、高圧酸素による加圧、気泡酸素添加、溶液のテルモ社(日本)から市販されているような酸素添加膜の通過などを含む。
【0039】
低温貯蔵(cryogenic)溶液
低温貯蔵溶液もまた、本発明により提供される。本発明の低温貯蔵溶液を作成するために任意の前述の合成血漿様溶液を1種以上の凍結保護(cryoprotective)剤を含むように修飾することができ、凍結保護剤とは、例えば零度以下の条件のような低温下で組織の構造的完全性を保存するいずれかの物質を意味し、ある態様において凍結保護剤とは、少なくとも部分的に整列された水分子の血漿配列を修飾するまたは影響を及ぼすような物質であると考えられる。関心対象の凍結保護剤は以下を含む:アルコール、特に低分子量脂肪族アルコール、通常はC1アルコール〜C6アルコール、より通常はC1アルコール〜C4アルコール、例えばメタノール、エタノールなど;直鎖ポリオール、分枝鎖ポリオールおよび環式ポリオールを含むポリオール類、通常は低分子量脂肪族ポリオール、ジオール、トリオール、および他のポリオール、例えば糖類(下記により詳細に説明)であり、特に関心対象のポリオールは、ジオール、例えばエチレンジオール、プロパンジオール、ブタンジオール、トリオール、例えばグリセロールなど;糖類、例えばエリトロース、トレオース、リボース、アラビノース、キシロース、リキソース、アロース、アトロース、ブドウ糖、マンノース、グロース、イドース、ガラクトース、タロース、エリトルロース、リブロース、キシルロース、プシコース、果糖、ソルボース、タガトース、ならびに二糖類、例えばショ糖、乳糖およびマルトースを含み、ブドウ糖が特に好ましく;他の物質、例えばトリメチルアミン(timethylamine)、トリメチルアミンオキシド(TMAO)、DMSO、尿素、ホルムアミド、ジメチルホルムアミドなど;包接体、シリコン含有物質、例えばシランなど、フルオロカーボン化合物およびその誘導体など。凍結保護剤を圧力により強制的に溶液とするか、および/または、適当な界面活性剤を利用することができ、該界面活性剤は、当業者に公知である。このような物質は、典型的には所望の凍結保護効果を提供するのに十分な量で存在し、特定量の物質は、使用される具体的な物質によって左右されると考えられる。物質がジオールのようなポリオールである場合は、通常は約0.2M〜1Mまたは0%〜30%の範囲の量で存在すると考えられる。プロパンジオールに関しては特に0.2M〜0.6Mが好ましく、かつ濃度約0.4Mのプロパンジオールが最も好ましい。1,2-プロパンジオールは、本発明に従い器官温度を低下しかつドナーを保存するために使用される溶液への添加剤として好ましいが、1,3-プロパンジオールも使用されうる。TMAOは溶液中に最終濃度0.2M〜7Mの間で存在すると考えられる。グリセロールが使用される場合、濃度約0%〜40%、通常は約5%〜30%、より通常は5%〜20%で存在すると考えられる。DMSOが使用される場合には、約0%〜40%、通常は約5%〜30%、より通常は約5%〜20%の量で存在すると考えられる。糖質が使用される場合(特にブドウ糖)、糖質は約0.6M〜約1.4Mの範囲内であり、ある態様において特に好ましいのは1.0Mである。
【0040】
液体組成物の調製法
本溶液および液体組成物を調製する際には、様々な構成物を便利なように、実質的に同時に組合わせるか、または逐次添加することができる。ほとんどの状況において非天然の血漿様溶液を、前述のように最後に加熱滅菌することができる。更に前述のように溶液は、炭酸水素塩の給源のような炭酸水素塩が動的緩衝システムに加えられることができ、最後に加熱滅菌されない物質を含むことができる。このような場合、炭酸水素ナトリウムは、加圧蒸気滅菌される前の「基本溶液」に滅菌溶液として添加される。同様に、血液凝固因子または酸素輸送成分を添加することが望ましい場合は、血液凝固因子または酸素輸送成分は滅菌溶液として加圧蒸気滅菌された基本溶液に添加される。
【0041】
本発明の記載の目的のために本発明の混合物について考察し、かつ続けて水溶液に関して考察する。以下の本発明の記載から、当業者は、後に水和されうる乾燥混合物として混合物を提供することが可能であることが予想されると考えられる。
【0042】
使用法
前述の溶液は、対象を灌流する方法における使用が見出されれている。「対象」という用語は、循環系を有する任意の生物学的実体を広範に意味するように使用され、従って以下を含む:例えばイヌ、ネコ、げっ歯類、ウシ、ウマおよびヒトを含む哺乳類などの生物体全体;さらには、例えば心臓、肝臓、腎臓などの、このような生物体の、例えば組織または器官といった派生物。
【0043】
本方法の実践において、少なくとも2種の液体組成物が、対象またはその派生物に順次投与される。第一の液体組成物とは前述の血漿様溶液である。第二の液体組成物とは液体血液組成物である。順次投与されるとは、第二の液体組成物が投与される前に、第一の液体組成物が対象に投与されることを意味する。本発明は、第一の液体組成物の2種又はそれ以上の分量、および/または、第二の種類の液体組成物の2種又はそれ以上の分量が投与される方法も包含する。従って、最も広い意味において、本方法は少なくとも第一の液体組成物の1回の投与の後に、第二の液体組成物の少なくとも1回の投与が続く方法に向けられる。
【0044】
多くの態様において、1種又は複数の追加の液体組成物、例えば炭酸水素血漿様溶液、低温貯蔵溶液、過給溶液などを、宿主に投与することができる。実施される具体的な方法に応じて、第一および第二の液体組成物の前、間または後のいずれかの時点でこれらの追加液体組成物を投与することができる。ある態様においては、以下の順番で液体組成物が対象に投与される:(1)血漿様溶液;(2)炭酸水素血漿様溶液;(3)生体エネルギー溶液;(4)炭酸水素血漿様溶液;および(5)液体血液組成物。更に別の態様においては、以下の順番で液体組成物が対象に投与される:(1)血漿様溶液;(2)炭酸水素血漿様溶液;(3)生体エネルギー溶液;(4)低温貯蔵溶液;(5)炭酸水素血漿様溶液;および(6)液体血液組成物。
【0045】
好ましい態様の種類においては、液体血液組成物の投与後に、例えば、血漿様溶液;炭酸水素血漿様溶液;生体エネルギー溶液;低温貯蔵溶液など、追加量の非天然の血漿様溶液またはその誘導体の投与が続く。
【0046】
通常、本発明の液体組成物は、自重による供給ラインまたは、例えば遠心ポンプ、ローラー型ポンプ、蠕動型ポンプ、もしくは他の公知かつ利用可能な循環ポンプなどの、ポンプ注入された循環装置を用いた静脈内ラインにより、投与される。利用される場合には、適当な静脈および動脈に外科的に挿管されたカニューレを介して循環装置が対象に連結される。例えば、冷却された対象に溶液が投与される場合、通常は動脈カニューレを介して投与され、かつ静脈カニューレをもちいて除去され、かつ破棄、貯蔵または循環される。
【0047】
実施される特定の方法および処置される状態に応じて、本方法は、更に周囲温度よりも高いまたは低いように対象の温度を変更する方法を含む。多くの態様において、本治療過程、すなわち少なくとも2種の液体組成物が対象に投与される過程の少なくとも一部について対象の温度は低下される。対象の温度が低下される場合、温度は一般に、少なくとも約32℃、通常は少なくとも約20℃、およびより通常は少なくとも約5℃まで低下され、温度は-80℃以下まで低下されうるが、通常は-196℃を下回らない。対象の温度は、温度制御室の使用、加温または冷却用ブランケット、冷水または温水による灌流、冷水または温水への浸漬のような、通常のプロトコールを用いて変更されうる。
【0048】
あるいはまたは更に、対象の圧力を変更することができる。このような場合、対象は本方法の少なくとも一部の間は加圧される、すなわち高圧環境下に置かれる。高圧環境において圧力は典型的には少なくとも約1.5atmであり、通常は少なくとも約2.0atmであり、圧力は200atm程の高さかまたはそれ以上でありうるが、一般に約10.000atmを越えず、通常は約5000atmを越えず、より通常は約2500atmを越えない。高圧環境は、従来の技術を用いて提供されうる。例えば、その開示が本明細書において参照として組み入れられている米国特許第5,738,093号、米国特許第5,678,722号、米国特許第5,678,543号、米国特許第5,398,678号、米国特許第5,109,837号、米国特許第5,060,644号、米国特許第4,974,829号、米国特許第4,837,390号、米国特許第4,727,870号、米国特許第4,655,048号、米国特許第4,633,859号を参照のこと。例えば、ヘリウム、アルゴン、クリプトン、ネオンのような気体媒質で加圧された、厚い壁をもつチャンバーを利用し、高圧環境を提供することができる。
【0049】
少なくとも合成血漿様溶液および液体血液組成物で対象が順次灌流されるような本方法は、低体温手術応用、高圧手術応用、器官または生物の保存などを含む様々な異なる応用において使用されうる。以下の応用は、本方法の使用が見出される応用の代表的なものである。
【0050】
本方法の使用が見出される応用の一つの種類は、人工心肺装置が使用される低体温心臓手術のような、低体温手術応用である。このような方法においては常法によって、対象が手術のために準備される。使用される具体的な機械に応じて決定され採用されたプロトコールに従い、対象が人工心肺装置に連結される。様々な異なる人工心肺装置は、それらの使用のプロトコールと共に当業者には公知であり、これは、その内容が本明細書に参照として組み入れられているような、第5,827,22O号;第5,820,579号;第5,800,375号;第5,785,686号;第5,688,245号;第5,643,921号;第5,478,309号;第5,437,601号;第5,383,854号;第5,383,839号;第5,334,136号;第5,308,320号;第5,300,015号;第5,254,097号;第5,158,539号;第5,011,469号;第4,808,163号;第4,804,365号;第4,690,002号;第4,553,532号;第4,398,872号;第4,293,961号に開示されている。手術に対する準備のために、例えば対象の機器装着及びカニューレ挿管、対象の人工心肺装置への接続などの準備過程において、本発明の合成血漿様溶液のある量が、循環血液量減少症の予防および/または処置が必要とされる対象に投与される。一般に投与される血漿様溶液の量は、約0.25L〜10Lの範囲内であり、通常は約0.50〜5.0L、およびより通常は約1.0〜3.0Lである。
【0051】
患者の準備及び人工心肺との回路の設定後、患者の循環系から実質的に全ての患者の血液を交換するのに十分な方法で、炭酸水素ナトリウム溶液(前記)が回路に導入される。実質的に全ての患者の血液とは、患者のヘマトクリット値が約15%以下、通常は約7%以下、より通常は約3%以下に低下するように、患者から除去されることとみなされる。
【0052】
実質的に全ての患者の血液が炭酸水素準備刺激(priming)溶液と交換されると患者の体温が冷却され、かつ濃KCl溶液の一定量が心停止を達成するのに十分な方法で回路に導入される。対象または患者は、約28℃〜1℃、通常は約8℃〜2℃の温度まで冷却される。濃KCl溶液は、対象の循環系の中に存在する液体中のカリウムイオン濃度を約5mM〜300mM、通常は約6mM〜50mMの範囲の値まで増大させるのに十分な濃度を有する。このように、KCl溶液の濃度の範囲は、約0.3M〜3M、通常は約0.5M〜2.8M、より通常は約1.5M〜2.5Mである。KCl溶液は、KClおよび精製水のみで作製されるか、または1種以上の更なる成分、例えばマグネシウム、炭酸水素塩、乳酸などを含んでいてもよい。回路に導入される濃KCl溶液の量は、一般に少なくとも約2ml、通常は少なくとも約10ml、およびより通常は少なくとも約50mlであり、この量は、400ml程度かまたはそれ以上でありうるが、典型的には約1Lを越えず、通常約500mlを越えない。
【0053】
濃KCl溶液の導入後、しばしば1Lまたは数Lの炭酸水素溶液の添加により、宿主または対象の温度が、手術のために望ましい温度、例えば温度約30℃〜0℃、通常は約25℃〜1℃、より通常は約10℃〜2℃まで低下される。循環停止手術直前(すなわち心臓が拍動を停止しているとき)に、生体エネルギー溶液が導入される。導入される生体エネルギー溶液の量は、少なくとも約1ml、通常は少なくとも約100ml、より通常は少なくとも約500mlであり、この量は、4L程度かまたはそれ以上でありうるが、典型的には約3Lを越えることはなく、通常は約2Lを越えないと考えられる。
【0054】
前述の段階は、対象の温度が約30℃〜2℃の範囲内であり、通常は約10℃〜2℃であるような、心停止および顕著な低体温である対象をもたらす。これらの状態は、特定の低体温手術方法が施される間維持される。
【0055】
手術方法の完了後、回路に新鮮な炭酸水素血漿様溶液が流され、対象は徐々に、約0℃〜20℃、通常は約2℃〜12℃の範囲の温度まで温められる。炭酸水素塩溶液の1回以上の追加フラッシュを使用することができる。対象の温度が4℃〜28℃に達すると、液体血液組成物例えば全血を、ヘマトクリット値を心機能が回復された値に上昇するのに十分な方法で回路に導入することができ、当業者に公知であるように、機械的手段、電気的手段、薬学的手段、自発性除細動などにより心機能が回復される。例えば、対象が許容できるヘマトクリット値、通常は約28%を越えるヘマトクリット値に到達するまで全血が注入される。許容されうるヘマトクリット値に到達しかつ灌流が中止されたならば、通常の方法により手術創傷が閉鎖された後、対象が蘇生される。
【0056】
生物またはその派生物が生存または非生存のいずれかの状態で長期保存されるような低温貯蔵保存の適用における、本方法の使用も見出される。このような方法においては、対象またはその派生物は最初に約35℃〜O℃、通常は約30℃〜5℃、より通常は約10℃〜0℃の範囲の低体温の温度に冷却され、例えば冷却ブランケット、冷水による灌流などの任意の便利なプロトコールを用いるある態様においては、低体温症温度は約20℃〜O℃、通常は12℃〜0℃の範囲である。最初の冷却過程の間に、前述のように対象が合成血漿様溶液で灌流され、その結果実質的に患者の全血が脱血され、かつ合成血漿様溶液により交換される。
【0057】
対象を冷却しかつ対象の血液を炭酸水素血漿様溶液であってもなくともよいような合成血漿様溶液と交換した後、例えばチャンバー内で生じる圧力に十分耐える強度の壁をもつチャンバーのような高圧環境に低体温の対象を移した。例えば、寒冷スチール(cryogenic steel)などのような適当な強度の材料及び適当な構造で製造された厚い壁をもつチャンバーを使用することができる。このチャンバーは、加熱手段および冷却手段に加え、対象のモニタリング手段ならびにチャンバー内に存在する対象の循環系への液体の導入手段および除去手段を装備している。対象は、適当な気体をチャンバーに十分量導入することにより加圧される。様々な気体を使用することができ、ヘリウム及び例えばアルゴン、クリプトン、またはネオンなどの他の希ガスを含む。その後対象は、一般に約2atm〜10,000atm、通常は約100atm〜5000atm、より通常は約300atm〜3000atmの範囲内である所望の高圧まで加圧される。
【0058】
特に興味深いのは、ICE3形成に十分な状態への患者の服従(subjection)である。このような条件下では、対象の温度は、約-1℃〜-200℃、通常は約-5℃〜-40℃、およびより通常は約-15℃〜-25℃の範囲内の値まで低下される。この対象の圧力は、典型的には約10atm〜5000atm、通常は約500atm〜3000atmの範囲内である。
【0059】
前述の保存法の特定の態様において、低温貯蔵溶液(前記)を対象に導入することが望ましい。低温貯蔵溶液が利用される場合、貯蔵のために対象が低下される温度は、約-2℃〜-270℃、通常は約-40℃〜-250℃、より通常は約-60℃〜-200℃の範囲内である。
【0060】
前述のプロトコールを用いて、対象を不定期間貯蔵することができる。通常、貯蔵の間対象は加圧されかつ低温状態で維持される。しかしある態様においては、対象が準安定状態(metastable state)で保存される場合は、対象を減圧することが可能でありうる。
【0061】
対象の貯蔵後、組織損傷を最小にする方法により、対象は徐々に加温および減圧される。この過程の間のいくつかの時点、一般に温度約8℃〜28℃および圧力約1atm〜5atmの間である時、対象は例えば全血などの液体血液組成物で灌流される。対象は蘇生されることもあれば、されないこともある。
【0062】
キット
さらに本発明により、本方法の実施における使用のためのキットが提供される。本キットは、本方法を実施するための装置と組合せた合成血漿様溶液を、少なくとも含む。キットに含まれた合成血漿様溶液の量は変動しうるが、一般に約0.5L〜1000L、通常は約1L〜300L、より通常は約1L〜100Lの範囲内であると考えられる。溶液は、例えば柔軟性のある高分子バッグなどのような、任意の便利な容器またはパッケージ内に収容されうる。本方法の実行のための指示を、1つ又は複数の添付文書、装置の中身または包装に記すことができる。実施される具体的な方法に応じて、本キットは1つ又は複数の追加の液体組成物を更に含む。追加の液体組成物は、濃KCl溶液、炭酸水素塩溶液、生体エネルギー溶液、ヘタ低温貯蔵溶液(heta freeze solution)などを含み、キットは予め調製されたこれらの溶液を1つ又は複数含むか、または問題の溶液を調製するために提供された合成血漿様溶液と使用時に混合されうる成分を含むことができる。加えて本キットは、特に対象自身の血液が脱血されかつドナー血液または血液成分と交換されるような場合に本方法において使用される液体血液組成物を更に含む。
【0063】
システム
本方法の実施のために使用されるシステムもまた提供される。本システムは、特に血漿様溶液および液体血液組成物を、制御された温度および圧力条件下の対象に最適に順次送達するために設計される。このように、本システムは以下を含んでよい:宿主の循環系との液体連絡を確立するための回路;人工肺(oxygenator);本液体組成物を宿主の循環系を通じて移動させるためのポンプ;熱交換器;透析回路;例えば圧力および温度のようなデータを回収し、保存し、処理及び表示するためのコンピュータおよびモニター;例えばテントまたはチャンバーなどの、高圧酸素を対象に送達するための高圧環境を確立するための手段;例えば加温ブランケットおよび冷却ブランケットなど、対象の温度を制御するための手段など。
【0064】
以下の実施例は例示のために提示されるものであり、限定のためではない。
【0065】
実施例
I. 液体組成物:
A. 血漿様溶液
高分子量ヘタスターチ (平均分子量350,O00〜900,000) 1%〜10%
Ca++ 1mM〜6mM
K+ 1mM〜5mM
Mg++ 0mM〜10mM
乳酸 1mM〜40mM
ブドウ糖 0mM〜50mM
B. 炭酸水素血漿様溶液
高分子量ヘタスターチ (平均分子量350,O00〜900,000) 1%〜10%
Ca++ 1mM〜6mM
K+ 1mM〜5mM
Mg++ 0mM〜10mM
乳酸 1mM〜40mM
ブドウ糖 0mM〜50mM
炭酸水素塩 5mM〜10mM
C. 生体エネルギー溶液 (提供されることが望ましい組成物)
K+ 1OOmM〜3000mM
Mg++ 3OmM〜1000mM
D. 凍結保護溶液
1.高分子量ヘタスターチ (平均分子量350,O00〜900,000) 1%〜10%
Ca++ 1mM〜6mM
K+ 1mM〜5mM
Mg++ 0mM〜10mM
乳酸 1mM〜40mM
ブドウ糖 0mM〜50mM
炭酸水素塩 5mM〜10mM
グリセロール 10%〜20%
2.高分子量ヘタスターチ (平均分子量350,O00〜900,000) 1%〜10%
Ca++ 1mM〜6mM
K+ 1mM〜5mM
Mg++ 0mM〜10mM
乳酸 1mM〜40mM
炭酸水素塩 5mM〜10mM
グリセロール 10%〜20%
3.高分子量ヘタスターチ (平均分子量350,O00〜900,000) 1%〜10%
Ca++ 1mM〜6mM
K+ 1mM〜5mM
Mg++ 0mM〜10mM
乳酸 1mM〜40mM
ブドウ糖 0mM〜50mM
炭酸水素塩 5mM〜10mM
グリセロール 5%〜15%
DMSO 5%〜15%
【0066】
II.低体温心臓血管系手術
患者を麻酔し、器具装着してカテーテル挿管した。患者の血液容量の一部(1L)を採血して血漿様溶液1Lと交換した。その後患者の胸部を切開した。これらの方法で失われた血液容量を、最初は採取した血液で、その後血漿様溶液で置換した。人工心肺のために大動脈および大静脈にカニューレ挿管した。患者の循環系を、血液ポンプ、人工肺および熱交換器を備えたバイパス回路(炭酸水素血漿様溶液で充填)に連結した。次に患者の体温を14℃まで冷却し、循環血液を炭酸水素血漿様溶液と交換した。ヘマトクリット値がほぼ1%になるまでこれを続けた。血液容量交換の間に、加温時に使用するために残りの患者血液を採血し、その後心臓細動の抑制のために2mEq/ml KCl溶液100mlを動脈内注射した。患者の全血が事実上炭酸水素血漿様溶液で交換された後、体温をほぼ4℃まで低下させ、生体エネルギー溶液500ml(2mEq/ml KCl溶液375mlおよび50% MgSO4・7H2O溶液125ml)を動脈内導入して4分間循環させた。
【0067】
手術完了後、生体エネルギー溶液を添加した炭酸水素血漿様溶液で回路を洗浄した。その後患者を加温して十分な炭酸水素血漿様溶液による水洗を継続し、血液の血漿K+濃度を6mEq/Lまで低下させた。14℃において、患者から最初に採取した希釈された血液を戻し、患者が更に温まったら、より多くの血液を加えた。患者からバイパスを除去して、回路中の残余の血液細胞を患者に加え、同時に本方法の開始時に採取された患者の残余の全ての血液を患者に戻した。その後患者を正常体温まで温めて全ての切開部を縫合し、患者が翌日覚醒するまで麻酔および換気を維持した。
【0068】
III.低温貯蔵保存
50gのハムスターにケタミンを注射し、粉砕された氷中に置いた。体温が12℃まで低下したときにハムスターを実体立体顕微鏡下に置いて装置を装着させ、カニューレを挿管して100% O2で換気し、1℃まで冷却した。血液を炭酸水素血漿様溶液4mlで、次に生体エネルギー溶液4mlで、その後凍結保護溶液1 10mlで交換した。ハムスターを壁の厚いチャンバー内に入れ、体温を段階的に-20℃まで低下させながらヘリウムで1500atmまで加圧した。その後体温を-196℃まで低下させ、ハムスターをゆっくり減圧した。この温度で1週間貯蔵した後、ハムスターをヘリウムで1500atmまで再加圧した。次に-20℃まで加温し、その後1℃まで温めながらゆっくり減圧した。ハムスターを再度炭酸塩加血漿様溶液で灌流し、その後全血で灌流しながら加温した。動物を100%O2で換気し、正常体温に戻した。
【0069】
IV. 消化器系、泌尿器科、婦人科および整形外科の病状に関して選択的大手術を受けた患者59名に、手術中の血圧の低下に対して血漿様溶液を静脈注入した。これらの患者の中で31名は、パック赤血球輸血、その後の血漿様溶液注入を十分必要とする量の血液を喪失した。これらの患者に注入された血漿様溶液の平均量は、およそ2.1Lであった。輸血されたパック赤血球の平均量はおよそ1Lであった。多くの患者において更なる血漿様溶液をその後注入し、引き続き追加量のパック赤血球を輸血した。患者全員がこれらの操作から良好に回復し、血漿様溶液の使用に関連した重篤な関連有害事象はみられなかった。
【0070】
前述の結果及び考察から、本発明が、様々な異なる応用における使用が見出される対象の灌流法を提供することは明らかである。本方法の使用は、低体温手術、低温貯蔵保存などの様々な異なる応用においてより良い結果をもたらす。
【0071】
本明細書に引用された全ての出版物および特許出願は、個別の出版物または特許出願が各々具体的かつ個別に参照として組み入れられていることが示されるのと同じように、本明細書に参照として組み入れられている。全ての出版物の引用は、出願日以前の開示に関してであり、先行発明の長所のために本発明がそのような出版物に先行する権利を与えられないことを認めるものと解釈されるべきではない。
【0072】
前述の本発明は、理解を明確化するために例示および実施例により詳細に説明されているが、本発明の内容に関して、添付の特許請求の範囲の意図または範囲を逸脱しない限りは、ある種の変更および修飾を行うことができることは当業者には容易に明らかであると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象を灌流する方法であり、
(a)第一の液体組成物が、
(i)電解質;
(ii)膠質剤(oncotic agent);および
(iii)動的緩衝システム(dynamic buffering system)
を含む、従来の生物学的緩衝液を含まない非天然の血漿様溶液であって、
(b)第二の液体組成物が液体血液組成物である、
第一及び第二の液体組成物を該対象に順次導入する段階を含む方法。
【請求項2】
電解質が、Na+、Mg2+、Ca2+及びCl-を含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
非天然の血漿様溶液がK+を更に含む、請求項2記載の方法。
【請求項4】
溶液が血液凝固因子を更に含む、請求項1記載の方法。
【請求項5】
動的緩衝システムが、有機カルボン酸、その塩またはエステルを含む、請求項1記載の方法。
【請求項6】
非天然の血漿様溶液が、単糖類および二糖類からなる群より選択される糖質を更に含む、請求項1記載の方法。
【請求項7】
液体血液組成物が全血またはその誘導体である、請求項1記載の方法。
【請求項8】
液体血液組成物が最終的に加熱滅菌されない、請求項7記載の方法。
【請求項9】
少なくとも1種の更なる液体組成物の導入を更に含む、請求項1記載の方法。
【請求項10】
対象の温度を減少させる段階を更に含む、請求項1記載の方法。
【請求項11】
対象を高圧環境に置く段階を更に含む、請求項1記載の方法。
【請求項12】
灌流における使用のためのキットであり、
(a)(i)電解質;
(ii)膠質剤;および
(iii)動的緩衝システム
を含む、従来の生物学的緩衝液を含まない合成血漿様溶液;ならびに
(b)請求項1記載の方法を実行するための使用説明書
を含むキット。
【請求項13】
電解質が、Na+、Mg2+、Ca2+及びCl-を含む、請求項12記載のキット。
【請求項14】
合成血漿様溶液がK+を更に含む、請求項13記載のキット。
【請求項15】
膠質剤が高分子である、請求項12記載のキット。
【請求項16】
高分子が多糖である、請求項15記載のキット。
【請求項17】
多糖がデンプンである、請求項16記載のキット。
【請求項18】
動的緩衝システムが、有機カルボン酸、その塩またはエステルを含む、請求項12記載のキット。
【請求項19】
合成血漿様溶液が、単糖類および二糖類からなる群より選択される糖質を更に含む、請求項12記載のキット。
【請求項20】
糖質がブドウ糖である、請求項19記載のキット。
【請求項21】
少なくとも1種の追加の液体組成物を更に含む、請求項20記載のキット。
【請求項22】
更なる液体組成物が液体血液組成物である、請求項21記載のキット。
【請求項23】
液体血液組成物が全血である、請求項22記載のキット。
【請求項24】
(a)(i)電解質;
(ii)膠質剤;および
(iii)動的緩衝システム
を含む、従来の生物学的緩衝液を含まない合成血漿様溶液;ならびに
(b)少なくとも1種の天然の血液成分を含む液体血液組成物
を含む、対象の循環系からの液体の導入及び除去のための手段を含む灌流システム。
【請求項25】
対象の温度を調節する手段を更に含む、請求項24記載のシステム。
【請求項26】
対象の環境圧(pressure of the environment)を調節する手段を更に含む、請求項24記載のシステム。

【公開番号】特開2009−242404(P2009−242404A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−133059(P2009−133059)
【出願日】平成21年6月2日(2009.6.2)
【分割の表示】特願2000−596992(P2000−596992)の分割
【原出願日】平成12年1月24日(2000.1.24)
【出願人】(501310147)バイオタイム インコーポレイテッド (1)
【Fターム(参考)】