説明

炉材侵食量算出方法及び炉材侵食量算出プログラム

【課題】溶融ガラスによるガラス溶融炉の炉材の侵食量を数学シミュレーションにより算出することが可能な炉材侵食量算出方法を提供する。
【解決手段】溶融ガラスによるガラス溶融炉の炉材の侵食量を数学シミュレーションにより算出する炉材侵食量算出方法であって、前記ガラス溶融炉のモデルにおける前記溶融ガラス12及び前記炉材11の構造データ、前記ガラス溶融炉の操業データ、前記溶融ガラス12及び前記炉材11の物性データを入力する入力ステップ(S1)と、前記構造データ、前記操業データ、及び前記物性データに基づいて、前記炉材11が侵食されないと仮定した状況で、ある時間が経過して定常状態になったときの前記溶融ガラス12と前記炉材11との境界温度(以下、定常境界温度という)を算出する境界温度算出ステップ(S2)と、前記定常境界温度に基づいて、所定時間後の前記炉材の侵食量を求める炉材侵食量算出ステップ(S3)とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶融ガラスによるガラス溶融炉の炉材の侵食量を数学シミュレーションにより算出する炉材侵食量算出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガラスを溶融するために用いられるガラス溶融炉は一般にレンガ等の炉材で形成されている。この炉材は、ガラスを溶融していくにしたがって侵食される。ガラス溶融炉をどのくらいの期間稼動させると、炉材がどのくらい侵食されるのかを知ることは、ガラス溶融炉の設計やガラスの品質管理において重要なことである。
【0003】
従来、炉材侵食量を求めるために、容器内に溶融ガラスを入れて、その溶融ガラスに炉材を浸し、所定時間毎にその炉材を取り出して炉材侵食量を物差し等で測るといったことが行われている(例えば、非特許文献1参照)。
【0004】
【非特許文献1】E.A Thomas,”33rdAnnual Conference on Glass Problems”,1972年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記従来の炉材侵食量を求める方法によれば、炉材侵食量を定量的に求めることはできるが、その作業に時間がかかってしまう。又、従来の方法では、ガラス溶融炉の寿命に近い長期的(例えば10年)な炉材侵食量を定量的に求めることはできない。そこで、炉材侵食量を特別な道具を用いることなく求めることが必要とされていた。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、溶融ガラスによるガラス溶融炉の炉材の侵食量を数学シミュレーションにより算出することが可能な炉材侵食量算出方法及び炉材侵食量算出プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の炉材侵食量算出方法は、溶融ガラスによるガラス溶融炉の炉材の侵食量を数学シミュレーションにより算出する炉材侵食量算出方法であって、前記ガラス溶融炉のモデルにおける前記溶融ガラス及び前記炉材の構造データ、前記ガラス溶融炉の操業データ、前記溶融ガラス及び前記炉材の物性データを入力する入力ステップと、前記構造データ、前記操業データ、及び前記物性データに基づいて、前記炉材が侵食されないと仮定した状況で、ある時間が経過して定常状態になったときの前記溶融ガラスと前記炉材との境界温度(以下、定常境界温度という)を算出する境界温度算出ステップと、前記定常境界温度に基づいて、所定時間後の前記炉材の侵食量を求める炉材侵食量算出ステップとを含む。
【0008】
この方法により、溶融ガラスによるガラス溶融炉の炉材の侵食量を定量的に算出することが可能となる。
【0009】
本発明の炉材侵食量算出方法は、前記炉材の侵食量に基づいて前記構造データを更新する更新ステップを含み、所定条件を満たすまで、前記更新ステップ、前記境界温度算出ステップ、及び前記炉材侵食量算出ステップをこの順に繰り返し行う。
【0010】
この方法により、長期間にわたって侵食される炉材の侵食量を定量的に算出することが可能となる。
【0011】
本発明の炉材侵食量算出方法は、前記炉材の物性データに対応する炉材侵食速度データに基づいて、前記炉材の物質移動流束を温度の関数として求める関数算出ステップを含み、前記モデルは1次元モデルであり、前記境界温度算出ステップでは、前記構造データ、前記物性データ、及び前記操業データと、1次元非定常熱伝導方程式を離散化して得られる差分方程式とを用いて、前記定常境界温度を算出し、前記炉材侵食量算出ステップでは、前記関数と前記定常境界温度とを用いて、前記所定時間後の前記炉材の侵食量を求める。
【0012】
本発明の炉材侵食量算出方法は、前記溶融ガラス及び前記炉材の少なくとも一方を複数のグリッドに分割する分割ステップを含み、前記境界温度算出ステップでは、前記構造データ、前記物性データ、及び前記操業データと前記差分方程式とを用いて、前記炉材が侵食されないと仮定した状況で、ある時間が経過したときの前記グリッド同士の境界温度も求め、当該境界温度も用いて、前記定常境界温度を求める。
【0013】
この方法により、溶融ガラスによるガラス溶融炉の炉材の侵食量の算出精度を向上させることができる。
【0014】
本発明の炉材侵食量算出方法は、前記境界温度算出ステップが、前記溶融ガラスの物性データから前記溶融ガラスの単色吸収係数を求める単色吸収係数算出ステップと、前記単色吸収係数及びふく射輸送方程式に基づいて、前記差分方程式で用いるふく射による発熱量を求める発熱量算出ステップとを含む。
【0015】
本発明の炉材侵食量算出方法は、前記発熱量算出ステップが、前記単色吸収係数の所定波長領域の平均である平均吸収係数を求め、前記平均吸収係数及び前記ふく射輸送方程式を用いて、前記ふく射による発熱量を求める。
【0016】
この方法により、炉材侵食量の算出に要する計算量を少なくすることができ、炉材侵食量の算出を高速化することができる。
【0017】
本発明の炉材侵食量算出方法は、前記所定波長領域が波長0.31μmから16.5μmの間の領域である。
【0018】
本発明の炉材侵食量算出方法は、前記所定時間が1000時間以下である。
【0019】
この方法により、炉材侵食量の算出精度を良好に維持することができる。
【0020】
本発明の炉材侵食量算出プログラムは、前記炉材侵食量算出方法の各ステップをコンピュータに実行させるためのプログラムである。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、溶融ガラスによるガラス溶融炉の炉材の侵食量を数学シミュレーションにより算出することが可能な炉材侵食量算出方法及び炉材侵食量算出プログラムを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。
本発明の実施形態では、溶融ガラスによるガラス溶融炉の炉材の侵食量を数学シミュレーションを用いてコンピュータにより算出するための炉材侵食量算出プログラムについて説明する。尚、本発明に係る炉材侵食量算出方法は、上記プログラムによって動作するコンピュータの処理ステップと同様であるため、上記プログラムの処理の説明に含まれる。
【0023】
図1は、本発明の実施形態を説明するための炉材侵食量算出プログラムによって炉材の侵食量を求めるシミュレーション対象となるガラス溶融炉の概略構成を示す図である。
図1に示すように、レンガ等の炉材11で形成されたガラス溶融炉内には溶融ガラス12が存在する。一般に、ガラス溶融炉を操業する際、炉材11の侵食量を減速化させるためガラス溶融炉の外から空気13をあてて炉材11を冷却するといったことが行われる。ガラス溶融炉の性能は、様々な要因(操業条件や形状等)によって決定されるが、本実施形態では、計算を簡略化するために、炉材11の表面の一部である部分14の温度Tを、そのガラス溶融炉の操業条件を代表するデータとして扱う。上記部分14は、炉材11の表面の一部であれば特に限定されないが、侵食に最も影響を与え、且つ、実際のガラス溶融炉にて温度を測定しており、計算精度を確かめやすい点を考慮すると、部分14は、炉材11と溶融ガラス12の表面とが接触する部分の真上の点、具体的には、炉材11と溶融ガラス12の表面とが接触する部分よりも数mm上の炉材11の表面の部分であることが好ましい。
【0024】
本実施形態の炉材侵食量算出プログラムでは、計算を簡略化するために、図1に示したガラス溶融炉を1次元モデル化している。図2は、図1に示すガラス溶融炉を1次元モデル化した図である。
図2に示すように、炉材11及び溶融ガラス12は、それぞれ図中のX方向に厚みを持った形で1次元モデル化されている。炉材11が溶融ガラス12によって侵食される大きな要因としては、炉材11と溶融ガラス12との境界の温度を挙げることができる。この温度以外にも要因はいくつかあるが、境界の温度が侵食に最も大きな影響を与えると考えられるため、本実施形態の炉材侵食量算出プログラムでは、図2に示す1次元モデルにおける境界の温度を基に、炉材11の侵食量を求めている。又、この境界の温度は、大きく分けて溶融ガラス12の対流、熱ふく射、及び熱伝導の3つの要因に影響されるが、本実施形態の炉材侵食量算出プログラムでは、このうち熱ふく射及び熱伝導を考慮することで、炉材の侵食量を定量的に算出することを可能としている。以下、炉材侵食量算出プログラムを実行するコンピュータの動作について説明する。
【0025】
図3は、本発明の実施形態を説明するための炉材侵食量算出プログラムによって動作するコンピュータの処理フローを示す図である。
まず、炉材侵食量算出プログラムによって動作するコンピュータに、1次元モデルにおける炉材11及び溶融ガラス12の厚み等を示す構造データと、ガラス溶融炉の性能を決める温度T及び冷却条件等を示す操業データと、1次元モデルに使用する炉材11の物性データ(密度ρ、比熱c、熱伝導率k等)及び溶融ガラス12の物性データ(密度ρ、比熱c、単色屈折率、単色複素屈折率の虚部、熱伝導率k)とがユーザにより入力される(S1)。尚、以下の説明では、炉材11の厚みを250mm、溶融ガラス12の厚みを10mmとする。
【0026】
次に、ユーザにより、構造データで設定された1次元モデルの炉材11及び溶融ガラス12のグリッド分割指示がなされると、コンピュータは、炉材11及び溶融ガラス12の少なくとも一方を指定されたように複数のグリッドに分割する(S2)。例えば、コンピュータは、炉材11を50mm単位のグリッドに均等に分割する。つまり、溶融ガラス12全体が1つのグリッドになり、炉材11は5個のグリッドに分割される。このように、炉材11及び溶融ガラス12は合計6個のグリッドに分割され、炉材侵食量算出のための準備が整う。尚、溶融ガラス12や炉材11は、計算の精度の点で、より多くのグリッドに分割しても良い。
【0027】
このときのイメージを図4に示した。図4に示すように、ガラス溶融炉の1次元モデルは、溶融ガラス12側から順にグリッド1〜6に分割されている。この1次元モデルには、溶融ガラス12の左端に設定された原点Oから各グリッドの厚み方向にX座標が設定される。各グリッドにはS1で入力された物性データが設定される。グリッド1には溶融ガラス12の物性データが設定され、グリッド2〜6のそれぞれには炉材11の物性データが設定される。以下では、説明のために、原点の座標をX(=0mm)、グリッド1とグリッド2との境界の座標をX(=10mm)、グリッド2とグリッド3との境界の座標をX(=60mm)、グリッド3とグリッド4との境界の座標をX(=110mm)、グリッド4とグリッド5との境界の座標をX(=160mm)、グリッド5とグリッド6との境界の座標をX(=210mm)、グリッド6の右端の座標をX(=260mm)とする。又、i=2〜6とし、グリッドi−1とグリッドiとの境界Xの温度を境界温度Tとする。
【0028】
S2の後、コンピュータは、S1で入力された構造データ、操業データ、及び物性データに基づいて、炉材11が侵食されないと仮定した状況で、ある時間が経過して定常状態となったときの溶融ガラス12と炉材11との境界温度T(定常境界温度)を算出する境界温度算出処理に移行する(S3)。
【0029】
次に、境界温度を算出する原理について説明する。
本実施形態の炉材侵食量算出プログラムでは、図4に示す1次元モデルにおける各グリッド同士の境界温度Tを求めるために、熱ふく射による熱輸送を考慮した以下の式1に示す1次元非定常熱伝導方程式を利用している。
【0030】
【数1】

【0031】
ここで、c:比熱、ρ:密度、T:温度、t:時間、k:熱伝導率、x:座標、q:ふく射による発熱量である。
【0032】
式1のふく射による発熱量qは、以下の式2に示す、放射−吸収性媒体中の1次元平行平板系におけるふく射輸送方程式によって求めることができる。
【0033】
【数2】

【0034】
ここで、μ:天頂角、Iλ:単色ふく射強度、κλ:波長λにおける溶融ガラスの単色吸収係数、x:座標、Iλ(x,μ):座標xに天頂角μで入射してくる単色ふく射強度、Ibλ{T(x)}:座標xでのある温度T[K]における単色黒体放射強度である。
【0035】
式2の単色吸収係数κλは、1次元モデルに用いる溶融ガラス12の物性データ(単色複素屈折率の虚部)を用いて、以下の式3により求めることができる。
【0036】
【数3】

【0037】
ここで、λ:波長、kλ:波長λにおける単色複素屈折率の虚部である。
【0038】
式3で求まるκλは、式2に示したふく射輸送方程式において用いるが、全ての波長について計算を行うと、計算負荷が高くなってしまうため、本プログラムでは、式3で求まる単色吸収係数κλを平均化した平均吸収係数κを算出し、これをふく射輸送方程式に用いる。平均吸収係数κは以下の式4により求めることができる。単色吸収係数κλの積分する波長領域(平均化する波長領域)は、ガラス溶融炉を運転する際に炉材の侵食が特に問題となる温度(上記T=700℃〜1700℃)における黒体放射能の99%以上を考慮するために、波長0.31μm〜16.5μmまでの領域としている。この領域内で単色吸収係数κλを平均化することにより、計算負荷を減らしながら、実務上用いる全てのガラス溶融炉において炉材の侵食量を算出することができるようになる。
【0039】
【数4】

【0040】
ここで、Ibλ:ある温度T[K]における単色黒体放射強度、σ:ステファンボルツマン定数である。
【0041】
又、本プログラムでは、式2に示したふく射輸送方程式をそのまま使わず、平均吸収係数κを用いた灰色近似により、次の式5のように変形して用いる。
【0042】
【数5】

【0043】
式5において、qは、式1のqに相当するものであり、座標Xでのふく射による発熱量である。I(T)は、単色黒体放射強度Ibλ{T(x)}を波長領域0.31μm〜16.5μmの範囲で波長について積分して得られる黒体放射強度であり、境界温度Tによって決まる値である。Ii−1は、Xi−1から境界Xに入射するふく射強度であり、Ii+1は、Xi+1から境界Xに入射するふく射強度である。κi−1は、境界温度Ti−1での平均吸収係数であり、κは、境界温度Tでの平均吸収係数である。
【0044】
式5によれば、座標Xでのふく射による発熱量qを境界温度Tを含めた式として求めることができる。
【0045】
式1に示した1次元非定常熱伝導方程式は、時間経過に伴う温度変化を求めることが可能な式であるが、このままの形では、図4に示す各グリッド同士の境界温度Tを求めることはできないため、本プログラムでは、1次元非定常熱伝導方程式を前進差分法により離散化して用いる。1次元非定常熱伝導方程式を前進差分法により差分方程式に近似すると、以下の式6のようになる。
【0046】
【数6】

【0047】
ここで、ci−1:グリッドi−1に設定された材料の比熱、ρi−1:グリッドi−1に設定された材料の密度、ki−1:グリッドi−1に設定された材料の熱伝導率、c:グリッドiに設定された材料の比熱、ρ:グリッドiに設定された材料の密度、k:グリッドiに設定された材料の熱伝導率である。
【0048】
温度Tは、上述したように操業データで決まる固定の値であり、温度Tは操業データの冷却条件で決まる固定の値である。又、グリッド同士の境界温度T(i=2〜6)は、ガラス溶融炉が稼動していない状態(以下、初期状態)では、固定値(以下、初期値という)となっている。この初期値は、任意の値に設定することができる。例えば、常温に設定しても良いし、入力された操業データである温度Tと同じ温度に設定しても良い。本実施形態では、境界温度Tの初期値を温度Tと同じ値とする。このため、溶融ガラス12及び炉材11の物性データと、ガラス溶融炉の操業データと、ガラス溶融炉の構造データとがあれば、炉材11が侵食されないと仮定した状況下において、ガラス溶融炉を稼動させてから時間Δt(例えば1/100秒)経過後の境界温度Tの温度変化ΔTを式6を用いて求めることができるようになる。ΔTを求めた後は、境界温度T(初期状態での固定値)にΔTを加算して境界温度Tを更新し、更新後の境界温度Tを用いて、更にΔt経過後の温度変化ΔTを求めて境界温度Tを更新するといった演算を繰り返すことで、図2に示す1次元モデルのX方向の温度分布を求めることができる。境界温度Tは、炉材11が侵食されないと仮定した状況下では、ある程度の時間が経過したときにほとんど変化しなくなる定常状態となる。本プログラムでは、この定常状態の境界温度Tを用いて炉材11の侵食量を求める。このため、境界温度Tを求める際、ΔT<0.000001となるまで演算を繰り返し、ΔT<0.000001となった時点の境界温度Tを、定常状態の境界温度Tとして扱うことにする。
【0049】
図5は、コンピュータによる境界温度算出処理の流れを説明するためのフローチャートである。
コンピュータは、S1で入力された溶融ガラス12の単色複素屈折率の虚部と、式3とを用いて単色吸収係数κλを算出し(S31)、算出した単色吸収係数κλの平均である平均吸収係数κを式4を用いて算出する(S32)。式4の境界温度Tに代入する値としては初期値を用いる。S32の処理によって、平均吸収係数κ〜κが算出される。
【0050】
次に、コンピュータは、算出した平均吸収係数κ〜κと、入力された構造データに基づく座標データと、ふく射輸送方程式(式5)とを用いて、座標Xでのふく射による発熱量qを算出する(S33)。式5の境界温度Tに代入する値としては初期値を用いる。S32の処理によって、発熱量q〜qが算出される。
【0051】
次に、コンピュータは、物性データと、座標データと、操業データ(T、T)と、算出した発熱量q〜qと、式6とを用いて、炉材11が侵食されないと仮定した状況での時間Δt経過後のΔTを算出し、算出したΔTを境界温度Tの初期値に加えて、時間Δt経過後の境界温度Tを算出する(S34)。式6の境界温度T〜Tに代入する値としては初期値を用いる。S34の処理によって、時間Δt経過後の境界温度T〜Tが算出される。
【0052】
コンピュータは、S34で算出したΔT〜ΔTの各々が0.000001よりも小さくなるまで(S35:YES)、S32〜S34の処理を繰り返し行い、ある時間が経過して定常状態になったときの境界温度Tを算出する(S36)。ただし、2回目以降のS32〜S34の処理では、式4、5、6の境界温度Tに代入する値として、初期値の代わりに、S34で新たに算出した最新の境界温度Tを用いる。又、2回目以降のS34の処理では、算出したΔTを境界温度Tの初期値に加えるのではなく、算出したΔTを最新の境界温度Tに加えて、時間Δt経過後の境界温度Tを算出する。
【0053】
次に、コンピュータは、S36で算出した定常状態の境界温度Tに基づいて、所定時間(例えば500時間とする)後の炉材11の侵食量を算出する炉材侵食量算出処理に移行する(S4)。
【0054】
ここで、炉材侵食量を算出する原理について説明する。
炉材11の侵食量を算出するためには、炉材11の物質移動流束F(単位時間あたりに単位面積を通過する物質量)を求めておく。物質移動流束Fは炉材11の物性によって決まる。炉材11の拡散定数Dは、以下の式7で表わされる。
【0055】
【数7】

【0056】
ここで、A:拡散の頻度因子、ΔE:活性化エネルギー、R:気体定数、T:温度である。
【0057】
又、物質移動流束Fは、拡散定数Dを用いて以下の式8で表わされる。
【0058】
【数8】

【0059】
ここで、c:炉材が溶解している位置での溶解した炉材の濃度、c:炉材が溶解している位置から十分離れた位置での溶解した炉材の濃度、δc:濃度境界層厚さである。
【0060】
式8の両辺の対数をとると、以下の式9が得られる。
【0061】
【数9】

【0062】
式9によれば、ある温度Tにおいて、炉材11が単位時間当たりどのくらいの量が溶けでていくのかを求めることができる。ただし、S1で入力された物性データから式9の右辺の値(A、ΔE、R、c、c、δc)を求めることはできないため、コンピュータは、予め実験的に求められた炉材侵食速度データを用いて、上記値を求める。炉材侵食速度データは、炉材がある温度Tにおいて単位時間(例えば100時間とする)当たりどのくらい侵食されるかを示す実験データであり、図6に示すようなグラフで表わされる。図6に示すグラフにおいて、縦軸の値の対数をとり、横軸の値の逆数をとったグラフを作成すると、図7に示すようなグラフとなる。図7に示すグラフは、式9で表わされる関数と同じ形になっている。これにより、炉材の物質移動流束Fが実際の炉材侵食速度と等しい値になることが分かる。このため、図7のグラフから上記値を求めることで、物質移動流束Fが求まる。言い換えると、炉材侵食速度データを用いることにより、炉材の物質移動流束Fを温度の関数として求めることができる。尚、炉材侵食速度データは、本プログラムのインストール時、炉材の種類(物性)毎にコンピュータ内のメモリに記憶される。
【0063】
図8は、コンピュータによる炉材侵食量算出処理の流れを説明するためのフローチャートである。
コンピュータは、S1で入力された炉材11の物性データに基づき、炉材11の種類に対応する炉材侵食速度データをメモリから読み出し、この炉材侵食速度データを用いて、炉材11の物質移動流束Fを温度Tの関数として求める(S41)。次に、コンピュータは、S36で算出された定常状態での境界温度Tを上記求めた関数の温度に代入して、単位時間(100時間)当たりの炉材侵食量を算出し(S42)、計算精度を維持しつつ、計算を高速化するために、この炉材侵食量を5倍して500時間後の炉材侵食量を算出する(S43)。
【0064】
コンピュータは、500時間後の炉材侵食量を算出後、この炉材侵食量に基づいて、S1で入力された構造データを更新する(S5)。具体的には、図2に示した1次元モデルの溶融ガラス12の厚さを炉材11が侵食された分増やし、炉材11の厚さを侵食された分減らして、構造データを更新する。そして、コンピュータは、所定条件が満たされているか否かを判定する(S6)。所定条件とは、例えば、ユーザにより設定された炉材侵食量を求めるべきガラス溶融炉の稼動時間や、炉材11の残りの厚み等の条件である。ユーザにより設定された稼動時間後の炉材侵食量をまだ算出していない場合や、炉材11の残りの厚みが閾値を上回っていた場合、コンピュータは、所定条件が満たされてないと判定し(S6:NO)、S2に処理を移行する。尚、S2におけるグリッドの分割方法については、最初に設定された方法(炉材11のみを均等に5分割にする)が繰り返し適用される。構造データが更新されることで、境界温度Tは変化してしまうため、コンピュータは所定条件を満たすまで、S5、S2、S3、S4をこの順に繰り返し行って、炉材侵食量を求める。尚、この繰り返しは、構造データのみが更新されるものであるため、構造データに影響されないS31及びS41の処理は2回目以降は省略しても良い。一方、ユーザにより設定された稼働時間後の炉材侵食量を算出し終わった場合や、炉材11の残りの厚みが閾値を下回っていた場合、コンピュータは、所定条件が満たされたと判定し(S6:YES)、本プログラムによる演算で求められた各種データを出力して(S7)、処理を終了する。
【0065】
S7で出力することのできる各種データとしては、例えば、ある時期における炉材11の侵食量、ある時期における炉材11の残り厚さ、ある時期における座標Xでの温度、ある時期における炉材11の物質移動流束F等がある。又、本プログラムの演算によって得られたデータを用いることで、熱流束や炉材外壁からの放熱量を求めることも可能である。又、平均吸収係数κを用いることで、ふく射物性値を求めることも可能である。
【0066】
以下、コンピュータから出力されるデータ(グラフ)の一例を示す。
図9は、ガラス溶融炉の稼働時間と境界温度Tとの関係を示すグラフであり、横軸が稼働時間、縦軸が境界温度Tとなっている。図9には、ガラス溶融炉の性能を決定する温度Tを8種類の値にかえてシミュレーションしたときの結果を示してある。図9に示すように、稼働時間が0のとき、つまり初期状態では、境界温度Tはそれぞれ初期値(1300℃〜1600℃)となっており、時間が経過するにつれて、その値が変化している状態を確認することができる。このグラフによれば、温度Tをどの値にすれば境界温度Tが下がりやすいのかを知ることができ、ガラス溶融炉の設計に役立てることができる。
【0067】
図10は、ガラス溶融炉の稼働時間と炉材11の残り厚みとの関係を示すグラフであり、横軸が稼働時間、縦軸が残り厚みとなっている。図10には、同じガラス溶融炉において、炉材11の初期の厚みを250mmにした場合と、炉材11の初期の厚みを300mmにした場合と、炉材11の初期の厚みを250mmにして途中で50mmの炉材を当瓦した場合との3つの場合についてシミュレーションした結果を示してある。図10に示すように、最初から250mmの炉材を用いた場合と、最初から300mmの炉材を用いた場合とでは、残り厚みが50mmとなるまでの期間に1年もの差があり、最初から厚みの大きい炉材を用いた方が、炉材の寿命を長くできることが分かる。又、最初から300mmの炉材を使うよりも、250mmの炉材を使って、後から当瓦をした方が、寿命を延ばせることも分かる。このため、図10に示すデータをガラス溶融炉の設計に役立てることができると共に、当瓦の時期を適格に判断することができる。
【0068】
以上のように、本プログラムによれば、炉材侵食量を定量的に求めることができ、ガラス溶融炉の設計やガラスの品質管理に役立てることができる。又、本プログラムでは、シミュレーション対象となるガラス溶融炉を1次元モデル化して各種計算を行っているため、コンピュータの計算負荷を少なくすることができ、高速な処理が可能となる。又、熱ふく射及び熱伝導による影響を考慮して境界温度Tを求める処理を行っているため、ガラス溶融炉を1次元モデル化しているにも関わらず、炉材侵食量の算出精度を維持することができる。
【0069】
又、本プログラムによれば、従来不可能であった長期に渡る炉材侵食量の予測を定量的に行うことができる。例えば、図3のS2〜S6の処理を繰り返して15年後の炉材侵食量を求めることもでき、長期的な侵食量の予測に適していると共に、ガラス溶融炉の寿命を知ることができる。
【0070】
尚、上記では、図4に示すように、1次元モデルの溶融ガラス12及び炉材11の少なくとも一方を複数のグリッドに分割してから、炉材侵食量を算出しているが、溶融ガラス12及び炉材11のいずれもグリッドに分割しないで炉材侵食量の算出を行っても良い。つまり、溶融ガラス12全体をグリッド1とし、炉材11全体をグリッド2として計算を行えば良い。この場合は、座標XをXとし、温度Tを温度Tとして計算を行うことで、上述したように、炉材侵食量を定量的に求めることができ、処理をより高速に行うことも可能である。溶融ガラス12及び炉材11の少なくとも一方を複数のグリッドに分割した場合には、処理が多少遅くなるが、溶融ガラス12や炉材11の内部温度を細かく考慮することができるため、炉材侵食量の算出精度を向上させることができるという利点がある。
【0071】
又、本プログラムでは、図3のS4において、一定となったときの境界温度Tを用いて所定時間後の炉材侵食量を求めている。実際には、境界温度Tは、炉材の侵食と共に変化してしまうため、一定の境界温度Tでは正確な炉材侵食量を求めることはできない。ところが、炉材の侵食は非常にゆっくり行われるため、本プログラムでは、ある程度の時間までは一定の境界温度Tを用いて炉材侵食量を求めることで、炉材侵食量の算出精度を保っている。この算出精度を保つためにも、上記ある程度の時間(上記所定時間)は、1000時間以下であることが好ましい。
【0072】
又、上記では、S32にて平均吸収係数κを数値として算出し、S33にて発熱量qを数値として算出し、これらの数値を式6に代入してΔTを算出しているが、式6に式3〜5を代入して得られる境界温度Tを含む式に、構造データ、物性データ、操業データ、及び境界温度Tの初期値を一斉に代入して、ΔTを算出するようにしても良い。
【0073】
以下、本プログラムによる効果を実施例によって証明する。
【実施例】
【0074】
本実施例では、図1に示すガラス溶融炉をモデルとし、温度Tのみを8種類の値(1300℃〜1600℃)にかえて、実施形態で説明した炉材侵食量算出プログラムによりシミュレーションを行い、その結果を、稼働時間と炉材侵食量との関係を示すグラフ(図11)として出力させた。シミュレーションを行う上で設定した各種データは以下の通り。
<構造データ>
溶融ガラス12の厚み=10mm
炉材11(レンガとする)の厚み=250mm
溶融ガラス12のグリッド分割数=30
炉材11のグリッド分割数=10
<操業データ>
温度T:1300℃,1350℃,1400℃,1450℃,1500℃,1550℃,1580℃,1600℃の8種類
炉材11の冷却条件:温度30℃の風を使って風速10m/sで冷却
ガラス溶融炉の周りの雰囲気温度=30℃
<物性データ>
溶融ガラス12の熱伝導率k=1.2[W/m/K]
溶融ガラス12の密度ρ=2500[kg/m
溶融ガラス12の比熱c=1400[J/kg/K]
溶融ガラス12の単色複屈折率の虚部データ:文献「M.Rubin, Solar Energy Materials, 12, 275-288 (1985)」を参照
炉材11の熱伝導率k=4.1[W/m/K]
炉材の密度ρ=3600[kg/m
炉材の比熱c=1000[J/kg/K]
<その他の条件>
初期値=T
稼動期間(所定条件):3年又は炉材11の残り厚みが0.5mm未満となるまで
時間Δt=0.001[s]
境界温度Tの定常状態の温度を求める際の条件:|ΔT|<0.0000001[℃]
所定時間=500時間(単位時間100時間×5)
【0075】
温度Tが1300℃のときのデータが実施例1、温度Tが1350℃のときのデータが実施例2、温度Tが1400℃のときのデータが実施例3、温度Tが1450℃のときのデータが実施例4、温度Tが1500℃のときのデータが実施例5、温度Tが1550℃のときのデータが実施例6、温度Tが1580℃のときのデータが実施例7、温度Tが1600℃のときのデータが実施例8である。又、参考例として、図1に示すガラス溶融炉と同様の構造を持つガラス溶融炉について稼働時間と炉材侵食量との関係を実際に計測して求めた曲線を図11のグラフに併せて示した。参考例1では、温度Tが1600℃であったガラス溶融炉(物性データ、構造データ、操業条件、その他の条件は全て上記と同一)の計測データを用い、参考例2では、温度Tが1560℃であったガラス溶融炉(物性データ、構造データ、操業条件、その他の条件は全て上記と同一)の計測データを用いた。
【0076】
図11から分かるように、実施例8と参考例1を比較すると、2つの曲線はほぼ同じとなっており、本プログラムによって炉材侵食量を定量的に算出できていることが分かった。又、実施例6と参考例2を比較すると、2つの曲線はほぼ同じとなっており、本プログラムによって炉材侵食量を定量的に算出できていることが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】本発明の実施形態を説明するための炉材侵食量算出プログラムによって炉材の侵食量を求める対象となるガラス溶融炉の概略構成を示す図
【図2】図1に示すガラス溶融炉を1次元モデル化した図
【図3】本発明の実施形態を説明するための炉材侵食量算出プログラムによって動作するコンピュータの処理フローを示す図
【図4】図2に示す1次元モデルをグリッド分割したイメージ
【図5】コンピュータによる境界温度算出処理の流れを説明するためのフローチャート
【図6】炉材侵食速度データを示すグラフ
【図7】図6に示すグラフの縦軸・横軸を変えてプロットし直したグラフ
【図8】コンピュータによる炉材侵食量算出処理の流れを説明するためのフローチャート
【図9】本発明の実施形態を説明するための炉材侵食量算出プログラムによって出力されるグラフの一例を示す図
【図10】本発明の実施形態を説明するための炉材侵食量算出プログラムによって出力されるグラフの一例を示す図
【図11】本発明の実施例を説明するための図
【符号の説明】
【0078】
11 炉材
12 溶融ガラス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融ガラスによるガラス溶融炉の炉材の侵食量を数学シミュレーションにより算出する炉材侵食量算出方法であって、
前記ガラス溶融炉のモデルにおける前記溶融ガラス及び前記炉材の構造データ、前記ガラス溶融炉の操業データ、前記溶融ガラス及び前記炉材の物性データを入力する入力ステップと、
前記構造データ、前記操業データ、及び前記物性データに基づいて、前記炉材が侵食されないと仮定した状況で、ある時間が経過して定常状態になったときの前記溶融ガラスと前記炉材との境界温度(以下、定常境界温度という)を算出する境界温度算出ステップと、
前記定常境界温度に基づいて、所定時間後の前記炉材の侵食量を求める炉材侵食量算出ステップとを含む炉材侵食量算出方法。
【請求項2】
請求項1記載の炉材侵食量算出方法であって、
前記炉材の侵食量に基づいて前記構造データを更新する更新ステップを含み、
所定条件を満たすまで、前記更新ステップ、前記境界温度算出ステップ、及び前記炉材侵食量算出ステップをこの順に繰り返し行う炉材侵食量算出方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の炉材侵食量算出方法であって、
前記炉材の物性データに対応する炉材侵食速度データに基づいて、前記炉材の物質移動流束を温度の関数として求める関数算出ステップを含み、
前記モデルは1次元モデルであり、
前記境界温度算出ステップでは、前記構造データ、前記物性データ、及び前記操業データと、1次元非定常熱伝導方程式を離散化して得られる差分方程式とを用いて、前記定常境界温度を算出し、
前記炉材侵食量算出ステップでは、前記関数と前記定常境界温度とを用いて、前記所定時間後の前記炉材の侵食量を求める炉材侵食量算出方法。
【請求項4】
請求項3記載の炉材侵食量算出方法であって、
前記溶融ガラス及び前記炉材の少なくとも一方を複数のグリッドに分割する分割ステップを含み、
前記境界温度算出ステップでは、前記構造データ、前記物性データ、及び前記操業データと前記差分方程式とを用いて、前記炉材が侵食されないと仮定した状況で、ある時間が経過したときの前記グリッド同士の境界温度も求め、当該境界温度も用いて、前記定常境界温度を求める炉材侵食量算出方法。
【請求項5】
請求項3又は4記載の炉材侵食量算出方法であって、
前記境界温度算出ステップは、
前記溶融ガラスの物性データから前記溶融ガラスの単色吸収係数を求める単色吸収係数算出ステップと、
前記単色吸収係数及びふく射輸送方程式に基づいて、前記差分方程式で用いるふく射による発熱量を求める発熱量算出ステップとを含む炉材侵食量算出方法。
【請求項6】
請求項5記載の炉材侵食量算出方法であって、
前記発熱量算出ステップは、
前記単色吸収係数の所定波長領域の平均である平均吸収係数を求め、前記平均吸収係数及び前記ふく射輸送方程式を用いて、前記ふく射による発熱量を求める炉材侵食量算出方法。
【請求項7】
請求項6記載の炉材侵食量算出方法であって、
前記所定波長領域は、波長0.31μmから16.5μmの間の領域である炉材侵食量算出方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか記載の炉材侵食量算出方法であって、
前記所定時間は1000時間以下である炉材侵食量算出方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか記載の炉材侵食量算出方法の各ステップをコンピュータに実行させるための炉材侵食量算出プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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