説明

炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法及びその製造装置

【課題】得られる炭素繊維前駆体アクリル繊維束の品質を低下させることなく、製造中のアクリル繊維束に帯電した静電気を効率良く除電して集束性を向上させることにより、優れた操業性及び生産性で炭素繊維前駆体アクリル繊維束を得ることができる製造方法及びその製造装置を目的とする。
【解決手段】アクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解して紡出させる溶液紡糸により賦形されたアクリル繊維束を、走行させつつ乾燥する乾燥工程を含み、前記乾燥工程で、前記アクリル繊維束に帯電した静電気を除電することを特徴とする炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法。また、溶液紡糸により賦形されたアクリル繊維束Xを、走行させつつ乾燥する乾燥手段30と、乾燥手段30でのアクリル繊維束Xの静電気を除電する除電手段40とを少なくとも有する炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造装置1。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維前駆体アクリル繊維束(以下、単に「前駆体繊維束」ともいう。)の製造方法に関する。さらに詳しくは、溶液紡糸により得られたアクリル繊維束を走行させつつ乾燥する乾燥工程を有する炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法に関する。また、炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維束の製造方法としては、前駆体繊維束を200〜400℃の酸素存在雰囲気下で加熱処理することにより耐炎化繊維束に転換し、引き続いて1000℃以上の不活性雰囲気下で炭素化して炭素繊維束を得る方法が知られている。この方法で得られた炭素繊維束は、優れた機械的物性により、特に複合材料用の強化繊維として工業的に広く利用されている。
【0003】
前駆体繊維束の製造方法としては、一般的にアクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解して紡出する溶液紡糸により賦形してアクリル繊維束とする方法が用いられる。工業的な製造設備では、賦形後のアクリル繊維束は搬送ロールにより搬送され、その過程で溶液中、又は大気もしくは蒸気中で何段階かに分けて延伸され(延伸工程)、またその間に加熱されたロールによって乾燥される(乾燥工程)のが一般的である。ここで、溶液紡糸、延伸、乾燥等の各工程を含む前駆体繊維束を製造する全工程のことを紡糸工程という。
【0004】
アクリル繊維束は非導電体であるため、紡糸工程中に搬送ロールにより搬送される際に剥離帯電したり、各種ガイド等との擦れにより摩擦帯電したりする。これらの静電気の帯電は、アクリル繊維束を乾燥した後に顕著である。帯電したアクリル繊維束は、周辺の塵等を吸着して品質低下が懸念される上、前記搬送ロールに巻き付き易くなり、工程トラブルの原因となることがある。また、アクリル繊維束の集束性が低下し、隣接して製造されているアクリル繊維束同士が接触し、混繊が発生して単繊維の損傷、糸切れ、毛羽及び接着等が発生することがある。これらは、延伸工程でアクリル繊維束が均一に延伸されず、繊度に斑が生じたりする要因となる。
【0005】
更には、ここ数年来、炭素繊維の需要が増加傾向にあり、その用途拡大の要求に応えるため、コストダウンと共に生産能力を大幅に増大させる必要がある。そのためには、前駆体繊維束の生産性を高めることが必要であり、その手段としては、前駆体繊維束を構成する単繊維数を増やして該前駆体繊維束の総繊度を大きくし、設備当たりの生産性を向上させることが最も有効である。
しかし、前駆体繊維束の総繊度を大きくした場合、前述した帯電量も必然的に大きくなるため、工程トラブルが発生する可能性が高くなる。また、既存の設備を用いて総繊度の大きい前駆体繊維束を製造する場合、製造中の隣接するアクリル繊維束同士の間隔が狭くなるため、それらが接触することにより前述の工程トラブルが起こる可能性はさらに高まる。
【0006】
以上のように、これらの問題を回避するためには、前駆体繊維束の製造において、紡糸工程中のアクリル繊維束の帯電量を低減することが必要である。
アクリル系繊維の帯電を防止する手法としては、原料であるアクリロニトリル系ポリマーの共重合成分を帯電し難い成分にする方法が示されている(例えば、特許文献1)。また、繊維の導電性を向上させることを目的として、紡糸原液にカーボンナノチューブを添加することが示されている(特許文献2)。しかし、前駆体繊維束は、それを焼成することにより機械的特性に優れた炭素繊維束が得られることが重要であり、これらの手法では帯電防止効果は得られても、機械的特性に優れた炭素繊維束を得ることが難しかった。
【0007】
また、得られた繊維束に対して後加工として帯電防止剤を付与することにより、該繊維束の帯電を防止する方法が示されている(例えば特許文献3〜5)。しかし、これらの方法を前駆体繊維束の製造に適用するには、帯電防止剤を付与する工程を新たに設ける必要があるため、既存の製造設備に直ちに適応できるわけではない。更に、この方法の適用は、付与した帯電防止剤が乾燥工程で分解して工程トラブルを起こしたり、焼成により得られる炭素繊維束の機械的特性が低下したりすることがあった。
また、半導体装置の製造においては、静電気が帯電している帯電体に揮発性の液体を霧状に噴き付け、その揮発性の液体を揮発させることによって、前記帯電体の表面から前記静電気を除電する方法が示されている(特許文献6)。しかし、前駆体繊維束の紡糸工程中にはアクリル繊維束を加熱する加熱部位が多数あるのが一般的であり、また揮発性物質の多くは可燃性あるいは引火性物質であるため、この方法の適用により安定して前駆体繊維束を製造することは困難であった。さらに、このような揮発性物質は有機溶剤が多く、該有機溶剤が、前駆体繊維束の焼成工程における融着防止のために紡糸工程中でアクリル繊維束に付与する油剤成分を溶出させてしまい、焼成工程で不具合を引き起こすこともあった。
【0008】
その他、織機等による製品製造中において繊維に帯電した静電気を除電する方法としては、イオン風を繊維に吹き付けて静電気を除電する方法(特許文献7)が示されている。また、前駆体繊維束から炭素繊維を製造する際に搬送ロールをアーシングすることによって除電する方法が示されている(特許文献8)。しかし、特許文献8の方法では、前駆体繊維束の製造における乾燥工程でのアクリル繊維束の帯電による不具合を抑制することができなかった。
【特許文献1】特開2001−295181号公報
【特許文献2】特開2005−54277号公報
【特許文献3】特許第3466582号公報
【特許文献4】特開2001−159076号公報
【特許文献5】特開平11−189768号公報
【特許文献6】特開2008−47336号公報
【特許文献7】特開平03−113054号公報
【特許文献8】特開平08−246248号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上のように、既知の除電方法では、前駆体繊維束の製造安定性の確保と、得られる炭素繊維束の優れた機械的特性とを両立させることができなかった。すなわち、単に繊維束の帯電を抑える、あるいは除電することが目的であれば、様々な従来技術、特に導電性物質を原料に含有させたり、帯電防止剤を付与したりすることが有用であるが、それらを炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造に応用する場合、続く焼成工程における不具合や、得られる炭素繊維束の品質の低下を招く。そのため、優れた機械的特性を有する炭素繊維束が得られる前駆体繊維束を、安定かつ高い生産性で製造できる製造方法が望まれている。
【0010】
そこで本発明は、得られる炭素繊維前駆体アクリル繊維束の品質を低下させることなく、製造中のアクリル繊維束に帯電した静電気を効率良く除電して集束性を向上させることにより、優れた操業性及び生産性で安定して炭素繊維前駆体アクリル繊維束を得ることができる製造方法及びその製造装置を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、前駆体繊維束に帯電防止剤等の物質を付与することなく、また前駆体繊維束に物理的な接触により損傷を与えることなく、製造中のアクリル繊維束の搬送ロールへの巻き付きによる工程トラブル、及びアクリル繊維束がロール上で広がることにより発生する隣接繊維束との接触による品質の低下を抑制する方法を鋭意探索した結果、乾燥工程で帯電した静電気を除電することにより、アクリル繊維束の集束性が向上し、操業性・生産性を改善できることを見出し、本発明に至った。
すなわち、本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法は、アクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解して紡出させる溶液紡糸により賦形されたアクリル繊維束を、走行させつつ乾燥する乾燥工程を含み、前記乾燥工程で、前記アクリル繊維束に帯電した静電気を除電することを特徴とする方法である。
【0012】
また、本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法は、前記乾燥工程が、100〜200℃に加熱されたロールにより前記アクリル繊維束を搬送して、該アクリル繊維束を乾燥する工程であることが好ましい。
また、前記乾燥工程における前記アクリル繊維束の電位を−1kV〜+1kVとすることが好ましい。
また、前記静電気の除電をコロナ放電により行うことが好ましい。
また、前記乾燥工程における前記アクリル繊維束1糸条あたりのアクリル繊維の本数を2,000〜60,000本とすることが好ましい。
また、前記乾燥工程により乾燥された前記アクリル繊維束を、1.1〜5倍に延伸する後延伸工程をさらに含むことが好ましい。
また、前記後延伸工程における前記アクリル繊維束の延伸を加圧水蒸気雰囲気下で行うことが好ましい。
【0013】
また、本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造装置は、アクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解して紡出させる溶液紡糸により賦形されたアクリル繊維束を、走行させつつ乾燥する乾燥手段と、前記乾燥手段での前記アクリル繊維束の静電気を除電する除電手段とを少なくとも有する装置である。
【発明の効果】
【0014】
本発明の製造方法及び製造装置は、得られる炭素繊維前駆体アクリル繊維束の品質を低下させることなく、製造中のアクリル繊維束の帯電を効率良く除電して集束性を向上させることができ、優れた操業性及び生産性で安定して炭素繊維前駆体アクリル繊維束を得ることができる。また、本発明の製造方法及び製造装置は、特に、前駆体繊維束の総繊度を大きくした場合に有用である。さらに、本発明により得られる炭素繊維前駆体アクリル繊維束は、帯電による周辺の塵等の吸着が少なく、高品位な炭素繊維束を得るのに有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
<炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法>
本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法は、アクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解して紡出させる溶液紡糸により賦形されたアクリル繊維束を、走行させつつ乾燥する乾燥工程を含む方法であり、前記乾燥工程で、前記アクリル繊維束に帯電した静電気を除電することを特徴とする。以下、本発明の製造方法の実施形態の一例について説明する。尚、本発明における紡糸工程とは、溶液紡糸から製品として前駆体繊維束が得られるまでの全工程を意味する。
【0016】
本発明におけるアクリル繊維束としては、溶液紡糸により得られるアクリル繊維束を用いることができる。好ましいアクリル繊維束は、アクリロニトリル系重合体を溶液紡糸して得られるアクリル繊維束である。
アクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルを主な単量体とし、これを重合して得られる重合体である。アクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルのみから得られる単独重合体であってもよく、主成分であるアクリロニトリルと他の単量体とを共重合させて得られるアクリロニトリル系共重合体であってもよい。
【0017】
アクリロニトリルと共重合可能な他の単量体としては、例えば、ビニル系単量体が挙げられる。ビニル系単量体としては、前駆体繊維束の耐炎化を促進する作用を有することから、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、これらのアルカリ金属塩もしくはアンモニウム塩、アクリルアミド等の単量体からなる群から選ばれる1種以上であることが好ましい。なかでも、耐炎化反応時間が長くなりすぎることを抑制しやすく、かつ断面二重構造が形成され難く高性能な炭素繊維束が得られやすくなる点から、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸等のカルボキシ基含有ビニル系単量体であることがより好ましい。
【0018】
アクリロニトリル系共重合体におけるアクリロニトリル単位の含有量は、焼成工程における前駆体繊維束の熱融着防止、共重合体の耐熱性、紡糸原液の安定性及び焼成により得られる炭素繊維束の品質の点から、96〜98.5質量%であることが好ましい。
アクリロニトリル単位の含有量が96質量%以上であれば、炭素繊維束とする際の焼成工程において前駆体繊維束の熱融着を招き難く、優れた品質及び性能を有する炭素繊維束が得られやすい。また、共重合体自体の耐熱性が低くなりすぎることを抑制しやすい。更に、紡糸工程におけるアクリル繊維束の乾燥、加熱ロールや加圧水蒸気による延伸において、単繊維間の接着を抑制しやすい。一方、アクリロニトリル単位の含有量が98.5質量%以下であれば、溶剤への溶解性及び紡糸原液の安定性の低下並びに共重合体の析出凝固性が高くなりすぎることを抑制しやすく、前駆体繊維束の安定した製造が容易になる。
【0019】
アクリロニトリル系共重合体におけるビニル系単量体単位の含有量は4質量%以下が好ましい。
また、ビニル系単量体としてカルボキシ基含有ビニル系単量体を用いる場合は、該カルボキシ基含有ビニル系単量体単位の含有量は、0.5〜2質量%であることがより好ましい。カルボキシ基含有ビニル系単量体単位の含有量が0.5質量%以上であれば、耐炎化反応時間が長くなりすぎることを抑制しやすく、かつ断面二重構造が形成され難く高性能な炭素繊維束が得られやすくなる。また、カルボキシ基含有ビニル系単量体単位の含有量が2質量%以下であれば、焼成工程における前駆体繊維束の熱融着防止、共重合体の耐熱性、紡糸原液の安定性及び焼成により得られる炭素繊維束の品質の点で優れる。
【0020】
また、アクリロニトリル系共重合体の重合度は、紡糸工程中のアクリル繊維束の延伸性、焼成により得られる炭素繊維束の性能発現性、ボイドの防止及び紡糸安定性確保等の点から、極限粘度[η]として0.8〜3.5であることが好ましい。極限粘度[η]は次のようにして求められる。
アクリロニトリル系共重合体の溶液粘度をη、溶媒の粘度をηとし、ηrel=η/ηを相対粘度、ηsp=ηrel−1を比粘度として、ηsp/C(Cは溶液の濃度)を濃度0に外挿した時の値を極限粘度[η]として算出する。
アクリロニトリル系共重合体の溶液粘度ηは、例えば、25℃の0.5g/100mlのジメチルホルムアミド溶液で、オストワルド型粘度計を用いることにより算出することができる。
【0021】
アクリロニトリルと、アクリロニトリルと共重合可能なビニル系単量体とを共重合する方法としては、溶液重合、スラリー重合等の公知の重合法を用いることができる。ただし、未反応単量体や重合触媒残査、その他の不純物は、最終的に炭素繊維束とした際に欠陥点となり、炭素繊維束の性能、特に引張強度を低下させることがあるため、極力除くことが好ましい。
【0022】
以上のようなアクリルニトリル系重合体を用いて、溶液紡糸により賦型してアクリル繊維束を得る溶液紡糸工程を行う。溶液紡糸では、前述のアクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解して紡糸原液とする。
溶剤としては、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド等の有機溶剤、塩化亜鉛、チオシアン酸ナトリウム等の無機化合物を含有する水溶液等、公知のものから適宜選択して使用することができる。なかでも、生産性向上の観点から、凝固速度が早いジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドが好ましく、ジメチルアセトアミドがより好ましい。
【0023】
また、紡糸原液は、緻密な凝固糸を得る点から、重合体濃度が17質量%以上であることが好ましく、19質量%以上であることがより好ましい。また、紡糸原液は適正な粘度・流動性を必要とするため、重合体濃度は25質量%を超えないようにすることが好ましい。
【0024】
紡糸方法は、上記の紡糸原液を直接凝固浴中に紡出する湿式紡糸法、空気中で凝固させる乾式紡糸法、及び一旦空気中に紡出した後に浴中凝固させる乾湿式紡糸法等の公知の紡糸方法を適宜採用することができる。なかでも、より高い性能を有する炭素繊維束を得る点から、湿式紡糸法又は乾湿式紡糸法が好ましい。
湿式紡糸法又は乾湿式紡糸法による紡糸賦形は、上記の紡糸原液を円形断面の孔を有するノズルから凝固浴中に紡出することで行うことができる。凝固浴としては、溶剤回収の容易さの点から、前記紡糸原液に用いられる溶剤を含む水溶液を用いることが好ましい。
【0025】
凝固浴として溶剤を含む水溶液を用いる場合の水溶液中の溶剤濃度は、ボイドがなく緻密な構造を形成させ高性能な炭素繊維束が得られやすく、かつ延伸性が確保でき生産性に優れる等の点から、50〜85質量%であることが好ましい。また、凝固浴の温度は、同様の理由から10〜60℃であることが好ましい。
【0026】
本発明の製造方法では、重合体あるいは共重合体を溶剤に溶解し紡糸原液として凝固浴中に吐出して繊維化した溶液紡糸工程の後に、延伸工程として、凝固糸を凝固浴中又は延伸浴中で延伸する浴中延伸を行うことができる。あるいは、一部空中延伸した後に、浴中延伸してもよい。
浴中延伸は、通常50〜98℃の水浴中で、1回あるいは2回以上の多段に分割して行う。空中延伸と浴中延伸の合計倍率は、焼成により得られる炭素繊維束の性能の点から、2〜10倍とすることが好ましい。
【0027】
また、延伸の前後あるいは延伸と同時に水洗を行うことにより、水膨潤状態にあるアクリル繊維束を得ることができる。
前記水洗は、アクリル繊維束の走行方向の下流側から上流側に向けて洗浄液を流して該アクリル繊維束から溶媒を除去する、いわゆるカスケードを用いて洗浄を行う方法や、高圧液体を噴射して高速液流を貫通させる方法等の公知の方法を適宜採用することができる。高品質の前駆体繊維束を製造するには、無機・有機を問わずアクリル繊維束に含まれる溶剤を極力除去することが好ましい。洗浄は、残存溶剤が炭素繊維束に転換する際に欠陥点となることを防止する点から、得られる前駆体繊維束中の残存溶剤濃度が0.1質量%以下となるまで行うのが好ましく、0.05質量%以下まで行うのがより好ましい。
前駆体繊維束中の残存溶剤濃度は、次のようにして求めることができる。前駆体繊維束を7g精秤し、200gの沸水により30分間抽出した後の検液中の濃度を液体クロマトグラフィーにより算出する。
【0028】
また、アクリル繊維束には、得られた前駆体繊維束の焼成工程において単繊維間融着を防止するため、油剤を付与することが好ましい。この油剤付与工程における油剤の付与は、前述の浴中延伸後の水膨潤状態にあるアクリル繊維束に油剤組成物のエマルションを付与することにより行うことができる。浴中延伸の後に水洗を行う場合は、浴中延伸及び水洗を行った後に得られる水膨潤状態にあるアクリル繊維束に油剤組成物のエマルションを付与することができる。
油剤組成物の成分の種類は特に限定されないが、アミノ変性シリコーンを含有したものが好適に使用される。
【0029】
油剤組成物のエマルションを水膨潤状態のアクリル繊維束に付着させる方法としては、ロールの下部を油剤付与液に浸漬させ、前記ロールの上部にアクリル繊維束を接触させるロール付着法、ポンプで一定量の油剤付与液をガイドから吐出し、前記ガイド表面にアクリル繊維束を接触させるガイド付着法、ノズルから一定量の油剤付与液をアクリル繊維束に噴射するスプレー付着法、油剤付与液の中にアクリル繊維束を浸漬した後にロール等で絞って余分な油剤付与液を除去するディップ付着法等の公知の方法を用いることができる。
なかでも、油剤を均一に付着させる点から、ディップ付着法が好ましい。また、より均一に油剤を付着させるには、油剤付与工程を2以上の多段にし、繰り返し油剤を付与することも有効である。
【0030】
前記油剤組成物を付着させた前駆体繊維束は、続く乾燥工程で乾燥緻密化する。
乾燥緻密化の温度は、アクリル繊維束のガラス転移温度よりも高い温度で行う必要があるが、実質的には含水状態から乾燥状態までの違いによって異なることもあり、100〜200℃程度であることが好ましい。乾燥は、加熱されたロール(加熱ロール)でアクリル繊維束を搬送することにより行うことが好ましい。加熱ロールを用いて乾燥を行うことにより、搬送しながら、短時間で乾燥することが可能となる。さらに、加熱ロールを用いる乾燥方法は他の乾燥方法に比べ設備・製造コストが安価である。乾燥工程に用いる加熱ロールの個数は、1個でもあってもよく、複数個であってもよい。
【0031】
本発明の製造方法は、前記乾燥工程において、アクリル繊維束に帯電した静電気を除電する。
乾燥工程における除電は、除電装置により行うことができる。
除電装置は、アクリル繊維束の除電が行なえるものであれば特に制限はなく、例えば、コロナ放電式、光照射式(軟X線式)等の除電装置が挙げられる。なかでも、安定した除電能力を有する点から、コロナ放電式の除電装置が好ましい。
【0032】
コロナ放電式の除電装置には、ファンによってイオン化されたガスが帯電物に供給されるブロアタイプ、局所的に除電するスポットタイプ、線上を除電対象とするバータイプ等の一般的に市販されているものを用いることができ、複数のアクリル繊維束を並べて搬送しながら製造する紡糸設備の場合はバータイプが好ましい。
また、前記コロナ放電式の除電装置への電圧の印可方式には様々な種類があり、単極のイオンを発生する場合に使用されるDC(直流)方式、周波の中の1サイクルで+イオンと−イオンの発生が交互に行われるAC(交流)方式、+イオン発生用の電極針と−イオン発生用の電極針を有し、それぞれに直流の電圧を交互に印可するパルスDC方式、1本の電極針に+と−それぞれの直流電圧を交互に印可するパルスAC方式、+と−両方の電極針に対して常に直流電圧を印可するバリアブルDC方式等がある。本発明の製造方法では、これらのいずれの方式も適応可能である。なかでも、イオン発生量が多いため除電速度が速く、+と−両方のイオンを交互に印加しイオンバランスに優れている点から、パルスAC方式が好ましい。
【0033】
前記パルスAC方式のバータイプ除電装置の電極針とアクリル繊維束との距離は、5〜1000mmとすることが好ましく、10〜100mmとすることがより好ましい。前記距離が5mm以上であれば、アクリル繊維束と電極針が接触してアクリル繊維束に損傷を与えることを防止しやすい。また、前記距離が1000mm以下であれば、紡糸設備を構成している導電体の金属部分にイオンが吸い寄せられることにより、除電効率が低下することを抑制しやすい。
【0034】
除電装置を設置する位置は、乾燥工程の途中であれば特に限定はなく、効率良くアクリル繊維束の帯電を除去できる点から、走行するアクリル繊維束のうちロールやガイド等に接触している部分よりも、それらに接触していない部分に設置することが好ましい。さらには、除電効果がより顕著に得られる点から、アクリル繊維束の乾燥が進んだ時点に設置することがより好ましい。また、ロールやガイド等の材質は導電体であることが好ましい。除電装置の設置数には特に制限はなく、ロールやガイドによる剥離帯電、摩擦帯電を十分に抑制しやすい点から、それらの前後に設置することが好ましい。
【0035】
前述のように除電装置を設置した場合、イオン発生周波数は1〜30Hzとすることが好ましく、5〜20Hzとすることがより好ましい。イオン発生周波数が1Hz以上であれば、イオンバランスが良くなり除電効率がより向上する。また、イオン発生周波数が30Hz以下であれば、十分な除電速度が得られやすい。
【0036】
乾燥工程における除電は、乾燥工程におけるアクリル繊維束の電位が−1〜+1kVとなるように行うことが好ましい。アクリル繊維束の電位を前記範囲内とすることにより、アクリル繊維束が帯電することによる工程トラブルの発生、品質の低下等を抑制しやすくなる。
【0037】
また、本発明の前駆体繊維束の製造方法においては、乾燥工程におけるアクリル繊維束1糸条あたりのアクリル繊維の本数を2,000〜60,000本とすることが好ましい。前記アクリル繊維の本数を2,000本以上とすることにより、総繊度が大きくなり、より高い生産性で前駆体繊維束を製造することができる。また、前記アクリル繊維の本数を60,000本以下とすることにより、アクリル繊維束の集束性が向上しやすく、また隣接するアクリル繊維束間の接触を防止しやすくなる。
【0038】
本発明の製造方法においては、乾燥工程による乾燥緻密化の後に、アクリル繊維束を再度延伸する後延伸工程を設けることが好ましい。後延伸工程により、所望の繊維径の前駆体繊維束を得ることが容易になる。
この後延伸には、高温の加熱ロール、熱板等を利用する乾熱延伸、あるいは加圧水蒸気によるスチーム延伸等、繊維自体の状態を大きく変化させない限り、種々の方式を用いることができる。好ましい後延伸は、得られる前駆体繊維束の緻密性や配向度をさらに高めることができる点から、加圧水蒸気延伸である。
【0039】
加圧水蒸気延伸とは、加圧水蒸気雰囲気下で延伸を行う方法であって、高倍率の延伸が可能であることから、より高速で安定な紡糸が行えると同時に、得られる前駆体繊維束の緻密性や配向度向上にも寄与する。
加圧水蒸気延伸においては、加圧水蒸気延伸装置直前の加熱ロールの温度を120〜190℃、加圧水蒸気延伸における水蒸気圧力の変動率を0.5%以下に制御することが重要である。このようにすることにより、アクリル繊維束になされる延伸倍率の変動及びそれによって発生する繊度の変動を抑制することができる。また、加熱ロールの温度を120℃以上にすることにより、アクリル繊維束の温度が十分に上がり、延伸性が向上する。
【0040】
加圧水蒸気延伸における水蒸気の圧力は、加熱ロールによる延伸の抑制及び加圧水蒸気延伸の特徴が明確に現れるようにする点から、200kPa・g(ゲージ圧、以下同じ。)以上とすることが好ましい。また、この水蒸気圧は、処理時間との兼ね合いで適宜調節することが好ましいが、高圧にしすぎると水蒸気の漏れが増大する場合があるため、工業的には600kPa・g程度以下とすることが好ましい。
【0041】
また、前述の後延伸工程は多段で行うことも可能である。後延伸工程自体の後延伸倍率は、1.1〜5倍とすることが好ましく、乾燥緻密化の前に実施される延伸と前記乾燥緻密化の後に実施される後延伸工程とを合わせて、所定の延伸倍率が達成されるように選択すればよい。
乾燥緻密化前の延伸倍率と後延伸倍率を合わせた合計延伸倍率は、6〜20倍であることが好ましく、8〜15倍であることがより好ましい。合計延伸倍率が6倍以上であれば、繊維の配向性に優れ、優れた性能を有する炭素繊維束が得られやすくなる。また、合計延伸倍率が20倍以下であれば、アクリル繊維束の糸切れを防止しやすく、生産性が向上する。
【0042】
後延伸を完了した前駆体繊維束は、室温のロールを通し、常温の状態まで冷却された後にワインダーでボビンに巻き取られる。あるいは、ケンスに振込まれて収納され、焼成工程に移される。
【0043】
以上説明した本発明の前駆体繊維束の製造方法は、乾燥工程において静電気を除電するため、前駆体繊維束の品質を低下させず、尚かつ製造安定性も低下させずに、アクリル繊維束への帯電を効率良く除電することができる。そのため、紡糸工程中のアクリル繊維束の広がりを抑え、繊維束幅を小さくすることができ、優れた操業性及び生産性で前駆体繊維束を得ることができる。
また、本発明により製造された前駆体繊維束を焼成して得られる炭素繊維束は、様々な構造材料に用いられる繊維強化樹脂複合材料の強化繊維として好適である。
【0044】
尚、本発明の製造方法は、前述の製造方法には限定されない。例えば、アクリル繊維束に帯電した静電気の除電は、乾燥工程に加え、乾燥工程以降の工程や前駆体繊維束をボビンに巻き取る前等にさらに除電装置を設置して行ってもよい。これにより、紡糸工程中のアクリル繊維束の除電効果がさらに高まる。
【0045】
<炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造装置>
本発明の前駆体繊維束の製造装置は、アクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解して紡出させる溶液紡糸により賦形されたアクリル繊維束を、走行させつつ乾燥する乾燥手段と、前記乾燥手段での前記アクリル繊維束の静電気を除電する除電手段とを少なくとも有する装置である。以下、本発明の前駆体繊維束の製造装置の実施形態の一例について説明する。
【0046】
本実施形態の前駆体繊維束の製造装置1(以下、「製造装置1」という。)は、図1に示すように、紡糸ノズルから紡糸原液を凝固浴中に紡出して賦形することによりアクリル繊維束Xを得る溶液紡糸手段(図示せず)と、該アクリル繊維束Xを延伸すると同時に水洗する延伸水洗手段10と、延伸、水洗されたアクリル繊維束Xに油剤を付与する油剤付与手段20と、油剤を付与したアクリル繊維束Xを走行させつつ乾燥する乾燥手段30と、乾燥手段30でのアクリル繊維束Xの静電気を除電する除電手段40と、乾燥後のアクリル繊維束Xをさらに延伸する後延伸手段50と、後延伸手段50から得られる前駆体繊維束Yを巻き取る巻取機60とを備えている。
【0047】
アクリル繊維束の賦形に用いる紡糸ノズル及び凝固浴は、前駆体繊維束の製造に通常用いられるものを使用することができる。
【0048】
水洗延伸手段10は、アクリル繊維束Xを延伸し、かつ水洗する手段である。
水洗延伸手段10としては、前駆体繊維束の製造装置に通常用いられるものを用いることができ、例えば、各々のロール12の回転を異なる速度に設定することにより延伸しながら水洗槽14に導き、アクリル繊維束Xを浸漬させることにより同時に水洗を行うものを用いることができる。
水洗延伸手段10は、浴中延伸するものであってもよく、一部空中延伸した後に浴中延伸するものであってもよい。
【0049】
油剤付与手段20は、アクリル繊維束Xに油剤を付与する手段である。
油剤付与手段20は、アクリル繊維束Xに均一に油剤を付与できるものであればよく、例えば、ロールの下部を油剤付与液に浸漬させ、前記ロールの上部にアクリル繊維束Xを接触させるロール付着法を用いた手段、ポンプで一定量の油剤付与液をガイドから吐出し、前記ガイド表面にアクリル繊維束を接触させるガイド付着法を用いた手段、ノズルから一定量の油剤付与液をアクリル繊維束に噴射するスプレー付着法を用いた手段、油剤付与液の中にアクリル繊維束を浸漬した後にロール等で絞って余分な油剤付与液を除去するディップ付着法を用いた手段等が挙げられる。
【0050】
乾燥手段30は、アクリル繊維束Xを乾燥する手段である。
乾燥手段30は、アクリル繊維束Xを十分に乾燥できるものであれば特に限定されないが、加熱されたロール32によりアクリル繊維束Xを搬送することにより、該アクリル繊維束Xを乾燥する手段であることが好ましい。ロール32の材質は導電体であることが好ましい。また、ロール32は、100〜200℃に加熱されることが好ましい。また、ロール32の個数は、特に限定されない。
【0051】
除電手段40は、乾燥手段30でのアクリル繊維束Xに帯電している静電気を除電する手段である。
除電手段40の具体例としては、コロナ放電式、光照射式(軟X線式)等の前述の製造方法で挙げた除電装置を用いることができる。
除電手段40は、乾燥工程の途中でアクリル繊維束Xを除電できるように設置すればよく、走行するアクリル繊維束Xのうちロール32と接触していない部分に設置することが好ましく、アクリル繊維束Xの乾燥が進んだ時点に設置することがより好ましい。また、除電手段40は、ロール32等による剥離帯電、摩擦帯電を十分に抑制しやすい点から、ロール32の前後に設置することが好ましい。
除電手段40の数には特に制限はない。
【0052】
後延伸手段50は、乾燥されたアクリル繊維束Xを延伸する手段である。
後延伸手段50は、アクリル繊維束Xを所望の倍率に延伸することができるものであればよく、高温の加熱ロール、熱板等を利用する乾熱延伸手段、あるいは加圧水蒸気によるスチーム延伸手段等が挙げられる。なかでも、加圧水蒸気によるスチーム延伸手段が好ましい。
【0053】
巻取機60は、後延伸手段50により延伸されて得られる前駆体繊維束Yをボビン62に巻き取る手段である。
巻取機60は、前駆体繊維束Yを巻き取ることができるものであればよく、前駆体繊維束の製造装置に通常用いられるものを使用することができる。
【0054】
以上のような製造装置1を用いて、前述のような製造方法により前駆体繊維束を製造することができる。
紡糸ノズルから凝固浴中に紡出された紡糸原液は、該凝固浴中で凝固され凝固糸(アクリル繊維束X)となり、水洗延伸手段10へと導かれる。次いで、水洗延伸手段10において、各ロール12の回転速度を異なる速度に設定することにより、アクリル繊維束Xが延伸されると同時に、水洗槽14に浸漬され水洗される。水洗延伸手段10により水洗、延伸されたアクリル繊維束Xは、油剤付与手段20により油剤が付与される。油剤が付与されたアクリル繊維束Xは、乾燥手段30において加熱されたロール32により搬送されることにより乾燥される。また、該乾燥手段30による乾燥工程において、ロール32による剥離帯電等により帯電した静電気が除電手段40により除電される。その後、乾燥されたアクリル繊維束Xは、後延伸手段50により所望の倍率に後延伸されて前駆体繊維束Yとされ、巻取機60に巻き取られる。
【0055】
以上説明した本発明の製造装置は、乾燥工程において静電気が除電できるため、前駆体繊維束の品質及び製造安定性を低下させずにアクリル繊維束の集束性を向上させ、優れた操業性及び生産性で安定に前駆体繊維束を得ることができる。
尚、本発明の製造装置は、図1に例示した装置には限定されない。例えば、アクリル繊維束の水洗を行なわない装置であってもよく、後延伸を行わない装置であってもよい。また、巻取機の代わりに前駆体繊維束をケンスに収納する装置であってもよい。
【実施例】
【0056】
以下、実施例及び比較例を示して本発明を詳細に説明する。ただし、本発明は以下の記載によっては限定されない。
本実施例における前駆体繊維束の耐電圧測定、集束性評価、操業性評価、塵付着数の測定の方法を以下に示す。
[帯電圧測定]
帯電圧測定は、前駆体繊維束の紡糸工程の最終ロール、すなわち前駆体繊維束をボビンに巻き取る直前のロールにさしかかる空走中の前駆体繊維束に対して測定した。測定には静電気測定機(シシド静電気(株)製、STATIRON−M)を用いた。
【0057】
[集束性評価]
集束性は、前駆体繊維束の紡糸工程の最終ロール上でノギスを用い、前駆体繊維束の幅を測定した。10点測定し、その平均値を用いて評価した。
【0058】
[操業性評価]
前駆体繊維束を24時間連続して製造した時に、搬送ロールに単糸が巻き付き、除去した頻度により、操業性の評価をした。評価基準は次の通りとした。
○:除去回数(回/24時間)が1回以下である。
×:除去回数(回/24時間)が2回以上である。
【0059】
[塵付着数の測定]
前駆体繊維束を50mm切り取り、これを洗浄水として濾過水100mlを入れたビーカー中に浸漬し、超音波洗浄装置(IUCHI製、VS−200)中で、出力100W、周波数40KHzで120秒間処理し、処理後の洗浄水中の粒子数を液中微粒子測定器(HIAC/Royco製、Model8000A)で測定した。この測定結果より、粒径0.5〜4μmの粒子の数(個/10ml)を算出し、この値から同様の手法で濾過水のみを測定したブランク試験による粒子の数を差し引いた値を、前駆体繊維束に付着した塵の指標として評価した。
【0060】
[実施例1]
アクリロニトリル系共重合体(組成比:アクリロニトリル/アクリルアミド/メタクリル酸=96/3/1(質量比))をジメチルアセトアミドに溶解し、紡糸原液を調製し、ジメチルアセトアミド水溶液を満たした凝固浴中に孔径(直径)75μm、孔数60,000の紡糸ノズルより吐出し凝固糸とした。凝固糸は水洗槽中で脱溶媒するとともに5倍に延伸して水膨潤状態のアクリル繊維束とした。
次いで、水膨潤状態にあるアクリル繊維束を油剤処理槽に導き、アクリル繊維束に油剤を付与した。油剤処理液には、シリコーンとポリオキシエチレンラウリルエーテルとを水中に分散したエマルションを1.0質量%の濃度で用いた。
油剤処理槽より出た湿潤状態にあるアクリル繊維束を、150℃に加熱したロール群にて搬送することにより乾燥した(乾燥工程)。アクリル繊維束の温度は水分が残っている状態では100℃以上には上がらない。各ロールを出たところのアクリル繊維束の温度を測定することにより、アクリル繊維束の乾燥が完了している点を見つけ、そこに除電装置を設置した。除電装置にはコロナ放電方式除電器シースセンシングイオナイザー((株)キーエンス製)を用いた。
乾燥されたアクリル繊維束は、その後、圧力0.2MPaの水蒸気中で3倍延伸(水蒸気延伸工程)を施し、得られた前駆体繊維束をボビンに巻き取った。
【0061】
[実施例2]
実施例1の紡糸工程に用いた除電装置に加え、さらに乾燥工程を出た場所、水蒸気延伸工程を出た場所、ボビンに巻かれる前の3ヶ所に除電装置を追加し、計4ヶ所に除電装置を設置した以外は、実施例1と同様にして前駆体繊維束を得た。
【0062】
[比較例1]
除電装置を全く設けなかった以外は、実施例1と同様にして前駆体繊維束を得た。
実施例及び比較例における各測定及び評価結果を表1に示す。
【0063】
【表1】

【0064】
表1に示すように、乾燥工程においてアクリル繊維束に帯電した静電気を除電した実施例1では、帯電圧測定において若干の帯電が確認されたが、製造上問題となるほどではなかった。若干の帯電は、除電装置以降のロールにおいて帯電したものであると考えられる。また、集束性も優れており、ロールへの巻き付きもなく操業性も良好であった。また、塵付着数も少なかった。
また、実施例2では、帯電圧は検出されなかった。これは、実施例1に比べて除電装置を多く設置したことによる効果であると考えられる。また、集束性、操業性も良好であった。塵付着数については実施例1より更に少なく、埃等の前駆体繊維束への吸着が低減されていた。
【0065】
一方、除電装置を設けていない比較例1では、得られた前駆体繊維束が帯電しており、その帯電は指で触れた場合にも感じる程度であった。また、実施例と比較して集束性も悪く、時々ロールに単糸が巻き付くことが確認された。また、前駆体繊維束への塵付着数も実施例と比較して多かった。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法によれば、乾燥工程で静電気の除電を行うことにより、品質を低下させることなく、操業安定性が改善される上、アクリル繊維束の集束性が向上されることにより、高密度な前駆体繊維束を高い生産性で製造することができる。また、本発明の製造方法を用いれば、従来品より前駆体繊維束の総繊度を大きくしたような、いわゆるラージトウであっても既存設備を利用して製造することが可能となる。
本発明の製造方法により製造された前駆体繊維束を焼成することにより得られる炭素繊維束は、プリプレグ化した後に複合材料に成形することもでき、ゴルフシャフトや釣り竿等のスポーツ用途、さらには構造材料として自動車や航空宇宙用途、また各種ガス貯蔵タンク用途等に好適に用いることができるため有用である。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】本発明の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造装置の一実施形態例を示した概略図である。
【符号の説明】
【0068】
1 炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造装置 10 水洗延伸手段 20 油剤付与手段 30 乾燥手段 32 ロール 40 除電手段 50 後延伸手段 60 巻取機

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解して紡出させる溶液紡糸により賦形されたアクリル繊維束を、走行させつつ乾燥する乾燥工程を含み、
前記乾燥工程で、前記アクリル繊維束に帯電した静電気を除電することを特徴とする炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法。
【請求項2】
前記乾燥工程が、100〜200℃に加熱されたロールにより前記アクリル繊維束を搬送して、該アクリル繊維束を乾燥させる工程である、請求項1に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法。
【請求項3】
前記乾燥工程における前記アクリル繊維束の電位を−1kV〜+1kVとする、請求項1又は2に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法。
【請求項4】
前記静電気の除電をコロナ放電により行う、請求項1〜3のいずれかに記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法。
【請求項5】
前記乾燥工程における前記アクリル繊維束1糸条あたりのアクリル繊維の本数を2,000〜60,000本とする、請求項1〜4のいずれかに記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法。
【請求項6】
前記乾燥工程により乾燥された前記アクリル繊維束を、1.1〜5倍に延伸する後延伸工程をさらに含む、請求項1〜5のいずれかに記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法。
【請求項7】
前記後延伸工程における前記アクリル繊維束の延伸を加圧水蒸気雰囲気下で行う、請求項6に記載の炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造方法。
【請求項8】
炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造装置であって、
アクリロニトリル系重合体を溶剤に溶解して紡出させる溶液紡糸により賦形されたアクリル繊維束を、走行させつつ乾燥する乾燥手段と、前記乾燥手段での前記アクリル繊維束の静電気を除電する除電手段とを少なくとも有する炭素繊維前駆体アクリル繊維束の製造装置。

【図1】
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【公開番号】特開2010−13777(P2010−13777A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−176856(P2008−176856)
【出願日】平成20年7月7日(2008.7.7)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】