説明

炭素繊維前駆体繊維および炭素繊維の製造方法

【課題】
生産性の低下、コストアップを伴うことなく、ゲルの少ないアクリロニトリル系重合体溶液を紡糸に供すること、安定した紡糸操業性を達成すること、続く耐炎化、炭化処理により良好な強度を有する炭素繊維を得ることができる炭素繊維前駆体繊維の製造方法を提供すること。
【解決手段】
少なくとも1種のカルボキシル基含有ビニル系化合物を0.01〜2モル%共重合してなるアクリロニトリル系重合体溶液を紡糸する炭素繊維前駆体繊維の製造方法であって、前記重合体溶液の貯蔵タンクから口金の間でアンモニア、アミン化合物、第4アンモニウム塩からなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物を添加した後、前記アクリロニトリル系重合体溶液を紡糸する炭素繊維前駆体繊維の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アクリロニトリル系炭素繊維の前駆体繊維を安定して供給する製造方法および優れた力学的特性を有する炭素繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アクリロニトリル系重合体を紡糸して得られた前駆体繊維を、耐炎化処理、炭化処理することにより得られる炭素繊維は、その優れた力学的特性により、航空宇宙用途を始め、スポーツ、レジャー用途の複合材料の補強用繊維として広範囲で利用されている。
【0003】
炭素繊維の原料となるアクリロニトリル系重合体においては、耐炎化処理を促進するためにカルボキシル基含有ビニル系化合物を共重合することが好適に行われている。また、かかるアクリロニトリル系重合体を溶媒に溶解した状態である重合体溶液を用いて湿式紡糸または乾湿式紡糸する際に、重合体溶液の親水性を高めて紡糸凝固浴でボイドが発生するのを抑制する技術として、前記共重合したカルボキシル基をイオン化する方法が種々提案されており、その中の一つとしてアンモニアやアンモニウム塩を添加する方法が提案されている(特許文献1、2、3)。
【0004】
上記した方法により紡糸して得た前駆体繊維は高強度な炭素繊維の前駆体として好適に用いることが出来るが、アンモニアやアンモニウム塩添加後のアクリロニトリル系重合体はゲルを発生しやすく、そのゲルが異物として作用するために紡糸工程の操業性が悪化することがある。
【0005】
アンモニアやアンモニウム塩を添加することによってゲル発生が促進する明確な理由は明らかにはなっていないが、アミン化合物がポリアクリロニトリルに求核付加することによってポリアクリロニトリルの環状反応や架橋反応を促進する(非特許文献1)と考えられており、かかる環状反応や架橋反応が進むとゲル、すなわち溶媒に不溶な状態となるものと思われる。
【0006】
一方、近年環境に配慮した技術検討が進んでおり、代表的なものとして、重合未反応モノマーを重合体溶液の段階で極力回収し、次なる紡糸工程の作業環境や紡糸工程から大気または排水に未反応モノマーを排出しないようにする方法が提案されている。例えば特許文献4、5、6では、減圧せしめた充填塔の上部からアクリロニトリル系重合体溶液を供給するとともに充填塔下部から重合体溶液の溶媒の蒸気を重合体溶液と向流接触させるように供給する方法が提案されており、高い未反応アクリロニトリル除去率を達成している。
【0007】
しかしながら、これらの方法によりアクリロニトリル系重合体溶液中に残存する未反応アクリロニトリルを少なくすればするほど、該重合体溶液中でのゲル発生が顕著となることが分かった。この現象の原因は、未反応アクリロニトリルが存在することで上記したポリアクリロニトリルでの環化反応や架橋反応を抑制していたのが、未反応アクリロニトリルを除去することによりポリアクリロニトリルでの環化反応や架橋反応が進んでしまい、ゲル発生が顕著になったためと考える。
【0008】
アクリロニトリル系重合体溶液中でのゲル発生を抑制する技術としては、特許文献7のように重合体溶液中にラジカル重合禁止剤を添加する方法や、特許文献8のようにアクリロニトリル系重合体溶液中にエチレン性二重結合を含む化合物を一定量含有させる方法が提案されている。これらの方法では確かにゲル発生は抑制できるものの、製造コストアップにつながり、且つ、ラジカル重合禁止剤やエチレン性二重結合を含む化合物が紡糸、焼成工程において異物として作用し、操業性や力学的特性を低下させることがある。
【特許文献1】特開昭59−82421号公報
【特許文献2】特開平11−12856号公報
【特許文献3】WO99/10572号公報
【特許文献4】特開平11−181019号公報
【特許文献5】特開2001−89517号公報
【特許文献6】特開2002−363214号公報
【特許文献7】特開平1−168750号公報
【特許文献8】特開2002−249924号公報
【非特許文献1】アクリル系合成繊維(日刊工業新聞社発行、片山将道著) P217〜218
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、かかる従来技術の問題に鑑み、優れた力学的特性を有するアクリロニトリル系炭素繊維の原料となる前駆体繊維を安定して提供せんとするものであり、優れた力学的特性を有するアクリロニトリル系炭素繊維の製造方法を提供せんとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、かかる課題を解決するために、次のような手段を採用するものである。
【0011】
少なくとも1種のカルボキシル基含有ビニル系化合物を0.01〜2モル%共重合してなるアクリロニトリル系重合体溶液を紡糸する炭素繊維前駆体繊維の製造方法であって、前記重合体溶液の貯蔵タンクから口金の間でアンモニア、アミン化合物、第4アンモニウム塩からなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物を添加した後、前記アクリロニトリル系重合体溶液を紡糸する炭素繊維前駆体繊維の製造方法である。
【0012】
また前記アンモニア、アミン化合物、第4アンモニウム塩からなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物を口金直近の配管部で添加する前記炭素繊維前駆体繊維の製造方法である。
【0013】
更にアクリロニトリル系重合体溶液中のアクリロニトリル単量体の濃度が0.001〜0.1重量%である前記炭素繊維前駆体繊維の製造方法である。
【0014】
上記製造方法で得られる前駆体繊維を酸化性雰囲気中、180〜300℃で耐炎化処理し、引き続き不活性雰囲気中、400〜2000℃で炭化処理する炭素繊維の製造方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、紡糸での操業性改善による安定供給が可能となり、高い力学的特性を有する炭素繊維を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明について詳細に説明する。本発明者らは、前記課題、すなわちアンモニア、アンモニウム塩などを添加したアクリロニトリル系重合体溶液中でのゲル発生を抑制する方法について鋭意検討した結果、これまで検討が行われていなかったアンモニア、アンモニウム塩などの添加を行う場所について着目し、該重合体溶液の貯蔵タンクから口金の間、特に口金直近配管部において添加を行うことで課題を解決したものである。
【0017】
本発明においてアクリロニトリル系重合体とは、アクリロニトリル及びそれと共重合可能なビニル系モノマーを重合してなり、アクリロニトリル由来の骨格を95〜99.99モル%含む重合体であり、本発明におけるアクリロニトリル系重合体溶液とは、かかるアクリロニトリル系重合体を15〜25重量%となるように溶媒に溶解してなる溶液である。かかるアクリロニトリル系重合体溶液においては、アクリロニトリル系重合体含有率は17〜23重量%が好ましく、18〜22重量%がより好ましい。アクリロニトリル系重合体含有率が15%未満の場合、該重合体溶液を湿式紡糸または乾湿式紡糸して炭素繊維前駆体繊維を製造する際、重合体が少ないために凝固浴で形成される凝固構造が疎になり、前駆体繊維の強度および前駆体繊維を焼成して得られる炭素繊維の強度が低下することがある。またアクリロニトリル系重合体含有率が25重量%を超える場合、アクリロニトリル系重合体溶液の粘度が高くなりすぎ、紡糸工程での延伸性が低下することによるプロセス性低下が発現し、また設備での耐圧性を高める必要があるため経済的に不利である。
【0018】
アクリロニトリル系重合体を溶解する溶媒は特定されるものではなく、ジメチルスルホキシド(以下DMSOと記すこともある)、ジメチルホルムアミド(以下DMFと記すこともある)、ジメチルアセトアミド(以下DMAcと記すこともある)、塩化亜鉛水溶液、チオ硫酸ナトリウム水溶液等の従来公知のものを使うことができるが、溶解性の点からDMSOが好ましい。
【0019】
本発明のアクリロニトリル系重合体溶液は前記溶媒中での溶液重合から製造しても良いし、塊状重合および水系懸濁重合で得たアクリロニトリル系重合体を前記溶媒に溶解して製造しても良いが、塊状重合および水系懸濁重合では重合後、紡糸する際に、洗浄、乾燥、再溶解などの操作が必要になるため、生産性という観点からは、かかる操作が不要な溶液重合を用いるのが好ましい。
【0020】
また本発明におけるアクリロニトリル系重合体はアクリロニトリル由来の骨格が95〜99.99モル%と共重合可能なビニル系モノマー由来の骨格0.01〜2モル%を含むものであるが、耐炎化促進成分としてカルボキシル基含有ビニル系化合物由来の骨格を重合体全体の0.01〜2モル%含有している必要がある。アクリロニトリル由来の骨格は好ましくは98モル%以上であるが、95モル%未満の場合、かかる重合体を紡糸、焼成して炭素繊維を製造する際に、脱離する成分が多くなるために強度が低下したり生産性が低下することがある。カルボキシル基含有ビニル系化合物の含有量は0.1〜1モル%が好ましい。かかる含有量が0.01〜2モル%の範囲を外れると耐炎化促進効果が無い、または耐炎化が促進されすぎるため反応を制御できなくなることがある。カルボキシル基含有ビニル系化合物としてはアクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、クロトン酸、シトラコン酸、エタクリル酸、マレイン酸、メサコン酸が好ましく例示でき、化合物中カルボキシル基の数が多い方が耐炎化促進効果が高いことからイタコン酸が最も好ましい。
【0021】
また紡糸での延伸性を向上させる目的から、アクリレートやメタクリレートなどのモノマーを共重合してもよい。
【0022】
本発明では、アクリロニトリル系重合体中の前記カルボキシル基含有ビニル系化合物由来のカルボキシル基部分をイオン化するためにアンモニア、アミン化合物、第4アンモニウム塩からなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物を添加する。これによりアクリロニトリル系重合体の親水性を向上することができ、湿式紡糸または乾湿式紡糸で前駆体繊維を製造する際の凝固浴中での凝固におけるボイド発生を抑制することができる。かかる方法により得た前駆体繊維を焼成することでより高強度な炭素繊維を製造することが出来る。
【0023】
添加する化合物としては、アンモニアおよびアミン化合物としては、モノー・ジー・トリーアルキルアミンを、第4アンモニウム塩としては、モノー・ジー・トリー・テトラーアルキルアンモニウムハイドロオキサイドを例示できるが、安価かつ汎用性があることからアンモニアが特に好ましい。これらの化合物については少なくとも1種添加する必要があり、2種以上を添加しても良い。
【0024】
アンモニア、アミン化合物、第4アンモニウム塩からなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物の添加量は、共重合したカルボキシル基含有ビニル系化合物に対し、0.5〜1.2倍のモル比であることが好ましく、0.8〜1.1倍のモル比であることがより好ましい。かかる添加量が0.5倍のモル比未満の場合、アクリロニトリル系重合体溶液の親水性の向上効果が発現しないことがある。またかかる添加量が1.2倍のモル比を超える場合、アンモニア、アミン化合物、第4アンモニウム塩からなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物がアクリロニトリル系重合体溶液中で過剰となり紡糸凝固工程を汚染したり、アクリロニトリル系重合体溶液のゲル化がより促進されやすい状態となり好ましくない。
【0025】
本発明においては、アンモニア、アミン化合物、第4アンモニウム塩からなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物をアクリロニトリル系重合体溶液の貯蔵タンクから口金の間で添加し、湿式紡糸または乾湿式紡糸にて前駆体繊維を得る。
【0026】
ここで貯蔵タンクとは、アクリロニトリル系重合体溶液を貯液しておくためのタンクのことを言う。すなわち、溶液重合の場合、重合終了後、未反応アクリロニトリルの除去工程、ポリマー濃度調節工程などを経て、未反応アクリロニトリル残存率およびポリマー濃度が所望する範囲となったアクリロニトリル系重合体溶液を紡糸するために貯液しておくためのタンクである。また塊状重合および水系懸濁重合の場合、重合で得たアクリロニトリル系重合体を溶媒に溶解後、未反応アクリロニトリルの除去工程、ポリマー濃度調節工程などを経て未反応アクリロニトリル残存率およびポリマー濃度が所望する範囲となったアクリロニトリル系重合体溶液を紡糸するために貯液しておくためのタンクである。
【0027】
かかる貯蔵タンクを設けない場合には、未反応アクリロニトリルの除去工程またはポリマー濃度調節工程でトラブルが発生した場合に紡糸へのアクリロニトリル系重合体溶液の供給が止まるため紡糸が出来なくなることがあり、また紡糸でトラブルが発生した場合に紡糸を止めるために未反応アクリロニトリルの除去工程またはポリマー濃度調節工程を止めなければならない。よって通常は特開昭60−209005号公報に記載されているように図1に示す貯蔵タンク1を設ける。
【0028】
アンモニア、アミン化合物、第4アンモニウム塩からなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物の添加を貯蔵タンクに貯液する前または貯蔵タンクにて行った場合、貯蔵タンクから口金の間で添加、すなわち図2のAまたはBまたはC部で添加した場合と比べて、アンモニア、アミン化合物、第4アンモニウム塩からなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物を添加してからの時間が長くなるためにゲル発生が顕著となる。アンモニア、アミン化合物、第4アンモニウム塩からなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物を添加してから紡糸するまでの時間は短ければ短いほどゲルが発生しにくいため好ましく、かかる添加を口金直近、すなわち図2のC部で行うのが好ましい。ここで口金直近とは、口金までの間にポンプやフィルターといった重合体溶液が滞留する可能性がある設備が無く、口金まで配管または静止型混合器でつながっている場所のことをいう。具体的には図2〜5において符号8で示した部分を言う。
【0029】
また本発明においては、アンモニア、アミン化合物、第4アンモニウム塩からなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物を添加した直後にアクリロニトリル系重合体溶液を混合する静止型混合器を設けるのが、混合状態を良好にするために好ましい。この態様を図3、4、5に示す。混合器としては特に規定されるものではないが、良好な混合状態を得られることからスタティックミキサー((株)ノリタケカンパニーリミテド商標登録)やハイミキサー((株)東レエンジニアリング商標登録)を好適に例示できる。
【0030】
本発明ではアクリロニトリル系重合体溶液中のアクリロニトリル単量体濃度が0.001〜0.1重量%であることが好ましく、0.0015〜0.08重量%であることがより好ましい。かかるアクリロニトリル濃度を0.001%未満にする方法として公知の方法では達成が難しく工業的に実現は困難であり、また0.001%未満となった場合、アクリロニトリル系重合体溶液中に残存している未反応アクリロニトリルが少なすぎるためゲル発生が顕著となる可能性が高い。またアクリロニトリル系重合体溶液中のアクリロニトリル濃度が0.1重量%を超える場合、紡糸においてアクリロニトリル系重合体溶液中に残存していた未反応アクリロニトリルが排出されるため作業環境が悪化することがある。
【0031】
また、アクリロニトリル系重合体溶液中のアクリロニトリル濃度を0.001〜0.1重量%にする方法は、特許文献4、5、6に記載されている方法を好適に用いることができ、該方法はアクリロニトリル系重合体溶液を貯蔵タンクに貯液する前に行う。
【0032】
本発明の製糸工程は湿式紡糸または乾湿式紡糸を用いて炭素繊維前駆体繊維を得るが、それぞれ公知の方法を行えばよい。本発明ではゲルの影響を大幅に低減できるために製糸工程中の糸切れ発生頻度が低減する、すなわち安定して炭素繊維前駆体繊維を得ることが出来る。
【0033】
上記製造方法で得られる前駆体繊維を酸化性雰囲気中、180〜300℃で耐炎化処理し、引き続き不活性雰囲気中、400〜2000℃で炭化処理して炭素繊維を製造する。耐炎化処理および炭素繊維の製造方法は公知の方法を用いることができ、本発明で得られる炭素繊維はゲルの影響が大幅に低減されたものであるため繊維内部の強度欠陥が無く、例えば引っ張り強度において高強度な特性を有する。
【実施例】
【0034】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。なお、本例中に記載した特性は以下の方法で求めた。
(1)製糸工程における糸切れ回数
製糸工程中における糸切れ回数を正味の原糸生産量(t)で除して求めた。
(2)炭素繊維の引っ張り強度
炭素繊維束を用い、日本工業規格(JIS)−R−7601(1986)「樹脂含浸ストランド試験法」により6本のストランドの引っ張り強度測定を行い、その平均値をストランド引っ張り強度として求めた。
[実施例1]
モノマー組成をアクリロニトリル/イタコン酸=99.5/0.5(モル%)とし、全体仕込み量に対し全モノマー濃度22重量%となるようにDMSOを溶媒とし、開始剤である2,2’-アゾビスイソブチルニトリル(以下AIBNと表す)を全仕込み量に対し0.004mol/L、重合度調整剤であるモノチオグリコールを全モノマーに対し0.2重量%となるように、還流管、攪拌翼を備えた反応容器に仕込みを行った。窒素雰囲気下、攪拌しながら70℃で重合反応を行い、重合後、アクリロニトリル系重合体含有率20%のアクリロニトリル系重合体溶液を得た。かかる重合体溶液中の未反応のアクリロニトリルの単量体濃度は2重量%であった。
【0035】
次に特許文献6に記載された方法、すなわち得られたアクリロニトリル系重合体溶液を減圧せしめた脱気槽に供給して未反応のアクリロニトリルの単量体を除去する方法により、アクリロニトリルの単量体濃度が0.03重量%のアクリロニトリル系重合体溶液を得た。連続してかかる重合体溶液を貯蔵タンクに貯液し、送液ポンプを経て、フィルターにて濾過後、計量ポンプを経て、口金直近配管部(図5C部)においてイタコン酸に対し1倍のアンモニアを添加し、スタティックミキサーでの混合後、湿式紡糸にて前駆体繊維を得た。
【0036】
湿式紡糸の操業性は安定しており、糸切れ回数は0.2回/tであった。
得られた前駆体繊維を、空気雰囲気下240℃で耐炎化し、続いて窒素雰囲気下400〜1300℃で炭化処理を行い、硫酸水溶液を電解液として炭素繊維1gあたり10クーロンの電気量で表面処理を行い水洗洗浄した後、ビスフェノールA型エポキシ樹脂を主成分とするサイジング剤を炭素繊維に対して1重量%付着、乾燥して炭素繊維を得た。得られた炭素繊維は良好な引っ張り強度を有していた。
[実施例2]
アンモニア添加後にスタティックミキサーでの混合を行わなかった(図2)以外は実施例1と同様にして前駆体繊維、炭素繊維を製造した。
【0037】
湿式紡糸の操業性は、糸切れ回数は0.4回/tと安定しており、得られた炭素繊維の引っ張り強度も高いものであった。
[実施例3]
アンモニア添加を貯蔵タンク、送液ポンプ後、すなわちフィルターの前で行い、アンモニア添加直後にスタティックミキサーでの混合を行った(図3)以外は実施例1と同様にして前駆体繊維、炭素繊維を製造した。
【0038】
湿式紡糸の操業性は、糸切れ回数は0.3回/tと安定しており、得られた炭素繊維の引っ張り強度も高いものであった。
[実施例4]
アンモニア添加をフィルターの後、すなわち計量ポンプの前で行い、アンモニア添加直後にスタティックミキサーでの混合を行った(図4)以外は実施例1と同様にして前駆体繊維、炭素繊維を製造した。
【0039】
湿式紡糸の操業性は、糸切れ回数は0.3回/tと安定しており、得られた炭素繊維の引っ張り強度も高いものであった。
[実施例5]
重合終了後、未反応のアクリロニトリルの単量体の除去を行わなかった以外は実施例1と同様にして前駆体繊維、炭素繊維を製造した。
【0040】
湿式紡糸の操業性は、糸切れ回数は0.1回/tと安定していたが、湿式紡糸の凝固浴液面上部雰囲気中アクリロニトリル濃度が20ppmと高かった。得られた炭素繊維の引っ張り強度は高いものであった。
[比較例1]
アンモニア添加およびスタティックミキサーでの混合を貯蔵タンクへ貯液する前に行った以外は実施例1と同様にして前駆体繊維、炭素繊維を製造した。
【0041】
湿式紡糸の操業性は不安定なものであり、糸切れ回数は1.5回/tであった。得られた炭素繊維の引っ張り強度も低いものであった。
[比較例2]
アンモニア添加を貯蔵タンクで行った以外は実施例2と同様にして前駆体繊維、炭素繊維を製造した。
【0042】
湿式紡糸の操業性は不安定なものであり、糸切れ回数は1.2回/tであった。得られた炭素繊維の引っ張り強度も低いものであった。
【0043】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明の炭素繊維前駆体繊維の製造方法により、ゲルの少ないアクリロニトリル系重合体溶液を紡糸に供することができ、安定した紡糸操業性を達成することができ、炭素繊維前駆体繊維の製造の他にも衣料用途や産業用途への繊維製造にも好適に用いることができる。
【0045】
また本発明により繊維内部に欠陥が少なく良好な強度を有する炭素繊維を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】従来の湿式紡糸における貯蔵タンクから凝固浴までの概念図である。
【図2】アンモニア、アミン化合物、第4アンモニウム塩からなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物を添加する場所の概略図である。
【図3】本発明の好ましい態様の一例を示す概略図である。
【図4】本発明の好ましい態様の別の例を示す概略図である。
【図5】本発明の好ましい態様の別の例を示す概略図である。
【符号の説明】
【0047】
1:貯蔵タンク
2:送液ポンプ
3:フィルター
4:計量ポンプ
5:口金
6:凝固浴
7:静止型混合器
8:口金直近部分
A、B、C:本発明アンモニア、アミン化合物、第4アンモニウム塩からなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物を添加する場所

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1種のカルボキシル基含有ビニル系化合物を0.01〜2モル%共重合してなるアクリロニトリル系重合体溶液を紡糸する炭素繊維前駆体繊維の製造方法であって、前記重合体溶液の貯蔵タンクから口金の間でアンモニア、アミン化合物、第4アンモニウム塩からなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物を添加した後、前記アクリロニトリル系重合体溶液を紡糸する炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
【請求項2】
アンモニア、アミン化合物、第4アンモニウム塩からなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物を口金直近の配管部で添加する請求項1記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
【請求項3】
アクリロニトリル系重合体溶液中のアクリロニトリル単量体の濃度が0.001〜0.1重量%である請求項1または2記載の炭素繊維前駆体繊維の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかの製造方法で得られる前駆体繊維を酸化性雰囲気中、180〜300℃で耐炎化処理し、引き続き不活性雰囲気中、400〜2000℃で炭化処理する炭素繊維の製造方法

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2008−308775(P2008−308775A)
【公開日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−155975(P2007−155975)
【出願日】平成19年6月13日(2007.6.13)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】