説明

無機化合物−有機化合物複合体よりなる二光子吸収膜

【課題】
本発明は極めて断面積の大きい二光子吸収材料である。すなわち、組成物の一光子吸収帯よりも長波長側に新たな吸収帯が出現することを特徴とする二光子吸収材料を提供する。
【解決手段】
本発明は、粘土鉱物のイオン交換容量のうち、その3〜40%に、置換又は非置換の芳香族基よりなる電子求引性発色団と電子供与性芳香族基とが共役結合基を介して結合されている有機化合物が吸収した無機化合物−有機化合物の複合体よりなる二光子吸収材料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な二光子吸収膜に関する。詳しくは無機イオン交換体である粘土鉱物に特定の有機化合物を吸着させた無機化合物−有機化合物の複合体よりなる二光子吸収膜である。
【背景技術】
【0002】
近年、3次の非線形光学材料の中でも、二光子吸収材料が関心を集めており、光デバイスおよびバイオ関係で種々の応用が期待されている。
【0003】
二光子吸収とは、化合物が2つの光子を同時に吸収して、励起される現象である。すなわち、化合物の吸収帯が存在しないエネルギー領域で、2つの光子を同時に吸収し励起状態へと電子が遷移する現象である。
【0004】
化合物が二光子吸収により励起された場合であっても、エネルギーを放出する段階においては、1光子吸収励起と同様に種々の形でエネルギーを放出する。たとえば、失活過程において、蛍光、リン光や熱としてエネルギーを放出するものなどがある。
【0005】
2光子吸収の効率は、印加する光電場の2乗に比例するため、物質内等の3次元空間で、レーザー光をレンズで集光し、焦点の電界強度を高めることにより励起し、空間の一点で2光子吸収を起こさせ、焦点のみで二光子発光させたり、或いは高熱を生じさせて化学変化を起こさせるなど、光励起に対して高い空間分解能を与えることができる。このため、物体、特に透光性物体の内部の加工等を可能としたり、物体深奥部で特殊な発光をさせるなどができる。特に光記録用の記録媒体への応用は、3次元空間分解能などの観点から、これまでの1光子励起よりも利点が多い。
【0006】
しかしながら、二光子吸収材料は、一般に吸収断面積が極めて小さく、フェムト秒レーザー等のピーク出力の大きい、高価でかつ大型のパルスレーザー光源を用いる必要があった。
【0007】
かかる問題を解決するためには、より二光子吸収効率の高い材料の開発が望まれ、これまでに種々の化合物が提案されている。例えば、有機化合物としてカルバゾール誘導体(特許文献1)、ヨードニウム塩構造を有する化合物(特許文献2)、テトラベンゾポリフィリン誘導体(特許文献3)、金属ポリフィリン類、フタロシアニン系化合物(特許文献4)、テトラアザポルフィリン化合物(特許文献5)、或いは下記一般式で示されるケトン類。
【0008】
【化1】

(X、Xは置換もしくは無置換のアリール基、または置換もしくは無置換のヘテロ環基を表し、同一でも異なっていてもよく、R、R、RおよびRは、それぞれ独立に水素原子、または置換基、R、R、RおよびRのうちのいくつかが互いに結合して環を形成してもよく、nおよびmは2以上の場合、複数個のR、R、RおよびRは同一でも、それぞれ異なっていてもよく、n及びmは、それぞれ独立に1〜4の整数を表す。)(特許文献6)など多数が提案されている。また無機−有機複合体物質としては、ポリマーの中に金属微粒子を分散させたもの(非特許文献1)、有機金属錯体(非特許文献2)、粘土鉱物に有機色素を吸着させたもの(非特許文献3)などが提案されている。
【0009】
しかしながら、これらの提案にあっても、まだ十分な効果が得られず、強い光を発生するには高価でしかも大型の装置を必要とし、応用を実現するためにはより安価な光源で励起可能な、すなわち二光子吸収効率が高い材料の開発が望まれていた。
【0010】
本発明は、上記の状況に鑑み、二光子吸収効率の高い材料の開発を目指し、粘土鉱物と有機化合物の複合体に着目し、研究を重ねた結果、極めて効率の高い材料を見出すことに成功した。
【0011】
従来、粘土鉱物と有機化合物との複合体としては、非特許文献3において、合成サポナイトと1,4-bis(2,5-dimethoxy-4-{2-[4-(N-methyl)pyridinium]ethenyl}-phenyl)butadiyne
triflate(MPPBT)が複合化することで、分散媒中でその二光子吸収断面積が2.5倍に増加したことが報告されている。この論文で示されている増加の理由は、化合物の向きと励起光の偏光の向きが揃う効果、化合物の回転が抑制され化合物の共役が強く働く効果であり、粘土の交換容量に対する色素の吸着量(CEC比という)は関係ないとされている。
【0012】
これら従来提案された各二光子吸収材料においては、確かに吸収効率の改善は認められるが、上述のとおり、未だ十分とは言えず、更なる吸収断面積の大きい二光子吸収材料が望まれていた。
【特許文献1】特開2001−264828号
【特許文献2】特開平10−325968号
【特許文献3】特開平9−179153号
【特許文献4】特開平7−218939号
【特許文献5】特開平5−5916号
【特許文献6】特開2003−183213号
【非特許文献1】N.C.Strandwitz,et al.,J.Am.Chem.Soc.,(2008)130, 8280.
【非特許文献2】S.Mazzucato,et al.,Phys.Chem.Chem.Phys.,(2007)9,2999.
【非特許文献3】K.Kamada,et al.,J.Phys.Chem.C,(2007)111,11193.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上述の事情に鑑み、二光子吸収断面積の大きい材料を提供するにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の主たる態様は、粘土鉱物のイオン交換容量のうち、その3〜40%、好ましくは5〜20%に、発色団を形成する、置換又は非置換の電子求引性の芳香族基と、電子供与性基を有する置換又は非置換の芳香族基とが共役基を介して結合した有機化合物が吸着してなる無機化合物−有機化合物の複合体よりなる二光子吸収膜である。
【0015】
ここで、電子求引性基は、特にオニウムイオン基の中から選ばれる少なくとも一つの基を有する芳香族基であることが好ましく、なかでも4級アンモニウム基を有する芳香族基が優れている。
【0016】
また、粘土鉱物としては、サポナイト、ソーコライト、バイデライト、ヘクトライト、及びモンモリロナイトのうちから選ばれる少なくとも一種であることが好ましく、特に合成サポナイトが優れている。
【0017】
また、電子供与基としては、アミノ基、アルコキシ基、アルキルチオ基、水酸基、ハロゲン原子、アルキル基等を有する芳香族基の中から選ばれる少なくとも一種の基を有する芳香族基、中でもアミノ基を有する芳香族基が優れている。
【0018】
なお、これらの芳香族基としては、炭化水素のみからなる単環基、又は複環基、或いは窒素原子、酸素原子、硫黄原子、セレン原子等を含む、単環又は複環のヘテロ環基であってもよい。勿論、炭化水素環とヘテロ環とが複合した形態であってもよい。また電子供与性を有する置換基に電子求引性を有する置換芳香族基が共役基を介して結合した化合物が特に優れている。
【0019】
更に本発明において粘土に吸着される有機化合物を具体的に示すと、たとえばシアニン系色素、メロシアニン系色素、ヘミシアニン系色素、及びピリリウム系色素等であり、勿論これらの色素のうち、複数種の混合物であってもよい。
【0020】
更にまた、本発明の二光子吸収膜は、粒径が0.01μm〜数十μm程度の粘土粒子に有機化合物が吸着された複合体を膜状に固めたものであり、その面積は特に限定されないが、厚さは一般に0.5μm〜10μm程度のものである。
【発明の効果】
【0021】
本発明は、粘土鉱物の有するイオン交換容量のうち3〜40%に、発色団を形成する、置換又は非置換の電子求引性の芳香族基と、電子供与性基を有する、置換又は非置換の芳香族基とが共役基を介して結合した有機化合物が吸着した無機化合物−有機化合物の複合体よりなる二光子吸収膜であって、粘土上に、その交換容量のうち、3〜40%、好適には5〜20%だけ上記有機化合物を吸着させることにより、しかもそれを膜状に成形することにより、溶媒中に分散させた場合に比べ一分子当たり吸収断面積は最大で10数倍から20倍も向上するのである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明の最大の特徴は、粘土鉱物に、その無機イオン交換容量の3〜40%、特に5〜20%だけ前記有機物を吸着させること及び、該複合体を膜上に形成させることにある。
【0023】
本発明に用いられる粘土鉱物は、層状珪酸塩鉱物であり、アルミニウム酸化物と珪酸を主成分に、それらが連結したシートが層状をなし、層間にナトリウムやカルシウムのような交換性陽イオンを有する形態のものである。
【0024】
このシートの間隙に水や金属イオン等或いは有機物を吸着する性質を有する。
【0025】
本発明に用いられる粘土鉱物は、一般にカルサイト、ドロマイト、長石、石英なども含まれるが、層状珪酸塩鉱物である、サポナイト、ソーコライト、バイデライト、ヘクトライト、モンモリロナイト、中でも合成サポナイトが好ましい。
【0026】
これら粘土鉱物は、水やジメチルスルホキシド、アルコール、テトラヒドロフラン等の溶媒中に希薄に分散し、強力に撹拌するなどにより、容易に解砕し、0.01μ〜数μメーターの粒子として分散させることができる。
【0027】
本発明において用いられる特定の有機化合物は、分子中に、置換又は非置換の芳香族基の電子求引性の芳香族基と、電子供与性基を有する、置換又は非置換の芳香族基とが共役基を介して結合した構造を有するものであり、好ましくは化合物の両端に置換又は非置換の芳香族基が存在し、一方は発色団を形成する電子求引性基であり、他方の芳香族基は電子供与性基としての働きを有しており、これら両芳香族基は共役基を介して結合されている。しかしながら、電子求引性基と電子供与性基とが必ずしも分子の両端に存在していなくてもよく、分子の両端に電子求引性基があり、分子の中央に電子供与性基が存在する形、或いはその逆であってもよい。
【0028】
また、これらの化合物の例としては、シアニン系色素、メロシアニン系色素、ヘミシアニン系色素、及びピリリウム系色素などがあり、たとえば次の化合物を例示することができる。
【0029】
【化2】

本発明において、無機化合物−有機化合物複合体を得る方法の例は、水、アルコール、ジメチルホルムアルデヒド、テトラヒドロフラン、その他の分散媒中に粘土鉱物を分散させ、これに有機化合物を加えて十分に撹拌することによって粘土に有機化合物を初定量吸着させ、これをメンブランフィルターによって濾過し、メンブラン上に初定厚さだけ、複合体を堆積させ、これを基板上に移す方法等が用いられる。勿論、製膜方法は特に限定されるものではない。
【0030】
本発明において得られる二光子吸収材料は、従来考えられなかった程に高い二光子吸収断面積を有する。
【0031】
その理由は必ずしも明らかではないが、粘土と複合化することで、二光子吸収断面積が増加するのは、一光子吸収スペクトルの長波長シフトが生じたときのみで、一光子吸収スペクトルが変化しなければ二光子吸収断面積は増加しないことが複数の色素で確認されている。
【0032】
長波長シフトの原因は一部の分子がJ会合体を形成したためである。粘土との複合化によりJ会合体が固定されれば、二光子吸収断面積は必ず増加するというのが本発明の体質である。
【0033】
J会合体の特徴は、色素単体の吸収帯よりも低波数側、つまり長波長側にシフトし、尖鋭化した吸収帯を生ずる。
【0034】
しかしながら、本発明で用いられる特定の有機化合物は、一般に長軸方向に大きな静的双極子を有し、双極子間の静電的相互作用により、J会合が得られ難いと考えられる。しかるに、本発明にあっては、これを粘土上に固定することにより、何らかの別の相互作用が分子間に働き、発色団中の分子電荷移動が大きくなり、J会合体の形成に寄与するものと考えられる。したがって、本発明は、粘土との複合体により、J会合体を形成する系が、本発明の対象となり、極めて多くの化合物が含まれる。すなわち、主吸収帯の長波長側に新たな吸収帯が出現する組み合わせよりなる複合体が本発明の本質である。
【0035】
更に、溶液などに見られる一般的なJ会合形成では、J会合が形成される条件下では系中のほとんどすべての分子がJ会合体を形成し、単量体の吸収帯がほぼ消失し、J会合体の吸収帯が主吸収帯として観測される。それに対し、粘土シート上でのJ会合体の形成では、一部の分子のみがJ会合体を形成するので、単量体の吸収帯はそのままで、単量体の吸収帯の長波長側にJ会合体の形成に対応した新たなピークが発現する。あるいは、単量体の吸収帯とJ会合体の吸収帯とが重畳した、幅広な吸収が観測されるようになり、明確なJ会合体が現れないケースもある。
【0036】
そこで、本発明は、J会合体が形成される程度、すなわちCECに対する色素の吸着量が大きく関与しているのである。
【0037】
また、本発明は、膜状に形成することにより、前記文献3に示した例の如く、分散媒中に分散した状態とは明らかに効果が異なる。すなわち、図1に粘土鉱物であるスメクタイトをジメチルスルホキシド中に分散し、下記化学式で表わされるMPPBTを吸収させた場合と、本発明における膜状に成形した場合の二光子吸収断面積(800nm)の一分子当たりの二光子吸収量を測定したグラフを示す。
【0038】
【化3】

図1より、粘土に特定の化合物が吸着している場合、二光子吸収断面積は、CEC比が40%までは、溶液に分散した状態より膜状物の方が大きいことが分かる。
【0039】
その理由は、必ずしも明らかではないが、有機物を吸着した粘土間が適当な距離で存在し、粘土粒子間を越えてJ会合していることに起因するものと思われる。
【0040】
以下に実施例を示す。
【実施例】
【0041】
無機−有機複合体の作製
合成サポナイトの水懸濁液(0.2g/l)60mlに30分間超音波を処理し、要求するCEC比となるように濃度を変化させたMPPBTのジメチルスルホキシド溶液(0.75×10−4−1×10−3mol/l)を0.6mlを加えた。この懸濁液を孔径0.1μmのメンブランフィルター(セルロース混合エステルタイプ)で濾過し、フィルター上に残った複合体をガラス基板に圧着することで、無機−有機複合体を得た。
[2光子吸収断面積の評価方法]
本発明の化合物の2光子吸収断面積の評価は、M.Sheik-Bahae
et.al.,IEEE J.Quantum Electronics 1990,26,760.記載の方法を参考に行った。2光子吸収断面積測定用の光源には、再生増幅器を通したTi:sapphireパルスレーザーの光(パルス幅:120fs、繰り返し:1kHz、平均出力:0.4mW、ピークパワー:3.3GW)を用い、波長800nmで2光子吸収断面積を測定した。
【0042】
本発明の化合物の2光子吸収断面積を上記方法にて測定し、得られた結果をGM単位に(1GM=1×10−50cms/photon)で表1に示した。なお、製膜前の化合物の2光子吸収断面積も併せて示してある。
【0043】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】は、粘土に特定の有機化合物を吸着させ、複合膜とした場合及び媒体中に分散した場合の二光子吸収断面積(800nm)一分子当たりの二光子吸収量を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
粘土鉱物のイオン交換容量のうち、その3〜40%に、発色団を形成する置換又は非置換の電子求引性の芳香族基と、電子供与性基を有する置換又は非置換の芳香族基とが共役基を介して結合した有機化合物が吸着してなる無機化合物−有機化合物の複合体よりなる二光子吸収膜。
【請求項2】
電子求引性基がオニウムイオン基の中から選ばれる少なくとも一つの基を有する芳香族基である請求項1記載の二光子吸収膜。
【請求項3】
粘土鉱物がサポナイト、ソーコライト、バイデライト、ヘクトライト、及びモンモリロナイトのうちから選ばれる少なくとも一種である請求項2記載の二光子吸収膜。
【請求項4】
電子供与基が、アミノ基、アルコキシ基、アルキルチオ基、水酸基、ハロゲン原子、アルキル基を有する芳香族基である請求項3記載の二光子吸収膜。
【請求項5】
粘土鉱物に吸着してなる有機化合物がシアニン系色素、メロシアニン系色素、ヘミシアニン系色素、及びピリリウム系色素から選ばれる少なくとも一種である請求項4記載の無機化合物−有機化合物の複合体よりなる二光子吸収膜。

【図1】
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【公開番号】特開2010−14958(P2010−14958A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−174677(P2008−174677)
【出願日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【出願人】(304020177)国立大学法人山口大学 (579)
【Fターム(参考)】