説明

焼結含油軸受

【課題】高い面圧条件でも軸受とシャフトの金属接触が起こりにくい高い潤滑膜強度を有し、低速条件においても軸受に含浸した潤滑剤が摺動面に十分供給される軸受を提供する。
【解決手段】マルテンサイトの鉄炭素合金基地に銅合金相、金属炭化物を有する鉄合金相、固体潤滑相のうちから選ばれる1種以上の相が分散しているまだら組織からなる焼結合金における気孔内に、混和ちょう度が400〜475のグリースが含浸された焼結含油軸受であって、グリースは、40℃における動粘度が150〜220mm/sである鉱物油、合成炭化水素油、およびエステル油から選択される少なくとも1種からなる基油に、Li石鹸からなる増ちょう剤が1.5〜2.5mass%含有されたグリースである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は焼結合金の気孔内にグリース状の潤滑組成物を含有したすべり軸受に係り、特に、軸受摺動面に高い面圧がかかり、低速で摺動する用途において好適なすべり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、軸受摺動面に高い面圧がかかる用途において使用される軸受には、耐久性が要求され、また、軸受とシャフトとの間の摩擦を軽減すべく潤滑が要求されている。このような軸受として、鉄系焼結合金に各種潤滑剤を含浸した軸受が知られている。
【0003】
例えば、特許文献1は、多孔質の鉄系焼結材からなるすべり軸受組立体において、本軸受の気孔内に、240〜1500cStの範囲内の粘度を有する潤滑油で含浸されていることを特徴とするすべり軸受組立体に関するもので、高い面圧かつ低速条件において良好な摺動特性を得るためには含浸する潤滑油の粘度に適正範囲が存在し、本粘度を規定したものである。
【0004】
また、特許文献2は、滑り軸受の鉄炭素合金基地がマルテンサイトであり、該マルテンサイト中に、銅粒子および銅合金粒子の少なくとも一方が分散している鉄基焼結合金の気孔内に、常温で半固態状または固態状で滴点60℃以上の潤滑組成物を充填し、潤滑組成物は、極圧添加剤および固体潤滑剤粒子の少なくとも一方を含む油分およびワックスを主体としていることを特徴としている。これは、焼結合金に含浸する潤滑剤を固体状または半固体状のものとして、潤滑剤の漏れ量を低減するとともに、軸受とシャフトとの金属接触を低減することにより寿命を長くしたものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第2832800号公報
【特許文献2】特許第3622938号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
高い面圧、低速で摺動する条件で使用される軸受としては、プレス用の軸受、建設機械用の軸受等が挙げられる。これらに使用される軸受には耐久性が求められる。高い耐久性を得るためには、軸受とシャフトの間において十分な潤滑がされていることが重要である。
【0007】
しかしながら、特許文献1および2に開示された焼結含油軸受は高い面圧あるいは低速条件では、十分な潤滑状態を得ることが困難である。高い面圧では、潤滑膜の破断が起こりやすく金属接触が起こりやすい。また、低速条件ではシャフトの作動にともなう軸受内からの潤滑剤供給が行われにくくなるため、摺動面の潤滑状態が悪化する。
【0008】
このような条件で特許文献1では、固体潤滑効果がないため、摺動部に局部的な面圧が作用した場合に金属接触が増大し、かじりや摩耗を増大させる恐れがある。一方、特許文献2は潤滑膜強度が高く固体潤滑効果が高いものの、固体あるいは半固体状であるために軸受内部から潤滑剤が供給されにくくなり、低温条件あるいは起動時に潤滑が不十分となり、かじりや異音の懸念がある。
【0009】
本発明は、上記状況に鑑みてなされたものであり、高い面圧条件でも軸受とシャフトの金属接触が起こりにくい高い潤滑膜強度を有し、かつ、低速条件においても軸受に含浸した潤滑剤が摺動面に十分供給される軸受を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の焼結含油軸受は、マルテンサイトの鉄炭素合金基地に銅合金相、金属炭化物を有する鉄合金相、固体潤滑相のうちから選ばれる1種以上の相が分散しているまだら組織からなる焼結合金における気孔内に、混和ちょう度が400〜475のグリースが含浸された焼結含油軸受であって、グリースは、40℃における動粘度が150〜220mm/sである鉱物油、合成炭化水素油(ポリαオレフィン油)、およびエステル油から選択される少なくとも1種からなる基油に、Li石鹸からなる増ちょう剤が1.5〜2.5mass%含有されたグリースであることを特徴としている。
【発明の効果】
【0011】
これにより、高い面圧でも耐えうる潤滑膜強度を有し、低速でも摺動面に潤滑剤を供給することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の焼結含油軸受を詳細に説明する。
本軸受に含浸する潤滑剤は、固体を含む潤滑剤であるグリースとしている。なお、焼結軸受への含浸性と低速高面圧条件下における潤滑性を両立させるために、混和ちょう度を400〜475としている。混和ちょう度が低すぎる場合、グリースが硬くなり含浸率が低下する問題が起こるとともに、軸受内から潤滑剤が供給されにくくなるため、金属接触が起こりやすくなる。一方、混和ちょう度が高すぎる場合、グリースが軟化するため含浸率は向上する反面、潤滑膜強度が低下してしまい、金属接触が起こり易くなる。
【0013】
混和ちょう度は基油の粘度、種類およびLi石鹸の添加量の組み合わせにより、上記範囲とすることができる。なお、低い粘度の基油にLi石鹸を多く入れて粘度を高くした場合と、粘度の高い基油を選択してLi石鹸の添加量を少なくした場合でも、それぞれちょう度が同じ値となる場合がある。高い面圧において金属接触を抑制するためには、Li石鹸を多くすることが好ましいが、潤滑剤の硬さが増大し焼結合金中に含浸しにくくなるために、Li石鹸の添加量範囲を1.5〜2.5mass%としている。
【0014】
Liグリース中の増ちょう剤であるLi石鹸は、各種油脂、または脂肪酸のLi塩であり、Liを1種または数種の油脂類と組み合わせることにより種々の性能のグリースを得ることができる。そのような油脂類には牛脂、パーム油、ヤシ油等の天然動植物油や、ヒマシ硬化油等の天然動植物油を水添した硬化油、またこれらを分解して得られる各種脂肪酸等が挙げられる。その他アジピン酸,セバシン酸等のジカルボン酸や、安息香酸、サリチル酸等の芳香族カルボン酸、合成脂肪酸等を使用することもできる。特にヒマシ硬化油あるいはその脂肪酸やステアリン酸とLiからなる石鹸を増ちょう剤としたグリースは、耐熱および耐水の他に機械的安定性も良好である。
【0015】
基油は粘度を低くすることにより、低速条件において摺動面に潤滑剤を供給しやすくなる。しかしながら、粘度を低くし過ぎた場合、潤滑油の漏れ量が増し、潤滑膜強度が低くなるために金属接触が増大し、軸受に異常を生じる。一方、基油の粘度を高くした場合、軸受内からの潤滑油が出にくくなる、そのため、基油粘度が150〜220mm/sの範囲が好ましい。
【0016】
基油としては、鉱物油、合成炭化水素油またはエステル油が挙げられ、具体的には、パラフィン系鉱油、ナフテン系鉱油、ポリαオレフィン油、ポリブテン、ジエステル油、トリエステル油、ポリオールエステル油等が挙げられる。本発明では、これらの油を単独または複数種類混合して、上記範囲の粘度を有する基油とすることができる。
【0017】
軸受合金は、高い面圧条件において摩耗の発生を抑えるために、硬さ、強度の高いマルテンサイトの鉄炭素合金基地としている。金属炭化物を有する鉄合金相も高い硬さを有し摩耗を抑える。銅合金相ならびに固体潤滑剤相は、シャフトとの焼付きを抑制するために添加する。組成は銅合金が7〜30質量%、金属炭化物を有する鉄合金相としては高速度工具鋼粉が5〜30質量%、固体潤滑剤は黒鉛、二硫化モリブデン、硫化マンガン、フッ化カルシウム等が挙げられ添加量としては0.5〜2質量%である。
【実施例】
【0018】
以下、実施例および比較例により本発明をさらに詳しく説明する。
(1)軸受の作製
原料粉末は、アトマイズ鉄粉(神戸製鋼所製、商品名アトメル300M)、電解銅粉(福田金属箔粉工業(株)製、商品名CE−15)、黒鉛粉(日本黒鉛製、商品名CPB)の各金属粉末と、成形潤滑剤(ステアリン酸亜鉛粉)とを用意した。鉄粉が82質量%、銅粉が17.2質量%、黒鉛粉が0.8質量%になるように各金属粉を配合し、金属粉に対して1質量%の成形潤滑剤を追加して混合した。
【0019】
次に、その混合粉末を円筒形の軸受形状に圧縮成形し、水素ガスと窒素ガスの混合ガス中において焼結温度1130℃で焼結した後、浸炭焼入れを行った。軸受の密度は6.3Mg/m、有効多孔率は約20%である。軸受合金の断面顕微鏡組織は、鉄のマルテンサイト組織粒子と銅合金粒子とが斑状に分散した金属組織中に気孔が分布している。浸炭焼入れした素材を機械加工して、内径φ10mm、外径φ16mm、全長10mmの軸受試験用試験片とした。
【0020】
この軸受試料に60℃に加熱した潤滑剤を通常の減圧含浸装置を用いて含浸した。評価した各種潤滑剤を下記表1に示す。基油は実施例7〜8では合成油、それ以外では鉱物油を使用し、増ちょう剤はリチウム石鹸である。
【0021】
(2)軸受試験方法
試験方法は、ハウジングに固定した軸受の内径部に軸を挿入させ、ハウジングに垂直方向の荷重を与えた状態で軸を揺動させて耐久試験を行った。焼付きにいたるまでの運転時間で評価した。なお、摩擦係数が0.3を超えたところを焼付きと判断した。
【0022】
回転軸(シャフト)は高周波焼入れした炭素鋼S45Cで表面粗さが約0.8Sである。室温環境で、軸の摺動速度は0.5m/min、揺動角度60°、軸受への負荷面圧は80MPaとしている。
【0023】
(3)試験結果
軸受試験結果を表1に示す。比較例1〜2、実施例1〜3は粘度210mm/sの基油を用いて増ちょう剤量を変えたものである。増ちょう剤の添加量が増えるにしたがいちょう度は低くなる。増ちょう剤量が少ない比較例1は、Li石鹸による固体潤滑効果が少ないために軸と軸受の金属接触が増大し早期に焼付きにいたる。増ちょう剤量が多い比較例2はちょう度が低くなり粘性抵抗が増大するため、軸受に含浸されている潤滑剤が気孔を通じて供給されにくくなり早期に焼付きに至る。
【0024】
比較例3〜4、本実施例4〜6は粘度160mm2/sの基油を用いて増ちょう剤量を変えたものである。増ちょう剤の添加量が増えるにしたがいちょう度は低くなる。これらは210mm2/sの基油粘度を用いた場合とほぼ同様な傾向で、増ちょう剤量が少ない比較例3および増ちょう剤量が多い比較例4は早期に焼付きにいたる。以上、増ちょう剤の添加量が1.5〜2.5%の範囲で良好な摺動特性を示す。
【0025】
比較例5〜7は基油粘度を80mm2/sと低くして、増ちょう剤の添加量を1.5〜2.5%の間で変えたものである。基油粘度を著しく低くした場合、油膜の強度が低くなるために金属接触が増大し、早期に焼付きにいたる。
【0026】
比較例8〜10は基油粘度を600mm2/sと高くして、増ちょう剤の添加量を1.5〜2.5%の間で変えたものである。基油粘度を高くした場合、ちょう度が高くなる傾向にある。基油粘度が高くなった場合に必ずしもちょう度が低くならないことがわかる。これは、混和が十分にされていないことによるものである。基油粘度を著しく高くした比較例8〜10の場合、早期に焼付きにいたる傾向にある。これは基油の粘度が高いために含浸されている潤滑剤が気孔を通じて供給されにくくなり早期に焼付きにいたったと考える。
【0027】
実施例7〜8は実施例2の配合組成において基油を鉱物油から合成油に変更したものである。合成油とすることで摺動部の摩擦熱による潤滑油劣化が低下するとともに潤滑性が向上することにより焼付きにいたる時間が大幅に向上する傾向となる。
【0028】
これらの実験の結果、高い面圧かつ低速条件で使用される焼結含油軸受の含浸潤滑剤には最適な範囲の基油粘度、増ちょう剤添加量およびちょう度が存在することがわかる。
【0029】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明の焼結含油軸受は高い面圧かつ低速の摺動条件下でも摺動面へ十分な潤滑剤を供給できるとともに、軸受とシャフトの金属接触を低減できることにより、良好な潤滑を維持することができる。これら特性よりプレス用の軸受、建設機械用の軸受として特に好適なものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マルテンサイトの鉄炭素合金基地に銅合金相、金属炭化物を有する鉄合金相、固体潤滑相のうちから選ばれる1種以上の相が分散しているまだら組織からなる焼結合金における気孔内に、混和ちょう度が400〜475のグリースが含浸された焼結含油軸受であって、
上記グリースは、40℃における動粘度が150〜220mm/sである鉱物油、合成炭化水素油、およびエステル油から選択される少なくとも1種からなる基油に、Li石鹸からなる増ちょう剤が1.5〜2.5mass%含有されたグリースであることを特徴とする焼結含油軸受。

【公開番号】特開2010−175002(P2010−175002A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−19480(P2009−19480)
【出願日】平成21年1月30日(2009.1.30)
【出願人】(000233572)日立粉末冶金株式会社 (272)
【出願人】(390022275)株式会社日本礦油 (25)
【Fターム(参考)】