説明

熱流束型示差走査熱量計

【課題】ベースライン安定性と応答性を向上させた示差走査熱量計を提供すること。
【解決手段】熱溜1からセンサー板4への熱流路に頸状部を作り安定性を確保すると同時に、試料ホルダー5aへの2次元熱流路を確保する構成とした

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は試料の物理的または化学的な性質が温度につれてどのように変化するかを測定する熱分析装置、特に、温度を定速で変化させたとき、参照物質に比べ試料が余分に発生または吸収する示差熱流を、試料と参照物質の温度差(示差熱)に基づいて測定する熱流束型の示差走査熱量計に関する。
【背景技術】
【0002】
示差走査熱量計は、試料と参照物質(熱的に安定な基準物質で通常、アルミナなどが用いられる)を対称的に配置し、両者の温度を一定の速度で変化させたときに参照物質に比べて試料が余分に発生または吸収する熱流を示差的に検出し分析するための装置である。
【0003】
試料の温度を定速で上げる場合、試料の熱容量が大きくなるに従って試料による熱吸収が増える。すなわち、示差熱流信号の絶対値は大きくなる。このとき、示差熱流信号の絶対値は、試料・参照間の熱容量差と昇温速度とに比例することから、既知の昇温速度、参照熱容量を基に示差熱流信号から試料の熱容量を知ることができる。
【0004】
一方、試料が融解する際には一時的に試料による熱吸収が大きくなり、時系列的に記録された、示差熱流信号をグラフ化すると、示差熱流信号は吸熱ピークを描く。また、同様な記録方法に従えば、試料に結晶化が生じると、示差熱流信号は発熱ピークを描く。単位時間が一定の長さに対応するように設定された時間軸に対して描かれたこれら吸発熱ピークの面積は、試料が転移に際して放出または吸収した熱量(転移熱)に比例するため、あらかじめ既知の転移熱を測定し信号値を校正しておけば、示差熱流信号から容易に試料の転移熱を求めることができる。以上のような有用な性質を持つ示差熱流信号を得るため、示差走査熱量計が様々な材料の分析に広く用いられている。
【0005】
従来この手の示差走査熱量計としては、図5、図6、図7に示されるものがあった。
【0006】
図5は特許文献1に開示されているもので、熱溜の底部中央に設けられた凸状の突起部1aから、金属材料で作られた長板状の熱流路2を通じて試料側ホルダー3と参照側ホルダー4に熱が流れ、それぞれのホルダー裏面に設置された熱電対にて温度差を検出している。さらにこの例では熱流応答性を上げる(熱補償時定数を小さくする)目的でホルダー部に入力補償用のヒーターを設け入力補償型DSCの構成としている。
【0007】
図6は特許文献2に開示されており、断面H字状の熱良導体からなる加熱炉の底板上に検出器を直接載置し、検出器内の熱流路に頸状部を設けて温度分布を抑制するとともに試料部と参照部には一次元的に熱が流入する形態である。
【0008】
図7は特許文献3に開示されているもので、熱流応答性を向上するため熱流路3を2次元的に配置したセンサーを、熱溜底板上に低熱伝導材で形成された熱緩衝板6介して設置した構造である。
【特許文献1】特開2003−42985号公報
【特許文献2】実開昭60−64250号公報
【特許文献3】特開2000−28559号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献2に開示されている図6の構造は熱流路に頸状部を設けて温度分布を抑制する効果がありベースラインの安定性は得られるものの、試料部と参照部には一次元的に熱が流入する形態のため、熱流路の熱抵抗を小さくすることが難しく、熱流の応答性に劣る欠点があった。
【0010】
図5の特許文献1に開示されている例でもベースラインの安定性を得るため、熱溜の底部中央に設けられた凸状の突起部1aから長板状の熱流路2を通じて試料側ホルダー3と参照側ホルダー4に熱が流れる構造により熱流路に頸状部を設けて、温度分布を抑制するすると同時に、熱流応答性を上げるためホルダー部に入力補償用のヒーターを設け入力補償型DSCの構成としている。しかし熱流応答性をあげるための入力補償ヒーターやフィードバック回路を設けるため、装置構成が複雑となる欠点があった。
【0011】
図7の特許文献3に開示されている構造は、熱流応答性を向上するため熱流路3を2次元的に配置したセンサーを、熱溜底板上に低熱伝導材で形成された熱緩衝板6介して設置した構造であるが、ホルダー部への熱流入経路がホルダー外周の全方向から入るため、完全に温度分布の影響を排除しきれず、ベースラインの安定性が得られにくい欠点があった。
【課題を解決するための手段】
【0012】
ベースラインの安定性を得られやすい熱溜熱流路の頸状部を設けると同時に、熱流応答性を向上するための2次元的な熱流路を形成し、かつ入力補償ヒーター等の複雑な構成を持たない熱流束型示差走査熱量計を提供するため以下の手段を用いる。長円状金属板の長軸方向両端近傍に試料と参照物質を載置するためのホルダーを設け、各ホルダー裏面に温度検出用熱電対を溶接してセンサー板とし、円柱状の内部空間を有する底板付きの熱良導体から成る熱溜の底面中央付近に設けた凸状の突起部と、この凸状の突起部とほぼ同形状の熱良導体押さえ版にて前記センサー板を長円短軸に対して試料、参照各ホルダーが対称になるように挟み、この凸状突起部を熱溜熱流路の頸状部としてセンサー板への熱流入口とすると共に、凸状突起部で挟まれたセンサー板の境界線からホルダーへの熱流路は2次元熱流路を形成する構造とした。
【0013】
この構造による作用は以下のとおりである。熱溜熱流路の頸状部によりセンサー板に流入する熱流の、熱溜ラジアル方向の温度分布を軽減し、同時に試料ホルダーへの2次元熱流路は試料の熱変化に対して早い熱補償応答を行なう。
【発明の効果】
【0014】
以上のように熱流束型示差走査熱量計において、熱溜からセンサー板への熱流路に頸状部を作り安定性を確保すると同時に、試料ホルダーへの2次元熱流路を確保する構成としたことにより、ベースラインの安定性向上と同時に、入力補償ヒーターや補償回路を用いることなく早い熱補償応答性をもつ熱流束型示差走査熱量計を実現できる効果がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明に係る熱流束型示差走査熱量計の第1実施形態を、図1から図4を参照して説明する。
【0016】
図1は本発明による示差走査熱量計の熱溜とセンサー板との構成を示す図で、構造がわかりやすい様に熱溜の円筒部分のみ断面図にて示している。図2は図1のA-A'断面図を示す。図3はセンサー構造を上から見た図で図1の上面図を示す。1は熱の良導体である銀製の熱溜で外周に絶縁被覆された温度制御用ヒーター20が巻かれている。熱溜1は図2のA-A'断面図からわかるように、円筒状で断面がほぼH字形状をなし、底部中央には凸状の突起部2が形成されている。突起部2は図3の上面図に見られるように、A-A'軸および直行するB-B'軸、双方に対称な形状で、A-A'軸上に相対する半円状の円弧部2a、2bを持つ。4は熱溜1の材料である銀より熱伝導率の低い適切な金属材料(実施例ではコンスタンタンを用いている)で作られた長円状のセンサー板で、センサー板中央部は熱溜1の底部中央凸状の突起部2上面と、突起部2とほぼ同形状の銀製の押さえ板3との間に挟まれ、複数のねじ6にて押さえ板3と共に熱溜1の底部中央凸状の突起部2上面に固定されている。さらにセンサー板4の長軸(A-A'軸)上両先端近傍はプラットフォーム状に盛り上げられた面状の領域を作り、ここに金の円板を溶接し、それぞれ試料ホルダー5a、参照物質ホルダー5bを構成している。試料ホルダー5a、参照ホルダー5bは図3のB-B'軸に対称的に配置されている。本実施例では試料ホルダーの構成として金の円板を溶接しているが、センサー板と同等以上の熱伝導率を持つ材質で、載置する試料容器と良好な熱的接触を行なえる形状のものであれば、試料ホルダーとして構成できるのは自明である。
【0017】
またセンサー板はプラットフォーム状に持ち上げなくても、熱伝導の良い金属板等を溶接等で固定すれば、試料ホルダーとして機能する。材質としては例えば金の代わりに白金板や銀板を用いても良い。またセンサー板との固定も溶接の他、ろう付け等でもかまわない。
【0018】
さらにセンサー板そのものをプラットフォーム状にしただけでも良い。一方図3に見られるように、突起部2と押さえ板3のA-A'軸上の半円状円弧部2a、2bはそれぞれ試料ホルダー5a、参照ホルダー5bに対してほぼ同心円状に包囲した形となる。突起部2のこの半円状円弧部2a、2bは熱溜の一部として試料ホルダー5aと参照ホルダー5bに対する熱流入口を形成する。これにより半円状円弧部2aと試料ホルダー5aの間のセンサー板4a、半円状円弧部2bと参照ホルダー5bとの間のセンサー板4bは、それぞれ試料ホルダー5a、参照ホルダー5bへの2次元熱流経路を形成する。
【0019】
試料ホルダー5aの裏面にはクロメル線9a及びアルメル線10aが溶接され、参照物質ホルダー5b裏面にはクロメル線9b及びアルメル線10bが溶接されている。試料ホルダー5a裏面、参照物質ホルダー5b裏面ではそれぞれクロメル−コンスタンタンの接合があり、試料ホルダー5aと参照物質ホルダー5bはセンサー板4でつながっている。従ってクロメル線9a、試料ホルダー5a、センサー板4、参照物質ホルダー5b、クロメル線9bの接続はクロメル−コンスタンタン−クロメルの示差熱電対を形成し、クロメル線9aとクロメル線9b間は接合点にあたる試料ホルダー5aと参照物質ホルダー5bとの温度差に相当する熱起電力が出力され、適切なアンプを通して示差熱流信号に換算される。一方クロメル線9aとアルメル線10aは試料ホルダー5aの裏面にて熱電対を形成し、図示しない冷接点回路、熱起電力/温度変換回路を通して試料ホルダー5aの温度を出力する。
【0020】
次にこの実施例での動作を説明する。測定者は、測定したい試料を詰めた試料容器(図示せず)と、測定しようとする温度域で熱的な安定性が確認されている参照物質を詰めた参照物質容器と(図示せず)を試料ホルダー5aと参照ホルダー5bに設置する。その後測定の開始を指示すると、温度プログラムに従い、ヒーター20が熱溜1の温度を制御する。このとき熱溜1からセンサー板4への熱流入は図2の熱流7で示したように、熱溜1の円柱部から底板部、底板部中央近傍の突起部2を通してセンサー板4に流れる。これにより突起部2が熱流路の頸状部となり、底板部でのX-X'方向の温度分布が軽減され、センサー板4に流れる熱流は安定したものとなる。
【0021】
一方突起部2を通して流入した熱流は、半円状円弧部2a、2bからそれぞれ2次元熱流経路4a,4bを図3の熱流8で示したようにとおり、試料ホルダー5a、参照ホルダー5bに入る。これによりそれぞれのホルダーに載置された試料容器内の試料、参照物質に熱流が伝わる。試料の相転移等熱的な変化が現れると試料ホルダー5aの温度が変化し、試料側の2次元熱経路4aを通して図3に示した熱流8にて熱流補償される。実施例ではホルダー径5mm、半円状円弧部径9mmで約2秒の熱補償時定数が得られている。この時定数は入力補償型示差走査熱量計に匹敵する早さである。
【0022】
本実施例では押さえ板3はセンサー板4を挟み、ネジ6にて突起部2に固定される構造で説明したが、他のろう付け等の固定方法でも同様の効果が得られることは自明である。また本実施例では突起部2は半円円弧部2a、2bを持つ構造で説明したが、図4に示した別の実施例に見られるように縦長構造の突起部22で、センサー板24のような四角形のセンサー板でも、突起部22が熱流路の頸状部となり安定性が確保できると共に、ホルダー5a、5bへの熱流経路は2次元熱流路を形成しており熱補償応答性に優れることは自明で同様の効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の一実施例を示す一部断面図入り構成図である。
【図2】図1のA-A'断面図である。
【図3】本実施例のセンサー構造を上から見た図で図1の上面図である。
【図4】本発明の別の実施例を示す図である。
【図5】特許文献1に開示された従来例である。
【図6】特許文献2に開示された従来例である。
【図7】特許文献3に開示された従来例である。
【符号の説明】
【0024】
1 熱溜
2 凸状の突起部
2a、2b 半円状円弧部
3 押さえ板
4 センサー板
4a、4b 2次元熱流経路
5a 試料ホルダー
5b 参照物質ホルダー
6 ねじ
7 熱流
8 熱流
9a 9b クロメル線
10a、10b アルメル線
20 ヒーター
22 縦長構造の突起部
24 センサー板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
円柱状の内部空間を有する底板付きの熱良導体から成る熱溜と、前記熱溜の底板上で円柱状内周より内側に設けられた凸状の突起構造と、前記突起構造に固定されたセンサー板と、前記センサー板に設けられた試料ホルダーと参照物質用ホルダーと、前記突起構造から前記試料ホルダーおよび参照物質ホルダーへの2次元熱流経路とからなる熱流束型示差走査熱量計。
【請求項2】
試料ホルダーへの2次元熱流経路が試料ホルダーのほぼ同心円形状で前記同心円円周のおおよそ1/4からおおよそ半円を占める形状とした請求項1記載の熱流束型示差走査熱量計。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−64882(P2007−64882A)
【公開日】平成19年3月15日(2007.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−253704(P2005−253704)
【出願日】平成17年9月1日(2005.9.1)
【出願人】(503460323)エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社 (330)
【Fターム(参考)】