説明

熱浸透率の評価方法

【課題】サーマルプローブを用いた熱浸透率の評価方法の提供。
【解決手段】プローブブロックとプローブ棒とからなるサーマルプローブを備えた熱物性値計測装置を用いて、被測定試料とプローブ棒との接触時のサーマルプローブ内の温度を複数点で評価し、隣接する測定箇所の温度差を用いて、熱浸透率既知試料の結果と比較することにより未知試料の熱浸透率を導出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料の熱浸透率の評価方法に関し、特に、サーマルブローブを用いた計測装置を利用して物質の熱浸透率を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
CPUなどの半導体基板の設計を行う場合、動作中に発生する熱による半導体基板の温度上昇を最小限に抑えられるように熱設計を行うことが重要であり、使用している材料の熱伝導率評価が必要である。また、廃熱を電気に変換し再利用するという観点で環境問題に役立つ可能性がある熱電変換材料の場合では、熱電変換の性能を良くするためには熱伝導率が低い材料を開発しなければならない。
【0003】
熱伝導率は、従来、レーザフラッシュ法や定常法で計測されている。
【0004】
一般的な計測方法では、バルク材料を用いて測定しなければならず、また、この測定可能なバルク材料の形状にも制限がある。例えば、直径10mm×厚さ1mm、角25mm×厚さ1mmといった形状に限られ、かつバルク全体の熱物性値しか計測できない。
【0005】
また、熱電変換材料の開発段階で作製される試料は、試料の材質が不均質であったり、一般の計測法では測定できない試料形状を持っていたりする。したがって、試料の均質性を検証でき、かつ一般的な計測法では評価できない試料を評価できる装置及びその評価方法の開発が求められている。
【0006】
微小領域の熱物性測定に関連する技術としては、例えば、周期加熱法とサーモリフレクタンス技術を応用して熱浸透率を測定する方法(例えば、非特許文献1、特許文献1参照)や、AFM技術を活用した熱イメージを計測するSThM技術(例えば、非特許文献2参照)や、同じく先端を細くした熱電対をカンチレバーとして試料表面の温度情報を収集して表面形状測定に利用するSTP法(例えば、非特許文献3参照)などが提案されている。サーマルプローブを利用した熱物性測定法が複数提案されている(例えば、非特許文献4、5、特許文献2、3参照)。
【0007】
非特許文献4及び5の場合は、サーマルプローブをシース熱電対として使用しておりシース熱電対の温度を利用して計測している。シース熱電対を用いると熱伝導率以外の測定に不向きである。一方、特許文献3の場合は、サーマルプローブ内の複数点の温度を熱電対で計測している。温度変化の時間依存性に基づいて熱伝導率を換算しているが、理論的に検証されておらず実験式によって決められている。
【0008】
【特許文献1】特開2000−121585号公報
【特許文献2】特開2004−003872号公報
【特許文献3】特開2008−057144号公報
【非特許文献1】Thermal effusivity distribution measurements using a thermo- reflectance technique; in Proceeding of 10th International Conference of Photo-acoustic and Photothermal Phenomena, pp. 315-317 (1999); N. Taketoshi, M. Ozawa, H. Ohta, and T. Baba.
【非特許文献2】Scanning Near-Field Optical Microscopy and Scanning Thermal Microscopy; Jpn. J. Appl. Phys. Vol. 33, p.p.3785-3790 (1994); R. J. Pylkki, P. J. Moyer, and P. E. West.
【非特許文献3】Scanning Thermal Profiler; Appl. Phys. Lett., Vol. 49, No23, pp. 1587-1589(1986); C. C. Williams and H. K. Wickamasinghe.
【非特許文献4】点接触式温度プローブによる固体熱3定数の測定法(測定理論);熱物性,13, 4, pp.246-251; 高橋一郎、榎森正晃.
【非特許文献5】点接触式温度プローブによる固体熱3定数の測定法(被測定物体形状と測定条件の検討);熱物性,13, 4, pp.252-257; 高橋一郎、榎森正晃.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来、サーマルプローブ内の複数点の温度を計測することに基づいて熱伝導率評価を行う場合、実験的な式をベースとしており、伝熱モデルを用いた理論的検証がなされていない。
【0010】
本発明の課題は、上述の従来技術の問題点を解決することにあり、サーマルプローブ内の温度を直接計測し、伝熱モデルに合致するような方法で物質の熱浸透率を評価する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、微小領域の熱浸透率を評価する際に、サーマルプローブを備えている測定装置を利用して、サーマルプローブ内の複数点の温度を正確に測定すれば、未知材料の熱浸透率を正確に評価できることに気がつき、本発明を完成するに至った。
【0012】
本発明の熱浸透率の評価方法は、プローブブロックとプローブ棒とからなるサーマルプローブを備えた熱物性値計測装置を用いて、被測定試料とプローブ棒との接触時のサーマルプローブ内の温度を複数点で評価し、隣接する測定箇所の温度差を用いて、熱浸透率既知試料の結果と比較することにより未知試料の熱浸透率を導出することを特徴とする。
【0013】
前記接触時のサーマルプローブ内の温度は、プローブ棒先端に直接熱電対を接触させて測定するかプローブ棒先端にプローブ棒と異なる材料からなる計測線を接触させて熱電対として測定するかのどちらかである。
【0014】
前記既知試料とプローブ棒先端との接触時に、プローブ棒内の複数の測定箇所の温度を計測し、隣接する測定箇所の温度差を算出し、算出された既知試料の温度差に基づいて熱浸透率の校正式を導出し、この校正式を用いて未知試料の熱浸透率を評価することを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、サーマルプローブ内の温度差を正確に測定することにより、熱浸透率既知試料の熱浸透率と温度差の伝熱モデルに基づいた校正式を作製する。校正式を利用して未知試料についても測定結果から熱浸透率を評価できる。伝熱モデルで検証した校正式を利用するため、未知試料の熱浸透率の評価精度を上げることができるという効果を奏する。本発明を応用すると、熱浸透率の分布測定や一般的には測定できない形状の試料の熱浸透率を得ることが容易になるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
【0017】
本発明によれば、プローブブロックとプローブ棒とからなるサーマルプローブを備えた熱物性値計測装置を用いて、試料台上に載置された被測定試料とプローブ棒先端との接触時のサーマルプローブ内の温度を複数点で評価する。隣接する測定箇所の温度差を用いて、熱浸透率既知試料の結果と比較することにより未知試料の熱浸透率を正確に導出することができる。
【0018】
(熱物性値計測装置について)
本発明で用いる熱物性値計測装置としては、ヒータ等の加熱手段を備えたサーマルプローブと複数点の温度計測できるプローブ棒が含まれている測定装置で使用することができる。
【0019】
代表的な熱物性値計測装置の一例を以下に示す。ここでは、プローブ棒の代表例として、本特許出願と同日に提出する特許出願に係る複数点の電圧及び/又は温度の計測方法のプローブを用いる。この代表例を用いた計測装置の一構成図を図1に示す。
【0020】
図1において、1は材質C(例えば、銅等)で製作された試料台であり、2はサーマルプローブであり、21及び22は、それぞれ、材質A(例えば、コンスタンタン等)で製作されたプローブブロック及びプローブ棒である。
【0021】
サーマルプローブ2はプローブブロック21とプローブ棒22とから同じ材質で一体に構成されており、プローブブロック21とプローブ棒22とは、測定中一体となって移動する。プローブブロック21の温度(Tpb)と試料台1の温度(Tsb)とは、図示していない温度制御手段によって、測定中、一定温度に保たれるように構成されている。
【0022】
上記装置を用いて測定する前には、熱浸透率既知試料Sとサーマルプローブ2のプローブ棒22の先端とが接触していない状態で、プローブブロック21の温度(Tpb)と試料台1の温度(Tsb)とを温度制御する。ただし、Tpb≧Tsb +10℃の関係を満足するように制御する。これは、プローブ棒の先端を試料の温度よりも十分高い条件にするためである。測定は、プローブ棒22と被測定試料Sとを接触させて行う。接触中はプローブ棒22内の温度を計測する。一定時間接触させた後、サーマルプローブ2のプローブ棒22の先端を試料Sから離す。
【0023】
プローブ棒22内の温度は、T、T、及びTの3点で測定する。プローブ棒22内のT、T及びTからは、それぞれ、電圧・温度計測用線(材質B:例えば、クロメル)22a、22b、及び22cが計測用として引き出されており、それぞれの線が、計測器でプローブ基準計測用線2a(材質A:例えば、コンスタンタン)と接続している。そのため、上記温度測定において、T、T及びTの温度は、クロメル−コンスタンタンのE熱電対として計測できる。
【0024】
被測定試料Sとの接触後、プローブ棒22内の隣接する2点の測定箇所の間の温度差は、それぞれ、T1b−T2b、T2b−T3b、(T1b、T2b及びT3bは、それぞれ、接触後のT、T及びTの温度である)で表わされる。
【0025】
接触前後で、プローブ棒22内のT、T及びTにおける温度は変化する。この温度変化は試料への熱量の移動量と関係している。この点については、下記熱伝導方程式(1)を参照のこと。
【0026】
【数1】

【0027】
上記式中、qは熱流束、Qは熱量、Aは断面積、λは熱伝導率、dTは温度変化、dxは距離変化を表す。
【0028】
プローブ棒22内の温度変化は、試料に依存する。試料台1の制御温度(Tsb)とプローブブロック21の制御温度(Ttb)とを一定にして、複数の試料の温度を測定すると、プローブ棒22内の温度変化の試料依存性を系統的に評価することができるものと考えられる。
【0029】
(伝熱モデルによる理論)
熱浸透率測定において、理論的背景と結びつけることにより、サーマルプローブによる測定法の信頼性を高めることができる。この観点から、まず、伝熱モデルによる理論について、図2(a)及び(b)で説明し、理論に基づいたプローブ棒内の温度の時間依存性を図3(a)及び(b)に示し、次いでその理論の検証するためにプローブ棒内の温度を測定したデータを、図4(a)及び(b)を参照して説明する。図3(a)及び(b)並びに図4(a)及び(b)において、横軸は経過時間(t/s)、縦軸は温度(T/℃)である。
【0030】
被測定試料とサーマルプローブのプローブ棒との接触前のプローブ棒内の温度が、温度制御部から先端に向けて1次元伝熱モデルが成り立つものと仮定し、
【0031】
【数2】

(上記式中、qbeforeは接触前の熱流束、λはプローブ棒の熱伝導率、dTは温度変化、dxは距離変化を表す。)
温度制御部からの距離によって直線的に温度変化するとしてプローブ棒内の温度を計算する(図2(a))。
【0032】
被測定試料とサーマルプローブのプローブ棒との接触後定常状態に達すると、接触点(Tcp)の温度については2種類の半無限固体が接触した時の温度に対応し、プローブ棒内の温度は温度制御部から先端に向けて1次元伝熱モデルが成り立つものと仮定し、
【0033】
【数3】

(上記式中、qafterは接触後の熱流束、λはプローブ棒の熱伝導率、dTは温度変化、dxは距離変化を表す。)
温度制御部からの距離によって直線的に温度変化するとしてプローブ棒内の温度を計算する(図2(b))。
【0034】
本モデルでは、材質A(例えば、コンスタンタン等)で作製され、プローブ棒先端の温度がTであるサーマルプローブと、材質D(例えば、銅等)で作製され、制御温度がTsbである試料台からなる場合を想定した。接触後定常状態に達すると、プローブ棒内の温度は温度制御部から接触部に向けて1次元伝熱モデルが成り立つと仮定し、温度制御部からの距離によって直線的に温度変化するとしてプローブ棒内の温度を計算する。(図2(b))
【0035】
(熱浸透率既知試料を用いた理論の検証)
サーマルプローブの材質はコンスタンタン、既知試料としてはSiOガラスとSiとを用いて行った。プローブブロックの設定温度は60℃、試料台の設定温度は30℃とした。
【0036】
上記における詳細な設定条件を以下の表2に示す。
【0037】
【表2】

【0038】
上記においては、既知試料として、熱伝導率が悪く、かつ熱浸透率が低いSiOガラス、そして熱伝導率が良く、かつ熱浸透率が高いSiを用い、プローブ棒の温度T、T及びTについて、モデルを用いた計算結果を図3(a)及び(b)に示す。図3(a)及び(b)は、それぞれ、SiOガラス及びSiの場合である。また、実際の測定結果について、SiOガラスの場合を図4(a)、また、Siの場合を図4(b)に示す。
【0039】
図3(a)及び(b)並びに図4(a)及び(b)から明らかなように、1.5秒でプローブ棒先端と既知試料とを接触させた時に、温度変化が現れ、徐々に減少していく。測定結果はモデルを用いた計算結果と定性的ではあるが一致した。
【0040】
既知試料としてべスペル、BiTe、Pyrex7740、SiOガラス、マコール、安定化ジルコニア、SUS304、Ge、MgO、Ta、Si、及びCuを用い、上記したようにして、プローブ棒内の隣接する2点の測定箇所の間の温度差T1b−T2b、T2b−T3bの計算と測定を行った。温度差を使用するために使った温度の求め方は、計算と測定とで同じ方法を用いた。既知試料の熱物性値は以下の表3の値を使用した。
【0041】
【表3】

【0042】
既知試料の熱浸透率の温度差依存性について、モデルを用いた計算結果を図5に示し、測定結果を図6に示す。 図5及び6において横軸は熱浸透率b(Js−0.5−2−1)であり、縦軸は温度差ΔT(℃)である。図5のモデルを用いた場合の計算結果から、以下の式で熱浸透率bを温度差ΔTで表すことができる。
【0043】
【数4】

上記式中、c、c、cは定数である。
【0044】
測定結果についても、上記式と同様に、熱浸透率bと温度差ΔTとの関係にフィッティングすると図6に示すようになり、測定結果でもフィッティングできている。従って、熱浸透率既知の試料を用いて、温度差を測定することによって、校正式を導出することができる。
【0045】
(未知試料の評価)
未知試料についても上記と同じ熱物性値計測装置を用いてプローブ棒内の温度を測定し、プローブ棒内の温度差からこの校正式を利用して、未知試料の熱浸透率を評価することができる。
【0046】
また、未知試料の体積比熱容量C(密度と比熱容量)を公知の方法で測定すれば、公知の熱浸透率bから熱伝導率λへの変換式
【0047】
【数5】

に基づいて、未知試料について測定された熱浸透率から未知試料の熱伝導率を推定することができる。従って、実際の装置としては、その変換式を組み込むことにより、未知試料の熱伝導率として表示することもできる。
【実施例1】
【0048】
上記した校正式を導出したときと同じ条件で、試料としてp−SiGeを用い、上記方法に従って測定を行った。得られた熱浸透率は、3100±300Js−0.5−2−1であり、体積比熱容量を1.6×10Jm−3−1とした場合、熱伝導率は5.9±1.1Wm−1−1となり、文献値と遜色ない値が求められた。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明によれば、伝熱モデルに合致するような方法で未知試料の熱浸透率を正確に評価することにより、熱電変換材料の熱浸透率の評価精度を上げることができるので、本発明は、熱電変換効率の良い熱電変換材料を利用する技術分野において有用な材料を開発する際に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】試料接触時のサーマルプローブ内の温度を評価する方法について説明するための測定系の模式的構成図。
【図2】伝熱モデルによる理論を説明するための模式図であり、(a)は接触前の場合、(b)は接触後の場合を示す。
【図3】プローブ棒内の温度T、T及びTについて、モデルを用いた計算結果を示すグラフであり、(a)はSiOガラスを用いた場合、(b)はSiを用いた場合を示す。
【図4】プローブ棒内の温度T、T及びTについて、実際の測定結果を示すグラフであり、(a)は、SiOガラスを用いた場合、(b)はSiを用いた場合を示す。
【図5】熱浸透率の温度差依存性について、モデルを用いた計算結果を示すグラフ。
【図6】熱浸透率の温度差依存性について、測定結果を示すグラフ。
【符号の説明】
【0051】
1 試料台 2 サーマルプローブ
2a プローブ基準計測用線 21 プローブブロック
22 プローブ棒 22a、22b、22c 電圧・温度計測用線
S 試料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プローブブロックとプローブ棒とからなるサーマルプローブを備えた熱物性値計測装置を用いて、被測定試料とプローブ棒との接触時のサーマルプローブ内の温度を複数点で評価し、隣接する測定箇所の温度差を用いて、熱浸透率既知試料の結果と比較することにより未知試料の熱浸透率を導出することを特徴とする熱浸透率の評価方法。
【請求項2】
前記既知試料とプローブ棒先端との接触時に、プローブ棒内の複数の測定箇所の温度を計測し、隣接する測定箇所の温度差を算出し、算出された既知試料の温度差に基づいて熱浸透率の校正式を導出し、この校正式を用いて未知試料の熱浸透率を評価することを特徴とする請求項1記載の熱浸透率の評価方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−257846(P2009−257846A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−105160(P2008−105160)
【出願日】平成20年4月14日(2008.4.14)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.PYREX
【出願人】(000192383)アルバック理工株式会社 (26)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】