説明

燃料電池の診断方法

【課題】経時的に使用することにより、変化する電極触媒の粒径を、非破壊で精度良くする推定することにより燃料電池を診断する方法を提供する。
【解決手段】高分子電解質膜の両面に電極触媒層が接合された膜電極接合体を備えた燃料電池を、サイクリックボルタンメトリ法により診断する。まず、燃料電池の一方の電極触媒層に加湿した水素ガスを供給し、他方の電極触媒層に水または加湿した不活性ガスを供給した状態で、燃料電池の印加電圧を変化させることにより得られる燃料電池の出力電流から、サイクリックボルタモグラムの波形を取得する。次に、サイクリックボルタモグラムの波形のうち、前記電極触媒の水素吸着反応に由来する波形における2つの出力電流値の比に基づいて、前記他方の電極触媒層の触媒粒径を推定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は燃料電池の診断装置と診断方法に関し、特に、燃料電池を破壊することなく、当該燃料電池を構成する膜電極接合体における電極触媒層の経時的な劣化等を推定するに好適な診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池の一形態として固体高分子型燃料電池が知られている。固体高分子型燃料電池は他の形態の燃料電池と比較して作動温度が低く、低コスト、コンパクト化が可能なことから、自動車の動力源等として期待されている。
【0003】
固体高分子型燃料電池は、燃料電池の発電部である膜電極接合体(MEA)を主要な構成要素とし、それをガス流路を備えたセパレータで挟持することにより、単セルと呼ばれる1つの燃料電池を形成している。膜電極接合体は、イオン交換膜である固体電解質樹脂膜の両面に電極触媒層を積層した構造を持つ。電極触媒層は、電解質樹脂と触媒担持導電体とを含む触媒混合物で形成され、触媒には主に白金系の金属が用いられ、該触媒を担持する導電体にはカーボン粉末が主に用いられる。
【0004】
燃料電池の発電部である膜電極接合体は、電気化学的反応による発電反応によって経時的に劣化するのを避けられず、故障を起こすようになる。現在、前記白金等である電極触媒の粒子の劣化程度については、触媒粒子を電気化学的に観察する手法が知られている。
【0005】
その一例として、サイクリックボルタンメトリ法による水素吸脱着波形の水素脱着電流における190〜230mVの範囲のピーク電流値と、250〜270mVのピーク電流値または変曲点における電流値との比に基づいて電極触媒の活性を評価する燃料電池の診断方法が提案されている(例えば特許文献1参照)。
【0006】
また、別の態様として、燃料電池に供給する反応ガスの供給量を一定にした状態で、燃料電池に印加する印加電圧を変化させることに伴って検出される前記燃料電池の出力電流のサイクリックボルタンメトリ特性に基づいて、酸化電流または還元電流を積分し、この積分値に基づいて電極触媒の電荷量を算出し、この算出した電荷量から燃料電池の電極触媒の劣化状態を判定する燃料電池の診断方法が提案されている(例えば特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−218097号公報
【特許文献2】特開2008−210572号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に記載の診断方法の場合には、電極触媒の表面の結晶面の解析のために、硫酸水溶液を電解液として用いており、このような方法では、アイオノマーと複合化した電極触媒層、さらは、この電極触媒層を高分子電解質膜の両面に接合した膜電極接合体に対して、そのまま適用できるものではない。
【0009】
すなわち、サイクリックボルタンメトリ法により得られたサイクリックボルタモグラムの波形は、電解液を含む環境の影響を受けるため、膜電極接合体を製品として組み込んだ状態を想定した実環境下における診断が好ましいが、特許文献1の方法では、実際の製品状態での評価ではないので、使用環境とはかけ離れている。さらに、硫酸水溶液中の硫酸イオンは、電極触媒を被毒してしまうおそれもあり、結果として、電極触媒の特性が低下しまうので、正確な診断ができるとはいえない。
【0010】
このような点を鑑みると、特許文献2に示す燃料電池の診断方法の如く、運転時を想定した環境下で、電極触媒の劣化状態を判定することが望ましい。しかしながら、特許文献2の場合、酸化電流または還元電流を積分値が、電極触媒の電荷量に依存することを利用しているが、この積分値のみからでは、電極触媒の劣化を適切に診断することができない。すなわち、特許文献2に示す燃料電池の診断方法では、電極触媒が、燃料電池の使用と共に粒成長することによる劣化の推定まではすることができない。
【0011】
電極触媒の粒成長は、(1)電極触媒のシンタリング、凝集による粒成長、(2)電極触媒の溶解・析出を繰り返すことによる粒成長、(3)電解質膜内における電極触媒の析出による粒成長、(4)電極触媒を担持するカーボンの劣化による電極触媒の粒成長などが挙げられ、この粒成長によって電極触媒の表面積が変化し、この結果、燃料電池の特性が変化する。従って、電極触媒の粒径をより正確に知ることは、電極触媒の現状の劣化の進行度合いばかりでなく、今後の劣化の進行の推移を予測するためには重要である。
【0012】
本発明は、このような点を鑑みてなされたものであり、その目的とすることころは、経時的に使用することにより、変化する電極触媒の粒径を、非破壊で精度良くする推定することができる燃料電池を診断する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を鑑みて、発明者は、鋭意検討を重ねた結果、サイクリックボルタンメトリ法において、水素吸着反応において出力される還元電流のうち、特定の印加電圧において得られる還元電流のピーク電流は、電極触媒の特定の結晶面を有する場合に得られるものであり、このような結晶面は、電極触媒の粒子の大きさ(触媒粒径)と相関があると考えた。そして、このような考えに基づいて、繰り返し実験を重ねた結果、サイクリックボルタンメトリ法により得られたサイクリックボルタモグラムの波形のうち、電極触媒の水素吸着反応に由来する波形における2つの電流値の比が、電極触媒層の触媒粒径と略比例関係にあるという新たな知見を得た。
【0014】
本発明は、この新たな知見に基づくものであり、燃料電池の診断方法は、高分子電解質膜の両面に電極触媒層が接合された膜電極接合体を備えた燃料電池を、サイクリックボルタンメトリ法により診断方法であって、前記燃料電池の一方の電極触媒層に加湿した水素ガスを供給し、他方の電極触媒層に水または加湿した不活性ガスを供給した状態で、前記燃料電池に印加する印加電圧を変化させることにより得られる燃料電池の出力電流から、サイクリックボルタモグラムの波形を取得する波形取得ステップと該サイクリックボルタモグラムの波形のうち、前記電極触媒の水素吸着反応に由来する波形における2つの出力電流値の比に基づいて、前記他方の電極触媒層の触媒粒径を推定する触媒粒径推定ステップと、を少なくとも含むことを特徴とする。
【0015】
まず、本発明では、波形取得ステップにおいて、燃料電池の電極触媒が活性化されている状態にあるときに、反応ガスとして一方の電極触媒層に水素ガスを供給し、他方の電極触媒層に水または加湿した不活性ガスを供給した状態で、燃料電池への電圧をスイープして、印加電圧を低電圧→高電圧→低電圧と一巡させるサイクリックボルタンメトリ(CV)の測定を行うことによりサイクリックボルタモグラムの波形を取得する。
【0016】
具体的には、燃料電池への印加電圧を、低電圧から高電圧に印加電圧を上げていくと燃料電池に酸化電流が流れ、燃料電池の電極触媒が酸化領域になる。ここで、白金Ptを電極触媒として例示すると、燃料電池の出力電流が酸化電流を示す条件下で、印加電圧を所定の範囲に亘って変化させると、所定の電圧範囲(電圧スイープの範囲)では、Hの脱離の反応として、Pt・H→Pt+H+eの反応(水素脱離反応)が生じ、更に印加電圧スイープの範囲を高くすると、Ptの酸化反応として、Pt+HO→PtO+2H+2eの反応が生じる。
【0017】
酸化電流が流れた後、燃料電池への印加電圧を、高電圧から低電圧に下げていくと、燃料電池には還元電流が流れ、燃料電池の電極触媒が還元領域になる。ここで、白金Ptを電極触媒として例示すると、燃料電池の出力電流が還元電流を示す条件下で、印加電圧を所定の範囲に亘って変化させると、所定の電圧範囲(電圧スイープの範囲)では、Pt還元反応として、PtO+2H+2e→Pt+HOの反応が生じ、さらに電圧を下げると、水素イオンがPtに吸着される反応(水素吸着反応)として、Pt+H+e→Pt・Hの反応が生じる。そして、この水素吸着反応が生じていることは、サイクリックボルタモグラムの波形から明らかにわかり、この点は一般的に知られているものであり、本発明では、この水素吸着反応に由来する波形を用いる。
【0018】
すなわち、触媒粒径推定ステップにおいて、このようにして得られたサイクリックボルタモグラムの波形のうち、上述した電極触媒の水素吸着反応に由来する波形における2つの出力電流値の比と、他方の電極触媒層の電極触媒の触媒粒径とには、比例的な相関があることから、この2つの出力電流値に基づいて、他方の電極触媒層の触媒粒径を推定する。このようにして推定された他方の電極触媒層の触媒粒径に基づいて、非破壊で電極触媒の劣化状態を診断することができる。
【0019】
そして、2つの異なる出力電流値の比は、その使用する電極触媒等により、電極触媒層の電極触媒の触媒粒径と相関がある、2つの特定の異なる印加電圧値に対応する出力電流値を用いて算出される。例えば、これらは予め実験等により、予めいくつかの触媒粒径が異なる電極触媒の触媒粒径を測定し、これらの触媒粒径と出力電流値の比との相関関係が、略比例関係となる2つの印加電圧値を特定すればよい。そして、この2つの印加電圧値に対応する出力電流値の比を求めればよい。
【0020】
このような場合、この2つの出力電流値の比を求める際には、前記水素吸着反応に由来する波形から、0.1V〜0.2Vの印加電圧値における出力電流値の絶対値の最大値を第一電流値とし、0.1〜0.4Vの間の特定の印加電圧値における出力電流値の絶対値を第二電流値とし、第一電流値に対する第二の電流値の比(第二電流値/第一電流値)を前記出力電流値の比とすることが好ましく、より好ましくは、第二電流値は、0.25Vの印加電圧における電流値の絶対値とすることがより好ましい。
【0021】
本発明によれば、後述する実験結果からも明らかなように、この印加電圧に対応する2つの出力電流値を用いて、出力電流値の比を算出し、この出力電流値の比から、例えば予め測定したマップなどを用いて、触媒粒径をより正確に推定することができる。
【0022】
また、一方側の電極触媒層に加湿水素ガスを供給し、他方の電極触媒層に水又は加湿された不活性ガスを供給するが、前記他方の電極触媒層には、純水などの水を供給することが好ましく、さらに、測定時には、この供給した水を、他方の電極触媒層に対して浸した状態で、流動させないことがより好ましい。
【0023】
発明者らの実験によれば、他方側の電極触媒層に水を供給することにより、電極触媒の水素吸着反応に由来する波形の変化が顕著なものとなり、これにより、より精度良く、他方側の電極触媒層の触媒粒径を精度良く推定することができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、経時的に使用することにより変化する電極触媒の粒径を、非破壊で精度良くする推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本実施形態に係るサイクリックボルタンメトリ法を説明するための図。
【図2】本実施形態に係るサイクリックボルタモグラムの波形を示した図。
【図3】実施例に係る各結晶子径ごとのサイクリックボルタモグラムの波形を示した図。
【図4】図3のサイクリックボルタモグラムの波形のうち、水素吸着反応に由来する波形を抽出し、この波形を第一電流値で正規化した図。
【図5】図4示す、波形の第一電流値と第二電流値との出力電流値の比と、これに対応する結晶子径を示した図。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明を以下の実施形態に基づいて説明する。図1は、サイクリックボルタンメトリ法を説明するための図であり、図2は、サイクリックボルタモグラムの波形を示した図である。
【0027】
図1に示すように、本実施形態では、高分子電解質膜11の両面に電極触媒層12A,12Bが接合された膜電極接合体(MEA)10を備えた燃料電池1を、サイクリックボルタンメトリ法により診断する。具体的には、膜電極接合体10の電極触媒層12A,12Bを構成する電極触媒の触媒粒径は、燃料電池1の性能に与える影響が大きいので、本実施形態では、この電極触媒の触媒粒径を推定する。
【0028】
まず、評価対象となる燃料電池1の構成について簡単に説明する。まず、電極触媒層12A、12Bを接合する高分子電解質膜11は、プロトン伝導性を有する樹脂(プロトン交換樹脂)から構成されば、その樹脂の種類は、特に限定されるものではなく、その樹脂としては、フルオロアルキルエーテル側鎖とパーフルオロアルキル主鎖を有するフルオロアルキル共重合体のパーフルオロ系プロトン交換樹脂(例えば、デュポン社製ナフィオン(商標名))などを挙げることができる。
【0029】
電極触媒層12A,12Bの電極触媒の材料としては、白金Pt又は白金合金PtMである。ここでMは、Fe,Co,Niなどの遷移金属、Au,Irなどの貴金属を挙げることができる。また、この電極触媒は、導電性を有する担体(カーボン、導電性金属酸化物など)に担持されて、電極触媒層12A、12Bを構成していてもよい。
【0030】
さらに、燃料電池1の各電極触媒層12A、12Bには、さらに拡散層が積層され(図示せず)、さらに両側からガス流路が形成されたセパレータ(図示せず)が挟持されている。本実施形態では、単セル状態の燃料電池1、又はこれを複数個スタックした状態で、破壊することなく診断を行う。
【0031】
以下のその診断方法の詳細を説明する。まず、燃料電池1の一方の電極触媒層12Aに加湿した加湿した水素ガスを供給する。この水素ガスには、例えば、N,He,Arなどのガスが混合されていてもよい。なお、ここでは、水素ガスは、サイクリックボルタンメトリ法を行うにあたって、後述する他方の電極触媒の一連の反応に充分な量の水素が供給される。
【0032】
次に、燃料電池1の他方の電極触媒層12Bに、水または加湿した不活性ガスを供給する。不活性ガスとしては、N,He,Arなどのガスを挙げることができる。但し、後述する触媒粒径をより精度良く推定するには、この他方の電極触媒層12Bに純水を供給し、浸した状態で測定することが好ましく、このようにすれば、サイクリックボルタモグラムの波形のうち、触媒粒径に起因した部分の波形の出力電流値の変化が顕著なものとなることが、発明者のこれまでの実験から解っている。
【0033】
このような状態で、サイクリックボルタンメトリ法を行い、サイクリックボルタモグラムの波形を取得する(波形取得ステップ)。具体的には、一方の電極触媒層12Bを参照電極とし、ポテンショガルバノスタット20を用いて、他方の電極触媒層の電位(印加電圧)を変化させ(スイープし)これにより得られる出力電流値を測定する。
【0034】
具体的には、水素吸着反応に由来する波形を得るためには、下限値となる電位(印加電圧)は、一方の電極触媒層である参照電極(RHE)に対して、0.1V以下であり、上限値となる電位(印加電圧)は、0.6V以上であり、上限となる電位(印加電圧)は、参照電極(RHE)の電位に対して、1.2V以下であることが好ましい。スイープする印加電圧(印加電圧)が1.2Vよりも大きい場合には、電極触媒層中にカーボンの劣化が進行してしまう。また、触媒粒径に起因した部分の波形の出力電流値の変化をより顕著なものとするには、変化させる印加電圧の掃引速度は、10〜100mV/secの範囲であることが好ましく、50mV/sec程度であることがより好ましい。
【0035】
このようにして、燃料電池に反応ガスとして一方の電極触媒層に水素ガスを供給した状態で、燃料電池の印加電圧をスイープして、印加電圧を低電圧→高電圧→低電圧と一巡させるサイクリックボルタンメトリ(CV)の測定を行うことにより、図2に示すような、サイクリックボルタモグラムの波形を取得する。このサイクリックボルタモグラムの波形が安定するまで、低電圧→高電圧→低電圧となるように印加電圧を繰り返し変化させる。
【0036】
ここで、図2に示すように、低電圧(0.1V以下)から高電圧(0.6V以上(具体的には1.0V))に電圧を上げていくと燃料電池に酸化電流が流れ、燃料電池の電極触媒が酸化領域になる。燃料電池の出力電流が酸化電流を示す条件下において、電圧範囲(印加電圧スイープの範囲)では、Hの脱離の反応として、Pt・H→Pt+H+eの反応(水素脱離反応)が生じ(図2の(1)の波形参照)、更にスイープする印加電圧を1.0V程度まで上げると、Ptの酸化反応として、Pt+HO→PtO+2H+2eの反応が生じる(図2の(2)の波形参照)。
【0037】
酸化電流が流れた後、燃料電池の印加電圧を、高電圧(0.6V以上)から低電圧(0.1V以下)に印加電圧を下げていくと、燃料電池には還元電流が流れ、燃料電池の電極触媒が還元領域になる。ここで、燃料電池の出力電流が還元電流を示す条件下において、印加電圧を所定の範囲に亘って変化させると、所定の電圧範囲(印加電圧スイープの範囲)では、Pt還元反応として、PtO+2H+2e→Pt+HOの反応が生じ(図2の(3)の波形参照)、さらに印加電圧を下げると、水素イオンがPtに吸着される反応(水素吸着反応)として、Pt+H+e→Pt・Hの反応が生じる(図2の(4)の波形参照)。
【0038】
そして、サイクリックボルタモグラムの波形のうち、前記電極触媒の水素吸着反応に由来する波形(図2の(4)の波形)における2つの出力電流値の比に基づいて、他方の電極触媒層12Aの触媒粒径を推定する(触媒粒径推定ステップ)。具体的には、水素吸着反応に由来する波形から、0.1V〜0.2Vの印加電圧値における出力電流値の絶対値の最大値を第一電流値I1とし、0.1〜0.4Vの間の前記第一電流値I1に対応する印加電圧とは異なる特定の印加電圧値((好ましくは前記印加電圧より大きい印加電圧(より好ましくは0.25V))における出力電流値の絶対値を第二電流値I2とし、第一電流値I1に対する第二電流値I2の比(すなわち、第二電流値I2/第一電流値I1)を、出力電流値の比として算出する。
【0039】
ここで、図2の(4)の波形は、以下に示すベース電流値Irで補正することにより、電極触媒の水素吸着反応に由来する波形を得ることがきる。従って、第一電流値I1は、図2に示す、還元電流が流れる低電位方向のスイープ(カソーディックスイープ)時の0.3〜0.6Vの間の最大電流値をベース電流値Irとし、このベース電流値Irからの、0.1V〜0.2Vの印加電圧値における出力電流値の最大の大きさ(絶対値)を算出することにより求めることができる。また、電極触媒の水素吸着反応に由来する波形における第二電流値I2は、図2に示すように、ベース電流値Irからの、例えば、0.25Vの印加電圧値における出力電流値の大きさ(絶対値)を算出することにより求めることができる。
【0040】
そして、2つの出力電流値の比(第二電流値I2/第一電流値I1)と、電極触媒層の電極触媒の触媒粒径とには、比例的な相関があることから、この2つの出力電流値に基づいて、予め測定した出力電流値の比と触媒粒径との関係(例えば図5)から、他方の電極触媒層の触媒粒径を推定することができる。このようにして推定された他方の電極触媒層の触媒粒径に基づいて、非破壊でこの電極触媒(燃料電池)の劣化状態を診断することができる。
【実施例】
【0041】
以下の本発明を実施例により説明する。
【0042】
[膜電極接合体の作製]
まず、電極触媒としてPt粒子を準備し、熱処理温度を、700℃〜900℃の範囲ので、5時間の6水準の加熱条件で変化させることで、触媒の結晶子径(触媒粒径)を変化させた。これにより、結晶子径の異なる6種類の電極触媒を作製した。
【0043】
6種類の電極触媒の触媒粒径として、結晶子径を測定した。各電極触媒の結晶子径を、X線回折法(XRD法)により、線源にCuKα、出力設定を電圧40kV、電流300mA、走査範囲5〜90°にして、走査範囲40°付近に現れる(111)面のピークから、シェラーの式を用いて算出した。この結果、各電極触媒の粒子径は、順に、2.1nm、2.3nm、2.5nm、3.2nm、3.7nm、及び4.6nmであった。
【0044】
これら6種の電極触媒のそれぞれを用いて、膜電極接合体を製作した。具体的には、まず、カーボン対して電極触媒を30質量%担持した白金担持カーボン1.0gと、高分子電解質のアイオノマー(デュポン社製ナフィオン)0.7g、溶媒(水、エタノール)15.0gを混合し、超音波により白金担持カーボンを分散させて、触媒の結晶子径毎に、6種類の触媒インクを作成した。その後、ドクターブレード法により、基板の上に触媒インクを塗布・乾燥させて、触媒電極層を作製した。得られた触媒電極層を、高分子電解質膜(デュポン社製ナフィオン)の両面に、120℃の温度条件下で熱転写し、膜電極接合体を作製した。
【0045】
[サイクリックボルタンメトリ法]
膜電極接合体のうち、評価を行う電極触媒を含む電極触媒層側には、純水を導入し、評価を行わない電極触媒層側には、100%RHの水素ガスを導入し、40℃の温度条件下で、ポテンショガルバスタットを用いて、電位操作範囲0.01〜1.0V、5サイクル、掃引速度、50mV/secの条件で、燃料電池への印加電圧を変化させ、これに応じて出力される燃料電池の出力電流値を検出し、サイクリックボルタモグラムの波形を取得した。この結果を、図3に示す。なお、ここでは、波形が安定したサイクル数は、5サイクルであったが、波形が安定しない場合には、それ以上のサイクル数で、波形が安定するまで行うとよい。
【0046】
[波形の解析]
まず、第一電流I1を算出する。得られた各サイクリックボルタモグラムの波形のうち、還元電流が流れる低電位方向のスイープ(カソーディックスイープ)時の0.3〜0.6Vの間の最大電流値であるベース電流値Irを読み取った。例えば、結晶子径2.5nmの場合、ベース電流値Irは、−0.000152Aであった。次に、0.1V〜0.2Vの印加電圧値における出力電流値の最小値Vmin(電流の絶対値の最大値)を読み取る。例えば、結晶子径2.5nmの場合、出力電流値の最小値は、−0.0812Aであった。この2つの値から、0.1V〜0.2Vの印加電圧値における、電極触媒の水素吸着反応に由来する出力電流値の絶対値の最大値、すなわち、第一電流値I1=|Vmin−Ir|を算出する。例えば、結晶子径2.5nmの場合、第一電流値I1は、0.0811Aになる。
【0047】
次に、第二電流値I2を算出する。具体的には、0.1〜0.4Vの間の特定の印加電圧値として、0.25Vにおける出力電流値を読み取る。例えば、結晶子径2.5nmの場合、電流値I’は、−0.0224Aであった。次に0.25Vの印加電圧値における、電極触媒の水素吸着反応に由来する出力電流値、すなわち、第二電流値I2=|I’−Ir|を算出する。例えば、結晶子径2.5nmの場合の第二電流値I2は、0.022Aである。そして、第一電流値に対する第二電流値の比すなわち、第二電流値I2/第一電流値I1を算出する。例えば、結晶子径2.5nmの場合の電流値の比は、0.27になる。このようにして、各結晶子径毎に、第一電流値に対する第二電流値の比を算出する。
【0048】
なお、図4は、図3のサイクリックボルタモグラムの波形から、0〜0.5Vにおける電極触媒の水素吸着反応に由来する波形を抽出し、得られた波形をベース電流値Irで減算することにより補正し、その補正した波形を、第一電流値I1で規格化(第一電流値I1で除算した)波形である。従って、図4に示す印加電圧値が0.25Vの出力電流値が、第一電流値に対する第二電流値の比になる。図4からも明らかなように、第二電流値に対応する印加電圧値が0.25Vの場合、さらに2つの出力電流値の比は、触媒粒径に近い。しかしながら、第二電流値となる印加電圧値は、必ずしも0.25Vである必要はなく、その近傍の印加電圧値であっても、得られた2つの出力電流値の比にさらに一定の補正定数を乗じれば、実際の結晶子径に近い結晶子径を推定することができる。
【0049】
このようにして得られた出力電流値の比と、これに対応する結晶子径との関係を図5に示す。図5に示すように、結晶子径と、出力電流値の比とは、略比例関係にある。このような関係を予め実験等で確認しておけば、結晶子径(触媒粒径)を直接的に測定することなく、サイクリックボルタンメトリ法で得られた出力電流値の比から、非破壊により結晶子径を推定することがきる。そして、この推定した結晶子径から、一般的に知られた診断方法等により、例えば粒成長の度合いに応じて、電極触媒(燃料電池)の劣化の進行度合いを診断することができきる。
【符号の説明】
【0050】
1:燃料電池、11:高分子電解質膜、12A,12B:電極触媒層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子電解質膜の両面に電極触媒層が接合された膜電極接合体を備えた燃料電池を、サイクリックボルタンメトリ法により診断方法であって、
前記燃料電池の一方の電極触媒層に加湿した水素ガスを供給し、他方の電極触媒層に水または加湿した不活性ガスを供給した状態で、前記燃料電池に印加する印加電圧を変化させることにより得られる燃料電池の出力電流から、サイクリックボルタモグラムの波形を取得する波形取得ステップと、
該サイクリックボルタモグラムの波形のうち、前記電極触媒の水素吸着反応に由来する波形における2つの出力電流値の比に基づいて、前記他方の電極触媒層の触媒粒径を推定する触媒粒径推定ステップと、を少なくとも含むことを特徴とする燃料電池の診断方法。
【請求項2】
前記水素吸着反応に由来する波形から、0.1V〜0.2Vの印加電圧値における前記出力電流値の絶対値の最大値を第一電流値とし、0.1V〜0.4Vの間の特定の印加電圧値における出力電流値の絶対値を第二電流値とし、第一電流値に対する第二電流値の比を前記出力電流値の比とすることを特徴とする請求項1に記載の燃料電池の診断方法。
【請求項3】
前記第二電流値は0.25Vの印加電圧値における出力電流値の絶対値であることを特徴とする請求項2に記載の燃料電池の診断方法。
【請求項4】
波形取得ステップにおいて、前記他方の電極触媒層に水を供給した状態で、前記波形を取得することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の燃料電池の診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−243315(P2011−243315A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−111963(P2010−111963)
【出願日】平成22年5月14日(2010.5.14)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】