説明

燃料電池システムおよび燃料電池システムの制御方法

【課題】不活性ガスタンク等の追加の設備がなくとも、電極触媒層に含まれる白金や白金合金の溶出・劣化を抑制することが可能な燃料電池システムを提供する。
【解決手段】燃料電池システムは、燃料電池と、燃料電池の出力電圧を所定の上限値を超えないように制御する制御部と、燃料電池の出力電圧を検出する電圧検出部と、燃料電池の出力電圧の変動回数と、燃料電池の出力電圧の上限値と、変動回数および上限値によって決定される燃料電池内の電極触媒層の予測される劣化の状態との対応関係を予め記憶する記憶部とを備える。制御部は、所定の上限値を超えないように燃料電池を発電中に、単位時間あたりの燃料電池の出力電圧の変動回数を計測し、計測した変動回数と、所定の上限値と、対応関係とを用いて、燃料電池内の電極触媒層の予測される劣化の状態を判定し、判定した状態に応じて、所定の上限値を決定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池システムおよび燃料電池システムの制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水素と酸素との電気化学反応によって発電する燃料電池がエネルギー源として注目されている。燃料電池は、電解質膜の両側に白金または白金合金を含む電極触媒層が形成された膜電極接合体と、ガス拡散層とからなるセルが複数積層されたスタック構造を有している。このような燃料電池を備えた燃料電池システムでは、例えば、発電停止時に生じうる不都合の一つとして、燃料電池と負荷との接続の切断時における燃料電池の電圧上昇が挙げられる。燃料電池と負荷との接続が切断されると、燃料電池の電圧が開回路電圧(OCV)以上に上昇し、電極触媒層に含まれる白金や白金合金が溶出・劣化することにより、燃料電池の性能が低下する可能性がある。このような望ましくない程度の燃料電池の電圧上昇を抑制するために、燃料電池の燃料極(アノード)側を不活性ガスでパージすることによって、燃料電池の電圧を降下させる技術が知られている(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−342406号公報
【特許文献2】特開平8−315836号公報
【特許文献3】特許4137796号公報
【特許文献4】特開2006−202718号公報
【特許文献5】特開2009−165994号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、従来の技術では、不活性ガスをパージするための不活性ガスタンク等の設備が必要となり、コスト高を招くという問題があった。
【0005】
本発明は、不活性ガスタンク等の追加の設備がなくとも、電極触媒層に含まれる白金や白金合金の溶出・劣化を抑制することが可能な燃料電池システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態又は適用例として実現することが可能である。
【0007】
[適用例1]
燃料電池システムであって、
燃料電池と、
前記燃料電池の出力電圧を所定の上限値を超えないように制御する制御部と、
前記燃料電池の出力電圧を検出する電圧検出部と、
燃料電池の出力電圧の変動回数と、燃料電池の出力電圧の上限値と、前記変動回数および前記上限値によって決定される燃料電池内の電極触媒層の予測される劣化の状態との対応関係を予め記憶する記憶部と、
を備え、
前記制御部は、
前記所定の上限値を超えないように前記燃料電池を発電中に、単位時間あたりの前記燃料電池の出力電圧の変動回数を計測し、計測した前記変動回数と、前記所定の上限値と、前記対応関係とを用いて、前記燃料電池内の電極触媒層の予測される劣化の状態を判定し、判定した前記状態に応じて、前記所定の上限値を決定する、燃料電池システム。
このような構成にすれば、制御部は、所定の上限値を超えないように燃料電池を発電中に、単位時間あたりの燃料電池の出力電圧の変動回数を計測し、計測した変動回数と、所定の上限値と、対応関係とを用いて、電極触媒層の予測される劣化の状態を判定し、判定した劣化の状態に応じて、燃料電池の出力電圧の上限値を決定するため、燃料電池の実際の発電状況を考慮して予測される電極触媒層の劣化の状態に応じて、出力電圧の上限値を変更することができる。この結果、不活性ガスタンク等の追加の設備がなくとも、電極触媒層に含まれる白金や白金合金の溶出・劣化を抑制することが可能な燃料電池システムを提供することができる。
【0008】
[適用例2]
適用例1記載の燃料電池システムであって、さらに、
二次電池と、
前記二次電池の充電状態を検出する状態検出部と、
を備え、
前記制御部は、判定した前記状態に加えて、さらに、検出した前記二次電池の充電状態に応じて、前記所定の上限値を決定する、燃料電池システム。
このような構成にすれば、制御部は、判定した劣化の状態に加えて、さらに、検出した二次電池の充電状態に応じて、所定の上限値を決定するため、二次電池の充電状態を考慮しつつ、燃料電池の出力電圧の上限値を変更することができる。
【0009】
[適用例3]
適用例1記載の燃料電池システムであって、
前記制御部は、
計測した前記変動回数と、前記所定の上限値とを前記対応関係にあてはめることによって、前記燃料電池内の電極触媒層の予測される劣化の状態を判定し、
前記電極触媒層の予測される劣化の状態が所定の基準よりも大きいと判定した場合は前記所定の上限値を変更し、前記電極触媒層の予測される劣化の状態が前記基準以下であると判定した場合は前記所定の上限値を変更しない、燃料電池システム。
このような構成にすれば、制御部は、燃料電池の発電中に計測した単位時間あたりの燃料電池の出力電圧の変動回数と、燃料電池の発電の際の所定の上限値とを対応関係にあてはめることによって、燃料電池内の電極触媒層の予測される劣化の状態を判定し、予測される劣化の状態が所定の基準よりも大きいと判定した場合は所定の上限値を変更し、予測される劣化の状態が前記基準以下であると判定した場合は所定の上限値を変更しないため、燃料電池の実際の発電状況を考慮して予測される電極触媒層の劣化の状態に応じて、出力電圧の上限値を変更することができる。この結果、不活性ガスタンク等の追加の設備がなくとも、電極触媒層に含まれる白金や白金合金の溶出・劣化を抑制することが可能な燃料電池システムを提供することができる。
【0010】
[適用例4]
適用例2記載の燃料電池システムであって、
前記制御部は、
計測した前記変動回数と、前記所定の上限値とを前記対応関係にあてはめることによって、前記燃料電池内の電極触媒層の予測される劣化の状態を判定し、
前記電極触媒層の予測される劣化の状態が所定の基準よりも大きいと判定し、かつ、検出した前記二次電池の充電状態が満充電に対して余裕のある充電状態であると判定した場合は、前記所定の上限値を変更する、燃料電池システム。
このような構成にすれば、制御部は、燃料電池の発電中に計測した前記変動回数と、燃料電池の発電の際の所定の上限値とを対応関係にあてはめることによって、燃料電池内の電極触媒層の予測される劣化の状態を判定し、予測される劣化の状態が所定の基準よりも大きく、かつ、二次電池の充電状態が満充電に対して余裕のある充電状態であると判断した場合に所定の上限値を変更するため、燃料電池の実際の発電状況を考慮して予測される電極触媒層の劣化の状態に加えて、さらに、二次電池の実際の充電状態を考慮した上で出力電圧の上限値を変更することができる。
【0011】
[適用例5]
適用例1ないし4のいずれか一項記載の燃料電池システムであって、
前記制御部は、
前記所定の上限値を、開回路電圧以下の値に変更する、燃料電池システム。
このような構成にすれば、制御部は、所定の上限値を開回路電圧以下の値とすることができる。
【0012】
なお、本発明は、種々の形態で実現することが可能である。例えば、燃料電池システム、燃料電池システムの制御方法、それらを備える移動体等の態様で実現することができる。また、本発明は、上述した種々の特徴を必ずしも全て備えている必要はなく、その一部を省略して構成することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の一実施例としての燃料電池システムを搭載した車両の概略構成を示す説明図である。
【図2】保持電圧変更制御において用いられる電圧制御グラフの一例を示す説明図である。
【図3】図2の許容変動回数についての説明図である。
【図4】電圧制御グラフの作成方法(手順a)についての説明図である。
【図5】電圧制御グラフの作成方法(手順b)についての説明図である。
【図6】電圧制御グラフの作成方法(手順c)についての説明図である。
【図7】保持電圧変更制御(通常運転時)の手順を示すフローチャートである。
【図8】保持電圧変更制御(間欠運転時)の手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
次に、本発明の実施の形態を実施例に基づいて以下の順序で説明する。
【0015】
A.実施例:
(A−1)燃料電池システムの構成:
図1は、本発明の一実施例としての燃料電池システム100を搭載した車両HRの概略構成を示す説明図である。なお、以下の説明では、車両の一例として燃料電池自動車(FCHV:Fuel Cell Hybrid Vehicle)を例に挙げて説明する。車両HRは、主に、燃料電池システム100と、インバータ60と、モータ61と、車輪63L、63Rと、燃料ガス供給源70と、酸化ガス供給源80とを備えている。
【0016】
車両HRは、車輪63L、63Rに連結されたモータ61を駆動力源として走行する。モータ61は、インバータ60に接続され、燃料電池システム100を電源としている。インバータ60は、燃料電池システム100から出力される直流電流を三相交流電流に変換して、モータ61に供給する。
【0017】
燃料ガス供給源70は、燃料電池システム100内の燃料電池40の燃料極(アノード)に対して燃料ガスを供給する。燃料ガス供給源70は、例えば、水素タンクや種々の弁などから構成され、弁開度やON/OFF時間等を調整することによって、燃料電池40に供給する燃料ガス量を制御する。酸化ガス供給源80は、燃料電池システム100内の燃料電池40の酸素極(カソード)に対して酸化ガスを供給する。酸化ガス供給源80は、例えば、エアコンプレッサやエアコンプレッサを駆動するモータ、インバータ等から構成され、モータの回転数等を調整することによって、燃料電池40に供給する酸化ガス量を制御する。
【0018】
燃料電池システム100は、主に、制御部10と、バッテリ20と、DC/DCコンバータ30と、燃料電池40と、補機類50とを備えている。
【0019】
制御部10は、マイクロコンピュータを中心とした論理回路として構成される。具体的には、予め設定された制御プログラムに従って所定の演算などを実行する図示しないCPUと、CPUで各種演算処理を実行するのに必要な制御プログラムや制御データ等が予め格納された図示しないROMと、同じくCPUで各種演算処理をするのに必要な各種データが一時的に読み書きされる図示しないRAMと、各種信号を入出力する図示しない入出力ポート等を備える。
【0020】
制御部10には、各種センサ、例えば、圧力センサ91と、電圧センサ92と、電流センサ93と、SOCセンサ21とが接続されている。圧力センサ91は、燃料ガス供給源70から供給される燃料ガスの供給圧力を検出するためのセンサである。電圧検出部としての電圧センサ92は、燃料電池40の出力電圧(以下、「FC電圧」とも呼ぶ。)を検出するためのセンサである。電流センサ93は、燃料電池40の出力電流(以下、「FC電流」とも呼ぶ。)を検出するためのセンサである。状態検出部としてのSOCセンサ21は、バッテリ20の充電状態(SOC:State of Charge)を検出するためのセンサである。制御部10は、上述の各種センサから入力される信号に基づいて、燃料ガス通路に設けられた調整弁71や、酸化ガス通路に設けられた調整弁81、燃料ガス供給源70、酸化ガス供給源80、バッテリ20、DC/DCコンバータ30、インバータ60などの各部を制御する。
【0021】
制御部10は、記憶部11を含んでいる。記憶部11には、電圧制御グラフ12と、上限値14とが格納されている。電圧制御グラフ12は、燃料電池の出力電圧の変動回数と、燃料電池の出力電圧の上限値と、燃料電池の出力電圧の変動回数および上限値によって決定される燃料電池内の電極触媒層の予測される劣化の状態との対応関係とを示すグラフである。詳細は後述する。上限値14は、制御部10が燃料電池40の出力電圧の上限値を制御する際に用いる設定値である。
【0022】
バッテリ20は、充放電可能な2次電池であり、例えば鉛蓄電池や、ニッケル−カドミウム蓄電池、ニッケル−水素蓄電池、リチウム2次電池など種々の2次電池を用いることができる。バッテリ20は、燃料電池40の放電経路に介挿され、燃料電池40と並列に接続されている。なお、バッテリ20に代えて、2次電池以外の充放電可能な蓄電器(例えば、キャパシタ)を用いてもよい。
【0023】
燃料電池40は、燃料ガス供給源70から供給される燃料ガスと、酸化ガス供給源80から供給される酸化ガスとの電気化学反応により電力を発生させる。燃料電池40は、電解質膜41の両面に、アノード電極42と、カソード電極43とからなる電極触媒層が形成された膜電極接合体(MEA:Membrane Electrode Assembly)44などを備えた単セルを、直列に複数積層したスタック構造を有している。なお、MEA44の両側には、さらに、カーボンクロスやカーボンペーパー等からなるガス拡散層や、セパレータ等を備えていても良い。燃料電池40としては、種々のタイプの燃料電池(例えば、固体高分子型や、熔融炭酸塩型等)を利用することができる。
【0024】
電解質膜41は、プロトン伝導性を有するプロトン伝導体(例えば、アイオノマ樹脂を用いたパーフルオロスルホン酸イオン交換膜)で形成されている。アノード電極42およびカソード電極43は、電解質膜41を介して行われる水素と酸素との電気化学反応を促進させる触媒機能に加え、ガス透過性、導電性、撥水性を有する材料(例えば、白金を含有する白金系触媒を担持した炭素担体に、プロトン伝導体であるアイオノマ樹脂を混合した材料)で形成されている。なお、アノード電極42およびカソード電極43を総称して「電極触媒層」とも呼ぶ。
【0025】
バッテリ20と、燃料電池40とは、インバータ60に並列接続されている。また、バッテリ20と、インバータ60との間には、DC/DCコンバータ30が設けられている。
【0026】
DC/DCコンバータ30は、バッテリ20から入力されたDC電圧を昇圧または降圧して、燃料電池40側に出力する機能と、燃料電池40から入力されたDC電圧を昇圧または降圧して、バッテリ20側に出力する機能とを備えている。また、DC/DCコンバータ30の機能によって、バッテリ20の充放電が実現される。DC/DCコンバータ30は、例えば、4つの図示しないパワートランジスタ(スイッチング素子)と、専用のドライブ回路とによって構成される。
【0027】
補機類50には、車両補機やFC補機が含まれる。車両補機は、車両の運転時等に使用される種々の電力機器である。車両補機には、例えば、照明機器、空調機器、油圧ポンプが含まれる。FC補機は、燃料電池40の運転に使用される種々の電力機器である。FC補機には、例えば、燃料ガスや改質材料を供給するためのポンプ、改質器の温度を調整するためのヒータが含まれる。車両補機およびFC補機は、バッテリ20とDC/DCコンバータ30との間に接続されており、バッテリ20から電力が供給される。
【0028】
(A−2)電圧制御グラフの構成:
図2は、保持電圧変更制御において用いられる電圧制御グラフ12の一例を示す説明図である。燃料電池システム100の制御部10(図1)には、図示のような電圧制御グラフ12が予め格納されている。電圧制御グラフ12において、横軸は電位(V)を、縦軸は許容変動回数(回)比率を、それぞれ示している。横軸の電位は、制御部10が制御する燃料電池の出力電圧(FC電圧)の上限値を示している。縦軸の許容変動回数(回)比率は、単位時間あたりの燃料電池のFC電圧の変動回数比率を示している。
【0029】
燃料電池の電極触媒層に含まれる白金や白金合金の溶出・劣化を引き起こす要因としては、i)燃料電池のFC電圧、ii)燃料電池の高電圧状態が継続する時間、iii)燃料電池のFC電圧の変動回数、が存在することが知られている。図2の電圧制御グラフ12では、上記i〜iiiの要因を考慮した上で、電極触媒層に含まれる白金や白金合金の溶出・劣化の有無を予測するための基準となる性能保持曲線FAPが定められている(性能保持曲線FAPを決定する方法については後述する)。
【0030】
具体的には、図2において性能保持曲線FAPの左側に位置する領域A(斜線のハッチングを付して示す)の条件下で燃料電池の発電を継続した場合、電極触媒層に含まれる白金や白金合金の溶出・劣化の程度は基準以下であることを示している。一方、性能保持曲線FAPの右側に位置する領域B(点線のハッチングを付して示す)の条件下で燃料電池の発電を継続した場合、電極触媒層に含まれる白金や白金合金の溶出・劣化の程度は基準よりも大きいことを示している。なお、性能保持曲線FAP上は、領域Aに含まれるものとする。
【0031】
図3は、図2の許容変動回数についての説明図である。燃料電池システム100(図1)では、通常運転時に運転者からの操作(始動操作、アクセル操作、ブレーキ操作等)があった場合、燃料電池40のFC電圧は図示のように変動する。また、アイドル運転時のように、バッテリ20から電力を供給する場合でも、燃料電池40の起動特性の悪化を抑制するために、燃料電池40の発電は完全に停止させない。このため、アイドル運転時には、燃料電池40にはFC電圧がOCVを下回る範囲で収まるように、燃料ガスや酸化ガスの供給・停止を間欠的に繰り返す制御(間欠運転)が行われる。このような間欠運転時においても、燃料電池40のFC電圧は図示のように変動する。
【0032】
例えば、燃料電池40のFC電圧の上限値が0.95Vに設定され、ある単位時間STの間にFC電圧が0.95Vから0.75Vまで1回下降した場合と、燃料電池40のFC電圧の上限値が0.85Vに設定され、FC電圧が0.85Vから0.75Vまで下降し、再び上限値(0.85V)まで上昇することを3回繰り返した場合と、を比較すると、後者(上限値:0.85V)のほうが電極触媒層に含まれる白金や白金合金の溶出・劣化の程度が小さい。これは、前者(上限値:0.95V)が電圧制御グラフ12(図2)において領域Aと領域Bの境界付近のCP1点に位置する一方、後者(上限値:0.85)が電圧制御グラフ12において領域Aの内部に位置することからわかる。
【0033】
制御部10が行う保持電圧変更制御では、この電圧制御グラフ12(図2)と、燃料電池40の発電状態とから、電極触媒層の予測される劣化の状態を判定し、予測される劣化の状態が所定の基準に対して大きいか(領域Bに位置するか)、基準以下であるか(領域Aに位置するか)、に応じて出力電圧の上限値を決定する(すなわち、領域Bに位置しないように制御する)という処理を行う。詳細は後述する。このような保持電圧変更制御を行うことによって、燃料電池システム100では、不活性ガスタンク等の追加の設備がなくとも、燃料電池の電極触媒層に含まれる白金や白金合金の溶出・劣化の程度を抑制することが可能となる。
【0034】
(A−3)電圧制御グラフの作成方法:
図4は、電圧制御グラフ12の作成方法(手順a)についての説明図である。手順aでは、複数の燃料電池のサンプルを用意し、事前の試験を実施する。
<手順a1> 複数の燃料電池のサンプルに対して保持時間と保持電位の異なる試験を行う。具体的には、複数のサンプルに対してそれぞれ、異なるFC電圧値が検出される発電状態を、異なる時間だけ継続させる。例えば、サンプル#01の場合は、燃料電池の出力電圧(FC電圧)の値が0.8Vである発電状態を60秒間継続させる(すなわち、保持時間60秒、保持電位0.8V)。また、サンプル#26の場合は、FC電圧の値が0.95Vである発電状態を100秒間継続させる(すなわち、保持時間100秒、保持電位0.95V)。
<手順a2> 複数のサンプルに対してそれぞれ、手順a1を行った結果発生した電極触媒層の劣化を評価し、評価結果を示す劣化指標値を取得する。なお、電極触媒層の劣化の評価方法は、既知の種々の方法を採用することができる。
【0035】
図5は、電圧制御グラフ12の作成方法(手順b)についての説明図である。手順bでは、手順aで試験した各サンプルについて、保持時間と劣化比率の関係を示すグラフを作成する。
<手順b> 縦軸に、手順a2で求めた劣化指標値の、予め定められた基準条件の劣化指標値に対する比率(劣化比率)をプロットし、横軸に、手順a1の試験における保持時間をプロットする。なお、本実施例では、基準条件を、サンプル#26の条件(すなわち、保持時間100秒、保持電位0.95V)としている。
【0036】
この結果、図5のように、保持時間と劣化比率の関係を示すグラフには、手順a1の試験における保持電位ごとに複数本の近似曲線が描かれる。なお、図5では、説明の便宜上、保持電位が0.95Vの近似曲線AP1と、保持電位が0.9Vの近似曲線AP2のみを表示している。図5に示されているように、保持時間と劣化比率との関係は、保持電位が異なっても同様の傾向(exp曲線など)を示すことがわかる。
【0037】
図6は、電圧制御グラフ12の作成方法(手順c)についての説明図である。手順cでは、手順bで得たグラフに描かれた各近似曲線について、保持電位と、許容変動回数との関係を示すグラフを作成する。
<手順c1> 手順bで得た保持時間と劣化比率の関係を示すグラフ(図5)に描かれた各近似曲線上で、劣化比率が1である点を定め、劣化比率が1である点と、基準条件をプロットした点の2点間における倍率Kを求める。
<手順c2> 縦軸に、手順c1で求めた各近似曲線についての倍率Kをプロットし、横軸に各近似曲線の保持電位をプロットする。さらに、プロットした各点の近似曲線を求め、これを性能保持曲線FAPとする。
【0038】
このようにして作成された保持電位と、許容変動回数との関係を示すグラフが、図2で示した電圧制御グラフ12となる。すなわち、電圧制御グラフ12は、基準条件下での保持電位の許容変動回数を1とした場合における、他の電位の許容変動回数を示していることがわかる。このことから、基準条件における保持電位は開回路電圧OCV、またはOCV以下であってOCVに近い値にすることが好ましいことがわかる。
【0039】
(A−4)燃料電池システムの動作:
図7は、保持電圧変更制御(通常運転時)の手順を示すフローチャートである。保持電圧変更制御(通常運転時)は、燃料電池システム100が通常運転をしている場合、すなわち、制御部10が上限値14に設定された上限電圧を超えないように、燃料電池40を発電させている場合に、制御部10(図1)によって実行される処理である。
【0040】
保持電圧変更制御(通常運転時)を開始すると、制御部10は、単位時間あたりの燃料電池40のFC電圧の変動回数をカウントする(ステップS10)。具体的には、例えば、制御部10は、電圧センサ92からの検出値(FC電圧)を監視し、この検出値が、下降する傾向を示したのち上昇する傾向を示した場合に、「FC電圧の変動回数1回」とカウントする。制御部10は、単位時間(任意に設定可)あたりに、このようなFC電圧の変動が何回起こったかを計測する。
【0041】
次に、制御部10は、FC電圧の変動回数が電圧制御グラフの領域A内であるか否かを判定する(ステップS12)。具体的には、制御部10は、電圧制御グラフ12(図2)において、ステップS12でカウントしたFC電圧の変動回数を縦軸にあてはめ、現在設定されているFC電圧の上限値(上限値14)を横軸にあてはめた点が、電圧制御グラフ12の領域A内にあるか否かを判定する。
【0042】
あてはめた点が領域A内にある場合(ステップS12:YES)、制御部10は、現在設定されているFC電圧の上限値(上限値14)をそのまま保持し、ステップS10へ戻る(ステップS14)。一方、あてはめた点が領域B内にある場合(ステップS12:NO)、制御部10は、現在設定されているFC電圧の上限値(上限値14)を予め定められた値(例えば、0.01V)の分だけ上昇させ、ステップS10へ戻る(ステップS16)。
【0043】
図8は、保持電圧変更制御(間欠運転時)の手順を示すフローチャートである。保持電圧変更制御(間欠運転時)は、燃料電池システム100が間欠運転をしている場合、すなわち、制御部10が上限値14に設定された保持電圧を超えないように、燃料電池40を発電させている場合に、制御部10(図1)によって実行される処理である。図7で説明した保持電圧変更制御(通常運転時)との違いは、ステップS12の後にステップS22が追加されている点と、ステップS14に代えてステップS24が、ステップS16に代えてステップS26が、それぞれ挿入されている点のみであり、他は保持電圧変更制御(通常運転時)と同じである。
【0044】
ステップS22において、制御部10は、SOCセンサ21からの検出値SOCが予め定められた閾値(例えば、80%)以下であるか否かを判定する。SOCが予め定められた閾値以下である場合(ステップS22:YES)、制御部10は、現在設定されているFC電圧の上限値(上限値14)をそのまま保持し、燃料電池40からの出力電力でバッテリ20の充電を行う(ステップS24)。これは、SOCが閾値以下である場合、バッテリ20の充電状態は、満充電に対して余裕のある充電状態であると判定できるためである。ステップS24終了後、処理はステップS10へ遷移する。
【0045】
一方、SOCが予め定められた閾値よりも大きい場合(ステップS20:NO)、制御部10は、現在設定されているFC電圧の上限値(上限値14)を予め定められた値(例えば、0.01V)の分だけ上昇させた上で、燃料電池40からの出力電力でバッテリ20の充電を行う(ステップS26)。これは、SOCが閾値よりも大きい場合、バッテリ20の充電状態は、満充電に対して余裕のない充電状態であると判定されるため、燃料電池40のFC電圧を上昇させることによって燃料電池40からの出力電流を下げる(すなわち、バッテリ20に充電される電力を下げる)ためである。ステップS26終了後、処理はステップS10へ遷移する。
【0046】
以上のように、実施例によれば、制御部10は、所定の上限値(上限値14)を超えないように燃料電池40を発電中に、単位時間あたりの燃料電池40の出力電圧(FC電圧)の変動回数を計測する(図7、図8、ステップS10)。制御部10は、計測した変動回数と、所定の上限値(上限値14)とを、対応関係(電圧制御グラフ12)にあてはめることによって、燃料電池40内の電極触媒層の予測される劣化の状態を判定する。制御部10は、判定した劣化の状態に応じて、燃料電池40の出力電圧の上限値(上限値14)を決定する。具体的には、制御部10は、予測される劣化の状態が所定の基準よりも大きいと判定した場合(すなわち、あてはめた点が電圧制御グラフ12の領域B内にある場合)、上限値14を変更する。一方、制御部10は、予測される劣化の状態が所定の基準以下であると判定した場合(すなわち、あてはめた点が電圧制御グラフ12の領域A内にある場合)、上限値14を変更しない。すなわち、制御部10は、燃料電池40の実際の発電状況を用いて予測した電極触媒層の劣化の状態に応じて、出力電圧の上限値(上限値14)を変更する。この結果、不活性ガスタンク等の追加の設備がなくとも、電極触媒層に含まれる白金や白金合金の溶出・劣化を効果的に抑制することが可能な燃料電池システムを提供することができる。
【0047】
さらに、本実施例の燃料電池システムでは、燃料電池40の実際の発電状況より判定した劣化の状態に加えて、さらに、検出した二次電池(バッテリ20)の充電状態(SOCの値)に応じて、燃料電池40の出力電圧の上限値(上限値14)を決定する。すなわち、本実施例では、二次電池(バッテリ20)の実際の充電状態をも考慮した上で、出力電圧の上限値(上限値14)を変更することができるため、運転効率の良い燃料電池システムを提供することができる。
【0048】
さらに、本実施例の燃料電池システムでは、燃料電池40の出力電圧の上限値(上限値14)開回路電圧OCV以下の値に変更するため、電極触媒層に含まれる白金や白金合金の溶出・劣化を抑制することが可能な燃料電池システムを提供することができる。また、本実施例の燃料電池システムでは、不活性ガスを必要としないため、不活性ガスをパージするための不活性ガスタンク等の設備や、不活性ガスの再充填等の作業も必要としない。
【0049】
B.変形例:
なお、この発明は上記の実施例や実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々の構成を採ることができる。例えば、ソフトウェアによって実現した機能は、ハードウェアによって実現するものとしてもよい。そのほか、以下のような変形が可能である。
【0050】
B1.変形例1:
上記実施例では、燃料電池システムの構成について例示した。しかし、これらの構成は、本発明の要旨を逸脱しない範囲において任意に定めることができる。例えば、図1に示した構成部の追加・削除・変換等が可能である。
【0051】
B2.変形例2:
上記実施例(A−2)電圧制御グラフの構成では、電圧制御グラフの一例について説明した。しかし、電圧制御グラフは、i)燃料電池のFC電圧、ii)燃料電池の高電圧状態が継続する時間、iii)燃料電池のFC電圧の変動回数、を考慮した上での、電極触媒層の白金や白金合金の溶出・劣化の有無を予測するための基準が示されているものであれば足り、任意の態様とすることができる。例えば、グラフではなく、マップの形態を採用してもよい。
【0052】
上記実施例では、燃料電池の出力電圧の変動回数と、燃料電池の出力電圧の上限値と、それらよって決定される燃料電池内の電極触媒層の予測される劣化の状態との対応関係とを示すものとして、予め(A−2)電圧制御グラフを準備しておくものとした。しかし、燃料電池の出力電圧の変動回数と、燃料電池の出力電圧の上限値と、それらよって決定される燃料電池内の電極触媒層の予測される劣化の状態との関係は、保持電圧変更制御の都度、設定されてもよい。
【0053】
燃料電池のFC電圧の変動回数は、特に、間欠運転時において印加される電流値の大きさによって影響を受ける。さらに、この電流値は、電極触媒層の実際の劣化の状況によって影響を受ける。このため、例えば、所定のタイミングで計測した電流、例えば、始動直後の間欠電流値Itと、出荷時の電流値Ioとの比率を用いて、(A−2)電圧制御グラフのFAP曲線を修正することも可能である。例えば、図2に示した電圧制御グラフにおいて、ある時点での始動直後の間欠電流値Itと、出荷時の電流値Ioとにおいて、
修正回数=FAP曲線/(It/Io)
との関係が成立する場合、この関係を利用して、許容変動回数(回)比率を修正することができる。
【0054】
B3.変形例3:
上記実施例(A−3)電圧制御グラフの作成方法では、電圧制御グラフの作成方法の一例について説明した。しかし、電圧制御グラフは、種々の方法で作成することができる。例えば、手順aの事前の試験において使用するサンプルの発電状態を任意に変更してもよい。また、手順bで用いた基準条件(保持時間100秒、保持電位0.95V)についても、任意に変更することができる。
【0055】
B4.変形例4:
上記実施例(A−4)燃料電池システムの動作では、保持電圧変更制御(通常運転時)と、保持電圧変更制御(間欠運転時)とにおける手順の一例を示した。しかし、これらの制御における手順は、種々の変形が可能である。
【0056】
例えば、FC電圧の変動回数のカウント(図7、図8:ステップS10)では、FC電圧が下降する傾向を示したのち上昇する傾向を示した場合に、「FC電圧の変動回数1回」とカウントするものとしたが、他の態様としてもよい。例えば、複数の閾値を予め設けておき、その閾値を上回った/下回った場合に、「FC電圧の変動回数1回」とカウントすることとしても良い。
【0057】
例えば、制御部は、FC電圧の変動回数が電圧制御グラフの領域B内にある場合、現在設定されているFC電圧の上限値を上昇させるものとしたが(図7:ステップS16、図8:ステップS26)、現在設定されているFC電圧の上限値を下降させる制御を行ってもよい。また、制御部は、電圧制御マップを参照して、FC電圧の上限値を上昇/下降のいずれに変更するかを決定してもよい。
【0058】
B5.変形例5:
上記実施例では、燃料電池システムは、燃料電池で発電した電力を利用して走行する車両(燃料電池自動車、電気自動車、ハイブリッド自動車)に搭載されるシステムであるものとしたが、他の態様を採用することもできる。例えば、燃料電池システムを、車両以外の各種移動体(二輪車、船舶、飛行機、ロボット等)に適用しても良い。さらには、燃料電池システムを、住宅や施設の電源として設置されるシステムに適用しても良いし、電気で作動する電気機械機器に電源として搭載されるシステムに適用しても良い。
【符号の説明】
【0059】
10…制御部
11…記憶部
12…電圧制御グラフ
14…上限値
20…バッテリ
40…燃料電池
41…電解質膜
42…アノード電極
43…カソード電極
50…補機類
60…インバータ
61…モータ
63L、R…車輪
70…燃料ガス供給源
71…調整弁
80…酸化ガス供給源
81…調整弁
91…圧力センサ
92…電圧センサ
93…電流センサ
100…燃料電池システム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料電池システムであって、
燃料電池と、
前記燃料電池の出力電圧を所定の上限値を超えないように制御する制御部と、
前記燃料電池の出力電圧を検出する電圧検出部と、
燃料電池の出力電圧の変動回数と、燃料電池の出力電圧の上限値と、前記変動回数および前記上限値によって決定される燃料電池内の電極触媒層の予測される劣化の状態との対応関係を予め記憶する記憶部と、
を備え、
前記制御部は、
前記所定の上限値を超えないように前記燃料電池を発電中に、単位時間あたりの前記燃料電池の出力電圧の変動回数を計測し、計測した前記変動回数と、前記所定の上限値と、前記対応関係とを用いて、前記燃料電池内の電極触媒層の予測される劣化の状態を判定し、判定した前記状態に応じて、前記所定の上限値を決定する、燃料電池システム。
【請求項2】
請求項1記載の燃料電池システムであって、さらに、
二次電池と、
前記二次電池の充電状態を検出する状態検出部と、
を備え、
前記制御部は、判定した前記状態に加えて、さらに、検出した前記二次電池の充電状態に応じて、前記所定の上限値を決定する、燃料電池システム。
【請求項3】
請求項1記載の燃料電池システムであって、
前記制御部は、
計測した前記変動回数と、前記所定の上限値とを前記対応関係にあてはめることによって、前記燃料電池内の電極触媒層の予測される劣化の状態を判定し、
前記電極触媒層の予測される劣化の状態が所定の基準よりも大きいと判定した場合は前記所定の上限値を変更し、前記電極触媒層の予測される劣化の状態が前記基準以下であると判定した場合は前記所定の上限値を変更しない、燃料電池システム。
【請求項4】
請求項2記載の燃料電池システムであって、
前記制御部は、
計測した前記変動回数と、前記所定の上限値とを前記対応関係にあてはめることによって、前記燃料電池内の電極触媒層の予測される劣化の状態を判定し、
前記電極触媒層の予測される劣化の状態が所定の基準よりも大きいと判定し、かつ、検出した前記二次電池の充電状態が満充電に対して余裕のある充電状態であると判定した場合は、前記所定の上限値を変更する、燃料電池システム。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか一項記載の燃料電池システムであって、
前記制御部は、
前記所定の上限値を、開回路電圧以下の値に変更する、燃料電池システム。
【請求項6】
燃料電池を備える燃料電池システムの制御方法であって、
(a)前記燃料電池の出力電圧を所定の上限値を超えないように制御する工程と、
(b)前記燃料電池の出力電圧を検出する工程と、
(c)前記工程(a)による前記燃料電池の発電中に、単位時間あたりの前記燃料電池の出力電圧の変動回数を計測する工程と、
(d)前記工程(c)により計測した前記変動回数と、前記所定の上限値と、燃料電池の出力電圧の変動回数と、燃料電池の出力電圧の上限値と、前記変動回数および前記上限値によって決定される燃料電池内の電極触媒層の予測される劣化の状態との対応関係と、を用いて、前記燃料電池内の電極触媒層の予測される劣化の状態を判定する工程と、
(e)前記工程(d)により判定した前記状態に応じて、前記所定の上限値を決定する工程と、
を含む、燃料電池システムの制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−129069(P2012−129069A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−279531(P2010−279531)
【出願日】平成22年12月15日(2010.12.15)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【Fターム(参考)】