説明

燃料電池評価装置および燃料電池評価方法

【課題】燃料電池のターフェル勾配を正確に求めることができる燃料電池評価装置および燃料電池評価方法を提供する。
【解決手段】ターフェルプロット取得手段31は、一定のガス供給量のもとで電流値を変化させることによりターフェルプロットを取得するとともに、各電流値の電流に交流を重畳させることで取得されるインピーダンスに基づいて当該各電流値における膜抵抗値を取得し、当該各電流値における前記ターフェルプロットから当該膜抵抗値を差し引くことで、当該電流値における補正後ターフェルプロットを取得する。ターフェル勾配取得手段32は、ターフェルプロット取得手段31により取得された前記補正後ターフェルプロットに基づいてターフェル勾配を取得する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気化学測定に基づいて燃料電池の特性を評価する燃料電池評価装置等に関し、とくにターフェル勾配を正確に取得できる燃料電池評価装置等に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池における電極反応は、一般的に、(1)反応物質の電極表面への物質輸送、(2)電極表面上での電荷移動反応、(3)生成物の電極表面からの逸脱、の3つの過程を経て進行する。電極反応においてどの過程がどの程度支配的であるのかを知ることは電極の特性や性能劣化の要因などを評価する上で非常に重要である。
【0003】
各過程に対応する過電圧を分離して計測する方法としては、特開2009−48813号公報に開示された技術がある。この技術によると、まずターフェルプロットにおいて低負荷(0.01 A/cm2以下)の領域における直線勾配を求め、理論式から各電流値に応じた活性化過電圧を算出する。次に、インピーダンス測定の高周波側のゼロクロス値から膜抵抗値を求め、理論式から各電流値に応じた抵抗過電圧を求める。最後に、過電圧の残りの部分を濃度過電圧としている。これらの手順をシミュレーションにて実行し、過電圧分離表現を行っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−48813号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特開2009−48813号公報に開示された方法では、最初の過程でターフェル勾配から活性化過電圧を求めている。しかし、この段階では電流値と線形関係がある抵抗過電圧が未だ含まれているため、ターフェルプロット(Log |I|-V)とした時に抵抗過電圧が直線性を崩す要因となり、ターフェル勾配を正確に取得することができない。
【0006】
また、上記方法では、活性化過電圧を求めるためにターフェル勾配の取得領域を濃度過電圧が無視できる0.01 A/cm2 以下としてシミュレーションしている。しかし、通常、溶液系のカソード反応(酸素還元反応)では、カソード電位が0.8V (vs.RHE)以上では(1)式に示すような酸素吸着白金表面の反応に起因するターフェル勾配(溶液系におけるターフェルプロットを示す図8におけるb1=−60mV/decの勾配)が観測される。一方、0.8V (vs.RHE)以下では(2)式に示すようなピュアな白金表面の反応に起因するターフェル勾配(図8におけるb2=−120mV/decの勾配)が観測される。電流密度が0.01 A/cm2 以下の領域は、カソード電位が0.8V (vs.RHE)以上に対応しており、白金表面の反応に起因するターフェル勾配(勾配b2)を正しく計測できない。
【0007】
【数1】

【0008】
図8に示すように、勾配b1と勾配b2の値は異なっており、溶液系とアセンブリでのカソード反応メカニズムは同じであることから、アセンブリでも2つのターフェル勾配が存在すると推測される。したがって0.01 A/cm2 以上の電流負荷で燃料電池を使用する場合、0.01 A/cm2 以下の領域から求めたターフェル勾配(勾配b1)を採用すると、その実使用電流密度における活性化過電圧を過小評価してしまう可能性がある。電極面積にもよるが、通常の使用条件では、0.01 A/cm2 以上の領域になる場合が多いと考えられる。
【0009】
このため、適切に活性化過電圧を評価するには、2つ目のターフェル勾配(勾配b2)を取得する必要がある。しかし、0.01 A/cm2 以上の領域では濃度過電圧の影響が無視できない可能性があり、どこから濃度過電圧の影響が効いているかを判断するのは難しく、その領域で精度よくターフェル勾配(勾配b2)を求めることも困難である。
【0010】
本発明の目的は、燃料電池のターフェル勾配を正確に求めることができる燃料電池評価装置および燃料電池評価方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の燃料電池評価装置は、電気化学測定に基づいて燃料電池の特性を評価する燃料電池評価装置において、一定のガス供給量のもとで電流値を変化させることによりターフェルプロットを取得するとともに、各電流値の電流に交流を重畳させることで取得されるインピーダンスに基づいて当該各電流値における膜抵抗値を取得し、当該各電流値における前記ターフェルプロットから当該膜抵抗値を差し引くことで、当該電流値における補正後ターフェルプロットを取得するターフェルプロット取得手段と、前記ターフェルプロット取得手段により取得された前記補正後ターフェルプロットに基づいてターフェル勾配を取得するターフェル勾配取得手段と、を備えることを特徴とする。
この燃料電池評価装置によれば、ターフェルプロットから当該膜抵抗値を差し引くことで補正後ターフェルプロットを取得し、補正後ターフェルプロットに基づいてターフェル勾配を取得するので、燃料電池のターフェル勾配を正確に求めることができる。
【0012】
前記ターフェル勾配取得手段は、前記補正後ターフェルプロットのうち拡散の影響が現れない領域のプロットに基づいて前記ターフェル勾配を取得してもよい。
【0013】
前記ターフェル勾配取得手段は、前記補正後ターフェルプロットのうち拡散の影響が現れる領域を限界拡散電流により補正して得たプロットに基づいて、前記ターフェル勾配を取得してもよい。
【0014】
前記ガス供給量を切り替えながら前記ターフェルプロット取得手段により前記補正後ターフェルプロットを取得し、これらを比較することにより、前記補正後ターフェルプロットのうち拡散の影響が現れない領域、または前記補正後ターフェルプロットのうち拡散の影響が現れる領域を抽出する領域抽出手段を備えてもよい。
【0015】
本発明の燃料電池評価方法は、電気化学測定に基づいて燃料電池の特性を評価する燃料電池評価方法において、一定のガス供給量のもとで電流値を変化させることによりターフェルプロットを取得するとともに、各電流値の電流に交流を重畳させることで取得されるインピーダンスに基づいて当該各電流値における膜抵抗値を取得し、当該各電流値における前記ターフェルプロットから当該膜抵抗値を差し引くことで、当該電流値における補正後ターフェルプロットを取得するステップと、前記補正後ターフェルプロットを取得するステップにより取得された前記補正後ターフェルプロットに基づいてターフェル勾配を取得するステップと、を備えることを特徴とする。
この燃料電池評価方法によれば、ターフェルプロットから当該膜抵抗値を差し引くことで補正後ターフェルプロットを取得し、補正後ターフェルプロットに基づいてターフェル勾配を取得するので、燃料電池のターフェル勾配を正確に求めることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明の燃料電池評価装置によれば、ターフェルプロットから当該膜抵抗値を差し引くことで補正後ターフェルプロットを取得し、補正後ターフェルプロットに基づいてターフェル勾配を取得するので、燃料電池のターフェル勾配を正確に求めることができる。
【0017】
本発明の燃料電池評価方法によれば、ターフェルプロットから当該膜抵抗値を差し引くことで補正後ターフェルプロットを取得し、補正後ターフェルプロットに基づいてターフェル勾配を取得するので、燃料電池のターフェル勾配を正確に求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】燃料電池セルの測定システムを示すブロック図。
【図2】制御演算装置の動作手順を示すフローチャート。
【図3】燃料電池のインピーダンス周波数特性を例示する図。
【図4】互いに異なる酸素濃度でのターフェルプロットを用いて、シフト補正量および移動係数αCを求める手法を示す図。
【図5】濃度非依存領域の決定手法の原理を示す図。
【図6】拡散限界電流がターフェルプロットに現れている例を示す図。
【図7】ターフェルプロットのx軸をとり直した例を示す図。
【図8】2つのターフェル勾配の存在を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明による燃料電池評価装置の一実施形態について説明する。
【0020】
図1は、燃料電池セル(アセンブリセル)の測定システムを示すブロック図である。
【0021】
図1に示す燃料電池セル100は単セルであり、Pt/C触媒が表面に修飾された電解質膜101を、ガス拡散層をそれぞれ有するアノード極102およびカソード極103で挟み込んだ構造をとる。またアノード極102の側には、アノード極102から分割された分割電極104が設けられている。アノード極102および分割電極104は互いに絶縁された状態にある。
【0022】
図1に示すように、アノード極102、カソード極103、および分割電極104は、それぞれポテンショスタット1に接続され、ポテンショスタット1による計測結果はレコーダ2に転送される。
【0023】
図1に示すように、ポテンショスタット1およびレコーダ2には、制御演算装置3が接続される。制御演算装置3はポテンショスタット1の制御、レコーダ2からの上記計測結果の取得、および、取得された上記計測結果に基づく演算を実行する。
【0024】
燃料電池セル100のアノード極102には水素が、カソード極103には空気もしくは酸素が供給される。これらの供給ガスは図1に示すガス供給装置4を介して与えられる。ガス供給装置4は制御演算装置3に接続され、燃料電池セル100に供給されるガスのガス濃度、流量、温度等は、ガス供給装置4を介して制御演算装置3により制御される。
【0025】
図1に示すように、制御演算装置3は、一定のガス供給量のもとで電流値を変化させることによりターフェルプロットを取得するとともに、各電流値の電流に交流を重畳させることで取得されるインピーダンスに基づいて当該各電流値における膜抵抗値を取得し、当該各電流値における前記ターフェルプロットから当該膜抵抗値を差し引くことで、当該電流値における補正後ターフェルプロットを取得するターフェルプロット取得手段31と、ガス供給量を切り替えながらターフェルプロット取得手段31により補正後ターフェルプロットを取得し、これらを比較することにより、補正後ターフェルプロットのうち拡散の影響が現れない領域、または補正後ターフェルプロットのうち拡散の影響が現れる領域を抽出する領域抽出手段32と、ターフェルプロット取得手段31により取得された補正後ターフェルプロットに基づいてターフェル勾配を取得するターフェル勾配取得手段33と、を構成する。
【0026】
次に、燃料電池セル100に対する電気化学測定に基づきターフェル勾配を求める手順について説明する。
【0027】
燃料電池セル100に対する電気化学測定を行う際には、ガス拡散層を介してアノード極102に水素を、カソード極103に空気もしくは酸素を、それぞれ供給し発電状態とする。電気化学測定は3電極系で行い、カソード特性を評価する際は作用極をカソード103、対極をアノード102とし、分割電極104を参照極(RHE)とする。
【0028】
電流規制は、制御演算部3からの指令に従ってポテンショスタット1により行われ、その時の測定値をレコーダ2で記録する。カソード特性を評価する際は、カソード極103作用極として電流負荷をかけ(酸素還元反応)、参照極である分割電極104の電位を基準とした作用極の電位を測定する。
【0029】
ガス濃度の制御は、制御演算部3からの指令に従ってガス供給装置4によって行われる。ガス濃度の制御については、圧力変化の影響を避けるため、カソード極103に導入されるガスの総流量を固定し、酸素と窒素の流量割合を変化させることで調節される。このとき、供給酸素不足による拡散性能低下の影響を避けるため、測定時の酸素濃度(例えば、後述する酸素濃度C1、C2)において利用率が十分低くなるように、あらかじめカソード103に導入されるガス総流量が決められている。すなわち、濃度を低く制御した際でも酸素の絶対量としては十分供給されている状態が確保される。補正・勾配導出などの演算処理は制御演算部3において行われる。演算処理の内容については後述する
【0030】
図2は、制御演算装置3の動作手順を示すフローチャートである。
【0031】
図2のステップS1〜ステップS4は、ターフェルプロットの取得および膜抵抗値の測定、取得のための処理を示している。なお、この処理はターフェルプロット取得手段31の機能に相当する。
【0032】
図2のステップS1では、カソード極103に導入されるガスの酸素濃度を酸素濃度C1に制御し、燃料電池セル100に直流電流負荷(I0DC)を与え、そのときのカソード電圧値(ターフェルプロット)を取得、保存する。
【0033】
次に、ステップS2では、直流電流負荷はそのままで、交流負荷をさらに重畳させることで、当該直流動作点におけるインピーダンスの測定を実施し、測定結果を保存する。
【0034】
図3は、交流の周波数を変化させながら燃料電池のインピーダンスを測定した場合の周波数特性を例示する図である。図3に示すように、一般的に燃料電池セルのインピーダンスは高周波側で抵抗値が低下しゼロクロスするが、ゼロクロスの部分の値が膜抵抗に相当する。また、実験的にこのゼロクロスする周波数はおよそ1kHzであることが判明している。このため、ステップS3におけるインピーダンス測定は、例えば1kHzの交流のみで実施するものとし、このときの実数値をその電流負荷における膜抵抗(Rr,In)と定義する。これにより、膜抵抗の測定時間を短縮できる。ただし、交流の周波数を変化させながらインピーダンス測定を行い、膜抵抗を正確に算出してもよい。
【0035】
次に、ステップS3では、現在の直流電流負荷(IkDC)におけるカソード電圧が0.6V vs.RHEに到達したか否か判断し、判断が肯定されれば処理を終了し、判断が否定されればステップS1へ戻る。
【0036】
ステップS4では、直流電流負荷(IkDC)を所定値(ΔI)だけ増加させ、ステップS1へ戻る。このとき、
k+1DC−IkDC=ΔI>0
とする。
【0037】
ここで、ΔIは電流ステップ(直流電流の増加幅)を意味し、1mA以下のできるだけ小さいステップを適用することが望ましい。
【0038】
このように、ステップS1〜ステップS4の処理では、それぞれの電流負荷において、カソード電圧の取得と、膜抵抗値の測定、保存とをカソード電圧が0.6V vs.RHEとなるまで複数回繰り返す。ここでカットオフ電圧を0.6Vとしているのは、2つ目のターフェル勾配(勾配b2)が0.8V以下のカットオフ電圧で観測されるためである。ただし、このカットオフ電圧は状況に応じて燃料電池セル100が劣化しない範囲で下げることが可能である。
【0039】
次に、ステップS1〜ステップS4の処理を酸素濃度C2(C1>C2)の条件下において、同様に実施する。
【0040】
図2のステップS11〜ステップS13は、ターフェル勾配の算出手順を示している。なお、ステップS11の処理はターフェルプロット取得手段31の機能に、ステップS12の処理は領域抽出手段32の機能に、ステップS13の処理は領域抽出手段32およびターフェル勾配取得手段33の機能に、それぞれ相当する。
【0041】
図2のステップS11では、(3)式に従い、ステップS2で得られた膜抵抗値からそれぞれの電流負荷における抵抗過電圧(ηr,In)を算出する。
ηr,In=InDC×Rr,In ・・・(3)式
【0042】
さらに、ステップS11では、酸素濃度(C1、C2)のそれぞれについて、ステップS2で得られた抵抗過電圧を、ステップS1で得られたターフェルプロットから差し引くことで、補正後のターフェルプロットを算出する。
【0043】
次に、ステップS12では、ステップS11で得られた補正後のターフェルプロットを用いて、移動係数αCを求める。この処理の一例について以下に述べる。
【0044】
図4は、互いに異なる酸素濃度(C1、C2)でのターフェルプロットを用いて、シフト補正量および移動係数αCを求める手法を示す図である。一般的に拡散の影響がないとき(バルク濃度=電極表面濃度のとき)、(4)式および(5)式に示すように、ガス濃度に応じて平衡電位や交換電流が変化することが知られている。
【0045】
【数2】

【0046】
しかし、ガス濃度によって反応のメカニズム(酸素還元反応)が変わるわけではないので、酸素濃度(C1、C2)によってターフェル勾配は変化しない。(4)式、(5)式より、ガス濃度に起因するターフェルプロットのシフト(変化の傾き)は(6)式のように計算される。
【0047】
【数3】

【0048】
そこで、酸素濃度C2の場合の補正後ターフェルプロットに対し、(6)式で求められる傾き方向にシフト補正を施し、酸素濃度C1の場合の補正後ターフェルプロットに揃える(図4)。ここでαCは移動係数であり、一般的に計算上は0.5を用いる場合が多い。しかし、反応や実験条件により異なる場合が多いので、(5)式を用いて最も両者のプロットが揃うようなαCを最適化して決定する必要がある。この場合、酸素濃度C1、C2以外の濃度(酸素濃度C3,C4…)で得られた補正後ターフェルプロットも使用して、適切なαCを求め、フィッティング精度を高めるようにしてもよい。
【0049】
次に、ステップS13では、ターフェル勾配b1,b2を算出する。この処理の手順については種々の変形が考えられるが、その一例について以下に述べる。
【0050】
図5は濃度非依存領域の決定手法の原理を示す図である。
【0051】
ここで仮に、拡散の影響がなく、活性化のみを観測しているとすれば、酸素濃度C1,C2でのプロットは(6)式で求められる傾き方向のシフト補正のみで一致し、また、プロットの全域において良い直線性を示すはずである。しかし、現実には拡散の影響は必ず出てしまい直線性は崩れる。そこで意図的に窒素を混合し濃度を変化させることにより、混合ガス系の拡散係数を変化させつつステップS1〜ステップS4を実行してそれぞれのガス拡散係数での補正後ターフェルプロットを取得し、ガス拡散係数の変化に依らずプロットが一致する領域では拡散の影響を受けていないと判断することができる。ただし、ガス濃度の変化の前後で、圧力は一定条件とする。また、プロットの一致度は最小2乗和で判断する。この手法により決定された拡散の影響がない領域において直線近似を実施し、活性化過電圧に起因する2つのターフェル勾配b1,b2を適切に求めることができる。
【0052】
例えば、図5の例では、特定の電流値を閾値として、電流Iの小さな領域ではプロットはよく一致しているのに対し、電流Iの大きな領域ではプロットが乖離する。したがって、前者の領域においては図5のプロットがターフェル勾配b1,b2を直接的に示していると判断できる。この場合には、上記のようにこの領域において直線近似を実施すればよい。直線近似領域の決定は相関係数を用いて判断する。
【0053】
しかし、劣化による拡散性能が低下した場合や、ガス濃度が低すぎるなどの要因により拡散の影響が早く現れ、2つ目のターフェル勾配b2が観測できない場合、もしくは一致したターフェル勾配b2の領域が小さく線形近似の相関が低い場合には、直線近似によりターフェル勾配b2を求めることには無理がある。しかし、この場合には拡散の影響を考慮したターフェル補正式を用いることができる。
【0054】
図6は、比較的電流の小さな領域から、拡散限界電流がターフェルプロットに現れている例を示す図である。ここで、拡散の影響が早く現れているということは、図6にも示されるように、限界拡散電流(IL)も比較的小さい電流負荷で観測が可能である。拡散の影響を考慮したターフェル補正式は(7)式で表され、右辺第1項は活性化過電圧(ηct)を、右辺第2項は濃度過電圧(ηc)を、それぞれ表している。
【0055】
【数4】

【0056】
そこで、(7)式を(8)式のように変形し、ターフェルプロットのx軸をLog(In/(IL−In))にとり直したものが図7に示すプロットである。このように、図6のプロットを図7のプロットへと変換することにより、拡散の影響を考慮した上でターフェル勾配をグラフ上で表現することができる。この補正により、直線近似の相関を高めることが可能となり、精度よくターフェル勾配b2を求めることができる。
【0057】
以上説明したように、本実施形態の燃料電池評価装置によれば、ターフェルプロットを取得するのと同時にインピーダンス測定(例えば、1kHzでのインピーダンス測定)によって膜抵抗を求めている。このため、電流負荷に応じた膜抵抗値を用いてターフェルプロットを補正でき、ターフェル勾配等について効率よく正確な分析が可能となる。
【0058】
また、燃料電池を解析する際の最初の段階で抵抗過電圧を差し引くことで、ターフェル勾配の直線性を高めることができる。
【0059】
さらに、本実施形態の燃料電池評価装置によれば、理論式((6)式)からガス濃度に起因するターフェルプロットのシフト補正を行うことでプロットを揃え、プロットが一致した部分から濃度に影響されない領域を抽出している。このため、その領域において直線近似を行うことで適切なターフェル勾配を求めることができる。一方、ガス濃度の影響が早くから現れ、適切にターフェル勾配が求められない場合においても、限界拡散電流を測定し、補正を行うことで線形近似の相関を高めることができる。
【0060】
また、本実施形態の燃料電池評価装置によれば、一連のシミュレーションフローによって、従来の方法と比べてより大きな電流密度領域について実質的なターフェル勾配の取得が可能となり、電池の実使用範囲を網羅するような広範囲において活性化過電圧を正確に求めることができる。これにより、より的確な電極の設計を行うことなどが可能となる。
【0061】
上記実施形態では、カソード特性を評価する例を示したが、同様の手法はアノード特性を評価する場合にも適用できる。この場合には、作用極をアノード極102、対極をカソード極103として、同様の手順で測定を行えばよい。カソードと同様、アノードの活性化過電圧等も適切に求めることができる。
【0062】
本発明の適用範囲は上記実施形態に限定されることはない。本発明は、電気化学測定に基づいて燃料電池の特性を評価する燃料電池評価装置等に対し、広く適用することができる。
【符号の説明】
【0063】
31 ターフェルプロット取得手段
32 ターフェル勾配取得手段
33 領域抽出手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気化学測定に基づいて燃料電池の特性を評価する燃料電池評価装置において、
一定のガス供給量のもとで電流値を変化させることによりターフェルプロットを取得するとともに、各電流値の電流に交流を重畳させることで取得されるインピーダンスに基づいて当該各電流値における膜抵抗値を取得し、当該各電流値における前記ターフェルプロットから当該膜抵抗値を差し引くことで、当該電流値における補正後ターフェルプロットを取得するターフェルプロット取得手段と、
前記ターフェルプロット取得手段により取得された前記補正後ターフェルプロットに基づいてターフェル勾配を取得するターフェル勾配取得手段と、
を備えることを特徴とする燃料電池評価装置。
【請求項2】
前記ターフェル勾配取得手段は、前記補正後ターフェルプロットのうち拡散の影響が現れない領域のプロットに基づいて前記ターフェル勾配を取得することを特徴とする請求項1に記載の燃料電池評価装置。
【請求項3】
前記ターフェル勾配取得手段は、前記補正後ターフェルプロットのうち拡散の影響が現れる領域を限界拡散電流により補正して得たプロットに基づいて、前記ターフェル勾配を取得することを特徴とする請求項1に記載の燃料電池評価装置。
【請求項4】
前記ガス供給量を切り替えながら前記ターフェルプロット取得手段により前記補正後ターフェルプロットを取得し、これらを比較することにより、前記補正後ターフェルプロットのうち拡散の影響が現れない領域、または前記補正後ターフェルプロットのうち拡散の影響が現れる領域を抽出する領域抽出手段を備えることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の燃料電池評価装置。
【請求項5】
電気化学測定に基づいて燃料電池の特性を評価する燃料電池評価方法において、
一定のガス供給量のもとで電流値を変化させることによりターフェルプロットを取得するとともに、各電流値の電流に交流を重畳させることで取得されるインピーダンスに基づいて当該各電流値における膜抵抗値を取得し、当該各電流値における前記ターフェルプロットから当該膜抵抗値を差し引くことで、当該電流値における補正後ターフェルプロットを取得するステップと、
前記補正後ターフェルプロットを取得するステップにより取得された前記補正後ターフェルプロットに基づいてターフェル勾配を取得するステップと、
を備えることを特徴とする燃料電池評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−198496(P2011−198496A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−60894(P2010−60894)
【出願日】平成22年3月17日(2010.3.17)
【出願人】(000006507)横河電機株式会社 (4,443)
【Fターム(参考)】