説明

燃料電池

【課題】 本発明は、負極に対して特段の化学修飾を施さなくとも、また電子メディエーターの存在および水素原子と電子を電子メディエーターに移す酵素の存在を必須としなくても、還元剤から水素イオンを放出させるとともに負極に直接電子を渡すことを可能とする燃料電池を提供することを目的とする。
【解決手段】
負極2と正極3とを配設するとともに負極2と正極3の間に水素イオン透過膜4を介在させ、負極2に、燃料液を接触させ、正極3に、分子構造中に酸素原子を有する酸化剤を接触可能に構成してなる燃料電池1において、燃料液は水素原子供与性を有する還元剤を含み、負極2が、炭素繊維9を備える。さらに、燃料電池1は、炭素繊維9に燃料液を直接接触させるように構成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、負極で燃料から水素イオンと電子を得て、正極で水素イオンと電子に酸素を作用させて水を生成するという反応機構を用いて電気を供給可能とするものであり、水を生成物とする点でクリーンな電力供給源として注目される。
【0003】
燃料電池のなかでも、燃料にバイオマス(生物に由来し再生可能な有機性資源)を活用できる点で利用価値が高いものとして、いわゆるバイオ燃料電池が提案されている。バイオ燃料電池には、燃料から水素原子と電子を得る機構として生物内で行われる代謝機構を適用したものがある。
【0004】
バイオ燃料電池に適用される上記の代謝機構には、光合成や呼吸に伴うエネルギー変換機構などの電子伝達カスケード機構があげられる。これらのエネルギー変換機構においては、補酵素や電子供与体をなすさまざまな化合物や複合物が関与しており、これらが酸化還元反応を行う際、電子と水素原子の授受が起こる。そのような例としては、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)の酸化還元反応に伴う電子の移動を挙げることができる。具体的に、補酵素の酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)とそれを還元してなる還元体たる還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオド(NADH)との間の酸化還元反応において、NADは、電子と水素イオンを受領してNADHになり、NADHは、水素原子供与性を有する還元剤であり、電子と水素イオンを放出してNADになる。そして、具体的なバイオ燃料電池においては、還元剤となるNADHからNADを生じる反応の際に放出される電子を負極から取り出そうとすることが試みられることとなる。
【0005】
ところが、バイオ燃料電池では、金属の酸化還元反応を用いた電池などと比較した場合に、負極側のNADHからNADを生じる反応の酸化電位が高く、さらに正極側の還元電位をそれほど高くすることができない。このため、NADHからNADを生じる反応が生じにくく、還元剤をなすNADHから電子を直接的に負極に移すことは、極めて困難であるとされている。
【0006】
そこで、バイオ燃料電池では、負極に、電子と水素原子の授受を触媒する各種の酵素と電子メディエーターを用いた機構を適用することが提案されている(特許文献1)。特許文献1に提案された燃料電池では、NADおよび各種の酵素と電子メディエーターを封入したリポソームが負極に固定されている。そして、特許文献1の燃料電池においては、外部から注入されたグルコースをリポソーム内の酵素(グルコースデヒドロゲナーゼ)の作用によってグルクノラクトンに変換する反応が進行し、その反応においてNADからNADHが生じ、さらにリポソーム内の酵素(ジアホラーゼ)の作用によりNADHから水素原子と電子が電子メディエーターに移される。電子メディエーターには、キノン類などNADHよりも電子の授受を起こしやすい物質が用いられる。このため、負極は、電子メディエーターから電子を得ることができ、そして、その際に水素イオンが放出される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−158458号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1では、還元剤をなすNADHの水素原子と電子を利用するために、負極に電子をわたす電子メディエーターの存在およびNADHから水素原子と電子を電子メディエーターに移す酵素の存在を必須とすることとなり、電子メディエーターの性能いかんで燃料電池の起電力が大きく制限を受けてしまう。また、特許文献1では、負極に酵素と電子メディエーターを取り込んだリポソームを負極に固定する構造を設けることで、負極の電極表面に化学修飾を施すことが必要となってしまい、負極の電極構造が複雑化する。
【0009】
本発明は、上記問題点に鑑み、負極に対して特段の化学修飾を施さなくとも、また電子メディエーターの存在および水素原子と電子を電子メディエーターに移す酵素の存在を必須としなくても、還元剤から水素イオンを放出させるとともに負極に直接電子を渡すことを可能とする燃料電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、(1)負極と正極とを配設するとともに負極と正極の間に水素イオン透過膜を介在させ、負極に、燃料液を接触させ、正極に、分子構造中に酸素原子を有する酸化剤を接触可能に構成してなる燃料電池において、
燃料液は、水素原子供与性を有する還元剤を含み、
負極は、炭素繊維を備えており、
該炭素繊維に燃料液を直接接触させるように構成してなる、ことを特徴とする燃料電池、
(2)炭素繊維は、黒鉛構造を有する、上記(1)に記載の燃料電池、
(3)炭素繊維は、炭素質の繊維材料を2000℃以上に加熱して黒鉛構造をなしている、上記(1)または(2)に記載の燃料電池、
(4)燃料液には、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸、フラビンモノヌクレオチド、フラビンアデニンジヌクレオチド、からなる群より選ばれた1種以上の化合物についての還元体が、還元剤として含まれる、上記(1)から(3)のいずれかに記載の燃料電池、
(5)燃料液には、α−リポ酸、システイン、ジチオトレイトール、グルタチオンからなる群より選ばれた1種以上の化合物が、還元剤として含まれる、上記(1)から(4)のいずれかに記載の燃料電池、を要旨とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、負極に対して化学修飾を施さなくとも水素原子供与性を有する還元剤から水素イオンを放出させるとともに負極に直接電子を渡すことを可能とする燃料電池を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の燃料電池の一実施例を模式的に示す模式図である。
【図2】本発明の燃料電池の実施例における二極式セルを模式的に示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(燃料電池1の構成)
燃料電池1は、負極2と正極3とを配設するとともに負極2と正極3の間に水素イオン透過膜4を介在させて構成されている。図1の例では、負極2を備えた負極セル5と正極を備えた正極セル6とが水素イオン透過膜4を挟んで対面配置されている。負極セル5と正極セル6には、いずれも水系電解質液7(7a、7b)が配置されており、負極セル5側の水系電解質液7aと正極セル6側の水系電解液7bとの間で水素イオン透過膜4を通って水素イオンが移動可能となっている。なお、水系電解質液7は、イオン性物質の溶解された電気伝導性を有する水溶液を示すものとする。
【0014】
(負極セル5)
負極セル5には、負極2が設けられる。
【0015】
(負極2)
負極2は、炭素繊維9を備えて構成されている。負極2は、少なくとも、その一方端が負極セル5のセル室5a内に位置するように配置される。このとき、負極2は、少なくとも、セル室5a内に入り込んでいるほうの端部側に炭素繊維9を備える。図1の例では、負極2は、炭素繊維9を束ねた繊維束を電極基体8に固定して構成されている。セル室5aには水系電解質液7aが配置されるので、炭素繊維9が水系電解質液7a内に浸されることとなり、負極2の炭素繊維9は水系電解液7aを直接接触させるように負極セル5に配置されることになる。
【0016】
(電極基体8)
電極基体8は、導電性材料からなるものであれば特に限定されるものではない。電極基体8としては、グラッシーカーボンなどを挙げることができる。また電極基体8の形状も特に限定されず、板状、棒状など適宜選択可能である。
【0017】
(炭素繊維9)
負極2を構成する炭素繊維9は、導電性を有しており、黒鉛構造を有するものである。
【0018】
炭素繊維9は、炭素質の繊維材料を2000℃以上に加熱して黒鉛構造とされることで製造することができる。具体的に、炭素繊維9は、例えば、次のように製造される。まず、炭素質の繊維材料を準備して、これを耐炎炉で好ましくは200℃以上300℃以下程度の温度にて加熱して耐炎化繊維を得る。耐炎化繊維を、炭化炉で好ましくは1000℃以上2000℃以下程度の温度にて加熱して、炭化繊維を得る。さらに、炭化繊維を黒鉛化炉で好ましくは2000℃以上3000℃以下程度にて加熱して炭化繊維を黒鉛質にして黒鉛化繊維となす。この黒鉛化繊維は、黒鉛構造を有するものであり、負極2を構成する炭素繊維9として用いられる。また黒鉛化繊維は、高い黒鉛化度を有しうるものである。
【0019】
黒鉛化繊維は、さらに加熱されてもよい(再加熱処理)。再加熱処理の条件は適宜選択可能であるが、再加熱処理は、空気雰囲気下、加熱温度が700℃程度以上の、加熱時間が5分程度以上の条件で実施されることが好ましい。そして、再加熱処理された黒鉛化繊維を、負極2を構成する炭素繊維9として用いてもよい。黒鉛化繊維は、その製造後再加工やしばらく外気に曝されるなどといった様々な状況下に置かれることがあり、黒鉛化繊維の再加工の状況等に応じて、黒鉛化繊維の表面に様々な有機微粒子や有機糊剤などが付着することがある。このような場合にあっても、再加熱処理が実施されることにより、黒鉛化繊維の表面に付着された有機微粒子や有機糊剤等を燃焼させてとり除くことができる。
【0020】
なお、炭素繊維9について、黒鉛化度は、アルゴンレーザ光によるラマン分光スペクトルを用いて1360cm−1と1580cm−1に現れたバンドの強度比(R値)を測定することにより特定することができる。R値は、1580cm−1のバンド強度に対する1360cm−1のバンド強度の比率(R=I1360/I1580)である。炭素繊維9の黒鉛化度は、R値が0.1以上10以下であることが好ましいが、炭素繊維9の黒鉛化度について、R値が0.1未満となっていてもよい。なお、炭素繊維9について、黒鉛化度が高い場合とは、バンドの強度比の値(R値)が0.1以下である場合であるものとする。
【0021】
炭素質の繊維材料、すなわち炭素繊維9を構成する原材料には、高い黒鉛化度を有する炭素繊維9を得ることが可能な点で、アクリル繊維などのポリアクリロニトリル系(PAN系)の繊維や、石炭タールや石油ピッチを原料とする繊維化物(ピッチ系の繊維)が用いられる。炭素質の繊維材料としては、市場からの入手が容易な点では、PAN系の繊維を好ましく用いることができる。したがって、炭素繊維9には、PAN系炭素繊維、ピッチ系炭素繊維のいずれも問題なく用いることができるが、上記の入手容易性の観点で、PAN系炭素繊維を好ましく用いることができる。
【0022】
炭素繊維9の太さと長さは、適宜選択可能であるが、炭素繊維9の取り扱いの容易性を考慮すれば、太さについては、断面直径が10μm〜100μm程度のものを使用されることが好ましく、炭素繊維9の長さについては、適宜選択可能である。なお炭素繊維9が長尺なものである場合には、例えば炭素繊維9をひも状にまとめて電極基体8に固定することで、負極2を調製することができる。
【0023】
炭素繊維9は、電極基体8に対して通電可能に固定されている。炭素繊維9を電極基体8に固定する方法は、ひも状部材などの固定材12による締付け固定や、半田付け固定など、特に限定されない。
【0024】
(負極セル5のセル室5aに配置される水系電解質液7a)
負極セル5に配置される水系電解質液7aは、燃料液である。
【0025】
燃料液は、水素原子供与性を有する還元剤を含む水溶液である。燃料液は、還元剤を溶媒に溶かして調製することができる。燃料液は、その調製後に負極セル5に注ぎ込まれることで負極セル5に配置されてもよいし、溶媒を負極セル5に予め注ぎ込み、そこに還元剤を投入してセル室5a内で調製されてもよい。
【0026】
(還元剤)
燃料液に含まれる還元剤は、水素原子供与性を有するもの、すなわち電子と水素原子を放出可能なもの、であれば特に限定されるものではない。還元剤としては、生物の電子伝達カスケード機構で働く各種の脱水素酵素に対する補酵素の還元体を用いることができ、これらのほかにも、各種の電子供与体を用いることができる。電子供与体としては、酸化還元反応可能なチオール基を有する化合物等を挙げることができる。また、還元剤は、生物内で行われる代謝機構に存在するものであることがバイオ燃料電池を容易に構成可能となって好ましい。この点で、電子供与体は、生物に含まれる化合物であることがより好ましい。
【0027】
具体的に、燃料液に含まれる還元剤としては、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADP)、フラビンモノヌクレオチド(FMN)、フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)、からなる群(補酵素の群)より選ばれた1種以上の化合物についての還元体を具体的に例示することができる。
【0028】
また、燃料液に含まれる還元剤としては、α−リポ酸、システイン、ジチオトレイトール、グルタチオンからなる群(電子供与体の群)より選ばれた1種以上の化合物を具体的に例示することができる。
【0029】
さらに、還元剤は、燃料液に単体で含まれていてもよいし、他の化合物との複合物の状態で含まれていてもよい。したがって、還元剤として、上記したような補酵素や電子供与体と他の化合物との複合体が用いられてもよい。具体的には、還元剤として、フラビンアデニンジヌクレオチドなどのフラビン類をタンパク質の所定位置に結合した複合タンパク質(フラビンタンパク質)が用いられてもよい。
【0030】
燃料液は、水素イオンの増減を抑えてpHを一定に保つことの可能な緩衝溶液(pH緩衝液)を溶媒として、これに還元剤を溶解してなるものであってもよい。緩衝溶液のpHは、還元剤に応じて適宜選択可能である。緩衝溶液の組成は、燃料液に含まれる還元剤の種類に応じて適宜選択することができる。具体的に、緩衝溶液は、リン酸塩緩衝液、トリス(Tris)−塩酸緩衝液、水酸化ナトリウム−炭酸水素ナトリウム緩衝液、酢酸−酢酸ナトリウム緩衝液、リン酸−リン酸塩緩衝液、塩酸−リン酸緩衝液などを挙げることができる。なお、例えば、還元剤が、NADHである場合、pHが7.0以上でその構造がより安定化することを考慮して、緩衝溶液として、pHが8.0程度に調整されたリン酸塩緩衝液を選択することができる。
【0031】
燃料液には、水素イオンを放出した還元剤を再生する再生用組成物がさらに含まれていてもよい。
【0032】
(再生用組成物)
再生用組成物は、水素イオンと電子をNAD等に受け渡す反応を実現可能にする基質化合物と、その基質化合物の脱水素反応を触媒する酵素(脱水素酵素)とを含んでなる。
【0033】
基質化合物としては、炭素数1から3のアルコール、炭素数1から3のアルデヒド、炭素数1から3のカルボン酸、単糖、これらのアルカリ金属塩、からなる基質群より選ばれた1種以上の化合物を挙げることができる。したがって、基質化合物としては、具体的に、メタノール、ギ酸、ギ酸塩の他、エタノール、グルコース、フルクトース、ガラクトース、マンノースなどのいわゆるバイオマスを、挙げることができる。
【0034】
脱水素酵素は、基質化合物に応じて適宜選択される。たとえば、基質化合物が、グルコース(Glc)である場合、酵素としては、グルコースデヒドロゲナーゼ(GDH)を用いることができ、基質化合物が、ギ酸ナトリウムである場合、酵素としてギ酸デヒドロゲナーゼを挙げることができる。そのほかにも、脱水素酵素としては、エタノール脱水素酵素、メタノール脱水素酵素、アセトアルデヒド脱水素酵素、ホルムアルデヒド脱水素酵素などを挙げることができる。
【0035】
燃料液に再生用組成物がさらに含まれることで、補酵素をより確実に還元体とすることができ、より確実に再生された還元剤を燃料液に存在させることができるようになる。例えば、還元剤を補酵素であるNADHとする場合についてみると、水素イオンを放出した還元剤は、酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)に対応しており、それを再生した還元体は還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)である。そしてNADHが燃料電池の放電の際に還元剤として用いられるものであるから、燃料電池の放電を実現するには燃料液においてNADをNADHにしておく必要がある。ここで、燃料液に再生用組成物が含まれていると、NADがNADHになり、還元剤の再生が行われることになって、燃料液は、より確実にNADHを含むものとなる。
【0036】
再生用組成物として、バイオマスと、バイオマスから水素原子を放出させる反応を触媒する脱水素酵素との組み合わせを選択することで、資源の有効利用が可能となる。例えば、還元剤としてNAD(P)Hを用いようとする場合、酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(リン酸)(NAD(P))を還元した還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(リン酸)(NAD(P)H)が燃料電池の放電時に還元剤として利用されることになり、燃料電池の放電によりNAD(P)HがNAD(P)となる。ここに、エタノールとエタノール脱水素酵素との組み合わせが再生用組成物として燃料液に添加されると、再生用組成物により、NAD(P)がNAD(P)Hになる。そして、このときエタノールは消費されてしまうが、エタノールは、再生可能な有機性資源であることから、再生可能な資源を消費して電力を取り出すことが可能となり、資源の有効利用が可能となる。
【0037】
さらに、再生用組成物として、バイオマスと、バイオマスから水素原子を放出させる反応を触媒する脱水素酵素との組み合わせを選択すると、酵素を用いた有用物質生産工程の副産物として電力を得ることが可能となる。例えば、酵素を用いた有用物質生産工程として、GDHを用いてGlcをグルクノラクトンとなし、さらにグルコン酸を生産する工程が知られている。そこで、GlcとGDHの組み合わせを再生用組成物として選択することで、酵素を用いた有用物質生産工程の副産物として電力を得ることが可能となる。具体的に、燃料電池において、還元剤への再生可能なものとしてNAD(P)を用いようとする場合、GlcとGDHの組み合わせが再生用組成物として燃料液に添加されると、GlcとGDHにより、NAD(P)がNAD(P)Hになり、還元剤の再生が行われて燃料電池から電力を得ることが可能となる。一方で、Glcはグルクノラクトンとなっており、さらに、それがグルコン酸の生産に使用されることとなり、有用物質生産工程がとどこおりなく進められる。
【0038】
(正極セル6)
正極セル6には、正極3が設けられる。このとき、正極3は、少なくともその一方端がセル室6a内に入り込んでおり、セル室6a内に注入された水系電解液7bに浸されている。さらに、正極セル6には酸化剤を送り込むための送り込み手段10が設けられている。
【0039】
(送り込み手段10)
送り込み手段10は、後述の酸化剤に応じて適宜選択可能である。例えば、酸化剤が酸素ガスなどガス状物質である場合、公知のバブリング装置、ガスボンベなどを用いることができる。送り込み手段10は、酸化剤が正極3に接触可能となるような所定の位置に、酸化剤の吐出口を位置させて配置される。
【0040】
(酸化剤)
酸化剤は、送り込み手段10により正極セル6のセル室6a内に供給される。ここに、酸化剤は、分子構造中に酸素原子を有するものであり、水素イオンと電子を受け取って水を生成するものである。具体的には、酸化剤としては、空気、酸素ガス、オゾンガス、過酸化水素、次亜塩素酸、次亜塩素酸塩などを挙げることができる。
【0041】
(正極3)
正極3は、導電性を有するものであれば特に限定されないが、電極としての機能に加えて、水素イオンと電子と酸化剤とで水を生成する反応(水生成反応)を触媒する機能を有するものであることが好ましい。この点で、正極3としては、少なくともその表面に白金または白金以外の金属と白金との合金が存在しているもの、白金箔を白金以外の金属に圧着したもの等を用いられることが好ましい。このような場合、正極3の表面にある白金が、水生成反応を触媒する。
【0042】
具体的には、正極3としては、白金電極、チタンやカーボンなどの導電材の表面に白金層を形成した白金積層電極、白金以外の金属と白金との合金(白金合金)で形成された白金合金電極などを挙げることができる。白金積層電極を形成するにあたり、白金層を導電材に積層する方法としては、白金箔を導電材に圧着する方法、白金を導電材表面にメッキする方法など公知の方法を適宜用いることができる。白金合金電極を形成するにあたり、白金合金を製造する方法には、白金以外の金属と白金を加熱溶融させる方法など公知の合金製造方法を用いることができる。なお、この場合、金属としては、コバルト、ニッケル、チタンなどの非貴金属や、銀、金などの貴金属(白金を除く)を用いることができる。
【0043】
(正極セル6のセル室6aに配置される水系電解質液7b)
正極セル6に配置される水系電解質液7bは、特に限定されるものではないが、緩衝溶液であることが好ましい。水系電解質液7bとして使用可能な緩衝溶液については、燃料液を構成する緩衝溶液に使用可能なものを適宜選択することができる。このとき、水系電解液7bに使用可能な緩衝溶液は、燃料液を構成する緩衝溶液と同じ組成のものであってもよいし、異なる組成のものであってもよい。
【0044】
(水素イオン透過膜4)
水素イオン透過膜4は、水素イオンを透過可能な材料により構成された膜体である。水素イオン透過膜4は、具体的に、ポリパーフルオロスルホン酸系樹脂製の膜、トリフルオロスチレン誘導体の共重合体膜、リン酸を含浸させたポリ(ベンズイミダゾール)膜、芳香族ポリエーテルケトンスルホン酸膜などを適宜用いることができる。水素イオン透過膜4としては、水素イオン透過性、耐熱性、耐酸化性の点からポリパーフルオロスルホン酸系樹脂製の膜が好ましく利用される。ポリパーフルオロスルホン酸系樹脂製の膜としては、具体的には、ナフィオン(デュポン社の登録商標)、フレミオン(旭硝子社の登録商標)、アシプレックス(旭化成工業社の登録商標)、ネオセプタ(登録商標)などの市販製品を適宜用いることができる。
【0045】
(燃料電池1の作動機構と効果)
燃料電池1で電流が流れる機構は次のようなものであると考えられる。ただし、ここでは、燃料液に含まれる還元剤が、NADの還元体(NADH)である場合を例として説明する。
【0046】
燃料電池1においては、負極セル5に燃料液が注入され、燃料液と炭素繊維9が直接接触する。このとき、燃料液に含まれるNADHが負極2の炭素繊維9上でNADとなるとともに水素イオンと電子を効率的に放出する。燃料電池1の外部で負極2と正極3とが配線11にて電気的に接続されると、電子は、炭素繊維9から電極基体8にうつり、更に外部の配線11を移動して、正極3に伝達される。一方、水素イオンについては、負極セル5内の燃料液から水素イオン透過膜4を通り正極セル6側に移動する。正極セル6では、送り込み手段10より酸化剤が送り込まれており、この酸化剤と、水素イオンと、正極3へと伝達された電子とで水の生成が行われる。こうして、燃料電池1においては、負極2から正極3に向けて配線11を経由した電子の移動が生じることとなり、電流が流れることとなる。
【0047】
本発明の燃料電池1によれば、負極2に炭素繊維9を備えたことで、NADHから電子を直接的に負極2に渡すことが可能となり、電流を得ることが可能となる。したがって、本発明の燃料電池1によれば、従来のバイオ燃料電池で必須とされたNADHをNADとする反応を触媒する酵素(ジアホラーゼ)とその基質(電子メディエーター)を用いずとも、NADHから電流を取り出すことが可能となる。さらに、従来ではこうした酵素や基質を効率的に機能させるために負極の表面にこれらの酵素や基質を化学修飾(固定化)することが行われてきたが、本発明の燃料電池1によれば、このような化学修飾を実施する必要もなくなることから、従来のものよりも製造コストも抑制することができるようになる。
【0048】
また、従来のバイオ燃料電池では酵素を必須とされるため、熱による酵素の失活を防止するための温度制御や、酵素の活性温度を維持するための温度制御が必要となる。この点、本発明の燃料電池では、負極側に少なくとも水素原子供与性を有する還元剤が存在すればよくなるので、必ずしも負極側に酵素を存在させる必要がない。そのため、本発明の燃料電池では、温度制御を特段厳格に行わずとも電力を得ることが可能となり、より熱安定性に優れた燃料電池を得ることが可能となる。
【0049】
(燃料電池1のセル形態)
燃料電池1のセル形態として、二極を用いて構成される二極式セルのものを例として説明したが、これに限定されず、三極式セルなど適宜選択可能である。
【0050】
本発明の燃料電池について、実施例を用いて更に説明する。
【実施例】
【0051】
実施例1
(燃料電池の組み立て)
燃料電池1として、図2に示すような二極式セルを、次のように組み立てた。電解質槽13を準備し、電解質槽13内の空間を水素イオン透過膜4(旭化成社製;ネオセプタCMX)で2つの空間に仕切ることでセル室5a、6aを形成した。一方のセル室5aに負極2を配設して負極セル5となし、他方のセル室6aに正極3を配設して正極セル6となした。正極セル6に関しては、電解質槽13の外側に送り込み手段10としてガスボンベを設置して、ガスボンベから送り出されるガスの送出管16の先端(送出口)を正極セル6のセル室6a内に配置させた。こうして、二極式セルが調製された。
【0052】
(負極2)
負極2は、電極基体8として丸棒状のグラッシーカーボン棒(東海カーボン社製;丸棒規格RA3−100L)を用い、その周面に炭素繊維9の束(104mg)をあてがい、両者が簡単に離れないように固定材12で固定されてなるものが用いられた。固定材12としては、輪ゴムが用いられた。炭素繊維9には、次のように調製されたものが用いられた。
【0053】
(炭素繊維9)
炭素繊維9には、黒鉛構造を有する繊維材料(東レ株式会社製;商品名トレカ、T300−3k)を再加熱処理したものが用いられた。この黒鉛質の繊維材料は、PAN系の炭素質の繊維材料を2000℃以上に加熱して黒鉛質にしてなる黒鉛化繊維の表面に、樹脂からなる有機糊剤を付着させているものである。これら有機糊剤は、黒鉛化繊維表面の不純物として、再加熱処理によって燃焼されて黒鉛化繊維の表面から除去される。なお、再加熱処理は、加熱炉内に上記黒鉛構造を有する繊維材料を置き、30分かけて炉内温度を室温(25℃)から700℃とし、700℃のまま5分間加熱を維持し、その後自然冷却させて炉内温度を室温に戻すことによって実施された。また、再加熱処理は、空気気流中で実施された。再加熱処理によって得られた炭素繊維9は、平均断面直径が100μmで、平均繊維長さが5cmであった。
【0054】
また、炭素繊維9の黒鉛化度については、ラマンス分光ペクトルの測定に基づくR値(I1360/I1580の値)が1.0であった。ラマンス分光ペクトルの測定には、顕微レーザーラマンスペクトル測定装置(HORIBA−Jobin Yvon社製;Jobin Yvon HR300)を用いた。
【0055】
(正極3)
正極3には、白金箔を圧着したチタン電極(SFP社製;Ti−Pt電極1001)を用いた。
【0056】
(還元剤)
還元剤については、予め粉体状のNADH(オリエンタル酵母社製)を準備した。
【0057】
(放電試験)
二極式セルに水系電解液7a、7bを次のように配置して燃料電池1となし、放電試験を行った。放電試験では電流値測定が行われた。
【0058】
燃料電池1の正極セル6に、水系電解質液7bとして、15mLのリン酸二水素ナトリウム(NaHPO)(濃度0.2M)水溶液が注入された。このとき、正極3は、水系電解質液7bに浸される。また、正極セル3への水系電解質液7bの注入とともにガスボンベから酸素ガス(吹込量0.3L/分)を送り込んだ。
【0059】
負極セル5に、水系電解質液7aたる燃料液を構成する緩衝溶液として、50mLのリン酸ナトリウム緩衝液(NaHPOとNaHPOの混合水溶液)(濃度0.2M)(pH8.0)が注入された。このとき、負極2の炭素繊維9は、緩衝溶液に浸される。また、このとき、窒素ガス送り出し装置17から窒素ガスを負極セル5に向けて送りだして負極セル5を窒素雰囲気とし、さらに撹拌子18で緩衝溶液をかくはんした。
【0060】
次に、電流計19を中継させつつ負極2を正極3に配線11にて電気的に接続するとともにスイッチSW1を配置し、電圧計15を中継させつつ負極2を正極3に配線11にて電気的に接続しスイッチSW2を配置した。このとき、スイッチSW1、SW2は、ともにOFF状態となっている。
【0061】
(電流値測定)
スイッチSW1をONにして、スイッチSW2をOFFにした。そして、電流計19で観測されるバックグラウンド電流が0.2mA以下になるまで放置し、その後、負極セル5の緩衝溶液に還元剤として41.5mgのNADH(分子量709.4)を添加してさらに撹拌子18で撹拌した。このとき、負極セル5内では、NADHが緩衝溶液に溶解して燃料液(NADHの濃度が1.0mM)が形成される。また、燃料液の形成とともに燃料電池1の放電が起こる。この放電時の電流の大きさは、負極2と正極3の間に流れる電流の大きさとして観測される。そこで、放電時の電流の大きさを、時間を追って電流計19の数値を読み取ることで測定した。その結果、燃料電池1では数分後に最大で3.5mAの大きさの電流が得られることが確認された。
【0062】
(電圧値測定)
電圧値測定は、電流値測定と同じく二極式セルに水系電解液7a、7bを配置して燃料電池1となし、放電試験を行うことにより実施された。ただし、電圧値測定は、電流値測定と異なり、スイッチSW1をOFFにし、スイッチSW2をONにして実施された。そして、電流値測定と同様に、負極セル5の緩衝溶液に還元剤を添加し、燃料電池1の放電を行った。この放電時における負極2と正極3の間の電圧の大きさを、電圧計15の値を読み取ることで観測した。燃料電池1では、+0.8Vの電圧(負極−正極間電圧)が得られることが確認された。
【0063】
(還元剤の酸化確認試験)
負極2の炭素繊維9による還元剤の酸化については、次のように確認された。還元剤(41.5mgのNADH)を緩衝溶液(50mLのリン酸ナトリウム緩衝液)に溶解させて燃料液を調製した(還元剤の初期濃度1.00mM)。さらに燃料液の調製にあわせて、燃料液に負極2の炭素繊維9を浸した(試験液1)。その後、NADHの濃度を、次のように測定した。燃料液について波長340nmの吸光度を測定し、その測定結果に基づきNADHの濃度(mM)を算出した。NADHの濃度は、時間を追って測定された。測定は、燃料液の調製時点を0分とし、10分経過後、20分経過後、30分経過後、60分経過後、90分経過後、120分経過後について実施された。また、燃料液に炭素繊維を浸漬していない溶液をコントロールとして準備し(試験液2)、試験液1と同様にNADHの濃度測定を行った。結果を表1に示す。試験液1では、時間経過とともに測定誤差を超えたNADHの減少が認められ、これにより、炭素繊維9が還元剤の酸化反応を触媒することが、確認された。
【0064】
【表1】

【0065】
比較例1
負極として、グラッシーカーボン棒(東海カーボン社製;丸棒規格RA3−100L)からなる電極(炭素繊維なし)を用いたほかは実施例1と同様に燃料電池の組み立て工程を実施して二極式セルを組み立てるとともに、二極式セルを用いて実施例1と同様の水系電解質液を用いるとともに放電試験を行うことで、電流値測定および電圧値測定を実施した。結果、電流、電圧ともに得られなかった。
【0066】
実施例2
還元剤として、予め粉体状のL−システイン(L−Cysteine)塩酸塩(和光純薬工業社製)を用いたほかは、実施例1と同様に燃料電池の組み立て工程を実施して二極式セルを組み立てるとともに、二極式セルを用いて実施例1と同様の水系電解質液を用いて燃料電池となすとともに放電試験を実施し、電流値測定を実施した。ただし、放電試験では、燃料液におけるL−システインの濃度が1.0mMとなるように、L−システインが負極セル5の緩衝溶液に添加された。放電試験により電流値測定を実施した結果、2.3mAの大きさの電流が得られることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明は、燃料電池を簡単な構造で実現するために有益である。
【符号の説明】
【0068】
1 燃料電池
2 負極
3 正極
4 水素イオン透過膜
5 負極セル
5a 負極セルのセル室
6 正極セル
6a 正極セルのセル室
7,7a,7b 水系電解質液
8 電極基体
9 炭素繊維
10 送り込み手段
11 配線
12 固定材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
負極と正極とを配設するとともに負極と正極の間に水素イオン透過膜を介在させ、負極に、燃料液を接触させ、正極に、分子構造中に酸素原子を有する酸化剤を接触可能に構成してなる燃料電池において、
燃料液は、水素原子供与性を有する還元剤を含み、
負極は、炭素繊維を備えており、
該炭素繊維に燃料液を直接接触させるように構成してなる、ことを特徴とする燃料電池。
【請求項2】
炭素繊維は、黒鉛構造を有する、請求項1に記載の燃料電池。
【請求項3】
炭素繊維は、炭素質の繊維材料を2000℃以上に加熱して黒鉛構造をなしている、請求項1または2に記載の燃料電池。
【請求項4】
燃料液には、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸、フラビンモノヌクレオチド、フラビンアデニンジヌクレオチド、からなる群より選ばれた1種以上の化合物についての還元体が、還元剤として含まれる、請求項1から3のいずれかに記載の燃料電池。
【請求項5】
燃料液には、α−リポ酸、システイン、ジチオトレイトール、グルタチオンからなる群より選ばれた1種以上の化合物が、還元剤として含まれる、請求項1から4のいずれかに記載の燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−33384(P2012−33384A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−171913(P2010−171913)
【出願日】平成22年7月30日(2010.7.30)
【出願人】(598123138)学校法人 創価大学 (49)
【Fターム(参考)】