説明

燐酸セリウムナノチューブ及びその製造方法

【課題】 光学分野において利用可能な、新規の燐酸セリウムナノチューブ及びその製造方法を提供する。
【解決手段】 燐酸水溶液を90〜110℃で5分以上加熱した後、この温度で硝酸二アンモニウムセリウム(IV)水溶液を10分以上かけて滴下し、反応させることにより、直径が20〜100nmの燐酸セリウムナノチューブを製造する。合成直後の燐酸セリウムナノチューブを、さらに、300℃〜600℃で熱処理すれば、外部光励起による強い青色発光が得られる。この燐酸セリウムナノチューブは、発光ダイオード、エレクトロルミネッセンス、非水銀系蛍光灯、プラズマディスプレイ等への応用が期待される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発光ダイオード、エレクトロルミネッセンス、非水銀系蛍光灯、プラズマディスプレイ等に利用可能な、燐酸セリウムナノチューブ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燐酸塩は、非線形光学材料、蛍光物質、センサー、耐熱材料、生体適合材料のような多くの技術分野で応用されることが期待されている。その中でも、希土類元素をドープした燐酸塩材料は、光学分野で特に期待されており(例えば、非特許文献1参照)、この光学分野では、画像、リソグラフィー、光記録において、より短波長の発光を示す材料が要求されている。
一方、セリウムイオンをドープした化合物が、青色発光を示すことは知られている(例えば、非特許文献2参照)。
【0003】
また、セリウムイオンをドープしたファイバーを合成する場合、燐酸水溶液と、セリウムイオンを含有する水溶液とを加熱により合成する方法も知られている(例えば、非特許文献3参照)。
【0004】
【非特許文献1】M. Z. Yates,ほか、Angew. Chem. Int. Ed. 、41巻、476 〜478 頁、2002年
【非特許文献2】K. Annapurna, ほか、Mater. Lett.、58巻、787 〜789 頁、2004年
【非特許文献3】G. Albertie,ほか、J. Mol. Catal.、27巻、235 〜250 頁、1984年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、非特許文献3の方法においては、燐酸セリウムナノチューブは得られていない。
【0006】
本発明は、上記課題に鑑み、光学分野において利用可能な、燐酸セリウムナノチューブ及びその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明の燐酸セリウムナノチューブは、直径が20〜100nmであることを特徴とする。
上記構成において、燐酸セリウムナノチューブは、好ましくは、四価、又は三価及び四価のセリウムイオンを含む。また、燐酸セリウムナノチューブは、好ましくは、セリウムを発光中心とする。
上記構成によれば、直径が20〜100nmである結晶性の燐酸セリウムからなる、新規の燐酸セリウムナノチューブを提供することができる。この燐酸セリウムナノチューブが三価及び四価のセリウムイオンを含有する場合には、外部励起光の照射により強度の強い青色発光が得られる。
【0008】
上記目的を達成するため、本発明の燐酸セリウムナノチューブの製造方法は、燐酸水溶液を5分以上加熱した後、加熱した燐酸水溶液に硝酸二アンモニウムセリウム(IV)水溶液を10分以上かけて滴下し、反応させることにより燐酸セリウムナノチューブを得ることを特徴とする。
上記構成において、上記加熱温度は、90〜110℃の範囲とすることが好ましい。また、燐酸水溶液中の燐酸イオンと、硝酸二アンモニウムセリウム(IV)水溶液中のセリウ
ムイオンとの比は、好ましくは、120対1〜300対1の範囲である。
上記製造方法によれば、簡便な方法で、燐酸セリウムナノチューブを製造することができる。このようにして製造した燐酸セリウムナノチューブは、直径が20〜100nmの寸法を有している。
【0009】
上記構成において、好ましくは、反応直後の燐酸セリウムナノチューブを、さらに、不活性ガスを含む雰囲気中で熱処理する。また、熱処理の温度は、好ましくは、300〜600℃の範囲とする。また、好ましくは、雰囲気は、不活性ガスとアンモニアガスとからなる。
上記製造方法によれば、簡便な方法で、三価及び四価のセリウムイオンを含む燐酸セリウムナノチューブを製造することができる。このようにして製造した燐酸セリウムナノチューブは、外部励起光により強度の強い青色発光が得られる。
【発明の効果】
【0010】
本発明の燐酸セリウムナノチューブは、結晶性の燐酸セリウムナノチューブであり、セリウムが発光中心となるので、発光ダイオード、エレクトロルミネッセンス、非水銀系蛍光灯、プラズマディスプレイ等へ応用すれば、好適である。
【0011】
本発明の燐酸セリウムナノチューブの製造方法によれば、簡便な方法で、結晶性の燐酸セリウムナノチューブを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて詳細に説明する。
本発明は、セリウムイオンを含有し、その直径が20〜100nmである、新規の燐酸セリウムナノチューブであることを特徴とする。
この燐酸セリウムナノチューブは、後述する製造方法により合成することができる。また、合成直後の燐酸セリウムナノチューブは、おおよそ、300℃〜600℃の温度範囲の熱処理により、外部光励起による強い青色発光を得ることができる。
【0013】
次に、本発明の燐酸セリウムナノチューブの製造方法を説明する。
燐酸水溶液を90〜110℃で5分以上加熱した後、この加熱した燐酸水溶液に硝酸二アンモニウムセリウム(IV)水溶液を10分以上かけて滴下しながら、反応させることにより、燐酸セリウムナノチューブを製造する。
【0014】
加熱温度は上記のように90〜110℃の範囲が好ましく、110℃以上では、反応で生じる縮合燐酸が不安定となり好ましくない。逆に、90℃以下では、生成するナノ構造物の結晶性が悪く、非晶質で中空構造を有しないナノワイヤーになってしまう。
【0015】
硝酸二アンモニウムセリウム(IV)水溶液を滴下する前の燐酸水溶液の加熱時間は、5分以上が好ましく、この時間で燐酸水溶液が均一な縮合燐酸溶液となるので十分である。逆に5分以下では縮合燐酸の生成が完了しないため、最終物としてナノチューブが得られず、ナノ粒子になってしまうので好ましくない。
【0016】
硝酸二アンモニウムセリウム(IV)水溶液の滴下時間は、10分以上が好ましく、燐酸セリウムナノチューブの形成には、硝酸二アンモニウムセリウム(IV)水溶液をゆっくり滴下することが望ましい。逆に、10分以下の滴下時間では燐酸セリウムのナノ粒子が生成するので好ましくない。
【0017】
燐酸水溶液中の燐酸イオンと、硝酸二アンモニウムセリウム(IV)水溶液中のセリウムイオンと、の濃度比(燐酸イオン/セリウムイオン)は、セリウムイオンが1に対して燐
酸イオンを120〜300の濃度範囲とするのが好ましく、300よりも燐酸イオンの濃度が高いと、燐酸水素セリウムが生成しない。逆に、120よりも燐酸イオンの濃度が低いと、一次元のナノ構造物は得られず、ナノ粒子になってしまうので好ましくない。
【0018】
このような操作を施すことにより、結晶性の直径20〜100nmの燐酸セリウムナノチューブが得られる。
【0019】
さらに、この合成直後のナノチューブは、不活性ガスを含む混合ガス雰囲気中で、さらに加熱すると、600℃まではチューブ状構造を維持するが、900℃ではナノワイヤーに変化する。なお、加熱は、不活性ガスとアンモニアガスとの混合ガス中で行うことが好ましい。
【0020】
上記したように、合成直後の燐酸セリウムナノチューブは、おおよそ300℃〜600℃までの熱処理により、外部光励起による強い青色発光を得ることができる。この熱処理温度が上記範囲外では、熱処理した燐酸セリウムナノチューブからは、発光強度の強い青色発光が得られないので好ましくない。
【実施例】
【0021】
次に、実施例に基づき、上記製造方法で製造した燐酸セリウムナノチューブについて説明する。
燐酸(85%、和光純薬工業(株)製)を6モルの濃度に調整し、この燐酸水溶液50cm3 を容量250cm3 の四つ口フラスコに入れ、撹拌しながら、105℃で4時間加熱した。
次に、硝酸二アンモニウムセリウム(IV)(和光純薬工業(株)製)の0.02モル水溶液50cm3 を調整し、この水溶液を上記の燐酸水溶液に10分かけてゆっくりと滴下した。滴下後、105℃で2時間撹拌を続けた。
その後、フラスコの内容物を室温に冷却し、得られた生成物を水洗してろ過し、黄色の繊維状物質を2.4g得た。
【0022】
この合成直後のナノチューブは、さらに加熱すると、600℃まではチューブ状構造を維持するが、900℃ではナノワイヤーに変化する。
ここで、熱処理雰囲気は、アルゴン及びアンモニアの混合ガス(容積比20:1)を用い、昇温は、何れの場合も50K/時間で行った。
【0023】
図1は、実施例で得られた黄色繊維状物のX線回折パターンを示す図である。図において、横軸は角度2θ(°)を示し、縦軸はX線回折強度(任意目盛り)を示している。
図から、実施例で得られた黄色繊維状物は、格子定数a=1.668Å(0.1668nm)、c=0.678Å(0.0678nm)を有する六方晶系の燐酸セリウムであることが分かった。また、熱重量分析の結果から、一分子の結晶水を持っていることが分かり、正確には、燐酸水素セリウムであることが分かった(以下、単に燐酸セリウムナノチューブと呼ぶ)。
【0024】
図2は、上記実施例で得られた黄色繊維状物質の透過型電子顕微鏡像を示す図である。図から、実施例で得られた黄色繊維状物質は、直径が20〜100nmのチューブ状構造が支配的で、若干のナノワイヤーが存在している。
このナノチューブは、さらに加熱すると、600℃まではチューブ状構造を維持するが、900℃ではナノワイヤーに変化することが分かった。
【0025】
図3は、上記実施例で得られた燐酸セリウムナノチューブの紫外から可視光領域の吸収スペクトルを示す図である。図において、横軸は波長(nm)を示し、縦軸は吸光度(任
意目盛り)を示している。
図から明らかなように、合成直後の燐酸セリウムナノチューブは、カットオフ波長が450nmとなり、紫外線を吸収することが分かった。
また、300℃で熱処理した燐酸セリウムナノチューブは、カットオフ波長が420nmとなった。
このような300〜450nmの波長領域における光吸収は、四価のCeイオン(Ce4+)によるものである。また、200〜320nmにおける光吸収は、三価のCeイオン(Ce3+)のf−d遷移による。
さらに、600℃で熱処理した燐酸セリウムナノチューブにおいては、Ce4+(カットオフ波長が450nm)と、Ce3+(210nm及び235nmの吸収)との光吸収から構成されている。
【0026】
これから、本発明の合成直後の燐酸セリウムナノチューブは、セリウムをCe4+として含有し、Ce3+を含まないことが分かった。
また、本発明の合成直後の燐酸セリウムナノチューブを300〜600℃の温度範囲で熱処理した燐酸セリウムナノチューブは、セリウムをCe3+及びCe4+として含有していることが分かった。
一方、合成直後の燐酸セリウムナノチューブを900℃で熱処理して得られた燐酸セリウムナノワイヤーにおいては、Ce3+のf−d遷移による、208nm,216nm,227nm,261nm,275nmの吸収が顕著に観測され、Ce4+を含有しないことが分かった。
【0027】
図4は、実施例で得られた燐酸セリウムナノチューブのフォトルミネッセンスのスペクトルを示す図である。図において、横軸は発光波長(nm)を示し、縦軸はフォトルミネッセンスの発光強度(任意目盛り)を示している。この図は、励起源として波長325nmのHe−Cdレーザーを使用して、室温で測定した結果である。
図から、600℃で熱処理した燐酸セリウムナノチューブからは、おおよそ490nmにピークを有し、ブロードな強度の強い青色発光が得られることが分かった。
また、300℃で熱処理した燐酸セリウムナノチューブからは、600℃で熱処理した燐酸セリウムナノチューブよりも強度が弱いものの、330nm及び380nmに発光ピークを有する青色発光が得られることが分かった。
【0028】
上記結果から、合成直後の燐酸セリウムナノチューブを300〜600℃の温度範囲で熱処理した燐酸セリウムナノチューブの外部光励起による発光は、何れもCe3+及びCe4+を含有していることに起因していることが分かる。このため、電子供与体であるCe4+と発光中心となるCe3+との間の電荷移動が、電子−フォトンの相互作用により生起し、このCe3+のf−d遷移によって幅の広い青色発光スペクトルが得られるものと推定される。
【0029】
さらに、Ce4+だけを含有している合成直後の燐酸セリウムナノチューブからは、殆ど発光しないことが分かった。
【0030】
一方、合成直後の燐酸セリウムナノチューブを900℃で熱処理して得られた燐酸セリウムナノワイヤーにおいては、Ce4+を含有せずCe3+を含有している。このため、専ら、Ce3+による、約348nmと、約385nmと、にピークを有する強度の強い紫外発光が観測された。各波長の半値幅(FWHM)は、それぞれ、約12nm及び約30nmであった。
【0031】
図1乃至図4から、黄色繊維状物質は結晶性の燐酸セリウムナノチューブであり、その直径は20〜100nmであることが分かった。さらに、合成直後の燐酸セリウムナノチ
ューブは、300℃〜600℃の温度範囲内の熱処理により、外部光励起による強い青色発光が得られることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明により、燐酸セリウムナノチューブの製造が可能となったので、発光ダイオード、エレクトロルミネッセンス、非水銀系蛍光灯、プラズマディスプレイ等への応用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】実施例で得られた黄色繊維状物のX線回折パターンを示す図である。
【図2】上記実施例で得られた黄色繊維状物質の透過型電子顕微鏡像を示す図である。
【図3】実施例で得られた燐酸セリウムナノチューブの紫外から可視光領域の吸収スペクトルを示す図である。
【図4】実施例で得られた得られた燐酸セリウムナノチューブのフォトルミネッセンスのスペクトルを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
直径が20〜100nmであることを特徴とする、燐酸セリウムナノチューブ。
【請求項2】
前記燐酸セリウムナノチューブが、四価、又は三価及び四価のセリウムイオンを含むことを特徴とする、請求項1に記載の燐酸セリウムナノチューブ。
【請求項3】
前記燐酸セリウムナノチューブが、セリウムを発光中心とすることを特徴とする、請求項1又は2に記載の燐酸セリウムナノチューブ。
【請求項4】
燐酸水溶液を5分以上加熱した後、加熱した該燐酸水溶液に硝酸二アンモニウムセリウム(IV)水溶液を10分以上かけて滴下し、反応させることにより燐酸セリウムナノチューブを得ることを特徴とする、燐酸セリウムナノチューブの製造方法。
【請求項5】
前記加熱温度が、90〜110℃の範囲であることを特徴とする、請求項4に記載の燐酸セリウムナノチューブの製造方法。
【請求項6】
前記燐酸水溶液中の燐酸イオンと前記硝酸二アンモニウムセリウム(IV)水溶液中のセリウムイオンとの比が、120対1〜300対1の範囲であることを特徴とする、請求項4に記載の燐酸セリウムナノチューブの製造方法。
【請求項7】
前記反応直後の燐酸セリウムナノチューブを、さらに、不活性ガスを含む雰囲気中で熱処理することを特徴とする、請求項4に記載の燐酸セリウムナノチューブの製造方法。
【請求項8】
前記熱処理の温度が、300〜600℃の範囲であることを特徴とする、請求項7に記載の燐酸セリウムナノチューブの製造方法。
【請求項9】
前記雰囲気が、不活性ガスとアンモニアガスとからなることを特徴とする、請求項7に記載の燐酸セリウムナノチューブの製造方法。
【請求項10】
請求項4〜9の何れかに記載の燐酸セリウムナノチューブの製造方法で製造されることを特徴とする、燐酸セリウムナノチューブ。

【図3】
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【図4】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−131447(P2006−131447A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−321430(P2004−321430)
【出願日】平成16年11月5日(2004.11.5)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】