説明

爪白癬治療用貼付剤

【課題】 爪白癬の治療に際して感染部位及びその近傍の白癬菌生息領域により長く薬剤を滞留させることが可能な貼付剤を提供する。
【解決手段】 白癬菌に有効な成分を内包してなる小胞体を分散保持した含水ゲルを膏体とする爪白癬治療用貼付剤であって、小胞体を、爪もしくは皮膚の細孔及び角質層細孔を通過し得るが毛細血管内皮細胞間隙を通過し得ない粒径に調節する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は爪白癬を治療する貼付剤に関する。さらに詳しくは有効成分を目的の皮下領域に高濃度で貯留しうる爪白癬用貼付剤に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚の真菌感染症のうち、爪真菌症(以下「爪白癬」という)は、爪甲内部や爪床(「爪ユニット」という)に存在している白癬菌によって引き起こされ、爪甲の白濁や爪先端部の肥厚化、変形等が生じるものである。
【0003】
一方、水虫治療外用剤は、医療用、一般用共に多いが、水虫には効くものの爪深部の白癬菌感染部位まで有効成分を送達できず爪白癬には効果が無い。爪白癬を治療するには、より深部の爪ユニットへの薬物送達が必要となる。また、爪白癬が存在している領野で白癬菌への最小発育阻止濃度以上の濃度を保つことができないと、爪白癬の治療薬としては使用できない(非特許文献1)。
【0004】
さらに、病院処方内服薬として爪白癬処方が承認されているが、肝機能及び血液検査が必須な副作用のため、服用は爪白癬患者の10%未満に留まる。
水虫罹患者は国民の15%を超え、その内爪白癬罹患者は1000万人前後である。
【0005】
以上の事から、爪白癬治療薬としては外用剤の形態が好ましく、さらには、皮膚を経由して薬剤を作用部位に送達可能な剤型であり、内服薬や静脈内投与液剤による消化器系副作用、肝臓/腎臓機能障害や血液障害などを回避することが出来る利点がある貼付剤の形態が好ましい。このような例として、たとえば爪用抗真菌外用剤としてその中に貼付剤の形態にも言及しているものもある(特許文献1)。
【0006】
ところで、爪白癬を治療するに際して、80%以上の治癒率を示した臨床試験での爪領域の薬物濃度は、0.78±0.30ng/mg(平均値+/−標準誤差、30症例数)と報告されている(非特許文献2)。この点から、爪白癬治療用貼付剤の爪ユニット領野への薬剤送達の能力は、組織濃度として約1ng/mgを達成することが最低条件となる。
【0007】
しかしながら、上記特許文献1に示されている貼付剤については、塩酸ネチコナゾールを有効成分とする単なるパップ剤の形態が開示されているだけで、感染部位である爪ユニット下に有効成分を高濃度で貯留させる技術に関しては何ら開示はおろか示唆すらないものである。
【0008】
一方、有効成分をリポソームで被包してヒドロゲルに取り込んだ構成の傷被覆用品が公知である(特許文献2)。
しかしながら、このものは創傷の感染を治療・防止をして、創傷の治癒を図るためのものであり、リポソームに被包された有効成分を皮膚表面の創傷領域で適用する構成のものであって、リポソームそのものを特定の皮下領域に侵入させる構成のものではない。
【0009】
非特許文献1 渡辺晋一、爪真菌症−診療マニュアル、
非特許文献2 松本忠彦、他:西日本皮膚科、56、374−381、1994
特許文献1 特開2004−83439号公報明細書
特許文献2 特表2003−508127号公報明細書
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、このような問題に鑑み、爪白癬の治療に際して感染部位及びその近傍の白癬菌生息領域により長く薬剤を滞留させることが可能な貼付剤を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
すなわち本発明によれば、「白癬菌に有効な成分を内包してなる小胞体を分散保持した含水ゲルを膏体とする爪白癬治療用貼付剤であって、小胞体が、爪もしくは皮膚の細孔及び角質層細孔を通過し得るが毛細血管内皮細胞間隙を通過し得ない粒径に調節されていることを特徴とする爪白癬治療用貼付剤」が提供される。
【発明の効果】
【0012】
本発明の爪白癬治療用貼付剤を、爪ユニット及びその周辺部に貼付すれば、含水ゲル膏体内に分散保持されている小胞体が膏体内での水分移動と共に貼付界面に移動し、さらにこの小胞体は有効成分を内包したまま爪ユニット及びその周辺部の細孔を通過して皮下領域に送達される。
【0013】
そこでは、毛細血管が存在していて動脈系毛細血管及び静脈系毛細血管による流出入によって絶えず組織液が流動しているが、進入してきた小胞体はその粒径が毛細血管の内皮細胞間隙よりも大きいため、静脈血によって運び去られることは無く、その領域で滞留することとなる。
【0014】
こうして滞留する小胞体は数が増えていくが、滞留している間に小胞体群はそれぞれ崩壊し、内包されていた有効成分がその領域に放出されてそれは高濃度で存在することとなる。
【0015】
放出された有効成分は上記したごとく毛細血管に吸収されていくが、この領域には有効成分を内包した小胞体が次々と送られてきて且つ放出されるので、比較的高濃度に有効成分が存在することになり、これによってこの領域に生息している白癬菌は失活・死滅することとなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明において、白癬菌に有効な成分としては、当該分野で通常用いられる外用薬を用いることができ、例えば、テルビナフィン及びその塩、ブテナフィン及びその塩、ネチコナゾール及びその塩、クロトリマゾール、ルリコナゾール、ケトコナゾール、ラノコナゾール、ビハナゾール等が挙げられ、特に爪白癬に有効なテルビナフィン及びその塩が好ましいが、別段これに限定されるものではない。
【0017】
本発明において、白癬菌に有効な成分は、後述する小胞体に内包されて膏体内に含有されるが、これに加えて内包せずにそのまま膏体内に含有されてもよい。
【0018】
上記小胞体としては、含水ゲル内で安定でかつこのゲル内を流動し易い点から、脂質膜からなるリポソームが好ましい。ことに単層リポソームが後述する粒径のものを得る点から好ましいが別段これに限定されない。
【0019】
本発明において、小胞体は、爪ユニット又はその近傍の表皮にある脂質用細孔を通過し得るが、毛細血管内皮細胞間隙を通過し得ない大きさが選択される。このような小胞体の大きさとしては、100nm以下が好ましく、さらには30〜50nmがより好ましい。
【0020】
上記小胞体の調合は種々の脂質混合物から構成することができるが、例えば典型的なものとして、ジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC)/コレステロール(1:1)を挙げることができるが、利用される調合には制限がなく、どんな脂質と他成分との比の値が使用されてもよい。
【0021】
薬剤を内包させたリポソーム調製には種々の方法があり、例えば以下の様にして調整できる。脂質の凍結乾燥物及びコレステロールの凍結乾燥物の混合物を、蒸留水、生理食塩水及び/又は5%デキストロースのような水性媒体に予め溶解した薬剤水性溶液で水和した。その後、ボルテックスミキサー等で激しく攪拌することにより、薬剤内包リポソームを調製することができる。
【0022】
上記薬剤内包リポソームの粒径は、たとえば以下のようにして調整することができる。即ち、上記のように薬剤水性溶液で水和した脂質凍結乾燥混合物を温水〔例えば45℃程度〕浴で解凍し、これを所望の大きさ(例えば30〜50nm程度)の孔を有する薄膜から高圧で押し出すことにより、調整することができる。
【0023】
本発明において、膏体を構成する含水ゲルは主として水溶性高分子からなるが、これは、天然水溶性高分子であってもよく、合成水溶性高分子であってもよく、又これらの混合物であってもよい。
【0024】
上記天然水溶性高分子としては、水を含んでゲル化するものであればいずれのものであってもよく、例えば、カラギーナン、ローカストビーンガム、グルコマンナン、寒天、アガロース、キサンタンガム、グアーガム、ジェランガム、タマリンドシードガム、カラヤガム、ペクチン、ゼラチン等が挙げられる。この中で特に多糖類が好ましいが、別段これらに限定されるものではない。
【0025】
上記合成水溶性高分子としても、水を含んでゲル化するものであればいずれのものであってもよく、例えば、カルボキシメチルセルロース、カルボキシビニルポリマー、ポリアクリル酸、ポリビニルアルコール、アルギン酸、グラフトデンプン、アガロース、ポリグルタミン酸、アーネストガム、シリコーン又はそれらの塩及び部分中和物等が挙げられるが、別段これらに限定されるものではない。
【0026】
また、上記天然及び合成の水溶性高分子には、必要に応じて、当該分野で公知の架橋剤を併用してゲル強度を高めることもできる。該架橋剤としては、例えば塩化カリウム、乳酸カルシウム、ミョウバン等が挙げられる。
【0027】
本発明において、水溶性高分子は、含水ゲル膏体に対して、0.1〜10質量%程度含有されていることが適当であり、好ましくは0.3〜5質量%、さらに好ましくは0.5〜3質量%程度である。
【0028】
また、含水ゲル膏体における含水率(質量%)は、30〜95%程度、好ましくは40〜80%程度である。含水率が30%程度より小さい場合は、保水性が著しく低下して剛性が大きくなり、目的の貼付部位から剥がれやすくなって、薬剤内包小胞体の浸透効果が低くなる。また、含水率が95%を越えると、ゲル強度が著しく低下して、ゲル状組成物が柔らかくかつ脆くなり、使用に十分に耐え得なくなるとともに、使用時の離水が顕著になって取扱い性が悪くなり、皮膚からも剥がれやすくなる。
【0029】
本発明における含水ゲル膏体の1つの製造法は、上記水溶性高分子を必要に応じて湿潤剤にて湿潤させた後、適量の水に懸濁させ、さらに所定量まで水を添加し、これを(必要に応じて例えば70〜100℃程度の温度雰囲気下にて溶解させて)よく攪拌・混合した後、冷却することによりゲル化させることができる。上記湿潤、懸濁、攪拌混合の際や冷却の際に、前記した有効成分内包小胞体を添加し、混練・混合することにより、薬剤内包小胞体を分散保持した含水ゲル膏体が得られる。
【0030】
また本発明において、含水ゲル膏体には、少なくとも表面が親水性である繊維群が分散保持されていてもよい。
上記少なくとも表面が親水性を有する繊維としては、例えば、パルプ、木綿糸、レーヨン、微結晶セルロース繊維その他の各種親水性樹脂繊維のほか、表面が親水性処理された各種の疎水性樹脂繊維やガラス繊維・セラミック繊維等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0031】
本発明において、含水ゲル膏体には、更に他の活性成分(例えば、消炎剤、鎮痛剤、鎮痒剤、ビタミン等)が添加されてもよいし、医薬、化粧品および食品の分野において使用される添加剤、例えば、防腐剤、殺菌剤、香料、着色剤、抗酸化剤、増粘剤等が添加されてもよい。
【0032】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらにより限定されるものではない。
【0033】
実施例1
塩酸テルビナフィン内包リポソームの調製
ジパルミトイルホスファチジルコリン(DPPC)及びコレステロールを1:1の割合で用意し、DPPCの凍結乾燥物及びコレステロールの凍結乾燥物を混合して脂質凍結乾燥混合物を調製しておく。
一方、塩酸テルビナフィンを生理食塩水及び/又は5%デキストロースのような水性媒体に予め溶解させ、水性薬液を調製しておく。
次いで、上記脂質凍結乾燥混合物を、上記水性薬液で水和し、これを40〜50℃の温水浴で解凍した後、30〜50nm程度の孔を有する薄膜から高圧で押し出すことにより、平均粒径50nmの塩酸テルビナフィン内包リポソームを得た。
【0034】
薬剤内包リポソーム分散含水ゲル膏体の調製
すなわち含水ゲル膏体構成成分として、ポリアクリル酸ナトリウム4g、ポリビニルアルコール2g、グリセリン18g、カルボキシメチルセルロースナトリウム1g、カラギーナン2g、エチルアルコール1g、パラベン0.1g、水(全体が100gとなるように用いる)を用意し、一方、塩酸テルビナフィン内包リポソームは、上記含水ゲル膏体成分における濃度がDPPCに関して約20mmolの割合となろよう用意した。
【0035】
上記含水ゲル膏体構成成分を、以下のようにして混した。すなわち、
(1)カラギーナンを適量の水に加温溶解した。
(2)ポリビニルアルコールを適量の水に加温溶解した。
(3)上記(1)と(2)を加え、よく撹拌混合した。
(4)ポリアクリル酸ナトリウム及びカルボキシメチルセルロースナトリウムをグリセリンと混合した。
(5)(3)に(4)を加え、残りのものを加えて良く撹拌混合するとゲル組成物が得られた。
【0036】
上記ゲル組成物に上記塩酸テルビナフィン内包リポソームを徐々に添加しながら混合攪拌し、塩酸テルビナフィン内包リポソーム分散ゲル組成物を得た。
【0037】
次いで、以上のようにして調製された塩酸テルビナフィン内包リポソーム分散ゲル組成物を、不織布からなる支持体上に例えば200〜3000g/m程度に展延すると共にこの表面にもポリプロピレン製ライナを被覆した後養生して、塩酸テルビナフィン内包リポソームを分散保持した含水ゲル膏体を有する貼付剤を得た。
【0038】
上記で得られた貼付剤を、爪白癬に感染している患者の感染部位(足の第1指の爪甲及びその近傍)を十分に含む大きさで貼付した。
【0039】
上記の結果、患者の爪に現われていた爪白癬独特の濁り及び膨らみは殆ど認められなくなっていた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
白癬菌に有効な成分を内包してなる小胞体を分散保持した含水ゲルを膏体とする爪白癬治療用貼付剤であって、小胞体が、爪もしくは皮膚の細孔及び角質層細孔を通過し得るが毛細血管内皮細胞間隙を通過し得ない粒径に調節されていることを特徴とする爪白癬治療用貼付剤。
【請求項2】
白癬菌に有効な成分をさらに膏体内に含有してなる請求項1記載の爪白癬治療用貼付剤。
【請求項3】
有効成分がテルビナフィン又はその塩である請求項1又は2に記載の爪白癬治療用貼付剤。
【請求項4】
小胞体の粒径が、100nm以下である請求項1〜3のいずれかに記載の爪白癬治療用貼付剤。
【請求項5】
小胞体の粒径が、30〜50nmである請求項4に記載の爪白癬治療用貼付剤。
【請求項6】
小胞体が、リポソームである請求項1〜5のいずれかに記載の爪白癬治療用貼付剤。
【請求項7】
含水ゲルが、合成水溶性高分子及び/又は天然水溶性高分子からなる請求項1〜6のいずれかに記載の爪白癬治療用貼付剤。
【請求項8】
合成水溶性高分子が、ポリアクリル酸及びその塩、カルボキシビニルポリマー、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリビニルアルコールからなる群から選択される1種又は2種以上である請求項7記載の爪白癬治療用貼付剤。
【請求項9】
天然水溶性高分子が、カラギーナン、ローカストビーンガム、グルコマンナン、グアーガム、タマリンドシードガム、ジェランガムからなる群から選択される1種又は2種以上である請求項7記載の爪白癬治療用貼付剤。
【請求項10】
少なくとも表面が親水性である繊維群が含水ゲル内に分散保持されてなる請求項1〜9のいずれかに記載の爪白癬治療用貼付剤。

【公開番号】特開2011−51966(P2011−51966A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−225516(P2009−225516)
【出願日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【出願人】(390011017)ダイヤ製薬株式会社 (20)
【Fターム(参考)】