片面アークスポット溶接方法
【課題】TIGであっても複数枚のアルミニウム合金の薄板が重ねられて構成された被溶接物に対し、短時間で深い溶込みを実現し、溶接ビードが凸状である信頼性の高い溶接部を得ることができる片面アークスポット溶接方法を提供する。
【解決手段】トーチノズル1は、非消耗式電極3の周りに第1ガスG1を流して非消耗式電極3を外部の雰囲気から遮蔽する第1ガス経路を有する。ガスノズルカップ5は、トーチノズル1の周りを囲むようにトーチノズル1から間隔を設けて配置されている。このガスノズルカップ5とトーチノズル1との間には、第2ガスG2を流して非消耗式電極3及び第1ガスG1を大気から遮蔽する第2ガス経路6が設けられている。第1ガスG1にHeガス又はHeを25%以上含有するHe及びArの混合ガス、前記第2ガスG2にHe以外の不活性ガスを使用する。
【解決手段】トーチノズル1は、非消耗式電極3の周りに第1ガスG1を流して非消耗式電極3を外部の雰囲気から遮蔽する第1ガス経路を有する。ガスノズルカップ5は、トーチノズル1の周りを囲むようにトーチノズル1から間隔を設けて配置されている。このガスノズルカップ5とトーチノズル1との間には、第2ガスG2を流して非消耗式電極3及び第1ガスG1を大気から遮蔽する第2ガス経路6が設けられている。第1ガスG1にHeガス又はHeを25%以上含有するHe及びArの混合ガス、前記第2ガスG2にHe以外の不活性ガスを使用する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、片面アークスポット溶接方法に関し、特に、アルミニウム又はアルミニウム合金の片面アークスポット溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近時、自動車車体の軽量化に対する要求が高まっており、これに伴い、軽量化素材としてアルミニウムが注目されている。例えば、車体フロアは、板厚(肉厚ともいう。以下、板厚という)1乃至3mmのアルミニウムの板材、板プレス品又は中空形材等で構成され、これらが抵抗スポット法(RSW;Resistance Spot Welding、以下、RSWという)で接合されて組み立てられている。RSWは、重ね合わせた2枚以上の被溶接材を1対の電極で両側から挟み、加圧した状態で電極に通電し、被溶接材自体の抵抗及び接触抵抗による発熱を利用して複数枚の被溶接材間の界面を短時間で溶融させて接合部を形成する接合法である。
【0003】
しかしながら、車体フロアにおいては、剛性アップの観点等から板プレス品又は中空形材で閉断面化された部材を適用した部位も多く、これらの閉断面部材で懐の深い接合部は、予めガン挿入用の作業孔を設ける必要がある(特許文献1)。この作業孔は、溶接後に機械的接合法により新たな部材で蓋をしている。構造部材にRSWを適用する場合、継手部の信頼性等の観点から多くの打点数を必要としている。よって、作業用の孔あけ作業に伴う加工工程増加によるコストアップ、蓋に代用される部材増に伴う重量アップ及び機械接合部の腐食の問題等解決すべき課題が多い。
【0004】
アルミニウム及びアルミニウム合金(以下、アルミニウム材)の溶融溶接では、溶接に悪影響を及ぼす被溶接材表面の酸化皮膜は、母材の前処理及び溶接過程でのクリーニング作用で除去されるが、溶接法もクリーニング作用機能を有する非消耗式電極を使用する交流TIG(Tungsten Inert Gas)(以下、TIGという)及び消耗式電極を使用する直流逆極性MIG(Metal Inert Gas)(以下、MIGという)が一般的であり、板厚、溶接姿勢及び溶接部に対する要求特性等の観点から使い分けられている。なお、両溶接法とも、アークを大気から保護するために不活性ガスをシールドガスとして使用するシールドガス方式で、大電流溶接等で広い領域のシールドを必要とする場合は、通常のガスノズルカップの外側に付属ノズルを装着するダブルシールド方式が採用されている。シールドガス組成はArガスが一般的であるが、厚板溶接等で深溶込みが必要な場合、He単独又はHe及びArの混合ガスが使用される。
【0005】
近時、自動車アルミニウム化の進展で、薄板が強度を要する構造部材に使用されるようになり、アルミニウム溶接における片面アークスポット溶接法の適用は、RSWの代替え技術として特に強く要望されるようになっている。
【0006】
MIGの片面アークスポット溶接法への適用は、アルミニウム製電車製造分野で既に多くの実績がある。しかしながら、この分野は適用板厚が3mm以上であり、自動車製造分野と比較した場合、厚肉の領域である。アルミニウムにアークスポット接合を適用する場合、特許文献2に示すようなMIG溶接による点接合方法が知られている。しかし、MIG溶接は溶接の間、常に溶滴が溶融部に移行し溶融金属部を形成する方法であり、強度を得るために十分に溶込ませると、溶接部は溶融金属部が大きく盛り上がった形態となる。自動車部品など用途によっては、美観上または他部材との配置上、余盛は低いことが好ましい場合があり、余盛が高い場合には切削などの加工が必要となってしまう。余盛を抑制する手法として上板に貫通孔を設ける方法も考えられるが、工程が増えコストが高くなってしまう。
【0007】
一方、TIGは片面アークスポット溶接法が強度を有する継手部に適用されることは少ないが、少ない需要が有ること等から、従来、アルミニウム用の溶接電源にはアークスポット機能が備えられている。以下、TIGによる片面アークスポット溶接法について説明する。図15は従来のTIGによる片面アークスポット溶接法を示す模式的概略図、図16は従来のTIGによる片面アークスポット溶接法の溶接電流と溶加材添加との関係を示す図である。
【0008】
アークスポット溶接機能を備えた溶接電源で、TIGで片面アークスポット溶接を行い被溶接材である上板21と下板22とを接合する場合、図15に示すように、ガスノズルカップ31先端部にスポット用付属ノズル32を装着し、交流電源(図示せず)から非消耗式電極であるタングステン電極33に図16に示す溶接電流Iwを与えることによってタングステン電極33と上板21及び下板22との間にアークを発生させる。上板21が板厚相当分溶融した後に下板22が溶融し、溶融池が形成され、上板21及び下板22が1つの溶接金属を形成した段階(t1秒経過後)で、t2秒間溶加材挿入孔34から一定速度で溶加材41を別途溶融池に添加し、溶接ビード23を形成する。これにより上板21と下板22とが溶接される(以下、スポット法という)。
【0009】
溶接時間をtとすると、図16に示すように、溶加材41は溶接時間t内で添加を終了するが、溶加材41が溶融金属と溶着するトラブルを避けるため、溶加材41を添加している間(t2秒間)の直後に溶加材の未添加時間t3が存在する。
【0010】
【特許文献1】特公昭45−31378号公報
【特許文献2】特開2005−306323号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、上述の従来の技術には以下に示すような問題点がある。上述の方法によってTIGで片面アークスポット溶接を行う場合、上板21と下板22とを溶融させるためには大きな溶接電流及び長い溶接時間を必要とし、特に薄板の場合、大電流・長時間の溶融では溶接変形の問題等の観点から適用ができないという問題点がある。
【0012】
また、表側の溶接ビードの形状が凹状になった場合、この凹状の溶接ビード形状が溶接割れの発生及び溶接部の肉厚不足による強度低下等溶接部の品質劣化の大きな要因になるため、通常のアーク溶接では、溶接電源のクレータ処理機能を使用し、溶接電流よりも低い電流によってクレータ処理を行い、凹ビードを残さないようにしている。上述のように、大電流・長時間の条件下でTIGによる片面アークスポット溶接を行った場合、上板21及び下板22の溶融面積が拡大し、溶融金属量も増加する。この溶融金属量の増大に比例し、凝固における体積収縮量も大きくなる。特に、アルミニウムは鋼に比べ、溶融金属の凝固における体積収縮率が大きいため、形成される溶接ビード23の形状は最終凝固域である中央部が大きく凹むという問題点もある。
【0013】
また、上述の方法によって重ねTIGで片面アークスポット溶接を行う場合、非消耗式電極であるタングステン電極33で上板21及び下板22を溶融後、溶加材41を添加して溶接部を形成するが、アークの特性上、溶込み形状がなべ底状になり、MIGに比べて溶込みも浅いという問題点もある。
【0014】
TIGの片面アークスポット溶接への適用は、MIGと同様に被溶接材に貫通孔を設ける方法及び深溶込みが得られるHeガスの使用等、溶接施工の観点から種々検討されたが、要求特性を満足する溶接部の確保が困難であった。
【0015】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、TIGであっても複数枚のアルミニウム又はアルミニウム合金の薄板が重ねられて構成された被溶接物に対し、短時間で深い溶込みを実現し、溶接ビードが凸状である信頼性の高い溶接部を得ることができる片面アークスポット溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明に係る片面アークスポット溶接方法は、非消耗式電極及び前記非消耗式電極の周りに第1ガスを流して前記非消耗式電極を外部の雰囲気から遮蔽する第1ガス経路を有するトーチノズルと、このトーチノズルの周りを囲むように前記トーチノズルから間隔を設けて配置されたガスノズルカップと、このガスノズルカップと前記トーチノズルとの間に第2ガスを流して前記非消耗式電極及び前記第1ガスを大気から遮蔽する第2ガス経路と、を有する溶接トーチを使用し、前記第1ガスにHeガス又はHeを25%以上含有するHe及びArの混合ガス、前記第2ガスにHe以外の不活性ガスを使用し、前記非消耗式電極に交流電源から通電することによって、複数枚のアルミニウム又はアルミニウム合金の薄板が重ねられて構成された被溶接物をアークスポット溶接することを特徴とする。
【0017】
本発明に係る片面アークスポット溶接方法は、前記被溶接物を溶融して溶融池を形成する工程と、前記溶融池に溶加材を添加する工程と、を有することが好ましい。
【0018】
また、前記交流電源から通電される電流は、初期電流、溶接電流及びこの溶接電流よりも小さいクレータ電流の順に変更され、前記溶加材は前記被溶接材が溶融してから添加され、前記クレータ電流が流れている間に添加が終了することが好ましい。この場合に、前記クレータ電流の通電時における単位時間当たりの前記溶加材の添加量を、前記溶接電流の通電時における単位時間当たりの前記溶加材の添加量の60乃至90%とすることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、被溶接材がアルミニウム又はアルミニウム合金の薄板であっても、アークプラズマ用ガス用及びシールドガス用の2個のガス経路からなる溶接トーチを使用し、アークプラズマ用ガスとして質量が空気より軽くガスの解離電圧が高いHeガスか又はHeを25%以上含有するHe及びArの混合ガス、シールドガスとして質量が空気より重いHe以外の不活性ガスを使用することでアーク力及びシールド性を高めることによって、短時間で深い溶込みを実現し、溶接ビードが凸状である信頼性の高い溶接部を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態について添付の図面を参照して具体的に説明する。先ず、本発明の第1の実施形態に係る片面アークスポット溶接方法について説明する。図1は本発明の第1実施形態に係る片面アークスポット溶接方法に使用する溶接トーチ10を示す模式的断面図、図2はアークプラズマ用ガスG1のHe混合率(同一温度、圧力での総ガス体積にしめるHe体積%)と溶込み深さの関係を示す模式図、図3は本実施形態に係る片面アークスポット溶接方法における電流と溶加材添加の関係を示す模式図、図4(a)は図3に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真、図4(b)はスポット法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真、図5は図3に示すスロープ法及びスポット法で片面アークスポット溶接を行って作成した引張せん断試験片の引張せん断強度を示すグラフ、図6(a)は母材を3枚重ねにして図3に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真、図6(b)は母材を3枚重ねにしてスポット法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真である。
【0021】
溶接トーチ10は、図1に示すように、非消耗式電極挿入孔1bを有し、トーチノズル1の内部に同軸状に、筒形状を有し下部に電極締め付け孔2aが設けられたコレット2が配置され、このコレット2の内部に同軸状に、タングステン電極(非消耗式電極)3が先端部の突出し長さ調節可能に配置されている。コレット2の内径は、コレット2上部においてタングステン電極3の外径よりも大きく、下部に向かうにつれてその内径は小さくなっており、コレット2下端部においてタングステン電極3と接触している。また、タングステン電極3は交流電源(図示せず)に接続されている。
【0022】
第1ガスとしてのアークプラズマ用ガスG1は、非消耗式電極挿入孔1bから導入され、コレット2下部に設けられた電極締め付け孔2aからトーチノズル1の先端部1aの内周面とコレット2の外周面とからなる環状路4を通じ、タングステン電極3周囲に誘導される。これにより、第1ガス経路が構成され、アークプラズマ用ガスG1によってタングステン電極3周囲が外部の雰囲気から遮蔽される。
【0023】
また、トーチノズル1の外周にはトーチノズル1の周りを囲むようにトーチノズル1から間隔を設けてガスノズルカップ5が設けられている。
【0024】
第2ガスとしてのシールドガスG2は、トーチノズル1の外周面とガスカップノズル5の内周面とからなる環状路6を通じてアークプラズマ用ガスG1周囲に誘導される。これにより、第2ガス経路が構成され、シールドガスG2によってタングステン電極3及びアークプラズマ用ガスG1周囲全体が大気から遮蔽される。
【0025】
TIGで片面アークスポット溶接を行うことによって複数枚重ねられたアルミニウム材(被溶接材)を短時間で接合するためには、アークを絞り、集中させることによってアーク力を高め、深い溶込みを得ることが必要である。そこで、アークプラズマ用ガスG1としては、例えばガスの解離電圧が高く、アークプラズマのエネルギー密度がArガスより高くアーク集中性が良好であるHeガスを使用することが好ましい。これによりアークの集中性の向上を図ることができる。
【0026】
ここで、母材に板厚4mmのA5052P−H34を使用し、後述するスポット法の溶接電流Iwを140A、アークタイムtを5秒とし、シールドガスG2としてArガスを使用し、アークプラズマ用ガスG1として、Arガス、Heを25乃至75%含有するHe及びArの混合ガス、並びにHeガスを使用して溶加材を使用せずに片面アークスポット溶接を行った結果を図2に示す。アークプラズマ用ガスG1及びシールドガスG2のガス流量は夫々10L/分である。
【0027】
図2に示すように、アークプラズマ用ガスG1としてHe及びArの混合ガスのHe混合率(同一温度、圧力での総ガス体積にしめるHe体積%)が大きいものを使用したもの程溶込み深さPは大きくなり、特に、He混合率が50%以上のものを使用したもので顕著である。そして、Heガスを使用したもので最大である。アークプラズマ用ガスG1としてHe及びArの混合ガスのHe混合率が25%のものを使用したもので溶込み深さPは2.4mmであり、これは十分な溶込み深さであると判断できる。よって、本発明においては、アークプラズマ用ガスG1として、Heガス又はHeを25%以上含有するHe及びArの混合ガスを使用する。
【0028】
また、シールドガスG2としては、Heよりも重い不活性ガス、例えばArガスを使用することができる。このとき、Arガスは空気よりも質量が重いため、シールド性の向上を図ることができる。例えばシールドガスG2としてHeガスを使用すると、Heガスは空気よりも質量が軽いため、シールド性を損なう要因になる。シールド性を改善するためにHeガス流量を増加させるとガスの流速が増し、乱流を引き起こすので、シールド性の改善には結びつかない。また、HeガスはArガスに比べ高価でありコスト増にもなる。よって、シールドガスG2としてはArガスを使用することが好ましい。このような理由により、本発明においては、溶接中に溶接部に供給するシールドガスG2として、Arを使用することが好ましい。
【0029】
また、TIGで片面アークスポット溶接を行う際に凸状の溶接ビードを得る方法は、以下の2通りの方法が考えられる。一方は、溶融金属量を少なくし、凝固・収縮による体積減少を極力小さくするとともに、凝固・収縮で形成された凹部を、溶加材を添加して埋める方法であり、これは通常のアーク溶接でクレータ処理方法として使用されている。他方は、多くの溶加材を溶融部に添加して溶融金属を強制冷却し、形成される凹部を被溶接材表面よりもタングステン電極3側に位置させる方法である。この方法は、溶込み確保が前提とすれば、溶融時間(図16に示すt1)を保持し、短時間で多くの溶加材を添加するためには溶加材を高速度で溶融池に添加する必要がある。高速度での溶加材添加は添加位置の変動による溶接ビード形状の悪化、溶加材と溶融金属の溶着による溶接作業性の悪化並びに溶融金属とタングステン電極3との溶着等のトラブル発生の要因になる。また、溶加材の送給速度を緩和するために太径溶加材(例えば線径1.6乃至2.4mm)を使用することも考えられるが、TIGにおいて太径溶加材を安定的に送給するワイヤ送給装置は実用化に至っていない。よって、クレータ処理方法が最も有効である。
【0030】
ここで、溶接トーチ10を使用し、アークプラズマ用ガスG1としてHeを50体積%含有するHe及びArの混合ガス、シールドガスG2としてArを使用し、アークプラズマ用ガスG1及びシールドガスG2のガス流量を夫々10L/分とし、母材に板厚1mmのA5182P−Oを2枚重ね、溶加材にA5356WY−直径1.6mmを使用し、交流の溶接電源(図示せず)からタングステン電極3に、図3に示すように、夫々電流量が異なる初期電流Is、溶接電流Iw及びクレータ電流Icを順次供給し、溶接電流Iwが供給されている溶接電流時間から溶接電流Iwよりも低いクレータ電流Icが供給されているクレータ処理時間にわたって溶加材の添加を行う(以下、スロープ法という)ことによってアークスポット溶接を行い、引張せん断試験片を作成した。また、図16に示すスポット法で交流の溶接電源(図示せず)からタングステン電極3に溶接電流Iwを供給し、同様にアークスポット溶接を行い、引張せん断試験片を作成した。
【0031】
以下、スロープ法で片面アークスポット溶接を行う方法について説明する。図3に示すように、スロープ法においてタングステン電極3に供給される電流は、初期電流Is、溶接電流Iw及びクレータ電流Icであり、Iw>Icである。初期電流Isは特に溶接条件に基づく制約はない。初期電流時間をTs、アップスロープ時間をTu、溶接電流において被溶接材が溶融するまでの時間をT1、被溶接材が溶融してからの時間をT2(即ち溶接電流時間=T1+T2)、ダウンスロープ時間をTd、クレータ処理時間をTcとすると、アークタイムTはこれらの時間の合計、即ちT=Ts+Tu+T1+T2+Td+Tcである。
【0032】
溶加材は溶接電流Iwによって被溶接材が溶融した後、溶接電流時間からクレータ処理時間の途中までT2+T3秒間所定の送給速度で溶融池に添加される。被溶接材が溶融した後に溶加材の添加を開始し、クレータ処理時間の途中で溶加材の添加を終了することによって溶融金属の凝固を促進し溶融金属量を減少させ、これにより凝固時の収縮量を抑制することができる。更に、溶加材の添加を終了した後のクレータ処理時間を溶接の最終工程とし、この時間をT4とすると、この最終工程において短時間のアーク印加で溶接ビードを修正する。以上の工程によりスロープ法で片面アークスポット溶接を行う。
【0033】
上述の如く、スロープ法で片面アークスポット溶接を行った場合、図4(a)に示す断面マクロ写真のように、十分な大きさの溶融径を確保した凸状の溶接ビードが得られる。一方、スポット法で片面アークスポット溶接を行った場合に得られる溶接ビードは、図4(b)に示す断面マクロ写真のように、被溶接材の表面及び裏面の双方が凹状で、溶融金属の肉厚が板厚以下になっている。
【0034】
また、各引張せん断試験片について、引張せん断試験を行った結果、図5に示すように、スロープ法で片面アークスポット溶接を行って作成した引張せん断試験片は、溶接ビードの形状の改善と共に溶融径が増大した結果、スポット法で片面アークスポット溶接を行って作成した引張せん断試験片よりも引張せん断強度が30%弱向上しており、これにより、スロープ法で片面アークスポット溶接を行うことによって継手強度が向上することが分かる。
【0035】
次に、溶接トーチ10を使用し、アークプラズマ用ガスG1としてHeを75%含有するHe及びArの混合ガス、シールドガスG2としてArを使用し、母材に板厚1mmのA5182P−Oの3枚重ね、溶加材にA5356WY−直径2.4mmを使用し、スロープ法で片面アークスポット溶接を行った。また、同様に、スポット法で片面アークスポット溶接を行った。
【0036】
スロープ法で片面アークスポット溶接を行った場合、図6(a)に示すように、十分な大きさの溶融径を有する凸状の溶接ビードが得られる。一方、スポット法で片面アークスポット溶接を行った場合に得られる溶接ビードは、図6(b)に示すように、被溶接材の表面及び裏面ともに凹状で、溶融金属の肉厚が板厚以下になっている。
【0037】
これにより、本発明においては、図3に示す上述のスロープ法で片面アークスポット法を行うものとする。
【0038】
次に、上述の如く構成された本実施形態に係る片面アークスポット溶接方法の動作について説明する。
【0039】
溶接トーチ10の非消耗式電極挿入孔1bからアークプラズマ用ガスG1としてHeガス又はHeを25%以上含有するHe及びArの混合ガスを供給すると、アークプラズマ用ガスG1はコレット2下部に設けられた電極締め付け孔2aからトーチノズル1の先端部1aの内周面とコレット2の外周面とからなる環状路4を通じ、タングステン電極3周囲に流出する。Heガスは、ガスの解離電圧が高く、アークプラズマのエネルギー密度がArガスより高くアーク集中性が良好であるため、アークの集中性の向上を図ることができる。
【0040】
また、ガスノズルカップ5の内側にシールドガスG2としてArを供給すると、シールドガスG2はトーチノズル1の外周面とガスカップノズル5の内周面とからなる環状路6を通じ、アークプラズマ用ガスG1周囲全体を遮蔽する。Arガスは空気よりも質量が重いため、シールド性の向上を図ることができる。
【0041】
溶接トーチ10にアークプラズマ用ガスG1及びシールドガスG2を供給した状態で、図3に示す模式図のように、交流電源(図示せず)からタングステン電極3に先ず初期電流Isを供給し、所望の時間(初期電流時間Ts)保持し、次に溶接電流Iwを供給する。そして、被溶接材が溶融した時点で溶融池に溶加材を所定の送給速度で添加する。溶接電流Iwを所望の時間(溶接電流時間T1+T2)保持し、次に、溶接電流Iwよりも低いクレータ電流Icへダウンスロープ時間Td経過後、移行する。これにより、タングステン電極3に流れる電流値はクレータ電流Icとなる。この状態を所望の時間保持した段階で溶加材の添加を終了し、クレータ電流Ic下で短時間(T4)アークによって溶接ビードを修正する工程を行う。これによって、被溶接材表面よりタングステン電極3側に溶接金属が位置する凸状の溶接ビードが得られる。また、溶接電流時間からクレータ処理時間の途中まで溶加材を添加することによって溶融金属量を減少させ、これにより凝固時の収縮量を抑制することができる。
【0042】
本発明に係る片面アークスポット溶接方法は、図1に示す溶接トーチ10を使用し、アークプラズマ用ガスG1として質量が空気より軽くガスの解離電圧が高いHeガスか又はHeを25%以上含有するHe及びArの混合ガスを使用することでアークの集中性を高め、シールドガスG2として質量が空気より重いArを使用することでシールド性を高め、図3に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行うことにより、短時間で深い溶込みを実現し、溶接ビードが凸状であり信頼性の高い溶接部を得ることができる。
【0043】
次に、本発明の第2の実施形態に係る片面アークスポット溶接方法について説明する。図7は、本実施形態に係る片面アークスポット溶接方法における溶接電流と溶加材添加の関係を示す模式図である。なお、本実施形態において、溶接トーチ10並びにアークプラズマ用ガスG1及びシールドガスG2の構成は、図1に示す第1の実施形態と同様である。
【0044】
次に、本実施形態の動作について説明する。図7に示すように、本実施形態のスロープ法における時間と電流との関係は、第1の実施形態と同様である。即ち、タングステン電極3に供給される電流は、初期電流Is、溶接電流Iw及びクレータ電流Icであり、Iw>Icである。初期電流Isは特に溶接条件に基づく制約はない。なお、アークタイムT、初期電流時間Ts、アップスロープ時間Tu、ダウンスロープ時間Td及びクレータ処理時間をTcについては図示を省略している。
【0045】
図7に示すように、溶加材は溶接電流Iwによって被溶接材が溶融した後、時間T2(秒)の間送給速度Fw(m/分)で溶融池に添加される。ここまでは、第1の実施形態と同様である。本実施形態においては、次に、時間T2が経過した後、図7に示すA点の時点から、溶加材送給速度をFc(<Fw)に減少させる。この状態で時間T3(秒)の間溶加材を送給し、クレータ処理時間の途中で溶加材の送給を終了する。その後、時間T4(秒)経過後にクレータ処理が終了されることは第1の実施形態と同様である。
【0046】
上述の第1の実施形態で説明したように、電流を初期電流Is、溶接電流Iw、及び溶接電流より小さいクレ−タ電流Icと順次変化させ、溶加材を被溶接材が溶融してから添加しクレ−タ電流が流れている間に添加を終了することにより、所望の凸状の溶接部を形成することができる。しかし、溶接電流より小さいクレ−タ電流の領域では、溶融部に添加された溶加材量を溶融する速度が溶接電流の領域に比べて遅くなる。これに対して、被溶接材溶融に相当する溶加材添加量(溶加材送給速度)は、添加の開始から終了まで一定である。このため、条件によっては溶加材の供給が必要量に比べて過多となる場合がある。このような場合には、溶融金属部に冷たい溶加材が添加されることで凝固が促進され、溶加材溶融や溶融金属の湯流れが不釣り合いとなる結果、形成される溶接ビ−ドはより大きい凸状となる。
【0047】
より大きい凸状ビ−ドが形成されると、溶融金属がタングステン電極と融着する可能性がある。融着した場合には溶接が中断されることがあり、また、溶接部へのタングステン巻き込み等を補修するための再溶接が必要となることもある。その他に、タングステン電極の再装着及び溶接ビ−ドの手直し等が必要となる場合もある。このように、溶加材の添加量が過多となることが溶接作業性を低下させる一因となる。以上のことから、本実施形態においては、電流が溶接電流Iwからクレ−タ電流Icに変化する時点(図7のA点)で溶加材送給速度を溶接電流域における送給速度Fwより小さいFcとすることとした。なお、本実施形態の説明においては、単位時間当たりの溶加材添加量の減少を溶加材(ワイヤ)送給速度の減少として表しているが、例えば溶加材の質量で表す等、溶加材送給速度以外の方法によることとしてもよい。
【0048】
本実施形態における効果を確認するため、以下に示すように、クレータ電流における溶加材送給速度を0乃至50%の範囲で減少させて片面アークスポット溶接を行い、その際の溶接作業性、ビード形状及び余盛高さについての試験を行った。
【0049】
本試験においては、母材として板厚1mmのA5182P−Oの2枚重ね、溶加材としてA5356WY−直径1.6mmを使用し、図7に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行った。溶接条件は、溶接電流が100A、クレ−タ電流が70A、及び、溶接電流時における溶加材送給速度Fwが250cm/分である。なお、表1において、◎及び○はいずれも良好の評価であるが、◎の方がより良好である。また、△は○に比べてやや劣る評価とした。
【0050】
ここで、溶接作業性について、クレータ電流Icにおける溶加材送給速度が過大となると、以下の現象が起こる場合がある。即ち、(1)溶加材の添加量と溶融、及びビ−ド形成がアンバランスとなり、クレータ電流Icにおいて溶融金属の盛り上がりが大きくなる。条件によってはタングステン電極と溶融金属が接触し溶接が中断する。(2)溶加材(ワイヤ)の溶融速度はクレ−タ電流への切り替わりで低下するが、添加速度は溶接電流相当速度の為に、ワイヤに衝撃が加わる。条件によってはワイヤ添加位置のずれが生じる。なお、このワイヤ添加位置のずれは、ビ−ド形状不良の一因となる。
【0051】
以上のことから、溶接作業性の評価については、上記(1)及び(2)が共に認められなかった場合を◎、(2)の現象が認められた場合を○、並びに、(1)及び(2)が共に認められた場合を△とした。
【0052】
また、ビード形状について、溶接金属の最終凝固部と溶接前の被溶接材の表面との位置関係において、電極側に位置する場合を凸状、被溶接材側に位置する場合を凹状とする。これは、余盛高さによって表すことができる。被溶接材の表面に対して余盛高さが正の値であるときは凸状、負の値であるときは凹状である。なお、凹状ビードは、たとえ溶着金属部の厚さが大きくても、引張変形を受けた際に凹状部に特に応力が集中しやすいため、好ましくない。
【0053】
表1に、クレータ電流における溶加材送給速度の減少率と、溶接作業性、ビード形状及び余盛高さについての試験結果との関係を示す。また、図8(a)乃至(d)に、減少率が0%、10%、30%及び50%の場合の溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真を示す。
【0054】
【表1】
【0055】
表1に示すように、溶加材送給速度を変化させない手法(減少率0%)では凸状の溶接ビ−ドは形成されるが、電流がクレ−タ電流へ変化する際に溶加材に若干の衝撃が発生することにより、添加位置の変動が生じる。このため、溶接作業性が若干劣る結果となった。これに対して、クレ−タ電流における溶加材添加量を溶接電流における添加量より減少させることにより溶接作業性が改善された。具体的には、溶加材の減少率を10%以上とすることで溶接作業性が良好域となり、20%以上とすることでより良好な溶接作業性が得られた。
【0056】
また、ビード形状については、溶加材減少率が0乃至40%のときに凸状ビードが得られたが、溶加材減少率を50%とするとビード形状が凹状となった。図8(a)乃至(c)に示すように、溶加材減少率が0%、10%及び30%のときは、いずれも溶接中央部が被溶接材の表面よりも上に位置しており、余盛高さと併せて良好な凸状のビード形状が得られた。これに対して、図8(d)に示すように、溶加材減少率が50%のときは、溶接中央部が被溶接材の表面より凹んでおり、余盛高さは負の値となった。以上のことから、ビード形状については、溶加材減少率が40%以下で良好であるという結果が得られた。
【0057】
上記の試験結果により、クレータ電流における溶加材添加量を溶接電流における溶加材添加量に対して10乃至40%減少させ、60乃至90%とすることで、溶接作業性及びビード形状が共に良好な片面アークスポット溶接を行うことができる。また、溶加材添加量を20乃至40%減少させ、60乃至80%とすることで、より好ましい片面アークスポット溶接を行うことができる。
【0058】
なお、本実施形態においては、図7に示すように、A点の時点で溶加材送給速度をFwからFcへ階段状に1段階減少させているが、本発明はこれに限定されるものではない。例えば、図7のA点以降、溶加材送給速度を2段階以上の階段状に減少させることとしてもよく、連続的に減少させることとしてもよい。
【実施例】
【0059】
以下、本発明の効果を実証するための実施例について説明する。
【0060】
先ず、本発明の第1実施例について説明する。本実施例においては、溶接トーチ10を使用し、シールドガスG2としてArを使用し、アークプラズマ用ガスG1として、Heガス又はHeを50%以上含有するHe及びArの混合ガスを使用し、片面アークスポット溶接を行うことで引張せん断試験片を作成した。アークプラズマ用ガスG1及びシールドガスG2のガス流量は夫々10L/分とした。母材として板厚1乃至3mmのA5182−Oを貫通孔を設けずに下記表2に示す組み合わせで2枚重ねにし、溶加材としてA5356WYを使用した。下記表2に示す板厚組み合わせにおいて、例えば、1+2は、板厚1mmの母材と板厚2mmの母材を、板厚1mmの母材をアーク発生側に配して2枚重ねにしたことを示している。剥離試験では、試験片の両端をペンチで保持し、人力で引剥がし、剥離しないものを評価○とし、剥離したり接合が不可能だったりしたものを評価×とした。その結果を下記表2に示す。図9は1mmの板厚の母材を2枚重ねにして図3に示す第1の実施形態のスロープ法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真である。
【0061】
【表2】
【0062】
アークプラズマ用ガスG1として、Heガス及びHeを50%以上含有するHe及びArの混合ガスのいずれのガスを使用した場合においても、板厚1mm同士の同板厚組み合わせ、及び1mmの母材をアーク発生側に配した1mm+2mm及び1mm+3mmの板厚が異なるものの組み合わせが接合可能であった。これらにおいては、図9に示す板厚1mm同士を溶接した溶接ビードのように、十分な大きさの溶融径を有する凸状の溶接ビードが得られた。
【0063】
次に、本発明の第2実施例について説明する。本実施例においては上述の第1実施例と同様のシールド条件において、母材として板厚1乃至3mmのA5182−Oを貫通孔を設けずに下記表3に示す組み合わせ、即ち同板厚の母材を3枚重ねにし、溶加材としてA5356WYを使用して図3に示す第1の実施形態のスロープ法で片面アークスポット溶接を行うことで剥離試験片を作成し、剥離評価を行った結果を下記表3に示す。評価方法は上述の第1実施例と同様である。
【0064】
【表3】
【0065】
本発明に係る片面アークスポット溶接方法によって、1mmの板厚の母材を3枚重ねた組み合わせが接合可能であった。図10は1mmの板厚の母材を3枚重ねにして図3に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真である。1mmの板厚の母材を3枚重ねたものにおいては、図10に示すように、十分な大きさの溶融径を有する凸状の溶接ビードが得られた。
【0066】
次に、本発明の第3実施例について説明する。本実施例においては上述の第1実施例と同様のシールド条件において、母材として板厚1mmのA5052−H34を貫通孔を設けずに2枚重ねにし、溶加材としてA5356WYを使用して図3に示す第1の実施形態のスロープ法で片面アークスポット溶接を行うことで引張せん断試験片を作成した。また、RSWで接合によっても引張せん断試験片を作成した。これらの引張せん断試験片について引張せん断強度を測定した結果を図11に示す。図11に示すように、本発明に係る片面アークスポット溶接方法によって作成した引張せん断強度試験片は、RSWによって作成した引張せん断強度試験片と同等の引張せん断強度が得られる。なお、本発明に係る片面アークスポット溶接方法によって上述の条件で作成した引張せん断試験片の溶融径はいずれも8.0mmであった。
【0067】
次に、本発明の第4実施例について説明する。本実施例においては上述の第1実施例と同様のシールド条件において、母材として板厚1乃至3mmのA5182−Oを下記表4に示す組み合わせで2枚又は3枚重ねにし、アーク発生側に位置する母材に所定の貫通孔を設け(3枚重ねの場合は最大でもアーク発生側に位置する母材の次に位置する母材までの2枚)、溶加材としてA5356WYを使用し、図3に示す第1の実施形態のスロープ法で貫通孔を通じて接合することで試験片を作成した。夫々の試験片について評価を行った結果を下記表4に示す。評価方法は上述の第1実施例と同様である。
【0068】
【表4】
【0069】
アークプラズマ用ガスG1として、Heガス及びHeを50%以上含有するHe及びArの混合ガスのいずれのガスを使用した場合においても、アーク発生側に位置する母材に貫通孔を設けた場合、本発明に係る片面アークスポット溶接方法によって、板厚が異なるものの組み合わせでは薄板をアーク発生側に配した2mm+3mmまで可能であり、接合可能な板厚の組み合わせが拡大する。また、貫通孔を設けることで、被溶接材を溶融させる溶接電流Iwを低減することができ、溶接作業性の改善が可能になる。
【0070】
次に、本発明の第4実施例について説明する。本実施例においては上述の第1実施例と同様のシールド条件において、母材として板厚1mmのA5182P−Oを2枚重ねにし、溶加材としてA5356WY−直径1.6mmを使用して、図7に示す第2の実施形態のスロープ法で片面アークスポット溶接を行うことで試験片を作成した。溶接条件は、溶接電流が80A、クレ−タ電流が50A、溶接電流時における溶加材送給速度が260cm/分、及び、クレ−タ電流時における溶加材送給速度が220cm/分である。なお、溶加材送給速度の減少率は約15%である。
【0071】
図12は、第4実施例において作成した試験片の断面マクロ写真である。本実施例においては、図12に示すように、良好な凸状の溶接ビードが得られた。また、作業性についても特に悪化は認められず良好であった。
【0072】
次に、本発明の第5実施例について説明する。本実施例においては上述の第1実施例と同様のシールド条件において、母材として板厚2mmのA5182P−Oを2枚重ねにし、溶加材としてA5356WY−直径2.4mmを使用して、図7に示す第2の実施形態のスロープ法で片面アークスポット溶接を行うことで試験片を作成した。溶接条件は、溶接電流が220A、クレ−タ電流が110A、溶接電流時における溶加材送給速度が260cm/分、及び、クレ−タ電流時における溶加材送給速度が200cm/分である。なお、溶加材送給速度の減少率は約23%である。
【0073】
図13は、第5実施例において作成した試験片の断面マクロ写真である。本実施例においては、図13に示すように、良好な凸状の溶接ビードが得られた。また、作業性についても特に悪化は認められず良好であった。
【0074】
次に、本発明の第6実施例について説明する。本実施例においては上述の第1実施例と同様のシールド条件において、母材として板厚1mmのA5182P−Oを3枚重ねにし、溶加材としてA5356WY−直径2.4mmを使用して、図7に示す第2の実施形態のスロープ法で片面アークスポット溶接を行うことで試験片を作成した。溶接条件は、溶接電流が170A、クレ−タ電流が80A、溶接電流時における溶加材送給速度が220cm/分、及び、クレ−タ電流時における溶加材送給速度が170cm/分である。なお、溶加材送給速度の減少率は約23%である。
【0075】
図14は、第6実施例において作成した試験片の断面マクロ写真である。本実施例においては、図14に示すように、良好な凸状の溶接ビードが得られた。また、作業性についても特に悪化は認められず良好であった。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】本発明の第1実施形態に係る片面アークスポット溶接方法に使用する溶接トーチ10を示す模式的断面図である。
【図2】アークプラズマ用ガスG1のHe混合率と溶込み深さの関係を示す模式図である。
【図3】本発明の第1実施形態に係る片面アークスポット溶接方法における溶接電流と溶加材添加の関係を示す模式図である。
【図4】(a)は図3に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真、(b)はスポット法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真である。
【図5】図3に示すスロープ法及びスポット法で片面アークスポット溶接を行って作成した引張せん断試験片の引張せん断強度を示すグラフである。
【図6】(a)は母材を3枚重ねにして図3に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真、(b)は母材を3枚重ねにしてスポット法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真である。
【図7】本発明の第2実施形態に係る片面アークスポット溶接方法における溶接電流と溶加材添加の関係を示す模式図である。
【図8】(a)乃至(d)はクレータ電流における溶加材減少率を夫々0%、10%、30%及び50%としたときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真である。
【図9】1mmの板厚の母材を2枚重ねにして図3に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真である。
【図10】1mmの板厚の母材を3枚重ねにして図3に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真である。
【図11】引張せん断試験片について引張せん断強度を示すグラフである。
【図12】1mmの板厚の母材を2枚重ねにして図7に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真である。
【図13】2mmの板厚の母材を2枚重ねにして図7に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真である。
【図14】1mmの板厚の母材を3枚重ねにして図7に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真である。
【図15】従来の重ねTIGによる片面アークスポット溶接法を示す模式的概略図である。
【図16】従来の重ねTIGによる片面アークスポット溶接法の溶接電流と溶加材添加との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0077】
1;トーチノズル
1a;先端部
1b;非消耗式電極挿入孔
2;コレット
2a;電極締め付け孔
3;タングステン電極
4;環状路
5;ガスノズルカップ
6;環状路
10;溶接トーチ
21;上板
22;下板
23;溶接ビード
31;ガスノズルカップ
32;スポット用付属ノズル
33;タングステン電極
34;溶加材挿入孔
41;溶加材
G1;アークプラズマ用ガス
G2;シールドガス
【技術分野】
【0001】
本発明は、片面アークスポット溶接方法に関し、特に、アルミニウム又はアルミニウム合金の片面アークスポット溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近時、自動車車体の軽量化に対する要求が高まっており、これに伴い、軽量化素材としてアルミニウムが注目されている。例えば、車体フロアは、板厚(肉厚ともいう。以下、板厚という)1乃至3mmのアルミニウムの板材、板プレス品又は中空形材等で構成され、これらが抵抗スポット法(RSW;Resistance Spot Welding、以下、RSWという)で接合されて組み立てられている。RSWは、重ね合わせた2枚以上の被溶接材を1対の電極で両側から挟み、加圧した状態で電極に通電し、被溶接材自体の抵抗及び接触抵抗による発熱を利用して複数枚の被溶接材間の界面を短時間で溶融させて接合部を形成する接合法である。
【0003】
しかしながら、車体フロアにおいては、剛性アップの観点等から板プレス品又は中空形材で閉断面化された部材を適用した部位も多く、これらの閉断面部材で懐の深い接合部は、予めガン挿入用の作業孔を設ける必要がある(特許文献1)。この作業孔は、溶接後に機械的接合法により新たな部材で蓋をしている。構造部材にRSWを適用する場合、継手部の信頼性等の観点から多くの打点数を必要としている。よって、作業用の孔あけ作業に伴う加工工程増加によるコストアップ、蓋に代用される部材増に伴う重量アップ及び機械接合部の腐食の問題等解決すべき課題が多い。
【0004】
アルミニウム及びアルミニウム合金(以下、アルミニウム材)の溶融溶接では、溶接に悪影響を及ぼす被溶接材表面の酸化皮膜は、母材の前処理及び溶接過程でのクリーニング作用で除去されるが、溶接法もクリーニング作用機能を有する非消耗式電極を使用する交流TIG(Tungsten Inert Gas)(以下、TIGという)及び消耗式電極を使用する直流逆極性MIG(Metal Inert Gas)(以下、MIGという)が一般的であり、板厚、溶接姿勢及び溶接部に対する要求特性等の観点から使い分けられている。なお、両溶接法とも、アークを大気から保護するために不活性ガスをシールドガスとして使用するシールドガス方式で、大電流溶接等で広い領域のシールドを必要とする場合は、通常のガスノズルカップの外側に付属ノズルを装着するダブルシールド方式が採用されている。シールドガス組成はArガスが一般的であるが、厚板溶接等で深溶込みが必要な場合、He単独又はHe及びArの混合ガスが使用される。
【0005】
近時、自動車アルミニウム化の進展で、薄板が強度を要する構造部材に使用されるようになり、アルミニウム溶接における片面アークスポット溶接法の適用は、RSWの代替え技術として特に強く要望されるようになっている。
【0006】
MIGの片面アークスポット溶接法への適用は、アルミニウム製電車製造分野で既に多くの実績がある。しかしながら、この分野は適用板厚が3mm以上であり、自動車製造分野と比較した場合、厚肉の領域である。アルミニウムにアークスポット接合を適用する場合、特許文献2に示すようなMIG溶接による点接合方法が知られている。しかし、MIG溶接は溶接の間、常に溶滴が溶融部に移行し溶融金属部を形成する方法であり、強度を得るために十分に溶込ませると、溶接部は溶融金属部が大きく盛り上がった形態となる。自動車部品など用途によっては、美観上または他部材との配置上、余盛は低いことが好ましい場合があり、余盛が高い場合には切削などの加工が必要となってしまう。余盛を抑制する手法として上板に貫通孔を設ける方法も考えられるが、工程が増えコストが高くなってしまう。
【0007】
一方、TIGは片面アークスポット溶接法が強度を有する継手部に適用されることは少ないが、少ない需要が有ること等から、従来、アルミニウム用の溶接電源にはアークスポット機能が備えられている。以下、TIGによる片面アークスポット溶接法について説明する。図15は従来のTIGによる片面アークスポット溶接法を示す模式的概略図、図16は従来のTIGによる片面アークスポット溶接法の溶接電流と溶加材添加との関係を示す図である。
【0008】
アークスポット溶接機能を備えた溶接電源で、TIGで片面アークスポット溶接を行い被溶接材である上板21と下板22とを接合する場合、図15に示すように、ガスノズルカップ31先端部にスポット用付属ノズル32を装着し、交流電源(図示せず)から非消耗式電極であるタングステン電極33に図16に示す溶接電流Iwを与えることによってタングステン電極33と上板21及び下板22との間にアークを発生させる。上板21が板厚相当分溶融した後に下板22が溶融し、溶融池が形成され、上板21及び下板22が1つの溶接金属を形成した段階(t1秒経過後)で、t2秒間溶加材挿入孔34から一定速度で溶加材41を別途溶融池に添加し、溶接ビード23を形成する。これにより上板21と下板22とが溶接される(以下、スポット法という)。
【0009】
溶接時間をtとすると、図16に示すように、溶加材41は溶接時間t内で添加を終了するが、溶加材41が溶融金属と溶着するトラブルを避けるため、溶加材41を添加している間(t2秒間)の直後に溶加材の未添加時間t3が存在する。
【0010】
【特許文献1】特公昭45−31378号公報
【特許文献2】特開2005−306323号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、上述の従来の技術には以下に示すような問題点がある。上述の方法によってTIGで片面アークスポット溶接を行う場合、上板21と下板22とを溶融させるためには大きな溶接電流及び長い溶接時間を必要とし、特に薄板の場合、大電流・長時間の溶融では溶接変形の問題等の観点から適用ができないという問題点がある。
【0012】
また、表側の溶接ビードの形状が凹状になった場合、この凹状の溶接ビード形状が溶接割れの発生及び溶接部の肉厚不足による強度低下等溶接部の品質劣化の大きな要因になるため、通常のアーク溶接では、溶接電源のクレータ処理機能を使用し、溶接電流よりも低い電流によってクレータ処理を行い、凹ビードを残さないようにしている。上述のように、大電流・長時間の条件下でTIGによる片面アークスポット溶接を行った場合、上板21及び下板22の溶融面積が拡大し、溶融金属量も増加する。この溶融金属量の増大に比例し、凝固における体積収縮量も大きくなる。特に、アルミニウムは鋼に比べ、溶融金属の凝固における体積収縮率が大きいため、形成される溶接ビード23の形状は最終凝固域である中央部が大きく凹むという問題点もある。
【0013】
また、上述の方法によって重ねTIGで片面アークスポット溶接を行う場合、非消耗式電極であるタングステン電極33で上板21及び下板22を溶融後、溶加材41を添加して溶接部を形成するが、アークの特性上、溶込み形状がなべ底状になり、MIGに比べて溶込みも浅いという問題点もある。
【0014】
TIGの片面アークスポット溶接への適用は、MIGと同様に被溶接材に貫通孔を設ける方法及び深溶込みが得られるHeガスの使用等、溶接施工の観点から種々検討されたが、要求特性を満足する溶接部の確保が困難であった。
【0015】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、TIGであっても複数枚のアルミニウム又はアルミニウム合金の薄板が重ねられて構成された被溶接物に対し、短時間で深い溶込みを実現し、溶接ビードが凸状である信頼性の高い溶接部を得ることができる片面アークスポット溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明に係る片面アークスポット溶接方法は、非消耗式電極及び前記非消耗式電極の周りに第1ガスを流して前記非消耗式電極を外部の雰囲気から遮蔽する第1ガス経路を有するトーチノズルと、このトーチノズルの周りを囲むように前記トーチノズルから間隔を設けて配置されたガスノズルカップと、このガスノズルカップと前記トーチノズルとの間に第2ガスを流して前記非消耗式電極及び前記第1ガスを大気から遮蔽する第2ガス経路と、を有する溶接トーチを使用し、前記第1ガスにHeガス又はHeを25%以上含有するHe及びArの混合ガス、前記第2ガスにHe以外の不活性ガスを使用し、前記非消耗式電極に交流電源から通電することによって、複数枚のアルミニウム又はアルミニウム合金の薄板が重ねられて構成された被溶接物をアークスポット溶接することを特徴とする。
【0017】
本発明に係る片面アークスポット溶接方法は、前記被溶接物を溶融して溶融池を形成する工程と、前記溶融池に溶加材を添加する工程と、を有することが好ましい。
【0018】
また、前記交流電源から通電される電流は、初期電流、溶接電流及びこの溶接電流よりも小さいクレータ電流の順に変更され、前記溶加材は前記被溶接材が溶融してから添加され、前記クレータ電流が流れている間に添加が終了することが好ましい。この場合に、前記クレータ電流の通電時における単位時間当たりの前記溶加材の添加量を、前記溶接電流の通電時における単位時間当たりの前記溶加材の添加量の60乃至90%とすることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、被溶接材がアルミニウム又はアルミニウム合金の薄板であっても、アークプラズマ用ガス用及びシールドガス用の2個のガス経路からなる溶接トーチを使用し、アークプラズマ用ガスとして質量が空気より軽くガスの解離電圧が高いHeガスか又はHeを25%以上含有するHe及びArの混合ガス、シールドガスとして質量が空気より重いHe以外の不活性ガスを使用することでアーク力及びシールド性を高めることによって、短時間で深い溶込みを実現し、溶接ビードが凸状である信頼性の高い溶接部を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態について添付の図面を参照して具体的に説明する。先ず、本発明の第1の実施形態に係る片面アークスポット溶接方法について説明する。図1は本発明の第1実施形態に係る片面アークスポット溶接方法に使用する溶接トーチ10を示す模式的断面図、図2はアークプラズマ用ガスG1のHe混合率(同一温度、圧力での総ガス体積にしめるHe体積%)と溶込み深さの関係を示す模式図、図3は本実施形態に係る片面アークスポット溶接方法における電流と溶加材添加の関係を示す模式図、図4(a)は図3に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真、図4(b)はスポット法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真、図5は図3に示すスロープ法及びスポット法で片面アークスポット溶接を行って作成した引張せん断試験片の引張せん断強度を示すグラフ、図6(a)は母材を3枚重ねにして図3に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真、図6(b)は母材を3枚重ねにしてスポット法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真である。
【0021】
溶接トーチ10は、図1に示すように、非消耗式電極挿入孔1bを有し、トーチノズル1の内部に同軸状に、筒形状を有し下部に電極締め付け孔2aが設けられたコレット2が配置され、このコレット2の内部に同軸状に、タングステン電極(非消耗式電極)3が先端部の突出し長さ調節可能に配置されている。コレット2の内径は、コレット2上部においてタングステン電極3の外径よりも大きく、下部に向かうにつれてその内径は小さくなっており、コレット2下端部においてタングステン電極3と接触している。また、タングステン電極3は交流電源(図示せず)に接続されている。
【0022】
第1ガスとしてのアークプラズマ用ガスG1は、非消耗式電極挿入孔1bから導入され、コレット2下部に設けられた電極締め付け孔2aからトーチノズル1の先端部1aの内周面とコレット2の外周面とからなる環状路4を通じ、タングステン電極3周囲に誘導される。これにより、第1ガス経路が構成され、アークプラズマ用ガスG1によってタングステン電極3周囲が外部の雰囲気から遮蔽される。
【0023】
また、トーチノズル1の外周にはトーチノズル1の周りを囲むようにトーチノズル1から間隔を設けてガスノズルカップ5が設けられている。
【0024】
第2ガスとしてのシールドガスG2は、トーチノズル1の外周面とガスカップノズル5の内周面とからなる環状路6を通じてアークプラズマ用ガスG1周囲に誘導される。これにより、第2ガス経路が構成され、シールドガスG2によってタングステン電極3及びアークプラズマ用ガスG1周囲全体が大気から遮蔽される。
【0025】
TIGで片面アークスポット溶接を行うことによって複数枚重ねられたアルミニウム材(被溶接材)を短時間で接合するためには、アークを絞り、集中させることによってアーク力を高め、深い溶込みを得ることが必要である。そこで、アークプラズマ用ガスG1としては、例えばガスの解離電圧が高く、アークプラズマのエネルギー密度がArガスより高くアーク集中性が良好であるHeガスを使用することが好ましい。これによりアークの集中性の向上を図ることができる。
【0026】
ここで、母材に板厚4mmのA5052P−H34を使用し、後述するスポット法の溶接電流Iwを140A、アークタイムtを5秒とし、シールドガスG2としてArガスを使用し、アークプラズマ用ガスG1として、Arガス、Heを25乃至75%含有するHe及びArの混合ガス、並びにHeガスを使用して溶加材を使用せずに片面アークスポット溶接を行った結果を図2に示す。アークプラズマ用ガスG1及びシールドガスG2のガス流量は夫々10L/分である。
【0027】
図2に示すように、アークプラズマ用ガスG1としてHe及びArの混合ガスのHe混合率(同一温度、圧力での総ガス体積にしめるHe体積%)が大きいものを使用したもの程溶込み深さPは大きくなり、特に、He混合率が50%以上のものを使用したもので顕著である。そして、Heガスを使用したもので最大である。アークプラズマ用ガスG1としてHe及びArの混合ガスのHe混合率が25%のものを使用したもので溶込み深さPは2.4mmであり、これは十分な溶込み深さであると判断できる。よって、本発明においては、アークプラズマ用ガスG1として、Heガス又はHeを25%以上含有するHe及びArの混合ガスを使用する。
【0028】
また、シールドガスG2としては、Heよりも重い不活性ガス、例えばArガスを使用することができる。このとき、Arガスは空気よりも質量が重いため、シールド性の向上を図ることができる。例えばシールドガスG2としてHeガスを使用すると、Heガスは空気よりも質量が軽いため、シールド性を損なう要因になる。シールド性を改善するためにHeガス流量を増加させるとガスの流速が増し、乱流を引き起こすので、シールド性の改善には結びつかない。また、HeガスはArガスに比べ高価でありコスト増にもなる。よって、シールドガスG2としてはArガスを使用することが好ましい。このような理由により、本発明においては、溶接中に溶接部に供給するシールドガスG2として、Arを使用することが好ましい。
【0029】
また、TIGで片面アークスポット溶接を行う際に凸状の溶接ビードを得る方法は、以下の2通りの方法が考えられる。一方は、溶融金属量を少なくし、凝固・収縮による体積減少を極力小さくするとともに、凝固・収縮で形成された凹部を、溶加材を添加して埋める方法であり、これは通常のアーク溶接でクレータ処理方法として使用されている。他方は、多くの溶加材を溶融部に添加して溶融金属を強制冷却し、形成される凹部を被溶接材表面よりもタングステン電極3側に位置させる方法である。この方法は、溶込み確保が前提とすれば、溶融時間(図16に示すt1)を保持し、短時間で多くの溶加材を添加するためには溶加材を高速度で溶融池に添加する必要がある。高速度での溶加材添加は添加位置の変動による溶接ビード形状の悪化、溶加材と溶融金属の溶着による溶接作業性の悪化並びに溶融金属とタングステン電極3との溶着等のトラブル発生の要因になる。また、溶加材の送給速度を緩和するために太径溶加材(例えば線径1.6乃至2.4mm)を使用することも考えられるが、TIGにおいて太径溶加材を安定的に送給するワイヤ送給装置は実用化に至っていない。よって、クレータ処理方法が最も有効である。
【0030】
ここで、溶接トーチ10を使用し、アークプラズマ用ガスG1としてHeを50体積%含有するHe及びArの混合ガス、シールドガスG2としてArを使用し、アークプラズマ用ガスG1及びシールドガスG2のガス流量を夫々10L/分とし、母材に板厚1mmのA5182P−Oを2枚重ね、溶加材にA5356WY−直径1.6mmを使用し、交流の溶接電源(図示せず)からタングステン電極3に、図3に示すように、夫々電流量が異なる初期電流Is、溶接電流Iw及びクレータ電流Icを順次供給し、溶接電流Iwが供給されている溶接電流時間から溶接電流Iwよりも低いクレータ電流Icが供給されているクレータ処理時間にわたって溶加材の添加を行う(以下、スロープ法という)ことによってアークスポット溶接を行い、引張せん断試験片を作成した。また、図16に示すスポット法で交流の溶接電源(図示せず)からタングステン電極3に溶接電流Iwを供給し、同様にアークスポット溶接を行い、引張せん断試験片を作成した。
【0031】
以下、スロープ法で片面アークスポット溶接を行う方法について説明する。図3に示すように、スロープ法においてタングステン電極3に供給される電流は、初期電流Is、溶接電流Iw及びクレータ電流Icであり、Iw>Icである。初期電流Isは特に溶接条件に基づく制約はない。初期電流時間をTs、アップスロープ時間をTu、溶接電流において被溶接材が溶融するまでの時間をT1、被溶接材が溶融してからの時間をT2(即ち溶接電流時間=T1+T2)、ダウンスロープ時間をTd、クレータ処理時間をTcとすると、アークタイムTはこれらの時間の合計、即ちT=Ts+Tu+T1+T2+Td+Tcである。
【0032】
溶加材は溶接電流Iwによって被溶接材が溶融した後、溶接電流時間からクレータ処理時間の途中までT2+T3秒間所定の送給速度で溶融池に添加される。被溶接材が溶融した後に溶加材の添加を開始し、クレータ処理時間の途中で溶加材の添加を終了することによって溶融金属の凝固を促進し溶融金属量を減少させ、これにより凝固時の収縮量を抑制することができる。更に、溶加材の添加を終了した後のクレータ処理時間を溶接の最終工程とし、この時間をT4とすると、この最終工程において短時間のアーク印加で溶接ビードを修正する。以上の工程によりスロープ法で片面アークスポット溶接を行う。
【0033】
上述の如く、スロープ法で片面アークスポット溶接を行った場合、図4(a)に示す断面マクロ写真のように、十分な大きさの溶融径を確保した凸状の溶接ビードが得られる。一方、スポット法で片面アークスポット溶接を行った場合に得られる溶接ビードは、図4(b)に示す断面マクロ写真のように、被溶接材の表面及び裏面の双方が凹状で、溶融金属の肉厚が板厚以下になっている。
【0034】
また、各引張せん断試験片について、引張せん断試験を行った結果、図5に示すように、スロープ法で片面アークスポット溶接を行って作成した引張せん断試験片は、溶接ビードの形状の改善と共に溶融径が増大した結果、スポット法で片面アークスポット溶接を行って作成した引張せん断試験片よりも引張せん断強度が30%弱向上しており、これにより、スロープ法で片面アークスポット溶接を行うことによって継手強度が向上することが分かる。
【0035】
次に、溶接トーチ10を使用し、アークプラズマ用ガスG1としてHeを75%含有するHe及びArの混合ガス、シールドガスG2としてArを使用し、母材に板厚1mmのA5182P−Oの3枚重ね、溶加材にA5356WY−直径2.4mmを使用し、スロープ法で片面アークスポット溶接を行った。また、同様に、スポット法で片面アークスポット溶接を行った。
【0036】
スロープ法で片面アークスポット溶接を行った場合、図6(a)に示すように、十分な大きさの溶融径を有する凸状の溶接ビードが得られる。一方、スポット法で片面アークスポット溶接を行った場合に得られる溶接ビードは、図6(b)に示すように、被溶接材の表面及び裏面ともに凹状で、溶融金属の肉厚が板厚以下になっている。
【0037】
これにより、本発明においては、図3に示す上述のスロープ法で片面アークスポット法を行うものとする。
【0038】
次に、上述の如く構成された本実施形態に係る片面アークスポット溶接方法の動作について説明する。
【0039】
溶接トーチ10の非消耗式電極挿入孔1bからアークプラズマ用ガスG1としてHeガス又はHeを25%以上含有するHe及びArの混合ガスを供給すると、アークプラズマ用ガスG1はコレット2下部に設けられた電極締め付け孔2aからトーチノズル1の先端部1aの内周面とコレット2の外周面とからなる環状路4を通じ、タングステン電極3周囲に流出する。Heガスは、ガスの解離電圧が高く、アークプラズマのエネルギー密度がArガスより高くアーク集中性が良好であるため、アークの集中性の向上を図ることができる。
【0040】
また、ガスノズルカップ5の内側にシールドガスG2としてArを供給すると、シールドガスG2はトーチノズル1の外周面とガスカップノズル5の内周面とからなる環状路6を通じ、アークプラズマ用ガスG1周囲全体を遮蔽する。Arガスは空気よりも質量が重いため、シールド性の向上を図ることができる。
【0041】
溶接トーチ10にアークプラズマ用ガスG1及びシールドガスG2を供給した状態で、図3に示す模式図のように、交流電源(図示せず)からタングステン電極3に先ず初期電流Isを供給し、所望の時間(初期電流時間Ts)保持し、次に溶接電流Iwを供給する。そして、被溶接材が溶融した時点で溶融池に溶加材を所定の送給速度で添加する。溶接電流Iwを所望の時間(溶接電流時間T1+T2)保持し、次に、溶接電流Iwよりも低いクレータ電流Icへダウンスロープ時間Td経過後、移行する。これにより、タングステン電極3に流れる電流値はクレータ電流Icとなる。この状態を所望の時間保持した段階で溶加材の添加を終了し、クレータ電流Ic下で短時間(T4)アークによって溶接ビードを修正する工程を行う。これによって、被溶接材表面よりタングステン電極3側に溶接金属が位置する凸状の溶接ビードが得られる。また、溶接電流時間からクレータ処理時間の途中まで溶加材を添加することによって溶融金属量を減少させ、これにより凝固時の収縮量を抑制することができる。
【0042】
本発明に係る片面アークスポット溶接方法は、図1に示す溶接トーチ10を使用し、アークプラズマ用ガスG1として質量が空気より軽くガスの解離電圧が高いHeガスか又はHeを25%以上含有するHe及びArの混合ガスを使用することでアークの集中性を高め、シールドガスG2として質量が空気より重いArを使用することでシールド性を高め、図3に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行うことにより、短時間で深い溶込みを実現し、溶接ビードが凸状であり信頼性の高い溶接部を得ることができる。
【0043】
次に、本発明の第2の実施形態に係る片面アークスポット溶接方法について説明する。図7は、本実施形態に係る片面アークスポット溶接方法における溶接電流と溶加材添加の関係を示す模式図である。なお、本実施形態において、溶接トーチ10並びにアークプラズマ用ガスG1及びシールドガスG2の構成は、図1に示す第1の実施形態と同様である。
【0044】
次に、本実施形態の動作について説明する。図7に示すように、本実施形態のスロープ法における時間と電流との関係は、第1の実施形態と同様である。即ち、タングステン電極3に供給される電流は、初期電流Is、溶接電流Iw及びクレータ電流Icであり、Iw>Icである。初期電流Isは特に溶接条件に基づく制約はない。なお、アークタイムT、初期電流時間Ts、アップスロープ時間Tu、ダウンスロープ時間Td及びクレータ処理時間をTcについては図示を省略している。
【0045】
図7に示すように、溶加材は溶接電流Iwによって被溶接材が溶融した後、時間T2(秒)の間送給速度Fw(m/分)で溶融池に添加される。ここまでは、第1の実施形態と同様である。本実施形態においては、次に、時間T2が経過した後、図7に示すA点の時点から、溶加材送給速度をFc(<Fw)に減少させる。この状態で時間T3(秒)の間溶加材を送給し、クレータ処理時間の途中で溶加材の送給を終了する。その後、時間T4(秒)経過後にクレータ処理が終了されることは第1の実施形態と同様である。
【0046】
上述の第1の実施形態で説明したように、電流を初期電流Is、溶接電流Iw、及び溶接電流より小さいクレ−タ電流Icと順次変化させ、溶加材を被溶接材が溶融してから添加しクレ−タ電流が流れている間に添加を終了することにより、所望の凸状の溶接部を形成することができる。しかし、溶接電流より小さいクレ−タ電流の領域では、溶融部に添加された溶加材量を溶融する速度が溶接電流の領域に比べて遅くなる。これに対して、被溶接材溶融に相当する溶加材添加量(溶加材送給速度)は、添加の開始から終了まで一定である。このため、条件によっては溶加材の供給が必要量に比べて過多となる場合がある。このような場合には、溶融金属部に冷たい溶加材が添加されることで凝固が促進され、溶加材溶融や溶融金属の湯流れが不釣り合いとなる結果、形成される溶接ビ−ドはより大きい凸状となる。
【0047】
より大きい凸状ビ−ドが形成されると、溶融金属がタングステン電極と融着する可能性がある。融着した場合には溶接が中断されることがあり、また、溶接部へのタングステン巻き込み等を補修するための再溶接が必要となることもある。その他に、タングステン電極の再装着及び溶接ビ−ドの手直し等が必要となる場合もある。このように、溶加材の添加量が過多となることが溶接作業性を低下させる一因となる。以上のことから、本実施形態においては、電流が溶接電流Iwからクレ−タ電流Icに変化する時点(図7のA点)で溶加材送給速度を溶接電流域における送給速度Fwより小さいFcとすることとした。なお、本実施形態の説明においては、単位時間当たりの溶加材添加量の減少を溶加材(ワイヤ)送給速度の減少として表しているが、例えば溶加材の質量で表す等、溶加材送給速度以外の方法によることとしてもよい。
【0048】
本実施形態における効果を確認するため、以下に示すように、クレータ電流における溶加材送給速度を0乃至50%の範囲で減少させて片面アークスポット溶接を行い、その際の溶接作業性、ビード形状及び余盛高さについての試験を行った。
【0049】
本試験においては、母材として板厚1mmのA5182P−Oの2枚重ね、溶加材としてA5356WY−直径1.6mmを使用し、図7に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行った。溶接条件は、溶接電流が100A、クレ−タ電流が70A、及び、溶接電流時における溶加材送給速度Fwが250cm/分である。なお、表1において、◎及び○はいずれも良好の評価であるが、◎の方がより良好である。また、△は○に比べてやや劣る評価とした。
【0050】
ここで、溶接作業性について、クレータ電流Icにおける溶加材送給速度が過大となると、以下の現象が起こる場合がある。即ち、(1)溶加材の添加量と溶融、及びビ−ド形成がアンバランスとなり、クレータ電流Icにおいて溶融金属の盛り上がりが大きくなる。条件によってはタングステン電極と溶融金属が接触し溶接が中断する。(2)溶加材(ワイヤ)の溶融速度はクレ−タ電流への切り替わりで低下するが、添加速度は溶接電流相当速度の為に、ワイヤに衝撃が加わる。条件によってはワイヤ添加位置のずれが生じる。なお、このワイヤ添加位置のずれは、ビ−ド形状不良の一因となる。
【0051】
以上のことから、溶接作業性の評価については、上記(1)及び(2)が共に認められなかった場合を◎、(2)の現象が認められた場合を○、並びに、(1)及び(2)が共に認められた場合を△とした。
【0052】
また、ビード形状について、溶接金属の最終凝固部と溶接前の被溶接材の表面との位置関係において、電極側に位置する場合を凸状、被溶接材側に位置する場合を凹状とする。これは、余盛高さによって表すことができる。被溶接材の表面に対して余盛高さが正の値であるときは凸状、負の値であるときは凹状である。なお、凹状ビードは、たとえ溶着金属部の厚さが大きくても、引張変形を受けた際に凹状部に特に応力が集中しやすいため、好ましくない。
【0053】
表1に、クレータ電流における溶加材送給速度の減少率と、溶接作業性、ビード形状及び余盛高さについての試験結果との関係を示す。また、図8(a)乃至(d)に、減少率が0%、10%、30%及び50%の場合の溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真を示す。
【0054】
【表1】
【0055】
表1に示すように、溶加材送給速度を変化させない手法(減少率0%)では凸状の溶接ビ−ドは形成されるが、電流がクレ−タ電流へ変化する際に溶加材に若干の衝撃が発生することにより、添加位置の変動が生じる。このため、溶接作業性が若干劣る結果となった。これに対して、クレ−タ電流における溶加材添加量を溶接電流における添加量より減少させることにより溶接作業性が改善された。具体的には、溶加材の減少率を10%以上とすることで溶接作業性が良好域となり、20%以上とすることでより良好な溶接作業性が得られた。
【0056】
また、ビード形状については、溶加材減少率が0乃至40%のときに凸状ビードが得られたが、溶加材減少率を50%とするとビード形状が凹状となった。図8(a)乃至(c)に示すように、溶加材減少率が0%、10%及び30%のときは、いずれも溶接中央部が被溶接材の表面よりも上に位置しており、余盛高さと併せて良好な凸状のビード形状が得られた。これに対して、図8(d)に示すように、溶加材減少率が50%のときは、溶接中央部が被溶接材の表面より凹んでおり、余盛高さは負の値となった。以上のことから、ビード形状については、溶加材減少率が40%以下で良好であるという結果が得られた。
【0057】
上記の試験結果により、クレータ電流における溶加材添加量を溶接電流における溶加材添加量に対して10乃至40%減少させ、60乃至90%とすることで、溶接作業性及びビード形状が共に良好な片面アークスポット溶接を行うことができる。また、溶加材添加量を20乃至40%減少させ、60乃至80%とすることで、より好ましい片面アークスポット溶接を行うことができる。
【0058】
なお、本実施形態においては、図7に示すように、A点の時点で溶加材送給速度をFwからFcへ階段状に1段階減少させているが、本発明はこれに限定されるものではない。例えば、図7のA点以降、溶加材送給速度を2段階以上の階段状に減少させることとしてもよく、連続的に減少させることとしてもよい。
【実施例】
【0059】
以下、本発明の効果を実証するための実施例について説明する。
【0060】
先ず、本発明の第1実施例について説明する。本実施例においては、溶接トーチ10を使用し、シールドガスG2としてArを使用し、アークプラズマ用ガスG1として、Heガス又はHeを50%以上含有するHe及びArの混合ガスを使用し、片面アークスポット溶接を行うことで引張せん断試験片を作成した。アークプラズマ用ガスG1及びシールドガスG2のガス流量は夫々10L/分とした。母材として板厚1乃至3mmのA5182−Oを貫通孔を設けずに下記表2に示す組み合わせで2枚重ねにし、溶加材としてA5356WYを使用した。下記表2に示す板厚組み合わせにおいて、例えば、1+2は、板厚1mmの母材と板厚2mmの母材を、板厚1mmの母材をアーク発生側に配して2枚重ねにしたことを示している。剥離試験では、試験片の両端をペンチで保持し、人力で引剥がし、剥離しないものを評価○とし、剥離したり接合が不可能だったりしたものを評価×とした。その結果を下記表2に示す。図9は1mmの板厚の母材を2枚重ねにして図3に示す第1の実施形態のスロープ法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真である。
【0061】
【表2】
【0062】
アークプラズマ用ガスG1として、Heガス及びHeを50%以上含有するHe及びArの混合ガスのいずれのガスを使用した場合においても、板厚1mm同士の同板厚組み合わせ、及び1mmの母材をアーク発生側に配した1mm+2mm及び1mm+3mmの板厚が異なるものの組み合わせが接合可能であった。これらにおいては、図9に示す板厚1mm同士を溶接した溶接ビードのように、十分な大きさの溶融径を有する凸状の溶接ビードが得られた。
【0063】
次に、本発明の第2実施例について説明する。本実施例においては上述の第1実施例と同様のシールド条件において、母材として板厚1乃至3mmのA5182−Oを貫通孔を設けずに下記表3に示す組み合わせ、即ち同板厚の母材を3枚重ねにし、溶加材としてA5356WYを使用して図3に示す第1の実施形態のスロープ法で片面アークスポット溶接を行うことで剥離試験片を作成し、剥離評価を行った結果を下記表3に示す。評価方法は上述の第1実施例と同様である。
【0064】
【表3】
【0065】
本発明に係る片面アークスポット溶接方法によって、1mmの板厚の母材を3枚重ねた組み合わせが接合可能であった。図10は1mmの板厚の母材を3枚重ねにして図3に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真である。1mmの板厚の母材を3枚重ねたものにおいては、図10に示すように、十分な大きさの溶融径を有する凸状の溶接ビードが得られた。
【0066】
次に、本発明の第3実施例について説明する。本実施例においては上述の第1実施例と同様のシールド条件において、母材として板厚1mmのA5052−H34を貫通孔を設けずに2枚重ねにし、溶加材としてA5356WYを使用して図3に示す第1の実施形態のスロープ法で片面アークスポット溶接を行うことで引張せん断試験片を作成した。また、RSWで接合によっても引張せん断試験片を作成した。これらの引張せん断試験片について引張せん断強度を測定した結果を図11に示す。図11に示すように、本発明に係る片面アークスポット溶接方法によって作成した引張せん断強度試験片は、RSWによって作成した引張せん断強度試験片と同等の引張せん断強度が得られる。なお、本発明に係る片面アークスポット溶接方法によって上述の条件で作成した引張せん断試験片の溶融径はいずれも8.0mmであった。
【0067】
次に、本発明の第4実施例について説明する。本実施例においては上述の第1実施例と同様のシールド条件において、母材として板厚1乃至3mmのA5182−Oを下記表4に示す組み合わせで2枚又は3枚重ねにし、アーク発生側に位置する母材に所定の貫通孔を設け(3枚重ねの場合は最大でもアーク発生側に位置する母材の次に位置する母材までの2枚)、溶加材としてA5356WYを使用し、図3に示す第1の実施形態のスロープ法で貫通孔を通じて接合することで試験片を作成した。夫々の試験片について評価を行った結果を下記表4に示す。評価方法は上述の第1実施例と同様である。
【0068】
【表4】
【0069】
アークプラズマ用ガスG1として、Heガス及びHeを50%以上含有するHe及びArの混合ガスのいずれのガスを使用した場合においても、アーク発生側に位置する母材に貫通孔を設けた場合、本発明に係る片面アークスポット溶接方法によって、板厚が異なるものの組み合わせでは薄板をアーク発生側に配した2mm+3mmまで可能であり、接合可能な板厚の組み合わせが拡大する。また、貫通孔を設けることで、被溶接材を溶融させる溶接電流Iwを低減することができ、溶接作業性の改善が可能になる。
【0070】
次に、本発明の第4実施例について説明する。本実施例においては上述の第1実施例と同様のシールド条件において、母材として板厚1mmのA5182P−Oを2枚重ねにし、溶加材としてA5356WY−直径1.6mmを使用して、図7に示す第2の実施形態のスロープ法で片面アークスポット溶接を行うことで試験片を作成した。溶接条件は、溶接電流が80A、クレ−タ電流が50A、溶接電流時における溶加材送給速度が260cm/分、及び、クレ−タ電流時における溶加材送給速度が220cm/分である。なお、溶加材送給速度の減少率は約15%である。
【0071】
図12は、第4実施例において作成した試験片の断面マクロ写真である。本実施例においては、図12に示すように、良好な凸状の溶接ビードが得られた。また、作業性についても特に悪化は認められず良好であった。
【0072】
次に、本発明の第5実施例について説明する。本実施例においては上述の第1実施例と同様のシールド条件において、母材として板厚2mmのA5182P−Oを2枚重ねにし、溶加材としてA5356WY−直径2.4mmを使用して、図7に示す第2の実施形態のスロープ法で片面アークスポット溶接を行うことで試験片を作成した。溶接条件は、溶接電流が220A、クレ−タ電流が110A、溶接電流時における溶加材送給速度が260cm/分、及び、クレ−タ電流時における溶加材送給速度が200cm/分である。なお、溶加材送給速度の減少率は約23%である。
【0073】
図13は、第5実施例において作成した試験片の断面マクロ写真である。本実施例においては、図13に示すように、良好な凸状の溶接ビードが得られた。また、作業性についても特に悪化は認められず良好であった。
【0074】
次に、本発明の第6実施例について説明する。本実施例においては上述の第1実施例と同様のシールド条件において、母材として板厚1mmのA5182P−Oを3枚重ねにし、溶加材としてA5356WY−直径2.4mmを使用して、図7に示す第2の実施形態のスロープ法で片面アークスポット溶接を行うことで試験片を作成した。溶接条件は、溶接電流が170A、クレ−タ電流が80A、溶接電流時における溶加材送給速度が220cm/分、及び、クレ−タ電流時における溶加材送給速度が170cm/分である。なお、溶加材送給速度の減少率は約23%である。
【0075】
図14は、第6実施例において作成した試験片の断面マクロ写真である。本実施例においては、図14に示すように、良好な凸状の溶接ビードが得られた。また、作業性についても特に悪化は認められず良好であった。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】本発明の第1実施形態に係る片面アークスポット溶接方法に使用する溶接トーチ10を示す模式的断面図である。
【図2】アークプラズマ用ガスG1のHe混合率と溶込み深さの関係を示す模式図である。
【図3】本発明の第1実施形態に係る片面アークスポット溶接方法における溶接電流と溶加材添加の関係を示す模式図である。
【図4】(a)は図3に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真、(b)はスポット法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真である。
【図5】図3に示すスロープ法及びスポット法で片面アークスポット溶接を行って作成した引張せん断試験片の引張せん断強度を示すグラフである。
【図6】(a)は母材を3枚重ねにして図3に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真、(b)は母材を3枚重ねにしてスポット法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真である。
【図7】本発明の第2実施形態に係る片面アークスポット溶接方法における溶接電流と溶加材添加の関係を示す模式図である。
【図8】(a)乃至(d)はクレータ電流における溶加材減少率を夫々0%、10%、30%及び50%としたときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真である。
【図9】1mmの板厚の母材を2枚重ねにして図3に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真である。
【図10】1mmの板厚の母材を3枚重ねにして図3に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真である。
【図11】引張せん断試験片について引張せん断強度を示すグラフである。
【図12】1mmの板厚の母材を2枚重ねにして図7に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真である。
【図13】2mmの板厚の母材を2枚重ねにして図7に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真である。
【図14】1mmの板厚の母材を3枚重ねにして図7に示すスロープ法で片面アークスポット溶接を行ったときの溶接ビードの形状を示す断面マクロ写真である。
【図15】従来の重ねTIGによる片面アークスポット溶接法を示す模式的概略図である。
【図16】従来の重ねTIGによる片面アークスポット溶接法の溶接電流と溶加材添加との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0077】
1;トーチノズル
1a;先端部
1b;非消耗式電極挿入孔
2;コレット
2a;電極締め付け孔
3;タングステン電極
4;環状路
5;ガスノズルカップ
6;環状路
10;溶接トーチ
21;上板
22;下板
23;溶接ビード
31;ガスノズルカップ
32;スポット用付属ノズル
33;タングステン電極
34;溶加材挿入孔
41;溶加材
G1;アークプラズマ用ガス
G2;シールドガス
【特許請求の範囲】
【請求項1】
非消耗式電極及び前記非消耗式電極の周りに第1ガスを流して前記非消耗式電極を外部の雰囲気から遮蔽する第1ガス経路を有するトーチノズルと、このトーチノズルの周りを囲むように前記トーチノズルから間隔を設けて配置されたガスノズルカップと、このガスノズルカップと前記トーチノズルとの間に第2ガスを流して前記非消耗式電極及び前記第1ガスを大気から遮蔽する第2ガス経路と、を有する溶接トーチを使用し、前記第1ガスにHeガス又はHeを25体積%以上含有するHe及びArの混合ガス、前記第2ガスにHe以外の不活性ガスを使用し、前記非消耗式電極に交流電源から通電することによって、複数枚のアルミニウム又はアルミニウム合金の薄板が重ねられて構成された被溶接物をアークスポット溶接することを特徴とする片面アークスポット溶接方法。
【請求項2】
前記被溶接物を溶融して溶融池を形成する工程と、前記溶融池に溶加材を添加する工程と、を有することを特徴とする請求項1に記載の片面アークスポット溶接方法。
【請求項3】
前記交流電源から通電される電流は、初期電流、溶接電流及びこの溶接電流よりも小さいクレータ電流の順に変更され、前記溶加材は前記被溶接材が溶融してから添加され、前記クレータ電流が流れている間に添加が終了することを特徴とする請求項2に記載の片面アークスポット溶接方法。
【請求項4】
前記クレータ電流の通電時における単位時間当たりの前記溶加材の添加量を、前記溶接電流の通電時における単位時間当たりの前記溶加材の添加量の60乃至90%とすることを特徴とする請求項3に記載の片面アークスポット溶接方法。
【請求項1】
非消耗式電極及び前記非消耗式電極の周りに第1ガスを流して前記非消耗式電極を外部の雰囲気から遮蔽する第1ガス経路を有するトーチノズルと、このトーチノズルの周りを囲むように前記トーチノズルから間隔を設けて配置されたガスノズルカップと、このガスノズルカップと前記トーチノズルとの間に第2ガスを流して前記非消耗式電極及び前記第1ガスを大気から遮蔽する第2ガス経路と、を有する溶接トーチを使用し、前記第1ガスにHeガス又はHeを25体積%以上含有するHe及びArの混合ガス、前記第2ガスにHe以外の不活性ガスを使用し、前記非消耗式電極に交流電源から通電することによって、複数枚のアルミニウム又はアルミニウム合金の薄板が重ねられて構成された被溶接物をアークスポット溶接することを特徴とする片面アークスポット溶接方法。
【請求項2】
前記被溶接物を溶融して溶融池を形成する工程と、前記溶融池に溶加材を添加する工程と、を有することを特徴とする請求項1に記載の片面アークスポット溶接方法。
【請求項3】
前記交流電源から通電される電流は、初期電流、溶接電流及びこの溶接電流よりも小さいクレータ電流の順に変更され、前記溶加材は前記被溶接材が溶融してから添加され、前記クレータ電流が流れている間に添加が終了することを特徴とする請求項2に記載の片面アークスポット溶接方法。
【請求項4】
前記クレータ電流の通電時における単位時間当たりの前記溶加材の添加量を、前記溶接電流の通電時における単位時間当たりの前記溶加材の添加量の60乃至90%とすることを特徴とする請求項3に記載の片面アークスポット溶接方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2008−200750(P2008−200750A)
【公開日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−186362(P2007−186362)
【出願日】平成19年7月17日(2007.7.17)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年7月17日(2007.7.17)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】
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