説明

物体表面の半球熱放射率の測定方法

【課題】 物体表面の半球熱放射率を求める測定方法を提供する。
【解決手段】 比熱が既知でその表面の放射率が被測定半球熱放射率である物体1が、極く短い距離離れて熱供給源2と対立した状態で、内面を黒化した真空槽3内に設置された装置で、熱供給源により、物体が加熱または冷却されるときの、物体の温度、物体温度の変化率、熱供給源の測定温度、または、熱平衡状態における物体と熱供給源の温度と、予め測定した物体の質量や熱供給源、物体の形状とその配置より決定される形態係数より、物体表面の半球熱放射率の値を導出する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物体表面、物体の塗装面、物体表面のコーティング面、変成した物体表面等の熱的物性値の一つである半球熱放射率を求める測定方法に関するものである。本発明に係る方法は、上記表面の熱放射率を測定するための理化学試験又は実験用の方法として有効である。
【背景技術】
【0002】
従来の上記方法又は装置には、黒体放射器からの放射強度と物体表面からの放射強度との比から求める垂直放射率測定方法、同様な方法で赤外分光器を用いて分光放射率より複素屈折率を求めこれより半球放射率を求める方法、比熱既知の物体を真空槽内で、高温より室温へ冷却するときの冷却速度より全球熱放射率を求める方法、真空槽内で、電力により物体を加熱し定常な温度に保つときの、供給電力と物体の温度から、半球放射率を求める方法がある。
【特許文献1】特開1999―第2866925号公報
【非特許文献1】庄司正弘著、「伝熱工学」、東京大学出版会
【非特許文献2】International Journal of Thermophysics,Vol.19,No.1,1998,pp.305−315
【非特許文献3】第20回日本熱物性学会講演論文集、1999,pp.254−256
【非特許文献4】第27回日本熱物性学会講演論文集、2006,pp.148−150
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記黒体放射器を用いる方法は、黒体放射器や赤外分光器を必要とし、測定系がより複雑である。また、物体温度とその冷却速度から熱放射率を求める方法や定常温度に維持するために必要な電力量から求める方法では、真空槽内で電力線や、物体を支持するものから散逸する熱エネルギの補正が大変に重要な作業であり且つ容易な作業ではない。測定系がより単純でかつ散逸する熱エネルギの補正を全く必要としない熱放射率を導出する方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0004】
請求項1の発明は、内面を黒化した真空槽内に設けた熱供給源に真空槽内に熱供給源より極く短い距離で対面して加熱される比熱既知の物体を設ける。このとき、熱供給源表面と、熱供給源により加熱される物体面の被測定半球熱放射率が同一の場合でかつ有熱効放射率が測定温度範囲で一定であるときに、被測定熱放射率を導出する測定方法にある。
【0005】
請求項2の発明は、内面を黒化した真空槽内に設けた熱供給源に真空槽内に熱供給源と極く短い距離で対面して加熱される比熱既知の物体を設ける。このとき、熱供給源表面の半球熱放射率が既知で一定であり、かつ有効熱放射率が測定温度範囲で一定であるときに、熱供給源により加熱される物体表面の被測定半球熱放射率を導出する測定方法にある。
【0006】
請求項3の発明は、内面を黒化した真空槽内に設けた熱供給源に対面して真空槽内に熱供給源より極く短い距離で対面して加熱される物体を設け、熱供給源表面の半球熱放射率と、熱供給源により加熱される物体の面(表の面)の半球熱放射率とが一定でかつ既知である場合に、被測定半球熱放射率が加熱面とは反対側の面(裏の面)の放射率のときは、温度の定常状態で、物体と熱供給源の温度を測定し、裏の面の半球熱放射率が、表の面と熱供給源の半球熱放射率と同一の場合につい、て温度の定常状態で予め得られた物体の温度と熱供給源の温度とを比較し、被測定半球熱放射率を導出する測定方法にある。
【発明の効果】
【0007】
上記の各請求項の発明において、それぞれに係る測定結果である物体の温度、及びその変化率、熱供給源の温度、真空槽壁面の温度と物体の質量、比熱、表面積、これらの値から測定の結果得られる有効熱放射率及び熱供給源と物体の幾何学的配置から得られる形態係数の数値を用いて、請求項1,2,3それぞれについて、(数5)式、(数7)式、(数10)式、の数式を演算することにより、被測定物体表面の半球熱放射率を得ることができる。演算手段としては、パーソナルコンピュータを用いることができる。これらの方法においては、熱伝導で散逸する熱エネルギは二つの数式の差を演算する過程で相殺されるので、補正を行う必要は一切なくなる。また、装置の構成は、熱供給源、比熱既知の物体、真空槽、温度センサのみの単純な構成となっている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
図1は、本発明に係る物体表面の熱放射率の測定装置の概略図である。この装置は、被測定面を持つ比熱が既知の板状の物体1と熱供給源としての板状ヒータ2が水冷された真空槽3内で互いに極く短い距離で対立するように設定される装置である。ヒータ2と板状の物体1には、それぞれの温度計測がなされるように測定手段が設定されている。ヒータ2は電気的に加熱及び冷却できるように、電力を制御するようになっている。真空槽3の内面は主に熱放射を吸収するように黒化され、温度は一定に保たれるように水冷されている。板状物体1の測定温度とその温度変化率、ヒータ2の測定温度、板状物体1の比熱、質量と表面積を下記の数式により演算して、被測定面の半球熱放射率を経時的に連続又は断続して測定表示するコンピュータ演算手段が設けられている。
【0009】
請求項1による実施では、物体のヒータにより加熱される面(表の面)の熱放射率が被測定半球熱放射率のときで、かつ、ヒータ面の放射率と同じ場合である(図2参照)。この物体の温度が、上昇している場合には、物体が、ヒータから授受する単位時間当たりの熱エネルギは、物体の質量をM、Aを表面積、比熱をCpとすると、(数1)式で表される。ここで、T,T,T,dT/dtはそれぞれ、物体の温度、熱供給源の温度、真空槽の温度、物体温度の変化率である。また、σはステファンボルツマンの定数、Eは有効熱放射率と呼ばれ、板状の物体の表の面が熱供給源から授受する熱放射エネルギの係数である。Esは表の面から真空槽壁へ散逸する熱放射の有効熱放射率である。dQ/dtは温度センサや物体を支持するものから、熱伝導で散逸する単位時間当たりの熱エネルギである。温度の下降時では、(数2)式で示される。ここで、(‘)は温度の下降時を表している。板状物体の温度が上昇及び下降時で同一の時は、測定結果から、有効熱放射率は(数1)式と(数2)式の差で求まる(数3)式を演算することにより実験的に求まる(図2参照)。このときに熱伝導で散逸する熱エネルギは相殺される。又この有効熱放射率は、物体と熱供給源の幾何学的配置により決定される形態係数の値と半球熱放射率が測定温度範囲で一定で且つその値が分っていれば(数4)式より理論的に求まる値である。ここで、Fsh,Fhsはそれぞれ物体の熱供給源に対する形態係数、熱供給源の物体に対する形態係数である。そこで、有効熱放射率を(数3)式より求め、形態係数の値と共に、求めた有効熱放射率の値より逆に(数5)式より半球熱放射率の値を求めることが可能となる。εは半球熱放射率である。上記の方法は、有効熱放射率が一定であるときにのみ、つまりこのことは被測定半球熱放射率が測定温度範囲で一定の時に有効である。
【0010】
請求項2による実施では、請求項1よる配置と同一配置において、ヒータにより加熱される面(表の面)の放射率が、既知であるヒータ面の放射率の値とは異なる被測定半球熱放射率であるときは、有効熱放射率は理論的に(数6)式で求めることができる(図4参照)。ただし、両面の放射率が測定温度範囲内で一定であるときに限る。請求項1と同様に、測定で得られた有効熱放射率の値と形態係数の値より、(数7)式を演算することにより、被測定半球熱放射率の値を得ることができる。ここで、εは被測定半球熱放射率、εは既知の熱供給源の半球熱放射率である。
【0011】
請求項3による実施では、請求項1及び2の場合と同一の配置で、板状の物体面がヒータにより加熱される表の面とは反対の面(裏の面)の被測定半球熱放射率の値を求める(図5参照)。ヒータと物体が温度平衡状態では、(数8)式が成立する。このとき、ヒータ面と物体の表の面の半球熱放射率が測定温度範囲で一定で既知とする。εsbは裏の面の被測定半球熱放射率である。Esは表の面から真空槽壁へ散逸する熱放射の有効熱放射率である。dQ/dtは温度センサや板状の物体を支持するものから、熱伝導で散逸する熱エネルギである。これとは別の同一物質、同一形状の板状物体の裏の面の半球熱放射率が、表の面およびヒータの放射率と同じ場合に(図6参照)、温度平衡状態では、(数9)式が成り立つ。(数8)式と(数9)式の差を演算することで、(数10)式を導くことができる。(数10)式に物体の温度が同じ時のヒータ温度の異なった値より、裏の面の被測定半球熱放射率の値が求まる。この導出方法では、被測定半球熱放射率が一定でなく、温度と共に変化をする場合にも適用できる。ここで、ThhとThoは、両者の板状の物体の温度が同じ時の温度平衡状態でのヒータの温度である。
【0012】
系の温度平衡状態における、物体1とヒータ2の温度の計測には、実際に系が温度平衡になるまで待って計測する方法と、図2に概略的に示されている温度の加熱及び冷却過程から、(数11)式を演算することにより温度平衡状態におけるヒータ2の温度Thoを導出する方法がある。(数11)式は、(数1)式と(数3)式と(数8)式より導出される。Thhも同様な演算で求めることができる。
【実施例】
【0013】
図7に請求項1の方法により導出した主に窒化ホウ素と二酸化マンガンを含む塗料の塗装面の各温度における有効熱放射率と半球熱放射率である。ヒータは一辺が3cmの正方形、銅の板状物体は一辺が2.5cmの正方形である。両者間の間隔1.5mmで測定した結果である。この配置による形態係数Fshの値は0.996でFhsは0.692である。有効熱放射率と半球熱放射率は測定温度範囲で一定である。
【0014】
各温度における主に窒化ホウ素と二酸化マンガンを含む塗料の塗装面をもつヒータ面の半球熱放射率と、市販の高放射率塗料の半球熱放射率との間の有効熱放射率と請求項2の方法により導出した高放射率塗料の半球滅放射率とを図8に示している。ヒータと板状物体の配置は図6の場合と同じであり、このときのヒータ面の熱放射率は図7に示した値である。半球熱放射率は測定温度範囲で一定である。
【0015】
図9に請求項3の方法で導出した市販の窒化ホウ素塗膜の半球熱放射率の各温度における値である。なお、温度平衡時のヒータ温度は(数11)式より導出したものである。ヒータと板状物体の配置は図6の場合と同じであり、ヒータと表の面は主に窒化ホウ素と二酸化マンガンを含む塗料の塗装面であり、その有効熱放射率の値は図6で示された値である。
【0016】
【数1】

【0017】
【数2】

【0018】
【数3】

【0019】
【数4】

【0020】
【数5】

【0021】
【数6】

【0022】
【数7】

【0023】
【数8】

【0024】
【数9】

【0025】
【数10】

【0026】
【数11】

【産業上の利用可能性】
【0027】
上記本発明によれば、物体表面の半球熱放射率の値を導出することが可能である。半球熱放射率は物体の熱放射による加熱及び冷却効率を示す値であるので、利用の一例を示すならば、塗装面等の過熱冷却特性を知ることにより建築物内外の省エネルギ問題の解決に寄与できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明に係る装置の概略構成図である。
【図2】温度の上昇、下降と時間の関係を示す図である。
【図3】熱供給源側の物体の表面(表の面)の放射率が被測定半球熱放射率のときの装置の概略図。熱供給源の放射率と表の面の放射率が同一のとき。
【図4】熱供給源側の物体の表面(表の面)の放射率が被測定半球測定放射率のときの装置の概略図。熱供給源の放射率と表の面の放射率が異なるとき。
【図5】熱供給源側とは反対の物体の表面(裏の面)の放射率が被測定半球熱放射率のときの装置の配置図。
【図6】裏の面、表の面、熱供給源面の放射率が同一のときの装置の配置図。
【図7】請求項1の方法で測定した、窒化ホウ素と二酸化マンガンを含む塗料の塗装面の有効放射率と半球熱放射率である。
【図8】請求項2の方法で測定した、市販の高放射率塗料の有効放射率と半球熱放射率である。ヒータ面の放射率は図6の放射率と同一である。
【図9】請求項3の方法で測定した窒化ホウ素塗膜の半球熱放射率である。ヒータ面と物体の表の面の半球熱放射率と両者間の有効熱放射率は図6の放射率と同一である。
【符号の説明】
1 比熱が既知の物体、 2 ヒータ、 3 真空槽

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空槽内に設けた熱供給源に真空槽内に熱供給源から極く短い距離で対面して加熱される比熱既知の物体を設け、熱供給源表面と、熱供給源により加熱される物体面の半球熱放射率が同一で、これらの面の熱放射率が被測定半球熱放射率の場合で、かつ有効熱放射率が測定温度範囲で一定であるとき、予め導出した物体の熱供給源に対する形態係数、熱供給源の物体に対する形態係数を、下記(数5)式を用いて演算することにより、被測定半球熱放射率を導出する方法。
【数5】

上記数式において、ε:被測定半球熱放射率、E:有効熱放射率、Fsh:物体の熱供給源に対する形態係数、Fhs:熱供給源の物体に対する形態係数である。
【請求項2】
真空槽内に設けた熱供給源に真空槽内に熱供給源より極く短い距離で対面して加熱される比熱既知の物体を設け、熱供給源表面の半球熱放射率が既知で一定とみなせ、かつ有効熱放射率が測定温度範囲で一定であるとき、加熱される物体表面の半球熱放射率が被測定半球熱放射率のとき、予め導出した物体の熱供給源に対する形態係数、熱供給源の物体に対する形態係数を、下記(数7)式を用いて演算することにより、被測定面の半球熱放射率を導出する方法。
【数7】

上記数式において、ε:被測定半球熱放射率:ε:熱供給源表面の半球熱放射率:E:有効熱放射率、Fsh:物体の熱供給源に対する形態係数、Fhs:熱供給源の物体に対する形態係数である。
【請求項3】
真空槽内に設けた熱供給源に対面して真空槽内に熱供給源より極く短い距離で対面して加熱される物体を設け、熱供給源表面の熱放射率と、熱供給源により加熱される物体の面(表の面)の熱放射率とが同一でかつ既知である場合、加熱される面とは反対側の面(裏の面)の熱放射率が被測定半球熱放射率のとき、温度の定常状態で測定された熱供給源の温度と物体の温度と、裏の面の放射率が表の面と同一の場合について予め熱平衡状態で測定した熱供給源の温度と物体の温度とを比較し、下記(数10)式を用いて演算することにより、被測定半球熱放射率を導出する方法。
【数10】

上記数式において、εsb:被測定半球熱放射率、ε:熱供給源と物質の表面の半球熱放射率、T:物体の温度、T:真空槽壁面の温度、Ths:物体裏の面の放射率が被測定熱放射率のときの熱供給源の温度、Thh:物体裏の面の放射率が表の面と熱供給源の放射率と同一の場合の熱供給源の温度。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−25279(P2009−25279A)
【公開日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−211976(P2007−211976)
【出願日】平成19年7月19日(2007.7.19)
【出願人】(507275718)株式会社ヒートラド (1)
【Fターム(参考)】