物質内包炭酸カルシウム、その製造方法及び使用
【課題】炭酸カルシウム内へ、蛋白質やペプチド、低分子物質を、損失量が少なく効率よく内包させ、かつ内包された蛋白質などの物質が、炭酸カルシウム部が溶解や破壊等を起こさない限り、容易には外部へと放出されないような、物質内包の炭酸カルシウム材料に関する技術を提供する。
【解決手段】バテライト相およびアラゴナイト相からなる群から選ばれる準安定相を主成分とする炭酸カルシウム粒子を、前記炭酸カルシウム粒子に吸着され得る物質の溶液に浸漬して、炭酸カルシウム粒子の準安定相をカルサイト相に変化させることを特徴とする、物質を内包した炭酸カルシウム粒子の製造方法。
【解決手段】バテライト相およびアラゴナイト相からなる群から選ばれる準安定相を主成分とする炭酸カルシウム粒子を、前記炭酸カルシウム粒子に吸着され得る物質の溶液に浸漬して、炭酸カルシウム粒子の準安定相をカルサイト相に変化させることを特徴とする、物質を内包した炭酸カルシウム粒子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質を内包する炭酸カルシウム、その製造方法および内包物質の放出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微粉体内部に、機能性を持った物質(分子や高分子類)を内包させる技術、およびそのようにして合成された材料は、内包された機能性物質をより実効性高く利用することを可能にできる。微粉体の素材としては、有機系化合物、無機系化合物、それらの複合体化合物が考えられる。炭酸カルシウムは、機械的強度等に優れるとともに、生体適合性や環境適合性、あるいは代謝・分解性等が高い材料素材であり、この材料内部に機能性物質を内包させることは利用性の高い技術を提供できる。粉体内に導入された機能性物質を有効に用いるには、通常の条件下、例えば、室温空気中や常温中性水中などでは粉体外へ放出されない方が好ましい。このような形態で機能性物質を粉体材料内に封入するには、単なる吸着や含浸では十分ではなく、完全な封入、カプセル化プロセスが必要となる。
【0003】
炭酸カルシウム内に物質を内包させる技術、およびそのカプセル材料を応用する技術は、すでに知られている。炭酸カルシウムのマイクロカプセル材料の製造法も報告されている(特許文献1,2;非特許文献1)。この炭酸カルシウムのマイクロカプセル内に、物質を導入・内包させる技術の報告例(特許文献3、非特許文献2)もある。炭酸カルシウム・マイクロカプセルを調製時に、同時に蛋白質を内包させる方法(非特許文献2)においては、用いた蛋白質の内で内包された割合は高くなく、比較的分子量の小さなリゾチーム(分子量:14,388 Da)では内包することが難しい。蛋白質の中には、酵素活性や薬理
活性等の高度な機能を持つものが多いが、低い内包効率では、このような希少な蛋白質類を内包させることは、現実的ではない。
【0004】
炭酸カルシウムへの蛋白質の吸着・内包化に関しては、最近、多孔性のカルサイト・炭酸カルシウムを用いる例が報告されている(非特許文献3,4)。これらの多くの場合、蛋白質等の物質は、母体となる炭酸カルシウムから容易に脱離してしまう。したがって、通常の条件下、たとえば中性領域の水溶液中で、溶液内への溶け出しがないかたちで蛋白質類を炭酸カルシウムへと閉じ込め、同時に用いる蛋白質を高い効率で内包できる技術は従来なかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許1184016号
【特許文献2】特許1049606号
【特許文献3】特開2007-015990
【特許文献4】特開2007-277036
【特許文献5】特開平06-016417
【特許文献6】特開2008-280191
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】J. Colloid Interface Sci. 68 (1979) 401-407.
【非特許文献2】Chemical Engineering Journal 137 (2008) 14-22.
【非特許文献3】Biomacromolecules 5 (2004) 1962-1972.
【非特許文献4】Biotechnol. Prog. 21 (2005) 918-925.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、炭酸カルシウム内へ、蛋白質やペプチド、低分子物質を、損失量が少なく効率よく内包させ、かつ内包された蛋白質などの物質が、炭酸カルシウム部が溶解や破壊等を起こさない限り、容易には外部へと放出されないような、物質内包の炭酸カルシウム材料に関する技術を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記のような観点から、炭酸カルシウムへの蛋白質やペプチド、低分子物質の内包化に関し、バテライト型の炭酸カルシウムが水溶液中でカルサイト型の炭酸カルシウムへと相転移する現象に着目し、この溶液内に内包させたい蛋白質、ペプチド、低分子物質を共存させることで、当該蛋白質類をカルサイト型炭酸カルシウムへと内包でき、こうして内包された蛋白質類が炭酸カルシウム外へと容易には脱離・放出されないことを見いだし、本発明に至った。
【0009】
本発明は、以下の物質を内包する炭酸カルシウム、その製造方法および内包物質の放出方法を提供するものである。
項1.
バテライト相を主成分とする炭酸カルシウム粒子を、前記炭酸カルシウム粒子に吸着され得る物質の溶液に浸漬して、炭酸カルシウム粒子のバテライト相をカルサイト相に変化させることを特徴とする、物質を内包した炭酸カルシウム粒子の製造方法。
項2.
前記物質が蛋白質である項1に記載の方法。
項3.
前記粒子が中空粒子であることを特徴とする、項1または2に記載の方法。
項4.
準安定相がバテライト相である項1〜3のいずれかに記載の方法。
項5.
準安定相がアラゴナイト相である項1〜3のいずれかに記載の方法。
項6.
項1〜4のいずれかの方法により製造される、物質を内包した炭酸カルシウム粒子。
項7.
項5に記載の粒子を生体に投与することを特徴とする内包物質の持続的放出方法。
【発明の効果】
【0010】
界面反応法等により合成できる、結晶相がバテライトである炭酸カルシウムは結晶的には準安定相であり、水溶液中では安定結晶相であるカルサイトへと相転移する。また、天然に存在するアラゴナイト相も準安定相であり、同様にカルサイトへと相転移する。カルサイトは、石灰岩の主要成分である。この相転移は、水溶液中で準安定相であるバテライト型炭酸カルシウムもしくはアラゴナイト型炭酸カルシウムが一度溶解し、再び結晶化する際は安定相であるカルサイトとなることに由来する。この再結晶化の過程で、水溶液中に他の化合物が共存していれば、その化合物を結晶内に取り込む形で結晶化・相転移が起こると考えられる。水溶性の蛋白質、ペプチド、低分子物質をこの溶液中に共存させることで、当該蛋白質、ペプチド、低分子物質を相転移後の炭酸カルシウム内に導入することができる。導入量は、水溶液中の蛋白質、ペプチド、低分子物質の濃度により調整することができ、また、炭酸カルシウムが相転移した後の水溶液中に残留した蛋白質、ペプチド、低分子物質も、溶液を再利用することで、再び導入することが容易で、最終的な内包効率を向上させることもできる。また、こうして内包された蛋白質、ペプチド、低分子物質は、カルサイト結晶内に組み込まれることとなるので、外部へと放出されなくなる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】バテライト型炭酸カルシウムのSEM像
【図2】バテライト型炭酸カルシウムのXRDパターン
【図3】カルサイト型へ相転移した炭酸カルシウムのSEM像
【図4】カルサイト型へ相転移した炭酸カルシウムのXRDパターン
【図5】カルサイト型へ相転移した炭酸カルシウムのSEM像
【図6】カルサイト型へ相転移した炭酸カルシウムのSEM像
【図7】カルサイト型へ相転移した炭酸カルシウムのXRDパターン
【図8】カルサイト型へ相転移した炭酸カルシウムのSEM像
【図9】カルサイト型へ相転移した炭酸カルシウムのXRDパターン
【図10】カルサイト型へ相転移したインシュリン内包炭酸カルシウムのSEM像
【図11】カルサイト型へ相転移したインシュリン内包炭酸カルシウムのXRDパターン
【図12】インシュリンを内包した炭酸カルシウムの拡散反射紫外線スペクトル
【図13】カルサイト型へ相転移したリゾチーム内包炭酸カルシウムのSEM像
【図14】カルサイト型へ相転移したリゾチーム内包炭酸カルシウムのXRDパターン
【図15】リゾチームを内包した炭酸カルシウムの拡散反射紫外線スペクトル
【図16】カルサイト型へ相転移したBSA内包炭酸カルシウムのSEM像
【図17】カルサイト型へ相転移したBSA内包炭酸カルシウムのXRDパターン
【図18】BSAを内包した炭酸カルシウムの拡散反射紫外線スペクトル
【図19】カルサイト型へ相転移したChicken IgY内包炭酸カルシウムのSEM像
【図20】カルサイト型へ相転移したChicken IgY内包炭酸カルシウムのXRDパターン
【図21】Chicken IgYを内包した炭酸カルシウムの拡散反射紫外線スペクトル
【図22】フルオレセイン・ナトリウム塩内包炭酸カルシウムのSEM像
【図23】フルオレセイン・ナトリウム塩内包炭酸カルシウムのXRDパターン
【図24】フルオレセイン・ナトリウム塩内包炭酸カルシウムの拡散反射紫外線スペクトル
【発明を実施するための形態】
【0012】
バテライト型炭酸カルシウムは、自然には存在しないため、各自合成する必要がある。バテライト型の炭酸カルシウムを良好な選択率で与える方法は、特許文献1,2に示されている界面反応法による方法が好ましいが、特許文献4〜6等の例もあるように、良好な収率、選択率で得られるものであれば特に限定されない。アラゴナイト型炭酸カルシウムは、天然の石灰岩などに含まれており、市販品を用いてもよい。本特許において、原料となる炭酸カルシウム中におけるバテライト相、アラゴナイト相などの準安定相の割合は高いものがよく、少なくとも60%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上である。上述の界面反応法による方法では、90%以上がバテライト型の炭酸カルシウムを、収率95%以上で製造することができる。準安定相を主成分とする炭酸カルシウムは、バテライト型炭酸カルシウムが好ましい。
【0013】
炭酸カルシウムの粒子サイズは、0.1〜100μm程度、好ましくは1〜10μm程度である
。
【0014】
炭酸カルシウム粒子は、準安定相を主成分とする限り中空粒子であっても中実の粒子であってもよい。
【0015】
本明細書において、「内包」とは、物質が炭酸カルシウム粒子の内部に存在しても表面に存在してもよく、中性の水による洗浄では容易に溶出しない場合、物質は内包されてい
る。物質が炭酸カルシウム粒子の表面に存在するか吸着されている状態で、準安定相の炭酸カルシウムが溶解と析出を繰り返し、その際、物質の一部もしくは全部が炭酸カルシウム相の内部に取り込まれた状態を「内包」とする。したがって、蛋白質のような大きな分子は、一部のみが炭酸カルシウム相内に存在しても「内包」になる。
【0016】
内包される物質は、蛋白質、ペプチド、低分子物質などである。
【0017】
蛋白質としては、酵素、抗体、受容体、生体構造を形成するタンパク質(コラーゲン、ケラチンなど)、ホルモン、筋肉構成タンパク質(アクチン、ミオシンなど)、栄養タンパク質(卵、大豆、乳などに含まれるタンパク質)、アルブミンなどが挙げられる。内包できる酵素の具体例としては、アミノ酸関連酵素、糖質加水分解酵素(グルコシダーゼ、エンドグルカネース)、脂質関連酵素、DNA関連酵素等、あるいは、プロテアーゼ、リパー
ゼ、アミラーゼ、エステラーゼ、グリコシダーゼなどの加水分解酵素、異性化酵素、酸化還元酵素、転移酵素、リアーゼ、リガーゼなどが挙げられる。
【0018】
ペプチドとしては、タンパク質を適当なプロテアーゼで分解した分解物、生理活性ペプチドなどのいずれでもよい。
【0019】
低分子物質としては、分子量1000以下の生理活性を有する有機化合物が挙げられ、例えばビタミン、アミノ酸、単糖、二糖、オリゴ糖、リン脂質、糖脂質、サプリメント、植物、動物、微生物などからの抽出物、医薬などが挙げられる。これらの物質が難溶性の場合には、可溶化剤を使用するか、アルコール(メタノール、エタノール、イソプロパノ
ールなど)などの有機溶媒、pH調整剤/緩衝液などを使用して物質を溶解後、炭酸カル
シウム粒子に内包させる。
【0020】
上述のバテライト型炭酸カルシウム/アラゴナイト型炭酸カルシウムを、蛋白質、ペプチドや低分子物質を溶解させた水溶液へ浸漬させる。この際の炭酸カルシウムの重量と水溶液の容量との比(炭酸カルシウムの重量g/水溶液の容量mL)は特に限定されないが、蛋白質などの物質を高い効率で封入したい場合の比は小さい方が良く、好ましくは0.1〜10、より好ましくは0.1〜2である。また、水溶液中の蛋白質などの物質の濃度も特に限定されないが、物質を高い効率で封入したい場合、好ましくは0.1〜10mg/mL、より好ましくは1〜10mg/mLである。物質としてタンパク質を用いる場合、用いる水溶液は、蛋白質類を変性や分解させず、かつ炭酸カルシウムを容易に溶解させないものならば特に限定されないが、種々の濃度の塩化ナトリウム水溶液、生理食塩水、塩化カルシウム水溶液、トリス緩衝液等を例示することができる。なお、炭酸カルシウムを容易に溶解させる水溶液としては、塩酸水溶液、EDTAのナトリウム塩水溶液、クエン酸水溶液等を例示することができる。バテライト型炭酸カルシウム/アラゴナイト型炭酸カルシウムを浸漬させた蛋白質、ペプチド、低分子物質を溶解させた水溶液は、静置させればよい。温度は、蛋白質類が変性や分解等を起こさない限り特に限定されないが、5〜30℃が好ましい。時間も特に限定されず、十分な相転移が起こるものであれば良いが、1〜100時間程度が例示される。内包させる蛋白質などの物質も特に限定されず、室温の水に溶解するものならば良い。
【0021】
カルサイト相へと転位した炭酸カルシウムの固体は、溶液よりデカンテーションやろ別による分離・回収することができる。乾燥処理等の方法も、蛋白質、ペプチド、低分子物質が変性や分解を起こさない条件であれば特に限定されないが、空気中で室温から30℃程度での乾燥処理が良い。乾燥時間も特に限定されないが、1時間から20時間程度が好ましい。ただし、特段の乾燥処理を必要としない場合は、行わなくとも良い。蛋白質、ペプチド、低分子物質が溶けた水溶液をデカンテーションにより回収すれば、そのまま別のプロセスに用いることができ、最終的な内包効率を向上させることができる。
【0022】
また、バテライト/アラゴナイト(準安定相)からカルサイトへの相転移は、必ずしも完全に進行しなくとも良い。バテライトからカルサイトへの相転移の中途段階で、結晶型がほとんどバテライト型の段階においても、共存させた蛋白質、ペプチド、低分子物質を結晶内に取り込み始めている。特に、内包させたい物質が比較的貴重ではなく、大量に用いることができる場合は、必ずしも完全な相転移を待つ必要はない。
【0023】
以下に実施例をあげるが、これらに限定されるものではない。
【実施例】
【0024】
・実施例−1 バテライト型炭酸カルシウムの合成
非特許文献1に記載された方法に改良を加えて、バテライト型炭酸カルシウムを合成した。炭酸アンモニウム9.23g(96mmol)の水溶液(32mL)とTween85(1.0g)のヘキサン溶液(48mL)を、ホモジナイザーを用いて8000回転で1分間撹拌してエマルジョンを形成させた。このエマルジョンを、30℃に加熱した塩化カルシウム二水和物28.2g(192mmol)の水溶液(640mL)に、撹拌子ながら一度に加え、5分間反応させた。得られた白色沈殿をろ別し、1Lのイオン交換水、100mLのメタノールで洗浄し、80℃で12時間乾燥し、バテライト型炭酸カルシウムを得た(収量:8.1g)。この炭酸カルシウムがバテライトであることは、SEM観察で球状粒子であること、およびXRD測定により確認した(図1、2)。
【0025】
・実施例−2 バテライト型炭酸カルシウムのカルサイト型炭酸カルシウムへの相転移
実施例−1で得たバテライト型炭酸カルシウム0.3gを0.05mol/l トリス-塩酸緩衝
液(pH7.6)0.6mLに浸漬し、室温で140時間静置した。この固体をろ別により分離
し、100℃で12時間乾燥させた(収量:0.28g)。この炭酸カルシウムがカルサイトであることは、SEM観察で立方体状の粒子であること、およびXRD測定により確認した(図3、4)。
【0026】
・実施例−3 バテライト型炭酸カルシウムのカルサイト型炭酸カルシウムへの相転移
実施例−1で得たバテライト型炭酸カルシウム0.1gを塩化カルシウム二水和物のイオン交換水溶液(0.2mol/L)10mLに浸漬し、室温で96時間静置した。この固体をろ別により分離し、100℃で12時間乾燥させた(収量:0.28g)。この炭酸カルシウムがカルサイトであることは、SEM観察で立方体状の粒子(図5)であること、およびXRD測定により確認した。
【0027】
・実施例−4 バテライト型炭酸カルシウムのカルサイト型炭酸カルシウムへの相転移
実施例−2と同様な方法で、バテライト型炭酸カルシウム0.3gを、生理食塩水(0.6mL)に浸漬し、バテライト型炭酸カルシウムを相転移させた(収量:0.28g)。この炭酸カルシウムがカルサイトであることは、SEM観察で立方体状の粒子であること、およびXRD測定により確認した(図6、7)。
【0028】
・実施例−5 バテライト型炭酸カルシウムのカルサイト型炭酸カルシウムへの相転移
実施例−2と同様な方法で、バテライト型炭酸カルシウム0.3gを、1Mの塩化ナトリウム水溶液(0.6mL)に浸漬し、バテライト型炭酸カルシウムを相転移させた(収量:0.28g)。この炭酸カルシウムがカルサイトであることは、SEM観察で立方体状の粒子であること、およびXRD測定により確認した(図8、9)。
【0029】
・実施例−6 バテライト型炭酸カルシウムのカルサイト型炭酸カルシウムへの相転移を用いたインシュリンの内包
実施例−1で得たバテライト型炭酸カルシウム1gを0.05mol/l トリス-塩酸緩衝液(pH
7.6)0.5mLとインシュリン溶液(10mg/mL、シグマ社製Insulin solution from bovine pancreas)1mLの混合液に浸漬し、室温で160時間静置した。この固体をろ別により分離し、室温で十分に乾燥させた(収量:0.96g)。この炭酸カルシウムがカルサイトであることは、SEM観察で立方体状の粒子であること、およびXRD測定により確認した(図10、11)。この固体の拡散反射紫外線スペクトルより約280nmの吸収を
観測でき、インシュリンが含有されていることが確認できた(図12)。また、回収したろ液中に残留していたインシュリン量より、インシュリンの含有率は0.3wt%、用いたインシュリンの内包効率(内包量/使用量×100)は29.1%であった。
【0030】
・実施例−7 バテライト型炭酸カルシウムのカルサイト型炭酸カルシウムへの相転移を用いたリゾチームの内包
実施例−1で得たバテライト型炭酸カルシウム3.0gを0.05mol/l トリス-塩酸緩衝
液(pH7.6)4.5mLとリゾチーム0.045gを溶解させた溶液1mLの混合液に浸漬
し、室温で168時間静置した。この固体をろ別により分離し、室温で十分に乾燥させた(収量:2.90g)。この炭酸カルシウムがカルサイトであることは、SEM観察で立方体状の粒子であること、およびXRD測定により確認した(図13、14)。この固体の拡散反射紫外線スペクトルより約280nmの吸収を観測でき、リゾチームが含有されて
いることが確認できた(図15)。また、回収したろ液中に残留していたリゾチーム量より、リゾチームの含有率は0.84wt%、用いたリゾチームの内包効率(内包量/使用量×100)は53.5%であった。
【0031】
・実施例−8 バテライト型炭酸カルシウムのカルサイト型炭酸カルシウムへの相転移を用いた牛血清アルブミン(BSA)の内包
実施例−1で得たバテライト型炭酸カルシウム3.0gを、BSA0.045gを0.05mol/l トリス-塩酸緩衝液(pH7.6)4.5mLに溶解させた溶液に浸漬し、室温で168時間静置した。この固体をろ別により分離し、室温で十分に乾燥させた(収量:2.84g)。この炭酸カルシウムがカルサイトであることは、SEM観察で立方体状の粒子であること、およびXRD測定により確認した(図16、17)。この固体の拡散反射紫外線スペクトルより約280nmの吸収を観測でき、BSAが含有されていることが確認できた。
また、回収したろ液中に残留していたBSA量より、BSAの含有率は0.047wt%、用いたBSAの内包効率(内包量/使用量×100)は38.3%であった。
【0032】
・実施例−9 バテライト型炭酸カルシウムのカルサイト型炭酸カルシウムへの相転移を用いたChicken IgYの内包
実施例−1で得たバテライト型炭酸カルシウム1gを、Chicken IgY0.01gを溶解させた生理食塩水溶液5mLに浸漬し、室温で264時間静置した。この固体をろ別により分離し、室温で十分に乾燥させた(収量:0.92g)。この炭酸カルシウムがカルサイトであることは、SEM観察で立方体状の粒子であること、およびXRD測定により確認した(図19、20)。この固体の拡散反射紫外線スペクトルより約280nmの吸収を
観測でき、IgYが含有されていることが確認できた(図21)。また、回収したろ液中に残留していたIgY量より、IgYの含有率は0.19wt%、用いたIgYの内包効率(内包量/使用量×100)は17.3%であった。
【0033】
・実施例−10 フルオレセイン・ナトリウム塩内包炭酸カルシウム
実施例−1で得たバテライト型炭酸カルシウム1gを、フルオレセイン・ナトリウム塩0.5g(1.33mmol)をイオン交換水50mLに溶解させた溶液に浸漬し、室温で480時間静置した。この固体をろ別により分離し、室温で十分に乾燥させた(収量:0.77g)。この炭酸カルシウムはSEM観察とXRD測定により未だバテライトであった(図22、23)。この固体を5Lのイオン交換水で2回洗浄した後においても、拡散反射紫外線スペクトルより約500nmのフルオレセイン・ナトリウム塩に由来する吸収
が観測できたことより、その含有を確認することができた(図24)。
【0034】
・実施例−11 炭酸カルシウムの溶解−1
エチレンジアミン−N,N,N’,N’−四酢酸四ナトリウム塩・四水和物(同仁化学研究所:EDTA・4Na)0.50gを10mLのイオン交換水に溶解させた溶液に、市販のカルサイト型炭酸カルシウム0.08g(関東化学社製)を加え、撹拌した。約20分後には粉体粒子は消失すると共に、水溶液も完全に透明になった。
【0035】
・実施例−12 炭酸カルシウムの溶解−2
エチレンジアミン−N,N,N’,N’−四酢酸四ナトリウム塩・四水和物(同仁化学研究所:EDTA・4Na)1.23gを10mLのイオン交換水に溶解させた溶液に、実施例1で合成したバテライト型炭酸カルシウム0.08gを加え、撹拌した。約3時間、溶液は半透明ではあるものの、炭酸カルシウムの粉体粒子は完全に消失した。約90時間後には、水溶液は完全に透明になった。
【0036】
・実施例−13 炭酸カルシウムの溶解−3
エチレンジアミン−N,N,N’,N’−四酢酸四ナトリウム塩・四水和物(同仁化学研究所:EDTA・4Na)0.50gを10mLのイオン交換水に溶解させた溶液に、実施例1で合成したバテライト型炭酸カルシウム0.08gを加え、撹拌した。約3時間後時点では、炭酸カルシウムの粉体粒子は残存していたが、約90時間後には、粉体粒子は消失すると共に、水溶液も完全に透明になった。
【0037】
・実施例−14 炭酸カルシウムの溶解による蛋白質等の放出
エチレンジアミン−N,N,N’,N’−四酢酸四ナトリウム塩・四水和物(同仁化学研究所:EDTA・4Na)0.50gを10mLのイオン交換水に溶解させた溶液に、実施例7で合成したリゾチーム内包炭酸カルシウム0.08gを加え、撹拌した。約90時間後には、粉体粒子は消失すると共に、水溶液も完全に透明になった。また、当該溶液の紫外線スペクトルには、280nmのリゾチーム由来の吸収が観測され、内包物質が炭酸カルシウム
の溶解により放出されることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0038】
炭酸カルシウムは、石灰石や鶏卵の殻等の主成分であり、生体内で分解性も容易であるため、人体や環境に優しい材料素材であり、今後も様々な分野で応用させると期待できる。今回の特許技術は、その炭酸カルシウム内へ蛋白質類を効率よく内包させ、内包された蛋白質は容易に放出されない。そのために、蛋白質の安定的な固定化技術と言える。したがって、本特許で新しく調製され見いだされた材料の応用は、例えば以下のような応用が考えられる。固定化酵素として、酵素産業の多くの分野で適応されると期待できる。また、センシング機能を持った蛋白質では、センサーへの応用が可能である。さらに、炭酸カルシウムの溶解性能により、その溶解作用により蛋白質を放出するドラッグデリバリーシステムへの応用も期待できる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質を内包する炭酸カルシウム、その製造方法および内包物質の放出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微粉体内部に、機能性を持った物質(分子や高分子類)を内包させる技術、およびそのようにして合成された材料は、内包された機能性物質をより実効性高く利用することを可能にできる。微粉体の素材としては、有機系化合物、無機系化合物、それらの複合体化合物が考えられる。炭酸カルシウムは、機械的強度等に優れるとともに、生体適合性や環境適合性、あるいは代謝・分解性等が高い材料素材であり、この材料内部に機能性物質を内包させることは利用性の高い技術を提供できる。粉体内に導入された機能性物質を有効に用いるには、通常の条件下、例えば、室温空気中や常温中性水中などでは粉体外へ放出されない方が好ましい。このような形態で機能性物質を粉体材料内に封入するには、単なる吸着や含浸では十分ではなく、完全な封入、カプセル化プロセスが必要となる。
【0003】
炭酸カルシウム内に物質を内包させる技術、およびそのカプセル材料を応用する技術は、すでに知られている。炭酸カルシウムのマイクロカプセル材料の製造法も報告されている(特許文献1,2;非特許文献1)。この炭酸カルシウムのマイクロカプセル内に、物質を導入・内包させる技術の報告例(特許文献3、非特許文献2)もある。炭酸カルシウム・マイクロカプセルを調製時に、同時に蛋白質を内包させる方法(非特許文献2)においては、用いた蛋白質の内で内包された割合は高くなく、比較的分子量の小さなリゾチーム(分子量:14,388 Da)では内包することが難しい。蛋白質の中には、酵素活性や薬理
活性等の高度な機能を持つものが多いが、低い内包効率では、このような希少な蛋白質類を内包させることは、現実的ではない。
【0004】
炭酸カルシウムへの蛋白質の吸着・内包化に関しては、最近、多孔性のカルサイト・炭酸カルシウムを用いる例が報告されている(非特許文献3,4)。これらの多くの場合、蛋白質等の物質は、母体となる炭酸カルシウムから容易に脱離してしまう。したがって、通常の条件下、たとえば中性領域の水溶液中で、溶液内への溶け出しがないかたちで蛋白質類を炭酸カルシウムへと閉じ込め、同時に用いる蛋白質を高い効率で内包できる技術は従来なかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許1184016号
【特許文献2】特許1049606号
【特許文献3】特開2007-015990
【特許文献4】特開2007-277036
【特許文献5】特開平06-016417
【特許文献6】特開2008-280191
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】J. Colloid Interface Sci. 68 (1979) 401-407.
【非特許文献2】Chemical Engineering Journal 137 (2008) 14-22.
【非特許文献3】Biomacromolecules 5 (2004) 1962-1972.
【非特許文献4】Biotechnol. Prog. 21 (2005) 918-925.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、炭酸カルシウム内へ、蛋白質やペプチド、低分子物質を、損失量が少なく効率よく内包させ、かつ内包された蛋白質などの物質が、炭酸カルシウム部が溶解や破壊等を起こさない限り、容易には外部へと放出されないような、物質内包の炭酸カルシウム材料に関する技術を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記のような観点から、炭酸カルシウムへの蛋白質やペプチド、低分子物質の内包化に関し、バテライト型の炭酸カルシウムが水溶液中でカルサイト型の炭酸カルシウムへと相転移する現象に着目し、この溶液内に内包させたい蛋白質、ペプチド、低分子物質を共存させることで、当該蛋白質類をカルサイト型炭酸カルシウムへと内包でき、こうして内包された蛋白質類が炭酸カルシウム外へと容易には脱離・放出されないことを見いだし、本発明に至った。
【0009】
本発明は、以下の物質を内包する炭酸カルシウム、その製造方法および内包物質の放出方法を提供するものである。
項1.
バテライト相を主成分とする炭酸カルシウム粒子を、前記炭酸カルシウム粒子に吸着され得る物質の溶液に浸漬して、炭酸カルシウム粒子のバテライト相をカルサイト相に変化させることを特徴とする、物質を内包した炭酸カルシウム粒子の製造方法。
項2.
前記物質が蛋白質である項1に記載の方法。
項3.
前記粒子が中空粒子であることを特徴とする、項1または2に記載の方法。
項4.
準安定相がバテライト相である項1〜3のいずれかに記載の方法。
項5.
準安定相がアラゴナイト相である項1〜3のいずれかに記載の方法。
項6.
項1〜4のいずれかの方法により製造される、物質を内包した炭酸カルシウム粒子。
項7.
項5に記載の粒子を生体に投与することを特徴とする内包物質の持続的放出方法。
【発明の効果】
【0010】
界面反応法等により合成できる、結晶相がバテライトである炭酸カルシウムは結晶的には準安定相であり、水溶液中では安定結晶相であるカルサイトへと相転移する。また、天然に存在するアラゴナイト相も準安定相であり、同様にカルサイトへと相転移する。カルサイトは、石灰岩の主要成分である。この相転移は、水溶液中で準安定相であるバテライト型炭酸カルシウムもしくはアラゴナイト型炭酸カルシウムが一度溶解し、再び結晶化する際は安定相であるカルサイトとなることに由来する。この再結晶化の過程で、水溶液中に他の化合物が共存していれば、その化合物を結晶内に取り込む形で結晶化・相転移が起こると考えられる。水溶性の蛋白質、ペプチド、低分子物質をこの溶液中に共存させることで、当該蛋白質、ペプチド、低分子物質を相転移後の炭酸カルシウム内に導入することができる。導入量は、水溶液中の蛋白質、ペプチド、低分子物質の濃度により調整することができ、また、炭酸カルシウムが相転移した後の水溶液中に残留した蛋白質、ペプチド、低分子物質も、溶液を再利用することで、再び導入することが容易で、最終的な内包効率を向上させることもできる。また、こうして内包された蛋白質、ペプチド、低分子物質は、カルサイト結晶内に組み込まれることとなるので、外部へと放出されなくなる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】バテライト型炭酸カルシウムのSEM像
【図2】バテライト型炭酸カルシウムのXRDパターン
【図3】カルサイト型へ相転移した炭酸カルシウムのSEM像
【図4】カルサイト型へ相転移した炭酸カルシウムのXRDパターン
【図5】カルサイト型へ相転移した炭酸カルシウムのSEM像
【図6】カルサイト型へ相転移した炭酸カルシウムのSEM像
【図7】カルサイト型へ相転移した炭酸カルシウムのXRDパターン
【図8】カルサイト型へ相転移した炭酸カルシウムのSEM像
【図9】カルサイト型へ相転移した炭酸カルシウムのXRDパターン
【図10】カルサイト型へ相転移したインシュリン内包炭酸カルシウムのSEM像
【図11】カルサイト型へ相転移したインシュリン内包炭酸カルシウムのXRDパターン
【図12】インシュリンを内包した炭酸カルシウムの拡散反射紫外線スペクトル
【図13】カルサイト型へ相転移したリゾチーム内包炭酸カルシウムのSEM像
【図14】カルサイト型へ相転移したリゾチーム内包炭酸カルシウムのXRDパターン
【図15】リゾチームを内包した炭酸カルシウムの拡散反射紫外線スペクトル
【図16】カルサイト型へ相転移したBSA内包炭酸カルシウムのSEM像
【図17】カルサイト型へ相転移したBSA内包炭酸カルシウムのXRDパターン
【図18】BSAを内包した炭酸カルシウムの拡散反射紫外線スペクトル
【図19】カルサイト型へ相転移したChicken IgY内包炭酸カルシウムのSEM像
【図20】カルサイト型へ相転移したChicken IgY内包炭酸カルシウムのXRDパターン
【図21】Chicken IgYを内包した炭酸カルシウムの拡散反射紫外線スペクトル
【図22】フルオレセイン・ナトリウム塩内包炭酸カルシウムのSEM像
【図23】フルオレセイン・ナトリウム塩内包炭酸カルシウムのXRDパターン
【図24】フルオレセイン・ナトリウム塩内包炭酸カルシウムの拡散反射紫外線スペクトル
【発明を実施するための形態】
【0012】
バテライト型炭酸カルシウムは、自然には存在しないため、各自合成する必要がある。バテライト型の炭酸カルシウムを良好な選択率で与える方法は、特許文献1,2に示されている界面反応法による方法が好ましいが、特許文献4〜6等の例もあるように、良好な収率、選択率で得られるものであれば特に限定されない。アラゴナイト型炭酸カルシウムは、天然の石灰岩などに含まれており、市販品を用いてもよい。本特許において、原料となる炭酸カルシウム中におけるバテライト相、アラゴナイト相などの準安定相の割合は高いものがよく、少なくとも60%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上である。上述の界面反応法による方法では、90%以上がバテライト型の炭酸カルシウムを、収率95%以上で製造することができる。準安定相を主成分とする炭酸カルシウムは、バテライト型炭酸カルシウムが好ましい。
【0013】
炭酸カルシウムの粒子サイズは、0.1〜100μm程度、好ましくは1〜10μm程度である
。
【0014】
炭酸カルシウム粒子は、準安定相を主成分とする限り中空粒子であっても中実の粒子であってもよい。
【0015】
本明細書において、「内包」とは、物質が炭酸カルシウム粒子の内部に存在しても表面に存在してもよく、中性の水による洗浄では容易に溶出しない場合、物質は内包されてい
る。物質が炭酸カルシウム粒子の表面に存在するか吸着されている状態で、準安定相の炭酸カルシウムが溶解と析出を繰り返し、その際、物質の一部もしくは全部が炭酸カルシウム相の内部に取り込まれた状態を「内包」とする。したがって、蛋白質のような大きな分子は、一部のみが炭酸カルシウム相内に存在しても「内包」になる。
【0016】
内包される物質は、蛋白質、ペプチド、低分子物質などである。
【0017】
蛋白質としては、酵素、抗体、受容体、生体構造を形成するタンパク質(コラーゲン、ケラチンなど)、ホルモン、筋肉構成タンパク質(アクチン、ミオシンなど)、栄養タンパク質(卵、大豆、乳などに含まれるタンパク質)、アルブミンなどが挙げられる。内包できる酵素の具体例としては、アミノ酸関連酵素、糖質加水分解酵素(グルコシダーゼ、エンドグルカネース)、脂質関連酵素、DNA関連酵素等、あるいは、プロテアーゼ、リパー
ゼ、アミラーゼ、エステラーゼ、グリコシダーゼなどの加水分解酵素、異性化酵素、酸化還元酵素、転移酵素、リアーゼ、リガーゼなどが挙げられる。
【0018】
ペプチドとしては、タンパク質を適当なプロテアーゼで分解した分解物、生理活性ペプチドなどのいずれでもよい。
【0019】
低分子物質としては、分子量1000以下の生理活性を有する有機化合物が挙げられ、例えばビタミン、アミノ酸、単糖、二糖、オリゴ糖、リン脂質、糖脂質、サプリメント、植物、動物、微生物などからの抽出物、医薬などが挙げられる。これらの物質が難溶性の場合には、可溶化剤を使用するか、アルコール(メタノール、エタノール、イソプロパノ
ールなど)などの有機溶媒、pH調整剤/緩衝液などを使用して物質を溶解後、炭酸カル
シウム粒子に内包させる。
【0020】
上述のバテライト型炭酸カルシウム/アラゴナイト型炭酸カルシウムを、蛋白質、ペプチドや低分子物質を溶解させた水溶液へ浸漬させる。この際の炭酸カルシウムの重量と水溶液の容量との比(炭酸カルシウムの重量g/水溶液の容量mL)は特に限定されないが、蛋白質などの物質を高い効率で封入したい場合の比は小さい方が良く、好ましくは0.1〜10、より好ましくは0.1〜2である。また、水溶液中の蛋白質などの物質の濃度も特に限定されないが、物質を高い効率で封入したい場合、好ましくは0.1〜10mg/mL、より好ましくは1〜10mg/mLである。物質としてタンパク質を用いる場合、用いる水溶液は、蛋白質類を変性や分解させず、かつ炭酸カルシウムを容易に溶解させないものならば特に限定されないが、種々の濃度の塩化ナトリウム水溶液、生理食塩水、塩化カルシウム水溶液、トリス緩衝液等を例示することができる。なお、炭酸カルシウムを容易に溶解させる水溶液としては、塩酸水溶液、EDTAのナトリウム塩水溶液、クエン酸水溶液等を例示することができる。バテライト型炭酸カルシウム/アラゴナイト型炭酸カルシウムを浸漬させた蛋白質、ペプチド、低分子物質を溶解させた水溶液は、静置させればよい。温度は、蛋白質類が変性や分解等を起こさない限り特に限定されないが、5〜30℃が好ましい。時間も特に限定されず、十分な相転移が起こるものであれば良いが、1〜100時間程度が例示される。内包させる蛋白質などの物質も特に限定されず、室温の水に溶解するものならば良い。
【0021】
カルサイト相へと転位した炭酸カルシウムの固体は、溶液よりデカンテーションやろ別による分離・回収することができる。乾燥処理等の方法も、蛋白質、ペプチド、低分子物質が変性や分解を起こさない条件であれば特に限定されないが、空気中で室温から30℃程度での乾燥処理が良い。乾燥時間も特に限定されないが、1時間から20時間程度が好ましい。ただし、特段の乾燥処理を必要としない場合は、行わなくとも良い。蛋白質、ペプチド、低分子物質が溶けた水溶液をデカンテーションにより回収すれば、そのまま別のプロセスに用いることができ、最終的な内包効率を向上させることができる。
【0022】
また、バテライト/アラゴナイト(準安定相)からカルサイトへの相転移は、必ずしも完全に進行しなくとも良い。バテライトからカルサイトへの相転移の中途段階で、結晶型がほとんどバテライト型の段階においても、共存させた蛋白質、ペプチド、低分子物質を結晶内に取り込み始めている。特に、内包させたい物質が比較的貴重ではなく、大量に用いることができる場合は、必ずしも完全な相転移を待つ必要はない。
【0023】
以下に実施例をあげるが、これらに限定されるものではない。
【実施例】
【0024】
・実施例−1 バテライト型炭酸カルシウムの合成
非特許文献1に記載された方法に改良を加えて、バテライト型炭酸カルシウムを合成した。炭酸アンモニウム9.23g(96mmol)の水溶液(32mL)とTween85(1.0g)のヘキサン溶液(48mL)を、ホモジナイザーを用いて8000回転で1分間撹拌してエマルジョンを形成させた。このエマルジョンを、30℃に加熱した塩化カルシウム二水和物28.2g(192mmol)の水溶液(640mL)に、撹拌子ながら一度に加え、5分間反応させた。得られた白色沈殿をろ別し、1Lのイオン交換水、100mLのメタノールで洗浄し、80℃で12時間乾燥し、バテライト型炭酸カルシウムを得た(収量:8.1g)。この炭酸カルシウムがバテライトであることは、SEM観察で球状粒子であること、およびXRD測定により確認した(図1、2)。
【0025】
・実施例−2 バテライト型炭酸カルシウムのカルサイト型炭酸カルシウムへの相転移
実施例−1で得たバテライト型炭酸カルシウム0.3gを0.05mol/l トリス-塩酸緩衝
液(pH7.6)0.6mLに浸漬し、室温で140時間静置した。この固体をろ別により分離
し、100℃で12時間乾燥させた(収量:0.28g)。この炭酸カルシウムがカルサイトであることは、SEM観察で立方体状の粒子であること、およびXRD測定により確認した(図3、4)。
【0026】
・実施例−3 バテライト型炭酸カルシウムのカルサイト型炭酸カルシウムへの相転移
実施例−1で得たバテライト型炭酸カルシウム0.1gを塩化カルシウム二水和物のイオン交換水溶液(0.2mol/L)10mLに浸漬し、室温で96時間静置した。この固体をろ別により分離し、100℃で12時間乾燥させた(収量:0.28g)。この炭酸カルシウムがカルサイトであることは、SEM観察で立方体状の粒子(図5)であること、およびXRD測定により確認した。
【0027】
・実施例−4 バテライト型炭酸カルシウムのカルサイト型炭酸カルシウムへの相転移
実施例−2と同様な方法で、バテライト型炭酸カルシウム0.3gを、生理食塩水(0.6mL)に浸漬し、バテライト型炭酸カルシウムを相転移させた(収量:0.28g)。この炭酸カルシウムがカルサイトであることは、SEM観察で立方体状の粒子であること、およびXRD測定により確認した(図6、7)。
【0028】
・実施例−5 バテライト型炭酸カルシウムのカルサイト型炭酸カルシウムへの相転移
実施例−2と同様な方法で、バテライト型炭酸カルシウム0.3gを、1Mの塩化ナトリウム水溶液(0.6mL)に浸漬し、バテライト型炭酸カルシウムを相転移させた(収量:0.28g)。この炭酸カルシウムがカルサイトであることは、SEM観察で立方体状の粒子であること、およびXRD測定により確認した(図8、9)。
【0029】
・実施例−6 バテライト型炭酸カルシウムのカルサイト型炭酸カルシウムへの相転移を用いたインシュリンの内包
実施例−1で得たバテライト型炭酸カルシウム1gを0.05mol/l トリス-塩酸緩衝液(pH
7.6)0.5mLとインシュリン溶液(10mg/mL、シグマ社製Insulin solution from bovine pancreas)1mLの混合液に浸漬し、室温で160時間静置した。この固体をろ別により分離し、室温で十分に乾燥させた(収量:0.96g)。この炭酸カルシウムがカルサイトであることは、SEM観察で立方体状の粒子であること、およびXRD測定により確認した(図10、11)。この固体の拡散反射紫外線スペクトルより約280nmの吸収を
観測でき、インシュリンが含有されていることが確認できた(図12)。また、回収したろ液中に残留していたインシュリン量より、インシュリンの含有率は0.3wt%、用いたインシュリンの内包効率(内包量/使用量×100)は29.1%であった。
【0030】
・実施例−7 バテライト型炭酸カルシウムのカルサイト型炭酸カルシウムへの相転移を用いたリゾチームの内包
実施例−1で得たバテライト型炭酸カルシウム3.0gを0.05mol/l トリス-塩酸緩衝
液(pH7.6)4.5mLとリゾチーム0.045gを溶解させた溶液1mLの混合液に浸漬
し、室温で168時間静置した。この固体をろ別により分離し、室温で十分に乾燥させた(収量:2.90g)。この炭酸カルシウムがカルサイトであることは、SEM観察で立方体状の粒子であること、およびXRD測定により確認した(図13、14)。この固体の拡散反射紫外線スペクトルより約280nmの吸収を観測でき、リゾチームが含有されて
いることが確認できた(図15)。また、回収したろ液中に残留していたリゾチーム量より、リゾチームの含有率は0.84wt%、用いたリゾチームの内包効率(内包量/使用量×100)は53.5%であった。
【0031】
・実施例−8 バテライト型炭酸カルシウムのカルサイト型炭酸カルシウムへの相転移を用いた牛血清アルブミン(BSA)の内包
実施例−1で得たバテライト型炭酸カルシウム3.0gを、BSA0.045gを0.05mol/l トリス-塩酸緩衝液(pH7.6)4.5mLに溶解させた溶液に浸漬し、室温で168時間静置した。この固体をろ別により分離し、室温で十分に乾燥させた(収量:2.84g)。この炭酸カルシウムがカルサイトであることは、SEM観察で立方体状の粒子であること、およびXRD測定により確認した(図16、17)。この固体の拡散反射紫外線スペクトルより約280nmの吸収を観測でき、BSAが含有されていることが確認できた。
また、回収したろ液中に残留していたBSA量より、BSAの含有率は0.047wt%、用いたBSAの内包効率(内包量/使用量×100)は38.3%であった。
【0032】
・実施例−9 バテライト型炭酸カルシウムのカルサイト型炭酸カルシウムへの相転移を用いたChicken IgYの内包
実施例−1で得たバテライト型炭酸カルシウム1gを、Chicken IgY0.01gを溶解させた生理食塩水溶液5mLに浸漬し、室温で264時間静置した。この固体をろ別により分離し、室温で十分に乾燥させた(収量:0.92g)。この炭酸カルシウムがカルサイトであることは、SEM観察で立方体状の粒子であること、およびXRD測定により確認した(図19、20)。この固体の拡散反射紫外線スペクトルより約280nmの吸収を
観測でき、IgYが含有されていることが確認できた(図21)。また、回収したろ液中に残留していたIgY量より、IgYの含有率は0.19wt%、用いたIgYの内包効率(内包量/使用量×100)は17.3%であった。
【0033】
・実施例−10 フルオレセイン・ナトリウム塩内包炭酸カルシウム
実施例−1で得たバテライト型炭酸カルシウム1gを、フルオレセイン・ナトリウム塩0.5g(1.33mmol)をイオン交換水50mLに溶解させた溶液に浸漬し、室温で480時間静置した。この固体をろ別により分離し、室温で十分に乾燥させた(収量:0.77g)。この炭酸カルシウムはSEM観察とXRD測定により未だバテライトであった(図22、23)。この固体を5Lのイオン交換水で2回洗浄した後においても、拡散反射紫外線スペクトルより約500nmのフルオレセイン・ナトリウム塩に由来する吸収
が観測できたことより、その含有を確認することができた(図24)。
【0034】
・実施例−11 炭酸カルシウムの溶解−1
エチレンジアミン−N,N,N’,N’−四酢酸四ナトリウム塩・四水和物(同仁化学研究所:EDTA・4Na)0.50gを10mLのイオン交換水に溶解させた溶液に、市販のカルサイト型炭酸カルシウム0.08g(関東化学社製)を加え、撹拌した。約20分後には粉体粒子は消失すると共に、水溶液も完全に透明になった。
【0035】
・実施例−12 炭酸カルシウムの溶解−2
エチレンジアミン−N,N,N’,N’−四酢酸四ナトリウム塩・四水和物(同仁化学研究所:EDTA・4Na)1.23gを10mLのイオン交換水に溶解させた溶液に、実施例1で合成したバテライト型炭酸カルシウム0.08gを加え、撹拌した。約3時間、溶液は半透明ではあるものの、炭酸カルシウムの粉体粒子は完全に消失した。約90時間後には、水溶液は完全に透明になった。
【0036】
・実施例−13 炭酸カルシウムの溶解−3
エチレンジアミン−N,N,N’,N’−四酢酸四ナトリウム塩・四水和物(同仁化学研究所:EDTA・4Na)0.50gを10mLのイオン交換水に溶解させた溶液に、実施例1で合成したバテライト型炭酸カルシウム0.08gを加え、撹拌した。約3時間後時点では、炭酸カルシウムの粉体粒子は残存していたが、約90時間後には、粉体粒子は消失すると共に、水溶液も完全に透明になった。
【0037】
・実施例−14 炭酸カルシウムの溶解による蛋白質等の放出
エチレンジアミン−N,N,N’,N’−四酢酸四ナトリウム塩・四水和物(同仁化学研究所:EDTA・4Na)0.50gを10mLのイオン交換水に溶解させた溶液に、実施例7で合成したリゾチーム内包炭酸カルシウム0.08gを加え、撹拌した。約90時間後には、粉体粒子は消失すると共に、水溶液も完全に透明になった。また、当該溶液の紫外線スペクトルには、280nmのリゾチーム由来の吸収が観測され、内包物質が炭酸カルシウム
の溶解により放出されることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0038】
炭酸カルシウムは、石灰石や鶏卵の殻等の主成分であり、生体内で分解性も容易であるため、人体や環境に優しい材料素材であり、今後も様々な分野で応用させると期待できる。今回の特許技術は、その炭酸カルシウム内へ蛋白質類を効率よく内包させ、内包された蛋白質は容易に放出されない。そのために、蛋白質の安定的な固定化技術と言える。したがって、本特許で新しく調製され見いだされた材料の応用は、例えば以下のような応用が考えられる。固定化酵素として、酵素産業の多くの分野で適応されると期待できる。また、センシング機能を持った蛋白質では、センサーへの応用が可能である。さらに、炭酸カルシウムの溶解性能により、その溶解作用により蛋白質を放出するドラッグデリバリーシステムへの応用も期待できる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
バテライト相およびアラゴナイト相からなる群から選ばれる準安定相を主成分とする炭酸カルシウム粒子を、前記炭酸カルシウム粒子に吸着され得る物質の溶液に浸漬して、炭酸カルシウム粒子の準安定相をカルサイト相に変化させることを特徴とする、物質を内包した炭酸カルシウム粒子の製造方法。
【請求項2】
前記物質が蛋白質である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記粒子が中空粒子であることを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
準安定相がバテライト相である請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
準安定相がアラゴナイト相である請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかの方法により製造される、物質を内包した炭酸カルシウム粒子。
【請求項7】
請求項6に記載の粒子を生体に投与することを特徴とする内包物質の持続的放出方法。
【請求項1】
バテライト相およびアラゴナイト相からなる群から選ばれる準安定相を主成分とする炭酸カルシウム粒子を、前記炭酸カルシウム粒子に吸着され得る物質の溶液に浸漬して、炭酸カルシウム粒子の準安定相をカルサイト相に変化させることを特徴とする、物質を内包した炭酸カルシウム粒子の製造方法。
【請求項2】
前記物質が蛋白質である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記粒子が中空粒子であることを特徴とする、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
準安定相がバテライト相である請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
準安定相がアラゴナイト相である請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかの方法により製造される、物質を内包した炭酸カルシウム粒子。
【請求項7】
請求項6に記載の粒子を生体に投与することを特徴とする内包物質の持続的放出方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【公開番号】特開2011−144056(P2011−144056A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−4429(P2010−4429)
【出願日】平成22年1月12日(2010.1.12)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構「生産・流通・加工工程における体系的な危害要因の特性解明とリスク低減技術の開発」の研究題目中の「畜産物における病原微生物のリスク低減技術の開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年1月12日(2010.1.12)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構「生産・流通・加工工程における体系的な危害要因の特性解明とリスク低減技術の開発」の研究題目中の「畜産物における病原微生物のリスク低減技術の開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
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