説明

特徴量取得方法及び特徴量取得装置

【課題】 生体試料の取得画像において関心領域(ROI)の解析を行う際、ROI内に異なる分子動態を呈する小領域が複数含まれる場合に、小領域における分子動態を分離して評価する。
【解決手段】 生体の挙動を測定して解析する装置を用いて生体の測定領域内に含まれる小領域の特徴量を取得する方法であって、小領域に隣接する他の小領域の割合を変化させて測定領域を移動して生体の挙動を測定して解析値を取得し、他の小領域の割合と取得した解析値との関係から、他の小領域の割合が0である場合の解析値を算出し、算出した解析値を小領域の特徴量とする特徴量の取得方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体画像を処理する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
最近の生物顕微鏡は光学技術の発達や画像処理技術の進歩によって、生きた細胞や組織中の分子挙動が1分子レベルまで解析可能となってきた。これによって細胞や組織における分子シグナル伝達機構について有用な知見が多く得られ、創薬開発や治療法開発などに役立っている。
【0003】
このような分子の挙動を定量計測する手段として、例えば、顕微鏡画像を利用したラスター画像相関分光法(RICS:Raster-scan Image Correlation Spectroscopy)が知られている。RICSは、レーザースキャン顕微鏡において、画像中の各画素が取得される時間に差異があることを利用し、二点の蛍光強度の時間空間相関を測定する手法である。RICSを用いることで蛍光修飾された分子の拡散係数を測定することができる。
【0004】
そして、RICSを代表とする分子拡散計測においては、画像の中から解析を行いたい一部分を選び出し、その範囲内で数値的な処理を行うことが良く行われている。その画像中の一部分は関心領域あるいはROI(Region of Interest)と呼称されている。ROI内の小領域に注目してその領域における分子拡散情報を求めることによって、複雑な細胞形態が反映される妥当な分子動態を評価することが可能になる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】MA.Digman et.al., “Measuring Fast Dynamics in Solutions and Cells with a Laser Scanning Microscope.”, Biophysical Journal Vol. 89, 1317−1327, 2005.
【非特許文献2】Gielen, E. et al. (2009), “Measuring diffusion of lipid-like probes in artificial and natural membranes by raster image correlation spectroscopy (RICS): use of a commercial laser-scanning microscope with analog detection”, Langmuir, 25, 5209-18.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、RICSにおける測定領域(ROI)は、ある面積をもった領域内(pixelサイズ:256x256, 128x128, 64x64)での分子情報(速度、分子数など)を平均値として表すため、実際に求めたい部位以外に不必要な部位もその領域内に含まれてしまうという欠点がある。即ち、様々な形状を呈する細胞上で希望する箇所のみを含むことは困難である。例えば、細胞膜のみを計測しようとしても、ROI指定によって細胞外、細胞膜、細胞質の3部位が混在してしまい、細胞膜における分子挙動を正確に得ることができない。
【0007】
また、逆に細胞質における分子挙動も正確に得ることができない。例えば、リガンド分子が膜蛋白質に結合した際、リガンド/膜蛋白複合体分子は一般的に一定時間後に細胞内へとエンドサイトーシスによって取り込まれ、エンドソーム小胞として細胞質内を動く。一方、膜の複合体分子は膜上を並進拡散しており、細胞内のエンドソーム複合体とは拡散速度に違いが生じる。この場合、細胞外、細胞膜、細胞質の3部位が混在してしまい、細胞質におけるエンドソーム複合体の分子挙動を正確に得ることができない。
【0008】
従って、生体試料の取得画像において関心領域(ROI)の解析を行う際、ROI内に異なる分子動態を呈する小領域が複数含まれる場合に、小領域における分子動態を分離して評価することのできる技術に対するニーズがある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するための本発明は、生体の挙動を測定して解析する装置を用いて前記生体の測定領域内に含まれる小領域の特徴量を取得する方法であって、前記小領域に隣接する他の小領域の割合を変化させて前記測定領域を移動して前記生体の挙動を測定して解析値を取得し、前記他の小領域の割合と取得した解析値との関係から、前記他の小領域の割合が0である場合の解析値を算出し、算出した解析値を前記小領域の特徴量とする特徴量の取得方法である。
【0010】
また本発明は、生体の挙動を測定して解析する装置に搭載されて前記生体の測定領域内に含まれる小領域の特徴量を取得する特徴量取得装置であって、前記小領域に隣接する他の小領域の割合を変化させて前記測定領域を移動して前記生体の挙動を測定して解析値を取得する解析値取得手段と、前記他の小領域の割合と取得した解析値との関係から、前記他の小領域の割合が0である場合の解析値を算出する解析値算出手段と、算出した解析値を前記小領域の特徴量とする特徴量取得手段とを備えた特徴量取得装置である。
【発明の効果】
【0011】
この発明によれば、生体試料の取得画像において関心領域(ROI)の解析を行う際、ROI内に異なる分子動態を呈する小領域が複数含まれる場合に、小領域における分子動態を分離して評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本実施の形態のレーザ顕微鏡システムの構成を示す図。
【図2】本実施の形態のレーザ顕微鏡システムに搭載される画像処理装置の動作手順を示すフローチャート。
【図3】本実施の形態の表示装置に表示される処理画面を示す図。
【図4】本実施の形態のROIの移動に伴う、ROI中の各領域の割合が変化する状態を示す図。
【図5】本実施の形態のROIを設定する実施例を示す図。
【図6】本実施の形態のコントロール細胞に対してROIを膜を含みながら移動させて拡散係数を求めた結果を示す図。
【図7】本実施の形態のコントロール細胞に対して測定した拡散係数と割合(r)との関係を示す図。
【図8】本実施の形態のMβC処理細胞に対して測定した拡散係数と割合(r)との関係を示す図。
【図9】本実施の形態のMβC処理細胞に対して、ROIが膜を含みながら移動して解析した結果を示す図。
【図10】本実施の形態の複数のコントロール細胞とMβC処理細胞とについて計測し、統計的処理を行った結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1は、本実施の形態のレーザ顕微鏡システムの構成を示す図である。
レーザ顕微鏡システムは、顕微鏡本体1、レーザコンバイナー2、スキャンユニット3、ディテクタユニット4、コントロールユニット5、表示装置6及び記憶装置7を備えている。
【0014】
レーザコンバイナー2に設けられた1つのレーザ光源から出射したレーザ光は、ダイクロイックミラー(不図示)で反射された後スキャンユニット3に入射する。このスキャンユニット3によって、光軸はX軸、Y軸方向に偏向走査され、顕微鏡本体1の対物レンズ(不図示)に入る。これによって視野内の焦点面上にある蛍光標識されたサンプル試料の任意の位置に、測定領域(焦点領域)を位置することができる。
【0015】
焦点領域内の蛍光分子から発した蛍光は同じ対物レンズで補足され、逆の光路を通りダイクロイックミラーに導かれる。ダイクロイックミラーでは、励起光と比べ波長の長い蛍光を透過するように設計されており、蛍光はディテクタユニット4に到達する。ディテクタユニット4としては光電子増倍管が好適である。
【0016】
ディテクタユニット4で光電変換された蛍光の強度信号は、コントロールユニット5に入力される。コントロールユニット5では、解析ソフトウェアによってRICS解析が行われる。コントロールユニット5は、ディテクタユニット4からの蛍光強度信号と、スキャンユニット3からの走査位置情報とを対応づけてRICS解析を行う。RICS解析した結果は、適宜、表示装置6に表示され、また記憶装置7に記憶される。
【0017】
図1の右側には、本レーザ顕微鏡システムで得られる情報を模式的に示している。
サンプル8aにレーザ光を繰り返して走査照射して複数枚の蛍光画像8bを得る。このそれぞれの蛍光画像8bに基づいて蛍光強度に関するデータ8cを求めて、解析ソフトウェアに入力する。解析ソフトウェアは、それぞれのデータ8cに基づいてRICS解析を実行する。即ち、空間相関計算を行って空間相関関数図8dを求め、その結果と基準となる空間相関関数図との間でフィッティング解析を行う。
【0018】
なお、使用者は、表示装置6に表示された生体画像に対して、コントロールユニット5を介してROIを設定することができる。表示装置6には、生体画像と設定されたROIを表す領域とが合成して表示される。
【0019】
図2は、本実施の形態のレーザ顕微鏡システムに搭載される画像処理装置の動作手順を示すフローチャートである。
図2のステップS01において、コントロールユニット5は、生体の蛍光顕微鏡画像11を表示装置6に表示する。
【0020】
図3は、本実施の形態の表示装置6に表示される処理画面10を示す図である。
処理画面10は、3つの表示領域を備えている。左上の第1のブロックには、蛍光顕微鏡画像11が表示される。右上の第2のブロックには、領域分類画像12が表示される。右下の第3のブロックには、領域割合図15が表示される。領域分類画像12及び領域割合図15の詳細については後述する。
【0021】
蛍光顕微鏡画像11には複数の領域を含んでいる。各領域は、撮影手法や染色手法に応じて、形体やコントラスト・色彩の違いとして区別することができる。ただし、蛍光顕微鏡画像11のどの部分がどの領域に帰属するかを決定する際には、ROIの位置を選定するのに必要な情報が得られれば十分である。従って、全ての領域を区別する必要は無く、生物学的な定義と厳密に対応して区別する必要は無い。例えば、細胞の画像において核と細胞質の割合に着目する場合は、細胞質に含まれる様々な細胞内小器官をそれぞれ区別する必要は無く、すべて細胞質という領域として良い。第1の実施の形態では、細胞外・細胞質・核の三種類の領域から構成されているとして説明する。
【0022】
なお、複数の領域の例としては、上述の培養細胞の画像であれば、培養液に点在する細胞の中に、核・細胞質・細胞内小器官などの領域がある。生物個体の一部の画像であれば、各臓器や血管系が異なる領域として区別される。また、各臓器を構成する個別の組織を別の領域とすることができる。
【0023】
ステップS02において、コントロールユニット5は、蛍光顕微鏡画像11に含まれる複数の領域を同定する。すなわち、上述のように蛍光顕微鏡画像11を細胞外・細胞質・核の三種類の領域に同定する。領域の同定は、コントロールユニット5を介して、使用者が画像情報と既知の知見に基づいて手動で同定しても良く、コントロールユニット5が公知の画像解析ソフトウェアの支援により自動的・半自動的に行っても良い。
【0024】
ステップS03において、コントロールユニット5は、同定した複数の領域を区分して表した領域分類画像12を処理画面10に表示する。
【0025】
ステップS04において、コントロールユニット5は、領域分類画像12から各画素の種別情報を取得する。種別情報とは、各画素が上述のいずれの領域に属するかを示す情報である。
【0026】
種別情報は、例えば、整数値で表しても良い。その場合、種別情報Iは、画素の座標(x,y)に対して整数値を返す関数と定義することができる。あるいは、画素(x,y)の値を実数の行列C(x,y)として表したときに、画素(x,y)に対応する種別情報を整数の行列I(x,y)として表しても良い。このように表すことで、数学的な取扱いが容易となる。
【0027】
例えば、細胞の画像において、細胞外・細胞質・核の三種類の領域を、細胞外に対して0、細胞質に対して1、核に対して2という種別情報を割り当てる。座標(10,20)に位置する画素が細胞質領域に含まれることは、式(1)で表される。
I(10,20)=1 ・・・式(1)
このI(x,y)のデータは、記憶装置7に保存しておき、解析時に読み出すようにすることができる。その際、I(x,y)のデータは、独立したファイルとして保存しても良いし、複数の画像データを格納することができるファイル形式であれば、元の画像データに対応させて、同一ファイルに保存することもできる。
【0028】
ステップS05において、コントロールユニット5は、ROIを設定する使用者の操作をサポートする。
【0029】
使用者は、図3の領域分類画像12上でROIを設定する操作を実行する。但し、使用者は、蛍光顕微鏡画像11上でROIを設定する操作を実行しても良い。一方の画像上でROIを設定する操作を行なった場合、他方の画像上の対応する位置にもROIが表示される。その際、一方の画像上でROI操作しているときに、他方の画像に操作中のROIを表示するかどうかは、使用者が選択することができる。
【0030】
使用者は、処理画面上で不図示のメニューバーから、ROI設定モードを選択する。ROIを示す枠13は、領域分類画像12、蛍光顕微鏡画像11のいずれかの画像上にマウスカーソル14を移動させ、最初にマウスのボタンを押下げることによって現出する。ROIの大きさが解析手法の設定によってあらかじめ決定している場合は、その場に仮のROIが設定される。ROIの大きさが任意である場合は、その場でROIの形状(正方形、長方形、丸、楕円など)及びサイズを選択するモードに移行する。
【0031】
例えば、使用者が長方形のROIを希望する場合は、以下のようにその大きさが決定される。マウスのボタンが初めて押下げられた位置を始点とし、そのボタンを押下げたままマウスを移動するに従いROIの枠の大きさが変化し、ボタンを放した位置を終点とする長方形がROIとして設定される。
【0032】
ステップS06において、コントロールユニット5は、ROI中の各領域の割合を計算して表示する。
【0033】
ROI中で、種別情報インデックスがiである領域(以下、領域iと記述する)に属する画素の数S(i)は、I(x,y)=iである画素の数である。すなわち、S(i)は、式(2)で表される。
【数1】

【0034】
領域iのROI中の占有率R(i)は、ROI中の全画素数Nを用いて、式(3)で表すことができる。
【数2】

【0035】
使用者の関心がROI中の領域iの割合だけの場合は、R(i)をROIの特徴を表す値として使用者に提示することができる。また、使用者の関心が要素i,j,k,...にある時は、<R(i),R(j),R(k),...>の値の組を使用者に提示することができる。図3の領域割合図15には、ROI中の細胞外、細胞質、核のそれぞれの領域の割合が表示される。なお、領域割合図15に表示したい領域は、使用者が不図示の設定画面より指定することができる。
【0036】
ステップS07において、コントロールユニット5は、ROIの移動に合せてROIの表示と各領域の割合の表示とを更新する。
【0037】
使用者がROIの枠上でマウスのボタンを押下げ、そのボタンを押下げたままマウスを移動(マウスのドラッグ)することによってROIを移動することができる。マウスをドラッグすると、マウスカーソル14の動きに追随してROIの枠13が移動する。ROIの枠13の移動にともなって、ROI中の各領域の割合が変化する。
【0038】
図4は、本実施の形態のROIの移動に伴う、ROI中の各領域の割合が変化する状態を示す図である。
【0039】
図4に示すように、使用者がROIを移動するとリアルタイムでそのROIの位置での各領域の割合が表示されるので、使用者は移動中のROIの状況を容易に把握することができる。ROIが、画像上の位置、および各領域の割合の情報から望ましい位置にあると使用者が判断した場合、使用者はその位置でROIの移動を停止してROIを確定する。
【0040】
次に、領域割合図15に領域iの割合をリアルタイムで表示する方法について説明する。なお、以下では、特に区別の必要があるとき以外は、領域割合図15に表示される領域iの割合を、<R(i)>と表す。
【0041】
<R(i)>の計算は、式(2)、式(3)に示すように簡便であるため、現在一般的に用いられている計算機を用いて高速に計算することができる。従って使用者が、画像中に任意の形状・大きさのROIを設定すれば、ROIの移動に合せてリアルタイムで計算し表示することが可能である。
【0042】
また、使用者がROIの形状・大きさを指定した際、画像中ですべての可能なROIの位置に対して<R(i)>を計算しておくことも容易に可能である。すなわち、ROIの形状、大きさに対応して定義される代表座標(x,y)と、計算したRi(x,y),Rj(x,y),Rk(x,y),...とを対応付けてメモリに保存する。使用者がROIを移動する操作を行っているときに、ROIの代表座標(x,y)に対応する<R(i)>をメモリから抽出することで、使用者に対してリアルタイムで<R(i)>を提示することができる。
【0043】
図5は、本実施の形態のROIを設定する実施例を示す図である。
【0044】
蛍光顕微鏡画像11では、蛍光分子は、細胞内の細胞質に存在するため、輝度の高いところが細胞質であり、細胞質に囲まれた領域が核であると容易に判別することができる。領域分類画像12は、この輝度の違いに基づき、使用者が手動で分類を行って作成した図である。なお、領域分類画像12と共に分類の凡例が示されている。
【0045】
この領域分類画像上に複数のROIを設定した。単一の領域に内包されるROIは、領域分類画像12によらずとも、蛍光顕微鏡画像11を見ながらでも容易に行うことができる。そのようにして、核のみを含むROIとして図中B,Gを、細胞質のみを含むROIとして図中D,Fを設定することができる。
【0046】
細胞質を50%含むROI(図中A,E)の設定は、マウスによってROIの枠を、細胞の縁付近で移動し、画面に表示される細胞質の占有率R(i=1)の値が0.5(50%)になった位置でROIを確定する事によって行なうことができる。
【0047】
核を30%含むROI(図中C,H,I)の設定は、マウスによってROIの枠を、核の縁付近で移動し、画面に表示される核の占有率R(i=2)の値が0.3(30%)になった位置でROIを確定する事によって行なうことができる。図中IのROIは、核・細胞質・細胞外すべての領域を含み、<R(0),R(1),R(2)>=<0.1,0.6,0.3>である。R(2)にのみ注目すれば図中CやHと同様の領域と見なすこともできるし、核と細胞質のみを含むROIを選択したければ、R(0)=0となるように注意してROIの場所を選択することができる。
【0048】
従来は、使用者が目視によって、おおよその見当でROIを確定していたのに対して、本実施の形態では、R(i)の値を見ながらROIを確定できるので、容易に再現性の高い設定を行うことができる。
【0049】
続いて、上述の機能を用いてRICS解析を実施する方法について説明する。
【0050】
培養神経細胞(Neuro2a)の細胞膜に発現するGM1(ガングリオシド)に特異結合するCTxB(コレラ毒素Bサブユニット)の系を用いた実施例を示す。AlexaFluo488を結合したCTxB(CTxB−Alx488)を培養細胞液に添加することによって、10分以内で蛍光標識CTxBが細胞膜に結合していることが観察された。CTxB−GM1複合体は膜上において並進拡散しているものと思われる。細胞膜にて結合した複合体は時間と共に細胞内にエンドサイトーシスによって取り込まれ、細胞質内にてダイナミックに動く輝粒エンドソームが見られた。この実験条件下において、以下のようにRICS計測を行った。
【0051】
図6は、本実施の形態のコントロール細胞に対してROIを膜を含みながら移動させて拡散係数を求めた結果を示す図である。
図6(1)〜図6(7)に示すように、少しずつ細胞外を多く含む領域から細胞質を多く含む領域へとROIをずらしながら各位置において解析を行った。さらにROI内細胞質のROI全体に対する割合(r)をそれぞれの位置で取得した。この割合(r)は、上述の領域割合図15に表示された値に基づいている。
【0052】
図7は、本実施の形態のコントロール細胞に対して測定した拡散係数と割合(r)との関係を示す図である。
図7に示すように、横軸に割合(r)、縦軸に拡散係数D1をプロットすると、右肩下がりの曲線が得られた。
【0053】
コントロール細胞ではCTxBは細胞膜のGM1と結合した後、CTxB/GM1複合体はエンドサイトーシスによって取り込まれ、エンドソームとして細胞内を移動する。ROI内の細胞質の割合を増やすにつれ、ROI(r<0.2〜0.4)では拡散係数が少しずつ減少し、その後、細胞質の割合が半分以上になるr=0.5〜1.0ではDの値はほぼ一定となった。(D=0.5)。
【0054】
これは、ROIが占める細胞質の割合が増えるにつれて、細胞質に取り込まれたエンドソームの動きの影響を受けて、拡散係数が序々に小さくなったと考えられる。つまり、細胞膜における分子拡散に比べて、エンドサイトーシスの拡散のほうが遅いことから、このような傾きが認められたと言える。
【0055】
即ち、r=1では全てが細胞質のエンドソームの結果を示し、rが小さくなるにつれて細胞質の影響が少なくなって細胞膜の影響がクローズアップされると考えられる。そうとすれば、実際にはROIのサイズや形状による制約があるために膜のみを選択して計測することが出来ないが、r=0の領域が細胞質の影響を全く受けない領域、即ち、このr=0(グラフではy切片にあたる)での拡散係数値は膜のみの分子拡散係数と推測できる。
【0056】
この推測を裏付けるため、細胞膜の構造を変化させた場合のCTxB分子挙動を測定した結果について説明する。
細胞膜、特にラフト領域にはコレステロール分子が多く含まれていると言われているが、Methylbcychlodextrin(MβC)によって膜コレステロールを除去すると、エンドサイトーシスによるCTxB分子の取り込みが抑制された結果、多くの複合体(蛍光蛋白質)は膜に留まる。
【0057】
図8は、本実施の形態のMβC処理細胞に対して測定した拡散係数と割合(r)との関係を示す図である。
図8(1)〜図8(6)に示すように、少しずつ細胞外を多く含む領域から細胞質を多く含む領域へとROIをずらしながら各位置において解析を行った。さらにROI内細胞質のROI全体に対する割合(r)をそれぞれの位置で取得した。この割合(r)は、上述の領域割合図15に表示された値に基づいている。
【0058】
図9は、本実施の形態のMβC処理細胞に対して、ROIが膜を含みながら移動して解析した結果を示す図である。
図9に示すように、解析結果から横軸に割合(r)、縦軸に拡散係数D1をプロットすると、ROIの位置に関わらず、MβC処理細胞では拡散係数の変動が少ない特性が得られた。この結果から、細胞内のエンドソームの影響をあまり受けずに膜依存の分子情報が得られたと考えられる。
【0059】
図10は、本実施の形態の複数のコントロール細胞とMβC処理細胞とについて計測し、統計的処理を行った結果を示す図である。
【0060】
コントロール細胞はMβC処理細胞に比べてCTxBのエンドサイトーシス取り込みが盛んで、細胞内エンドソームに包まれたCTxBが多いことから、エンドソームの比較的遅い動きに影響される。従って、細胞質領域が多くなるようにROIを動かすにつれてD値が小さくなった(右肩下がりの線)。
これに対して、MβC処理細胞ではエンドサイトーシスが抑制されることからエンドソームの影響が少ない。このため、ROIを移動してもD値の変動が少なかった(フラットの線)。
【0061】
この2つの線を外挿して求めたy軸切片での値はほぼ等しい値であることがわかる。図10に示すこの結果は、コントロール細胞のカーブがy軸切片と交差するD値はエンドソームの影響を全く受けない、膜のみの拡散係数を表わすと判断できる根拠となるものである。従って、図10に示すように、コントロール細胞のカーブを求め、そのカーブがy軸切片と交差するD値を膜上CTxB分子の拡散係数とする方法は、膜のみの拡散係数を知るうえで簡便でかつ有効な方法と考えられる。また、コントロール細胞のカーブの形状からCTxB分子が細胞内に取り込まれる状況を推測することが可能となり、細胞への試薬投与によって起こる細胞膜の機能変化を調べることが出来る。
【0062】
この解析方法はROIの位置をずらしてその位置ごとのD値を計測して解析を行うものである。しかし、ROIの位置を取得画像におけるピクセル座標とすると、異なる位置に存在する複数の細胞からの計測値を比較することが出来ない。そこで位置パラメータとして割合(r)を使用することによって、図10に示すように同じ実験条件下の複数の細胞から得られた計測値を統計処理したり、異なる実験条件下の計測値を比較することが可能となる。
【0063】
以上説明したように、同一ROI内において異なる動きを示す分子が混在する場合、ROI位置を変えながら各位置での計測を行うことによって位置情報も加えて計測結果を評価することが可能となる。本実施の形態で述べた方法は、エンドソームと細胞膜蛋白質の動きの違いのみならず、例えば細胞質と核における分子の挙動の違いを調べるのにも有効な方法と考えられる。
【0064】
なお、上述の実施の形態では、ROIが膜を含みながら1方向に移動して解析したがこの形態に限られず、例えば、割合(r)が、0.1→1→0.2→0.9→0.3→0.8→・・・と、膜をはさんで交互に位置するようにROIを移動して解析しても良い。このように移動することで、測定に要する時間経過の影響を緩和することができる。
【0065】
また、割合(r)が同じ値となる異なる複数の位置での解析をまとめて実施しても良い。例えば、割合が0.1となる位置での解析を複数実施し、その後、割合が0.2となる位置での解析を複数実施し、・・・割合が1.0となる位置での解析を複数実施するといった移動方法を採用しても良い。
【0066】
さらに、ROIの位置は、使用者が手動で移動して設定しても良く、コントロールユニット5が自動で移動して設定しても良い。ROIのサイズが、解析手法の要請によって予め決定している場合、あらかじめ領域分類画像12に基づいて、すべての可能なROIの位置での占有率を計算しておくことが可能である。そして、その情報を元にして、コントロールユニット5が、使用者が指定した割合の位置に自動でROIを移動して解析することができる。
【0067】
本実施の形態で開示したROI選択を補助する手法を用いれば、細胞質の割合が同一のROIを多数選択することができるため、それらのROIそれぞれについて得られた拡散係数について平均値を算出するなどの処理が可能である。従って、各ROIで拡散係数を求めた結果をディスク上に記録する際に、そのROI中での細胞質の割合を同時に記録しておき、後の操作で統計的な解析を行う際に、その記録を呼び出して細胞質の割合の情報を解析に利用することができる。
【0068】
なお、上述の各実施の形態で説明した機能は、ハードウェアを用いて構成するに留まらず、ソフトウェアを用いて各機能を記載したプログラムをコンピュータに読み込ませて実現することもできる。また、各機能は、適宜ソフトウェア、ハードウェアのいずれかを選択して構成するものであっても良い。
【0069】
尚、本発明は、上記実施形態そのままに限定されるものではなく、実施段階ではその要旨を逸脱しない範囲で構成要素を変形して具体化できる。
上記実施形態に開示されている複数の構成要素の適宜な組み合せにより種々の発明を形成できる。例えば、実施形態に示される全構成要素から幾つかの構成要素を削除してもよい。更に、異なる実施形態に亘る構成要素を適宜組み合せてもよい。
【符号の説明】
【0070】
1…顕微鏡本体、2…レーザコンバイナー、2b…ROI、3…スキャンユニット、3b…ROI、4…ディテクタユニット、5…コントロールユニット、6…表示装置、7…記憶装置、8a…サンプル、8b…蛍光画像、8c…データ、10…処理画面、11…蛍光顕微鏡画像、12…領域分類画像、13…枠、14…マウスカーソル。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体の挙動を測定して解析する装置を用いて前記生体の測定領域内に含まれる小領域の特徴量を取得する方法であって、
前記小領域に隣接する他の小領域の割合を変化させて前記測定領域を移動して前記生体の挙動を測定して解析値を取得し、
前記他の小領域の割合と取得した解析値との関係から、前記他の小領域の割合が0である場合の解析値を算出し、
算出した解析値を前記小領域の特徴量とすること
を特徴とする特徴量の取得方法。
【請求項2】
前記生体の挙動を測定して解析する装置は、前記小領域に隣接する他の小領域の割合を提示するようになされていることを特徴とする請求項1に記載の特徴量の取得方法。
【請求項3】
前記小領域を境として、前記小領域の一方の側から他方の側に前記測定領域を移動させつつ前記生体の挙動を測定して解析値を取得することを特徴とする請求項2に記載の特徴量の取得方法。
【請求項4】
前記小領域を境として、前記小領域の一方の側と他方の側とに交互に前記測定領域を移動させつつ前記生体の挙動を測定して解析値を取得することを特徴とする請求項2に記載の特徴量の取得方法。
【請求項5】
前記小領域が膜領域であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の特徴量の取得方法。
【請求項6】
生体の挙動を測定して解析する装置に搭載されて前記生体の測定領域内に含まれる小領域の特徴量を取得する特徴量取得装置であって、
前記小領域に隣接する他の小領域の割合を変化させて前記測定領域を移動して前記生体の挙動を測定して解析値を取得する解析値取得手段と、
前記他の小領域の割合と取得した解析値との関係から、前記他の小領域の割合が0である場合の解析値を算出する解析値算出手段と、
算出した解析値を前記小領域の特徴量とする特徴量取得手段と
を備えたことを特徴とする特徴量取得装置。
【請求項7】
前記特徴量取得装置は、前記小領域に隣接する他の小領域の割合を算出する割合算出手段を有し、
前記解析値取得手段は、前記算出される割合が所定の割合となる位置に前記測定領域を移動して前記生体の挙動を測定することを特徴とする請求項6に記載の特徴量取得装置。
【請求項8】
前記解析値取得手段は、前記小領域を境として、前記小領域の一方の側から他方の側に前記測定領域を移動させつつ前記生体の挙動を測定して解析値を取得することを特徴とする請求項7に記載の特徴量取得装置。
【請求項9】
前記解析値取得手段は、前記小領域を境として、前記小領域の一方の側と他方の側とに交互に前記測定領域を移動させつつ前記生体の挙動を測定して解析値を取得することを特徴とする請求項7に記載の特徴量取得装置。
【請求項10】
前記小領域が膜領域であることを特徴とする請求項5乃至9のいずれか1項に記載の特徴量取得装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−198140(P2012−198140A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−63143(P2011−63143)
【出願日】平成23年3月22日(2011.3.22)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】