説明

環境調和型超原子価ヨウ素試剤

【課題】 本発明の課題は安価で入手容易な原料から合成でき,かつ,再利用可能な環境調和型超原子価ヨウ素反応試剤を提供することにある。
【解決手段】 上記課題解決のため,ジアセトキシヨード基,ヒドロキシ(トシルオキシ)ヨード基などの超原子価ヨード基をオリゴフェニル導入した超原子価ヨードオリゴフェニルを開発した。この超原子価ヨードオリゴフェニルは安価なヨウ素置換オリゴフェニルから合成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は超原子価ヨウ素化合物に関するもので,有機合成の属する分野,およびその他の分野で利用される環境調和型反応試剤に供するものである。
【背景技術】
【0002】
超原子価ヨウ素化合物は,高い反応性と利用のしやすさから有機合成の多くの場面で利用されている。例えば,(ジアセトキシヨード)ベンゼンはTEMPOと組み合わせて,アルコールをアルデヒドあるいはケトンに変換する際の酸化剤として用いられている。この反応は基質の分子内に二重結合が存在しても,それに影響を与えず進行する。また,[ヒドロキシ(トシルオキシ)ヨード]ベンゼンは,カルボニル化合物のα−トシル化剤として多用されている。得られたα−トシルカルボニル化合物のトシル基は種々の官能基に変換可能である。従って,カルボニル化合物のα−官能基化に有用である。
【0003】
以上のように超原子価ヨウ素化合物は極めて有用な反応試剤として種々の反応に用いられている。一方,反応終了後,ヨードベンゼンの副生を避けることができず,このヨードベンゼンがしばしば目的物の単離の妨げとなる。この欠点を解消するため,超原子化ヨウ素化合物をポリマーに担持した,高分子担持型超原子価ヨウ素化合物が開発されている。例えばポリ[4−(ジアセトキシヨード)スチレン]を用いた反応では,反応終了後,ポリ(4−ヨードスチレン)を副生するが,これは多くの反応溶媒に不溶であるため,ろ過で簡単に取り除くことができる。また,回収したポリ(4−ヨードスチレン)は過酢酸で処理することによりポリ[4−(ジアセトキシヨード)スチレン]に再生することができ,再度利用することが可能である。
【0004】
高分子担持型超原子価ヨウ素化合物は反応後の処理が簡便であり,再利用可能な有用な反応試剤であるが,ポリマーであるが故,ポリマーへの超原子化ヨウ素の定量的導入とその評価に限界がある。また,対応する小分子型試剤と比べ,反応性が劣るという欠点を有している。これに対し,近年,下記構造式で示される溶媒に難溶性の小分子型超原子価ヨウ素化合物,1,3,5,7−テトラキス[4−(ジアセトキシヨード)フェニル]アダマンタン,1,3,5,7−テトラキス[4−[ヒドロキシ(トシルオキシ)ヨード]フェニル]アダマンタン,テトラキス[4−(ジアセトキシヨード)フェニル]メタン,テトラキス[4−[ヒドロキシ(トシルオキシ)ヨード]フェニル]メタンが開発され,その有用性が報告されている。
【0005】
【化1】


【0006】
これらの小分子型超原子価ヨウ素化合物,および反応後副生する4−ヨード体は極性溶媒に難溶であり,ろ過により回収,超原子価ヨウ素化合物の原料として再利用することができる。さらにその反応性は(ジアセトキシヨード)ベンゼン,[ヒドロキシ(トシルオキシ)ヨード]ベンゼンと同等,またはそれ以上である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のように1,3,5,7−テトラキス[4−(ジアセトキシヨード)フェニル]アダマンタン,1,3,5,7−テトラキス[4−[ヒドロキシ(トシルオキシ)ヨード]フェニル]アダマンタン,テトラキス[4−(ジアセトキシヨード)フェニル]メタン,テトラキス[4−[ヒドロキシ(トシルオキシ)ヨード]フェニル]メタンは副生物の回収,原料として再利用可能な環境調和型超原子価ヨウ素化合物である。しかしながら,原料である1,3,5,7−テトラフェニルアダマンタンは入手困難であり,その合成は頻雑である。また,テトラフェニルメタンは高価な化合物である。より入手しやすい安価な原料から合成可能な環境調和型超原子価ヨウ素化合物が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで,発明者らは鋭意研究を重ね,本発明を完成するに至った。すなわち,本発明は下記構造式
【0009】
【化2】

【0010】
(式中,R,Rはアセトキシ基,トリフルオロアセトキシ基,水酸基,トシル基から選択され,nは0以上の整数から選ばれる。ただし,R,Rのいずれか一方が水酸基の場合,他方はトシル基で,R,Rのいずれか一方がアセトキシ基の場合,他方はアセトキシ基かトリフルオロアセトキシ基で,R,Rのいずれか一方がトリフルオロアセトキシ基の場合,他方はアセトキシ基かトリフルオロアセトキシ基で,R,Rが同一でアセトキシ基,トリフルオロアセトキシ基の場合,nは1以上の整数から選ばれる。)で示される新規超原子価ヨウ素化合物,及び下記構造式
【0011】
【化3】

【0012】
(式中,R,Rはアセトキシ基,トリフルオロアセトキシ基,水酸基,トシル基から選択され,Rはハロゲン,水素から選択され,nは0以上の整数から選ばれる。ただし,R,Rのいずれか一方が水酸基の場合,他方はトシル基で,R,Rのいずれか一方がアセトキシ基の場合,他方はアセトキシ基かトリフルオロアセトキシ基で,R,Rのいずれか一方がトリフルオロアセトキシ基の場合,他方はアセトキシ基かトリフルオロアセトキシ基で,Rが塩素,水素の場合,nは1以上の整数から選ばれる)で示される新規超原子価ヨウ素化合物に関するものである。
【0013】
以下に本発明の代表例として下記構造式1〜3で示される新規超原子価ヨウ素化合物を取り上げ本発明の有用性を明らかにする。
【0014】
【化4】

【0015】
本発明の代表例である構造式1〜4で示される4,4”−ビス(ジアセトキシヨード)−p−ターフェニル(1),4−ブロモ−4”−(ジアセトキシヨード)ビフェニル(2),4−ブロモ−4”−[ヒドロキシ(トシルオキシ)ヨード]ビフェニル(3)は文献未載の新規化合物で下記反応式に従って容易に合成することができる。これは例示であり変形可能なことは当業者には明らかであろう。
【0016】
【化5】

【0017】
代表例1あるいは2は,それぞれ酸化剤の存在下,4,4”−ジヨード−p−ターフェニルあるいは4−ブロモ−4”−ヨードビフェニルに酢酸を作用させることで得られる。酸化剤としては過ホウ酸ナトリウム,m−クロロ過安息香酸,過酸化水素などから適宜選択される。また,過酢酸を用いてもよい。反応温度は使用する酸化剤などにより異なり,0℃から酢酸の還流温度までの間で選択されるが,好ましくは室温付近である。反応に要する時間は使用する酸化剤,反応温度により異なるが,1時間から48時間の間で適宜選択される。
代表例3は酸化剤の存在下,4−ブロモ−4”−ヨードビフェニルにp−トルエンスルホン酸を作用させることで得られる。酸化剤としては過ホウ酸ナトリウム,m−クロロ過安息香酸,過酸化水素などから適宜選択される。また,2にp−トルエンスルホン酸を反応させることで3を得ることができる。反応温度は0℃から100℃までの間で選択されるが,好ましくは室温付近である。反応に要する時間は使用する酸化剤,反応温度により異なるが,1時間から48時間の間で適宜選択される。
【0018】
以上のように本発明化合物は簡便に合成することができる。以下に本発明化合物を反応試剤として用いた参考例を示し,本発明化合物の有用性を明らかにする。これは例示でありこれに限定されるものではない。
参考例1桂皮アルコールの酸化
【0019】
【化6】

【表1】

【0020】
通常の小分子型超原子価ヨウ素である4−(ジアセトキシヨード)トルエンを比較対照例として用いた。上記のように触媒量のTEMPOの存在下,室温で反応させたところ,どの反応試剤でも高収率で桂皮アルデヒドが得られた。本発明化合物1,2を用いた場合は反応終了後,アルコールを加えることにより,4,4”−ジヨード−p−ターフェニル,4−ブロモ−4”−ヨードビフェニルが沈殿し,ろ過により回収することができた。回収したヨウ素化合物を酸化剤の存在下,酢酸を作用させることにより,1,2を再生することができた。比較対照例の副生物であるヨードトルエンは反応終了後,回収することができなかった。
参考例2ケトンのα−トシルオキシ化
【0021】
【化7】

【表2】

【0022】
通常の小分子型超原子価ヨウ素である4−[ヒドロキシ(トシルオキン)ヨード]トルエンを比較対照例として用いた。上記のようにアセトニトリル中,還流条件下で反応させたところ,どちらの反応試剤でも高収率で対応するα−トシルオキシケトンが得られた。3を用いた場合は反応終了後,アルコールを加えることにより,4−ブロモ−4”−ヨードビフェニルが沈殿するので,ろ過で回収することができる。回収した4−ブロモ−4”−ヨードビフェニルを再酸化することにより,3を再生することができる。比較対照例の副生物であるヨードトルエンは反応終了後,カラムクロマトグラフィーを用いることにより,回収できたが,ごく低収率であった。
【発明の効果】
【0023】
以上のように,本発明化合物である新規低分子型超原子価ヨウ素化合物は,安価で入手しやすいオリゴフェニル化合物を原料として利用することができ,反応性も従来の低分子型超原子価ヨウ素化合物と比べて遜色ない。さらに反応終了後,回収,再酸化することにより,再生することができ,反応試剤として再利用可能である。このことから,本発明化合物は,極めて有用な環境調和型超原子価ヨウ素化合物といえる。
【実施例】
【0024】
以下に本発明の好ましい実施例を記載するが,これは例示の目的であり,本発明を制限するものではない。本発明の範囲内では変形が可能なことは当業者には明らかであろう。
【実施例1】
【0025】
4,4”−ビス(ジアセトキシヨード)−p−ターフェニルの合成
4,4”−ジヨード−p−ターフェニル964mg(2mmol),mCPBA2.08g(12mmol)をクロロホルム300ml,酢酸40mlに入れ,室温にて24時間撹拌した後,エバポレーターでクロロホルムを減圧回収した。酢酸残渣にヘキサンを加え2〜4時間撹拌し,析出した結晶をろ取後,酢酸にて再結晶し,4,4”−ビス(ジアセトキシヨード)−p−ターフェニル1.41g(収率98%)を得た。
以下に得られた4,4”−ビス(ジアセトキシヨード)−p−ターフェニルの物性値を示す。
mp:214℃(decomp.)
IR(KBr)2360,1560,1390,1000,800cm−1H NMR(CDCl)δ=2.04(12H,s),7.71(4H,s),7.73(4H,d,J=8.5Hz),8.19(4H,d,J=8.5Hz));Elemental analysis:calcd.for C2624・3CHCOH C42.78,H4.4,I28.25;found C42.67,H4.24,I28.30
【実施例2】
【0026】
4,4’−ビス[ヒドロキシ(トシルオキシ)ヨード]ビフェニルの合成
4,4’−ジヨードビフェニル2.03g(5mmol),TsOH・HO 2g(11mmol),mCPBA2.1g(11mmol)をクロロホルム60mlに入れ,室温で4時間撹拌した後,エーテルを加え析出した結晶をろ取,乾燥し4,4’−ビス[ヒドロキシ(トシルオキシ)ヨード]ビフェニル3.32g(収率85%)を得た。
以下に得られた4,4’−ビス[ヒドロキシ(トシルオキシ)ヨード]ビフェニルの物性値を示す。
mp:104℃(decomp.)
IR(KBr)3700−3200,1470,1190,1130,1040,800,600cm−1H NMR(CDCl+3drops of CFCOH)δ=2.45(6H,s),7.33(4H,g,J=8.2Hz),7.72(4H,d,J=8.2Hz),7.81(4H,d,J=8.7Hz),837(4H,d,J=8.7Hz)
【実施例3】
【0027】
4−ブロモ−4’−(ジアセトキシヨード)ビフェニルの合成
4−ブロモ−4’−ヨードビフェニル2.7g(7.5mmol),NaBO・4HO 5.8g(37.5mmol)を酢酸300mlに加え,50℃で1時間攪拌した後,さらにNaBO・4HO 5.8g(37.5mmol)を加え,50℃で24時間攪拌した。反応後,ろ過し,ろ液をクロロホルムと水で分液し,硫酸ナトリウムで乾燥した。ろ過後,エバポレータで濃縮し,4−ブロモ−4’−(ジアセトキシヨード)ビフェニル3.53g(収率99%)を得た。
以下に得られた4−ブロモ−4’−(ジアセトキシヨード)ビフェニルの物性値を示す。
mp:171℃
IR(KBr)2400−2300,1560,1410,1000,800cm−1H NMR(CDCl)δ=2.03(6H,s),7.45(2H,d,J=8.5Hz),7.62(2H,d,J=8.5Hz),7.65(2H,d,J=8.5Hz),8.15(2H,d,J=8.5Hz);13CNMR(CDCl)δ=20.52(p),120.54(q),123.23(q),128.99(t),129.49(t),132.39(t),135.68(t),138.15(q),143.84(q),176.61(q);Elemental analysis:calcd.for C1614BrIOC40.28,H2.96;found C40.25,H3.06
【実施例4】
【0028】
4−ブロモ−4’−[ヒドロキシ(トシルオキシ)ヨード]ビフェニルの合成
4−ブロモ−4’−ヨードビフェニル1.8g(5mmol),TsOH・HO 1.1g(6mmol),mCPBA1.15g(6mmol)をクロロホルム15mlに入れ,室温で4時間撹拌した後,エーテルを加え析出した結晶をろ取,乾燥し4−ブロモ−4’−[ヒドロキシ(トシルオキシ)ヨード]ビフェニル2.38g(収率87%)を得た。
以下に得られた4−ブロモ−4’−[ヒドロキシ(トシルオキシ)ヨード]ビフェニルの物性値を示す。
mp:98−100℃
IR(KBr)3700−3200,1480,1390,1190,1130,1040,1000,800,600cm−1H NMR(CDCl+3drops of CFCOH)δ=2.45(3H,s),7.35(2H,d,J=8.2Hz),7.48(2H,d,J=8.7Hz),7.66(2H,d,J=8.7Hz),7.73(2H,d,J=8.2Hz),7.77(2H,d,J=8.7Hz),8.29(2H,d,J=8.7Hz)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記構造式
【化1】

(式中,R,Rはアセトキシ基,トリフルオロアセトキシ基,水酸基,トシル基から選択され,nは0以上の整数から選ばれる。ただし,R,Rのいずれか一方が水酸基の場合,他方はトシル基で,R,Rのいずれか一方がアセトキシ基の場合,他方はアセトキシ基かトリフルオロアセトキシ基で,R,Rのいずれか一方がトリフルオロアセトキシ基の場合,他方はアセトキシ基かトリフルオロアセトキシ基で,R,Rが同一でアセトキシ基,トリフルオロアセトキシ基の場合,nは1以上の整数から選ばれる。)で示される新規超原子価ヨウ素化合物。
【請求項2】
下記構造式
【化2】

(式中,R,Rはアセトキシ基,トリフルオロアセトキシ基,水酸基,トシル基から選択され,Rはハロゲン,水素から選択され,nは0以上の整数から選ばれる。ただし,R,Rのいずれか一方が水酸基の場合,他方はトシル基で,R,Rのいずれか一方がアセトキシ基の場合,他方はアセトキシ基かトリフルオロアセトキシ基で,R,Rのいずれか一方がトリフルオロアセトキシ基の場合,他方はアセトキシ基かトリフルオロアセトキシ基で,Rが塩素,水素の場合,nは1以上の整数から選ばれる)で示される新規超原子価ヨウ素化合物。

【公開番号】特開2008−63314(P2008−63314A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−269430(P2006−269430)
【出願日】平成18年9月4日(2006.9.4)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年3月13日 社団法人 日本化学会発行の「日本化学会第86春季年会(2006)講演予稿集CD−ROM」に発表
【出願人】(591105993)東京化成工業株式会社 (24)
【Fターム(参考)】