説明

環状ケトンの製造方法

【課題】医・農薬やその製造中間体等として利用できる環状ケトン(芳香環縮合シクロアルケノン)を効率的に製造する方法を提供する。
【解決手段】芳香環置換アルカン酸を、触媒存在下で、マイクロ波を照射して反応させ、一般式(II)
【化2】


(式中、環Aは単環または縮合多環の芳香環基を示し、その環を構成する原子には、窒素、酸素、硫黄またはセレンから選ばれる原子を含んでいてもよく、環上の水素原子の一部が反応に関与しない基で置換されていても差し支えない。また、pは1以上9以下の整数を示す。)
で表される環状ケトンを製造する。触媒としては、たとえば、ゼオライト等の固体酸触媒を使用できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芳香環置換フェニルアルカン酸を、触媒存在下で分子内環化させて得られる環状ケトンの効率的な製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
テトラロン、インダノン、ベンゾスベロン等の環状ケトン(芳香環縮合シクロアルケノン)は、医・農薬等の生理活性物質やその合成中間体として有用である。
それらの製造法として、芳香環置換アルカン酸を、酸触媒存在下で、フリーデル・クラフツ型反応により環化させる方法が知られているが、従来の製造法では、反応を進行させるために、多量の酸触媒の使用や高温での長時間の加熱等が必要であり(たとえば、非特許文献1〜2、特許文献1)、工業的に有利な方法とはいえなかった。
【非特許文献1】Ber.Deut.Chem.Ges.56,p.620(1923)
【非特許文献2】J.Org.Chem.46,p.2974(1981)
【特許文献1】特開2004−189620号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであって、芳香環置換アルカン酸から環状ケトンを、多量の酸性廃棄物を出すことなく短時間で効率的に製造することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、芳香環置換アルカン酸の分子内環化反応が、マイクロ波照射により著しく加速されることを見いだし、本発明を完成させるに至った。
すなわち、この出願は以下の発明を提供するものである。
〈1〉下記の一般式(I)
【化1】

(式中、環Aは単環または縮合多環の芳香環基を示し、その環を構成する原子には、窒素、酸素、硫黄またはセレンから選ばれる原子を含んでいてもよく、環上の水素原子の一部が反応に関与しない基で置換されていても差し支えない。また、pは1以上9以下の整数を示す。)
で表される芳香環置換アルカン酸を、触媒の存在下で、マイクロ波を照射して反応させることを特徴とする、下記の一般式(II)
【化2】

(式中、A及びpは前記と同じ意味である。)
で表される環状ケトンの製造方法。
〈2〉触媒が酸触媒であることを特徴とする〈1〉に記載の製造方法。
〈3〉酸触媒が、固体酸であることを特徴とする〈2〉に記載の製造方法。
〈4〉固体酸が、ゼオライト、モンモリロナイト、シリカ及び酸性ポリマーから選ばれる少なくとも一種であることを特徴とする〈3〉に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0005】
本発明の製法方法により、従来の方法に比べ短時間で効率的に環状ケトン(芳香環縮合シクロアルケノン)を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明の製造方法は、芳香環置換アルカン酸を、触媒の存在下、マイクロ波を照射して反応させることを特徴とする。
本発明において使用される芳香環置換アルカン酸は、下記の一般式(I)
【化1】

で表されるもので、環Aは単環または縮合多環の芳香環基を示し、その環を構成する原子には、窒素、酸素、硫黄またはセレンから選ばれる原子を含んでいてもよく、環上の水素原子の一部が反応に関与しない基で置換されていても差し支えない。また、pは1以上9以下の整数を示す。
そのような環Aの種類としては、ベンゼン環、ナフタレン環、フラン環、チオフェン環等が挙げられ、それらの環を有する芳香環置換アルカン酸の具体例としては、3−フェニルプロピオン酸、4−フェニル酪酸、4−(4−メトキシフェニル)酪酸、4−(4−トリル)酪酸、4−(4−フルオロフェニル)酪酸、4−(4−クロロフェニル)酪酸、4−(4−ニトロフェニル)酪酸、4−(2,5−ジメトキシフェニル)酪酸、5−フェニル吉草酸、6−フェニルヘキサン酸、7−フェニルヘプタン酸、8−フェニルオクタン酸、9−フェニルノナン酸、9−フェニルデカン酸、4−(2−フリル)ブタン酸、4−(2−チエニル)ブタン酸、4−(2−セレノフェニル)ブタン酸、3−(2−フリル)プロパン酸、3−(2−チエニル)プロパン酸等を挙げることができる。
【0007】
一方、本発明で製造される環状ケトンは、下記の一般式(II)
【化2】

で表されるもので、式中、A及びpは前記と同じ意味である。
それらの具体例としては、ベンゾシクロブテノン、ベンゾシクロペンテノン(1−インダノン)、ベンゾシクロヘキセノン(1−テトラロン)、7−メチル−1−テトラロン、7−メトキシ−1−テトラロン、7−フルオロ−1−テトラロン、7−ニトロ−1−テトラロン、5,8−ジメトキシ−1−テトラロン、ベンゾシクロヘプテノン(1−ベンゾスベロン)、ベンゾシクロオクテノン、ベンゾシクロノネノン、ベンゾシクロデセノン、ベンゾシクロドデセノン、4−オキソ−4,5,6,7−テトラヒドロオキサナフテン、4−オキソ−4,5,6,7−テトラヒドロチアナフテン、4−オキソ−4,5,6,7−テトラヒドロセレナナフテン等を挙げることができる。
【0008】
本発明では、フリーデル・クラフツ型の求電子置換反応で使われる従来公知の各種の触媒を用いることができる。それらの具体例としては、金属塩、金属酸化物等の無機物、有機物等、各種酸性化合物が挙げられ、無機物をより具体的に示せば、金属塩(アルミニウム、鉄等の塩化物、臭化物等)や、プロトン性水素原子あるいは金属カチオン(アルミニウム、チタン、ガリウム等)を有するゼオライト、モンモリロナイト、シリカ、ポリリン酸等の無機系固体酸が挙げられ、また有機物をより具体的に示せば、スルホン酸基を有するナフィオン等の酸性ポリマーや他の有機系固体酸が挙げられる。この中のゼオライトの種類としては、Y型、Beta型、ZSM−5型、Mordenite型、SAPO型等の基本骨格を有する各種のゼオライトを使用できる。また、シリカ等にナフィオン等の有機系酸性化合物を担持した触媒を用いることもできる。触媒の量は、所望する反応速度等に応じて任意に決めることができるが、原料に対する重量比として、通常0.0001〜200であり、好ましくは0.002〜150、より好ましくは0.005〜100である。
【0009】
反応の温度は、−20℃以上、好ましくは0〜300℃、より好ましくは、40〜290℃であり、反応時間は反応温度にもよるが、0.5〜120分、好ましくは0.5〜100分、より好ましくは0.5〜80分程度である。
【0010】
また、反応は、溶媒の有無にかかわらず実施できるが、溶媒を用いる場合には、デカリン、デカン等の炭化水素、クロロベンゼン、1,2−又は1,3−ジクロロベンゼン、1,2,4−トリクロロベンゼン等のハロゲン化炭化水素、ジブチルエーテル等のエーテル等、原料と反応するものを除いた各種の溶媒が使用可能で、2種以上混合して用いることもできる。
【0011】
本発明において照射するマイクロ波の出力や周波数、照射方法は、特に限定されるものではなく、反応温度が所定の範囲に保持できるように制御すればよい。マイクロ波の周波数は、通常、0.3GHz〜30GHzである。0.3GHz未満又は30GHzを超える周波数範囲では、環化反応が不十分となり環状ケトンの形成促進効果が不十分となる。
本発明の反応におけるマイクロ波の照射では、接触式または非接触式の温度センサーを備えた各種の市販装置等を使用できる。さらに、マイクロ波照射の出力、キャビティの種類(マルチモード、シングルモード)、照射の形態(連続的、断続的)等は、反応のスケールや種類等に応じて任意に決めることができる。
マイクロ波発振器としては、マグネトロン等のマイクロ波発振器や、固体素子を用いたマイクロ波発振器等を適宜用いることができる。
【0012】
本発明の方法で生成した環状ケトンの精製は、クロマトグラフィー、蒸留、再結晶等の通常用いられる手段により容易に達せられる。
【0013】
次に、本発明を実施例および比較例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
4−フェニル酪酸(I−a) 0.80mmol、H−Beta型ゼオライト HSZ−940HOA(東ソー社製) 100mg、1,2−ジクロロベンゼン 1.0mlの混合物を反応管に入れ、放射温度計を備えたマイクロ波照射装置(CEM社製、Discover、シングルモード型)を用いて、攪拌しながら220℃で10分反応させた。生成物をガスクロマトグラフ及びガスクロマトグラフ質量分析計で分析した結果、1−テトラロン(II−a)が89%の収率で生成したことがわかった。
【0014】
(実施例2)
I−aの代わりに4−(4−トリル)酪酸(I−b)を用いて、実施例1と同様に200℃で10分の反応を行った。生成物をガスクロマトグラフ及びガスクロマトグラフ質量分析計で分析した結果、7−メチル−1−テトラロン(II−b)が93%の収率で生成したことがわかった。
反応混合物を遠心分離器にかけて上澄みを分離し、アセトン(2ml×3回)で残存固体を洗浄した。上澄みと洗浄液を合わせて減圧濃縮し、濃縮物をカラムクラマトグラフィー(シリカゲル、ヘキサン:酢酸エチル=7:1)で精製すると、II−bが85%の収率で得られた。
【0015】
(実施例3)
I−aの代わりに4−(4−フルオロフェニル)酪酸(I−c)を用いて、実施例1と同様に220℃で10分の反応を行った。生成物をガスクロマトグラフ及びガスクロマトグラフ質量分析計で分析した結果、7−フルオロ−1−テトラロン(II−c)が95%の収率で生成したことがわかった。
この反応混合物について、実施例2と同様の精製操作を行うと、II−cが85%の収率で得られた。
【0016】
(実施例4)
I−aの代わりに4−(4−ニトロフェニル)酪酸(I−d)を用いて、実施例1と同様に220℃で60分の反応を行った。生成物をガスクロマトグラフ及びガスクロマトグラフ質量分析計で分析した結果、7−ニトロ−1−テトラロン(II−d)が15%の収率で生成したことがわかった。
【0017】
(実施例5〜38)
原料の芳香環置換アルカン酸や反応条件(触媒、装置、温度等)を変えて、実施例1と同様に反応及び分析を行い、生成した環状ケトンの収率を測定した結果を表1に示す。
【表1】

1)I-a:4−フェニル酪酸、
I-b:4−(4−トリル)酪酸、
I-c:4−(4−フルオロフェニル)酪酸、
I-d:4−(4−ニトロフェニル)酪酸、
I-e:4−(4−メトキシフェニル)酪酸、
I-f:4−(2,5−ジメトキシフェニル)酪酸、
I-g:3−フェニルプロピオン酸、
I-h:5−フェニル吉草酸、
I-i:4−(3−チエニル)酪酸
2)930HOA:H−Beta型ゼオライト HSZ−930HOA(東ソー社製)、
940HOA:H−Beta型ゼオライト HSZ−940HOA(東ソー社製)、
830HOA:H−ZSM−5型ゼオライト HSZ−830HOA(東ソー社製)、
840HOA:H−ZSM−5型ゼオライト HSZ−840HOA(東ソー社製)、
620HOA:H−Mordenite型ゼオライト HSZ−620HOA(東ソー社製)、
341HUA:H−Y型ゼオライト HSZ−341HOA(東ソー社製)、
360HUA:H−Y型ゼオライト HSZ−360HUA(東ソー社製)、
390HUA:H−Y型ゼオライト HSZ−390HOA(東ソー社製)、
SAPO-11:H−SAPO型ゼオライト SAPO−11(日揮ユニバーサル社製)、
SAC-13:シリカ担持ナフィオン SAC−13(アルドリッチ社製)、
NR50:ナフィオン NR50(アルドリッチ社製)、
Al-mont:Al3+−モンモリロナイト
3)1,2-DCB:1,2−ジクロロベンゼン、
1,3-DCB:1,3−ジクロロベンゼン、
TCB:1,2,4−トリクロロベンゼン
CB:クロロベンゼン
4)A:Discover(CEM社製)、B:Initiator(バイオタージ社製)
5)II-a:1−テトラロン、
II-b:7−メチル−1−テトラロン、
II-c:7−フルオロ−1−テトラロン、
II-d:7−ニトロ−1−テトラロン、
II-e:7−メトキシ−1−テトラロン、
II-f:5,8−ジメトキシ−1−テトラロン、
II-g:1−インダノン、
II-h:1−ベンゾスベロン、
II-i:4−オキソ−4,5,6,7−テトラヒドロチアナフテン
【0018】
(比較例1)
マイクロ波照射装置の代わりにオイルバスを用いる他は実施例3と同様に反応及び分析を行った結果、II−cの収率は20%であり、実施例3で得られた収率の95%よりも低いものであった。このことは、マイクロ波照射の反応が、同じ反応温度・時間でのオイルバスによる通常加熱の反応に比べ、II−cを短時間で収率よく与えることを示している。
【0019】
(比較例2〜18)
他の実施例において、比較例1と同様に、オイルバスでの反応及び分析を行った結果を、対応する実施例の結果と共に表2に示す。
【表2】

【0020】
いずれの比較例においても、生成した環状ケトンの収率は対応する実施例の値よりも低く、マイクロ波照射を用いることにより、原料や触媒の種類等の反応条件に関わりなく、環状ケトンをより効率的に製造できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明の方法により、各種医・農薬やその製造中間体として有用な環状ケトンを、より効率的かつ安全に製造できる。特に、本発明により得られるテトラロンやインダノン等の誘導体にはさまざまな薬理活性が知られているため利用価値が高く、本発明の工業的意義は多大である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の一般式(I)
【化1】

(式中、環Aは単環または縮合多環の芳香環基を示し、その環を構成する原子には、窒素、酸素、硫黄またはセレンから選ばれる原子を含んでいてもよく、環上の水素原子の一部が反応に関与しない基で置換されていても差し支えない。また、pは1以上9以下の整数を示す。)
で表される芳香環置換アルカン酸を、触媒の存在下で、マイクロ波を照射して反応させることを特徴とする、下記の一般式(II)
【化2】

(式中、A及びpは前記と同じ意味である。)
で表される環状ケトンの製造方法。
【請求項2】
触媒が酸触媒であることを特徴とする請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
酸触媒が、固体酸であることを特徴とする請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
固体酸が、ゼオライト、モンモリロナイト、シリカ及び酸性ポリマーから選ばれる少なくとも一種であることを特徴とする請求項3に記載の製造方法。

【公開番号】特開2009−155273(P2009−155273A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−335785(P2007−335785)
【出願日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究「革新的部材産業創出プログラム/新産業創造高度部材基盤技術開発・省エネルギー技術開発プログラム/革新的マイクロ反応場利用部材技術開発」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】