説明

生体インプラントとその製造方法

【課題】生体親和性に優れかつ長期間の安定使用を可能にする生体インプラントとその製造方法を提供する。
【解決手段】基体上に、粒状ハイドロキシアパタイト(HAP)33bを、熱分解法で形成した焼成HAP33aに分散させて形成した被覆層33を被覆する。焼成HAPが生体埋め込み時に生成する酸性の体液を中和し、一方、骨形成能力と骨伝導能力に優れた粒状HAPは、比較的早期に、新生骨組織と結合して、生体インプラントを体内に強固に固定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体インプラントとその製造方法に関し、より詳細には人工歯根材、人工関節や人工骨等に使用できる生体インプラントとその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、インプラント技術の発展は目覚ましいものがあり、疾病、災害などにより骨機能や手足の関節機能が失われた場合などに、これらを修復するための治療に整形外科用人工骨及び人工関節等を構成する生体インプラントが使用されている。特に整形外科の分野では、失われた関節機能を復元するための人工関節が広く用いられ、また、歯科医療の分野では人工歯根が脚光を浴びている。
【0003】
生体インプラントは生体内で劣化や破壊などの変化を生じ易くまた異物反応などを伴うことから生体に対して無害かつ親和性があり、化学的に安定で、かつ機械的強度の大きい材料が要求される。従って通常生体インプラントは、機械的性質に優れた金属基材の表面に、生体親和性に優れたリン酸カルシウム材料から調製されるハイドロキシアパタイト(以下HAPともいう)をコーティングして製造される。
生体インプラントにおけるHAP被覆層は、原料であるリン酸カルシウム、有機酸及び水を混練して作製したペーストを基材に塗布し加熱焼成して得る方法(特許文献1)と、粒状に成形したHAPを使用して形成する方法(特許文献2)がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公平3−60502号公報
【特許文献2】特開2000−42096号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このようにして製造された生体インプラントは、例えば歯周病などの手術を行った後、手術した部分である顎骨と歯肉との間に埋入することによって顎骨の再建が行われたり、抜歯した歯の凹部に人工歯根材として埋め込んで、人工歯根材と既存の骨との間に新生組織を形成して両者の接合が図られる。
しかしながら、従来の生体インプラントでは、その埋め込み時に骨の切削が必須であり、この切削による外科的侵襲により体液のpHが4.5〜5.0になる。この酸性状態下では、弱アルカリ性の生体インプラントと骨とがなじまず生体内において新生骨と結合されるまでに長期間を要したり(例えば粒状HAPの場合)、又生体インプラント表面のHAP被覆層が酸性の体液中に溶出して組織の強度が低下して長期間に亘って使用できないことがある(例えば熱分解法によるHAPの場合)という欠点がある。しかも粒状HAPは加工性が悪く、単独では基体表面への塗布には適さないという問題点がある。
【0006】
従って本発明は、前述の従来技術の欠点を解消し、生体親和性に優れかつ長期間の安定使用を可能にする生体インプラントとその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、第1に、基体、及び該基体上に形成したハイドロキシアパタイトを含む被覆層を含んで成る生体インプラントにおいて、前記被覆層が、粒状ハイドロキシアパタイトを、熱分解法で形成したハイドロキシアパタイトに分散させて形成されていることを特徴とする生体インプラントであり、第2に、基体、及び該基体上に形成したハイドロキシアパタイトを含む被覆層を含んで成る生体インプラントの製造方法において、粒状ハイドロキシアパタイトを、ハイドロキシアパタイトを含む液に分散させて生成させたペーストを、前記基体上に塗布し、焼成することを特徴とする生体インプラントの製造方法である。
【0008】
以下本発明を詳細に説明する。
本発明の生体インプラントには、人工歯根材、人工関節、顔面補綴材及び骨補填材などが含まれ、これらに限定されない。
本発明の生体インプラントは、その被覆層が、粒状HAPと熱分解法により製造される焼成HAPを含むことを特徴とする。
【0009】
前記被覆層は、基体表面に中間層を介して被覆形成しても、基体表面に直接被覆形成しても良い。前記中間層は基体と被覆層間の親和性を高め、被覆層と基体との間の結合力を高め、寿命の長期化に寄与するとされてきたが、中間層の形成に材料費と手間が掛かり、生体インプラントのコスト高を招いていた。
本発明者の検討によると、本発明の生体インプラントでは中間層を形成しなくても、中間層を形成した場合とほぼ同等の結合力が得られることが分かった。
【0010】
前述の構成を有する生体インプラントを生体内に埋め込むと、焼成HAPが体液と接触して溶出し、HAPの弱アルカリ性により体液の酸性が中和され、体内が中性又は弱酸性に維持されるとともに、骨形成能力と骨伝導能力に優れた粒状HAPが生体インプラントの表面に露出する。時間の経過に伴って、生体内に生成する新生骨組織が、生体インプラントの被覆層表面に多く存在し骨形成能力に優れた粒状HAPと結合し、比較的短期間で生体インプラントが体内に強固に固定される。
【0011】
本発明における基体としては、純チタン(Ti)、チタン合金、金・銀・パラジウム(Au−Ag−Pd)合金、銀(Ag)合金、コバルト・クロム(Co−Cr)合金、ニッケル・クロム(Ni−Cr)合金及びステンレスなどがあり、特にチタンの使用が好ましい。なお従来の生体インプラント、特に人工歯根材ではチタンとして純チタン2種が使用されてきたが、噛み合わせ等の応力により折損が生じる場合がある。純チタン4種は純チタン2種より強度が強く、特に人工歯根材を含めた生体インプラントの材料として好ましく使用できる。
【0012】
粒状HAPは、例えば原料スラリーから、公知の噴霧乾燥造粒法を使用して製造でき、あるいは熱分解法で作製したHAPを造粒又は粉末化して製造しても良い。その粒径は特に限定されないが、3〜40μmであることが望ましい。
前記基体上に、本発明の被覆層を形成するには、従来技術に従って製造した粒状HAPを、焼成HAP製造用で焼成前のペースト中に分散させ、このペーストを使用し、例えば前記基体表面への塗布−焼成を繰り返して、所定厚さの被覆層を得れば良い。
本発明では、骨形成能力と骨伝導能力に優れた粒状HAPを、焼成HAP製造用ペーストと混合して使用するため、前記粒状HAPの塗布が容易になり、生産性も向上する。
【発明の効果】
【0013】
以上の通り、本発明の生体インプラントでは、被覆層が粒状HAPと焼成HAPを含むため、焼成HAPが生体埋め込み前後に生成する酸性の体液を中和し、一方、骨形成能力と骨伝導能力に優れた粒状HAPが、比較的早期に、新生骨組織と結合して、生体インプラントを体内に強固に固定できる。
更に性能は良好であるが加工しにくい粒状HAPをペーストに分散させて処理するため、加工が容易になり、高生産性で生体インプラントを製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の生体インプラントを例示する分解図。
【図2】図1の被覆層の拡大断面図。
【図3】実施例1の基体と顎骨の接合体に加えた力と基体と被覆層間の距離の関係を示すグラフ。
【図4】実施例2の基体と顎骨の接合体に加えた力と基体と被覆層間の距離の関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明方法により被覆層を形成した人工歯根材の例を添付図面に基づいて説明する。図1は、本発明の生体インプラントの一態様である人工歯根材の分解断面図、図2は、被覆層の拡大断面図である。
図示の例では、人工歯根材である生体インプラントのボディ21は下部の骨内埋込部22と上部のカラー部23から成り、両者は一体成型されている。下端を除く骨内埋込部22の全周にはネジ山25が形成され、このネジ山25を骨などに挿入することにより、ボディ21を骨に固定している。
【0016】
更に前記カラー部23の上面の中央から、側面がやや内向きに傾斜する中空部26が形成され、この中空部26下端から雌ネジ27が骨内埋込部本体22内に向けて刻設されている。
ヘッド28は、断面が下向き台形状で下端面から下向きに雄ネジ29が刻設された下部ヘッド30と、この下部ヘッド30の上に一体成形された断面が上向き台形状の上部ヘッド31とから成っている。
【0017】
前記ボディ21の骨内埋込部22の外周面全面には、被覆層33が被覆されている。この被覆層33は、粒状HAPを分散させたHAPペーストを焼成して形成され、図2に示す通り、焼成HAP33aの中に多数の粒状HAP33bが分散している。
ヘッド28の雄ネジ29を、ボディ21の雌ネジ27に螺合させて一体化し、その後、上部ヘッド31の外周面を単冠32の内面に接着剤を使用して接着することにより、前記単冠32を固定する。
【0018】
このように構成された人工歯根材の骨内埋込部22を、例えば顎骨の歯の欠損部に螺合すると、顎骨から酸性の体液が分泌される。前記被覆層33のうち、弱アルカリ性の焼成HAP33aの一部が前記体液と接触して溶出して該体液を中和する。この溶出により粒状HAP33bが表面に露出し、その優れた骨形成能力と骨伝導能力により、比較的短期間で人工歯根材を顎骨に固定できる。
【0019】
次に本発明による生体インプラントの製造方法に関する実施例を説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0020】
[実施例1]
水酸化カルシウム10%懸濁液10リットルを、攪拌下、約10℃に冷却した後、水溶性高分子分散剤として弱アルカリ性のトリアクリル酸アンモニウム塩を50g(0.5重量%)添加して、混合溶液を得た。得られた混合溶液を撹拌しながら、85%リン酸溶液を水で10倍に希釈したリン酸水溶液を滴下し、pHを10.5に調整することにより、リン酸カルシウムスラリーを合成した。この合成反応中、懸濁液の温度は最高37℃であった。このようにして、粒径約0.1・m未満の一次リン酸カルシウム粒子を含むスラリーを得た。
【0021】
上記スラリーを用いて、噴霧乾燥造粒法により、下記の通り粒状HAPを製造した。
前記スラリーをスプレードライヤーのアトマイザーに導入し、このスラリーを熱空気とともに噴霧して乾燥造粒しリン酸カルシウム多孔質粒子とした。このリン酸カルシウム多孔質粒子の平均粒子径は35・mであった。
次にリン酸カルシウム多孔質粒子をアルミナ坩堝に入れ、1200℃で1時間焼成し,粒状HAPを得た。粒径は3〜10μmであった。
この粒状HAを1gとり、イオン交換水25g中に入れ、スターラーで10分間撹拌した後、ろ過し、ろ液のpHを測定したところ、9.6であった。
【0022】
一方、炭酸カルシウムを1×10-3から1×10-4mmHgの真空に保持しながら1050℃で2時間加熱し、酸化カルシウムとした。この酸化カルシウム1.22gと2−エチルヘキセン酸9.93gを還流冷却器付きのフラスコに入れ、約120℃に加熱し溶解させた。冷却後、n−ブチルアルコール16.0gとリン酸水素ビス(2−エチルヘキシル)3.87g、更に蒸留水2.52gを加えて十分に攪拌し塗布前駆液とした。この前駆液はカルシウム、リン及び水がモル比でCa:P:H2O=5:3:40で含有されるようにした。
【0023】
この前駆液100mlに、前記粒状HAP30gを加えて室温で十分攪拌して、前記塗布前駆液に、前記粒状HAPを分散させて、塗布用懸濁液とした。
厚さ1mmのJIS1種チタン板の表面を#70のコランダムグリッドでブラスト処理し、更に60℃の25%HCl水溶液中に24時間浸漬してエッチング処理を行った。
このチタン板の片面に前記塗布用懸濁液を塗布し、窒素雰囲気中、昇温速度10℃/分で600℃に加熱し、10分間保持した。空冷した後、都市ガスの火炎中で20〜30秒焙り、残存する炭素分を燃焼させた。
【0024】
この塗布ー焼成の操作を更に4回繰り返した。得られた生体インプラントの表面は白色の表面層で覆われ、X線回折による結晶相の同定によると、チタン基材によるチタン回折ピーク以外はHAP固有の回折ピークのみが見られた。表面層の一部を削り取ったところ、均質な熱分解法によるHAP相の中に粒状HAPが分散していた。
【0025】
この被覆層を形成した基体をラット(7週齢、雄)の顎骨に埋入し、4週間後に麻酔下で屠殺し、基体と顎骨を取り出した。
この基体と顎骨を剥離させるために必要な力は11.7MPaであり、強固に結合していた。
【0026】
[比較例1]
実施例1の塗布用懸濁液の調製の際に、粒状HAPを分散させていないペーストを作製し、このペーストを実施例1と同じ基体に塗布し、焼成して、生体インプラントを得た。
この生体インプラントを実施例1と同じ条件でラットの顎骨に埋入し、かつ基体と顎骨を取り出した。
この基体と顎骨を剥離させるために必要な力は10.3MPaであり、実施例1ほどの強度は得られなかった。
【0027】
[実施例2]
チタン基体の表面に下記の要領で下地層を形成した後、被覆層を被覆したこと以外は、実施例1と同じ条件で生体インプラントを作製し、同じ条件でラットの顎骨に埋入し、かつ基体と顎骨を取り出した。
前記下地層は次のようにして形成した。つまり、炭酸カルシウムを加熱し常温冷却して得た酸化カルシウムと2−エチルヘキサン酸を混合し、加熱溶解させてカルシウム濃度を7〜10%とした。これをn−ブタノールとリン酸水素ビス(2−エチルヘキシル)を溶解させてペーストとした。このペーストを刷毛で前記チタン基体に塗布し、600℃で25分間焼成することによって、下地層とした。
【0028】
実施例1で得られた基体と顎骨の接合体(下地層なし)と実施例1で得られた基体と顎骨の接合体(下地層付き)の結合力を、ダイプラ・ウィンテス株式会社製の測定装置DN20型(商品名:SAICAS)を使用して測定した。
測定は、前記測定装置の微細なダイヤモンド製の刃を、基体端部と被覆層端部間に当て、前記刃で被覆層を基体から剥離するように力を加え、加えた力と基体と被覆層間の距離の関係を測定した。その結果を図3(実施例1)及び図4(実施例2)のグラフに示す。両グラフにおいて、縦軸は加えた力(単位:ニュートン)、横軸は基体と被覆層間の距離(単位:μm)である。
【0029】
図3(実施例1)のグラフでは、加えた力の極大値が約2.3Nであり、この極大値で被覆層が基体から剥離し始めていることが分かり、図4(実施例2)のグラフでは、加えた力の極大値が約2.7Nであり、この極大値で被覆層が基体から剥離し始めていることが分かる。両者の差異は、約0.4Nであり、下地層の有無は、基体と顎骨の接合体の結合力に殆ど影響を与えないことが分かった。
【符号の説明】
【0030】
21 ボディ(人工歯根材)
22 骨内埋込部
23 カラー部
24 骨内埋込部本体
27 雌ネジ
28 ヘッド
29 雄ネジ
30 下部ヘッド
31 上部ヘッド
32 単冠
33 被覆層
33a 焼成HAP
33b 粒状HAP

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体、及び該基体上に形成したハイドロキシアパタイトを含む被覆層を含んで成る生体インプラントにおいて、前記被覆層が、粒状ハイドロキシアパタイトを、熱分解法で形成したハイドロキシアパタイトに分散させて形成されていることを特徴とする生体インプラント。
【請求項2】
粒状ハイドロキシアパタイトを、噴霧乾燥造粒法で製造した請求項1に記載の生体インプラント。
【請求項3】
粒状ハイドロキシアパタイトを、熱分解法で形成したハイドロキシアパタイトを粉末化又は造粒して製造した請求項1に記載の生体インプラント。
【請求項4】
粒状ハイドロキシアパタイトの粒径が3〜40μmである請求項1に記載の生体インプラント。
【請求項5】
基体上に、直接、被覆層を形成した請求項1又は2に記載の生体インプラント。
【請求項6】
基体、及び該基体上に形成したハイドロキシアパタイトを含む被覆層を含んで成る生体インプラントの製造方法において、粒状ハイドロキシアパタイトを、ハイドロキシアパタイトを含む液に分散させて生成させたペーストを、前記基体上に塗布し、焼成することを特徴とする生体インプラントの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−174000(P2010−174000A)
【公開日】平成22年8月12日(2010.8.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−21409(P2009−21409)
【出願日】平成21年2月2日(2009.2.2)
【出願人】(505140524)株式会社ヨシオカ (5)
【Fターム(参考)】