説明

生体光計測装置及び生体光計測方法

【課題】
生体光計測装置において、特に深部組織を計測対象とする場合に、浅部組織での影響を低減して深部組織の信号を精度良く抽出する。
【解決手段】
光源201と検出器202との間に反射率を変化させる機構を有する反射体203を配置し、検出される信号に含まれる皮膚血流変化等の浅部組織501,502の信号の程度が通常の状態と強められた状態の異なる2状態を交互に計測し、それらの差分から脳信号等の深部組織503の信号を抽出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、光を生体に照射し、生体を透過した光の光量の変化を計測することにより、生体内部の情報を得る生体光計測装置及び生体光計測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体光計測装置は、所定の波長の光を生体に照射し、生体を透過した光の光量の変化を計測することにより、生体内部の血液循環、血行動態、ヘモグロビン変化等の情報を得るものであり、特に、複数の光照射部と光検出部とを配置して、比較的広い範囲の血流情報をトポグラフィとして得るようにした生体光計測装置は、脳の機能の研究や臨床への応用が進んでいる。
【0003】
この計測方法は、計測に用いる光照射部や光検出部を頭皮上に直接設置することが可能であるため、計測対象である人に対しほぼ無侵襲である。しかし、頭皮上からの計測では、照射した光が脳組織に到達するまでに皮膚などの別の組織も通過してしまうため、脳組織での血行動態変化の信号に、他の組織での血行動態変化の信号も雑音として混入してしまう。この雑音信号の影響を低減するために、脳よりも浅い組織での変化を計測するためのいくつかの方法が考案されてきている。
【0004】
特許文献1には、光測定層において、深さ方向について区別して測定を行うために、照射光が異なる波長を含み、この異なる波長に応じて被検体上の照射点と検出点の距離を異ならせるようにしたものが提案されている。
【0005】
特許文献2には、散乱吸収体測定において、測定対象である散乱吸収体中に測定対象領域と非測定対象領域とが存在する場合に、非測定対象領域を伝搬する部分光路長が光路によらず一定であるとして、測定対象領域のみの吸収係数変化量を算出することで、非測定対象領域の影響を除外するようにしたものが提案されている。
【0006】
特許文献3には、小型・低価格の非侵襲的骨密度計測装置の提供を目的として、皮膚及び骨で反射・散乱した光を、1列に並べられたフォトダイオードにより検出するものが提案されている。特許文献3によれば、遠いフォトダイオードでは、皮膚からの反射・散乱光の影響を受けず、より深部にある骨の密度特性を反映した反射・散乱光が検出される。発光ダイオードから遠いフォトダイオードから得られた反射・散乱光強度の空間分布を解析することで骨密度情報のみを抽出することができる、とされている。
【0007】
しかしながら、これらいずれの場合においても、深部組織計測のための照射・検出の組についての光路に対し、照射点に近い側の浅部組織の影響が低減されるのみであり、不十分である。
【0008】
この問題に対し特許文献4(図3)では、浅部組織の計測のために複数の照射点、検出点を用いている。しかしながら、この方法では極浅い部分の組織による影響のみが考慮されており、不十分である。この課題に対し、さらに多くの照射点、検出点を用いることで解決可能ではあるが、実際は装置が複雑化してしまう。
特許文献5には、発光部に対する受光部の位置を可変として、異なる深さからの情報を一つの測定装置で得ることができるようにした光学的測定装置が開示されている。
しかし、計測用のプローブと計測対象との接触状態のわずかな変化であっても計測結果に影響が出ることから、実用上問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平10−82732号公報
【特許文献2】特開2003−202287号公報
【特許文献3】特開2007−7267号公報
【特許文献4】特開平9−168531号公報
【特許文献5】特開平11−295218号公報
【特許文献6】特開2003−10188号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
浅い部分の組織による影響を低減するために、通常の照射点と検出点との間に別の検出点を置く方法が知られているが、装置構成が複雑化し、検出器などの追加に費用がかかる。また、利用者の立場からも被検体に装着するプローブが複雑になり、重量も増し、不便なものとなる。
予防医学の観点から、簡易、安価で、かつ、信頼性の高い脳血行動態変化計測装置(以下、脳計測装置と記す)の必要性が今後高まると予想される。また、脳血行動態変化(以下、脳血流と記す)等の生体光情報は、医療だけでなく、ゲームなどの分野にも応用が期待される。このような用途では装置は出来るだけ安価なもので簡便に利用可能であることが望ましい。また、安定した信号計測が出来ることが重要である。
特許文献1〜5で提案されている装置は、この要求を十分に満たすものとはなっていない。
【0011】
ここで、生体光計測装置に要求される課題について、図を用いて説明する。
図13は、一対の光照射部(光源)201と光検出部(検出器)202とを備えた生体光計測装置を示している。光源では光の出力の揺らぎ、検出部では、皮膚血流変化など脳組織以外の領域での血行動態変化が、各々、測定時の雑音の要因となる。すなわち、光源から生体内に照射された光は、生体内を散乱・透過し検出器まで到達する。このときの光の道筋(光路)は広がりを持ち、深部の計測対象503に到達する光路もあるが、浅部の非計測対象501、502にも多くの光路がある。この非計測対象領域を通過した光は、雑音として皮膚血流変化などの影響を含む。
【0012】
このような雑音の影響を低減するために、第1の検出器に加えて、第2の検出器を設けたものが、例えば特許文献1で提案されている。この構成を図14に例示する。光源701からの距離の短い第2の検出器702は脳の浅い部分708、距離の長い第1の検出器703は深い部分707の信号を検出できる。これにより、深部組織706と浅部組織704、705との信号(情報成分)を分離し、大脳皮質、つまり深部のデータ(情報成分)のみを抽出することで、皮膚血流等による不要な情報を除去できる。
しかしながら、ここでの皮膚血流変化とは図中の領域708についてのみであり、領域709での皮膚血流変化は無視されている。生体中の血管分布は不均一であるため「皮膚血流変化」は部位ごとに異なる。そのため、図14の構成のように、単に、第2の検出器702を追加しただけでは、深部の「脳信号」のみを正確に抽出することは困難である。
【0013】
本発明の目的は、簡単な装置構成で、浅部組織での影響を低減して、脳信号などの深部組織の信号を精度良く抽出することのできる生体光計測装置及び生体光計測方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題を解決するために、本発明の生体光計測装置は、光源からの光を被検体に照射する光照射部と、当該被検体を透過した光を受光する光検出部とを有する生体光計測装置であって、前記光照射部と前記光検出部は、所定距離離れた位置に配置されて検出経路を形成し、前記検出経路に影響を及ぼす位置に反射率を変化させる機構を有する反射体を配置したことを特徴とするものである。
【0015】
本発明の生体光計測装置において、前記光検出部の検出信号に基づいて生体情報を求める演算処理部を備え、前記反射率を変化させる機構により反射体の反射率を変化させた状態で、それぞれ検出した検出信号に基づいて生体情報を求めるものでよい。
また、本発明の生体光計測装置において、反射体の反射率が高い状態と反射体の反射率が低い状態とで、それぞれ検出した検出信号に基づいて生体情報を求めるものでよい。
また、本発明の生体光計測装置において、反射体の反射率が高い状態と反射体の反射率が低い状態とを交互に切り替えて、それぞれ検出した検出信号により2つの連続的な時系列信号を生成し、当該時系列信号に基づいて生体情報を求めるものでよい。
また、本発明の生体光計測装置において、前記演算処理部は、被検者によって実行されるタスクに応答した検出信号と、前記検出信号に含まれる雑音成分の振幅を最適化する修正係数とから、振幅の最適化された前記検出信号間の差分を算出し、該差分の信号に基づき生体情報を求めるものでよい。
また、本発明の生体光計測装置において、前記修正係数として、モデルシミュレーションにより求めた修正係数を用いるものでよい。
また、本発明の生体光計測装置において、前記演算処理部は、被検者に対して予備のタスクを提示した状態での検出信号により、または、タスクを行っていない状態での検出信号により、異なる反射率間での信号の修正係数を算出する修正係数演算部を備えるものでよい。
【0016】
本発明の生体光計測装置において、前記反射体の反射率を変化させる機構により、検出信号に含まれる皮膚血流変化の信号の程度が通常の状態と強められた状態とにおいて、光検出部によりそれぞれ信号を検出し、それらの差分から生体情報として脳信号を抽出するものでよい。
【0017】
本発明の生体光計測装置において、反射体の反射率を変化させる機構が、スリットを有する回転体を備えているものでよい。
また、本発明の生体光計測装置において、反射体の反射率を変化させる機構が、反射体と測定対象との距離を変更する機構を備えているものでよい。
また、本発明の生体光計測装置において、反射体の反射率を変化させる機構が、電気的に制御可能な液晶フィルタを備えているものでよい。
また、本発明の生体光計測装置において、前記液晶フィルタが空間解像度のある液晶であり、反射体の任意部分の反射率を変化可能としたものでよい。
また、本発明の生体光計測装置において、複数の反射体を備え、それぞれ個別に反射体の反射率を変化させる機構を備えているものでよい。
また、本発明の生体光計測装置において、前記光照射部は複数の波長の光を被検体に照射するものであり、反射体の反射率を変化させる機構が、特定の波長の光を吸収する光学フィルタを備えているものでよい。
【0018】
本発明の生体光計測装置において、反射体の形状が被検体内での照射光の散乱経路を模したものでよい。
【0019】
本発明の生体光計測方法は、光源からの光を被検体に照射する光照射部と、当該被検体を透過した光を受光する光検出部と、検出経路に影響を及ぼす位置に配置された反射率を変化させる機構を有する反射体を有する生体光計測装置における生体光計測方法であって、反射率を変化させる機構により反射体の反射率が高い状態と反射体の反射率が低い状態とを切り替えて、前記光検出部によりそれぞれ信号を検出し、それぞれ検出した検出信号に基づいて生体情報を求めることを特徴とするものである。
【0020】
本発明の生体光計測方法において、検出される信号に含まれる皮膚血流変化の信号の程度が通常の状態と強められた状態の異なる2つの状態を交互に計測し、それらの差分から脳信号を抽出するものでよい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、簡単な装置構成で、浅部組織での影響を低減して、深部組織の信号を精度良く抽出することのできる生体光計測装置及び生体光計測方法を提供することができる。
例えば、脳信号の計測に用いた場合、皮膚血流等による不要な情報を除去し、「脳信号」のみを精度良く抽出できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の実施例1の生体光計測装置の全体構成を示す機能ブロック図である。
【図2】実施例1のプローブの構成を示す機能ブロック図である。
【図3】本発明の実施例1のプローブの構成を説明する上面図である。
【図4】実施例1のプローブの被検者の頭部への装着状態を説明する縦断面図である。
【図5】実施例1の生体光計測装置による計測信号例である。
【図6】実施例1の生体光計測装置による計測信号例である。
【図7】実施例1の解析波形例である。
【図8】実施例1の生体光計測装置により導出される雑音影響が低減された波形例である。
【図9】本発明の実施例2のプローブの構成を説明する図である。
【図10】実施例5のプローブの構成、及び動作を説明する縦断面図である。
【図11】実施例7のプローブの構成、及び動作を説明する縦断面図である。
【図12】実施例8のプローブの構成、及び動作を説明する縦断面図である。
【図13】生体光計測装置に要求される課題を説明する図である。
【図14】従来の生体光計測装置を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の生体光計測装置を、所定の領域におけるヘモグロビン量変化を画像として表示する光トポグラフィ装置に適用した実施形態に基づき説明する。この光トポグラフィ装置は、被検体に脳活動を伴う運動・言語などの課題(以下、タスクという)を課した場合の脳内ヘモグロビン変化(酸素化ヘモグロビン濃度変化、脱酸素化ヘモグロビン濃度変化、全ヘモグロビン濃度変化)を計測し、計測位置毎の変化として表示する機能を有している。
【実施例1】
【0024】
図1〜図4により、本発明の第一の実施例を説明する。
まず、図1は、本発明が適用される光トポグラフィ装置の全体構成を示す図である。図2は、第一の実施例のプローブの構成を示す機能ブロック図である。図3、図4は、第一の実施例のプローブの構成、及びその被検者の頭部への装着状態を説明する図である。
【0025】
図1において、光トポグラフィ装置は、制御装置100と、被検体300の頭部などに装着されるプローブ200と、タスク呈示部兼表示部400を備えている。制御装置100は、プローブ200により被検体300に光を照射し、検出した光信号を処理して、ヘモグロビン変化量等の情報を数値やトポグラフィとして表示部400に表示する。
【0026】
制御装置100は、演算処理部110、無線送受信部120、記憶部130、画像信号処理部140を備えており、無線送受信部120を介してプローブ200から送られるデジタル信号を記憶部130に一時的にデータとして記憶し、この記憶部130に格納されたコンピュータプログラムにより、この脳活動計測データ133を用いて演算処理部110でヘモグロビン濃度変化等の種々の演算、解析を行い、演算結果を記憶部130に格納する。そして、演算結果、例えばヘモグロビン変化量を等高線状の線図や着色された画像として表示部400に表示するための画像信号処理部140と、演算処理部に計測に必要な条件や被検体情報などの種々の情報をインプットするための上記表示部400に設けられたキーボード401やその他の入力装置(図示略)を備えている。
【0027】
制御装置100の演算処理部110は、被検者にタスクを提示するタスク制御部111と、脳機能の正式な計測の前にキャリブレーションを行うキャリブレーション処理部112と、被検者固有の最適な修正係数αを求める修正係数α演算部113と、プローブ200で検出された信号を基に脳機能を計測する脳活動計測処理部114とを備えており、これらは例えばコンピュータプログラムを用いて実現される。なお、タスク呈示部兼表示部400において、401はキーボード、402はモニタ画面、403はカメラである。
【0028】
図2において、プローブ200は、所定の領域に光を照射するとともに当該領域を透過した光を検出位置で検出し、生体情報を光信号として取り出す光照射・検出部210を備え、その中央部には回転スリット機構203と反射体204を備えている。すなわち、所定波長の光、具体的には近赤外光を発生する光照射部201と、被検体300を透過した光を検出し、電気信号に変換する光検出部202と、光検出部からの電気信号を増幅しA/D変換するA/D変換器242を備えている。
【0029】
このように、プローブ200では、無線送受信部220を介して制御装置100からの制御信号を受けて、光照射・検出部210で、光駆動信号および受光信号を制御して計測を行い、また、回転スリット機構203を回転モータ駆動制御部260により駆動し、光照射・検出部210で得られた生体光計測データをAD変換器242でAD変換する。そして、生体光計測データと、スリット位置検出部261により計測された回転スリット203の回転位置情報を、無線送受信部220を介して制御装置100に送信する。
【0030】
図3は光照射・検出部210の上面図を示すもので、図3(a)は、反射体204が光照射部201と光検出部202の間の検出経路に影響を及ぼす位置に位置し、反射体204による反射率の高い状態であり、図3(b)は、回転スリット機構203が回転し反射体204による反射率が低い状態である。回転モータ駆動制御部260からの制御により回転スリット機構203が適宜回転し、反射率の異なる状態に制御する。また、図4は、被検者の頭部へプローブ200を装着した状態を示す断面図である。
【0031】
図3(a)の状態で光検出部202から得られる信号は、反射体の反射率が高い状態であるので、皮膚などの浅部組織の影響が強い信号である。すなわち、反射体がない状態であれば、光照射部201から照射され頭皮上から散逸していた光を反射体204により頭部内部へ再入射させることで、反射体204から光照射部201側の浅部組織(図14、領域708に相当)と、反射体204から光検出部202側の浅部組織(図14、領域709に相当)の両方の影響が強調された信号が光検出部202で計測される。
【0032】
図3(b)の状態では反射体204による反射はなく、回転スリット機構203により光が吸収されるため、浅部組織の影響は強調されない。
ここで、回転スリット機構203に光を吸収させるため、被検体側の表面は光の反射が少なく、吸収の高いような塗装などを施せば好適である。
【0033】
計測では例えば10Hzのサンプリングであるときに、図3(a)と図3(b)の状態を5Hzで切り替えることで、2サンプリング点ごとに交互に信号が観測される。
計測のサンプリング周期と反射状態の切り替え周期とは同期を取ることが望ましいが、同期が取れていない場合でも、反射状態の切り替え周期を信号検出サンプリング周期の半分以下にすることで目的は達せられる。
このようにして得られた観測信号を図3(b)の状態での信号A’と、図3(a)の状態での信号B’とに分離し、例えば線形補間などによって連続的な2つの時系列信号A、信号Bとして生成する。
ここで、信号A’と信号B’とを分別するために、スリット位置検出部261で計測され、記憶部130に記憶された回転位置情報を利用する。
【0034】
次に、得られた2つの時系列信号A、信号Bから「脳信号」を精度よく抽出する方法を説明する。
制御装置100の脳活動計測処理部114は、被検者によって実行されるタスク応答と同期した脳活動変化を、前記の信号Aと信号Bとの差分から算出する。制御装置100は、プローブ200を装着した被検者に対する予備のタスク提示により、信号A、信号Bに含まれる雑音成分の振幅を最適化する修正係数として、この被験者に固有の最適な修正係数αを算出し、この被検者によって実行されるタスク応答と同期した脳活動変化を信号A及び信号Bとして算出し、該信号Aもしくは信号Bに前記最適な修正係数αを乗算し、該修正係数αが乗算され振幅の最適化された前記信号Aと前記信号Bとの差分の信号を求め、該差分の信号に基づき脳活動変化の算出を行う。
ここで、予備タスクと正式なタスクとを区別したが、正式なタスクの中に、脳活動を引き起こさない安静状態を用い、この期間の信号を予備タスクによるものと考え前記修正係数αを算出してもよい。
【0035】
次に、本実施例の光トポグラフィ装置の動作及び処理の概要について説明する。
被検体300の頭部(例えば、前頭部)にプローブ200を装着した状態で、制御装置100は、被検体300に間歇的なタスクを課すとともに、プローブ200の光照射部201より光を照射し、その光が被検体300を透過した光を光検出部202で検出する。この透過光は、生体中の特定色素、例えばヘモグロビンによって一部吸収され、ヘモグロビン濃度を反映した光量となる。そしてタスクを課した状態と、タスクを課していない状態とでは、脳内血流に変化を生じることに対応してヘモグロビン量が変動する。
このようなヘモグロビン量の変動に対応する光量の変動は、光検出部において電気信号に変換され、信号処理された信号は制御装置100の記憶部130に格納された後、演算処理部110においてヘモグロビン濃度に対応する信号(ヘモグロビン信号)に変換される。
このヘモグロビン濃度やヘモグロビン量の変化量については、たとえば特許文献6の式(1)〜(3)を用いて演算により求めることができる。
【0036】
次に、修正係数演算部113における被検者固有の修正係数αの算出方法について説明する。
図5に、光検出部202で得られる検出信号の例を示す。波形301は得られた信号をヘモグロビン濃度変化量に変換した後のものであるが、光検出部202で得られる電圧変化を以降の解析でそのまま用いてもよい。
課題(タスク)期間302の時間帯では被験体300は特定のタスクを行っている。波形301は前記反射体204の反射の状態の強い状態と弱い状態とが交互に連続して計測されたものである。
【0037】
波形301の時刻0〜5秒の期間を拡大したものを図6に示す。この計測では、データのサンプリング周期を10Hzとし、反射体204の反射率の切り替え周期は2.5Hzとした。したがって、反射率の高い状態の計測信号はマーク303で示すようになり、反射率の低い状態の計測信号はマーク304のようになる。
これは、実際の反射率の切替えイミングを別途記録しておき、そのタイミングに基づき波形301の各データ点を反射率の異なる2つの状態のデータとして割り振ったものである。マーク303の信号は前記信号B’に相当し、マーク304の信号は前記信号A’に相当する。
【0038】
図7の信号311は信号A’を線形補間することにより算出した信号Aであり、信号312は信号B’を線形補間することにより算出した信号Bである。この際の補間方法はスプライン補間など別の方法を用いてもよい。
【0039】
修正係数αを求める際には、タスクを行っておらず、安静にしている期間の信号を用いる。例えば、ここでは0〜10秒の時間帯のデータから修正係数αを求める。信号A、Bの期間0〜10秒のデータをそれぞれA0、B0とする。
信号A0は、深部組織からの信号成分dと浅部組織からの信号成分sを用いて、
A0=d+s …(式1)
と表され、信号B0は反射体の作用によって浅部組織からの信号成分がα倍に強調されているとすると、
B0=d+αs …(式2)
と表される。ここで、深部組織からの信号成分は主に脳活動によるものであり、この信号の期間では被検体300は安静にしているので脳活動はほぼゼロであると仮定すると、
A0=s …(式3)
B0=αs …(式4)
である。したがって、
αA0=B0 …(式5)
である。ここでA0、B0はベクトルなので最小二乗法などにより修正係数αを求める。
このようにして求めたαは反射状態に関する係数であるので、信号A、信号Bでも同様の意味を持つ。信号A、Bはそれぞれ
A=d+s …(式6)
B=d+αs …(式7)
と表せる。この2つから深部信号dについて
d=(αA−B)/(α−1) …(式8)
が求められる。
【0040】
図8は、図7の測定データを基に、深部信号(脳信号)の変化を求めたものである。
図7のプロット311では課題期間302中の変動が明瞭ではなく、約17秒付近から立ち上がり、22秒付近でピークを迎えている。一方、処理後の信号を示すプロット313では、14秒付近から立ち上がり、課題終了後の数秒後まで活動している様子がみられる。これは、一般的に言われている脳活動に伴う血行動態変化と良く一致するものであり、本発明による処理の有効性を示している。
このようにして「脳信号」を精度よく抽出することが可能となる。
【実施例2】
【0041】
実施例1では図3の反射体204は円形であった。図9(a)に照射部201と検出部202により形成される光路の分布形状511を上面から透過して表示した模式図を示す。この分布図によると、前記光路の中心付近では横に長い分布を持つ。これを考慮し、図9(b)に示すように、反射体512として楕円形状のものを用い、図9(c)に示すような装置構成を用いてもよい。
この場合、回転スリット513が反射体512を覆うパターンは複数あるため、修正係数αも回転スリットの回転位置によって複数算出し、深部組織信号の抽出に用いる。
【実施例3】
【0042】
実施例1では、反射体204の反射率を変更するための機構として、回転スリット203を用いたが、この代わりに、反射体204と計測対象との距離を変更する機構、例えばアクチュエータなどを用い、反射体204と計測対象との距離を変えることにより実効的な反射率を変更してもよい。
【実施例4】
【0043】
実施例1では、反射体204の反射率を変更するための機構として、回転スリット203を用いたが、この代わりに、電気的に制御可能な液晶をフィルタとして用いてもよい。この実施例では、反射体204の被検体側に液晶を配置し、液晶を制御して実効的な反射率を調整すればよい。
【実施例5】
【0044】
実施例1では、1つの反射体を用いたが、複数の反射体を利用することで、より精度よく浅部組織の影響を低減可能となる。図10に実施例5の構成例を示す。
図10(a)は、3つの反射体602a、602b、602cのうち、602bのみ反射率が高く、602a、602cの反射率の低状態を模式的に示したものである。この状態では、実施例1と同様に、光路の領域608b、609bの影響が強調した信号を得ることができる。
図10(b)で反射体602aのみの反射率が高く、602b、602cの反射率が低い状態を模式的に示す。この状態では、光路の領域608a、609aの影響が強調された信号を得ることができる。
同様に、反射体602cのみの反射率が高い状態での信号や、すべての反射体の反射率が低い状態、さらにそれらの組み合わせによりいくつかのパターンでの信号が得られる。これらの信号からそれぞれの場合の修正係数を求め、それぞれに浅部組織の影響を低減した信号を得ることができる。
また、それぞれの状態における反射体の影響により強調される光路分布の情報を利用し、浅部組織の影響を低減することができる。
【実施例6】
【0045】
実施例1で用いた修正係数αについて、モデルシュミレーションにより求めた最適な係数αを用いてもよい。
【0046】
すなわち、被検者として年齢、性別などに応じた標準的なモデルを設定し、モデルシュミレーションにより測定部位ごとの最適な修正係数αを求めてデータベースを作成し、被検者の測定目的に応じた最適のモデルのデータを取得し、最適修正係数αの代わりに用いて、脳活動の情報を得るようにしてもよい。
【実施例7】
【0047】
実施例4において、液晶フィルタは電気的な制御によって光の透過率を変更する機能を有すが、この際、空間解像度のある液晶を用いることで、任意の部分の反射率を変更することが可能となり、より精度よく浅部組織の影響を低減することができる。
図11は、この実施例を示すもので、反射体602の被検体側に液晶フィルタ610が配置されている。液晶フィルタ610は、領域610a,610b,610cに分かれており、領域ごとに液晶に加える電圧を制御することにより、任意の部分の反射率を変更することができる。図11では、領域610bの透過率が高く、この領域の反射率が高くなっている。
【実施例8】
【0048】
実施例1において回転スリットを用いる代わりに、特定の波長の光を吸収するフィルタを用いてもよい。すなわち、複数の波長を用いて計測対象を計測する場合において、特定の波長を吸収するフィルタを用いることで、通常の光路分布に基づく信号と、浅部組織の影響が強調された信号とを異なる波長で計測可能となる。
図12に構成図を示す。例えば、波長R1の光761と波長R2の光762をバンドル光ファイバーなどで照射部751より照射する。反射体752の下面に吸収フィルタ760を設置する。この吸収フィルタ760は、波長R1の光は透過し、波長R2の光を吸収するものとする。すると、検出器753で得られ信号は、波長R2については主に光路領域757の状態を示す信号であり、波長R1については光路領域758、759が強調された信号となる。
もちろん、2つの波長の光を一つの検出器で検出するためには、異なる時間で片方のみを発光させるか、ロックインアンプなどを用い、特定の周波数での発光を同期させて検出する。
2つの波長が大きく異なる場合には、光路分布757に示す分布状態が異なってきてしまうため、出来るだけ近い波長帯域の光を用いることが必要である。
【0049】
以上、本発明の生体光計測装置の実施の形態を説明したが、本発明はこれらの実施の形態に限定されず種々の変更が可能である。例えば、ヘモグロビン値は、酸素化ヘモグロビン、脱酸素化ヘモグロビン、ヘモグロビン総量のいずれでもよい。さらに生体光計測によって計測可能な物質であれば、ヘモグロビン以外の物質、例えばチトクロームa、a3やミオグロビン等についても同様に適用することができる。
【符号の説明】
【0050】
100…制御装置、110・・・演算処理部、111・・・タスク制御部、112・・・キャリブレーション処理部、113・・・修正係数演算部、114・・・脳活動計測処理部、120…無線送受信部、130・・・記憶部、131・・・タスクデータ、132・・・被検者毎キャリブレーションデータ、133・・・脳活動計測データ、140・・・画像信号処理部、200…プローブ、201…光照射部、202…光検出部、203…回転スリット、204…反射体、210・・・光照射・検出部、220…無線送受信部、230・・・LED駆動回路、242…A/D変換器、260・・・回転モータ駆動制御部、261・・・スリット位置検出部、300…被検体、
301…検出信号例、302・・・課題(タスク)期間、303…検出信号例、304…検出信号例、312…解析信号例、311…解析信号例、312…解析信号例、313・・・解析信号例、
400…タスク呈示部兼表示部、401…キーボード、402…モニタ画面、403…カメラ、
501…浅部組織、502…浅部組織、503…深部組織、
511・・・光路の分布形状、512…反射体、513…回転スリット、601…光照射部、602,602a,602b,602c…反射体、603…光検出部、604…浅部組織、605…浅部組織、606…深部組織、607…光路分布領域、608,608a,608b…光路分布領域、609,609a,609b…光路分布領域、610・・・液晶フィルタ、
701…光照射部、702…第2の光検出部、703…第1の光検出部、704…浅部組織、705…浅部組織、706…深部組織、707…光路分布領域、708…光路分布領域、709…光路分布領域、
751…光照射部、752…反射体、753…光検出部、754…浅部組織、755…浅部組織、756…深部組織、757…光路分布領域、758…光路分布領域、759…光路分布領域、760…吸収フィルタ、761…第1の光、762…第2の光。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光源からの光を被検体に照射する光照射部と、当該被検体を透過した光を受光する光検出部とを有する生体光計測装置であって、
前記光照射部と前記光検出部は、所定距離離れた位置に配置されて検出経路を形成し、
前記検出経路に影響を及ぼす位置に反射率を変化させる機構を有する反射体を配置したことを特徴とする生体光計測装置。
【請求項2】
請求項1記載の生体光計測装置において、
前記光検出部の検出信号に基づいて生体情報を求める演算処理部を備え、
前記反射率を変化させる機構により反射体の反射率を変化させた状態で、それぞれ検出した検出信号に基づいて生体情報を求めることを特徴とする生体光計測装置。
【請求項3】
請求項2記載の生体光計測装置において、
反射体の反射率が高い状態と反射体の反射率が低い状態とで、それぞれ検出した検出信号に基づいて生体情報を求めることを特徴とする生体光計測装置。
【請求項4】
請求項3記載の生体光計測装置において、
反射体の反射率が高い状態と反射体の反射率が低い状態とを交互に切り替えて、それぞれ検出した検出信号により2つの連続的な時系列信号を生成し、当該時系列信号に基づいて生体情報を求めることを特徴とする生体光計測装置。
【請求項5】
請求項2乃至4の何れか一つに記載の生体光計測装置において、
前記演算処理部は、被検者によって実行されるタスクに応答した検出信号と、前記検出信号に含まれる雑音成分の振幅を最適化する修正係数とから、振幅の最適化された前記検出信号間の差分を算出し、該差分の信号に基づき生体情報を求めることを特徴とする生体光計測装置。
【請求項6】
請求項5記載の生体光計測装置において、
前記修正係数として、モデルシミュレーションにより求めた修正係数を用いることを特徴とする生体光計測装置。
【請求項7】
請求項5記載の生体光計測装置において、
前記演算処理部は、被検者に対して予備のタスクを提示した状態での検出信号により、または、タスクを行っていない状態での検出信号により、異なる反射率間での信号の修正係数を算出する修正係数演算部を備えることを特徴とする生体光計測装置。
【請求項8】
請求項1乃至7の何れか一つに記載の生体光計測装置において、
前記反射体の反射率を変化させる機構により、検出信号に含まれる皮膚血流変化の信号の程度が通常の状態と強められた状態とにおいて、光検出部によりそれぞれ信号を検出し、それらの差分から生体情報として脳信号を抽出することを特徴とする生体光計測装置。
【請求項9】
請求項1記載の生体光計測装置において、
反射体の反射率を変化させる機構が、スリットを有する回転体を備えていることを特徴とする生体光計測装置。
【請求項10】
請求項1記載の生体光計測装置において、
反射体の反射率を変化させる機構が、反射体と測定対象との距離を変更する機構を備えていることを特徴とする生体光計測装置。
【請求項11】
請求項1記載の生体光計測装置において、
反射体の反射率を変化させる機構が、電気的に制御可能な液晶フィルタを備えていることを特徴とする生体光計測装置。
【請求項12】
請求項10記載の生体光計測装置において、
前記液晶フィルタが空間解像度のある液晶であり、反射体の任意部分の反射率を変化可能としたことを特徴とする生体光計測装置。
【請求項13】
請求項1記載の生体光計測装置において、
複数の反射体を備え、それぞれ個別に反射体の反射率を変化させる機構を備えていることを特徴とする生体光計測装置。
【請求項14】
請求項1記載の生体光計測装置において、
前記光照射部は複数の波長の光を被検体に照射するものであり、
反射体の反射率を変化させる機構が、特定の波長の光を吸収する光学フィルタを備えていることを特徴とする生体光計測装置。
【請求項15】
請求項1記載の生体光計測装置において、
反射体の形状が被検体内での照射光の散乱経路を模したものであることを特徴とする生体光計測装置。
【請求項16】
光源からの光を被検体に照射する光照射部と、当該被検体を透過した光を受光する光検出部と、検出経路に影響を及ぼす位置に配置された反射率を変化させる機構を有する反射体を有する生体光計測装置における生体光計測方法であって、
反射率を変化させる機構により反射体の反射率が高い状態と反射体の反射率が低い状態とを切り替えて、前記光検出部によりそれぞれ信号を検出し、それぞれ検出した検出信号に基づいて生体情報を求めることを特徴とする生体光計測方法。
【請求項17】
請求項16記載の生体光計測方法において、
検出される信号に含まれる皮膚血流変化の信号の程度が通常の状態と強められた状態の異なる2つの状態を交互に計測し、それらの差分から脳信号を抽出することを特徴とする生体光計測方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2011−239863(P2011−239863A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−113030(P2010−113030)
【出願日】平成22年5月17日(2010.5.17)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】